VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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ムスカリムスカリ

3月の朝の散歩道。

 

公園をセキレイがつつつと横切ってはまたこちらに向かってくるのを繰り返しています。

 

急いでスマホを構えると素早く逃げてゆく・・・。

 

通り道のお宅の塀からのぞいている紅梅と白梅がいまを見ごろとばかり花を開いています。

 

3月は母が生まれて、そして逝った月。

 

春やよひ母が生まれて逝きし月 桃一枝と雛を飾らな

 

生前の母との触れ合いのことを思い出すたび今でも

後悔に胸が塞がります。

 

上ばかり見上げていて、ふと足元に目を落とすと

小さなムスカリのまばらな群。

 

大好きな花。

 

ほの淡き哀しみにゆく木下道こんなところにムスカリの花

 

 

 

少年と犬

馳星周氏著『少年と犬』
 

 

家族のために犯罪に手を染めた男。
拾った犬は男の守り神になった―男と犬。

仲間割れを起こした窃盗団の男は、守り神の犬を連れて故国を目指す―泥棒と犬。

壊れかけた夫婦は、その犬をそれぞれ別の名前で呼んでいた―夫婦と犬。

体を売って男に貢ぐ女。
どん底の人生で女に温もりを与えたのは犬だった―娼婦と犬。

老猟師の死期を知っていたかのように、その犬はやってきた―老人と犬。

震災のショックで心を閉ざした少年は、その犬を見て微笑んだ―少年と犬。

犬を愛する人に贈る感涙作(「BOOK」データベースより)

 

163回直木賞受賞作。

人にとって犬は特別な存在なのだということを理解していた。

人という愚かな種のために、神様だか仏様だかが遣わしてくれた生き物なのだ。
人の心を理解し、人に寄り添ってくれる。

こんな動物他にはいない。(老人と犬より引用)


ほんとうにその通りだと思う。


愛犬家ならではの作品。


バーニーズ・マウンテン・ドッグという犬種に魅せられ
共に暮らし始めて
25年になる
という馳氏


現在は
4代目、5代目の二頭と
共に生まれ故郷の北海道で夏の間を過ごしているという。


本書は飼い主に多聞と名づけられた一匹の犬がバトンのように飼い主を渡り歩いて
何かを探し求めながら東北~九州まで旅をする物語。


旅の過程で、〈男〉〈泥棒〉〈夫婦〉〈娼婦〉〈老人〉〈少年〉と入れ替わっていく
飼い主。


どの飼い主も犬との出会いを天からの授かり物と受け取り、
共に暮らす短い日々を大切に慈しみながら心を通わせます。


「おまえは本当に賢いな。どんな飼い主に躾られたんだ?」弥一は訊いた。

もちろん、答えは返ってこない。

それでも、犬に話しかけ続けるのが弥一の流儀だった。

犬は言葉はわからなくても、人の意思を見極めようとする。

話しかけることで、コミュニケーションが密になり、絆が深まっていく。

いざというとき、なにより役立つのは人と犬の絆の強さなのだ。


6つの連作短篇集・・・
環境も年齢も生き方も性別も多彩なそれぞれの飼い主ながら
犬への語りかけは見事なまでに犬の心情を汲み取って優しさに満ちている。


ちょっとした難を言えば、犬との出会いのあとどの主人公にも思わぬ不幸が訪れて、
それがきっかけとなり犬との別れに繋がるというもの。


次々こんなことって起こる?という感じ・・・まるでその犬が疫病神であったかのような。

不幸の連鎖のような連作短篇集。

そういったところやあまりに犬を神格化しているところが
作為的すぎて共感し辛かった点ではありました。

それでも文中に出てくる尻尾を振ってよろこびを表すしぐさや
信頼できると思った人間に濡れた鼻づらを押し付けてくるしぐさ、
試すように見つめ続けるしぐさなど切ない描写がいっぱい。

犬好きの方、ぜひどうぞ!

もも 岡山3もも 岡山2

つぶらなる眸のももに見つめられこころの底の澱みを恥ぢぬ


寒さが行きつ戻りつの日々。

 

初夏のような陽気だと思ったら、次の日は寒が戻ったような一日。

 

寒さに弱いのは猫で、びっしり剛毛に覆われている柴犬は暑がりかと思いきや・・・

リビングに差す陽だまりを選んで四肢を思いっきり広げてお腹を上に向けて眠っています。

 

娘が連れてかえった柴犬もも。

 

今年の7月で2歳。

 

まだまだパピーの所作が抜けないような幼さの残ったかわいらしいチビ犬。

 

ももがいるだけで和む夫との場。

 

老人施設でセラピー犬が大活躍というのがよくわかります。

 

 

 

六月の雪

乃南アサ氏著『六月の雪』
 

 

入院した祖母を元気づけるため、32歳になった杉山未來は祖母の生地である台湾の古都、台南を訪れる。

優しくてなぜか懐かしい国。

そこで未來は戦前の日本人の涙と無念を知り、台湾人を襲った悲劇に驚く。

そしてようやくたどり着いた祖母の生家は、地獄の家へと変わり果てていた。「わたしは誰も愛さないなんて生き方はしたくない!」(「BOOK」データベースより)

本書執筆の動機について著者は次のように記していらっしゃいます。

2011年、仙台で東日本大震災に被災しました。

その後、台湾の方々が200億円もの義援金を送ってくれたニュースに
触れたことをきっかけに、台湾への関心が高まったんです

日台には国交がないため、国として正式な御礼もできない。

「義憤に駆られて」、民間交流のための社団法人を知人と立ち上げ、
12年から年に5、6回、6年間で計40数回台湾を訪れて人々と交流、
歴史や文化を深く知る旅を続け
ました。

本書は6年にわたって台湾を足しげく訪れた結果の台湾への思いが結実した作品。

 

主人公は三十代前半、独身の杉山未來。

 

声優になるという夢破れ、2人暮らしをしていた祖母・朋子の昔語りに触れる機会があり、
祖母が台湾で生まれ手
16歳まで過ごしたということを知ります。

 

その後骨折&入院をした祖母を元気づけるために、
未来は台湾の祖母ゆかりの地を訪ねる旅を計画します。

本書はその7日間の台南旅行を描いて秀作。

タイトルになっている「六月の雪」は台湾に咲く真っ白な欖李花(ランリーファ)


台南の
鹿耳門の天后宮近くの朽ち果てた日本家屋近くで生き生きと咲く欖李花
かつて植民地として台湾を牛耳っていた日本人たちの集落の
朽ち果てた様子を対比させて見事です。

さまざまな人生を包んで歴史は流れていきますが、栄枯盛衰を知るその土地の思いに
関わらず花はこだわりもなくただ咲き続ける・・・
人間はだから自然に癒され続ける・・・。

主人公・未來の旅は約1週間という短いものでしたが、
現地の人々との出会いや台湾と日本の関係や歴史に触れたことが
未來の人生を大きく左右することになるという予感を抱かせるラストになっています。

国や環境は違ってもそこに住む人間の心には人類共通のものがあるということが
本書の主題のひとつでもあると思いました。

久しぶりの乃南アサ氏の作品でしたが、今までの作品の枠を大きく突き抜けた骨太の作品、
おすすめです。

沈む夕日

潮時は今かと思ふきさらぎの遠き山の()に夕陽が沈む


夫はスポーツと名の付くものならほとんどを網羅するほど観戦が大好き。


地方のバレーボールからサッカー、マラソン、高校野球予選など。


 カーリングもラグビーもバスケットボールもゴルフも・・・。

 

いまもびわ湖毎日マラソンを観戦中。

 

富士通の鈴木健吾が日本新で優勝!!

 

2時間4分56秒!!

 

 

さて、野球は一時転勤で広島にいたときはカープも応援していましたが、阪神一筋。

 

というか典型的なアンチ巨人。

 

今いちばん好きなのはサッカー・・・かな?という感じですが、
長かった熱狂的な野球応援時代、阪神が勝つとコンビニにスポーツ新聞を買いに行っては
余韻を楽しんでいた時期があります。

 

一面に踊っていた煽情的な文言にそれぞれのスポーツ新聞記者の工夫が光っていて
読者の気持ちを高揚させていたっけ・・・
最近はスポーツ新聞も買いに走ることもなくなったけど懐かしい思い出。

 

本日はそんなスポーツ紙で苦闘する記者たちの物語。

 


 

時代

本城雅人氏著『時代』
 

 
スポーツ紙で働く記者・笠間に、販売部への辞令が下った。
記者職への断ち切れない思いを抱えながらも、それまでの人脈を活かし、販売部でも存在感を発揮し始める。
だが会社の根幹を揺るがす事件を解決した矢先、悲劇が彼を襲う―。

一方、新聞社で忙しく働く父との関係に悩む長男の翔馬と次男の翼。
彼らの人生もまた、大きな岐路に立たされる(「BOOK」データベースより)

 
親子二代に渡ってスポーツ新聞社で働く家族

人間を綴った連作短篇集。

 

第一話~第九話&エピローグという構成。

 

時代は平成中期から平成が終わろうとする頃までの数十年の物語。

 

東都スポーツの記者・笠間哲治が第二話までの主人公。

 

その後哲治の長男・翔馬から次男・翼の物語となります。

 

全篇を通して重要な脇役として登場するのが笠間哲治の同期の伊場克之。

 

主役たちを食うほどの役割、ラスト付近での登場時も何だかかっこよすぎて
作話が過ぎるようにも感じたほど。

 

それにしても前歴がサンケイスポーツの記者だけあって新聞社の内部の描き方は
臨場感に溢れているのが魅力のひとつ。

各スポーツ紙の記者のスクープ合戦の様子や休刊日に発刊する新聞社の収益などの内部事情、
スポーツ業界の重鎮に記者として取り入り可愛がってもらう手立てなど
未知の世界の魅力満載。

 

 

筆力も確かなら構成力もしっかりしていて本書のみならず読者を惹きつける力は相当なもの。

 

本書もただのスポーツ記者の物語という枠に留まらず
家族愛、同志愛、子弟愛など多角的な人間愛を描いて秀作です。

このブログでもさまざまな分野の著者の作品を取り上げていますが、どれも大きな外れのない作品群。

著者の作品を未読の方、ぜひ一冊手に取ってみてください。

 

梅まっさかり

わたしが少女だったとき、周りの大人たちは世の中の出来事をほとんど

把握していて、困りごとの解決法や昔からのしきたりや作法などに

精通していると勝手に思い込んでいました。

 

ある年齢になって改めて周りを見回すと・・・

あれほど大人にみえた母も姉も自分とほとんど変わらない

ということに驚きました。

 

そして・・・現在、子どもたちを筆頭に若い人々から

さまざまなことを聞かれてもさっぱり答えられない自分がいて驚くばかり。

 

知っていることのあまりの少なさに唖然としてしまう。

 

「大人」が手をさしのべる?

ちょっと待ってくれ。

大人とは誰だ。

 

上記は中島らも氏のエッセー集『砂をつかんで立ち上がれ』の一文。

 

朝日新聞の「折々のことば」で紹介されていたもの。

 

人というのは、迷い、挫け、おろおろしたあげく、

「生きるというその路上において、たった一人で

ぽつんと立ちつくしている子ども」のようなものだという。

 

だから「大人」なんて存在しない。

 

「大人」とは、その「迷い子」が何をまちがえたか、

「愚鈍と忘却と教条」でみずからを弄んだ末のその「なれの果て」

でしかない・・・と続きます。

 

たしかに・・・自分を顧みてもいっぱしの〈大人〉という鋳型に嵌めるには

あまりにも稚拙という感じがして気恥ずかしくなってしまう・・・

 

中島らも氏の戸惑う気持ちがよく理解できます。

 

1984年朝日新聞に連載されていたらも氏の「明るい悩み相談室」を通して

ファンになったらも氏の生き方に興味があって、
作品を読み漁っていた時期があります。

 

本質的には繊細な男の子、過保護に育てられたお坊ちゃまを絵に描いたような・・・
尼崎の歯科医のぼんぼん、名門・灘中学に
150人中8位の好成績で合格したのは有名な話。


灘高時代になるとバンド活動、シンナー、アルコール、鎮静剤、睡眠薬、大麻などに
耽溺、急降下の成績の末お情けで卒業。


ヒッピー、フーテンなどの名をほしいままの生活の中、大阪芸大に入学し卒業と同時に
高校時代ジャズ喫茶で知り合った美代子夫人と結婚、

長男、長女の父親となります。

よく父親になったものだなぁと思ってしまう。

 

縁故入社した会社の社員として数年働いた末、コピーライターとなったあとの
破滅的生活については『バンド・オブ・ザ・ナイト』に詳しいですが、
らも氏死後美代子夫人による『
らも―中島らもとの三十五年』にも書かれています。

 


さて、らも氏について書き出すと劇団『リリパット・アーミー』時代のわかぎゑふとの
恋愛など、とめどなくなりそうなのでこの辺で本日ご紹介のレビューに移ります。

 

あふれる家

中島さなえ氏著『あふれる家』
 

中島らもを父にもつ著者が、はじめて自身の破天荒でファンキーな「家」を舞台に、世にも奇妙な小4の夏休みを描いた書き下ろし自伝的長編(「BOOK」データベースより)

 

稲葉家は、父さんと母さんと明日実の3人家族だけど、

家にはいつも人があふれている。

誰とも知らない人があふれた部屋で両親がどこで寝ているのかもわからない。でもそれが普通だと思っている。

 

わたしは小学校に上がるまで、どこの家も満員御礼で暮らしているのだと疑っていなかった。

しかし、周りの人に話を聞いたり、テレビ番組を観たりしているうち、

どうもうちは他と違って風変わりなのかもしれないと
段々気がついてきた。
他の人の家では、よく知らない大人たちに交じって、

父さんと母さんがどこに寝ているかわからない、

などということはないのだと。

 

本書は稲葉家のひとり娘である小学4年生の明日実のひとり語りで綴られた
自伝的小説となっています。

 

もうすぐ夏休みになるというのに、父さんはいつもの放浪の旅で行方知れず、
母さん事故で足を骨折し入院してしまいます。

「ユタとハルねえがいないあいだ、明日実ちゃんをどうするのか」

「ユタ」は父さん、「ハルねえ」は母さんのニックネーム。

稲葉家に何かが起こったときは、その場にいる人たちで解決するのが
稲葉家のルールだという

バンドマンのトキオ、薬剤師のアキちゃん、自動車整備工場員のモリモさん、
考古学者の天堂さん、見知らぬ外国人たち・・・

稲葉家をたまり場として集まっているこれら風変わりな大人たちのなかで
逞しく、想像力豊かな少女に育っていく明日実のひと夏の物語。

小説としてデフォルメされているとはいえ、一時期のらも家もきっとこんなだったんだろうな、
と想像できてなんとなく切なくなってしまう。

2004年に亡くなったらも。

はしご酒の末飲食店の階段から落ちて全身と頭部を強打、脳挫傷により死亡。

らもらしい最後と思えばやはり切ない。

享年52歳、早すぎる死ではありますが、あらゆることをなにものにも縛られず、
奔放に経験してきっと本望だったと勝手に思っています。

ひとり娘・中島さなえ氏の作品のレビューがあらぬ方向へ飛んでしまいましたけど、
今日はこれにて失礼します。

 

興味ある方、らも、美代子、さなえ氏のそれぞれの作品を
手に取っていただければ、と思います。

かに3尾

11月に解禁されるのを楽しみに毎年山陰のカニを目指して食べに行くという
我が家の恒例行事もコロナ禍でお預けとなっていた先日、
諦めきれない夫が香住の漁連に電話で頼んだ松葉ガニが届きました。


 親ガニを食べたかったのですが、当地の魚屋でも買うチャンスがなくて
ついに時期を逃してしまいました。

 

ほんとは大きな松葉ガニより二回りも三回りも小さな親ガニであるセコガニが
いちばんおいしいんですよね。

 

身が少なくてカニを食べているという醍醐味がないので人気はいまいちらしいのですけど、
内子と外子やみそがおいしくてやみつきになります。

 

面倒なので汁物に投入したりして食べるようですけど、なんともったいない、と思ってしまう。

 

運がよければこちらの魚屋さんで朝の水揚げを売っていたりすることもありますけど、

一般のカニに比べ種の保存のため親ガニの漁獲期間は短いので、
新鮮なセコガニとの出合いは短期間となってしまいます。

 

今回は松葉ガニ・・・新聞紙を広げて腕まくりして、ハサミ片手にいざ出陣!
夫と無言で格闘すること
1時間半、エネルギーを使い果たしました~。

 

さて、本日は久しぶりの宮部みゆき氏です。

 




昨日がなければ

宮部みゆき氏著『昨日がなければ明日もない』
 

杉村三郎vs.“ちょっと困った”女たち。
自殺未遂をし消息を絶った主婦、訳ありの家庭の訳ありの新婦、自己中なシングルマザー。
『希望荘』以来2年ぶりの杉村シリーズ第5弾!(「BOOK」データベースより)

人気の杉村三郎シリーズももう5弾目になるんですね。

2007年『誰か』→ 2011年『名もなき毒』2016年『ペテロの葬列』2018年『希望荘』→ 本書へと続きます。

わたしは第2弾のみ読んでいますが、
これほどシリーズ化するとは思わなかった作品群。

著者はシリーズ化の動機についてこのように書かれています。

大好きなマイクル・Z・リューインの「アルバート・サムスン」シリーズに倣い、
自分もこういうのんびりした人のいい私立探偵が主人公の物語を
いつか書きたいということで
スタートしました。

まさにのんびりした人間味ゆたかな杉村三郎!

すてきな人物造形です。

あらためて機会があれば第1弾から読んでみたい。

宮部作品でいちばんインパクトがあったのは『火車』、いまも忘れ得ない作品・・・

著者の筆力には早くから注目していましたが、今も健在どころかますます充実というところ。

本書は女性に特化した3話からなる中篇集となっています。

主人公・杉村三郎が紆余曲折を経て個人の探偵事務所を開いてからの事件簿。

 

◆一昨年結婚して幸せに暮らしていると思っていた27歳の娘・優美が自殺未遂で入院、
その夫が依頼者である優美の母親との接触を断絶してしまったので
娘の行方を調べてほしいという案件の
「絶対零度」

 

◆知人から姪の結婚式にボディーガードとして出席してほしいとの依頼を受けた杉本三郎が
遭遇した結婚式会場での思わぬ事態を描いた「華燭」


◆事務所兼自宅の大家である竹中家の関係を通して朽田美姫から依頼された案件から
救いようのない結末へとなだれ込む様子を描いた
「昨日がなければ明日もない」

善良な私立探偵の目を通して描かれた人間の心の闇。


善意があれば悪意もあるというこの社会に対峙せざるを得ない
杉村三郎の心が壊れないでほしいと願うような案件の数々。

 

第一話は実際にマスコミを騒がせていた高学歴の男たちの集団レイプ事件を思い出すような内容。

 

自己本位の権化のような人物の起こした数々の事象の結果の
救いようのない結末を描いているのは第三話。

 
心に屈折の闇を抱えながら何食わぬ顔で生きている悪人を描くのがつくづくうまい作家さん
と再確認した作品でした。

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