VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2006年08月

みんなの手によって作られる百科事典Wikipediaのある記事に初めて投稿加筆しました(^。^)

他の事典と比較して遜色がないので、最近はよく使用させていただいていますが、投稿にあたっては著作権問題などに抵触しないよう細心の注意を払う必要があります。

大げさに書きましたが、ほんの少し加筆しただけです^_^;


きょうは「妻たちの二・二六事件」「昭和史のおんな」などでおなじみのノンフィクション作家である澤地久枝氏の本をご紹介したいと思います。



澤地久枝氏著『烙印のおんな』


この本には事件などで世間的に烙印を押された7人の女たちの人生が収録されていますが、私の心に焼き付いて離れないのは最後の章に登場する、いまは亡き加藤キクヨさんです。


キクヨの父加藤新一さんは大正4年に起きた強盗殺人事件の犯人として無期懲役に処せられた人ですが、逮捕されたその日から無実を訴え続けた人でもありました。


逮捕されたとき1歳の乳飲み子であったキクヨは、その後一家離散などの極貧辛苦の中で成長し、父が刑期を務めて帰ってからは再審への閉ざされた道を開けるべく孤軍奮闘する父の支えとなり一生を送った人でした。


私を捉えて離さないのは、これほどの苦しみの生い立ちにもかかわらず、キクヨのかげりのない天真爛漫さにあります。


この物語を書く澤地氏とのやりとりに度々覗かせるユーモア、律儀さは私の心に鞭を打つほどです。


私たちが忘れ去った心のこもった言葉遣いなど、彼女の生き方に姿勢を正さずにはいられないのです。


当時の杜撰な捜査、不確かな証拠、想像を絶する取調べなどの犠牲になった父は自由の身になってから再審請求を出しては却下、出しては却下を繰り返し、そして事件発生から61年ぶりに再審開始、ついに命尽きる2年前に無罪を勝ち取ったのでした。


父の死後、ひとり息子にも出奔され、山奥でひっそりと生きて死んでいった彼女のことがいつまでも胸の奥から離れません。

看護婦さん あなたはいったい何を見ているの?

気むずかしい年老いたおばあさん 

それほど賢くなく とりえがあるわけでもない

あなたが大声で「もっときれいに食べなさい」と言ってもそのようにできなし

食事も入浴も 私が好きか嫌いかは関係なく あなたの意のままに長い一日を過ごしている

あなたはそんなふうに私のことを考えているのではないですか

そうだとしたら あなたは私を見ていないのです

もっとよく目を開いて 看護婦さん 

ここにだまってすわってあなたの言いつけどおり、あなたの意のままに食べている私がだれか教えてあげましょう

  
10才のとき  両親や兄弟姉妹に愛情いっぱいに注がれながら暮らしている少女でした  
    
20才になって花嫁となり 私の心は踊っています 結婚式での永遠の誓いも覚えています

25才  安らぎと楽しい家庭を必要とする赤ちゃんが生まれました

30才  子供たちは日々成長していきますが しっかりとした絆で結ばれて います

40才  子供たちは巣立ちましたが 夫がかたわらで見守っていてくれるので悲しくありません

50才  夫と私は子供たちと過ごした楽しかった日々を味わっています

そして夫の死 私はひとり過ぎ去った日々の思い出や愛に包まれていたときのことを思い出しています

今はもう年をとり、体はぼろぼろになり 栄光も気力もなく

以前のあたたかい心はまるで石のようになってしまいました

でもね 看護婦さん この年老いたしかばねの奥にもまだ小さな少女がすんでいるのです

楽しかったこと 悲しかったことを思い起こし 愛することのできる人生を生きているのです

人生はほんとうに短い、ほんとうに早く過ぎ去ります

そして今 私は永遠につづくものはない というありのままの真実を受け入れています

ですから看護婦さん 気むずかしい年老いたおばあさんではなく もっとよく心を寄せて私を見てください

物入れを整理していたら、以前ボランティアをしていたときの研究会の資料が出てきました。
1953年ロンドンのカトリック教会を母体として始められたこのボランティア活動は今では教会の手を離れ、世界70ヶ国500以上の電話センターへと発展しています。
私自身無宗教ですが、長い研修会でキリスト教的考え方に触れ、触発されることも大いにありました。

その研修会での資料の中にあった二編の詩を2回に分けてご紹介したいと思います。

最初の一編はある重病の名もない青年が詠んだものとされていて、現在もNY大学リハビリテーション研究所の壁に掛けられているそうです。

大きな事をなし遂げるために
力を与えてほしいと神に求めたのに
謙虚を学ぶようにと弱さを授かった

より偉大なことが出来るようにと健康を求めたのに
より良きことができるようにと病弱を与えられた

幸せになろうとして富を求めたのに
賢明であるようにと貧困を授かった

世の人の称賛を得ようとして成功を求めたのに
得意にならないようにと失敗を授かった

求めた物は一つとして与えられなかったが
願いはすべて聞き届けられた

神の意に添わぬ者であるにもかかわらず
心の中で言い表せないものは全て叶えられた
私はあらゆる人の中で最も豊かに祝福されていたのだ

I asked God for Strength,that I might achieve,
I was made weak,that I might learn humbly to obey ...
I asked for health,that I might do greater things,
I was given infirmity,that I might do better things...
I asked for riches,that I might be happy,
I was given poverty,that I might be wise...
I asked for power,that I might have the praise of men,
I was given weakness,that I might feel the need of God...
I asked for all things,that I might enjoy life,
I was given life,that I might enjoy all things...
I got nothing that I asked for-
But everything I had hope for;
Almost despite myself,
My unspoken prayers were answered.
I am among all men most richly blessed.

我が家は夫婦とも読書大好きですが、共通点は読書の時間帯のみです。

就寝前が主で、乗り物での移動中、何かの待ち時間を利用してのみです。
昼間どんなに自由な時間があっても本は読みません、新聞、雑誌は別ですが。

ジャンルもことごとく違い、ベッドサイドにうず高く積まれた夫の本を横目で見るだけです。
お互い読めたら2倍楽しめるのに。。。
今まで夫の本で最後まで読んだのはジェフリー・アーチャーとダン・ブラウンのもののみでした

結婚前唐突に「トルストイとドストエフスキーとではどちらが好き?」と聞かれて、気障な人だなと思った記憶があります。
確か夫がトル派で、私がドスト派と答えた記憶があります、トルストイは「戦争と平和」、ドストエフスキーは「カラマーゾフの兄弟」と「罪と罰」くらいしか読んだことがなかったのに^_^;

さて話題を変えてまたまた横山秀夫氏の登場です。

本当は終戦記念日にup したかったのですが、今になってしまいました。

甲子園の優勝投手としての早咲きの過去を持ち、大学野球へ進んだ後の肘の故障を克服すべく魔球の完成に全力投球していたさなか、終戦直前の太平洋戦争の波に飲み込まれ、海軍で人間魚雷回天に志願し、回天特攻による成果を果たせないまま海のもずくとなったひとりの青年の物語です。

警察小説が本命の横山氏にとっては異色の作品ですが、戦争を知らない世代の氏の戦争に対する気持ちが色濃く投影されていて、感動のメッセージとなっています。

「人間魚雷という兵器がこの世に存在したことを伝えたい。人間が兵器の一部になったことの動かしがたい事実として残すために俺は死ぬ」という主人公並木の言葉に著者の表現したかったことが凝縮されていると思います。

脱出装置もない特攻兵機になぜ乗らなければならなかったのか、当時の若者たちの不条理をもう一度考えてみることが私たちの託された課題ではないでしょうか。

この小説は映画化され、9月に全国一斉に公開されるそうです。
興味がある方は映画から入られてもいいのではないでしょうか。
 


高校野球も早実の初優勝で幕が下りました。


学童期の子どもたちがいる家庭ではこれから一斉に宿題の追い込みが始まるのではないでしょうか。
我が家で購読している朝日新聞の昨日の朝刊の4コママンガ「ののちゃん」は、これから繰り広げられるののちゃんvs宿題の死闘の前触れを感じさせられる内容でした_(._.)_



きょうはインド系新人作家ラヒリの短編小説です。

1967年ロンドン生まれの弱冠39歳、とあなどるなかれ、すごい経歴です。


ニューヨークでステイタスのある文学雑誌「ニューヨーカー」に短期間で3度も掲載され、同誌の年間新人賞受賞
その上にO・ヘンリー賞ペン/ヘミングウェイ賞を受賞
極めつけは2004年のピュリツァー賞受賞です。 
 
新人作家の、それも短編集での受賞はおそらく初めてではないでしょうか。


彼女の両親はともにベンガル人ですが、ラヒリはずっとアメリカ東部で生活し、インドには旅行以外住んだことがないそうです。


「停電の夜に」には9つの短編が収められていて、舞台はいずれも米国であったりインドであったりしますが、インド文化をベースにした人々の視点から書かれています。


表題作「停電の夜に」は、以前子どもを死産するという共通の悲しみを通して心に微妙な隔たりを感じている若い夫婦が、夜間1時間の停電をきっかけにたわいない秘密の告白ゲームを始め、途中修復の兆しが見え隠れしますが、停電最後の日のお互いの秘密の告白により、もはや修復できないとてつもない大きな溝を抱えるというあらすじです。


ふとしたはずみで口をついて出る言葉によって人間は取り返しのつかない谷に落ちていくことを改めて感じた一編でした。


9編のうち6編はアメリカに移住したインド人家庭を舞台に、他の3編はインドが舞台となっていますが、
2つの文化の狭間で生きる人々の姿を、ときにはユーモラスに、ときにはせつなく描いていて読んだあと、じんわりと心に沁みてくる文章です。


短編集の最後に収録されている「三度目で最後の大陸」が私にとっては読み応えのあるすばらしい作品でした。

移民としてアメリカにやってきたひとりの男性が、その30年にわたる移民生活の日常を何気ない口調で語っています。

その淡々とした語り口を通して読者に彼の移民者としての人生の重みを感じさせる、若い作家に脱帽です。

先日、京都大再生医科学研究所がマウスの実験で、皮膚の細胞から「万能細胞」を作製することに世界で初めて成功したという画期的なニュースが報じられました。


今まで「万能細胞」は受精卵が約百個の細胞まで分裂して胚盤胞と呼ばれる段階になった時に取り出して培養することで作製できたようですが、命の萌芽ともいえる人間の胚を壊して、原料となる細胞を取り出す必要があり、受精卵を「生命の始まり」とするキリスト教的価値観が色濃い欧米の一部では研究自体を認めていない国もあるようです。


韓国ソウル大の黄教授による患者の体細胞を使ったクローン胚からES細胞11株を作ったという研究捏造事件はいまだ記憶に新しいと思います。


が、捏造が世界の大事件として扱われるほど「万能細胞」には人類の夢が託されているのではないでしょうか。


この万能細胞の延長には臓器再生、拒絶反応のない移植医療の実現が夢ではないことが証明されるのですから。 (医療技術の進歩による長寿への恩恵と、世界の人口問題との関係はちょっと棚上げして<(_ _)>)



さて今回はイギリスミステリ界の女王クリスティーの珍しい小説をご紹介します。


クリスティーといえば、名探偵ポアロやミス・マープルをすぐ思い浮かべてしまうほどミステリの世界では有名ですが、 メアリ・ウェストマコットの別名で生涯に6冊のミステリではない小説を書かれているのはご存知ない方も多いのではないでしょうか。


今回取り上げるのがそのうちの1冊で、「人間」の本質というべきものを描いて圧巻ともいえるクリスティー異色で出色の小説だと思います。


自分の確固たる幸福への定義で夫や子どもたちの現在と未来の生活を築いてきたと自認する主婦ジョーンが、旅先での友人たちとの何気ない会話をきっかけに家族との過去を新たな目で見つめ直し、反省し、新たな自分としての再出発を心で誓いますが、彼女の内なる防衛本能により、突き詰めた自省による絶望を無意識に避け、また元通りの日常に戻っていくというストーリーです。


私は自省を込めて、時々この本を読み返しています_(._.)_

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