VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2007年03月

アニマルテラピーのドキュメンタリーを見ました。

ある老人養護施設にまぎれこんだ捨て犬を職員やお年寄が世話しているうちに、それまで無表情だったお年寄が表情豊かになり、お互いの交流が盛んになったという話でした。

18世紀末イギリスヨーク収容所という精神障害者施設で治療目的のために動物を飼ったのがアニマルテラピーのはじまりとされているようですが、最近特に日本でも動物とのふれあいに心の拠りどころを求める人たちが増えていますね。


夫も私も大の犬好きですが、マンション住まいなので飼うことができないことがとても残念です。


さて半年ほど前、日経にエッセイ連載中の直木賞作家坂東眞砂子氏が生まれたばかりの子猫殺しに関して書かれたことで批判の嵐が巻き起こったのをご記憶の方も多いでしょう。


現在タヒチ在住の坂東氏が飼い猫に子猫が生まれるやいなや住まいの隣の崖の下に放り投げるということを繰り返しておられると書かれた記事です。

氏の論理によれば

「自分の育ててきた猫の『生』の充実を選び、社会に対する責任として子殺しを選択した。もちろん、それに伴う殺しの痛み、悲しみも引き受けてのことである」

と避妊手術より子殺しを選択されたようです。


これを受けて世論が騒然としたため、小池百合子環境相が公式に動物愛護の面から残念であるというコメントを出されました。

またフランス領ポリネシア政府が動物虐待の疑いで告発の動きを示しているということです。

その上ネット上で「不買運動同盟」なるものを結成して坂東氏の本を買わないようにしようと呼びかける動きも出ているようです。


昔病気で死んだ飼い猫を葬った後、もう1度会えるなら地球の果てまでも行きたいと思った動物好きな私は坂東氏の行為に対してとても不快なものを感じました。


特に「避妊手術」と「子猫殺し」を比較し、独特の論理で後者を選択したことを正当化しているところに強い反発を感じましたが、マスコミのあおりを受けたかのようにそれが「不買運動」に発展することには疑問を感じています。


特に坂東氏の作品に対して強い思いがあるわけではありませんが、文学の世界で死刑囚が書かれた小説が正当に評価されるということなどを考えてもこの連動には首を傾げるばかりです。



ということでもありませんが、本日は坂東氏の『曼荼羅道』をご紹介したいと思います。

mixi内での友人であり、読書のコミュニティの管理人でもあるkakoさんご推薦の本です。


坂東眞砂子氏の本は私にとって本書がはじめてですが、冒頭からその文章力の迷いのない力強さに驚きました。

私好みの作風ではないのが残念ですが、筋立ての確かさといい、調査力のすばらしさといい、全体を構成する力が充実していてそして枝葉がしっかり書き込まれているというのが感想です。


テーマを今受けに絞り、砂上に家を建てるように積み重ねる流行作家が多い中、1度は精読するに値するエネルギー溢れる本です。


作家の略歴を見ますと、狭い日本に収まりきれないように10年前よりタヒチ在住の50歳。

1982年『ミルクでおよいだミルクひめ』で第7回毎日童話新人賞優秀賞
1994年『蟲』で第1回日本ホラー小説大賞佳作
1996年『桜雨』で第3回島清恋愛文学賞
1996年『山妣』で第116回直木賞
2002年『曼荼羅道』で第15回柴田錬三郎賞
をそれぞれ受賞されています。


「自宅の裏山を散策したり、鶏や魚を切りさばいて食べるなど自然と密着した暮らし」の日常を通して人間の欲望の根幹「食欲」と「性欲」に思いを馳せ、小説のテーマに選ばれているようです。


「生の根源は欲望。
現代人にとって希薄になってしまった皮膚感覚を取り戻すためにも性は重要なテーマなのです」


第二次世界大戦中にマレイ半島に渡った富山の薬売り蓮太郎の波乱の人生。

その蓮太郎が住んでいた離れ家で孫の麻史夫婦が祖父が残した「薬掛帳」を発見することから物語が始まります。

マレイ半島で祖父蓮太郎と結ばれた部族の娘サヤの、蓮太郎と知り合ったが故の悲惨な半生と一途な蓮太郎への想いは、物語とはいえ現代の日本人がとっくに無くした探しものを見つけたようで胸に迫るものがあります。

「蓮太郎は、サヤに美しい服を着せ、贅沢を教えこんだ。
密林で、ぼろぼろの衣類を着ていた娘は、やがて魅惑的な一人の女に成長した」

密林で薬草と戯れていたサヤの幸せと、蓮太郎によって女になったサヤの不幸の対比。

戦局の悪化によりサヤとの別世界にあっさりと別れを告げた蓮太郎の罪は言い逃れができるものでしょうか。

戦時中の半島での日本兵の残忍さ・・戦争はかくも人間を残酷にするのかと思うほどに坂東氏は目をそらさずに書き込んでいて圧巻です。


冒頭の「薬掛帳」を発端として迷い込んだ曼荼羅道での現代の麻史夫婦と過去の蓮太郎、サヤとの不思議な交錯によって読者である私は幻想的な坂東ワールドへと導かれていきます。

時には濃密な性描写、荒々しい暴力を迷いのないタッチで大胆に描くことによって、戦争そのものの隠しおおせない暗部を見事に浮き彫りにした作品になっています。


最後に本書を柴田練三郎賞に推薦された選者黒岩重吾氏の講評を挙げておきます。

「・・・小説を読んだあとに気迫だとか、衝撃、あるいは感動、それから余韻、こういうものがなければならない、という信念をもって選考にあたっています・・・
そういう意味において今回の坂東さんの『曼荼羅道」については衝撃をうけました・・・
作者の、これを書かなければいけない、という息吹だとか熱意というものを、ぐんぐん肌で感じたわけです」

皆さんもエネルギーを溜めて読んでみてください<(_ _)>

昨夜はテレビを3時間も見てしまいました。

島田紳助「クイズヘキサゴン」が3時間の特集を組んでいたからです。

普段テレビはあまり見ない習慣ですが、最近はお笑い系限定で夕食時に1時間観るのを楽しみにしています。

漫才、落語、こぼれ話などお笑いなら何でも大好きな私です


「生きがい療法」の一環としてがん患者たちのモンブラン登頂を成功に導かれた岡山倉敷の「すばるクリニック」院長伊丹仁朗医師は「笑い」の効用について次のように語っていらっしゃいます。

「吉本興業の笑いのメッカ、大阪「なんばグランド花月」に19人のボランティアの方々に行ってもらい、漫才・漫談・吉本新喜劇を3時間観て、思い切り笑ってもらいました。その直前、直後で血液の成分に変化がないかをみたわけです・・・

笑う前にNK細胞がやや弱かった方は、笑った後は全員正常域に、もともと正常範囲の方もさらに強くなる。おおいに笑うとほぼ例外なく強くなります」


イメージトレーニングで治癒力を引き出す「サイモントン療法」で有名なアメリカ放射線腫瘍専門医サイモントン博士
ベストセラー『笑いと治癒力』の著者ノーマン・カズンズ博士
そして聖路加の日野原重明名誉院長も「笑い」の大切さを指摘されていますね。



というわけで今日はベテラン漫才師B&B島田洋七氏『佐賀のがばいばあちゃん』を遅まきながらご紹介したいと思います。

1993年出版以来徐々にブレイクし、現在300万部以上を売り上げています。


2006年6月には吉行和子主演で映画化、2007年1月には泉ピン子主演でTV化、そして大空真弓主演の舞台化も決定しているということです。

またTV化でロケ地が佐賀県武雄市に決定後、市役所内に「佐賀のがばいばあちゃん課」まで出来たというからブームのすごさに驚きます。


このようにTV、映画で話題満載、今更ご紹介するまでもないベストセラー、TV、映画を見ていない私より皆さんの方が内容はよくご存知だと思いますので、本の内容はさておき、著者の概略をざっとご紹介したいと思います。


広島出身の島田洋七と岡山出身の島田洋八が結成するB&Bが吉本興業からデビューしたのは今から30年以上も前のことです。

1977年には読売テレビ・上方お笑い大賞銀賞
1978年OBC・第13回上方漫才大賞奨励賞など受賞
その後現在の漫才協会へ移籍して東京進出
1980年TV番組「お笑いスター誕生!」で10週勝ち抜き初代グランプリに輝き、その後の漫才ブームの火付け役となりました。

ザ・ぼんち、ツービート、西川のりお上方よしお、紳助竜介などが次々登場したのもこの頃です。

ちなみに芸名「B&B」は「BOY&BOY」の略です。

広島もみじ饅頭など故郷ネタに機関銃のようなしゃべりでお茶の間を沸かせましたが、1983年に解散しました。

その後1996年に再びB&Bを再結成、吉本興業に復帰し、本書執筆以来、超多忙の島田洋七氏は全国を講演で飛び回ったりTV出演などの合間に「なんばグランド花月」の舞台を踏んでいらっしゃいます。


本書は、戦後日本中が復興途上だった昭和33年、広島から佐賀の母方の祖母に預けられた8歳の島田洋七こと徳永昭広君が広島への高校進学を機に佐賀を離れるまでの7年間のサノばあちゃんとの思い出を描いています。


戦中に夫を亡くし、厳しい戦後を学校の掃除婦をしながら5女2男の子どもを育てて生き抜いた底抜けに明るいがばい(すごい)ばあちゃんの話です。


内容は皆さんがよくご存知、生涯明るい貧乏をおおらかに肯定し、ユーモア溢れるポジティブな人生を過ごしたがばいばあちゃん。


数々あるがばい語録に元気づけられ、発想を明るく転換して生きていきましょう。


★「人がこけたら笑え。 自分がこけたらもっと笑え。 人はみんな、こっけいだから」

★「生きていることが面白い。 なりふりかまうより、工夫してみろ」

★「人に気づかれないのが本当の優しさ、本当の親切」

★「世の中には、病気で死にたくない人がいっぱいおるのに、自殺なんて贅沢だ」

★「人間は死ぬまで夢をもて! その夢が叶わなくても、しょせん夢だから」

東京から福岡に転勤した長男のちびっこ姫と姫ママが遊びにきました。

半年間の福岡暮らしで、2歳半の姫は「ここで降りると?」と博多弁がしゃべれるようになりました(^_^)v


8日間の滞在中、アンパンマンに夢中の姫のためにアンパンマン・ミュージアムに行ってきました。

高知市中心部より車で45分の山間にある香美市はアンパンマンの作者やなせたかし氏の故郷です。

89歳になられるやなせ氏ですが、漫画家としての開花は遅く、1973年から描き始めたアンパンマンがやっと認められるようになるのに約15年かかったそうです。


岡山―高知間を走るJR土讃線、特急「南風号」は全体にアンパンマンワールドの仲間たちが描かれたアンパンマン列車になっていて、ちびっ子たちの人気を集めています。

また高知市内を走る路面電車205号はアンパンマン電車で、車内にはバイキンマンやドキンちゃんなどキャラクターがいっぱいだそうです。

かつお漁業ほか主だった産業がない高知周辺は1998年に記念館ができて以来、アンパンマン一色になっていました。


その日ははりまや橋近くの「城西館」に泊まり、名物皿鉢料理を楽しみました。


夫と2人では決して訪れることはない場所にちびっこ姫のお陰で訪問できました。



というわけで久々に、私の大好きなシリーズ18作目、スー・グラフトン著『ロマンスのR』をアップしたいと思います。

1982年『アリバイのA』から始まった女探偵キンジー・ミルホーンが活躍するシリーズもZまであと残すところ8冊となってしまいました


現在アメリカ女性推理小説家として、サラ・パレッキーと双璧をなすスー・グラフトンですが、大学卒業後テレビドラマの脚本家としてスタートを切りました。


アガサ・クリスティーを尊敬する彼女が試しに書いた1作が大ブレイク、それがこのシリーズの始まりだそうです。

シリーズ完了後、新しいスタイルのミステリーを書く力が残っていることを願っています。


さて本書『ロマンスのR』の原題は『R is for Ricochet』。

‘Romance’とばかり思っていた私は見慣れない’Ricochet’を辞書で引いてみました。

「(水切りした石などのような)はね飛び、はね弾」


久々にキンジーの恋愛が描かれているので「ロマンス」に意訳したのでしょうが、「はね弾」とは・・・事件関係者のはね弾に当たってもがくキンジーを示唆しているのでしょうか。


37歳の女ざかり、2度の離婚歴、警察官とのちょっとした不倫、放浪癖のある同業者ディーツとの恋愛を最後にしばらく恋から遠ざかっていたキンジーにふってわいた恋模様が事件とともに進行していきます。


今回の依頼主は富豪の老人ノード・ラファティ。

横領事件で服役中の1人娘リーバの仮釈放を受け、迎えに行き外に世界に慣れるまでの数日間見張っていてほしいという一見簡単なものが、一転FBIや国税庁、警視庁がからむ複雑な事件に発展、またしても事件に巻き込まれてしまうといういつもの流れです。


その大がかりな犯罪摘発チームにいたのが今回の恋の相手、旧知の市警チーニー警部補。


キンジーの恋の行方もさることながら、今回は恋に悩む大家ヘンリー87歳の少年のような瑞々しさがとてもキュートです。

「粋で、優しくて、セクシーで、かっこよくて、ハンサムで、活気にあふれ、親切」なヘンリーは人との交流が苦手なキンジーが唯一心を許す男性。


これら登場人物が織りなす日常が毎回起こる事件を超えた吸引力で読者を惹きつける、それが本シリーズの最大の魅力です。


例えばキンジーの日常に繰り返し出てくる食べ物の話。

料理嫌いのキンジーが唯一作るピーナツバターとピクルスのサンドウィッチや、マクドナルドのダブルバーガー、ラージサイズのコーク&フライド・ポテト、そしてお気に入りの飲み物はシャルドネ!

日頃はファストフードが苦手な私ですが、時としてキンジーと一緒にかぶりつきたくなります。


カリフォルニアの架空の市サンタ・テレサの風に吹かれながら海岸に沿ってジョギングするキンジーとともに私も楽しく伴走します。


いつもジーパンとタートルネック、髪が伸びると爪切りバサミで切り、好みの小説はジョン・ル・カレという男性的なキンジーが今回はチーニーによって普通の女の子になっています。


そのチーニーから大叱責を受けた勇み足のキンジー。


「アパートに入り、下着の引き出しを整理した。…危険のない場所で手際よくなにかを処理し、自分が有能だと思いたかった。下着をたたんでも有能だとは言えないが、せいぜいそれぐらいしかできなかった」


このかわいいキンジーをたっぷりご堪能ください。

明け方怖い夢を見ました、しかも色つきで。

場所は北朝鮮、平壌のアパートメントで、前以って夫と取り決めていた帰宅合図の青色レーザー光線を待っていた私は急にドアノブを回す荒々しい音とともに赤色の光線が光ったので、とっさにベランダに逃げ込んで難を逃れました。

2、3人の男たちの乱入と逃走の後、見つからなかった安堵感で胸をなで下ろしているところで目が覚めました。

しみじみ日本に住む有難さが身に沁みました。



このところアップするため繰り返し読んでいた『北朝鮮に消えた友と私の物語』の影響に加え、昨夜歴史やスパイ関係に詳しい夫から金日成やスターリン統治時代の秘密警察などの実情をレクチャーされたのが即座に反映、超単純な頭の私です。


折りしも北朝鮮への金融制裁としてマカオのBDAに凍結されていた口座について、米財務省が調査の結果凍結の解除へと動き出したというニュースが流れていました。

北朝鮮に関しては拉致問題、核問題などメディアに登場しない日はないくらい人々の関心は深く、動向に目が離せない毎日です。

2月に北京で開かれた6者協議で、北朝鮮は日本を除く各国のエネルギー支援と引き換えに核施設の活動停止・無能力化に応じる構えを見せてはいますが、実行に関しては疑う世論もあるようです。

日本中の人々が解決を求めてやまない拉致問題に関しては解決済みというスタンスをくずさない厚顔に歯軋りする思いです。

北京で開かれている作業部会に続き、19日から開かれる次回6者協議での結果が待たれますね。



今日は冒頭でご紹介した萩原遼氏『北朝鮮に消えた友と私の物語』をアップしたいと思います。

数年前、当時ボランティアで同期だった友人に薦められた本でした。    

時をおいて何度か読み、いつかブログでご紹介したい候補に入れていました。


先日、mixiで親しくさせていただいているすみれさんが北朝鮮問題に関して書いていらした日記の中に本書の名前を発見しました。


北朝鮮問題その他において長年研鑽を積まれていらっしゃる上、私と同じ主婦とは思えない専門家顔負けの豊富な知識と広い視野を持たれているすみれさんの目の届く範囲で感想を書くことなどとてもできない知識の乏しい私ですが、勇気を出して簡単ではありますが私なりの貧しい雑感を書いてみようと思います。
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松岡農水相の資金管理団体が借りておられる議員会館の無料であるはずの光熱水費に関する問題がクローズアップされていますね。

政治資金規正法施行規則で「電気、ガス、水道の使用料及びこれらの計器使用料など」と規定している光熱水費は、家賃や電話代などの事務所費と同様に領収書の添付や明細の記載は必要ないということです。

ニュースによると、松岡氏の資金管理団体はこの光熱水費を2005年までの5年間で約2880万円を計上していたそうです。

ちなみに他の11人の閣僚の平均は約120万円ということで、松岡氏の経費は断トツであることがわかります。

松岡氏と同じく議員会館だけに事務所を持つとされる菅義偉総務相は5年間でゼロと報告されているそうです。


諸々追求された結果、松岡氏は内訳を電気代と還元水と答えられました。


健康に留意され、体に悪い水道水を避け、1本5000円の還元水を飲まれていらっしゃるということですが、それらの経費は国の税金からではなく、ご自分の所得から捻出してほしいと思います。


私たち庶民は皆、自分の収入の範囲で健康に留意しているのですから。




さて今日は曽野綾子氏『賛美する旅人』をご紹介したいと思います。


若かった頃、曽野氏の文章に妙に違和感を覚えた時期があり、反発のあまりしばらく遠ざかっていましたが、ここ10年ほどは読めば読むほど深い味わいを感じ取れるようになりました。


若い時には汲み取れなかった曽野氏の率直に書かれた文章の奥の深い思いをストレートに胸に受け取れるようになりました。


わがままな読み手である私は、同じ本でもそのときどきの心身の変化に大きく左右されることを身を以って経験しています。



本書の主人公は60歳、家族も持たず、働くことなしに親の代からの会社の役員として相応な報酬を得て人生を暮らしています。


「私の才能の中で始末によかろうと思われるのは、退屈を知らぬ、ということである・・・
自慢だと思われることを恐れずに言えば、私のように何気ないものの中に人生を見得たものは、普通の健康な生活者の中にはそう多くはないかも知れない」


「私は生涯定職に就かなかったおかげで、友達はたくさんいる。           
誰にとっても私はライバルではなく、誰も私を羨む人はなかった。           
同級生のすべてが私よりはましな生涯を送ったと思っている。            
だから、誰もが私に寛大であった。                         
私は一段低く見られることで、人の心の決定的な醜悪さを見ないで済んだだけでなく、優しささえ垣間見た」


この世を賛美するために時として旅に出る主人公が人生の旅先で触れた何気ない14の逸話が淡々と語られているのが本書です。


☆ローマン・カトリックの総本山バチカンの枢機卿ロッシーニに知遇を得てその館を訪れた「私」が感じた違和感・・・枢機卿の暖かい人柄に反して、館への入出への厳戒態勢の理由を知った「私」の心に流れた賛美を描いた第4話「指色の館」


☆かって外務大臣の夫人として日の当たる社会で賞賛を浴びた後、夫の死後修道院に入ったある女性の気負いを落とした生き方への賛美を描いた第6話「なれの果て」


☆いつまでも私の心を捉えて離さない物語・・第9話「エノクの桜」は、主人公がふと旅した北陸の温泉地で出会った中年の女性の物語。

3歳のとき神隠しに遭ったように自宅から忽然と消えてしまった息子を捜すことを12年続けている女性に主人公が話した旧約聖書の中のカインとアベルの物語。

「カインはその罪の故に自らと血をさまよい歩くさすらい人になった。
しかし結局はエデンの東の何とかという土地に住み着いて、そこで妻を娶って生んだのが、エノクというわけです・・・
彼は65歳の時、娘をもうけ、その後合計365年生きて・・・
そして『神が取られたのでいなくなった』と言われているんです」

この話を通して、12年間の息子のいないうつろな哀しみから人生への賛美を取り戻すことができた女性。

この物語から私は深い悲しみからの見事な再生を学びました。


可能性が1つ、また1つと奪われていく人生の終末に、ベッドまわりだけの小さな世界の中でもこの世を賛美できるような人間になるというのが私の究極の希です。

映画「ホテル・ルワンダ」を観る機会に恵まれました。

同じルワンダ大量虐殺Rwandan Genocideをテーマに扱ったドキュメンタリー『ジェノサイドの丘』を1ヶ月かけて読了した後、どうしても観たかった映画でした。


「シンドラーのリスト」のルワンダ版ともいわれるこの映画は当初、日本の配給会社が名乗りをあげなかったため上映の目途が立たなかったところ、20代の若者たちの熱意で短期間に4595名の署名が集まり、2006年お正月に公開が実現したということです。


テリー・ジョージ監督、ドン・チードル主演のこの映画はトロント国際映画祭で観客賞を受賞、2004年度のアカデミー賞で脚本賞、主演男優賞、助演女優賞の3部門にノミネートされました。

「アフリカのシンドラー」といわれた実在の人物の身に起こった真実の話を映画化したものです。


1994年中央アフリカの小国ルワンダの首都キガリ、フツ族出身の大統領の乗った飛行機が何者かに墜落されたことを契機に、暴徒化したフツ族により80万人ものツチ族が次々虐殺されます。


日々単調な仕事をただ黙々とこなすだけだった平凡なミル・コリン・ホテルの支配人であるフツ族のポールがツチ族の妻と子の命を守るという目的のためにホテルに匿ったことをきっかけに、結果的には1200人ものツチ族の命を救うことになります。


妻子を含むツチ族の集団をホテルに連れて行く道中、行く手を阻む武装集団の尋問などをありったけの知恵で潜り抜け、ホテルに到着したポールは従業員たちの前で宣言します。

「このホテル内ではフツ族もツチ族も平等だ」


一方、この名もないひとりのホテルマンの行動に対比して、暴動を鎮圧する役目を担うはずの国連が下した平和維持軍撤退命令、ボランティアや報道機関への退避勧告・・・ホテルで孤立する人々、そしてルワンダ自体を世界が見捨ててしまうのです。


ただ家族とともに笑い合いたい、普通に暮らしたい、それだけの小さな望みを絶たれた民族がいる、ということが切なくて胸が苦しくなるほどでした。

個人の胸の中だけの感傷で終わってはいけない、それを強く感じました。




今回は簡単ではありますが、冒頭でお話しした『ジェノサイドの丘』をご紹介したいと思います。

ユダヤ系アメリカ人ジャーナリスト、フィリップ・ゴーレイヴィッチによる本書は上下2巻からなっています。

上巻ではルワンダ大虐殺が起きるまでの部族間による長い対立の背景や虐殺の実態など、  

下巻では大虐殺の後の後遺症に苦しむルワンダの様子が、丹念な調査や生き残った人々へのインタビューによって書かれています。


タイトルの「ジェノサイド=Genocide」とは「民族大虐殺」のことです。

その代表とされるものにはご存知のように第二次世界大戦中のナチスによるユダヤ人虐殺がありますね。


ルワンダを地図で見ると、周囲を大国のザイール共和国、タンザニア、ウガンダなどに囲まれた内陸部の小さな小さな国であることがわかります。

ドイツ、ベルギーの統治を経て1962年に独立しました。

国土は日本の四国のわずか1,4倍、人口810万人の小国です。

そのうちの80万人とも100万人ともいわれたツチ族犠牲者はユダヤ人犠牲者の3倍にも達しているにもかかわらず、国連や世界各国の心ない無策な対応ぶりには驚きを通り越して強い怒りを覚えます。


これほどの大規模な殺戮が国際的な援助の対象にならない上、ほとんどの国が関心を寄せなかったという図式を知るにつけ、自分に降りかからないことにはここまで無関心になれる人間の怖さを痛感しました。


RPF(ルワンダ愛国戦線)による暴動の制圧により難民としてザイールへ国外退出した虐殺者側のフツ族に対しての保護など、やっと重い腰をあげた国連の打つ手打つ手が後手後手に回った、真剣味が感じられない支援には驚くばかりですが、日本人としても当時関心を持たなかった自分自身へも憤りを今、改めて感じています。


長い歴史の途上、ドイツ、ベルギーによる植民地時代からの2部族間の根深い摩擦の延長線上で起こした争いにもかかわらず、いつの時代も犠牲となるのは力のない普通の人々です。


第二次世界大戦でのユダヤ人虐殺の経験を通し、ジェノサイドを国際法上の犯罪であるとしたジェノサイド条約が何の効力も持たなかったことはとても悲しいことです。


書きたいことが胸にあふれているのに、貧弱な言葉しか持ち合わせのない自分の無力さにはがゆさと恥ずかしさを感じるばかりです。


「ホテル・ルワンダ」を観られた皆さんのほうがもっともっと豊かな感想を持たれていることと思います。


何がきっかけでもいい、関心を持つということがすべての始まりではないでしょうか。


私も『ジェノサイドの丘』が発端でルワンダの人々に深い関心を持ちました。


太くて読みづらい本ではありますが、手にとって開いてみてほしいと思います。


そこには苦悩するルワンダの姿が過去から未来に向かって生々しく描かれています。

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