VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

PVアクセスランキング にほんブログ村

2007年06月


娘が祖母に会うために東京から帰ったのを利用してずっと行きたかった山口県の香月泰男美術館に行ってきました。
 
     http://www.city.nagato.yamaguchi.jp/~kazukiyasuo/

5年ほど前香月泰男画伯の画集を見る機会があり、それ以来いつかは訪れてみたいという希望がやっと叶いました。

香月氏は1931年に現在の東京芸術大学油絵科に入学後藤島武二氏に師事されたという経歴です。

シベリア抑留の経験を通して芸術に対する視野が大きく広がり、抑留中夢にまで見た故郷三隅町に居を構え、「私の地球」と呼んで亡くなるまで30年近くこの桃源郷を描き続けられるとともに、シベリアでの死と隣り合わせの世界も再現されました。

素描、油彩、版画、版木、ブリキのおもちゃなど、どれも自然や人間に対するまなざしの優しさが溢れたすばらしい作品です。


「上善は水の如し」

画伯が座右の書としておられた「老子」からの言葉です。


「上善は水の如し。水は善(よ)く万物を利して争わず。衆人の悪(にく)む処におる。故に道に幾(ちか)し」

「最高の善は水のようなものだ。
水は万物を潤し生かしているが、功名は争わない。
普通の人が嫌がる低いところにいつもいる。
だから水は人倫の道に近いといえる」

香月作品には水を主題としたものが多くみられます。

万物に恵みを与え、相手を包み込み、低いところに流れ、時には荒々しい姿を見せながら地球の命を支える水のように生きたいと思われたのでしょうか。



さて、本日は吉村昭氏『天に遊ぶ』をご紹介したいと思います。

「小説新潮」から原稿用紙10枚の短篇を依頼された著者が新しい試みに挑戦した超短篇集
が本書です。

いままで原稿用紙30枚程度の短篇を著してきた著者が対峙した21の短篇は、天空を自在に遊泳するような思いで書きつらねたとあとがきに記されています。


☆大学職員の主人公が江戸の天明年間に襲った東北地方の飢饉を調べるうち行き着いた現代の人間関係を描いた「鰭紙」

☆妻に死別した男に持ち込まれた再婚話の相手の家を訪問したときに感じた微妙な違和感を描いた「同居」

☆高名な作家や評論家の葬儀会場にいつも現れる気品のある老女の登場で右往左往する編集者たちの様子を描いた「香典袋」は思わず微笑まずにはいられない小品です。

☆昭和初期の下町には珍しくなかったお妾さんの姿を描いた「お妾さん」

☆桜田門外で井伊直弼を暗殺した水戸脱藩士の関鉄之介の病状を調べていた「私」が調査の結果を孫である亡父の夫人に告げ、長年の疑いをはらす「梅毒」

☆伯父が89歳で亡くなったあと、ひとり残された伯母の傷心を気遣う周りに対して予期せぬ反応を示した伯母の様子を描いた「居間にて」は、長年連れ添った夫婦の愛情を根底から覆されるような小気味よさがただよう短篇です。

どの短篇も吉村氏独特の怜悧な中に温かさを含む余韻が体にゆっくり広がる、そんな物語です。

先日道を歩いていてつまずいた拍子に右足首を強く捻ってしまいました。
みるみる腫れ上がり歩行も困難でしたが、冷シップを繰り返して少しずつ治まってきました。

ちょうど体調を整えてもらうために通っている鍼治療の予約日が近かったので病院には行かず、鍼灸のスポーツドクターに診てもらいました。

その折に最近流行のハード型酸素カプセルを勧められたので体験してきました。

ヒーリングと称して酸素グッズが大流行の昨今、酸素バーに行ったり携帯用酸素発生器などを持ち歩く若い女性も増えているようですね。

通常大気中には約21%の酸素が存在しているそうですが、地球温暖化が原因で酸素量も減ってきているそうです。

高濃度の酸素を吸入することで、疲労の原因となる血中の乳酸を水と炭酸ガスに分解してくれるそうです。

現在のように地球に酸素が誕生して27億年。

45億年前、生まれたばかりの地球の空気は二酸化炭素と窒素が主で単独での酸素はなかったといわれています。

はじめて光合成で酸素を放出したのは約40億年前に誕生したシアノバクテリアだそうです。

これは他のバクテリアとちがって葉緑素を持ち光合成をすることができるということで、人間の誕生に大きな貢献をした生物ですが、現在も水中に広く分布しているそうです。

生物に必要不可欠な酸素を作り出す源となる森林や海を守ることの大切さを痛感しています。


さて、久しぶりに宝物というべき本に出合いました。

本屋で表紙の石仏写真とタイトルに魅かれて何気なく手に取った文庫本。

藤原新也氏『何も願わない手を合わせる』はそんな偶然の出合いによって私の元にやってきました。

肉親との別れのたびに四国巡礼をする著者が、兄の死をきっかけに3たび目の供養巡礼を通して旅先で出合った蝶や花、人への思いを写真と共に綴った本です。

藤原新也氏といえば『東京漂流』という本のタイトルをかろうじて知っているのみだった私は何の先入観もなく、期待感もなく本の扉を開きました。

22の小さな随筆よりなるこの巡礼物語の始まりを飾る「顔施」。

その中で著者は「自身の中の死者への残念を浄化することこそが死者への供養だ」と語ります。

初めて訪れた薬王寺の境内のベンチで日和佐の風景を眺めながら著者は人生の中で出会った死者に心を添わせます。

「この世から消滅したものこそが幻でない唯一の確かな存在であるかもしれぬ」

境内にひっそりとたたずむ地蔵菩薩に亡き兄を見た著者は「顔施(和顔悦色施)」という言葉がすっと心に入るのを感じます。

写真にあるその地蔵菩薩はいままで見たどんな地蔵よりも私を捉えて離さない表情を浮かべて瞑目しています。


著者の経歴を見ると、カメラマンであり評論家であり小説家であり、と多彩な才能をインドを振り出しの旅によって開花させた現代の表現者であると書かれています。

処女作『印度放浪』から『西蔵放浪』、『チベット放浪』、『全東洋街道』、『メメント・モリ』、『アメリカ』など旅を題材の著書は数多く、写真集も多く発表されているようです。


93歳という老齢の歩き遍路の浪々とした御詠歌に心を打たれた最御崎寺。

どんな形であれ、煩悩や執着心からの解放を求める「自己救済」を目指している「祈り」に人間の業の深さを感じていた著者が青龍寺で出会った幼女の無心な祈りによって知った祈りの姿。

「なにも願わない。そしてただ無心に手を合わせる」

やがて無心に祈ることの手強さよりもっとやさしい祈りのかたちを見出す著者。

「海のような自分になりたい」

「菜の花電車」の著者の回想は切なさを含んでいます。

高校2年の半年を共に過ごした同級生に会うために乗った筑豊鉄道。

田川伊田という寂れた町のキャバレーのマネージャーをしているという友との再会は一瞬にして終わります。

「あの時は邪険にあしらいすまなかった。自分は、お前の立場と俺の立場のあまりにも大きな隔たりを恥じ、一刻も早く君の前から消えたかったのだ」

この便りを残して友はこの世を去ります。

再び筑豊鉄道田川線に乗った著者の目に菜の花の真っ黄色の輝きが過ぎていきます。

「黄色い輝きは、瞬く間にすれ違い、過去の方に向かって走る・・・
生きとし生けるものは皆、その早春の風にゆれる菜の花の淡い哀しみを心に秘めているものだと暗喩するかのように・・・遠ざかる」

自然体で書かれたまなざしの優しい文章は砂に水が沁みこむように私のこころの襞に寄り添うように入ってくれました。

当たり前のことを当たり前に書いた随筆なのに、久しぶりに著者にありがとうを言いたいと思った本でした。

朝日新聞に「患者を生きる」というシリーズが連載されています。

ここしばらくは「糖尿病」編ですが、その中に石川県能登半島地震で罹災し、避難所生活を余儀なくされた高齢の糖尿病患者さんが紹介されていました。

73歳のKさんはインシュリンを必要とする患者さんですが、約300人が身を寄せていた避難所で注射を打つことに抵抗があったKさんは倒壊寸前の自宅に毎食前帰っては注射をすることを繰り返していらっしゃいました。

ストレスにより血糖値はかなり上昇し、仮設住宅に移ってやっと落ち着かれたということです。


11年前、阪神淡路大震災を経験した私は、ライフラインの復旧も学校の再開も目途がたたない期間、当時小学校6年だった次男とともに川崎の娘のところで避難生活を送りました。

夫は大阪の独身寮から勤務先の京橋に通う生活だったので、避難先で知り合ったインシュリン注射に苦労されていた高齢者のご夫婦に私たちの留守宅に一時的に住んでもらったことがあります。

ご夫婦のうち男性の方が糖尿病で毎食前のインシュリンを必要とされる方で、我が家への一時避難を本当に感謝してくださったのをこの記事を読んで思い出しました。

幸い、そのご夫婦はその後も健康を大きく崩すことなく過ごされたようですが、このような二重三重の苦しみが地震の後遺症として多くの方々にいまもなお残っていると想像できます。

若い方は力強く復興に向かうことができるでしょうが、力のない高齢者の方々に国全体がもっともっと手を差しのべてあげてほしいと願っています。



本日は南直哉氏による『老師と少年』をご紹介したいと思います。

自分とは何か、生きるとは何か、死とは何か、というだれもが心にもっている根源的な疑問に絡め取られた少年が、森の庵に住む老師に導きを求めて通い、問答を交わす対話形式の物語です。

私はこの物語をMySpaceでフレンドとしてお付き合いをさせていただいている年若いKさんから教えていただきました。


「自分とは何なのですか」「何のために生きるのですか」「死ぬことは悪いことなのですか」と少年は老師に率直に問います。

「師よ、僕は誰ですか。なぜ僕は僕なのに、僕がわからないのですか」
「友よ、君は『本当の自分』はわからない。会ったことのない人は、探せないのだから」

「師よ、人間とはなんですか?」  「裂けたもの、欠けたものだ」

「何が裂け、欠けるのですか?」  「人はそれを探して、苦しむ」


「生きる」ということに対し必死に意味を求める少年に対して、老師は「人は理由も意味もなく生まれ、そして死ぬ・・・何もかもが虚無の淵にかかる虹のような幻なのだ」と語ります。


著者南直哉氏は異色の経歴の僧侶です。

大学卒業後、西武百貨店に勤務後、25歳で曹洞宗の永平寺に入門、現在は青森県の恐山で院代を務められています。


禅問答のような老師の言葉から少年は自分の求めるものを見つけ出そうと何度も老師のもとを訪れますが、そのたびに大きな障壁にぶち当たり、懊悩は深まります。

人間に生まれて、誰もが経験しているこれらの生の根源への苦しみに対する答えはないということをこの本はきっぱり教えてくれて圧巻です。

少年の「問い」は明確ですが、老師の「答え」は濃霧の中です。

著者自身が老師というより少年にだぶって思えるのは私だけでしょうか。


ある雑誌のインタビューで著者は本書の執筆動機について次のように語っていらっしゃったのが印象的でした。

「仏教では生きることや存在すること一切を「苦」と呼びますが、私の実感としては、損傷という言葉のニュアンスの方が近い。                     
そう言葉を置き換えることで、「苦」が初めてピンと来る。              
永遠に解決せずに人を苦しめる根本問題について、私なりの『やり過ごし方』を書いたつもりです」

「『存在とは何か』という実存的な問いについても同じことが言えるでしょう。     
それを敵だと認知して失くそうと思うと、うまくいかない・・・             
折り合いをつける、私流に言えばやり過ごす、要は応答の仕方が重要なんですね」

「『自分』というのが自分の手に負えるものだと思っているのが大きな誤解ですよね。  
『自分』は自分の手に負えない。                          
自己責任とか自己決定とかいう言葉は胡散臭いというのが私の実感です」

「『自分探し』で悩んでいる人の多くは、自己イメージと自分は一致していて当たり前で、ズレてるのがおかしいと思っている。                       
しかし私は、そのズレこそが私の存在領域で、もっと言えば、ズレ自体が私だと言いたいぐらい。   一致していると考えること自体が不思議に思います」


私も「自分」のズレと「折り合いをつけてやり過ごしながら」生きていくならどうにかできそうだという勇気をもらいました。

先日58歳の若さで亡くなられたハネケンことピアニストであり作曲家であられた羽田健太郎さんは7年にわたって「題名のない音楽会21」の司会をしていらっしゃいました。

初代の黛敏郎さんの長い期間を経て、永六輔さん、武田鉄矢さんからバトンタッチした羽田さんはそのあたたかい人柄で多くのゲストを迎え、ポップスを中心に幅広く楽しませてくださいました。


在りし日の羽田さんが音楽のついて語っていらっしゃった言葉が印象に残っています。

「音楽は喜びを何倍にもするし、悲しみや苦しみを半分に減らします」



我が家は夫が大の音楽好きで、在宅しているときはずっと音楽を流しています。

クラシックからジャズ、ポップス、行進曲、民謡など、洋楽すべてを網羅するくらい好みは幅広く、特に明るい曲が大好きです。


今私も好きな「Green,green grass of home」を聴きながらこれを書いています。

以前羽田さんも番組で取り上げられたことのある懐かしい曲ですね。



本日は桐野夏生氏『ダーク』をご紹介します。

『顔に降りかかる雨』『天使に見捨てられた夜』『水の眠り灰の夢』『ローズガーデン』に続くご存知ミロシリーズの最新作です。


「名前、肉体、そして魂。 すべてを葬り去りたい」
「姦淫、強欲、そして殺人。 でも罰は絶対受けない」という上下巻の帯。


「四十歳になったら死のうと思っている。現在三十八歳と二ヵ月だから、あと二年足らずだ」


こんな衝撃的な書き出しで始まる物語は6年前、シリーズ第1作の『顔に降りかかる雨』での事件を引きずっていたミロが、思わぬ展開を見せた事件の結末にいままでのミロを葬り、心にバイオレンスを持つに至った過程が書かれています。


養父から受け継いだ探偵業を廃業、自分を含む周りの人々すべてを闇に葬ることでしか解決できないほどの心の狂気を持ち、そして行動します。


養父村野善三や、新宿二丁目のゲイ友部、村善の仕事仲間鄭との関係をも自らの意志で破壊。


父善三によって「お前がそんな人間だったとは知らなかった」と言われたミロは平然と答えます「私も知らなかった」と。

あまりの激変ぶりに今までのミロに愛情ならずともある種の共感を抱いていたファンは共感部分がことごとく打ち砕かれるのを感じたのではないでしょうか。


ロマンス小説家として出発した桐野氏は
1993年『顔に降りかかる雨』で江戸川乱歩賞
1998年『OUT』で日本推理作家協会賞
1999年『柔らかな頬』で直木賞
2003年『グロテスク』で泉鏡花文学賞
2004年『残虐記』で柴田錬三郎賞
2005年『魂萌え』で婦人公論文藝賞
をそれぞれ受賞していらっしゃることでもわかるすばらしい実力の持ち主です。

映画化もされて話題を呼んだ『OUT』は米国探偵作家クラブが主催するエドガー賞最優秀作品賞にノミネートされた4作のうちの1作であったことでも有名です。

ちなみにエドガー賞ノミネートは日本でも初めての快挙として当時の新聞でも紙面を飾りました。

ペンネームである「桐野夏生」は司馬遼太郎氏の『翔ぶが如く』の桐野利秋と、大庭みな子氏の『浦島草』の夏生という女性の名前から作られたそうです。


前4作で垣間見えるミロの成熟しない女性としての脆さや女らしさ、結婚していた過去に対する後悔の入り混じった感情など人間的な情緒に惹かれていた読者の1人である私には、この5作目に登場するミロはとうてい同一人物とは思えないほどの変貌ぶりです。

すべての煩雑物、修飾物をナイフで殺ぎ切った後にはこのような憎悪の塊の人間がむき出しになるのかと驚愕しますが、決して納得できるものではありません。


著者はどういう意図でこのような不条理なミロを創ったのか、計り知れないものがありますが、次々と新境地にチャレンジしている著者の新境地ということでしょうか。


養父善三の盲目の女久恵に対する感情も愛情と呼ぶべきか、善三自身の変貌ぶりにも、朴美愛という韓国名に生まれ変わったミロと徐鎮浩との深い絆にも、ミロと友情を築いていたかに見えるゲイの友部の崩れ方にもすべてに抵抗感のある私ですが、最後まで一気に読ませる強いエネルギーと著者の意志を感じさせる燃えるような憎悪滾る作品でした。


福田和也氏が解説で次のように書かれています。

「『ダーク』は、崇高なる憤怒から発射された致命的な一撃だ」

『ダーク』のすべてを一文で言い当てています。

岡山足守の「ホタルの里」に行きました。

尊敬する同郷の大先輩zensanが書かれていた日記を読んで、親切な道案内に導かれ行ってきました。  

多くの見物客が息を詰めて見守る中、三々五々光のラブコールたけなわ!

何年ぶりかで暗闇のショーを眺めることができました。


世界中で2000種いるといわれるホタルですが、日本では42種生息が確認されています。

「火を垂れて飛ぶ虫」が「火垂れ」から「ホタル」となったそうです。


光を放つ成虫期間は約10日間、その命の終わりの数日をメスは渾身の力をこめて産卵に費やし、1匹約500個の卵を産み、命果てます。

産卵から約1ヵ月後に幼虫になったホタルは6回の脱皮を繰り返しながら、カワニナを餌に成長します。

そして約10ヶ月後の4月、雨上がりの夜8~9時、川から岸に一斉に上がってくるそうです。

放っておくと車に踏みつけられることが多いので、ホタルを守る各地域の住民の方々は総出で一生懸命救出作業をされます。

上陸する幼虫は1晩で1000匹にも達することもあるそうです。

その後土にもぐり、約40日後の5月末頃さなぎに変身し、10日程で羽化してホタルとなります。

やっと成虫になって10日間、3:1の割で少ないメスへの求愛の強い光を連続で約5回放つオスは、メスからのたった1回のお返しコールがなければそのメスには近づけないことになっているそうです。


何と慎み深くも潔いホタルの世界


昔、部屋に吊った蚊帳の中にホタルを放って遊んだ記憶が蘇ってきました。


市中を流れる川のほとりでホタルが乱舞していた時代は遠い昔となりました。


暗くて気温が高く、曇った月のない日、20:30分~21:00、24:00、3:00頃がホタル求愛の最適な時だそうです。



さて、今回はホタルにちなんで野坂昭如氏『火垂るの墓』を懐かしんでみたいと思います。

本箱の片隅から久しぶりに取り出して再読しました。

著者野坂氏が戦時下での妹の死という自らの体験を元に書き上げた本書は1967年に書かれた『アメリカひじき』と共に第58回直木賞を受賞しています。

著者が「妹への贖罪として書かざるを得なかった」と語るこの物語へのインタビューで、「ぼくは、作中の少年ほど、妹にやさしくなかった」と正直に述べておられます。

また別のインタビューでは、栄養失調で亡くなった妹を偲んで、接待のご馳走には箸をつけないとも語っていらっしゃいました。


1988年に製作された高畑勲監督による同名のアニメ映画は原作に忠実に描かれていて、全国の人々の涙を誘いましたね。

この映画は日本カトリック映画大賞、ブルーリボン特別賞、文化庁優秀映画賞などいろいろな賞を総なめにしたことでも有名です。

第1回モスクワ児童青少年国際映画祭・グランプリも受賞して話題になりました。


また終戦60年スペシャルドラマとして2005年11月に日本テレビで放映されたことは記憶に新しいので見られた方も多いのではないでしょうか。



太平洋戦争末期、空襲で母を失った14歳の清太が4歳の妹節子と身を寄せた親戚の冷たい仕打ちに耐えかねて家を飛び出し、川べりの防空壕で暮らし始め、やがて栄養失調で妹を亡くし、自らも死を迎えてしまいます。


兵庫県南部が舞台となったこの物語では、御影、御影小学校、御影教会、香櫨園、石屋川、三ノ宮駅など、どれも神戸に住んでいた私にとっては懐かしい地名でした。


物語のクライマックスは1945年9月21日、清太が国鉄三ノ宮駅構内で衰弱死するところから始まります。

清太の汚れた腹巻きに大事にしまわれていた錆びついたドロップ缶を見つけた駅員が草むらに放り投げると、缶から飛び出した妹節子の遺骨のまわりをたくさんのホタルが弔うような光を放ちながら群がります。


目を閉じれば、幼い命すべてをたったひとりの兄に委ねて生きて死んでいった妹節子の魂が、ホタルに誘われるように天に昇っていく姿が浮かんできて悲しみでいっぱいになります。


ホタルの場面はもう1つ、夙川の防空壕で兄が池から捕まえてきたホタルを蚊帳の中に放つシーンがあります。

兄妹はあまりの美しさにこの厳しい現実をしばし忘れて見とれます。

翌朝、すべてのホタルの死を知った節子は死骸を埋葬しながら泣きます。

「なんでホタルすぐ死んでしまうん?」

節子の運命を暗示するようなこの場面もいつまでも私の頭から離れません。


数え切れないほどの犠牲の上に生活している私たちであるということを忘れないようにします。

第26回IBBY(国際児童図書評議会)ニューデリー大会(1998年)における皇后陛下の基調講演を読む機会を与えられました。

子ども時代から遡って読まれた古今東西の本の一部を紹介されながら、ご自身と本について深く洞察されている皇后陛下の真摯なお姿にただ敬服するのみです。


「読書はある時には私に根っこを与え,ある時には翼をくれました。
この根っこと翼は,私が外に,内に,橋をかけ,自分の世界を少しずつ広げて育っていくときに,大きな助けとなってくれました・・・

読書は私に,悲しみや喜びにつき,思い巡らす機会を与えてくれました。
本の中には,さまざまな悲しみが描かれており,私が,自分以外の人がどれほどに深くものを感じ,どれだけ多く傷ついているかを気づかされたのは,本を読むことによってでした」

         http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/26ibby.html


私も初心に帰って、このような深い読書ができたらと思います。




本日は梨木香歩氏『家守綺譚』をご紹介したいと思います。

SNSのmixiの読書コミュニティのメンバーでいらっしゃる若き読書家Pさんが挙げられていた一冊でした。


梨木氏の作品では、おばあさんと不登校の孫まいとの1ヶ月の交流を描いたデビュー作『西の魔女が死んだ』を読んだだけです。


1959年生まれの著者は『西の魔女が死んだ』で日本児童文学者協会新人賞、新美南吉児童文学賞、小学館文学賞をトリプル受賞されています。


若い時代イギリスの留学し、児童文学者であるベティ・モーガン・ボーエンに師事されたという経歴の著者はガルシア=マルケスの『百年の孤独』という壮大な物語を愛読書の1冊に挙げておられるばかりでなく、新潮社発行のガルシア=マルケス全小説『百年の孤独』の解説を担当していらっしゃいます。

ガルシア=マルケスは私の好きな作家でもあるので、親近感を感じています。


ある雑誌でのインタビューで次のように語っていらっしゃるのが印象的でした。

「私は自分の作品にはいつも、どんな形式であれ、読み手が『生きる』ということに寄与するもの、資するものであってほしいと思っています・・・

私の物語はすべて、今の時代と、私の中にずっとあるものの関わり合いの中から生み出されてきたもので、そのことだけはこれからも変わらないだろうと思います」


本屋大賞3位入賞の本書『家守綺譚』は四季折々の花々や自然の生き物に囲まれた幽玄世界を行きつ戻りつする不思議な物語です。


「それは ついこのあいだ、 ほんの百年すこし前の物語」


京都の山科を舞台に時は明治、湖畔の疎水から取り水を引き込んだ池のある亡くなった友人高堂の二階家に家守として住むことになった売れない文筆家の綿貫征四郎が体験する不思議世界の数々が花の名前を戴いた連作短編の形式になっています。


登場するものたち ― 編集者、山寺の和尚さん、花々、鳥、犬のゴロー、河童、人魚、亡き友、掛け軸、マリア様など ― と、それらに取り囲まれる主人公である綿貫征四郎の、ありのままを受け入れる交流が四季折々の自然界の様子とともに語られていきます。


サルスベリ、都わすれ、ヒツジグサ、ダァリヤ、ドクダミ、カラスウリ、竹の花、白木蓮
、木槿、葡萄・・・


花の名前に託した1話ずつを手に取れば、はかなくも短い物語ですが、それぞれの自然界の移り変わりをじゅずのようにつないでいけば、古きよき日本の自然が香ばしく立ち上がってきます。


連作最後の「葡萄」で一応の締めくくりをみせるこの物語ですが、これからもあの世とこの世との架け橋として選ばれたような征四郎と異形のものたちとの豊かな交歓は続いていくのだろうという余韻を感じさせる本でした。

↑このページのトップヘ