VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2007年07月


先日友人と3人で香川県坂出市にある「香川県立東山魁夷せとうち美術館」に行ってきました。


故東山魁夷画伯の祖父が坂出市櫃石島の出身という縁でご遺族であるすみ夫人から版画作品270点の寄贈を受け、平成17年4月に開館しました。

ニューヨーク近代美術館の増改築の際の設計を担当された谷口吉生氏によるこの小さな美術館は眼下に瀬戸内海が広がり、画伯の祖父の故郷である櫃石島や瀬戸大橋が至近距離で眺められるという美しい自然の中の近代的な美術館です。

      http://www.pref.kagawa.jp/higashiyama/guide/index.html


「回想―北欧旅ものがたり」「魁夷心象/心に映る追憶の風景」というテーマで45点のリトグラフや木版画が展示されていました。


東京美術学校日本画科を卒業後、ベルリン大学哲学科美術史学部に入学されたという経歴が示すように、どんな絵からも生涯を貫いた絶対の正直に裏打ちされた人生の深い洞察と思索的なものが感じられ、しばし現実を忘れて絵の世界に没頭しました。  


帰宅してからも購入した画集『東山魁夷の世界』を眺めては画伯の世界をじっくり味わっています。




さて本日は横山秀夫氏『陰の季節』をご紹介したいと思います。

横山氏の作品は過去ブログでも以下の5作をご紹介していますので、よかったら読んでください。

『ルパンの消息』『第三の時効』『クライマーズ・ハイ』『出口のない海』『真相』
   http://yaplog.jp/ashy_ashy/category_2/


D県警シリーズ第一弾といわれる本書には「まったく新しい警察小説の誕生!」と選考委員の賞賛を浴びた第5回松本清張賞受賞作である表題作を含む4篇の短編が収録されていますが、今までどの作家も手がけなかった警察の管理部門という地味な裏方に光を当てて、そこで繰り広げられる人間模様を描いて出色の作品となっています。


第2弾の「動機」、第3弾の「顔FACE」ともども読者を惹きつける魅力満載の警察小説です。


表題作「陰の季節」は東京放送で2000年から2004年にかけてドラマシリーズ化され、D県警のエース二渡真治に上川隆也さんが扮して好演していましたね。


☆3年前あるポストへ天下りしたD警察署の大物OB尾坂部の頑なな引退拒否の下に隠された真実に到達するまでの人事担当刑務部調査官のエリート二渡の苦悩を軸に未解決事件を絡めながら描いた表題作「陰の季節」


☆D県警観察課に送られてきた密告内容の虚実調査を任された監察課監察官の新堂が行き着いた意外な真実をひとりの警察官の昇任問題にからめた「地の声」


☆描いた似顔絵が犯人逮捕に結びつくというお手柄婦警平野瑞穂の失踪から浮かび上がった上司の陰謀を描いた「黒い線」


☆「議会対策」が職務の警務部秘書課の課長補佐の柘植警部と県警への爆弾質問をほのめかす鵜飼県議の闘いを描く「鞄」


人間の心の闇に隠された真実を描いて見事な作品群です。

神戸時代、ボランティア団体で苦楽を共にしたMさんとは私が神戸を離れてからも親しいお付き合いが続いています。

かれこれ15年にわたる交流で、お互いいろいろな変遷はありましたが、考え方にバッティングする部分の多い彼女とは時折の電話でそのときどきの悩みを話し合ったり、そして何より彼女との絆を繋いでいるのは本の貸し借りです。


私に劣らず本が大好きなMさんは地元神戸で読書サークルに所属し、いつも本が手離せない人です。


そんなMさんと私はお互いの既読本を何ヶ月かに1度まとめて宅急便で送り合うという習慣が長く続いています。


先日もドカッと送られてきた本は、私だったら絶対手に取らない分野の本が多く、これがまた双方にとってとても魅力的です。


お陰で私の偏狭な読書分野が大きく広がり、思わぬ拾い物をしたことも数々あります。




本日ご紹介する保坂和志氏著『生きる歓び』はそのうちの一冊です。


著者保坂氏は大学卒業後百貨店勤務を経て1990年『プレーンソング』でデビュー

1993年『草の上の朝食』で野間文芸新人賞
1995年『この人の閾(いき)』で芥川賞
1997年『季節の記憶』で平林たい子文学賞、谷崎潤一郎賞を受賞されています。
    
      http://www.k-hosaka.com/ 


本書では保坂氏の実生活に添った物語が2話収録されています。


★奥さんの母親のお墓参りに出かけた谷中墓地で出会った病気の子猫を拾ってきて付きっきりで看病した経過を綴った表題作「生きる歓び」


★故田中小実昌氏との過去の交流を綴った「小実昌さんのこと」



これら2作は紛れもない真実を書いたノンフィクションではあるけれど、明快な小説である、ということに著者はこだわっています。


「作品として言葉を時間をかけて練らずに、極力生なままでとりあえずの形としてとどめておく、というようなことを心掛けた結果としての小説、と言ってもいいかもしれない」


書き手の思いに対する読み手の思いが予定調和的に重なるような小説に疑問を感じている著者の思いがこの作品にも盛り込まれているようです。


私自身も最近とみに読み手の感情に媚びるような予定調和的な内容の小説が多く登場していることに対する違和感を感じていたので、著者の言葉に妙に共感できました。


自分の仕事や楽しみを放棄して捨て猫の看病を優先するという著者の行動が、善意の押し付けがましさの全くない当たり前の日常の一環として淡々と、著者の特色となっている句読点のない長い文体で綴られていて、私は小説ではなくその向こう側にいる著者の人間性に引き込まれてしまいました。



「人生というものが自分だけのものだったとしたら無意味だと思う。
人間が猫にかかりきりになるというのを、人間が絶対だと思っている人は無駄だと思うかもしれないが、私はそう思っていない」

「このまま死んじゃったとしてもそれはそれでしょうがないのかもしれないと思ったことが助けるのをあきらめたことは意味しない」

「自分の事を何もせずに誰かのことだけをするというのは、じつは一番充実する」


存在の全体で「生きることが歓び」をあらわすほど元気になった子猫を書いたのがこの表題作です。


就職先の西武百貨店でカルチャーセンターに配属された著者が新しい講座の講師として田中小実昌氏を迎えたことから出発した長年の交流を淡々と描いた「小実昌さんのこと」では無頼作家といわれた小実昌氏の思わぬ律儀な実像に触れる箇所がいくつもあり、興味深いものでした。


余談ですが、『生きる歓び』という同名のフランス映画がありましたね。


ルネ・クレマン監督アラン・ドロン主演の古い映画でしたが、同じコンビで作った『太陽がいっぱい』の陰であまり目立ちませんでしたが、コミカルで活発なドロンの演技がよかったのを覚えています。

朝日新聞朝刊を購読していらっしゃるご家庭ではいしいひさいち氏の4コママンガ「ののちゃん」を楽しみにしていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。

本日のテーマは「予定調和」・・・ののちゃんがお母さんに「予定調和って何?」と聞きます。
お母さんが「なんやったかな」と答えると同時に、横で大工仕事をしていたお父さんがはしごから落下するという4コマ。

不器用を絵に描いたようなお父さんの大工仕事の結果はいつも予想した通りということでしょうか。


最近時として使われる「予定調和」は元は哲学者ライプニッツが提唱した考え方だそうです。

     http://d.hatena.ne.jp/keyword/%cd%bd%c4%ea%c4%b4%cf%c2

転じて小説やドラマの世界で決まった結末が定められ、物語がその結末へ向けて収束することをいうようになったようです。



さて本日ご紹介する『ツチヤ学部長の弁明』の著者である「笑う哲学者」の異名を持つツチケンこと土屋賢二氏はわが郷土岡山県玉野市出身の郷土の誇りとする文化人です。


現在、お茶の水女子大学文教育学部人文科学科教授職のかたわら、数多くのエッセイを執筆、哲学をパロディ化したジョークだらけの文章で多くの読者(私含む)を笑いの坩堝にはめています。


『国家の品格』の著者でおなじみの数学者藤原正彦氏と双璧ともいうべきお茶大の名物教授で、「自分の答案に成績をつけろ」などユニークな試験問題を出すことでも有名だそうです。(Wikipediaより一部抜粋)


土屋氏に関しては以前ブログの『ツチヤの軽はずみ』『汝みずからを笑え』でご紹介していますのでよかったら読んでくださいね。
                 http://yaplog.jp/ashy_ashy/archive/39


いしいひさいち氏は同じ岡山県玉野市出身、小学校の後輩にあたり、上述の「ののちゃん」の中では「ツチノコ教頭」として先輩土屋氏をしばしば登場させています。


今回ご紹介する本書もいしいひさいち氏に縦横無尽に古今の哲学者(アルチュセール、クーン、ポパー、ユング、ニーチェ、フロイトなどなど)をおちょくらせた漫画をふんだんに盛り込んでの連携プレーが笑いの琴線に触れます。


冒頭から講演録や学部長挨拶などが掲載されているところが今までの著書とは趣を異にする異色の一冊、著者の真面目な仕事ぶりも垣間見えます。


学部長就任のいきさつや15歳対象の「国際テスト」にチャレンジし、数々の非論理的分析で論理矛盾へと導く過程は玄人受けのユーモアがあります。

個人的には初期の著作『われ笑うゆえのわれあり』の方が新鮮で素直な面白さがありましたが。

本日は安達千夏氏著『モルヒネ』をアップしたいと思います。


モルヒネはウィキペディアによると次のように解説されています。

「アヘンに含まれるアルカロイドでチロシンから生合成される麻薬のひとつ。
モルヒネからは依存性のきわめて強い麻薬塩酸ジアセチルモルヒネがつくられる。
医療においては、癌性疼痛をはじめとした強い疼痛を緩和する目的で使用される。
モルヒネは身体的、精神的依存性を持つが、WHO方式がん疼痛治療法に従いモルヒネを使用した場合は、依存は起こらない」


1986年、WTOがモルヒネを主軸とした疼痛治療法を発表したことにより、モルヒネはがんの痛みに積極的に使用すべき有効で安全な薬となりました。


本書では生と死の間のがん患者の疼痛を取り除く救世主であるとともに、作為的に生を終わりにする媒体として登場します。


「ベストセラー30万部突破! 書店発、感涙の恋愛小説」

帯に書かれているフレーズに惹かれて手に取られた方も多いでしょう。

恋愛小説が苦手な私ですが、友人から回ってきた縁でどうにか読み切ることができました。


著者の経歴を見ると

デビュー作1998年『あなたがほしい』ですばる文学賞受賞、社会構成からはみ出した男女の絆を性愛を通して描き、選考委員からも絶賛されたと記されています。


3歳で母を自死によって失い、7歳のとき寄り添って生きてきた姉を父親の暴力によって失い、心に暗闇を抱えたまま成長、母と姉の待っているところに行くという目的のために医学を学んだ主人公真紀。


在宅医療班の医師として忙しい日常を送る彼女の前にかつての恋人ヒデが余命3ヶ月の末期がん患者として現われることで物語が展開していきます。


現在の婚約者であり在宅医療班トップの長瀬の太陽のような明るさを受け止めるにはあまりに空虚な闇を抱えた真紀は自分と同質の虚無を抱えた元恋人に同類としての哀しみを見出します。


ヒデの求める苦しみの生から解き放たれる薬をそっとかばんにしのばせて、ヒデの求めに応じてかつてヒデが留学していたオランダへと旅立ちます、恋人としてでなく医療の介護人として。


このような経過が真紀の生い立ちとともに、ふっと息を吹きかければ壊れてしまいそうな繊細な文体で書き綴られています。


感性豊かな文体は、状況を描いていても情緒的で、あまりにも著者の感情移入が激しく感じられ、かえって涙からは遠い読後感になりました。


生と死という重い主題を、恋愛をからめながら砂上という危うい土台に苦労して構築したという点ではよい小説になっていると思います。


著者の感情移入分だけ読者の感情移入は差し引かれる・・・そんな不文律が感じられた小説でした。

最近「品格」をタイトルに戴いた本が相次いで出版されています。

『国家の品格』、『女性の品格』、『総理の品格』、『ハケンの品格』、『男の品格』など。

ミリオンセラーになった藤原正彦氏『国家の品格』を皮切りに、内閣府初代男女共同参画局長や埼玉県副知事を歴任された坂東眞理子氏による『女性の品格』も好調な売れ行きを記録しているようです。


広辞苑によると、「品格」とは「人に自然にそなわっている人格的価値」となっていますが、あまりにも抽象的で首を傾げるばかりです。


「マナー」が外面の「正しいふるまいを行うこと」であるのに比べ、「品格」は内面的美しさを要求されるようですが、内面外見ともに2つを兼ね備えた人間の存在が稀有になりつつある現代ですね。



さて本日は、本当の「品格」を生涯真摯に求め続けた執事を主人公の小説カズオ・イシグロ氏著『日の名残り』をご紹介したいと思います。

著者イシグロ氏は海洋学者の父親とともに5歳で渡英、以後イギリスで学び今日に至っているという経歴、日本人でありながら英国人の概念がほとんどを占めています。


「VINのらんどくダイアリー」でも2度にわたり作品を取り上げています。

『わたしを離さないで』
   http://yaplog.jp/ashy_ashy/archive/107
『遠い山なみの光』
   http://yaplog.jp/ashy_ashy/archive/145

カズオ・イシグロ氏の経歴も上記2作で簡単に書いていますので読んでくださればうれしいです。

1993年にはアイヴォリー監督の下、アンソニー・ホプキンス主演、元女中頭にエマ・トンプソンを配し、古きよきイギリスを背景に、抑制された演技が見事な映画になっていて、多くの人々を魅了しましたね。

本書は『女たちの遠い夏』(のちに『遠い山なみの光』に改題)、『浮世の画家』に続く3作目、テレビドラマの脚本として手がけたものを改稿したもので、イギリス最高の文学賞といわれたブッカー賞を受賞しています。

また、『女たちの遠い夏』、『浮世の画家』はどちらも日本人が主人公で、それぞれ王立文学協会賞、ウィットブレッド賞を受賞しています。

イギリスのある貴族邸で品格ある執事の道を追求し続けてきた主人公スティーブンスの追憶の物語を、あるきっかけで出た旅の道すがら出合った美しいイギリスの田園風景を織り交ぜながら描いています。


カズオ・イシグロ氏が本書を上梓したのが弱冠35歳!

年齢と本書の内容とのギャップに驚いた読者は多いのではないでしょうか。


世界の歴史に影響を与えるような非公式な国際会議を自宅で開催するなど政治に深いつながりを持ち人格者でもあった雇主ダーリントン卿への終生変わらぬ忠誠心や敬慕、そして執事としての確固たる信念が女中頭ミス・ケントンへの淡い恋心も退け、屋敷を完璧に切り回すことのみに全霊を捧げた半生が浮き彫りにされて切なく胸に迫ります。

「執事はイギリスにしかおらず、ほかの国にいるのは単なる召使だ、とはよく言われることです。
大陸の人々が執事になれないのは人種的にイギリス民族ほど感情の抑制がきかないからです」

「品格の有無を決定するものは、みずからの職業的あり方を貫き、それに堪える能力だと言えるのではありますまいか」

「人生が思いどおりにいかなからと言って、後ろばかり向き、自分を責めてみても、それは詮無いことです。                               
私どものような卑小な人間にとりましても、最終的には運命をご主人様ーこの世界の中心におられる偉大な紳士淑女のー手に委ねる以外、あまり選択の余地があるとは思われません。            それが冷厳なる現実というものではありますまいか」


現在はほぼ失われつつあるであろう伝統的な英国の貴族の生活を描いて本当に圧巻の小説でした。


旅の締めくくりで出会った初老の男のセリフを借りて著者は語ります。

「あんたの態度は間違っとるよ。
いいかい、いつも後ろを振り向いていちゃいかんのだ。
後ろばかり向いているから、気が滅入るんだよ・・・
人生、楽しまなくっちゃ。
夕方が一日でいちばんいい時間なんだ」

タイトルの「日の名残り-The Remains of the Day」はすばらしいメッセージを含んだ題です。


最後に丸谷才一氏の解説を抜粋します。

「イシグロは大英帝国の栄光が失せた今日のイギリスを風刺している。
ただしじつに温和に、優しく、静かに」

台風の最中、所用で川崎の娘のところに行っていました。

マンションで地震の揺れを感じ、慌ててTVをつけて新潟県中越沖地震を知りました。

新潟県上中越沖を震源とするM6.8、最大震度6強!


阪神淡路大震災を体験した私は少しの揺れでも体が敏感に反応してしまいます。

   http://yaplog.jp/ashy_ashy/archive/109
   http://yaplog.jp/ashy_ashy/archive/110   
   http://yaplog.jp/ashy_ashy/archive/111


今回の地震の最大の恐怖は柏崎刈羽原子力発電所が断層の上にあるということでしょう。

案の定、地震の影響で、刈羽原発6号機で使用済み燃料プールの水があふれ、施設内の排水溝を通じて微量の放射性物質を含んだ水が海に流れ出ていたことがわかりました。

大事には至りませんでしたが、変圧器で火災も発生、消火までに2時間もかかったことを指摘する声も聞かれます。

東京電力は建設の段階で断層に気づいていましたが、活断層ではないと判断、建設を続行したという経緯があったようです。

M6.5に耐えられるよう設計しているということですが、政府は昨年直下型地震の耐震設計の指針を強化したばかりでした。


2年前宮城沖で起きたM7.2の地震で止まった女川原発は再開に5、6ヶ月かかったようですが、停止命令を出された刈羽原発が運転再開するには最低1年はかかるといわれています。


発電の大半を原子力に頼っている私たちの生活も見直しを迫られています。


21年前に起きたチェルノブイリの事故の過ちを直視しなければならないと思います。



さて本日はトリイ・ヘイデン著『タイガーと呼ばれた子』をご紹介したいと思います。

世界中に旋風を巻き起こした『シーラという子』の消息が知りたいという読者の要望に答えて1995年に書き上げたのが本書です。


『シーラという子』については私のブログでも以前取り上げましたので、よかったら読んでくださいね。

        http://yaplog.jp/ashy_ashy/archive/136


生徒と教師としてたった5ヶ月をともにしたに過ぎない当時6歳のシーラとの関係が、シーラのその後の人生だけではなく著者自身をも劇的に変えたことを知るのは出会いからずっと後になってでした。


続編を書くことに決めた動機についてトリイは次のように綴っています。

「魅力的ではっきり自分の言葉で自分を語ることのできる若い女性に成長したシーラにこたえるためでもある。
私たちがともに過ごしたあの5ヶ月は、彼女に大きな影響を与えた。
だが、『シーラという子』は、私にはそんなつもりはなかったのだが、結局は私のことを語った物語だった」


手を尽くして探した結果、7年の空白を経てトリイの目の前に現れた13歳のシーラは緑色に髪を染めたパンク少女でした。


トリイと過ごした過去の日々を全く憶えていないというシーラは、トリイにとっても記憶の中のシーラとは別人でした。


「あんたは自分があたしの人生をよくしたと思ってるんでしょ?
あんたのおかげでよけい悪くなったんだよ。
うんとうんと、何百万倍も悪くなったんだよ!」


やがて所属するクリニック主催の心身障害児のためのサマープログラムの手伝いにシーラを迎えたトリイは短い夏をともにすることで、これまでの空白を取り戻し、自分の中にあるイメージ通りのシーラを探そうとします。


まだ7歳にも満たない頃から連日のように受けていた性的虐待や自分を捨てた母への葛藤をシーラは少しずつ語るようになります。


『シーラという子』は将来に向かっての光が見える書なのに、『タイガーと呼ばれた子』で書かれている内容は現実の手強さ、虐待された子どもの心の闇の深さをこれでもかと感じさせます。


それでもそれを乗り越えようともがくシーラにとってはやはりこの書は希望の書であるといえるかもしれません。


信じられないほど高いIQを持つシーラが高校卒業後マクドナルドに職を得たという報告に少なからずショックを受けたトリイにシーラは言います。

「トリイはあたしのお母さんよ。
もしだれかがお母さんだとしたら、それはトリイしかいない。 
だって、あたしトリイのことをお母さんみたいに愛しているもの。
それに、トリイもあたしのこと愛してくれているってわかってるもの・・・
さあ、お母さん、もうそろそろ私を大人にさせてよ・・・
昔みたいにいってよ。
『シーラ、あなたがやりたいと思うこと、何をやってもいいのよ。
私が必要になったら私はここにいるわ。 
あなたのすぐ後ろにいるから』って。
あたしにそういってよ」

「わかったわ。 あなたが正しいと思うことをやりなさい。 あなたを信頼しているから」


言葉はいらない、心のみを添わせる大切さを深く感じました。

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