VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2007年08月

第11回IAAF世界陸上競技選手権大阪大会が長居陸上競技場を舞台に開幕しましたね。

開会式で歌ったサラ・ブライトマンの「ランニング(ジュピター~栄光の輝き)」、すばらしかったですね。

男子ハンマー投げ予選で室伏広治選手が77メートル25を投げ決勝に進出、男子100メートル2次予選でも朝原宣治選手が準決勝へ!

過去に2度銅メダルを獲得した為末大選手は4度目の世界選手権で初めて予選敗退してしまいました。

彼の大ファンであるだけに残念でした。

女子1万メートル決勝で福士加代子選手が靴の右かかとを踏まれるというアクシデントにもめげず頑張りを見せて10位でした。

「面白かった。久しぶりに爽快でした」とインタビューに答えた笑顔が清々しくて好感が持てました。

203カ国約2000人の選手の活躍、どんなドラマが展開するか楽しみです。



さて本日は有吉佐和子氏『一の糸』をご紹介したいと思います。

先日アップした『知識人99人の死に方』に取り上げられた有吉氏のページを読んで興味を喚起させられ、本箱から出して再読したのが本書です。


1952年東京女子短期大学部英語学科卒業後、大蔵省外郭団体の職員を経て舞踊家吾妻徳穂さんの秘書となった経験が後の古典芸能を描いた小説執筆に役立ったようです。

大学在学中から演劇評論家を志望し、1956年『地唄』が文学界新人賞候補,芥川賞候補となったことで、デビューを果たしました。

1959年にはご自身の家系をモデルとした『紀ノ川』を上梓

1967年『華岡青洲の妻』で第6回女流文学賞
1970年『出雲の阿国』で第20回芸術選奨
1979年『和宮様御留』で第20回毎日芸術賞をそれぞれ受賞していらっしゃいます。


本書は古典芸能や花柳界を扱った一連の作品(『断弦』『香華』『連舞』『乱舞』『一の糸』『芝桜』『木瓜の花』)の1つで、文楽の三味線奏者に題材を得ています。

文楽の三味線奏者である男の三味線の音色に魅せられた妻の目を通して描かれたのが『一の糸』です。

「一の糸」とは三味線の3本の弦の中で最も大切な糸のことです。

まだほとんど傷みのない一の糸を惜しげもなく捨ててしまう夫徳兵衛に驚く妻茜に対し徳兵衛は一の糸の命について語ります。

「三の糸が切れたら、二の糸で代わって弾ける。二の糸が切れても一の糸で二の音を出せば出せる。そやけども、一の糸が切れたときは、三味線はその場で舌を噛んで死ななならんのや」


本書は戦後文楽が分裂、因会から三和会が分かれ,長い苦闘の末再合同するまでの経過を作品に仕上げています。


豊竹古靱大夫と相三味線の四代目鶴澤清六が別れたという実際の出来事を織り込んでいるようです。

豊竹古靱大夫が宇壷大夫、鶴澤清六が露沢徳兵衛のモデルであるといわれています。


物語のクライマックスは、道頓堀の文楽劇場で若い春大夫のために「志度寺」を弾く徳兵衛の舞台を別れた宇壷大夫が舞台の袖で聴き、また徳兵衛も宇壷大夫の「道明寺」を聴くという緊張を孕んだ場面です。

そして最後の締めは、「志度寺」の千秋楽の日、徳兵衛が弾き終えてぶんまわしの床に乗って観客の前から去った直後に急死するというものです。

この締めも明治の名人豊沢団平の最期をモデルにしているといわれています。


大勢の名人を殺した役場だという因縁の「志度寺」の真に迫った三味線の音色が襲ってくるような、そんな緊迫感あふれる、そして茜の目を通してすみずみまで芸道一筋に生きる男が描かれていて秀逸な作品でした。
  

毎週土曜日夜放映される「美の巨人」を見ていらっしゃる方も多いと思います。

多くの作品群から1つの作品にスポットを当て、深く追求することで、美の巨人たちの人間像に迫るというものです。

先週に続き、今夜も「超人円空」が取り上げられてます。

興味がある方は是非見てみてください。

江戸時代前期の天台宗僧侶である円空の彫った仏は口元に微笑を浮かべた慈悲相ともいう微笑みが特徴です。

円空研究センターによれば・・・
「いろいろある微笑みの中で、仏の微笑には、めったにないことと、むずかしいことをみての微笑の二つがあります。
『一つは苦難に会う時の微笑で仏は、苦難に会って苦難何するものぞという微笑です。次は、衆生済度・慈悲の微笑で、すべてのものに対する無限の愛を秘めた微笑』といわれています。(『大智度論の物語より』三枝充悳著)
要約すると仏自身に対する厳しさと、すべてのものに対するやさしさの微笑といえましょう」



さて本日はナンシー関氏『何をかいわんや』をご紹介したいと思います。

法政大学文学部在学中、市販の消しゴムをカッターナイフで彫ったハンコによる似顔絵がコラムニストえのきどいちろう氏の目に留まり、当時「ホット・ドッグ・プレス」編集長いとうせいこうに紹介したことがデビューのきっかけだそうです。

デビュー作は「ホット・ドッグ・プレス」誌に掲載された挿し絵「あっとおどろくタメゴロー」で、以後週刊プレイボーイ、サンデー毎日などで表紙や挿し絵を担当。

多くの人々の支持を得た週刊紙コラムを経て、「人類最強の消しゴム版画家」としてTV番組の視聴を通して有名人を批判するコラムと消しゴム版画による似顔絵で人気が出ました。


「自筆エッセイの挿絵として、該当コラムのテーマとなる著名人の似顔絵を、消しゴム版画で製作した。シンプルでありながら特徴を掴んだ写実的な絵柄と、どのようなペンとも異なる新鮮なタッチが特徴であった」-Wikipediaより抜粋

「何シリーズ」「テレビ消灯時間シリーズ」「耳シリーズ」など多くのエッセイでの辛口コメントに共感を得た人々は多かったと思います。

「何シリーズ」の最新版である本書には月刊誌などに寄稿したエッセイなど未収録のコラムを載せています。


★ジャイアンツ原の最大のライバル、それは「原クン」という呼び名・・・打点も本塁打数も打率も、数字に表れる成績はどれも立派なのに、原がなんだか情けないのは「原クン」というのに原因がある・・・そういえば監督になってもいまいち重みに欠けるような気がしますね。


★「ニュースステーション」が一番好きと答える大人は世間常識を演じているだけ・・・「テレビのインタビューに答えている市民」のパターンが頭の中にインプットされてしまっている今、街頭でマイクを向けられた人たちはそのパターンを模倣しているにすぎないとよく言われるが、この「大人はニュースやドキュメント」というのも世間常識を演じているだけにすぎない・・・なるほどするどい指摘です。


★民間療法の見本市 健康雑誌にあふれる「あやかり魂」・・・健康だったら死んでもいい、というぐらいに「健康一番」な世の中である。「健康」ほど絶対的に「善」なものはない。重要なのは、これらが「体験談」として紹介されているところだ。「私はコレで○○が治った」「やっと巡り合えた。30年来の○○が治った」・・・これを書いた95年の以前も以後もますます健康志向&あやかり志向はアップするばかりですね。健康産業は天井知らずといわれ、根拠なくてもどんどん売れる現代にしっかり当てはまります。


所々共感できる部分はあるものの、読了感は必ずしも充実したものではありませんでした。

仕事とはいえ1日中TVの前に座わり続け、消しゴム版画を彫りながら批評ネタを探し続けた結果100kg以上の肥満が導いた早すぎる死につながったのではないでしょうか。

特別ファンではない私には命まで削って書くべき題材だったのかという疑問は残りますが、ご冥福をお祈りします。 合掌

汗と涙の夏の甲子園も終わってしまいましたね。

古豪広陵を5-4で下し初優勝を決めた佐賀北は、延長15回引き分け再試合にも勝ち、最後の7試合目もミラクルな逆転勝利で勢いそのまま頂点に立ちました

7回まで40年ぶり決勝進出の広陵のペースで4点先取のまま進みましたが、8回に副島君が放った逆転満塁本塁打で勝利しました!

2度目の出場で初優勝を遂げた県立高佐賀北と40年ぶり3度目の決勝進出で初制覇を狙って惜しくも破れた広陵に、感動的な試合を見せてもらったこと、ありがとうを言いたいと思います<(_ _)>



本日はSNSで親しくしていただいている若き読書家Pさんに紹介していただいた『知識人99人の死に方』をアップしたいと思います。

久しぶりに文庫648円の何十倍もの価値があると思われる興味深い本に出合ってPさんに感謝です。


「冥土の旅はひとり専用。
家族が看取ろうと、壮絶に死を演出しようと、死に行く人はたったひとり。
死の前には人は完全に平等である・・・
ここにはただ99個分の宇宙の眩暈がある。
この世で死ぬことの出来なかった人はひとりもいない。
あなたも、等しく、ひとりで死んでいく。
ならば、安心して、一足先に死んでいった先輩たちに学ぶことにしよう」

裏表紙に上記の文章を戴く荒俣宏氏監修の本書には戦後に死んだ知識人99の死のドキュメントがぎっしり詰まっています。


「戦後という時代、そして戦後にもちこされた戦前という時代の精神が見え隠れいたします」は前書きの文章。


「われわれが準備するのは死に対してではない。
死はあまりにもつかの間のできごとである。
われわれは死の準備に対して準備するのだ」とモンテーニュの言葉を紹介しているのは監修を担当された荒俣宏氏です。


古今東西、人間の根源の最も関心のある、そしてできることなら遠くに追いやって先延ばししたい課題を、この機会に思い切って手元に引き寄せてみるのも大切なことではないでしょうか。


別格の扱いで10頁あまりを割いた手塚治虫氏、有吉佐和子氏、永井荷風氏、澁澤龍彦氏、森茉莉氏、三島由紀夫氏、稲垣足穂氏、今西錦司氏、石川淳氏、寺山修司氏、深沢七郎氏の11人を筆頭に99人の死はすべて驚異的&個性的な強い光を放って描かれていますが、監修者の意向か知識人の人選が文壇に限定されていたのは少し残念な気がします。


個人的に面白かったのは有吉佐和子氏「サーモスタットのない人生」、永井荷風氏「たったひとり、生きたいように生きる。死にたいように死ぬ」、森茉莉氏「かけられなかった最後の電話」、稲垣足穂氏「筆極道の本懐」など。


また巻末にある戦後著名人怪死・変死一覧のデータファイルでは死因別にインデックスが立てられ、例えば「自殺」の項では「投身、飛び込み、焼身、服毒、睡眠薬…」などと細分化されています。


その中で目を引いたのは「餓死」で死亡した山口良忠氏、東京地裁判事であった氏は戦後昭和22年の混乱期に闇米を購入することを拒否し、極度の栄養失調から34歳で死亡された人です。

自己に厳しい壮絶な人生を全うされた清浄な生き方を思うと落雷に打たれたような感覚を抱きました。


人間の「生き様」でのみ評価する趨勢の中、その集大成である「死に様」が注目される時代が来ているような気がします。

この機会に想像を逞しくして自分の死に思いを馳せてみるのも面白いと思います。


「おかやま桃太郎まつり」の最後を飾る花火大会が旭川西中島河原で開催されました。

春は桜見物で埋まる河原は約5000発の花火の観客でぎっしり埋まっていました。

私の住まいからゆっくり歩いて1時間ほどの距離ですが、途中交通規制もあり交通整理のお巡りさんも多数出ていて大変な混雑でした。

色とりどりの浴衣に下駄の若い女性があちこちにいて、目を楽しませてくれました。

花火の美しい映像を残そうとデジカメや携帯で撮影してみましたが、テクニックのない私には難しくほとんど目を覆いたくなるような映像ばかり、取りあえずアップした1枚はなんとか花火とわかる程度のものです。



さて今回は肩の力を抜いて読めるエンターテイント系の読物・・・奥田英朗氏『マドンナ』をご紹介したいと思います。


著者奥田英朗氏に関しては以前『イン・ザ・プール』の雑感をアップしたとき簡単に触れていますので、よかったら読んでください。

      http://yaplog.jp/ashy_ashy/archive/157


本書は40代のサラリーマン男性が主人公の5篇の短編からなっています。

5人の主人公は揃って大手企業の中間管理職である課長という地位にあり、曲がりなりにも出世コースを歩いてきた彼らの社内外での仕事や家庭での苦悩ぶりがユーモラスに描かれています。

会社では部下と上司、家庭では妻子や老親の板ばさみになり、身動きが取れないト同時にどんどん背負うものが大きくなっていく世代の悲哀が描かれていて、男性ならずとも共感を呼ぶ興味深い作品となっています。


★人事異動でやってきた26歳の倉田知美に抱いた淡い恋心に不本意にも振り回される営業三課の荻野課長の困惑を描いた表題作「マドンナ」

★大学進学を放棄してダンサーになりたいと言い出した息子を説得する術もなく、妻に責められ息子に疎んじられながら、社内では部長からの圧力に右往左往する大手食品会社営業四課田中課長の姿を、早くから出世競争から身を引いた同僚と絡ませて描いた「ダンス」

★大手家電メーカーで日の当たる営業部を走ってきたエリートサラリーマン恩蔵氏が出世コースの足がかりとなる総務部へ異動を命じられたことから生じた顛末を悲喜劇的に描いた「総務は女房」

★予期せぬ女上司を新部長に迎えた大手総合商社鉄鋼製品部第一課田島課長の戸惑いと反発と悲哀を描いた「ボス」

★勤務先の土地開発会社の開発した複合施設のパティオで読書する老人に故郷の独り暮らしの父親を重ね合わせる営業推進部第一課鈴木課長を描いた「パティオ」



職場で働く中間管理職の男性のため息が聞えてきそうな作品群、田辺聖子氏の描くサラリーマン像を彷彿とさせるような中年男の悲哀を描いて秀逸です。


著者奥田氏の経歴を見てみると・・・雑誌編集者、コピーライター、プランナーを経験されたとありますが、サラリーマン社会の機微をかくもなめらかに表現した力量には敬服します。


『マドンナ』が40代サラリーマンが主人公なら、双璧をなす『ガール』は30代OLが主人公のリアルな心の葛藤を描いてなかなかのものです。


疲れたとき軽く読める読物として最適です。

昨日は被爆から62年目の原爆記念日でしたね。

広島で被爆してこの1年間になくなった人は5221人、死没者は253008人になりました。

就任後初めての出席となった安倍首相をはじめ、海外からは42カ国の政府代表が参列されました。

秋葉広島市長による平和宣言を聞いて胸がいっぱいになりました。

一部をここに載せたいと思います。

「運命の夏、8時15分。朝凪(あさなぎ)を破るB-29の爆音。青空に開く「落下傘」。そして閃光、轟音――静寂――阿鼻叫喚・・・
14万人もの方々が年内に亡くなり、死を免れた人々もその後、白血病、甲状腺癌等、様々な疾病に襲われ、今なお苦しんでいます。
それだけではありません。ケロイドを疎まれ、仕事や結婚で差別され、深い心の傷はなおのこと理解されず、悩み苦しみ、生きる意味を問う日々が続きました。

しかし、その中から生れたメッセージは、現在も人類の行く手を照らす一筋の光です。「こんな思いは他の誰にもさせてはならぬ」と、忘れてしまいたい体験を語り続け、三度目の核兵器使用を防いだ被爆者の功績を未来永劫忘れてはなりません。

こうした被爆者の努力にもかかわらず、核即応態勢はそのままに膨大な量の核兵器が備蓄・配備され、核拡散も加速する等、人類は今なお滅亡の危機に瀕しています。時代に遅れた少数の指導者たちが、未だに、力の支配を奉ずる20世紀前半の世界観にしがみつき、地球規模の民主主義を否定するだけでなく、被爆の実相や被爆者のメッセージに背を向けているからです・・・

唯一の被爆国である日本国政府には、まず謙虚に被爆の実相と被爆者の哲学を学び、それを世界に広める責任があります。同時に、国際法により核兵器廃絶のため誠実に努力する義務を負う日本国政府は、世界に誇るべき平和憲法をあるがままに遵守し、米国の時代遅れで誤った政策にははっきり「ノー」と言うべきです・・・

被爆62周年の今日、私たちは原爆犠牲者、そして核兵器廃絶の道半ばで凶弾に倒れた伊藤前長崎市長の御霊に心から哀悼の誠を捧(ささ)げ、核兵器のない地球を未来の世代に残すため行動することをここに誓います」

次は広島市原爆死没者慰霊式・平和祈念式における安倍総理の演説の一部です。

「我が国は、戦後六十二年の間、ただひたぶるに国際平和への途を歩んでまいりました。
広島、長崎の悲劇は、この地球上のいかなる地においても再び繰り返してはなりません。
我が国は、人類史上唯一の被爆国として、この悲惨な経験を国際社会に語り継いでいく責任があるのです。
私は、犠牲者の御霊と広島市民の皆様の前で、広島、長崎の悲劇を再び繰り返してはならないとの決意をより一層強固なものとしました。
今後とも、憲法の規定を遵守し、国際平和を誠実に希求し、非核三原則を堅持していくことを改めてお誓い申し上げます

憲法第9条改正に力を注がれている総理のこの挨拶に疑問を持たれた方も多いのではないでしょうか。 続きを読む



九州に上陸した台風5号は宮崎など各地で大きな爪あとを残しましたね。

中心気圧は960ヘクトパスカル、最大風速は40メートル、最大瞬間風速は55メートル。

台風は北上、山口県や広島県沿岸を次々暴風域に巻き込んで、近辺の住民の方々にも避難勧告が出されて大変だった一夜も明けて、今度は日本海を北東へ進む見込みだそうです。

明日は北陸や東北、北海道が要注意だそうです。

ここ岡山は夜半に無事通過したようですが、現在もリビングからベランダに植えたゴーヤの葉や実が激しく揺れているのが見えますが、どうにか倒れることを免れたようです。



さて今回は宮沢章夫氏による『牛への道』をアップしたいと思います。


著者宮沢章夫氏は演劇ユニット「ラジカル・ガジベリビンバ・システム」を結成後、劇団「遊園地再生事業団」を主宰、劇作家であり演出家、作家、京都造形芸術大学助教授、早稲田大学客員教授としてそれぞれ活躍していらっしゃいます。

1992年戯曲『ヒネミ』で岸田國士戯曲賞を受賞

2000年上梓した小説『サーチエンジン・システムクラッシュ』は芥川賞、三島由紀夫賞候補になりました。


本書は宮沢氏のエッセイ集の1つ、傑作中の傑作といわれています。


宮沢氏独特の着眼で世の中の隅の隅の瑣末な出来事を拾い上げ、独自の視点から検証、咀嚼するとこんなにもおもしろくなる、そんな本です。


「笑わせてやるぞ」と意気込んでの意図がまったく感じられない肩の力を抜いたシュールな笑いが満載です。


☆例えば著者の忌み嫌う「だらしない」に対する見解

「『ベルトをはずし、ズボンを、少し下げた状態』でいる者の言葉を、真面目に聞こうなどと思うだろうか。だいたいそんなやつの言葉に説得力などあるものか」

「『カーテンレールに引っ掛ける金具が、ちょっとだけ外れたカーテン』 幾つも外れてるんならまだいいが、1つか2つ外れたような状態」


☆ローマの詩人オウィディウスの言葉を捉えて

「『女の膝に万一塵でも落ちかかったら、指で払いとってやらなければならない。
もし塵がぜんぜんかからなかったら―なくともやはり払いたまえ』
・・・勇壮な口ぶりとは裏腹に、オウィディウスはとことん卑怯である」


☆「中国の説得力」では

「こと健康や医療に関して、なぜかくも、『中国』という言葉には説得力があるのだろう。
『中国は西安の湧き水』などと書かれた水・・・それだけでなぜか、霊験あらたかな気にさせられる。
しかし次のようなものはきっと駄目だろう。 『アメリカはアイダホの湧き水』」


☆「今日新聞」では

「慣れは怖い。慣れてしまえば、どんなに奇妙でも、それが当たり前のことになってしまう。 たとえば『読売新聞』がそうだ・・・読んで売るとはどういう状態のことだろう。
まして『毎日新聞』は何だ。 
毎日発行されているから『毎日新聞』だというのか・・・
『サンデー毎日』もまた、理解に困る名前である」


☆「バナナが一本」では

「私ぐらいの大人になると、『何を手に持ってはいけないか』について、よほど慎重でなければいけないことになっている・・・
たとえば、『紙袋』である。 
『紙袋』ほど、『人の威厳を損なうもの』がほかにあるだろうか・・・
さらに私は、『バナナ』もいけないと思う。
想像していただきたい。
バナナを手にしている大人が、どれだけ間抜けか・・・
だいたいあの形は何だ。人をばかにしているのか。ぬるっと長い。長いだけならまだしも、妙なカーブが付いている」


このように挙げればキリがないほど日常見落とすようなツボをひょいと掴んで手の上で斜めから見つめているうちにクスッと笑える・・・そんな連続です。

エネルギーを必要としない笑いを体験したい人にはオススメの一品です。

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