VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

PVアクセスランキング にほんブログ村

2007年09月

新聞の社会面を見ると背景に家庭内暴力が潜んでいる事件がたくさん見られますね。

一口に家庭内暴力といっても内包する事情は千差万別、後戻りできないほどの複雑化を呈しているようです。

特に配偶者や恋人からの暴力をDV(ドメスティックバイオレンス)、保護者から子どもへのそれは児童虐待というようですが、高齢化が進んだ昨今では高齢者への虐待もうなぎのぼりのようです。

最近では政府の諮問機関でも取り上げられ問題提起がなされて、様々な専門分野の方々の尽力にもかかわらず、家庭内暴力が起因した悲惨な事件は後を絶ちません。


公的な相談所、細分化された電話相談、精神科、心療内科などがネットワークを駆使して手を広げるという状況を作ってもなお、家庭内の問題は閉じられた狭い空間での出来事で、当事者にとっては公にすることこそ恥ずべき行為と思う概念から逃れることができないのでしょう。



本日ご紹介する本は壮絶な家庭内暴力で傷ついたひとりの女性と、偶然の出会いによって手を差しのべることとなったエリートサラリーマンの物語です。

白石一文氏『一瞬の光』がその物語です。


毎回拙い読後感を書くに当たって、あえて他人のブックレビューは読まないことにしている私ですが、今回は読了のあと載せるべき感想が出てこなくていくつかのブックレビューを読ませていただきました。


賞賛というべき内容がほとんどで、読めば読むほどたじろいでしまったことを告白します。


そんな感動の嵐の中にも孤立したように冷ややかな感想が紛れ込んでいましたが、まさに嵐の中の頼りない小舟のように、多数の方々の攻撃に遭って沈んでいる状態でした。

まさに私はその小舟のような感想を抱いたのでした。


白石一文氏の父は戦国時代の海洋物で有名な直木賞作家故白石一郎氏

双子の兄弟文郎氏も小説家、デビュー作『風街』を上梓していらっしゃいます。


本書の著者一文氏は大学卒業後文藝春秋入社後記者となり、その後作家デビューを果たしました。

2000年本書で鮮烈デビュー、批評家や多くの読者から絶賛を受けました。
他に『不自由な心』『すぐそばの彼方』『僕のなかの壊れていない部分』などの著書があります。
『どれくらいの愛情』は第136回直木賞候補作となりました。


「この世の最大の不幸は、貧しさや病ではありません。
だれからも必要とされていない、と感じることです」


10年前に世界中の人々から惜しまれて天国へ旅立たれたマザー・テレサの言葉です。


たった1人の人からでもいい、必要とされていると確信が持てたら人間は生きていける、逆に自分だけを必要としている人間がいると心から思えるとき、自分に付属したあらゆる欲望を捨てることができる・・・これが本書のメッセージであると思います。


偶然の出会いが重なった38歳の超エリートサラリーマン橋田浩介と女子短大生中平香折。

幼児から現在まで実の母と兄から壮絶な家庭内暴力を受けて育った香折の絶望と、順調に登りつめた出世の階段に影が差し始めた浩介の今までの価値観に対する疑問とが交差したとき、互いの欠けた部分にすっぽり収まるようにお互いを抱いた感情を愛と呼ぶかどうかというのが私の抱いた違和感でもあります。


「香折は私のことを利用している ― そうかもしれない。
私の善意を吸いつくそうとしている ― そうかもしれなかった。
ただ、私にはそのことが私にとって何ほどの意味を持つのかがわからない。
たとえ彼女が私を利用し、私の善意を享受したとしても、そのことと私の彼女への態度とのあいだに深いつながりはあるまい」

主人公の美しく理知的な恋人瑠衣の指摘に浩介はこのように自問自答しています。

物語の進行があまりにも予定調和的で、なおかつこれ以上の弱者はないほどの女性を登場させ、独りよがりの納得に囚われた主人公に納まりの悪いものを感じたことは否めません。

派閥争いに破れサラリーマンに終止符を打つにいたる延々と続く過程も興味を惹いたものの終局への布石と受け取れたのは穿った見方でしょうか。

究極の恋愛小説といわれるもの、たとえば『マディソン郡の橋』などを読んだときに感じたのと同じような感覚を持ってしまいました。


香折の幼稚さ、弱者であることを武器にして誘い込むような言動に不愉快な違和感を感じた読者も多かったようですが、主人公の究極の選択に対しては迎え入れた読者の多さに驚嘆したのも事実です。


「私と出会う、ただそのためだけに香折は長く苦しい年月を渡ってやって来た。
そして香折は私を見つけ出してくれたのだ。
今度は私の番だった。
あの夜、走り去っていった香折の白い背中をどこまでも追いかけ、私は香折をもう一度しっかりと見つけ出してやろう・・・
それは誰のためでもなかった。
なぜなら、香折の中にのみ、この私はあるからだ。
その私の中にのみ、香折はあるからだった」

浩介と香折の関係が、男女の「交換の論理」からかけ離れているものの、あまりに繊細で独りよがりなことにばかり目が移りましたが、当事者でしか理解し得ない孤独の深さを分け合う感覚は少なからず理解できました。

長い人生の瞬間にはこのような思いを抱くこともあるかもしれませんね。



先日久しぶりに神戸に行きました。

兵庫県立美術館で川村記念美術館所蔵の約65点の名画展が開催されていたからです。

千葉県佐倉市で大日本インキ化学工業株式会社が運営する川村記念美術館が改築のための休館に合わせて関西に貸し出しをしました。

レンブラント、ルノワール、マティス、ピカソ、モネなどのほか、ロシアのカンディンスキー、アメリカ現代美術の代表ポロックやウォーホル、日本の関雪、光琳、大観の屏風と時代的にも幅広い展示でした。

レンブラントの「広つば帽を被った男」は1635年に描かれたものですが今もなお生き生きと人物が立ち上がってくるようでした。

一説には色盲といわれていたレンブラントですが、「光の画家」と呼ばれるほどの光と闇の描き方のすばらしい手法には目を瞠るものがありました。


美術館を出た後、以前住んでいた東灘の岡本付近を散策、震災後新しくなった小学校や岡本梅林公園、イカリスーパーにドロップしたり、十二間道路沿いの鈴木商店のアイスクリームを食べたりと懐かしいひと時を過ごしました。

震災の爪跡もすっかりなくなっていましたが、小学校の校庭で避難生活をともにした知人と会い、当時を偲んで感慨に耽りました。



さて今回は神戸に縁のある中島らも氏『たまらん人々』をアップしたいと思います。

以前私が住んでいた岡本からいちばん近い高校が氏の母校でもある有名な進学校私立灘中・高校です。

今から80年前、現在の菊正宗、白鶴、櫻正宗という酒造業の代表によって設立された中高一貫校で、東京大学進学率は東京の開成高校と並んでトップ争いをしている進学校ですね。

遠藤周作氏ほか多くの著名人を輩出していますが、中島氏は尼崎出身、中学校から灘校に8位という優秀な成績で入ったものの、在学中に酒やバンド、ドラッグにはまり一浪のあと大阪芸術大学に入学したという経歴です。


小説家、戯曲家、随筆家、俳優、コピーライター、広告プランナーなど多方面に才能を発揮し、急ぎ足で駆け抜けた感のある48年間の人生でした。

1984年から朝日新聞で担当していた「明るい悩み相談室」での個性的かつウィットに富んだ回答で一気に人気が出ました。

1992年、自らのアルコール依存症体験を語った『今夜、すべてのバーで』で第13回吉川英治文学新人賞
1994年、『ガダラの豚』で第47回日本推理作家協会賞長編賞を受賞されています。

大麻、アルコール、咳止めブロンの中毒者を自認し、常に酩酊状態の末、飲食店の階段から落ち脳挫傷で死亡というらもらしい最期でした。


本書はらも氏が30代初め、広告代理店営業マン兼コピーライターだった時代に大阪の「ぶがじゃ」という雑誌に掲載していた連載を集めたものだそうです。

大阪人特有の強烈にテイスティで、しかもその味が形容しがたい特殊なフレイバーを持っている人々の話を一堂に集めたイラスト付きエッセイ集です。

「ちょっと遠めに見ているぶんにはおもしろいんだけど、毎日身近にいられるとちょっとこれは『たまらん』。
そういう人はあなたのまわりにもたくさんいるはずだ。
この本はそういう人物の標本箱である」

著者のこのあとがきを読むだけで本書の雰囲気が伝わってくるのではないでしょうか。

当時著者が身を置いていた広告業界の「たまらん人々」を筆頭に、著者周辺の「たまらなくヘンな人々」の生態が似顔絵とともに爆笑タッチで描かれています。

中島らもの原点ともいうべきらもの感覚炸裂の本です。

いまだらもを体験していない方はまず本書を手に取ってらもワールドに入ってください。


キング・オブ・ロックンロールの愛称で今もなお世界中のファンから愛されているプレスリーが亡くなって今年の8月で30年になりました。

体を揺らしながら歌う独特の歌唱スタイルからついたニックネームは「Elvis the Pelvis(骨盤のエルヴィス)」!
        http://www.geocities.jp/elvisroom3734/

このスタイルが当時の若者の非行の原因であるという抗議がPTAなどから殺到し、体を揺すらず歌うことを余儀なくされていた時期もありましたね。

死してなお故人長者番付ではほぼトップの地位を占めるほどの根強い人気を保っています。

その30周年という区切りを記念して発売されたのが、プレスリーフリークを自認されているパーソナリティー小倉智昭さんが自ら選曲した「プレスリーの王道」というべき29のナンバーからなるこのベスト・アルバムです。

プレスリーのバラードが特に好きで、いつも繰り返し聞いている私の誕生日に夫がプレゼントしてくれました。

ロックが多いのは残念ですが、陸軍時代に同じ部隊にいたチャーリー・ホッジという歌手から習った歌唱法「ベルカント唱法」で歌った「It’s Now Or Never」「Surrender」やゴスペルなどすばらしい歌声に漬かっています。



さて今回は南木佳士氏『神かくし』をご紹介したいと思います。

南木氏といえば映画で話題を呼んだ『阿弥陀堂だより』の著者として有名ですが、信州の佐久総合病院で内科医として勤務していらっしゃる現役医師でもあります。

余談ですが、「アジアのノーベル賞」といわれる「マグサイサイ賞」を受賞された故若月俊一さんは佐久総合病院の名誉院長、地域に密着した農村医療の先駆けに貢献された方でした。


横道に逸れましたが、南木氏はデビュー作『破水』で第53回文学界新人賞
1988年『ダイヤモンドダスト』で第100回芥川賞をそれぞれ受賞しています。


「学校を出たての二十四、五歳の若者が、多くの想い出を抱え込んだまま旅立つ死者を見送ることは、苦痛であった。この苦しみから抜け出したくて小説を書き始め、もう十年になる」

上述の文は芥川賞受賞時のインタビューに答えての著者の言葉です。

30代後半で強度のパニック障害を発症、その後移行したうつ病に長く苦しんだ経験は『阿弥陀堂だより』や本書にも生かされています。

佐久総合病院から難民医療日本チームの一員としてタイ・カンボジア国境での活動経験もあり、常に弱者の視点から見据えた人間関係などを扱ったテーマを通し生と死の間で揺れ動く心の機微を丹念に描いています。

本書には表題作を含め5つの短編が収録されていますが、どれも美しく厳しい長野の自然を背景に、長いうつ病の闇から少しずつ光を見出している著者が小さな誘いをきっかけに小さな日帰りの旅に出る物語です。


★患者である老婆とその妹に誘われて唐突に出かけるキノコ狩りの小さな旅を描いた「神かくし」

★高校時代の同級生の妻からの手紙で同級生の死を知って、誘われるように母校のある東京の街に電車を乗り継いで立ち寄る小さな冒険を描いた「火映」

★屋根の修理をきっかけに生家の廃屋へ行った著者に去来する過去の出来事を描いた「廃屋」など、どれもが過去に遡る旅、言い換えれば現在の自分のあり方を再確認する旅です。


「じぶんという存在の輪郭をまさぐるとき、生きてきたというより死なないできたという事実のほうにむしろ向かい、それをまさぐるときにも捕らえるというより不意に訪れるものを待ち、その訪れるものに身を合わせるときもこぼれるものはあえてすくわない」

このようにして長く暗いトンネルの中を歩んできた著者ですが、ようやく弱々しくも小さな光が見えてきたときを同じくして不思議な誘いに導かれて行った山や川、故郷、そして青春時代を過ごした街に抱かれて少しずつ再生している自分を再確認していきます。


従って最新作である本書は過去から現在へのさまざまな交差があり、著者の特徴である怜悧な哀しみを含んだ文体にも関わらず、再生というキーワードの元小さな生きる喜びを散りばめた希望の書と読み取ることができる内容となっていることを挙げたいと思います。

誰でも自由に執筆や編集ができるオンラインの百科事典ウィキペディアを使われたことのある人は多いでしょう。


私もいつも利用していますが、先日そのウィキペディア日本語版で、複数の省庁のコンピュータから役所に都合のいい修正が行われていた実態が次々と明らかになったという記事が新聞に載っていました。


ウィキペディアに書き込みをすると日時や内容、使用したコンピュータのIPアドレスは自動記録されるそうですが、今年8月アメリカの技術者がこの記録を利用して特定の組織からの書き込みがわかるプログラムをネット上で公開したのを利用して、ネット利用者が検索した結果、官公庁や企業内のLANにつながったコンピュータから次々に内容が書き換えられている実態がわかったというものです。



宮内庁や法務省、文部科学省などがそれぞれ都合の悪いヶ所を削除したり、特定しないことを追加したりの実態が明らかになったことは驚くべきことです。



厚労省では2006年9月から書き込みできないよう省内のシステム設定を変更しているようですが、匿名だと安心しての無責任な修正は絶対やめてほしいと思います。



さて今回は久しぶりの充実した物語、熊谷達也氏『邂逅の森』をご紹介したいと思います。


史上初の直木賞&山本周五郎賞のダブル受賞の本書は、直木賞選考委員である田辺聖子氏をして「巨きな存在感のある作品、さながら、新参の霊気が読者の皮膚にも感じられるばかり、そして山の神なる老いた熊の咆哮まで耳もとでとどろくばかり・・・
その前を、静かな霧のように流れゆく一切衆生煩悩の世界。
自然と人間、人間とその時代が渦巻きもつれ、捻じ合わされて展開する・・・
私は佳き小説に邂逅したことを喜ぶ」と唸らせたすばらしい作品となっています。



著者熊谷達也氏は中学教員や保険代理店業を経て
1997年『ウエンカムイの爪』で第10回小説すばる新人賞
2000年『漂白の牙』で第19回新田次郎文学賞
2004年『邂逅の森』で第17回山本周五郎賞&第131回直木賞をそれぞれ受賞されています。



『相剋の森』『邂逅の森』『氷結の森』はマタギ三部作といわれ、神聖な山の狩人であるマタギを描いて秀逸な作品となっています。


生まれ故郷である宮城を代表とする東北地方の風土に根ざした土のにおいのする作風が魅力ある特長です。


本書は身分違いの恋によって村を追われたマタギである山の猟師富治を主人公に、大正から昭和にかけてのマタギとしての厳しい半生とともに、富治が村を追われ一時身を寄せていた銅鉱山に働く友子といわれる鉱夫たちの世界を、イクとの夫婦愛を交差させながら巧みに描いています。


山形県月山、アオシシ(ニホンカモシカ)猟「獣を殺す旅だった」という冒頭の言葉で始まる旅マタギの壮絶な自然との対峙。

「勢子っ、鳴れえぁっ!」「ほーいっ、ほぉーりゃ、ほれやっ!」「勝負!」


険しい雪の山はだに木霊するマタギ言葉が、厳しい自然と一体化した獣との命懸けの対峙場面を引き締めています。 

本書執筆にあたり、実際に新潟のマタギの頭領の許しを得てともに山に入り、巻き狩りを体験した著者ならではの迫力と臨場感に溢れています。



文藝春秋「自著を語る」コーナーで、著者熊谷氏が「『邂逅の森』が産声をあげた時」というタイトルで本書を執筆されたきっかけを書いていらっしゃいますので、興味ある方は読んでください。

    http://www.bunshun.co.jp/jicho/kaikou/kaikou.htm


「マタギの体は、半分は親がら、残りの半分は山がら貰ったものだからな。
欲を出しすぎねば、必要なものは山の神様が授けてくれるべや」



「マタギとして山に入り、山の神様に守ってもらうためには、人間の性である欲深さを封じ込め、意識や感覚をできうる限り獣の領域まで近づけなくてはならない。              
そのための女断ちであり、水垢離であり、そして、山歩きであるのだ」



マタギたちの山の神様への敬虔かつ真摯な信仰心に、安易な人生を送ってきた私はただうなだれるばかりです。


物語の最終章で繰り広げられる山のヌシ巨大なコブクマとの壮絶な死闘の末右足を失い、家で待っているイクへの思いだけで自ら殺ったクマの幻影に導かれて家路につく富治の姿は神聖なる山の神と二重写しになり、読み手である私の瞼に焼きついて離れません。


自然での人間のあるべき姿、伴侶に対する深い愛、一貫性のある筋立て、そしてエンターテインメントとしての要素、これらすべてを内包した作品でした。

ついに阪神が首位に立ちました~(#^.^#)

6月29日の時点で12ゲーム差だったのに、その後の躍進には目を瞠るばかり!

9月7日の先頭打者鳥谷選手の初球アーチや檜山選手のホームラン

続いて9月8日の先発安藤投手は6回を1失点に抑える快挙、その後9連投の藤川投手のすごいねばり! 
ストレートの真っ向勝負は久しぶりに胸のすく思いでした♪

これで単独首位

我が家はみんなご機嫌です(^0_0^)



さて今回は赤井三尋氏『翳りゆく夏』をご紹介したいと思います。

第49回江戸川乱歩賞受賞、誘拐を題材に斬新な側面から切り込んだ作品です。

著者赤井氏は1955年生まれ、ニッポン放送入社後小説を書き始め、文学界新人賞や江戸川乱歩賞で予選通過したこともあるそうです。

著書は2005年『死してなお君を』に続き2006年の本書のみ、次回作が待たれる作家です。

本書の解説で文芸評論家の郷原宏氏は次のように述べていらっしゃいます。


「ひとくちに推理小説といっても内容はさまざまだが、私の見るところでは、味の決め手はひとつしかない。
それはリアリティである。
もっと正確にいえば、小説的なリアリティである・・・
『翳りゆく夏』を読んで、私が最初に感じたのは、このような意味での小説的なリアリティである」


本書は小説でありながら、細部の描写に実話以上のリアリティがあり、それが登場人物を生き生きと立ち上がらせて読者をぐんぐん惹きつける力をもって迫ってきます。


新聞社を舞台に繰り広げられる社内での思惑も興味深く、今をときめく横山秀夫氏を彷彿とさせる漲る構成力は久々の大型新人といっても過言ではないでしょう。


「誘拐犯の娘が新聞社の記者に内定」という週刊誌のスクープ記事をきっかけに、大手新聞社の社長命令で窓際社員の梶が20年前の新生児誘拐事件の再調査を開始することで物語が展開していきます。


解決済みのあまりにも単純な誘拐事件と思っていたものが粘り強い調査でついに驚くべき真実に行き当たるというのが大筋です。


登場人物の細部の描写、何気ない会話に隠された真実へのヒント、躍動感のあるプロット展開、そして驚愕の結末へと読者をぐんぐん惹きつける力には敬服しましたが、最後の意表をつく結末には少なからず意図的なものを感じてしまいました。


またラストのエピローグはあまりにもまとめを意識しすぎた作為が感じられ、無難にまとめたほうがよかったのではないかというのが私個人の読後感です。


しかしそれらを差し引いてもあまりある新進作家の実力です。

次回作を首を長くして待っています

青春とは人生のある期間ではなく
心の持ち方をいう。
バラの面差し、くれないの唇、しなやかな手足ではなく
たくましい意志、ゆたかな想像力、もえる情熱をさす。
青春とは人生の深い泉の清新さをいう。

青春とは臆病さを退ける勇気
やすきにつく気持ちを振り捨てる冒険心を意味する。
ときには、20歳の青年よりも60歳の人に青春がある。
年を重ねただけで人は老いない。
理想を失うときはじめて老いる。
歳月は皮膚にしわを増すが、熱情を失えば心はしぼむ。
苦悩、恐怖、失望により気力は地にはい精神は芥(あくた)になる。

60歳であろうと16歳であろうと人の胸には
驚異にひかれる心、おさな児のような未知への探求心
人生への興味の歓喜がある。
君にも我にも見えざる駅逓が心にある。
人から神から美、希望、よろこび、勇気、力の
霊感を受ける限り君は若い。

霊感が絶え、精神が皮肉の雪におおわれ
悲嘆の氷にとざされるとき
20歳だろうと人は老いる。
頭を高く上げ希望の波をとらえるかぎり
80歳であろうと人は青春の中にいる

有名なサミュエル・ウルマンの「青春の詩」です。


だれもが忘我の中で駆け抜けた後しばらくたってわかる青春の貴重な価値、真っ只中にいる若者には掴みにくいのが青春ではないでしょうか。


そんな青春時代を思い出させてくれたのが今日ご紹介する一冊、新潮文庫復刊、柴田翔氏『贈る言葉』です。

1935年東京生れの著者は1964年『されど われらが日々――』で鮮烈デビュー、当時の若者の圧倒的な支持を受けて、芥川賞を受賞されました。

1966年『贈る言葉』、1971年『鳥の影』、『立ち盡す明日』など小説家として執筆されながら、東京都立大学、東京大学、共立女子大学でゲーテを中心としたドイツ文学を教えていらっしゃいます。

訳書には『若きヴェルテルの悩み』『ファウスト』などがあります。


「柴田翔は青春のバイブルでした」と帯を飾る小池真理子氏の印象そのままの私の青春の名残りの柴田翔。

本書に先駆けて発表された『されどわれらが日々-』を読んだときの衝撃は青春のほろ苦い味とともに今も心の片隅に残っています。

『されど・・・』と同様に60年安保の前後の時代の学生を主人公にした『贈る言葉』にも学生運動なくしては語れない不安定な青春が溢れています。


「柴田翔の作品は、肥大化した観念に苦しめられる若者や、学生運動を嫌悪しつつ、それでもデモだけは見学に行くような、思想と観念と烈しい性欲の狭間で、泥にまみれてのたうちまわる若者が多く登場する・・・」

上記の小池真理子氏の解説がそのままの『贈る言葉』の主人公「ぼく」はそんな揺れる学園闘争の中で、闘争に没入することもできず、何を模索しているか自分自身でもわからないまま青春を彷徨するという不安定な曖昧な日々の中に見出した女性「君」に語りかける形式で綴られています。


かって愛して別れた女性に語りかけることで、自分自身の中に蓄積された青春時代の曖昧さを見つめるという作業をした主人公ですが、結局は恋愛とその後の別れにしっかりした論理も理由づけも見出せないまま現在の死んだ心のぼくを再確認するというところで物語は終わっています。


長い空白を経て再読した柴田翔は、私にとっては青春の空砲のような印象でした。


struggleのためのstruggle、実は理由づけなどどうでもいい、心の彷徨のための心の彷徨、挫折のための挫折、そんな若者特有の甘えが強く感じられ、それはまたそういった意味での青春とはほど遠いところにいる自分を再確認した瞬間でした。

↑このページのトップヘ