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ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2008年05月

「今、北森鴻が売れている!
ほろ苦くて美味しい、だからこそせつないミステリー!」


本日は再び北森鴻氏著、第52回日本推理作家協会賞短編および連作短編集部門受賞作『花の下にて春死なむ』をアップしたいと思います。

ご存知ビア・バー「香菜里屋」シリーズの第一弾です。


このブログでも「香菜里屋」シリーズの第二弾『桜宵』を先にご紹介していますので、著者の簡単な経歴とともに読んでくだされば嬉しいです。

         http://yaplog.jp/ashy_ashy/archive/248



東急田園都市線三軒茶屋駅前の商店街のアーケードをくぐって、通りを一本はずした細い路地。

道が行き詰る手前の左側に白い縦長の等身大の提灯に大らかに描かれた「香菜里屋」の屋号。

焼き杉造りのドアを開けると10人ほどが座れるL字型のカウンターと2人用の小卓が2脚。


「いらっしゃいませ」とカウンターから出迎えるのは ヨークシャーテリアが人間になったような風貌のマスター。

4種類のアルコール度数の違うビールとマスターおまかせの極上の酒の肴の数々、行き届いたサービス、そしてマスターの絶妙な謎解き。


男性でなくとも密かにキープしておきたいと思うようなとっておきの空間!



本書には西行の『山家集』からの「願はくは花の下にて春死なむ その如月の望月のころ」よりタイトルをとった表題作他5編が掲載されています。


★「香菜里屋」の常連である飯島七緒が所属する俳句の自由律句結社「紫雲律」の同人であり、生前1度だけ男女関係のあった年老いた俳人片岡草魚の死に関して、草魚の部屋の窓辺に咲いた季節はずれの桜を通して死の真相や草魚の過去に迫るマスターの鮮やかな推理が光る「花の下にて春死なむ」

作中に草魚作としての自由律の俳句がいくつか登場しますが、これらは自由律の俳人種田山頭火や木村緑平の句を参考に著者が作られたものだそうです。

なかなか味わい深い句なのでご紹介します。

 「臥したる吾あり窓に寒月この指とまれ」

 「咳コトリと落ちる床の諧謔味」

 「濡れ濡れとなまめかしや蕾菖蒲さま」


★離婚歴のあるサラリーマン野田から語られる駅の貸本に挟まれていた家族写真の秘密に迫る「家族写真」

★回転寿司で鮪ばかり7皿食べる男の謎にモールス暗号をとりまぜて推理する「七皿は多すぎる」

★第一話に登場する片岡草魚にまつわるもう1つの過去の秘密を描いた「肴の交わり」



全体的にマスターの推理が唐突な細やかさで読者である私の納得の部分にブレーキがかかる物語が多い、というのが正直な感想です。


読了後心に残るのはマスター工藤の創作肴の数々、ミステリーとしての物語性には少々欠けるように感じたのは私だけでしょうか。


ということで今回も創作料理レシピを挙げて締めくくりたいと思います。


ワインビネガーと昆布でしめた小鯛

三年ものの帆立を貝殻ごと酒と醤油、そして仕上げにバター少々で味付け、熱いうちにスープごと飲むおいしさ!

お客の手土産の鯖の棒鮨の酢飯からネタを剥がし、蒸した酢飯に細切りにした紅生姜と柚子、錦糸玉子を盛り付けた逸品!

先日指折り数えてみたら学生生活を終えて四十数年が経過していました。

The time flies like an arrow!

「月日は百代の過客にして、行かふ年も又旅人也」

芭蕉の心境と比べるのはたいへんおこがましいのですが、私の前を大切な月日が風の如く通り過ぎて、まとまったことをしたという達成感もないまま今も明日をも知れぬ旅の途中で風に吹かれて頼りなく立っている、というのが現在の私にぴったりです。


こんなことを考えたのは先日、学生時代所属していたESSで一時期を共にした仲間たちのうち前後3学年の女性たちだけで開かれた懐旧会に出席したのがきっかけでした。


社会人としても家庭人としてもりっぱな役目を果たした方々やまだ現役中の方々の前で、ずっと主婦だった私は話すべき内容もなくただただ感嘆するばかり(T_T)/~~~

それでもおしゃべりの中で見え隠れするいろんな変遷には共感する部分も多く、一挙に青春時代に戻ったような懐かしい時を過ごすことができました。


十数人の集まりに快く場と数々の手料理を提供してくださった同級生磯田さんの息子さんは2003年に上梓された『武士の家計簿』が一躍ベストセラーとなり、新潮ドキュメント賞を受賞された磯田道史氏、天才肌のユニークな幼少時代のほほえましいエピソードなど、以前偶然著書を読んでいた私は興味深く拝聴しました。


また機会を見つけてこのブログでもアップしたいと思っています。


また印象的だったのは私の一学年下だったYさんががん闘病中の間を縫って駆けつけてこられたことでした。

厳しい抗がん剤治療中とのこと、数年前同じような治療から無事生還した夫のことと重ね合わせて現在の心境が手に取るようにわかり、心の中でエールを送っています。



さて今回はその時Yさんにご紹介した柳原和子氏著『がん患者学�T・�U・�V』のレビューを書いてみたいと思います。

乱読を旨とする私には珍しく未だに精読、再読を繰り返している本です。

タイトルが示すように「がんに罹患した患者のための本」ということになっていますが、深く読めば読むほど命に限りがある私たちの宿命ともいうべき終末医療の関係がどのようにあるべきかという共通のテーマを軸に大切な問題を提起している本であることがわかります。


著者柳原和子氏はタイ・カンボジア国境の難民キャンプでボランティアした経験をもとに執筆した『カンボジアの24色のクレヨン』でデビューされたノンフィクション作家、筋ジストロフィーや薬害エイズ訴訟などに深い関心を寄せ作品を発表してこられています。


1997年卵管がんで「生存率20%」という厳しい告知を受け、手術、抗がん剤治療を体験されたことが『がん患者学』シリーズを執筆された直接の動機になっています。


「やすらかに死にたい。
あわよくば・・・治りたい」


現代がん医療への当惑と混乱、社会と隔絶した闘病生活でせめぎ合うこの2つの心を諫める術としての活路が、医学の限界を超えて5年、10年生存を果たした末期がん患者へのインタビューとなって『がん患者学�T』執筆の原動力となりました。

ここに登場する日米のがん体験者は18人、現代医学の恩恵に乗ることができず代替医療に救いを求めた人、何もしないという選択をした人など、がんと伴走しながらも今を充実させている点で希望の書といえます。


『がん患者学�U』は二部構成になっています。

一部に日本のがん医療の問題点や疑問点を化学療法や代替療法、栄養学、精神論的見地からそれぞれの専門家と掘り下げることで浮き彫りにしています。

二部では著者自身の卵巣がんの初発から様々な試みを経て寛解に至るまでを克明に記録しています。


『がん患者学�V』では第一部で著者が患者仲間として付き合った2人のがん患者との旅立つまでの交流を軸に彼女たちが受けた医療の残酷な仕打ちに怒りを込めて言及しています。


第二部ではアメリカのがん患者のクオリティ・オブ・ライフ向上のための活動の実態について書かれています。


どのページにも 完全治癒を勝利として、再発や死は敗北とされてしまう現代の医療者の考え方に対する問題提起がなされています。


「生こそが人生の目的であり、価値であり、最大の意味である社会・・・。
そうした社会にあって、病と死は忌まわしいこと、にほかならない」

「治すことを目的に進歩を遂げてきた現代医療は、治せない患者の具体的な心、日常のプログラムについては無力だ」


医療現場だけでなく、私たちを取り巻く社会全体の考え方の原点がここにあるといっても過言ではないのではないでしょうか。


病と死を排除しようとする思想や努力の積み重ねによって今の私たちがあることはすばらしいことですが、不治の病を生きるものたちにとっては受け取りがたい酷い思想となっていることも否めません。


病の克服、死の排除を目標とする思想が医療の質、医療者の姿勢を変容させている、ということにまで言及している書はこの本以外で出合ったことがありませんでした。


がん患者のみならず、いつか必ず終焉を迎える私たちにとって、そういう点で数々の大切な示唆を与えてくれる書であると思います。


残念なことに著者は初発から5年目に再発、前向きな治療を繰り返しながら再々発がんとも果敢に闘った末、このようなすばらしい啓蒙書を私たちに残して初発から11年目の今年3月に旅立たれました。

ご冥福をお祈りします。

昨年マンションのベランダで初めてトライしたゴーヤが夏の直射日光を遮るすばらしい日よけとしての役目を果たしてくれたので、今年は欲張ってプランターにゴーヤ、キュウリ、桃太郎トマト、プチトマト、だだちゃ豆を植えました。


以前戸建に住んでいたとき小さな囲いで作った枝豆があまりに甘くおいしかったので、と買ってきただだちゃ豆の苗ですが、夫とともにまったくの素人、それも研究不熱心な2人なので果たして無事にビールのおつまみにできるかどうか??


今朝も早朝目覚めるやいなやこんな会話。

「ゴーヤもういいかげんになってもいい頃じゃないか」

「うん、今朝3本収穫して冷蔵庫に入れておいたから冷蔵庫見てみて」

「毎日愛情込めて水やっている俺を差し置いて勝手にとらないでくれよな」

「じゃ明日の収穫は任せるわ」

こんな冗談をいいながら今朝もやっと20cmくらいに育ったゴーヤを愛でています。



さて本日は異色のマンガをアップしたいと思います。

活字大好きでマンガのシリーズ物は時々読むものの、コミック系週刊誌はほとんど読まない私ですが、昨夏以来首を長くして楽しみにしていた『ビッグコミック増刊号』が登場です。


あるSNSで親しくしていただいている年若いUさんこと安江うにさんのマンガが連載として2度目に登場!

Uさんの経歴を知らぬままお付き合いさせていただいていた私ですが、日記など拝見してだんな様が私と同じ郷土岡山出身の有名な漫画家、そしてUさんご自身も漫画を描かれると知ったのは昨年夏、『ビッグコミック6・17増刊号』に初めて作品が掲載されてからです。


Uさんの日記を通して日本の伝統芸能、特に落語に対する思い入れの深さを知るにつけ、ただのお笑い好きの門外漢である私は感じ入るばかりでしたが、その落語を題材にした漫画「ヨッテケ!柴又演芸ホール 一門の恥」が昨夏の作品タイトルでした。


昨年夏の初登場では「実力派ルーキー」として紹介されていましたが、下町の人情味溢れる雰囲気を醸し出すそれぞれの人物描写はさることながら、笑わせて泣かせる物語の筋立てが絵とフィットして最後に見事な着地を見せたところ、感服したのでした。

題材の糧としての落語に対する造詣の深さや愛情がしっかりと伝わってきて胸に響きました。
小説などに関しては少しは読むので拙いながら読感を書きますが、落語&漫画に対しては本当の無知なので、独自のたどたどしい感性でしかレビューを書けないことは今まで以上に恥ずかしく、詳しい方が読めば目を覆いたくなるようなものであろうと思います。

第二弾目である今回は「ヨッテケ! 柴又演芸ホール 老害」。

タイトルである「老害」は何とも意味深い示唆を私たち読者に与えてくれます。

ここに登場する柿雀師匠の栄光と挫折、その師匠に不遇の若い時出会ったとんちゃんの挫折と栄光、交わった2人の人生の悲哀やそれを取り巻く人情を小さな舞台でこのように表現できるなんてすごいなと思いました。

小説と違って説明的文章を書けない分、余白に込める力量が問われるのが漫画の世界ではないでしょうか。


また初回にはなかった落語に関する豆知識がフッターのところに書かれていて、落語に詳しくない私にはとてもわかりやすく興味を惹かれました。

是非1度柴又演芸ホールに行ってみたい! 

来年の今日5月21日にいよいよ裁判員制度が始まります。

それに先駆けて全国の地裁で模擬裁判が開かれ、一足先に裁判員を体験した人々が「極刑を言い渡せるか」というインタビュアーの問いに次のように答えていらっしゃいます。

「死刑判決を出せば、自分も『人殺し』になってしまう」

「死刑を避けると、逆に被害者や世論の恨みを買わないか」


まさに私も心にこの2つの相反する気持ちがせめぎあうことは逃れようもないと思います。

専門家ですら難しい裁きの場に私たちのような民間人を無作為に選び、被告の人生に大きく関わることになる重大な求刑に加担させるなど、想像だに恐ろしいことだと私は思っています。

注目を浴びている事件の裁判の過程や結果に対して、裁判とは遠いところで私たちは無責任な意見を言いますが、裁判員としての意見とは天地の違いがあると思います。


アメリカの有名な映画「12人の怒れる男」でヘンリー・フォンダ演じる陪審員の1人の意見によって結論の内容が激変するというのは、映画では人道至上的に描いて人々の共感を呼びましたが、裏を返せばある意味とても恐い話でもあると感じています。


とにかく無責任といわれようと私や家族が選ばれないことをただ祈るばかりです。



さて本日はたいへん古い小説 ― 学生時代に手にして以来長い間目に触れなかった小説 ― 原民喜氏著『夏の花・心願の国』をご紹介したいと思います。


「私は歩み去らう 今こそ消え去って行きたいのだ 透明のなかに 永遠のなかに」

こんな言葉を遺して原民喜氏は昭和26年3月13日西荻窪駅の線路上に身を横たえました。


著者の下宿には『心願の国』の原稿と17通もの遺書が遺されていたそうです。


水ヲ下サイ
水ヲ下サイ
アア 水ヲ下サイ
ノマシテ下サイ
死ンダハウガ マシデ
死ンダハウガ
アア
タスケテ タスケテ
水ヲ
水ヲ
ドウカ
ドナタカ
 オーオーオーオー
 オーオーオーオー


本書の中の『永遠のみどり』に掲載されている有名な原爆の詩です。

世間の片隅でひっそり支えあって暮らしていた妻を亡くし、「もし妻と死別れたら、一年間だけ生き残ろう、悲しい美しい一冊の詩集を書き残す為に」と『遥かな旅』で綴った著者は妻の一周忌を迎える前に故郷広島で被爆し、それによって被爆の惨劇を後世に書き残さねばならないという使命感のためにもう少し生きようと決心して『夏の花』に魂を投入します。

原爆直後の広島を感情を抑え淡々と描いた『夏の花』は原爆を描いた他の多くの文学作品の中で際立ってすばらしい評価を得て、1948年第1回水上滝太郎賞を受賞しました。


「現代日本文学史上もっとも美しい散文で、人類はじめての原爆体験を描き、朝鮮戦争勃発のさ中に自殺して逝った原民喜の代表的作品集」


被爆の前年に亡くなった妻への哀悼と終末への予感をみなぎらせた『美しき死の岸に』は何度読んでも胸に響く美しくも哀しい作品です。

どの作品も清冽で臆する幼児のような著者の人柄がそのまま文章の中で息吹いていて文が清らかな芳香をもって立ち昇ってくるようですらあります。


広島の平和記念公園内に建つ原民喜氏の詩碑には著者の作品である『碑銘』の中の「遠き日の石に刻み 砂に影おち 崩れ墜つ 天地のまなか 一輪の花の幻」が刻まれています。

著者の没後、同人誌の仲間であった故梶山季之氏らの協力で建立されました。

裏面に刻まれた佐藤春夫氏の追悼文に著者の人柄が表れています。

「原民喜は人がら清純沈鬱に流俗と遭い難い詩人であった。

1951年3月13日夜、東京都西郊の鉄路に枕して濁世を去った。

蓋しその生の孤独と敗戦国の塵勞とは彼の如き霊の能く忍ぶところでは無かった。

遺書17通、先ず年来の友情を喜びさてさりげ無く永別を告げんと記し、うち2通の文尾に書き添へ短詩「碑銘」は思いを最期の一瞬に馳せて亡妻への追慕と故郷壊滅の日を記した力作「夏の花」に寄する矜持と又啼泣とを「一輪の花の幻」の一句に秘めて46年の短生涯を自ら慰め弔うもの、辞は闇に沈痛の情は深い。

遺友人等ために相謀り地を故郷に相し銘記せしめて之を永く天地の間に留めた。

     1951年7月13日夜                遺友中の老人 佐藤春夫記す」


この世界でもっとも恐ろしく酷たらしいものと、もっとも愛すべきものを描いた著書の文章を堪能してください。

四川大地震の発生から3日が過ぎました。

地下の断層が約100キロ、幅約30キロにわたって大きく動いて引き起こされたそうですが、モーメントマグニチュードが7.7、6.9だった阪神大震災の約20倍の規模だそうです。

阪神大震災の被災者である私は紙面に掲載された生き埋めの写真など見るとあまりの息苦しさに目を背けたくなってしまいます。

インターネット上の書き込みで断水するというデマが流され、成都では水の買占めに人々が殺到しているそうです。

11年前の大震災時にも、巨大余震が起こるというまことしやかな風聞が被災者である私たちを不安に陥れた経験があります。


中国政府は交通状況の悪さを理由に、外国の人的支援を受け入れていません。

日本も阪神大震災時、フランスやスイスからの救助申し出に返事が送れたためほとんどの救援隊が着いたときにはすでに3日が経過していました。

生き埋めになった人の生存率は発生後72時間を境に大幅に下がるそうです。

一刻も早く救出してほしいとあせる気持ちでいっぱいです。


そうした中、わが郷土岡山に本部を置く国際医療ボランティアAMDAがいち早く中国国内の医師、看護師ら4人のチームを派遣、医療活動を開始するそうです。

岡山の誇りAMDAがんばれ!!!



さて本日はまたまた北森鴻氏の作品です。

今回の『孔雀狂想曲』はテーマが骨董、古美術の周囲に蠢く人間の欲と策略を暴く骨董店雅蘭堂の店主・越名集治の推理が冴え渡る連作短編集です。


北森氏の経歴に関しては先日ご紹介した『桜宵』で簡単に書いていますので、よかったら読んでください。

      http://yaplog.jp/ashy_ashy/archive/248


舞台は東京下北沢の住宅街の路地にある開店休業状態の骨董品店・雅蘭堂。

骨董店とは名ばかりの扱っているものといえばほとんどが古道具や古民具ばかり、店主越名の開けているのか瞑っているのかわからない細い目の風貌の奥に隠れた並外れた鑑定眼と推理力が、次々舞い込む事件ともいえない厄介ごとを解決していきます。


一応ミステリーに分類されますが、通常の謎解きミステリーとしての面白さより、骨董の魑魅魍魎の世界を垣間見ることができる、そんな面白さが読者人気ランキングの上位につけている理由ではないでしょうか。


★店を訪れた老人を通して明らかになった店先に置かれたアメリカ軍兵士愛用のベトナム・ジッポーの驚くべき秘密と越名の謎解きを描いた「ベトナム ジッポー・1967」

このジッポーが縁で老人の孫娘である高校生の安積が押しかけアルバイターとなります。

世代の違う店主と安積の掛け合いの面白さも本書の魅力のひとつになっています。

★同業者から譲り受けたジャンクカメラを巡って起こった殺人事件を推理するうち、カメラに仕掛けられた謎に迫る越名を描いた「ジャンクカメラ・キッズ」

★兄収一の代理で参加した金沢での蔵開きで競り落とす予定の古九谷を巡っての悪名高い骨董商犬塚との息詰まる駆け引きを描いた「古九谷焼幻化」

★売れた鉱物標本の行方と盗難に遭ったK画伯の風景画の犯人探しの接点に立てた越名の大胆な仮説が冴える表題作「孔雀狂想曲」


「古物商に必要なのは品物の善し悪しを見分ける眼ばかりではない。
五感で捉えることのできない時代の風を読み取る勘もまた、必要な感覚器のひとつといえる」


「競り市。
そこは我々古物商の需要と供給を同時に満たす場所であり、また我々が古物商であることを忘れて、1個のコレクターの心を取り戻す場所でもある。
競りに掛ける。値を付ける。競り落とす。
際限なく繰り返される作業は理性的であると同時に感情的であるし、合理性の中に不合理の真骨頂を垣間見ることもある。
しばしば囁かれる言葉、『市には魔が潜む』とは警句などではない」


そんな競り市に群がる海千山千の古物商たちの丁々発止の現場で眠ったような目で狙った獲物を競り落とし損ねた人がいたらそれが雅蘭堂店主・越名です。


散歩の途中、雅蘭堂をひやかした後、香菜里屋でマスターお手製の肴に冷えたビールのゆっくりした1日を過ごしてみたい、私にとってささやかな夢です。

あるSNSで親しくしていただいている映画好きな友人が最近観た映画の中で特に感動した映画として「君のためなら千回でも」を挙げていらっしゃいました。  

マーク・フォースター監督によって2007年に撮られ、日本でもつい最近公開されて話題になったアメリカ映画です。

私は昨年改題される前の原作『カイト・ランナー The Kite Runner』を読んで、言葉にならない感動で胸がいっぱいになりましたが、その深い感動を文章にすることがあまりに難しく、ブログにアップしないままでいたのでした。


著者はアフガニスタン・カブール出身、1980年にアメリカに亡命し、医師として働きながら執筆活動をしたカーレド・ホッセイニのデビュー第一作、2003年にアメリカで出版され、以後世界52カ国でも相次いで出版、ニューヨークタイムズのベストセラーリストに120週連続でランクインしたそうです。

日本で邦題「君のためなら千回でも」として映画が公開されてから、『カイト・ランナー』は新たにインパクトのある『君のためなら千回でも』と改題されて文庫になったという経緯があるようです。


「12歳の冬、わたしは親友を裏切り、罪を犯しすべてから逃げ出した。
26年後、1本の電話により、わたしは過去を償うために命を懸け故郷アフガニスタンへ--。       
当時のアフガニスタンの現状を鮮明に描き、家族、友情、愛、畏れ、そして救済などの人間の尊厳に、向き合わせる作品」


ソ連のアフガニスタン侵攻を契機にアメリカに亡命し、苦難の末20年後に念願の作家になった主人公アミールが、2001年アフガニスタンの父の友人からの1本の電話をきっかけに今なお深く心に蟠る少年時代に犯した罪を償うため、「もう1度やり直す旅」を求めて9・11前のタリバン独裁政権下のアフガニスタンへの帰郷を決心するところからストーリーが始まります。


その後主人公が少年時代を送る1960年代のアフガニスタン、ソ連軍に侵略されていた頃のアフガニスタン、タリバン政権下のアフガニスタン、同時多発テロのアメリカへと過去を振り返る形で物語が進みますが、記憶の底に決して沈めてしまうことのできない罪を抱いたまま半生を送る主人公の旅に伴走して、読者の私も時代を越えたアフガニスタンをじっくりと味わいます。


ことの始まりは平和なアフガニスタンの象徴ともいえる凧大会、

ソ連侵攻前のアフガニスタンでの裕福な家庭の少年アミールと召使いの息子ハッサンの立場を越えての強い絆が12歳の冬の日の凧大会を境に断ち切られてしまいます。


原題である「カイト・ランナー」、そして映画の題名にもなった「きみのためなら、千回でも!」はこの凧大会での出来事を象徴して名づけられています。



物語のあらすじを書くことは容易いですが、自分が受けた感動をそのまま伝えるには私の語彙は貧しく、拙い筆力を思い知るのはこんな物語を読んだときです。


アフガニスタンという平和な日本とかけ離れた舞台で、民族、親子、友情、宗教など多くの問題を贖罪という核を中心に描いていて、単なる民族の問題ではない普遍性を感じさせる圧巻の物語でした。


だれしも今までの人生で自分の犯した過ちに後悔や罪の意識を持って生きているのではないでしょうか。

そんな私に立ち止まって今までの人生を振り返らせる力をこの本は与えてくれました。


「過ちを償うのに遅きに失した感があろうとも、永遠に償わないよりはずっと良い。
良心を持たない人間は苦しんだりはしない、自分で自分を許す事が大切だ」


映画、小説、どちらでも是非1度ご自身の目と心で味わっていただき、物語の底を流れる澄んだ美しさを感じてほしい、そんな作品でした。

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