VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2008年11月

私が現在住んでいる岡山は周囲の市町村の合併が進み、平成21年4月に念願の政令指定都市として出発することになっています。

それに先行してかどうかは別として来年2月より始まる生ゴミの有料化。

並行して今まで焼却ゴミに区分されていたプラスチックなどの分別もより厳しくなるので、市民への啓蒙のため市は今てんやわんやの様子です。

ビンやペットボトルのリサイクルはそれ以前も推進されていましたが、来年からはより厳しいリサイクル化を目指して市民への協力が求められそうです。


『環境問題はなぜウソがまかり通るのか』でおなじみの武田邦彦氏はペットボトルを例にあげ、リサイクルは焼却するより環境負荷が高くなっていることを次のように挙げていらっしゃいます。

「ペットボトルが、石油からつくられるときのコストは約7.4円なのに、リサイクルするには輸送費などの集荷にまず26円かかります。
それを洗浄、樹脂化、再成形するには1円程度しかかかりませんが、しめて27.4円にもなる。
新品ボトルの3倍以上です。
しかも、輸送の間に、トラックの運転手がお弁当を食べれば、それもゴミになる。かえってゴミが増えてしまう」

また紙をリサイクルするときは、古紙をトラックで回収し、分別後脱墨して漂白するというプロセスで石油などの「枯渇性資源」を大量に使うことを指摘、これら『環ウソ』に対する専門家からの反論も多々あり、市民レベルの私は何を信じていいかわかりませんが、市議会で決まった有料化をきっかけに一足も二足も遅れてゴミについて真剣に考える機会が与えられています。



さて今回は柳田邦夫氏著『石に言葉を教える』をご紹介します。

本書は平成17年に「新潮45」に連載された12のエッセイをまとめて刊行したものです。

「やり直すなら、今しかない! 心と脳が破壊されていく日本人への緊急提言」


「私の頭の中に、このところずっと主題として流れているのは、『言葉』の問題だ。
それは『言葉と心』であったり、『言葉と命』であったりする」

あとがきにある著者の言葉です。


ゲーム機や携帯、パソコンの普及によって青少年の心の形成に深刻なゆがみが生じている危機状態を実際起こった事件などを挙げて指摘、「言葉」を通して人々と触れ合うことで温もりや連帯感を持ってほしい、と書いていらっしゃいます。


表題作でもある冒頭のエッセイ「石に言葉を教える」は机に向かっていた著者の脳裏に突然何の脈絡もなく浮かび、以後頭から消えなくなった情景を描いたものです。

それは東北地方の山間の村の初老の男が渓流の大きな石に向かって13年もの間言葉を教え続けているというもの。

そのうち男は周囲のせせらぎや木々の葉の揺れる音などが自分の語りに調和しているのに気づきます。

それをまた3,4年続けていると、男は石が自分の作り話をちゃんと聞いているような気がしてきます。

さらに進んで石が楽しんだり悲しんだりする反応は自分の感情の変化と連動していることに気づくのです。


上記のような物語が著者の心を占めるようになったある日著者は「もしかして石に言葉を教えることができるのではないか」と固定観念の風穴が少し開くのです。


「もしかして」という可能性を秘めた言葉は著者ならずも万人の胸の底にある希望の光ではないでしょうか。


この冒頭のファンタスティックな発想のエッセイを抜けるとそのあとは種々の日本への提言が溢れています。


「教室の机や柱、校庭の木や彫刻やオブジェなどからどれか一つを、子どもたち一人ひとりに選ばせて、毎月一回くらい、自分の選んだ対象物の前に椅子を置いて座らせ、一時間、対象物に言葉を教える実践教育を行なうのだ。
面白いことに、いつも教えられ覚えさせられるという受け身の授業しか知らない子どもたちが、教える立場にまわると、突然生き生きとしてくるはずだ」


ケイタイやゲーム漬けの日本の子どもたちに言葉を鍛える必要性をこのような形で提言している一方、人を絶望から救い出してくれることもあれば絶望のどん底に投げ込むこともある「言葉」に影響を受け、その後の人生を転換させた人々を登場させていらっしゃいます。

アメリカの医師のある「言葉」によって絶望の淵から生還、ダウン症のわが子とともにその後の生き方を変えたある父親の話。

47歳で多発性硬化症という難病により仕事や前途を断たれ、自暴自棄の生活を送っていたとき、リハビリセンターでサリドマイド薬害被害者のひとりの少女と出会い前向きな人生を取り戻された元企業戦士。

以前このブログでアップしたこともある『僕のホスピス1200日』の著者山崎章郎氏のある患者との約束。

著者自身が翻訳された『エリカ 奇蹟のいのち』に登場するエリカの実話。

どれも心に染み入るような読後感の一冊でした。

先日11月22日は「いい夫婦の日」でしたね。

余暇開発センターが20年も前に制定したらしいですが、最近になって知りました。

世の中が不景気になると家族の最少単位である『夫婦』がにわかに脚光を浴びる傾向にあるような気がします。

Wikiで調べてみたところ、「夫婦」に関する記念日が意外に多いことに驚きます。

4月22日  「よい夫婦の日」
11月23日 「いい夫妻の日」
2月2日  「夫婦の日」
毎月22日 「夫婦の日」


22日の天声人語に熟年の夫婦の意識のズレに関しておもしろい記事が出ていました。

「夫婦一緒の時間を充実させたい」など「夫」から「妻」への片思いが年々増える一方、15%の熟年の妻が夫に「嫌悪、不愉快」を感じているそうです。

あらゆる年代の微妙な夫婦関係を描いて人間通を発揮していらっしゃる田辺聖子氏によれば、「オジサンは司馬遼太郎を読み、オバサンは渡辺淳一を読むようになる」との観察。


朝その記事を読んだらしい夫曰く

「身を粉にして働いた結果、渡辺淳一に魂を盗られようとは・・・まさかお前も!?」

「淳一命だけどそれが何か?」と私・・・ホントは淳一嫌い、遼太郎が好みなのですが。

わが夫も最近急に寄り添い系に転向しようとしているようなので何としてでも精神的自立してもらわなければとアノ手コノ手を使っているところです



さて本日も音道貴子シリーズで。

乃南アサ氏著『嗤う闇』

長短編含めた音道シリーズ第5弾、短編だけでいえば第3弾に当たります。


警視庁第三機捜隊立川分駐所から巡査部長に昇進し、転勤先の隅田川東署でかかわった4つの事件を描いています。

「都会の片隅の狂った住人たち。
動機の見えない四つの怪事件。
貴子のため息が聞こえてくる。
殺人未遂、ストーカー、虚言、強姦」

今回の登場人物である相方の京都大学農学部出身でノンキャリアの玉城警部補、貴子より2歳上で相談相手の鑑識係員の薮内奈苗警部補、そして『凍える牙』でコンビを組んだ皇帝ペンギンの滝沢警部補らが36歳になった貴子にからみながら事件が展開します。


相方玉城警部補とともに金属バットによる主婦殺人未遂事件を追ううち思わぬ犯人像が浮かび上がった「その夜の二人」

元二枚目俳優の老人が起こしたストーカー事件にからめて貴子と相方の見習いキャリア警部補沢木の不協和音とその顛末を描く「残りの春」

偶然飲み会で一緒になったかつての相方滝沢警部補に頼まれて滝沢の娘夫婦のトラブルに関わることになった貴子と滝沢の困惑を描いた「木綿の部屋」

『凍える牙』でさんざん貴子を悩ませた旧態然とした女性観を持つ滝沢刑事の父としての不器用な中に娘を思う気持ちを精一杯抑えた素顔が垣間見える興味深い小品です。

貴子勤務中に発生したレイプ未遂事件の犯人として被害女性から訴えられたのがなんと通報者である貴子の恋人羽場昂一!

被害者である大手新聞社の女性記者はなぜ無実の昂一を訴えたのか?

離婚後の貴子の女心を覗くことのできる表題作「嗤う闇」



刑事音道貴子を語るには欠かせないそれぞれ個性の強い相方とのからみがこのシリーズに大きな魅力を添えています。

なかでも貴子が密かに「皇帝ペンギン」と名づけた滝沢とのコンビ復活を願って次回作を首を長くして待ちましょう。

ニューメキシコ州タオス・プロブロ・インディアンに語り継がれている口承詩のひとつに「今日は死ぬのにもってこいの日」という有名な詩があります。


今日は死ぬのにもってこいの今日は死ぬのにもってこいの日だ。
生きているものすべてが、私と呼吸を合わせている。
すべての声が、わたしの中で合唱している。
すべての美が、わたしの目の中で休もうとしてやって来た。
あらゆる悪い考えは、わたしから立ち去っていった。
今日は死ぬのにもってこいの日だ。
わたしの土地は、わたしを静かに取り巻いている。
わたしの畑は、もう耕されることはない。
わたしの家は、笑い声に満ちている。
子どもたちは、うちに帰ってきた。
そう、今日は死ぬのにもってこいの日だ。



厳しい自然とともに生きるインディアンの楽天的ともいえる大らかな死生観に触れると文明の利器に囲まれた自分はうなだれるばかりです。



「死」については若い時から想像の世界の延長のように思い浮かべることはありましたが、介護している高齢の母を通して迫り来る身近な死の恐怖を自分の身にも投影している昨今です。


プロブロ族の古老のような自然と同化したような大往生はいつの時代でも何人にも理想とされています。



先日朝日新聞の「惜別欄」に掲載されていた自然農法家の福岡正信さんの死はインディアンの古老に重なるような95歳の大往生でした。


故郷愛媛県で信念の自然農法に一生を捧げ、88年には「アジアのノーベル賞」といわれるマグサイサイ賞を受賞されるほど自然の力を借りた農法や世界の砂漠緑化に貢献された方です。


往診の医師に「もう何もせんでいい」と点滴をやめるよう伝え、数日後「わしは今日死ぬる」と伝え亡くなられたそうです。


尊敬する作家吉村昭氏の最期もそのようでしたが、私もしっかり自分の将来を見据えなければと思います。


本日は山田風太郎氏『死言状』をご紹介します。


著者は幼くして相次いで両親を亡くし、戦時中の青春時代、敵機来襲により多くの死に遭遇したことから23歳のとき身近に「死」について考えて以来、直視しないまでも細く長い道が『人間臨終図巻』や本書へと続いたのではないでしょうか。


「臨終の人間『ああ、神も仏も無いものか?』 神仏『無い』
また臨終の人間『いま神仏が無いといったのはだれだ?』
答無し。 ―― 暗い虚空に、ただぼうぼうの風の音」


タイトル「死言状」という聞きなれない言葉から荘厳でやりきれない重々しさを連想しますが、中身の大半は著者が日々のつれづれに感じた雑感を81篇のエッセイ集としてまとめたものです。


それら小品の最後に収録されているのが「死言状」、これは著者の名著といわれている『人間臨終図巻』を執筆しているとき考えたアフォリズムに由来しています。


上でご紹介した臨終の人間との神仏の問答も著者が執筆に関して考えたアフォリズムの一篇で、著者はそれらを「風太郎死言状」と名づけていらっしゃいます。


全3巻からなる『人間臨終図巻』は古今東西900人ほどの人物の死に様を死亡時の年齢順に綴ったものです。


山田風太郎の名を世に知らしめた忍法帖シリーズに関しては未読で感想の述べようもありませんが、『人間臨終図巻』や『あと千回の晩飯』には深い感銘を受けました。


『人間臨終図巻』のレビューはまたの機会にゆっくり書いてみたいと思っています。



さて本書では「死言状」以外のエッセイはとても気楽に読めるもので、その人柄において真面目かつ幅広い魅力を感じさせる文章が詰っています。


在りし日の大先輩江戸川乱歩との交流や、時折挟まれる漱石や鴎外など文豪の逸話など興味深い話が盛りだくさん。


また突き詰めて調べることの好きな性格の延長で、仕事とは無関係にもかかわらず言葉にこだわりを持ち探求する姿はほほえましくもあります。


食に関してはかなりのこだわりを持つ氏、酒の肴にと考案された「肉トロ」、我が家でも作ってみたいと思う一品。


とろけるチーズを牛肉で包んで焼いたものに、ピーマン、トマト、キャベツなどを添えて、生ニンニクをすり、醤油をつけて食べるそう、おいしそうでしょう!


皆さんもいかがでしょうか?


ペンネームである風太郎の「風」は中学時代の不良仲間うちで使っていた符号に由来、著者は「風」そのものや組み合わせて作られる熟語のことごとくが好きで、それが長じてからも本格的にペンネームとして用いてるゆえんである、と記していらっしゃいます。


2001年没、生前自ら決めていた戒名は「風々院風々風々居士」、墓石には「風の墓」と刻まれているそうです。

       昼間の櫂の木                     
先日の浜坂カニ旅行の帰り道、岡山藩主池田光政公により庶民教育のための学校として1670年に創建された日本最古の庶民学校といわれる閑谷学校の楷の木のライトアップを見学しました。

毎年カニの解禁と時を前後して始まり、今年は11月16日で終了する楷の木のライトアップ。

この楷の木は1915年に中国曲阜の孔子林の実をとって育てたもので、今年で93歳になる老木、数年前より衰えが激しく心配されています。

昼間の閑谷学校には何度か行ったことがありますが夜は初めて。

10からのカウントダウンによって一斉にライトアップされた二対の櫂の木の燃えるような神々しさはため息が出るほど荘厳、暗闇の中で多くの見物客のフラッシュが光っていました。



本日ご紹介するのはとてもユニークでヘヴィーな内容の小説、久坂部羊氏著『廃用身』です。

著者久坂部氏は帚木蓬生氏や海堂 尊氏らと同様、現役の医師であると同時に小説家として今ブレイク中
2003年『廃用身』で作家として本格デビュー
2004年『破裂』
2006年『無痛』
 上記3作は専門家ならではの医療ミステリー
2007年『大学病院のウラは墓場』『日本人の死に時』で医療現場からの様々なホットな問題点を提起していらっしゃいます。


さて本書のタイトルである「廃用身」とは脳梗塞などの後遺症による麻痺で回復する見込みがない手足を指す医学用語だそうです。


来るべき高齢化社会を踏まえて、患者であるお年寄の廃用身を次々切断することで介護負担を軽減するのみならず、患者の心身に活気を蘇らせ、QOLを飛躍的に向上させるという画期的な治療法 ― Aケア ― を考案&実施した神戸・北野坂の老人デイケア院長とその行動の顛末を描いた衝撃作となっています

ちなみにAケアとはAmputation(切断)の頭文字をとって主人公の漆原doc.が名づけたもの。 

「Aケアは老人を救う夢の治療法か、それとも院長の個人的欲望を充たすための作業だったのか」

本書は、前半が漆原糾院長の手記、後半がその手記を出版するために奔走した編集者の注記という変わった構成になっています。


最初本書を手に取って「まえがき」を読んだときや巻末のページにある著者名漆原糾を見たときの違和感やつじつまが合わない奇妙な感じを抱いた読者は私だけではなかったと想像します。

まえがきの段階からドキュメンタリー風であったために実際の著者は漆原糾で、それをサポートして編集したのが久坂部氏かと一瞬思ったほどでした。

本書が久坂部氏による創作であるというのを理解するにはしばらくかかりました。


優秀な外科医から老人医療の世界に転じたという主人公漆原の経歴が久坂部氏の経歴と重なるせいもありますが、それほど本書の内容は老人医療に関してリアリティに富んでいて衝撃的でした。


著者はインタビューに答えて本書執筆の動機を次のように語っていらっしゃいます。

「治す医療でなく、治らない人をケアする老人医療に、新しい分野として興味があった。
避けられない老いをどう受け止めるか。
科学で割りきれない哲学的な問題だ。
多くの場合、治るという期待が逆に悩みを深めている。
現実から目をそむけず、納得して次のステップへ進む手助けは新鮮に見える・・・
介護する人の85%は女性で、半数が“老老介護”。
介護疲れからくる老人虐待や殺人、独居老人の餓死がすでに起きている。
少子高齢化が進めばさらに悲惨な事態になる。
現在の介護保険ではとても追いつかない。
思い切った手段が必要だ」


本書には高齢者の抱える問題が山のように提起されています。

主に医療提供者側からの高齢者の様々な病気に対しての無力さや介護現場の悲惨さなどの現実を私たちはしっかり把握することの必要性を感じました。

Aケアに関しては主人公の理由づけが詭弁として宙をさまような感じは拭えませんでしたが、まもなく来る3人に1人が高齢者という時代に備えて避けて通れない老後を目を背けずに直視するきっかけになる物語ではありました。

11月上旬に解禁を迎えたカニ漁たけなわの浜坂に友人3人で行ってきました。

浜坂は松葉ガニの漁獲量が日本一だそうです。

最近では輸入物や北洋物のズワイガニと地元産を区別するためにオスのズワイガニの足に小さなタグが産地別に色を違えてつけられています。

ちなみに浜坂産は水色。

友人のひとりが知っている小さな民宿でフルコースを堪能。

それぞれ種々のストレスを抱えるお年頃の3人ですが、カニのお陰で少しだけ生
き返ることができました~。




折角日本海まで車を走らせたのだからと近くの余部鉄橋を見学。

JR山陰本線鎧駅と餘部駅の間にかかる高さ41.5m、長さ310.7mの鉄橋で、トレッスル式と呼ばれる鋼材をやぐら状に組み上げた橋脚が特徴で、この種の鉄橋では日本一の規模だそうです。


余部鉄橋の名を有名にしたのは1986年の転落事故です。

日本海からの突風にあおられてお座敷列車みやびの7両が転落、橋りょうの真下にあった水産加工工場を直撃し、その従業員5名と乗務中の車掌1名が死亡、6名が重傷を負ったという悲惨な事故でした。

下から見上げると41メートルの高さに架かった鉄橋は周囲に囲うものもなく想像以上の頼りなさで孤独に屹立していて、列車は今でも香住駅と余部駅を11往復しているそうですが、できれば乗りたくないという感じでした。



さて今日はノリにノッている旬の作家重松清氏によるエッセイ『オヤジの細道』です。

2005年から2007年にかけて「夕刊フジ」に週一回連載されたコラムをまとめたものです。

本書で特筆すべきはところどころに挟まれる山科けいすけ氏による一コママンガが重松氏の文章と相まってイイ味を出しています。

ちなみに最後の一コママンガは山のかなたへの細道が描かれていて「オヤジの旅人のみなさん 旅に病んだりしないで 『ジジイのほそ道』でまた会いましょう」と結んでいます。

なんと頼もしいけいすけ氏の言葉!


重松ファンの方には申し訳ありませんが、本書には『その日のまえに』などで読者を泣かせた正統派&誠実人・重松氏はほとんど見当たりませんので、ご了解の上お読みください。


このコラムの書き手はデブでミーハー、カトちゃん&ケンちゃん世代のテレビっ子のおバカ(ご本人の弁)、四六時中仕事に追いまくられているシゲマツ氏、ルポやインタビューを手がけていた雑誌の元ライターだったギョーカイの名残りがそこここに見られる軽妙洒脱、コトバを変えれば軽佻浮薄(な人柄ではありません、文章です、誤解されませんように)。

でもこの軽妙な書きっぷりが最高におもしろいのです。


コラム連載の前口上に芭蕉の『奥の細道』を持ち出して、「『奥の細道』の旅は芭蕉が江戸に帰ってきたところで終わる」と書いて、読者に「江戸」ではなく「大垣」と指摘され、次回の号でしょげ返りながらも作家にあるまじき調べの甘さや知識の詰めの甘さをネタに連載一回分の原稿を書いて、自分をアッパレと締めくくるオヤジ道にはのっけからまいりました<(_ _)>


これから始まる戦々恐々の裁判員制度に関するコラムも傑作!

呼びかけ人嵐山光三郎さんが名を連ねた裁判員制度に反対する集会で演壇に立つ嵐山さんの後ろに場違いなさえないオヤジが座っているのを新聞紙上に発見したシゲマツさん、目を疑ったそうです。

その人は「脱力系」の代表格ともいうべきマンガ家の蛭子能収さん、こんなテンパッた場にはどう考えても不釣合いと思っていたところ、蛭子さんの次の発言に脱帽したそうです。

「私は行きたくない。自由がいいんですよ。嫌々行ったとしても『早く終わるなら、皆さんが言われた通りでいいです』と言います」

蛭子さんはギャグでそんなことを言ったわけではなくマジだからこそ、そのヘタレな本音が、みごとな普遍性を持つのである、とシゲマツさんは締めくくっておられます。


「われらオヤジも力んでカッコつけるんじゃなくて、蛭子さんにならって、せめて『ちょい抜け』ぐらいの脱力感は持ちたいものである。昔はそれをオトナの余裕と呼んだんだしさ」

昨夜筑紫哲也さんの「ガンとの闘い500日」が放映されましたね。

生前それぞれ交流の深かったゲストの立花隆さん、田原総一朗さん、姜尚中さんが筑紫さんの人となりを語られていましたが、これからの日本を正しい方向に導く見張り番としての大切な大切な人を亡くした喪失感に溢れていました。

生涯最後となった「多事争論」、心に沁みました。

闘病途上に「いつかきりをつけねばならないと思うときもある」と語られていましたが、最期まで治療を投げ出さず、社会の多事にも目を向け続けた氏の真剣に生きる姿勢に涙が溢れました。


私たちは長い人生のうちにはいろいろな別れを経験します。

それが身近な人であればあるほど立ち直れないほどの悲しみに見舞われるのはいうまでもありませんが、何かのきっかけで知り合った人や一方的に心にとめている人でもこのように別れは切なく心にとどまります。


誰しもいつかはきりをつけるときが必ず来るとはいえ、人との別れにいつまでも慣れることができないでいます。


本日ご紹介する物語も著者が経験された切ない別れなどを題材の4編の短編集です。

大崎善生氏著『優しい子よ』

著者大崎氏は将棋連盟で編集の仕事に携わっていた2000年、幼い頃からネフローゼと戦いながらA級棋士のまま20代の若さで亡くなった天才棋士村山聖の人生を綴ったノンフィクション『聖の青春』でデビュー、第13回新潮学芸賞

2001年将棋連盟を退職後、無名の奨励会員を題材の『将棋の子』で第23回講談社ノンフィクション賞

2001年『パイロットフィッシュ』で第23回吉川英治新人文学賞をそれぞれ受賞していらっしゃいます。

本書には表題作「優しい子よ」のほか、「テレビの虚空」「故郷」「誕生」の4編が収録されていますが、著者自身が体験されたことを元に綴られたノンフィクション小説です。


著者の妻である女流棋士の元にある日届いた一通のEメールをきっかけに不治の病に侵された9歳の少年と妻との3ヶ月という短いが濃密な交流を描いた「優しい子よ」

著者のデビュー作『聖の青春』の放映が縁で知り合った名プロデューサーとの出会いからその死までを優しく見つめた「テレビの虚空」と「故郷」

47歳の著者に突然授かったわが子の誕生を通して、幼くして死ななければならなかった少年の死の意味を問う「誕生」


ひとりの少年との出会いから始まり、ひとつの生命の誕生で終わっているこの連作は間に少年や尊敬する大先輩の死を挟んで構成されています。

死と生という人生の両極にあるもをテーマに、ともすれば重くなりがちな題材を明るい未来へ解き放ったようなそんな印象を受ける物語。


「いつかそのことをわが子に伝えよう。
死の間際に追い込まれながら、お母さんの足を真っ先に心配してくれた10歳の少年がいたんだ。
凄いだろう。
勇気って、優しさってそういうものなんだ」

生まれ来る息子への呼びかけに著者の優しさが伝わってきます。

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