VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2008年12月

The time flies like an arrow.

「光陰矢のごとし」をとみに実感しているここ数年です。

年末まであとわずか、日頃はのらくらですが私としては珍しく大車輪!

母の介護の日課に加えて我が家と母の家の片付けと料理に明け暮れる毎日です。

年末年始ラクをしたいという不純な動機で、冷凍&保存できるものなどを作っては保存という作業を繰り返しています。

ところがそんなここ1週間の間に2度も火災報知器を作動させてしまいました

このマンションに引っ越して4回、鳴り響く警報に慣れるどころかパニック状態でoffを押せども押せども解除できないのもいつものこと、しばらくすると警部保障の方が駆けつけてこられました。


日本酒やワイン、みりんなどのアルコール含有物系に反応するのは知っていて用心していたのに・・・

ここ1週間のうちの1回目は「大根、しょうゆ、砂糖、しょうが、梅干」という材料にどう反応したのか、警備員の方も首を傾げるばかり

2回目の昨夜は電子レンジで煮豚をしていたとき・・・しょうゆと日本酒とみりんの調味料液で低温長時間レンジの最中。

換気扇は「強」にしていたのですが、あまりに寒いしうるさいので「弱」にした途端 (-_-;)

寒い中駆けつけてくださった警備保障の方に平身低頭


「私みたいなバカな主婦いないでしょう?何度も本当に申し訳ありません」

「いえいえ、今の時期おかげさまで商売繁盛、西に東に走り回らせていただいています」

こわくてごまめも作れません(-_-;)



さて今回は古~いところで五木寛之氏著『冬のひまわり』です。

リニューアルされたポプラ文庫を見て手に取りました。

恋愛小説はあまり好きな分野ではありませんが、前回の『切羽へ』に続き、著者の「思い入れ深い恋愛小説」レビューをほんの少し書いてみます。


「夏が巡るたび、深まる想い—。
20年にわたる男女の愛の軌跡を、透明なタッチで描いた恋愛小説」

舞台は鈴鹿サーキット、現在老朽化による死亡事故多発で名物F1は富士スピードウエイに移行していますが、そのF1華やかりし頃よりもっと以前八時間耐久オートバイレースが最大のフェスティバルだった頃の物語です。

その3日間の若者の熱狂を集めた鈴鹿サーキット場の中でもある特定の場所 ― 走っているライダーたちは見ない、勝者だけが幻のように見る、という伝説の場所・・・背後に海の見える観客席のある場所 ― 鈴鹿で初めてに出会い、その後逢瀬の場所として年に1度のその場所での再会にすべてをかける透と麻子の物語。


「走る側の連中はレースに熱中している。
スタンドの観客たちはみな見ることに熱中している。
だが、ぼくたちは走るためにでもなく見るためにでもなく鈴鹿へいく・・・
みんながコースに集中している中で、ぼくらだけはそうじゃない。
お互いに、お互いだけをみつめあっている」

お互い幾多の人生の変遷を経てもなお通い続ける鈴鹿への思いに20年というときを経て、ひとつの答えを導きざるをえなかった麻子の哀しみと安堵がまっすぐ読者の胸に向かってきます。


「決断」とはいくつかの選択肢から1つを選ぶという行為だと思いますが、裏を返せば多くのものを捨て去ることでもあります。

深い悲しみと前向きな勇気が必要とされる決断というものをしっかり見せてもらいました。

何気なくテレビを観ていたら、広島カープの本拠地広島市民球場がなくなることを記念して過去に大活躍した選手として大野豊投手と津田恒美投手の軌跡をたどる番組が再放映されていました。

私は夫の転勤で広島県の西に位置する福山市にしばらく住んでいた時期があり、それがちょうど古葉監督率いる赤ヘル軍団全盛期の時代でした。

代々トラキチを受け継いでいた私たちでしたが、「郷に入れば郷に従え」とばかり俄かカープファンになり熱狂したものでした。


1970年代後半から1980年代にかけて活躍、3度目のリーグ優勝に貢献、試合連続26セーブ達成という偉業を達成した若き大野豊投手が私たちの若い時代とダブって蘇り感無量でした


ちょうど10年前「わが選んだ道に悔いはなし」という言葉を残して22年間の投手生活を終えた大野豊さんですが、高校卒業後2年間地元の信用金庫で行員として顧客に信用を売る日々の積み重ねがあればこそその後の厳しい選手生活を全うできたと語っていらっしゃった言葉が印象的でした。


もう1人は野球人生途上で脳腫瘍のためこの世を去った直球勝負の投手人生を貫いた津田恒美さん。

彼に関してはこのブログで『もう一度、投げたかった』のレビューで触れていますので読んでくだされば嬉しいです。
            http://yaplog.jp/ashy_ashy/archive/208


NHKスペシャルで以前観たときも涙なしでは観られませんでしたが、今回もあふれる思いなしでは観ることができませんでした。

図らずも人生の苦難に遭遇したとき投げ出すことなくやり遂げなければという大切なことをいつも教えられるのです。



さて本日は第139回直木賞受賞作品 ― 井上荒野氏著『切羽へ』です。

異能の作家といわれた井上光晴氏の長女として生まれ、児童文学翻訳家としてスタート、フェミナ賞、島清恋愛文学賞、吉川英治文学新人賞、そして直木賞受賞という充実した作家への道を着実に歩んでいる著者の簡単な経歴&『森のなかのママ』のレビューは下記に記していますのでよかったら見てくださいね。

       http://yaplog.jp/ashy_ashy/archive/272

「静かな島で、夫と穏やかで幸福な日々を送るセイの前に、ある日、一人の男が現れる。
夫を深く愛していながら、どうしようもなく惹かれてゆくセイ。
やがて二人は、これ以上は進めない場所へと向かってゆく。
宿命の出会いに揺れる女と男を、緻密な筆に描ききった美しい切なさに満ちた恋愛小説」


本の帯のフレーズを心に留めて読み進むうち、フレーズを通して自分の思い描いていた内容との大きな落差に戸惑ったままで読了しました。

「切羽」を「せっぱ」と読み、「せっぱつまった」という熟語からくる連想が男女の行き場のない恋愛へと私の中で既成の図式ができあがっていたのでした。

ここでの「切羽」は「きりば」、「せっぱ」と読む「切羽」も「きりば」と読む「切羽」も著者が意味するところは「それ
以上先へ進めない場所」。


舞台はかつて栄えた炭鉱の跡の廃墟がある小さな島。

「切羽?」

「トンネルを掘っていくいちばん先を、切羽と言うとよ。
トンネルが繋がってしまえば、切羽はなくなってしまうとばってん、掘り続けている間は、いつも、いちばん先が、切羽」


著者の父である井上光晴氏が若き頃炭鉱夫として働いた長崎の島を舞台に、小学校の養護教諭30代のセイの一人称語りで物語が進みます。

特に何が起こるでもない島での日常で画家の夫と平穏な日々を過ごしているセイ。

そんなセイの前に音楽教師として石和という若い男が赴任してきます。

会った瞬間から惹かれあう2人の心奥深い秘め事は奔放な性を謳歌しているような同僚の女教師月江、島の老女しずか、そして夫にさえも見抜かれます。


入院中のしずかを見舞うセイに向かって老女は容赦ない言葉を投げかけます。

「昨日、あの人が来らしたよ」
「あの人?」
「そう。あんたの、いい人」


新学期が始まろうとする3月の石和の赴任から4月、別れまでの淡い水の流れのような季節の移ろいの中で1つの惹かれあう心が芽生え、その気持ちを取り出して相手、そして自分にすら問うことすらしないで終焉を迎える、ただそれだけの物語。


清冽とエロティシズムが交差してなお清々しさの残る不思議な物語といえるでしょう。

九州の土地の言葉がこの清々と流れる水のような透明なキャンパスに思わぬ豊かさと懐かしさを塗りこめているような効果、この著者の力量を感じました。


あえて書かない濃厚な感情表現を余白から読み取ることのできる、恋愛小説というにも官能小説というにも似つかわしくない、それでいて官能的で美しい物語でした。

先日の朝日新聞の「ひと」欄に戦後60年の政治家の発言を日本語研究に応用するための研究を続けていらっしゃる松田謙次郎さんの記事が出ていました。

「政治家のことばは直接話しかける相手より、常にその向こうにいる聴衆のような存在を意識しているように思える」

松田さんにいわせると現在迷走発言の数々で注目されている麻生首相は研究対象として余計なことをいっぱいしゃべってくれそうな「有望株」だそうです。

麻生首相の数々の問題発言はさておき、経済の急激な冷え込み、それに付随する大きな波紋への熱心な手当てを早急に本気でお願いしたいと切に願っています。

首相のユニーク発言で思い出しましたが、あまり英語がお得意でない森元首相と米元大統領クリントン氏との会談での冒頭の会話。

覚えていらっしゃる方も多いと思いますがあまりにおかしいので再現してみます。

森氏 「(How are you?と言おうとして間違えたのか)Who are you?」
クリントン氏 「(一瞬間があって)I’m Hillary’s husband.」
森氏 「Me,too.」

クリントン氏、さすがジョークで鍛えられたた米国民ですね。

でも森氏はいくら体育系とはいえど How と Who の区別くらいはつくはず、これをジョークと取ればクリントン氏のジョークをはるかに凌ぐすばらしい出来栄え、座布団10枚分はあります!



さて本日は第17回柴田錬三郎賞受賞作桐野夏生氏著『残虐記』をご紹介します。

芥川受賞作『顔に降りかかる雨』、直木賞を受賞した『柔らかな頬』などの村野ミロシリーズのファンでしたが、『OUT』のあと『ダーク』『グロテスク』でどんどん作風がグロ化したのに嫌気がさしてしばらく読む気がしませんでしたが、図書館で目に留まりつい手を出してしまいました。


世間を賑わした東電OL殺人事件を題材にした『グロテスク』と同様、本書も新潟柏崎少女監禁事件という話題性に富んだ事件をモチーフにしていますが、内容的には『グロテスク』と同じく、これほどまで究極に人間の心の毒を浮き彫りにし、そしてデフォルメする想像力を持って筆を起こす力に驚嘆する思いでした。

とにかく両者とも非常に読後感がよくない小説でした。


「汚れた男の爪、饐えた臭い、含んだ水の鉄錆の味。
性と暴力の気配が満ちる密室で、少女が夜毎に育てた毒の夢と男の欲望とが交錯する。
誰にも明かされない真実をめぐって少女に注がれた隠微な視線、幾重にも重なり合った虚構と現実の姿を、独創的なリアリズムを駆使して描出した傑作長編」


監禁のあと救出された少女に注がれる世間の好奇な目、そして究極はもっとも身近な両親の憐れみや疎外などを含んだ複雑な目から自分を守るため、犯人と過ごした1年間を自分の想像力を駆使して自分流に総括するのです。

人間の心の奥深く潜む毒素を概念的に取り出しては粉々にするという繰り返しの作業で次第に鋭い感性を養った少女は長じて小説家としてデビューします。

そしてついに久しく封印していた事件そのものの具体的な記憶が最近出所した犯人からの手紙によって激流のように甦るのです。

複雑ですが、35歳の彼女が事件を題材に書いた手記を彼女の失踪後夫が出版社に送るところから始まっているというユニークな構成になっています。

監禁されていた間もその後の人生でも彼女にとって「想像力」が天使と悪魔の役目を担っているようでした。

よくも悪くも「想像力」というコーティングなくして人生を生きられなかったのは彼女だけではありません。

先日アップした『悪童日記』の「ぼくら」も『アンネの日記』のアンネも現実から浮遊した「想像力」によってのみ生き延びることができたと確信します。

この物語からこのようなことを読めたのが唯一の救いではありました。

私が住む岡山市では来年2月から生ゴミが有料化、それに伴ってゴミの分別がより厳しくなることを考えると頭が痛い毎日です。

私は阪神大震災によって壊れた大半の家財道具を処分して以来モノに対するこだわりが薄くなり、以後simple lifeを心がける毎日、ゴミの分別もそれなりに実行しているので慌てることはあまりありませんが、毎日介護に通っている高齢の母は戦争を体験しているせいか、あくまで個人の特質か、モノに対する執着がとても強くあらゆるものを蓄財していて周囲の目からみたらゴミの山に埋もれているようです。

母がまだ自分で動けるうちは私がゴミ袋を作りゴミ置き場に捨てるとあとで必ず袋を持ち帰るということを繰り返していましたが、寝たきりになった現在は母に知られないように外回りの不用品を解体したりしてゴミ袋を作るのを日課にしています。

母の頭の中には「捨てる」という文字がないのではと想像するくらいにすべての空箱や包装紙、何十年も前の薬類、壊れた電化製品などが処分を免れています。

母がまだ元気なときに身の回りを片付けるようどれほど懇願したかわからないほどですが助言は全く受け入れられず、寝たきりになった最近では介護の人々が介護しにくいほどのベッド周りになり、みんなで有無を言わさずベッド周りだけ片付けたのが1年ほど前。

ゴミ事情を話しても理解できる年齢を超えている母なので母の見えないところで毎日せっせとゴミ袋を作っています。



さて本日はアゴタ・クリストフ著『悪童日記』をご紹介します。

著者は1935年ハンガリーに生まれ、1956年ハンガリー動乱時に夫と共に西側に亡命、スイスのヌーシャテルで幼子を抱えて時計工場で働きながらフランス語を学びながら文盲を脱しフランス語で書いた初めての小説が本書です。

その続編『ふたりの証拠』、『第三の嘘』で完結した双子の残酷な物語は全世界の読者に衝撃的な読後感を与えました。


私はこの三部作を10年ほど前に読み、最近また書庫から取り出して再々読しました。


このブログでも『昨日』のレビューを著者の簡単な経歴とともにアップしていますのでよかったら読んでください。
              http://yaplog.jp/ashy_ashy/archive/143


21歳という多感な年齢でハンガリーから亡命し、母国語を廃して不本意な敵語であるフランス語を話さなければ生きていかれなかった著者の文学は「亡命文学」というジャンルで呼ばれています。

『悪童日記』から『昨日』まで常に亡命者を主人公としていますが、著者の描くそれは亡命者に限定しない普遍的な人間の孤独がテーマになっているように思います。


本書『悪童日記』では特定された地名や人名は意図的に排除され、語り手である双子の主人公「ぼくら」の冷静な目を通して映しだされた「事実」のみが徹底的に抑えられた文章で綴られ、すべての想像は読者に委ねられています。

ということでハンガリーと想定される戦時中の場所を舞台に激しい空襲を逃れて「大きな町」から「小さな町」に住む「おばあちゃん」のもとへ預けられた双子の兄弟が過酷な環境の下、徹底的に感情を排除し、自己を閉ざすことで「生き抜く」という唯一の目的に向かう物語です。

「ぼくら」は人生の不条理、人間の心に潜む醜さ、憎しみや悲しみなどの現実に目を背けることなく淡々と日記に記すことで過酷な現実を乗り切る糧にします。


淡々と簡素に書かれていればいるほど日記の文章を通して「ぼくら」の置かれている人生のすさまじさが苦しいほどに心にまっすぐ向かってきます。

「悪童」という名に秘められたすさまじいまでの悪事に見え隠れする逞しさと真摯な生き様は平和の中で生きる自分の基準からはとてつもなく大きくはずれていながらその中にシンプルな純粋な生を見ることができます。


受け止めるにはあまりにも過酷な経験を通して人々は「忘却」という能力を駆使して経験そのものの記憶を排除することを潜在的に選ぶといわれていますが、「どんなことも絶対に忘れない」という厳しい選択をあえてした「ぼくら」の強さは圧倒的な力をもって迫ってきたのでした。

そして衝撃的な結末で物語の幕が下がります。

何度読んでも新たな思いが溢れる作品です。

未読でしたら是非どうぞ!

 

夫に誘われて神戸市博物館カミーユ・コロー展を観てきました。 

絵画鑑賞は私たち夫婦の数少ない共通の趣味なので日本各地の美術館には積極的に出向いています。

今回のコロー展、副題が「光と追憶の変奏曲」、ルーブル美術館の所蔵品を核に80点近いコロー自身の作品のほか、彼の影響を受けたモネ、シスレーやルノワールなどの作品が数点展示されていて見ごたえがありました。

上の写真は代表作「モルトフォンテーヌの想い出」と「真珠の女」ですが、屋外でのスケッチをもとに記憶のなかから訴えかける想い出の光景を再構成するという手法からうかがえるように、ほとんどの風景画が「懐かしい想い出」というフィルターを通して描かれていて私たちの胸に叙情的に訴えかけてくるようでした。

私は絵の好みが激しく、細部にわたって描写した写真さながらの風景画は好みではありませんが、コローの独特のあいまい感のある木々とその間から射し込む光の描写は私の中の「追憶」をも呼び戻す不思議な力が感じられる作品でした。



さて今回は重松清氏&渡辺考氏著『最後の言葉』をご紹介します。

副題「戦場に遺された二十四万字の届かなかった手紙」、作家重松清氏とNHKディレクター渡辺考氏による共著です。

太平洋戦争に従軍した日本兵の手紙や日記、遺書を60余年の長い時を経て遺族に届けるという企画の元作られたNHKハイビジョンスペシャルのドキュメンタリー番組制作の工程に沿って綴られたのが本書です。


ワシントン国立公文書館に保存されていた機密扱いのサイパン従軍日本兵の手紙や日記を翻訳した20あまりの文書、そしてオーストラリアの国立戦争記念館に保存されていたニューギニア従軍日本兵によって遺されてい太日記などを元に、上述の両氏がかつての戦場の跡をたどりながら手紙や日記の検証をしていくという形で進んでいきます。


そして圧巻はそれら、肉親や子ども、恋人に向けて綴られた手紙や日記を届けるという使命の元苦労を重ねて探しだした遺族との対面場面です。


重松氏によって名づけられた戦場で書かれた「小さな言葉」の数々が時空を超えて私の心深く切なく胸に迫ります。

「あと一日か二日で最期を迎える。
何も思い残すことはない。
できる限りのことは行った。
私の心はおだやかで満ち足りている・・・

わが妻、シズエへ。

何も言い残すことはない。
君と結婚して十七年がたった。幸せな思い出に満ちた十七年だった。
来世への思い出でこれ以上のものはないだろう。
君になんとか恩返しをしたかった。
感謝の気持ちでいっぱいだ。
これまで過ごした年月に対し、君になんと礼を言えばいいのかわからない。
体を大切にして、末永く充実した人生を送ってほしい。

コン、マサ、ヤスへ。

強い正直な日本人になってくれ。
将来の日本を担ってほしい。
兄弟どうし、互いに強力しあい、全力を尽くしてお母さんを助けてあげてくれ」  

サイパンで散った海軍大佐ナガタカズミさんの言葉です。


取材班は苦労の末ナガタさんの遺族を見つけます。

95歳になった妻シズエさんへ60年前に夫が記した最後の手紙を渡すことに対しての重松氏のためらいに似た躊躇はシズエさんの感動の涙によって払拭されます。

「思い出をいただいて、こんな嬉しいことはありません。最高の宝物をいただいた思いです」

これを境に高齢のシズエさんの意識は現実から遠ざかりますが、正常な意識の最後に最高の喜びを受け取ることができたことに思わず安堵しました。


序章と終章を挟んで第四章からなる本書ではナガタカズミさんを初めとして4人の兵士とその遺族の物語が綴られていますが、終章では一冊の日記帳がきっかけである定時制高校の生徒たちとこれら「小さな言葉」との感動的な対面の様子が綴られています。


兵士たちの言葉を通して生徒たちに「命」の重さと尊さについて考えてほしいとの願いから実現したこの授業によって60年前の戦場の言葉は「いま」を生きる若者たちにしっかりバトンタッチされます。


こうして重松氏を中心にしたNHK取材班の戦争の跡をたどる旅は終わりを告げます。


この一冊が名もない兵士たちの手紙や日記だけの羅列だったとしても深く心に残る作品となったことでしょう。


夫の所属する油彩画グループの作品展が先週開催されていました。


グループの世話役をしているので新聞社などへの掲載依頼や名札、案内状、お礼状の作成など忙しい2週間がやっと終わりほっと一息。


絵を鑑賞したり、描いたりするのが好きな夫が定期的に油彩を習いだして3年、2週間に1枚のペースで完成するので、それでなくても狭い部屋がキャンパスで溢れかえっています。


以前できのよくないのは思い切って処分することを提案したばかりに不機嫌になられた経験から恐ろしくて口にできませんが、最近では古キャンパスを削って描く絵が思わぬ味が出ることに気づいてからはよくリサイクルしています。


夫の趣味は私にとって歓迎すべきことなので精一杯応援していますが、作品の感想を必ず求められ、いくらほめても満足せず、逆に正直に答えると必ず不機嫌になるのが困りもの


「オレはほめられて伸びる性格なんだ、そこんとこちゃんと把握して」


今更伸びても引き取り手のない作品がただ増えるばかり・・・のような気もしますが、70代後半で初めて絵筆を持ち、80歳でその才能が認められたアメリカの有名なグランマ・モーゼスのような人もいるのだから可能性はなきにしもあらずでしょうか??


X’masに思いきってベレー帽とパイプをプレゼントしたら才能を開花させるきっかけになるかも。


「ベレー帽とパイプにスケッチ旅行費と助手席に女性が思わず乗りたくなるような車を頼むわ」と夫。


どうやら遅咲きのグランマ・モーゼスや東山魁夷ではなく大久保清を狙っているような。


作品展にはゴルフ仲間など何人かの知人に来ていただいたようですが、誰一人作品をほしがる人がいないのは悲しいかな、、私としては少しでも部屋を広く使いたい、そんな思いで奇特な里親の出現を待っています。




本日はなかにし礼氏著『戦場のニーナ』をご紹介します。

ブログを通して親しくしていただいているトコさんの読書日記に書かれていた感想を読んで興味を惹かれていました。

先日図書館で検索したところ在庫していたのを借りてきて一気読みしました。

トコさんがご自身のブログ「マイライフ」で的確かつ過不足ないあらすじ&感想を書いていらっしゃいますので読んでいただければ全体像がつかめます。

   http://ttfuji.exblog.jp/7106369/

1998年発表した小説『兄弟』(第119回直木賞候補)を皮切りに
2000年『長崎ぶらぶら節』(第122回直木賞受賞)
2001年『赤い月』
2002年『てるてる坊主の照子さん』
2003年『夜盗』
2005年『戦場のニーナ』 など60歳から精力的に小説やエッセイを執筆していらっしゃいますが、人生の前半の立教大学在学中にシャンソン作詞家として『知りたくないの』でデビュー、以降『港町ブルース』『今日でお別れ』『人形の家』『北酒場』『風の盆恋唄』『わが人生に悔いなし』『時には娼婦のように』など数え上げればきりがないほど誰でも口ずさむことのできる有名な歌謡曲のヒットメーカーとしての長い歴史があります。


さて、父親の仕事の関係で中国黒龍江省牡丹江市で生まれ移動先のハルピンから8歳で引き揚げた著者の体験を描いた小説に『赤い月』がありますが、本書もその生い立ちを色濃く投影させた小説といえると思います。

ソ連軍戦車隊に攻め込まれた牡丹江でロシア軍の大尉によって救出され、奇跡ともいえる生還を果たしたひとりの幼子のその後の数奇&苛酷な60余年の人生が描かれています。

チェホフの『かもめ』の主人公の名をとった「ニーナ」、家族名は戦場を意味する「フロント」、心あるロシア軍兵士によってこうして「ニーナ・フォロンティンスカヤ」 ― ロシアで見つかったただ1人の日本人残留孤児 ― ニーナがこの世に甦ったのです。


自分のルーツ探しに一生を費やすことを余儀なくされたのはニーナのみならず多くの残留孤児の存在で明らかになっています。

日本に生まれ、戦争を知らず、日本人として平和に守られて過ごしている私には、両親の顔や自分の誕生日すら知らず、自分のアイデンティティを求めて半生を彷徨する姿は想像を絶するものがありますが、自分のルーツが混沌としていることへの寄る辺ない哀しみや孤独感、疎外感に深く胸を揺さぶられました。


腕にあった日本式種痘の跡によって日本人としてのアイデンティティをやっと獲得したニーナに 日本ウラル友好協会の日本代表のフクシマ・ヒロシの尽力によって祖国への一時帰国の機会が訪れます。


そしてクライマックスは若き一時期激しく愛し合いながら密かに画策していた亡命という裏切りによって突然離れていったユダヤ人音楽家ダヴィッドとの日本での運命的な再会。

ダヴィッドとの短い逢瀬で彼に向かったニーナの言葉は苦しみの半生を乗り越えてきた魂の叫びともいえるものでした。

「あなたは私に命の喜びを教えておきながら、その命そのものを否定しようとした」

「ニーナ・・・・・・すまなかった」

「ダヴィッド、私があなたに言ってほしいのは、ありがとうなの。
その一言を言ってくれたら、あの時の私の人生にも存在意義があったと思えるのです。
さもないと、あのあとにつづいた私の人生のすべてが虚構になってしまうんです」


なかにし礼氏の小説は『兄弟』『赤い月』に続く3冊目、いつもながらの充実した筆力には感服していますが、本書で上述したダヴィッドとニーナの一時の情熱的な恋愛を著すためとはいえ冗長にすぎるような長く激しいベッドシーンに果たして必然性があるのかどうか、疑問を感じずにはいられませんでした。

皆さんはどう思われたでしょうか?

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