VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2009年02月

目覚めて何でもできそうに思う朝はすてきです。

1年のうちそんな朝は数多くはないけれど、あふれている前向きな気持ちを心という容器から少しでもこぼしてしまわないようにあわてて行動します。

といっても平凡な主婦の私がすぐ実行することといえば、料理とか暮らし方の工夫とか・・・意欲あふれる人からみたら取るに足らないことばかりなのです。


今朝はそんなちょっといい朝だったので、起きる前からいろいろやることを決めました。


まず、現実的に差し迫った確定申告。

ささやかな内職をしている分も含めてちょっとした旅行の足しになる還付金です。


そして2種類の天然酵母パン、にんじんパンとくるみパンを焼きました。


それから気になっていたこと・・・母の高額な介護費用の減免のことを聞きに市役所へ。

母に関連する気の重かった用事を3つ。


出たついでに大量に買ってきた野菜の下処理。

お昼は久しぶりにちらし寿司を作りました。


ついでに夕食の下拵え。

生きのいい豆あじを見つけたので南蛮漬けに。
5種類のきのことキャベツと豚バラで重ねなべに。
ニンジンとショウガご飯、ピリ辛コンニャク、ゴボウ&ニンジンのキンピラなどなど。


作りたくて作る食事と、仕方なく作る食事とでは雲泥の差があるような気がします。


365日が主婦の私は比較的料理が好きとはいえ、何とも面倒なことが多々ある失格主婦ですが、時間があってなおかつ前向きな気持ちのときは1日中保存食や試してみたいものなどを作っていることもあります。


というわけで今日はそんな小さな仕事に幸せを感じた日でした。




「お湯の沸く感じ、小松菜のゆだる香り、
さっと冷たい水に戻したときに沸き立つような緑-。
ゆで上がった小松菜を一本いっぽんそろえながら、
しあわせはこういうところにあるのだと思った」


「洗濯物を取り込むときは、洗濯物についたお日さまの匂いを
嗅ぐことを忘れなかった。
ここにも たくさんのしあわせがしまい込まれていた」


認められない病に苦しみながら人生の半分以上も病とともに生きてこられた生命科学者柳澤桂子さんの著書にこんな小さな幸せの言葉を見つけました。


柳澤桂子氏著『いのちのことば』


「朝の光が射しはじめ、障子が白く浮き上がったとたんに心の中に一瞬火が燃え上がった。
激しいめまいとともに悲しみはあとかたもなく吹き飛ばされていた。
目の前に赤々と続く一本の道が見え、言葉にあらわすことのできない満ち足りた気持ちに包まれた。
一転、希望と幸せの絶頂に立ったのである」


三菱化成生命科学研究所主任研究員として、ハツカネズミの先天性異常の研究が軌道に乗った40代半ば原因不明の病気で退職を余儀なくされますが、以後苦しい病床の床でサイエンスライターとしてたくさんの著書を世に出していらっしゃいます。


本書はそんな著書の中からいのちのことばを選んで、「病の章」「家族の章」「いのちの章」「心の章」「老いの章」からなる1冊の本にしたものです。


どのページを開いてもきらきらひかる言葉の数々が立ち上がってきて心の中に希望の灯火を灯してくれます。


「医師が病気として認めないということは、
病人としての権利をあたえられないばかりではありません。
苦痛を訴え、愚痴をこぼす人間として、
その品性までもが疑われるということになります」


「病気の原因が精神的なものであるといわれたことではなく、
精神的な原因で病気になるような人には
手を貸す必要がないという態度で接せられたことである」


「医師はそのひとの 人格以上の 医療はできないものである」


「もし、病気をしたことで、学んだことがあったとすれば、
何の価値もない自分であることを肯い、
何の意味もない人生を生きることを
喜びとすることを学んだことであろう」


「いのちは、それをもっている人の物ではありません。
家族も医師も友人も含め、みんなの物です」


「苦しみも悲しみも 私の心のなかにあるものである。
苦しみを苦しみにしているのは、ほかならぬこの私なのである」


「ひとはなぜ苦しむのでしょう・・・・
ほんとうは 野の花のように わたしたちも生きられるのです」


「心配は自分が作り出しているものです。
嫌いだとか、辛いとか、全部私のせいなのです。
その原因を相手に求めていたのは まちがっていると気づきました」


「『自分』という考えさえも捨て去ったときに、その人にとってのまことの生が
おのずから姿をあらわしてくるように思われる。
そこには、生きる喜びが満ちあふれてくる。
空の青さに、一輪の花の美しさに、小鳥の声の澄んだ音色に、
心は深く反応するようになる。
愛に対する感受性も高まり、感応の度合いも増す」


「これから迫ってくる夫と私の老後に、万一のときに、
せめて夫の介護のできるからだになりたいと願っている。
そして、もし許されるなら、夫よりも一日でもよいから長く生きて、
この世に取り残される寂しさを
私に引き受けさせていただきたいと祈っている」

ブログで拙い長い文章を書いていると、さまざまな情景や心模様を短い言葉に凝縮させた短歌や俳句、川柳のすごさに改めて目を瞠る思いがします。

朝日歌壇に昨年末登場以来、ほぼ毎週入選を重ねている歌人の短歌に心を揺さぶられている方も多いのではないでしょうか。

「ホームレス・公田耕一」

投稿には「住所明記」という規定があるそうですが、「発信を排除すべきではない」という方針から住所表記は「ホームレス」としたという経緯だそうです。


★「鍵持たぬ生活に慣れ年を越す今さら何を脱ぎ棄てたのか」

★「パンのみで生きるにあらず配給のパンのみみにて一日生きる」

★「日産をリストラになり流れ来たるブラジル人と隣りて眠る」

★「親不孝通りと言へど親もなく親にもなれずただ立ち尽くす」

★「美しき星座の下眠りゆくグレコの唄を聴くは幻」

★「百均の『赤いきつね』と迷ひつつ月曜だけ買ふ朝日新聞」


佐佐木幸綱氏ら選者諸氏が評するように彼の歌の知的な観察眼に裏打ちされた清冽な真実に痛打される思いです。

捨て切れなかった知性のみを矜持に孤独という寒風の中にすっくと立っている、そんな姿が目に浮かびます。

歌壇係には多くの励ましが寄せられているそうですが、ホームレスではこれらの厚意は届けられない、公田さんが手にすべき入選一首につきはがき10枚の投稿謝礼も宙に浮いている、と文化面の最後に担当記者が呼びかけていらっしゃいます。


定職が見つかってほしいと思う一方、この高潔な目を失わず、逆境の中歌を詠み続けてほしいとも願う心せめぎあっています。



さて本日はエリザベス・ムーン著『くらやみの速さはどのくらい – The Speed of Dark』をご紹介したいと思います。


著者ムーン氏はライス大学卒業後海兵隊で3年間コンピュータ関係の仕事に従事、退役後テキサス大学で生物学を学びました。
1986年、短篇SFでデビュー、『セラノの遺産』シリーズなど20冊以上の著作を発表
1996年長篇Remnant Populationでヒューゴー賞候補
2003年本書『くらやみの速さはどれくらい』でネビュラ賞受賞


ネビュラ賞といえば、プロのSF作家の集まりであるアメリカSF&ファンタジー作家協会がその年の最優秀のSF作家に贈る栄誉ある賞です。


世界中を感動の渦に巻きこんだ不朽の名作ダニエル・キイス著『アルジャーノンに花束を』も1966年のネビュラ賞を受賞しています。


ちなみに本書はその『アルジャーノンに花束を』の21世紀版といわれています。


時代は自閉症が医学の進歩により幼児のうちの治療で治癒するようになった近未来、主人公ルウ・アレンデイル35歳はその画期的な治療法が確立される前に大人になってしまった最後の世代の自閉症患者、特別な訓練によって社会適応能力が向上した結果製薬会社で自閉症の特殊性を生かしたコンピュータのパターン解析という健常者には難しい特殊な技術職について生計を立てています。


物語の大部分は主人公ルウの視点からの1人称語り、時々挿入される別フォントの文章はそのルウを取り巻く人々側の視点からの発信という形で構成されています。


「完成された筆致であり、知的で、とても心動かされる。
読者は自閉症者の見る世界にみちびかれ、その誠実さをしっかりと伝えられる」
――カーカス・レビュー誌


「本書が、知的障害をもつ青年が手術で天才になっていくダニエル・キイスの名作『アルジャーノンに花束を』と比べられるのは避けようがない。
だが、本書はそれ以上にすばらしい作品といえるだろう…
主人公ルウは、他の小説では見られない、繊細かつ微妙な陰翳のある印象的な人物だ」
――ワシントン・ポスト紙(エリザベス・ハンド評)



脳手術を受けて精神遅滞者から天才になった主人公の喜びと苦悩を描いた『アルジャーノンに花束を』とテーマは似ていますが、自ら自閉症であることをしっかり受け止めている本書の主人公は生活全般を通して絶えず冷静な目で自閉症としての自分と健常者との感覚や意識の違いを分析する聡明な力を持っています。


主軸診断・自閉症スペクトラム障害/自閉症、感覚統合障害、聴覚処理障害、視覚処理障害、触覚障害とい
う子どもの頃から専門家に貼られたレッテルを背負いながらも自分なりに充実した日々を過ごしていたルウは突然、職場の上司から新しい治療の実験台になることを迫られます。


解雇か治療か?

二者選択を迫られるルウとその仲間たち。



「暗闇の速度はどのくらい?」

タイトルになっているこの言葉はルウがいつも疑問に思っていることです。

「光より先に暗闇があるのなら、光よりも暗闇の方が速いといえるのではないか?」とルウは考えます。


常にルウが直面している外界とルウ自身の感覚の間の埋められない大きな溝を暗示しているとすれば深い
示唆を読み取ることができます。


赤ん坊はみんな自閉性障害を持って生まれるといわれます。

神経学的に正常な乳児でも、入力された感覚情報を統合して一環した外界の概念を形成できるまでには何年もかかるそうです。


ルウを通して自閉症の人がどのように物事を感じ、他人の態度や言葉にどのように影響を受けるのかなどが細やかに描かれていますが、それらすべてノーマルといわれる側の私でも共感できることばかりです。


「ノーマル」と「アブノーマル」のちがいは?

自分とは?

自意識とは?


このルウという人間の物語を読んでいくうち、正直わからなくなりました。


繊細で優しく素朴かつ人間としてまっとうなルウに対比して、なんと傲慢でありきたりなノーマルな人々。


極論をいえば多数派を好む人間特有の志向によってはじかれた少数派の苦悩の物語といえるのではないでしょうか。


自閉症という特定された人々の問題を超えて、世の中の多数派の「このようにあるべきである」という定義が個々の少数派の人々の生までも身動きできないほど締めつけているという重要なことを気づかせてくれたすばらしい物語でした。

先週はG7会議後の中川財務大臣のしどろもどろ発言一色でした。

私もテレビで見ましたが、かなりの酩酊状態のようでしたね。


大臣の態度云々については論外ですが、それとは別に疑問に思ったのがあのような状態の大臣に対して何も気づかないかのごとくの通常の質問を続けた記者の方々の態度。

大臣の身に何が起こっているのか、明らかな体調の異変について質問する記者がいなかったのが不思議でした。


あからさまな質問が大臣の失態をまわりの人々により強調することを避けたのかもしれませんが、スルーするには不自然なほどの状態、かえって人々に不信感を与えたのではないでしょうか。


随行記者との暗黙のなれあいを見せ付けられたようで首を傾げるばかりでした。


通常の倍量の風邪薬を服用したためとの言い訳がこれまた議論を呼び、製薬会社のコメントまで出ていたのには驚きました。


今まで公式の場での数々の言い訳を耳にしましたが、突出していたのは勝新太郎さんが下着の中にコカインを入れていてホノルルで逮捕されたときの名言です。


「なぜパンツに入っていたのかわからない。
これからは疑いをかけられないようにパンツを履かないことにする」


「言い訳」は「良い訳」であり、知恵と技術を駆使して人間関係を円滑にするためのツールだと書いていらっしゃるのは吉野秀氏(著書『「言い訳」がよい訳』)ですが、あらゆる場面の言い訳を集めた伊藤洋介氏著『実録 現役サラリーマン言い訳大全』という本も出版されているほど世の中をわたっていくには数々の言い訳が必要なのでしょうか。


特に男の世界では「言い訳」はもってのほか、言い訳をする人は軟弱の代名詞のような扱いです。



私自身も親しい人との間での小さな誤解を解きたい言い訳は数限りなくありましたが、大半はそっと呑み込んでは心の箱に収めていますが、時を経ても未決のままのものや自然に消滅しているものなど様々。


でも身近な人たちの予想外の行動などに対しての言い訳は意外に聞きくことが好きというのが本音です。

もっと言えば誤解を解くためのツールは積極的に使ってほしいという気持ち。



前置きが長くなりましたが、今回のレビューは「言い訳」を題材の物語。

森浩美氏著『家族の言い訳』

著者は放送作家を経て、SMAPやKinki Kidsなどの700曲を超える作詞を手がけたヒットメーカーとして知られる作詞家、後続の『こちらの事情』とともに新たに開拓された家族小説短編集という分野がベストセラーとなっています。


本書には8篇の短編が収録されています。


「薄情で軽薄な世の中になったとはいえ、家族との絆は深く重く、そして面倒な代物である。
希望やあきらめ、下ろすに下ろせない荷物を背負うが如く、誰しもが日々の中で強制している。
淡々とした悲しみや切なさ。
ささやかな幸せの確認。
あえて言えば、コドモには分からない部分。
そんな場面を切り取ってみたかった」


超短編恋愛集やケータイ小説を手がけてきた著者の初めての直球勝負の小説であると記しているのが本書、著者の思い入れの深い短編集となっています。


夫の蒸発により死を決心して出た旅の途中、6歳の息子の突然の発熱で下車した海辺の町で味わった心の生還を描いた「ホタルの熱」

結婚10年、仕事に突っ走る夫との間の深い心の溝を埋められないまま突然夫に旅立たれた妻の戸惑いや後悔、悲しみを描いた「乾いた声でも」

「責める気持ちや疑う気持ちはすぐ手の届く棚にあるのに、思いやりや楽しかった記憶は特別な踏み台を使わなければ届かないような棚の上に、いつの間にか追いやってしまっていたのかもしれない」   

何とも心にくい表現ですが、取り返しのつかない思いを抱かないように踏み台なしで思いやりの記憶に触れるようにしたいと思わせる一文でした。

友人とバブル期に立ち上げたウェブの制作会社で天国と地獄を見た主人公が残務整理の夜乗ったタクシーの老運転手との触れ合いによって気づいた家族の存在に光を見出す様子を描いた「星空への寄り道」

先に夜空の星になった娘と妻に伴走して余生という寄り道を細々と走り続けている老運転手の言葉が切なくも前向きで、個人的にはこの物語がいちばん好きでした。

母を愛しながら田舎者という部分で疎ましく思う中年の主人公が母の入院をきっかけによみがえった遠い少年時代の母と自分の記憶を通して母の深い愛を思い知る「おかあちゃんの口紅」


どの主人公もいつもその場の言い訳で自分をごまかし、家族をまっすぐ見つめていなかったことに気づいたとき、家族が唯一無比の「絶対的な味方」であることを知るのです。

気づきが相手にもう届かない状況もあれば、かろうじて間に合う状況もあり、読者はそんな主人公と哀しみをともにしたり、ほっとしたりを疑似体験しました。

余談ですが、構成的には家族をテーマの重松清氏の連作と似通った雰囲気を強く感じました。

引越しが多かった我が家は一箇所に定住している人と比べて持ち物を丸ごと点検整理する機会が多く、加えて阪神大震災で大型の家具などを失ったので、一般家庭よりかなり身軽な暮らしをしているつもりですが、それでもスリムにする余地がかなりあります。

物に対する執着の強い母が反面教師としていてくれるお蔭で、私亡きあと遺しておきたいものなどないと思えるようになりました。

その一環として先日、昔の日記帳を処分しました。


現在も5年連用日記帳にその日の行動などを覚え書き程度にメモしていますが、死後残された日記帳によって遺族が傷ついた例を知っているので、これも時期をみて処分しようと決心しています。


簡単なメモ書きといっても喜びや悲しみ、怒りなどの感情も時には記している日記帳、それを読んでもっと深い悲しみを遺族に与えることもよしとしないし、いやな思いも抱いてほしくないという気持ちです。


信仰のある人からすれば何ということと思われるでしょうが、死後はただのゴミとして土に還るだけだと思っている私は、生前の交流の思い出だけが遺された人々の心に残ると考えています。


自分に関していえば、その後の人生に支障をきたすほどのあまりに深い悲しみや喪失感は遺族には味わってほしくないと思うのです。


人生は計画通りにいくことはまずないのでどうなることやら。


あとは野となれ、という気持ちも心の奥で出番を待っているのですが。




さて、今回のレビューは東野圭吾氏著『流星の絆』

2006年~2007年にかけて週刊現代に連載されていたものを2008年春に刊行

2008年上半期小説部門売り上げNo.1
2009年本屋大賞にノミネート
第43回新風賞受賞

また2008年10月から宮藤官九郎脚本により二宮和也主演の連続ドラマとしてテレビで放映されました。


私が所属している読書コミュでも感動モノNo.1の呼び声が高く、図書館でもいつも貸し出し中。


極めつけは帯の下記のキャッチコピー!

「息もつかせぬ展開、張り巡らされた伏線、驚きの真相、涙がとまらないラスト。
すべての東野作品を超えた現代エンタメの最高峰」

「惨殺された両親の仇討ちを流星に誓いあった三兄妹。
『兄貴、妹(あいつ)は本気だよ。俺たちの仇の息子に惚れてるよ』
14年後――彼らが仕掛けた復讐計画の最大の誤算は、妹の恋心だった」


というわけで読む前からかなりの期待感が高まっていたのでした。


多くの東野作品と同様、途中難航することなく最後までスムーズに読むことのできる内容でしたが、兄弟の「絆」を主題とするには感動の押し付け感が否めず、ミステリーとしては動機づけや証拠の設定などが薄く説得力のない作品という印象。

ミステリーのキーとなる「ハヤシライス」の味に関して上述のこじつけを強く感じてしまったのでした。

出版社の意に反してキャッチコピーが上滑り感を助長しているような感じ。


『手紙』でも感じた「感動」の詰め込みと押し付けがこの作品でも感じられたのは残念でした。


そんなシビアな感想は別にして、次々問題作を生み出す著者の想像を絶する作話に対するエネルギーには目を瞠るものがありますね。

いざとなったら頼りになるのは「貯金」ですが、それと同じくらいまたはそれ以上に大切なのが「貯筋」といわれていますね。

定期的な運動で「貯筋」するのが理想的だとは思うのですが、意志力とお金のことを考えると挫折する前から心が萎えてしまいます。

タバコが止められなかった時期の夫のことを家族でさんざん「紙のような意志」とからかっていましたが、省みるに自分の意志はオブラート級!


そんなあるかなきかの意志でも続けられるものを手探りして○○年、お金と同様に筋肉も日々目減りする一方だという恐怖心から最近はアメリカのピート・エゴスキュー氏発案の簡単なエクササイズとウォーキングを選択。
        

都会に住んでいたときは徒歩での移動が主だったので取り立ててウォーキングをしなくても歩数は確保できていましたが、地方に住んでいるとつい自動車に頼ってしまいます。

週に3日ほど7000歩を最低として歩くことを自分に課していたのも宇宙のかなた、夏は暑く冬は寒いという理由でなかなかクリアできない意志の弱さ。


で、意志薄弱な夫と私の最近の合言葉は「にっかのよんほ」。

「日課の散歩」と「三日坊主」にかけた造語ですが、説明すると「三日坊主」にさえ届かない「二日(にっか)坊主」の「散歩」をもじった「4歩」のつもり。


というわけで今日も小雨の中、細々と「にっかのよんほ」に行ってきました。



さて本日のレビューはちょっと毛並みの変わった読み物『本調子』です。


著書代表は東京都江戸川区で「読書のすすめ」という書店の店主&NPO法人読書普及協会理事長・清水克衛氏を中心に、彼と交流のある本田健氏、七田眞氏、望月俊孝氏、斉藤一人氏、ハイブロー武蔵氏の5名の読書人がそれぞれの視点から読書術を私たち読者に伝える構成になっています。


「成功している人は、どんな本の読み方、本とのつきあい方をしているのだろうか?
成功者の共通点として挙げられるのが読書。
日本一の大金持ち、幸せな小金持ち、教育学博士、宝地図ナビゲーター、ビジネスエッセイスト、 書店店長である著者たちが語る究極の読書法。
だれでもできるが、だれもがしていなかった、実力を磨き、運を味方にするための読書法を伝授する」


新聞や書店、ネットなどでチェック抜かりない私ですが本書はノーマークだったところ、あるSNSで交流していただいたMさんがご紹介くださったものです。


清水克衛氏
  書店「読書のすすめ」店長。
  NPO法人読書普及協会理事長。
  著書『強運道』他。
   「本を読む者に困ったことは起こらない。四の五の言わずに本を読みましょうや」

本田健氏
  会社経営者であり、「お金と幸せ」に関する執筆、講演、セミナーを行っている。
  著書『きっと、よくなる!』他。
   「尊敬する著者の本を多数読んで自分専用のメンターを作ろう」

七田眞氏
  七田チャイルドアカデミー校長。
  しちだ・教育研究所取締役会長。
  著書 『七田式超右脳開発トレーニング[CD付き]』他。
   「素晴らしい本をたくさん読んで自分でも本を書こう」

望月俊孝氏
  宝地図ナビゲーター、レイキ(気功法)ティーチャー。
  セミナー&通信販売会社・ヴォルテックス代表取締役。
  著書『幸せな宝地図であなたの夢がかなう』他。
   「自分の師と選んだ人の本に集中して考え方や生き方のエッセンスを学ぼう」

斎藤一人
  銀座まるかん創業者。
  2003年に累計納税額日本一となる。
  著書『変な人の書いた成功法則』他。
   「自分に必要なテーマを見つけ集中して読もう」

ハイブロー武蔵
  ビジネスエッセイスト。
  著書『天国への橋』他。
   「好きな著者を持ち、その著者の本を繰り返し読もう」


平凡な主婦である私は人生をステップアップするという目的のために本を読むことはありませんが、本を
読むことによって、本田健氏が書かれているような「人生を導く師」という意味のメンターに行き当たることが最高の読書の醍醐味だと思います。


「自分なりのメンター本を見つけたら、それこそ味わい尽くすように何度も何度も読むことをおすすめします」と本田氏は書いていらっしゃいます。


幕末の優れた学者古賀穀堂の「群書を雑看する勿れ」という言葉を引いて「たくさんの書物を雑駁に見るな、選んで読め」と戒めていらっしゃるのが七田眞氏です。

「目的を持って読む、テーマを持って読め」ということだそうですが、雑駁な読書人を自認する私には耳が痛い話です。

「ムダな読書はするな」という意見に対しては、何が有益か無駄かは読み人の求めるものに左右される部分がとても大きく決めつけることはできない、というのが長く本を読んできた自分なりの意見ではあります。


最後にハイブロー武蔵氏のすてきな言葉をご紹介して終わりにします。

「私には、私にふさわしい生き方がある、道があることを知ることも、読書は教えてくれます。
人の心無い言葉にも、仕打ちにも、打ち勝つ力を与えてくれるのです。
ちょっと生き方に迷ったり、心が弱ったかなと思えるとき、その座右の書を読み、本来の自分を取り戻すのです。
大切な読書、幸せな読書、私の大切な人たち、とともに」

先日、国産の鶏ひき肉の約2割からサルモネラ菌が検出され、5種類以上の抗生剤が効かない耐性菌が4割を超えていたというニュースが報じられていましたね。


また老人病院などで抗生剤に耐性のあるMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)により集団感染による死亡がときどき報じられます。

MRSAの出現は、かぜなどのウイルスには有効でないとされているにもかかわらず安易に抗生剤を投与しつづけた結果といわれていますが、鶏もいろいろな感染を防ぐための抗生剤を混ぜたエサの投与が関係しているのでしょうか。


日本は他の国に比べ特に抗生剤や睡眠剤の安直乱用大国といわれているようですが、病院経営に関しての製薬会社との関係や保険点数など、複雑な問題が絡んでいると想像できます。


このようなことも昨日ご紹介した『海と毒薬』のテーマの1つとも読み取れる「医師のモラル」に繋がるものではないでしょうか。


1963年東大退官時の記念講演で、現役時代の誤診率14.2%を告白された沖中重雄東大教授の実直な人柄が評判になりましたが、現実の医療関係者は医療ミスはできうる限り闇に葬りたいと思うのは驚くに値しない日常だと想像します。


食品偽装など世に明るみに出るには内部告発がきっかけになっていますが、これとて人道的な見地からの告発というより不遇に処せられている関係者などによる恨みや怒りが原動力になっての告発が大多数を占めているのではないでしょうか。



さて今回ご紹介する作品はズバリそんな内部告発がテーマの小説です。


滝沢隆一郎氏著『内部告発者』


著者は1966年生まれの民事を中心に活躍する現役の弁護士、デビュー作である本書で見事第1回ダイヤモンド経済小説大賞(現・城山三郎経済小説大賞)を受賞されました。



「中堅損保会社を舞台に、内部告発が引き起こす個人と組織のサバイバルを描く衝撃作」



「この小説でいちばん書きたかったことは?」との問いに次のように答えておられました。

「やはり組織と個人が対立した時の個人の弱さと、それでもなお人が失わない“尊いもの”があるのではないか、という思いですね。
それは精神の自由かもしれないし、また別の個人の思いかもしれない。
いずれにしろ、まじめに働いている人がちゃんと報われる社会であってほしい、そういう思いを込めて書きました」


2003年のある日、経済誌フロンティアに中堅損保の略称シブカジこと渋谷火災の不正融資に対するすっぱ抜き暴露記事が掲載されたところから物語が進行します。


子会社を通して闇金融に資金を融資しているファイナンス会社への資金提供しているという証拠資料が添付された記事を吟味したシブカジの法王と畏れられる会長藤田想太郎は内部告発者として強制的に退けた前服社長の仲田希一に狙いをつけ、莫大な損害賠償請求を起こしますが、仲田は潔白を主張し、若い弁護士羽根田潤とともに40年勤めた会社に対して困難な闘いを挑みます。


著者が現役の弁護士だけあって裁判の仕組みや尋問シーンなど、どれをとっても緊迫感あふれる描写にぐんぐん惹きつけられます。


突然いわれのない疑惑を向けられ苦境に立たされた仲田の後にも先にも進めない心理的な苦しみが手に取るように伝わってきて胸が苦しくなるほどでした。


「滝沢さんは現実の若手弁護士でもあるが、損保業界をこの作品の舞台に選んだ理由は?」

「私の依頼者に損保会社はいませんので、まったく別の興味で選びました。
やはり広く日常的に、誰もが自動車保険などでかかわっている損害保険なのに、意外にその実態というか企業自体が知られていない。
損保業界とはどんなところか、という点と、そこで内部告発が起きたら、会社にはどんな、従業員のあり方にはどんな影響が出るか、今日的な意味で興味があったんです」



「選者は企業買収とリーク、実業界と法曹界の巧みなマッチングを大絶賛したが、現実社会の内部告発をどうとらえている?」

「今年6月に公益通報者保護法(通称・内部告発者保護法)が成立しましたが、逆に通報規制法だという批判もある。
ただ内部告発は今後、いろいろ形を変え増えていくでしょう。
組織にとって何が正しいか、内部で働く人間にとって幸せとは何か、あらためて社会全体が考えなくてはならない時期に来ているのではないでしょうか」


時期的にも興味深いタイムリーな読み物でした。

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