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ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2009年06月

唐突ですが、我が家は全員文系です。


高校時代、数学はともかく物理と化学が超苦手だった私は理系に強いあこがれを持っていましたが、運悪く、というか類は友を呼ぶという必然の結果か、結婚した相手も丸ごと文系、結果生まれた子どもたちもみんな文系という見事に悲しい文系一家が誕生しました。


夫は学生時代統計学を専攻したというので数字に強いかと思いきや、私より劣る金銭感覚には驚くばかり。


数学の公式を必死で覚えても問題が解けない文系の頭に比して、公式など覚えなくても自然に解答が頭に導かれるという理系の人の頭の中はどうなっているのか常々疑問に思っていましたが、解明されることなく現在に至っています。


理系の作家といえば医師&作家業の方々をすぐ何人も思い浮かべることができますが、医学に関しては文系要素がとても強いと聞いたことがあり、理系に分類していいものかどうか。


純然たる理系作家をと記憶の引き出しを探ってみると・・・

今をときめくベストセラー作家・東野圭吾氏は大学で電気工学を専攻、卒業後技術者としてデンソーに入社されたというバリバリの理系。

ほかに乙一氏は工学部エコロジー工学専攻、星新一氏は農芸化学、瀬名秀明氏は薬学専攻などなど。


そして極めつけは今回ご紹介する森博嗣氏です。


2005年に名古屋大学を退職されるまで環境学研究科・都市環境学の助教授としてコンクリートが専門分野だったそうです。

森氏に関する記事によると、1995年に家族に読ませるのを目的に短時間で初めて書き上げた『冷たい密室と博士たち』が家族に不評だったため、評価を問うため講談社に送ったのが始まりだそうです。


森博嗣氏著『すべてがFになる』

読書コミュニティの書き込みに必ず出てくる評判の作品。


遅まきながら著者の作品は初体験です。


1996年第1回メフィスト賞受賞作でS&Mシリーズ第1作。


前述の『冷たい密室と博士たち』の講談社への最初の持ち込みに続いて、『笑わない数学者』『詩的私的ジャック』『すべてがFになる』の4作を書き溜めていた時点で講談社より連絡があり、編集部の意向で最もインパクトの強い本書をシリーズ第1作として出版するため、前3作の設定を本書以降のものに書き直すという経緯があったそうです。



「孤島のハイテク研究所で、少女時代から完全に隔離された生活を送る天才工学博士・真賀田四季。彼女の部屋からウエディング・ドレスをまとい両手両足を切断された死体が現れた。偶然、島を訪れていたN大助教授・犀川創平と女子学生・西之園萌絵が、この不可思議な密室殺人に挑む」


ちなみにシリーズの「S&M」は犀川と萌絵の頭文字。


主人公や環境を理系的な設定で固めた理系ミステリーでありながら、現実とかけ離れた幻想的な内容というアンバランスがこの作品の特徴といえます。


しかし、作品を牽引する役割の犀川助教授と女子学生萌絵もさることながら、本書の核となる美貌の天才真賀田博士の人物イメージがいまひとつ鮮明に把握できず、共感部分の少ない内容だったのは読み手の私が理系に疎いというのが一因かもしれません。


スケールの大きなミステリーとして充分役割は果たしているはずなのに、すべての登場人物に生の人間的な躍動が感じられず、久々のめり込めない肌の合わない作品でした。


また作品の内容とは何の関係もありませんが、読み始めからずっと違和感のあった独特のカタカナ表記、例えば「クーラ」「コーヒーメーカ」「グレィ」「エネルギィ」など長音の省略や〈子音+y〉で終わる言葉には「ィ」を用いているという理系分野における独特の使い方である旨、Wikiに記述があり納得しましたが、これらを含め読みづらい作品でした。


今日は1年でもっとも昼が長い夏至。


うす曇の早朝、夫が起きだす朝食前に母のところを往復しました。


川に沿った細長い遊歩道を歩いていると、今までは気づかなかった小梔子の白い花がところどころにほのかな香気を放って咲いていました。


日曜の早朝は行きかう車も少なく、昨夜の残りのわずかな冷気が頬を撫でるくらいの風に乗って運ばれてきてとても爽やかです。


気温にことのほか敏感で、毎年の春秋の柔らかな温度をも味わうことなく一足飛びに冬の次は夏、夏の次は冬というふうに暑さ寒さを訴える母も今朝はさすがエアコンなしで過ごしていました。


穏かな母だと穏かな気持ちになれる、まるで合わせ鏡のような自分です。




さて本日は吉村昭氏著『冬の鷹』をご紹介したいと思います。


以前このブログでご紹介した『雪の花』『暁の旅人』と同じく日本の医学界に貢献した医師を描いた医家伝シリーズのうちの1冊。


高校の日本史に必ず出てくる「解体新書」を世に出すまでの物語です。



手元にある日本史用語集によれば「解体新書」は次のように説明されています。

「1774年刊行された最初の翻訳解剖書で付図1冊、本文4冊からなる。
良沢・玄白・淳庵・甫周がドイツ人クルムスの解剖書の蘭訳『ターヘル・アナトミア』を翻訳したもの」


『解体新書』といえば、のちに『蘭学事始』を刊行して『解体新書』翻訳時の苦心談などを記して何かと話題にのぼった杉田玄白の名前がいちばんに浮かぶのではないでしょうか。


本書『冬の鷹』は4人の訳者のうちの中心的役割を果たした前野良沢に光を当て、その生涯を描いています。


本書においても一貫して脚光を浴びることに背を向けて無器用ながら己の信じる道に生涯をかける男に温かな光を当てるという吉村昭氏の嗜好ともいえる作業が結実した作品です。


前野良沢と杉田玄白を対極的に描いた全編を通して著者の両者に向ける視線の温度差が少なからず感じられましたが、公平を常と心がける著者ならではの感情を廃した淡々とした筆運びが逆に2人の人となりを浮き彫りにしてすばらしいできばえ。


今日のような辞書の存在すらない時代に、長崎の通詞に導かれたわずかな単語と解剖図を手がかりに一語一句をおろそかにしない不休の作業の過程にはただ頭が下がるばかりです。

不屈の精神で進めた翻訳は一応1年半で終わりを告げますが、そこから良沢と玄白の生き方・考え方に大きな隔たりが生まれます。


完成度において納得のいかない書物を世に出すこと時期尚早とする良沢に対し、不完全ながら医学を世に広めることを一義に置き出版を急ぐ玄白。


出版に際し翻訳者に名を連ねることを拒んだ良沢のその後の貧しくも孤立した人生に比した玄白の名声と富の両方を手に入れた華やかな人生。


見事なほどのこの対比の2人もさることながら、蘭学勃興の時代を駆け抜けた平賀源内、高山彦九郎、大槻玄沢などが個性的に描かれていて興味深い作品となっています。


荒涼とした冬の荒野に天高くそびえる枯木に群れることもせず羽を休める孤高の鷹と良沢がオーバーラップして切なさで胸がいっぱいになりました。



さて最後に著者自ら加えられていた「あとがき」について触れたいと思います。


本書を執筆するにいたった経緯を書かれた「あとがき」ですが、何年もにわたる準備期間を経ての執筆に最も時間を費やされたのがターヘル・アナトミアの翻訳の作業だった旨書かれた箇所を読んで驚きました。

「良沢が訳したであろうように私も訳を進めたのだが、蘭英辞書のような辞書も持たなかった良沢らが、ともかくも翻訳を成しとげたことに、私は驚嘆した」


著者のすべての作品に対する何事をもおざなりにしない一貫した真摯な姿勢に感服するばかりです。

我が家の朝食は長年半切れのトーストに野菜スープ、カスピ海ヨーグルトにバナナ半本、そして青汁が定番です。

スープの材料の基本は玉ねぎ、ニンジン、ジャガイモとキャベツ、きのこ類。

それにあればセロリやブロッコリー、カブ、トマト、ソーセージをプラスしてコンソメキューブに黒こしょう、クレイジーソルト少々で味を調えて終わり、とても簡単です。

これを大きな鍋で20分ほど煮立て、あとは保温鍋に半日ほど入れておくととても柔らかくなります。

そしてそれを何日も煮返しながら朝食べるというずぼら主婦にはもってこいのスープ。


野菜スープに飽きたときはジャガイモやかぼちゃ、ニンジン、、玉ねぎ、セロリなどのポタージュにします。


飲み物はたいてい紅茶です。



先日夫がトルコから買ってきた良質のチャイが予想外においしく、毎朝チャイを楽しんでいます。


インド式チャイは甘く煮出したミルク紅茶を指しますが、トルコのチャイはチューリップ型の小さなガラス製のカップにソーサーがついたものに濃く煮出した熱々のものを注いで角砂糖を加えて飲むようですが、私たちは砂糖なしで。



それにしても世界各地でそれぞれの飲み方が定着しているチャイ、紅茶、緑茶、ウーロン茶はすべて同じ茶樹から作られるのがとても不思議ですね。


椿や山茶花と同じ科のカメリア・シネンシスという常緑樹が母体だそうです。


その茶の木の葉の中には酸化酵素というものが含まれているそうですが、この酵素を利用しないで作られるのが緑茶、少しだけ発酵させるのがウーロン茶、完全発酵させて作るのが紅茶だそうです。


ここでも歴史の積み重ねの上に私たちの生活がある、というのを実感します。




さて本日は佐々木譲氏著『警官の血』です。

著者は1950年生まれの現在60歳

1979年『鉄騎兵、跳んだ』でオール讀物新人賞

1990年『エトロフ発緊急電』で日本推理作家協会賞、山本周五郎賞、日本冒険小説協会大賞をトリプル受賞

1994年『ストックホルムの密使』で日本冒険小説協会大賞

2002年『武揚伝』で新田次郎文学賞

2007年本書『警官の血』で日本冒険小説協会大賞受賞、第138回直木賞候補、2008年度「このミステリーがすごい!」で第1位

ちなみに著者の警官シリーズでは2006年に『うたう警官』が第10位、2007年『制服捜査』が第2位を獲得しています。


2009年2月にはテレビ朝日の開局50周年番組として江口洋介主演で放映されたドラマを見た方も多いのではないでしょうか。


「小説新潮」に2006年から2007年にかけて連載されたものを上下2冊の単行本にまとめたものが本書です。


上下合わせて800ページにものぼる長編大河小説。


「汝の父を敬え――制服の誇り、悲劇の殉職。警察官三代を描く、警察小説の最高峰誕生!」


祖父、父、孫3代にわたる 警察官の人生が三部構成で描かれています。


★第一部は昭和23年、戦後の混乱期の治安維持のため警視庁が大量採用した警察官のひとり安城清二が主人公。

地域に密着した巡査を目指して励む清二の受け持つ管内で発生し、犯人が挙がらないまま迷宮入りとなった男娼殺害事件と国鉄職員殺害事件に疑念を抱き独自の捜査をする矢先不審な転落死を遂げた清二。


★第二部は長じて父と同じ警察官の道を選んだ安城民雄が主人公。

母子家庭の貧しさから高卒で警察官の道を選んだ民雄は優秀さを見込まれ、学生運動盛んな北海道大学にソ連部門担当要員として進学、赤軍派に潜入捜査を命じられます。

警察からは公安警察官となるべく嘱望されますが、長期における潜入捜査の過酷さによる精神的なひずみを深酒や妻へのDVという形でしか表わせないことに自己嫌悪する民雄は希望して父と同じく駐在所勤務という道を選びます。

平穏な日常を取り戻し、父の死に関連する未解決事件を追って真相に近づきつつある矢先指名手配の暴力団の凶弾に倒れ殉職した民雄。


★第三部は幼い頃より父民雄の二面性を見て育った和也は亡き父が公安のスパイの役割を担っていた苦悩の過去を知り、大学卒業後警察官の道を選び、捜査の過程で祖父の時代の未解決事件と祖父の不審死の謎に気づき、祖父、父の2代にわたって追及に命を賭していた真相をついにつきとめます。


和也と部下の会話は警察というものの核心をついています。

「警官のやることに、グレーゾーンなんてない。少しだけ正義、少しだけワル、なんてことはないんだ」

「そうでしょうか。正直なところ、おれは自分が明度百パーセントの白だとは言えそうもありません。明度ゼロパーセントの黒でもないと思いますが」

「おれたち警官は、境目にいる。白と黒、どっちでもない境目の上にたっている・・・
おれたちのやっていることが市民から支持されている限り、おれたちはその境目の上に立っていられる。愚かなことをやると、世間はおれたちを黒の側に突き落とす」

「すべては、世の中の支持次第?」

「それが警官だ」


60年にもわたる祖父、父、息子3代の戦後直後から現代までのそれぞれの時代の息吹が間近かに感じられるような時代考察の優れた作品でしたが、特に民雄を描いた第二部が圧倒的なインパクトを持って伝わってきました。


学生運動華やかなりし頃の時代を生きた著者ならではの事実に肉薄した物語構築と時代の波に呑み込まれていった学生たちや主人公の葛藤を描いて見事でした。


「このミステリーがすごい!」第1位を獲得した所以であるミステリー性についていえば、中だるみ的な追求劇の感を免れませんでした。


そういうことも含め、本書はあえて「ミステリー」という枠を 外すことでより深く読むことができる作品だというのが私の感想です。

トルコ旅行から元気に帰ってきた夫。


長年ある電機メーカーの営業職に従事していた夫は職業柄よく気がつきます。

いわばホスピタリティーに関しては満点夫、ただし家庭以外で。


本人はそれを自分の長所としているようですが、そばにいる私はいつも一長一短と感じています。



「おかえりなさい、みんなに嫌われなかった?」と開口一番の私。

「うん、大丈夫だった・・と思う。 感謝はされたけど嫌われずにすんだ・・と思う」と語尾は自信なげ。

「今度もまたエレベーターに最後まで残ってボタンを押してみんなを先に出して感謝を押し付けたんじゃないの?」

「・・・」とだんだんうなだれる夫でした。



世の中には「いらないお世話」が多々あり、人間関係の微妙なバランスのプラスになったりマイナスになったり。

「お世話」には必ず「する人」と「される人」がいて、「する人」はあからさまではないにしても「される人」に感謝を期待するのが世の常。


私自身は押し付けの親切をするのを躊躇する気持ちがあり、そんなとき夫は私のことを「気がつかない」と批判することがよくあります、人の深~い気持ちも知らないで。


まあ強力に「親切」をプッシュすることで結果的に人の役に立つことも多々あるのも事実なので、一概に夫を批判できないとは思うのですが


今回は旅行会社を通さない特殊な形態の旅行だったのでトラブルもなく旅行できたことは何よりとホッと胸をなでおろしました。

夫と旅をともにしたメンバーの方に深く感謝です。




本日も前回に引き続き乃南アサ氏著『晩鐘』をご紹介したいと思います。


『風紋』のレビューでも触れましたが、本書は『風紋』の7年後の物語です。


「悲しみと憎しみの連鎖はどこまでつづくのか?
あなたはこの結末にきっと慟哭する!!」


上記の帯のキャッチコピーに続き、前作を書き終えたあとも登場人物のその後が気になって書き始めたという著者の言葉です。


「誰もが救われて欲しいと願いながら、新たな悲劇をも、描くことになってしまった。
事件というものは必ず、悲しみと憎しみの連鎖を生む。
そして、いちばん弱いものが最も深く傷つくことに、改めて気づいた」


今回の主人公は前作に引き続き被害者の次女真裕子、そしてもうひとり加害者の長男大輔。


前作より7年経過して高校生だった真裕子は住宅展示場に勤める社会人、そして父親逮捕と共に長崎の母親の実家に預けられ父も母も、そして事件も知らないまま妹・絵里とともに肩を寄せ合って祖父母の元で生きてきた大輔は小学校5年生。


いまだ事件の呪縛から解き放たれることのないまま生きている真裕子と、事件については何も知らされていない大輔という2人を軸に物語が展開しますが、救いようのない闇を抱えた真裕子の心と、記憶に関しては真っ白なはずの大輔の心 ― 2つの対極ともいうべき接点のない2つの心 ― がまたたく間に同じようなレベルで交差し、そして反対のベクトルにどんどんかけ離れていく、いいかえれば再生への道を自ら切り開く真裕子に対し、犯罪者の子どもであるという闇に急速に落ちていく大輔を巧みに描いています。



小学5年にしてはあまりにも肥大した大人びた闇を持った子どもして描いた著者の容赦のなさが時として現実離れしていて共感から離れてしまいがちでしたが、暗い闇を背景に窓ガラスに映った自分の姿を見て
「きっと向こう側のあいつが本物なんだ。僕は偽者だからまともな家族もいないんだ」と独白する大輔の深い孤独が身にしみて胸がいっぱいになります。


何とも重い読後感でした。

先日は友人たち3人で久しぶりにゆっくりskypeでおしゃべりを楽しみました。

1人は3年前ご主人を亡くしたMさん、もう1人はご主人が健在ですが戸建という恵まれた住居のため自由時間はお互いに気を遣うことなく1階と2階の自室でそれぞれ過ごしているSさん。


夫の単身赴任が長く友人たちから羨まれていた我が家も、今では狭いマンション暮らしで目と鼻の場所に夫がいる環境、3人の中で条件がいちばん悪く、女同士の夜のおしゃべりには最も適さない環境なのです。


なので夫不在がチャンスとばかり、3人でたわいもない話に花が咲きました。


最近のマイブーム料理の話題から家族のこと、庭の草花やテレビ番組、介護の愚痴など、夫が聞いたら「よくもまあくだらない話を延々と」と呆れられるような内容、「結論を早く言え」と急かす男性陣には理解できないくだらない話でしょうが生きるエネルギーのもとや生活のヒントがいっぱい詰まっている貴重な時間なのです。

男性の方々、どうか温かい目で見守ってください。




さて本日は乃南アサ氏著『風紋』をご紹介します。


以前にも書いたように著者の作品では女刑事音道貴子の活躍を描いたシリーズが特に大好きですが、本書、そして次にアップする予定の本書の続編『晩鐘』も著者の作家としての力量が存分に発揮されている作品といえるでしょう。


「犯罪被害者に限定して言えば、事件の加害者となった人間以外はすべて、被害者になってしまうのではないかと、私はそんなふうに考えている。
そして、その爆風とも言える影響が、果たしてどこまで広がるものか、どのように人の人生を狂わすものかを考えたかった」

上記は著者が本書を執筆するにあたってのスタンスを語られたものですが、ある殺人事件を始まりとして事件の被害者と加害者双方の家族が「世間」という爆風に果てしなく翻弄され続けていく過程を描いています。



サラリーマンの夫と娘2人を持つ平凡な主婦が犯人によってカバーを掛けられた自家用車の中で他殺死体で発見されたことから物語がスタートします。


逮捕されたのは被害者の長女の元担任教師。


後に残された双方の家族、特に被害者側の次女真裕子と加害者側の妻香織を核として、この殺人事件の取材に関わった新聞記者の建部の視点を交え、物語が展開していきます。



余談ですが、本書の続編『晩鐘』は事件から7年後の真裕子と香織、香織と加害者の長男である大輔、そして事件のその後にずっと関心を寄せ続けている建部を綿密に追っています。


続編といえども単独でも読み応えのある独立した長編として充実した作品に仕上がっていますので、次の機会にアップしたいと思います。



捜査と犯人逮捕、そして裁判へと進む過程で不倫の末のもつれからの殺害という事実に打ちのめされながらも被害者の娘である真裕子は母を不倫に走らせたのが家庭を顧みない父や、浪人という不本意な状況を家庭内暴力という形で母にぶつける姉であるという考えから逃れることのできない苦しみを抱えたまま生ている真裕子に照準を合わせた本書。


母を殺害されたという事柄に意識の上で真っ向から立ち向かう真裕子と、自分の過去をあえて葬った生き方を選ばざるをえなかった加害者側の妻・香織を対比させた著者の絶妙な筆力には脱帽です。


作家というのは何と想像力が豊富なことか!


加害者の家族や周辺の人々を綿密に追った作品には東野圭吾氏『手紙』がすぐ思い浮かびますが、被害者側、加害者側双方に同じ重さの照準を合わせた作品として貴重なものといえると思います。


ところどころの人物 ― 不倫に陥っていた被害者や家庭内暴力を振るう被害者の長女など ― の設定はいまひとつ説得力に欠ける無理なものを感じましたが、続編『晩鐘』の序奏としての本書は残された家族の心の中に居座り続ける巨大な「世間」とそれに翻弄される小舟のように脆い関係者たちを描いて秀作でした。

今日はあるSNSで親しく交流させていただいている大先輩のYさんから届けられた笑い話をご紹介しましょう。

Yさんはヨーロッパでは歴史のある救急医療の中核として多くの人命救助に貢献しているドクターヘリの日本への導入に尽力され、今もなお日本で揺るぎないものにしようと奮闘されているお1人で、わが尊敬する大先輩です。

ドクターヘリに関してやYさんが翻訳されている欧米の愉快な話に興味ある方はどうぞ下記URLをご訪問ください。
         http://www2g.biglobe.ne.jp:80/~aviation/index.html


世界中のドクターヘリ関係者の方々と太いパイプを持っていらっしゃるYさんのところに各国から送られてくる画像や実話、動画などさまざまな興味深いものをYさんご自身が翻訳されて私たちに届けてくださる中の1つが下記のお話-内容からしてアメリカ辺りからのものです。


主婦である私はあまりに思い当たるフシがありすぎて皆さんにおすそ分けをしたくなりました。


―― ☆ ―― ☆ ―― ☆ ―― ☆ ―― ☆ ―― ☆ ―― ☆ ――

もう直ぐバーベキューのシーズンが始まります。
そこで高尚な屋外バーベキューの作法についておさらいをしておきましょう。

男がバーベキューをやろうと買って出ると、当然の成り行きとして次のような一連の行動が展開される。

お決まりの手順

(1)女は食材の買出しに走る。

(2)女はサラダを作り、野菜の準備を整え、デザートを料理する。

(3)女がバーベキュー用に用意した肉に焼肉ソースを添え、調理道具一式を一緒にトレーに載せ、ビールを片手にグリルの横でぶらぶらしている男のところに運ぶ。

(4)男の本性をむき出しにした男の世界に浸って、肉を焼く作業を邪魔されたくないとばかりに女は強制的にグリルから3メートル以上離れるように追い出される。

いよいよ男にとっての晴れのお役目が始まる。

(5)男が肉を焼き網に載せる。

さらにお決まりの手順は続く

(6)女はお皿やナイフ、フォークをセットするために、グリルから3メートルの境界線を越えて中に入る。

(7)女がしゃしゃり出てきて、お肉がとっても美味しそう、と男に感想を言う。
   男はトングで肉をひっくり返しながら、もう一杯ビールを持ってきてくれ、と女に 頼む。

ここは肝心なところ

(8)男は焼けた肉を焼き網か取り上げ女の方に寄せる。

さらにお決まりの手順

(9)女は皿を用意しサラダ、肉、ナイフ、フォークなど調理用品、ナプキン、焼肉ソースをテーブルに揃える。

(10)食べ終わると女はテーブルを片付け、皿を洗う。

ここからが最も肝心なところ

(11)客人たちは男を誉めそやし、本当にご苦労様でした、と男に感謝する。

(12)女は男に「今晩は夕食の手間が省けてどうでした、楽しかったね」と言われて、ムッとする。

男は妻の膨れっ面をみて、何をしてやっても喜ばない女はいるものだ、と一人で納得する。

―― ☆ ―― ☆ ―― ☆ ―― ☆ ―― ☆ ―― ☆ ―― ☆ ――
我が家でも似たような光景が繰り広げられています。


さて本日は先日ご紹介した柚月裕子氏著『臨床真理』と同じく「このミステリーがすごい!」大賞受賞で華々しくデビュー、今ではベストセラー作家としてコンスタントに活躍していらっしゃる海堂尊氏の最新作です。


海堂尊氏『ブラックペアン 1988』


2005年のデビュー作『チーム・バチスタの栄光』から『ナイチンゲールの沈黙』、次に『螺鈿迷宮』、『ジェネラル・ルージュの凱旋』、そして本書『ブラック・ペアン 1988』という時系列です。


現役の勤務医でもあられる海堂氏の医学界を舞台の小説に関する定評はご存知の通りですが、私としては本書がピカイチでした。


『チーム・パチスタ・・・』の舞台となったおなじみ東城大学医学部付属病院外科で繰り広げられる丁々発止の緊迫した現場の日々を研修医世良の目を通して描いた『チーム・・・』の20年前の前日談。



いくつかの海堂作品に登場する登場人物の若かりし頃が個性豊かに描かれていて海堂ファンとしては見逃せない作品となっていますが、海堂作品を未読の方もそんな過去作品とのつながりなくしても充分に楽しむことができる話題満載の内容になっています。


タイトルにもなり表紙を飾っている今回のスター「ペアン」とは止血鉤子を指します。

通常はシルバーだそうですが、東城医学部外科に君臨する佐伯教授の手術現場には必ず並べられているのがブラックのペアン、このペアンを鍵に物語が展開していきます。



主人公外科医一年坊世良が強烈な個性のベテラン医師である高階や渡海らに鍛えられながら次々襲いかかる苦境を乗り越えていく成長譚という構成の中にそれぞれの医師の立場上の苦悩と対処の仕方を個性豊かに描いて力作です。


著者は今までの作品の中でさまざまな角度からタイムリーな医療問題を意識の核に展開していますが、今回も患者への「告知」の問題や、製薬会社との持ちつ持たれつの現実、医局での縦割り社会の厳しさと熾烈な権力争いなど、さすが医学界に精通している医師ならではの目線!


特に『チーム・・・』や『ジェネラル・・・』を読んでいらっしゃる読者の方には高階院長やジェネラルの異名を持つ速水、島津、そしてあの田口の若かりし頃を遡ることができて別の意味でとても興味深い作品になっています。


一年坊の成長物語でもあり、怨念あふれる復讐物語でもあり、そして信念溢れる医師の感動物語でもあります。

ぜひどうぞ!

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