VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2009年07月

「劫初よりつくり営む殿堂にわれも黄金の釘ひとつ打つ」

与謝野晶子の一首です。


人として生まれたからには黄金の釘を打つような生き方をしたいと思いますが、自他共にその願いが叶ったと思えるのはほんの一握りの選ばれた人でしょう。


与謝野晶子にとってはその殿堂は短歌であったし、確かな釘の手ごたえは数え切れない読者によって支えられていると思います。


殿堂にも黄金の釘にも無縁な一生を送る見通しの平凡な主婦の自分ですが、ささやかではあっても意味のある人生を送りたいという願いはいつも持っています。


私にとってのひそやかな意味ある人生とは人を裏切らない信頼される人生、ただこれだけの最低ラインを守るのも四苦八苦の狭量な自分を度々思い知る長い旅ですが、内省しながら頑張りたいと思います。




本日ご紹介するのは私が「文章にふくよかな色がある」と密かに思っている作家の古いエッセイです。


澤地久枝氏著『忘れられたものの暦』


澤地氏は私の大好きな女流作家のひとりですが、特に文章の合間から立ち上がってくるような柔らかな色のある表現に魅せられています。


著者の作品は数多く読んでいますが、このブログで取り上げているのは『家族の横顔』のみ。

      http://yaplog.jp/ashy_ashy/archive/114


本書は1982年刊行ということですから、著者が50歳すぎてからの作品になります。



著者がノンフィクション作家として不動の地位を築いているのは衆人の認めるところですが、市井の忘れ去られた人々にいつも温かい眼差しを注ぐ姿勢は著者の歩いてきた経歴に因があるといえます。


幼少時から思春期を迎えるまでの満州での生活と敗戦を迎えての難民生活、父親を早くに亡くし、一家の柱としての母親との生活、高校卒業と同時に中央公論社に入社、早稲田大学二文で学び、学生結婚するも短期間で離婚、卒業後能力を認められ婦人公論編集部で15年、この間たくさんの作家との交流を持ちますが、中でも直木賞作家であり、『四万人の目撃者』で日本探偵作家クラブ賞を受賞された有馬頼義氏との長い不倫の末の別れ、加えて2度にわたり受けた大きな心臓の手術など、、、ノンフィクションの対象としていつも弱者に心を添わせるスタンスはこのような経歴から生まれたのでしょうか。


1972年『妻たちの二・二六事件』
1978年『火はわが胸中にあり』で第5回日本ノンフィクション賞
1980年『昭和史のおんな』で第41回文藝春秋読者賞
1985年『滄海(うみ)よ眠れ ミッドウェー海戦の生と死』で第34回菊池寛賞



次は冒頭の与謝野晶子の歌を受けての文です。

「私はいかなる殿堂を思いえがいて生きているのか、はっきりと言いきれるだけのものはない。
ひとりの、ささやかなものかきとしての生き甲斐はあるけれども、それもときにはあとかたもなくかき消えて、重い鬱の心理状態に見舞われる日がある」



「結婚生活、売春、冤罪、戦争、不治の病、人との出会いと別れ、二・二六事件で遺された妻達。様々な人間の喜び、悲しみを温かな目で見つめながら、昭和という時代を描いたエッセイ」


本書には作品を上梓するまでの様々な過程で折々に感じたことを記した40数篇の文章がまとめられています。


「読みかえしてみると、心に火をもち、情念の重く、無器用で骨っぽい一人の女が、忘れられた存在を書く人間としての仕事にゆきつく、その道行きが見えてくるようなところがある」


九条の会の発起人のひとりでもある著者の戦争への怒りのすさまじさがいたるところで垣間見られます。


戦争によって打ち捨てられた多くの命に対する思いは多くの認められた作品の中に結集され花開いていますが、平和な現代においても社会の片隅に忘れられたように見捨てられた存在に対する常時変わらぬ温かい視線に私はいつも救われます。


本書の40篇近くのエッセイの中で見つけた「黒い列・別れと死」と題する小品は私の大好きな画家香月泰男氏についてのものでした。    


この一文によって、はるばる訪ねた山口県三隅町の「香月美術館」で釘付けになったシベリア抑留時代の絵が生き生きと目に迫ってくるよう。


捕虜となった日から28年間、日本に帰ってきてもシベリアから解放される日はなかったという香月画伯の心の塊を代弁するかのような著者の文章が心に沁みました。


「顔のないおびただしい死者たち。
昭和の名でよばれるこの時代ほど、数多いいのちが失われた時代はあるまい。
遠くから眺めると、無数の顔が描きこまれているのがわからない香月泰男の絵は、あまりにも数多い死者たちをもつ時代そのもののようである」

各地でいろんな夏祭りが催されています。


先月夫がトルコ旅行でお世話になったトルコ文化センターの人たちが屋台を出すというので、駅近くの商店街の夏祭りに行きました。


国際交流センターがある地区のお祭りだけに世界各国の人々がそれぞれの郷土料理の屋台を出していました。


目指すトルコの屋台では鶏肉を用いたケバブを提供。


ピタパンといわれる円形の丸く薄いパンを2つに割ったものの中にキャベツなどの野菜サラダとともに鶏肉を挟みドレッシングをかけたドネルサンドを食べました。


傍らにはドネルケバブといわれる鶏肉や羊肉などを焼く円柱状の機械があり、垂直の串にスライスした肉を刺して層にしたものを回転させながら電熱器の熱で焼く仕組みだそうです。


ドネルサンドは手軽なファストフードとして東京などの都会の若者の間で流行っているそう。


私は初めてでしたが、日本人好みの味付けにしているのか違和感なくおいしかったです。


夫とトルコ旅行を共に人たちに私も加えてもらい、楽しくおしゃべりした夕べでした。


写真は、その際トルコ人経営の雑貨店で買ったチャイカップ。    

チューリップ型をした小さな容器がとても可愛くて2組買いました。


本場ではミルクたっぷりのチャイを沸騰させるのであまりにも熱くて飲みにくく、受け皿に少量移して飲むそうです。




さて突然話題は変わりますが、今日のレビューは江戸川乱歩賞史上に燦然と輝く傑作長編。


ちょっと古いですが高野和明氏著『13階段』。

第47回江戸川乱歩賞受賞作。


著者についての簡単な経歴は著者の他作品『グレイヴ ディッガー』のレビューでご紹介していますのでよかったら読んでください。

    http://yaplog.jp/ashy_ashy/archive/216


突発的な事件により殺人を犯してしまった青年・三上純一が仮釈放されるところからこの物語が始まります。


主な登場人物は主人公・三上純一を核に、三上の在籍していた刑務所の首席矯正処遇官・南郷、そしてもう1人の重要人物である死刑囚・樹原亮。


犯行時前後の記憶を全く失ったままで死刑の宣告を受け、再審請求を出しては退けられることを繰り返し、4度目の再審請求棄却に対する即時抗告の最後の残滓ともいえる細い希望の綱にすべてを賭けている死刑宣告間近の樹原の脳裏に初めて甦った過去のある光景―13階段を死の恐怖に駆られながら上る自分の姿―が冤罪のかすかな手がかりとして救い上げられることでストーリーが進行。


樹原の関係者を通して真相究明の任を受け持った南郷と南郷によって助手に選ばれた三上の13階段を捜す過酷な作業が始まります。


多額の究明資金と冤罪を晴らしたあとの成功報酬の提供者も知らされぬままの2人に絡ませた数々の伏線がものの見事にミステリーとしての要素を盛り上げていて傑作です。


主人公・三上の過去の犯罪がこの物語に大きく絡んでくるのを知るのも後半から後。


特に謎が一気に究明される終盤はあまりに集結しすぎた感は免れませんでしたがハラハラ感は秀逸!


集結する前の散らばったパズルがいかに作為的でなく納まるかというのが私の評価のひとつでしたが、少々トリッキーながら破綻のない納まり方をしているところ、ポイント的には高い作品。


作品のあらすじに絡めた日本の死刑制度のあり方、死刑執行に直接立ち合わなければならない刑務官たちの苦悩の実態、犯罪者たちの死刑に対する思い、保護司の実態など、しっかりした調査の末の執筆と受け取れる内容であったという点が特筆すべき読み応えのある作品でした。

先日親しい同級生3人でおしゃべりしていたとき、修学旅行の話題になりました。


「私もその修学旅行に参加していた?」とひとごとのような私。

2人が旅行中のエピソードを話す中、ことごとく記憶にないのです。


修学旅行に限らず記憶力にはまったく自信がありません。


積読本の中から目新しい1冊を選んで読み始め、中盤にさしかかってあまりの面白さに没頭して読み進み、最後のフィニッシュ段階で「あれっ?」というかすかな記憶を取り戻したことも1度ならず。


「何度でも新しい気持ちで読めて本代の節約になって羨ましいよ」と夫に皮肉られるほど。


先ごろ、それほど親しくなかったはずなのに高校時代の私の会話や仕草まで覚えていて再現してくれる驚くべき記憶力の持ち主の同級生もいて赤面した経験があります。

再現された高校生の私の姿はあまりにも未熟で穴があったら入りたいほど。



そんな自分なのに特にしっかり覚えているのは昔の記憶でも悲しかった出来事。


悲しい出来事は一刻も早く記憶からなくなればどんなにいいかと思うことがしばしばですが、何かの拍子に無理に沈めたはずの記憶の底から立ち上がってきて、新たな悲しみやもう後戻りできない切なさが胸いっぱいに広がるのです。



これからご紹介する本の中にこんな文章がありました。


「人間の体のどこかに、ありとあらゆる記憶を沈めておく巨大な湖のような場所があって、その底には失われたはずの無数の過去が沈殿している。
何かを思い立ち何かを始めようとするとき、目が覚めてまだ何も考えられないでいる朝、とうの昔に忘れ去っていたはずの記憶が、湖底から不意にゆらゆらと浮かび上がってくることがある」


大崎善生氏著『パイロットフィッシュ』

著者大崎氏は「将棋世界」編集長を経て2000年デビュー作『聖の青春』で第13回新潮学芸賞

2001年『将棋の子』で第23回講談社ノンフィクション賞

2002年『パイロットフィッシュ』で第23回吉川英治文学新人賞を受賞。


このブログでも『聖の青春』他3作品をご紹介していますので、よかったら見てください。
 
    http://yaplog.jp/ashy_ashy/category_82/


大学卒業後将棋の世界に生きた著者の将棋世界を描いた渾身のノンフィクション作品『聖の青春』『将棋の子』のあと上梓した初めての小説が本書です。



41歳の「僕」こと山崎のもとに19年前に別れた恋人由希子からかかってきた真夜中の電話によって記憶の海から浮かび上がってきた過去の出来事が現在と交差しながら物語が進んでいきます。


いつも途方に暮れていた大学生だった山崎の進む道へいつも手を貸してくれていた由希子との出会いとある事件をきっかけの唐突な別れ、心を許したアルバイト先の店長の突然の事故死などの哀しさがいっぱい詰まった過去の物語。


「人は、一度巡りあった人と二度と別れることはできない」


過去に愛した人々との永遠の別れを納得したはずなのに、どんなに長くその時代から離れても生きているかぎり記憶の底から立ち上がってくる思い出は永遠に続くという思いは主人公ならず私自身も痛感しています。



著者がどのような気持ちで主人公設定したのか疑問ですが、主人公の職業は「月刊エレクト」というエロ雑誌編集者、いかに男性を扇情させるかに日々腐心した編集過程が細かく書かれていたり、仕事で知り合った風俗嬢とのからみなど生々しい描写がかなりあるにもかかわらず、全体を通して静謐な透明感のある物語となっているという不思議な小説です。


ひとり住まいの主人公の部屋で彼の人生を見つめているような水槽の熱帯魚パイロットフィッシュの物語は胸を打つもうひとつの物語。


繊細かつ生命力の乏しい本命の高級熱帯魚が住みやすい健全なバクテリアの生態系を作るためだけに前もって水槽内に入れられるパイロットフィッシュ、いったん理想的な環境ができあがると御用済みになるという哀しくも儚い運命の生き物をタイトルにした著者の意図がこの物語の最後に示されています。


ある出来事の結果、生態系の崩れた水槽の中で清らかな生態系を作り直すこともままならず、生き続けなければならない由希子の運命への救いがたい従順さには何とも納得できないという不消化な読後感を残して物語は終わります。


世の中やっと作り上げた生態系を乱すことに喜びを見出す人もいれば、その無残な生態系の中で喘ぎながらも抜け出すという選択肢をあえて選ばない人もいることで危ういバランスが保たれているのでしょうか。


物語設定のいくつかの箇所になぜという疑問がたくさん残りましたが、不思議な魅力をたたえた物語でした。

あまりにも日当たりがよすぎる我が家のリビングの日よけにと毎年植えているゴーヤの葉が今年はことのほか生い茂り、逆に昼間でも日を遮るので電気をつけたりしているこの頃です。


実も今までに4本収穫、チャンプルーとサラダを作りました。


これからいろんなバリエーションでのゴーヤ料理が楽しみ。


昨日作ったのは「ゴーヤの肉みそ炒め」

フライパンにオリーブオイルを少量ひき、しょうが1かけを炒めた上に豚ひき肉を加え豆板醤、酒、砂糖少々とみそをからめて最後にゴーヤを加えて混ぜ合わせたものにごま油をほんの少しふりかけて出来上がりです。

肉みそ本体はミンチが安いときにたくさん作って小分け冷凍しているので、昨日はそれを使って10分ほどで完了という簡単料理。


そして今年初めて種から植えたつるなしインゲンが想像以上にたくさん収穫できて嬉しい毎日です。


また1ヶ月ほど前ホームセンターで見つけて植えた大好きな空心菜の苗が大きくなり、献立に役立ってくれています。

捨てるのに忍びなくて水を入れた容器に御用済みの太い茎をつけておいたところ、幾本もの根が出てきてしばらくするとベビーリーフが出てきたので嬉しくて再びプランターに植えて成長を見守っています。


小さなベランダ庭園からこんな大きな喜びを毎日もらって何とか生きています。




さて今回は乃南アサ氏著『涙』をご紹介したいと思います。


甘ちゃん主婦である私は本を読みながら泣くことがありますが、本書は「切ない本ベスト5」入りしています。


ちなみにベスト5入りしているのは三浦綾子氏著『道ありき』宮本輝氏著『錦繍』ロバート・ウォラー著『マディソン郡の橋』など。


友人たちは「何て単純な甘ちゃん」と私をバカにしますが、恥ずかしながら理屈を超えてこれらは文句なしに私の涙腺を刺激するのです。



さて本書に戻ります。


離婚が決まって友人と傷心旅行に出た娘の宮古島から届けられた絵はがきを通して、萄子の忘れようにも忘れることのできない切ない記憶の糸を手繰りよせるというプロローグからこの物語が始まります。



始まりの舞台は昭和39年10月、東京オリンピック開催を目前に沸き立つような東京。


まもなくの結婚を控えた藤島萄子の前から婚約者であり刑事・奥田勝が「ごめん。もう会えない」という言葉を残して何の前触れもなく姿を消した日から萄子の人生が暗転、勝を求めての日本中、果てはまだ返還前の沖縄・宮古島までの真実を知る2年間の旅の物語。


「どこにいるの?
私、どうすればいい?
本当にもう二度と、会わなくていいの?
川崎・熱海・焼津・筑豊、飛田、そして沖縄・宮古島へーーー。
すれ違い、裏切られ、絶望と希望の間で激しく揺れながら続けた孤独な旅の終わりに、萄子が見たものはーー?」


勝の失踪と同時に発見された勝の相方先輩刑事・韮山の娘の惨殺死体によって事件が思わぬ闇へと導かれ、警察も苦悩の捜査を展開していきます。


事件解明に関わる警察関係者たちと並行して、娘を殺された韮山、そしてひとり取り残された萄子の三者が三様に真実を求めて苦悩する姿が、昭和40年前後の伸び盛りの熱気を含んだ日本の世相を絡めながら丹念に描かれていて秀作です。



詳しくは書きませんが、ラストの宮古島での台風のシーンはまさに圧巻!


著者乃南氏が何かのインタビューに答えて、コラ台風といわれる昭和41年宮古島を襲ったすさまじい台風のことを現地で聞き、作品に取り入れて追体験してみたいという気持ちをきっかけに、遡った時代設定の本書が生まれたと語っていらっしゃったのが印象的でした。


さすがに臨場感あふれるその情景描写は思わず息を呑むほどでした。



主人公萄子の設定や勝の刑事にあるまじき失踪を余儀なくされた理由には首を傾げる違和感も残りましたが、それらを大きく超えて胸が苦しくなるほどの切ない物語として私の心に響きました。


ミステリーと銘打っていますが、成就しなかった切ない恋の物語という印象でした。

東京では梅雨明け宣言が出たというのに、岡山は「晴れの国」というキャッチフレーズもどこへやらという感じで連日雨が降っています。


築50年以上になる母の家の玄関先の屋根の雨漏りを修理してもらって半年、最近になってまた玄関の中が濡れています。


母が元気なうちは自分で業者さんに頼んだりしてで処理していましたが、数年前よりすべてが私たちの手にかかるようになりました。


際限なく伸びる庭の木を定期的に切って処理したり、崩れそうな塀に添え木を当てたりなどの大工仕事は夫の役目、家の中の細々としたことは私の役目と、古い戸建をメンテするのは本当に大変。



若い頃はささやかな家庭菜園ができる庭付きの戸建に住み犬を飼うのが希望でしたが、母や周囲の家とともに老いる住人のメンテナンスの大変さを知るにつけ、そんな希望もだんだん遠ざかっています。


転勤を繰り返しながらある地方都市では1戸建を建てたこともありますが、直後に転勤命令が出て1年しか住めなかったり、マンションを購入した直後にやはり移動を余儀なくされたりと、私たちの住宅ライフは落ち着きのないものとなり流浪の末現在のマンションに腰をすえています。


話が横道に逸れてしまいましたが、昨夜の雨があまりにもひどく、実家の玄関の様子が気になって何度も目覚めたので早朝行ってみたところ、雨漏り用に受けていた発泡スチロールの箱に半分くらい水が溜まっていました。


帰宅して朝食を食べたあと、早速業者さんに電話して再度来てもらう日を打ち合わせ、ひとまずホッとしてこれを書いています。



さて本日は雨漏りつながりで先日読んだ本をご紹介します。


中島らも氏著『心が雨漏りする日には』


先日ご紹介したアマニタ・パンセリナと兄弟本ともいえる内容です。


「30歳でうつに襲われ、40歳であわや自殺未遂、42歳で躁に転じて大わらわ…。
奇才・中島らもが初めて自らの躁うつ体験を語る。
誰もが心に不安を抱える現代に、読むほどに元気をもらえるあたたかなエッセイ」


『アマニタ・パンセリナ』のレビューでも触れましたが、生涯を各種合法ドラッグ、抗うつ剤、アルコールなどの依存症&躁鬱との闘いで幕を閉じた著者、客観的に見ると廃人に近い悲惨な状況を想像しがちですが、生涯をコピーライター、ミュージシャン、小説家、戯曲家、随筆家、舞台監督、舞台俳優としての驚くべき多才な顔を持ち続けたという超人的な人です。


自らのうつや躁、アルコール依存症だけでなく強い自殺への誘惑などをこのように客観的に描けるということに驚嘆します。

書かれている内容は壮絶なのに著者の軽妙な語りが時には笑いを誘い、軽いユーモアエッセイを読んでいるような錯覚に陥ることもしばしば。


でも根底に流れているのはいつも掴まえ所のない何かと一生懸命格闘しているらもさんの姿、とても切なくなる本でした。


それでもこんな人生を選んだのがご自身だということをしっかり自覚されていたらもさん。

「人間は無数にある選択肢の中で、自分が選べる選択肢だけを選んで
人生を生きている。選べない選択肢を選ぶことは絶対にないのである」


ご家族や劇団員の人々、友人たちに精一杯愛されて、ある日ふっと消えてしまったらもさん。


私の中ではらも氏と呼ぶよりらもさんと呼ぶのがぴったりのらもさん。


あなたのとっておきの温かい笑顔にもう1度会いたいです。


先日テレビで百円タレントとして名高い千秋さんがイチオシ百均商品をいくつか紹介していました。


放映後、近くの百円ショップに出向いたところ、まだ情報が届いていないとみえて、いくつか手に入りました。


百円ショップでお客の購入品を増やす工夫として、以前は入口一箇所だけに置かれていたカゴを店内の数箇所に設置したというのを聞いたことがありますが、なるほど、初めはカゴを持たずにお目当ての商品だけを手に持ってウロウロするうち、カゴを見つけてそれら商品をカゴに入れた時点でまだまだ買える限度が広がるという心理作戦。


私も初めは何点かを手持ちしていましたが、途中カゴを持った時点で商品購入の幅が広がり、結果1900円も購入してしまいました。



上写真: アイロングローブ  万能ふた  レモン搾り器
下写真: 壁掛けストッパー


レモン搾り器はレモンの底を薄く切り、そこにこの先端を差し込みレモン汁を搾るというもので、驚くほどよく搾れて便利。
オレンジなどのジューサーとしても使えるそうです。


万能ふたは粉物などの袋の角を切ってそこに差し込んでおくと簡単に出すことができるというもの。


アイロングローブは人気商品のため品切れの店が多いということでしたが、運良く1点だけ残っていました。
外出前の忙しいとき、ハンガーにかけたまましわをのばすのに便利な優れものだそうです。



まずほしい商品があればスーパーやデパートなどでチェックした後、百円ショップに出向くのがよい、というのが千秋さんの百均アドバイス。


丁寧に探索して回っていると1、2時間はあっという間に過ぎます。

これからも時間があるとき定期的に巡回することにしましょう。




さて本日は曽野綾子氏著『魂の自由人』をご紹介したいと思います。


若い頃には著者の書かれる内容に反発した時期もありましたが、私と同様に氏の文章を共感をもって味わえる年齢になった義姉から借りた1冊です。


24篇のエッセイからなる本書の最初の「棄てられた者の幸福」では本書がある出版社によって棄てられたあと、別の出版社によって拾われた経緯が述べられています。


2000年に「家庭画報」に連載をスタートさせてまもなく著者の文言に対して表現の変更の要求が始まったそうです。

トラブルが起これば著者自身がその責めを負うことを表明し表現の変更を拒否した結果、連載を中断せざるを得なくなり数ヶ月、何もしないでいたところ、手を差し延べてくれた「小説宝石」で「魂の自由人」という題名そのままで連載継続という幸運に恵まれたという経過。



「運命に流される、ということが私にとっては非常に重大なことであった。
それは努力して運命の流れに逆らうという一見正反対の姿勢と、ほとんど同じくらいの重さで人生にかかわっている・・・
もし自分の努力が必ず実る、ということになったら、人生は恐ろしく薄っぺらなものになるだろう・・・
因果関係は必ずしもはっきりしない、というところで、世界はようやくふくよかなものになったのだ」


このような文章に出合うために著者の作品を読むといっても過言ではないほど心に抵抗なく入ってくる文章がそこここに散りばめられています。


著者と同じく「魂の自由」が人生において最も価値あるものであると思っている私は著者の言葉の中にいくつもの大切な言葉を発見しては心にストックしています。


著者のさまざまな発言はカトリック信者として信仰に裏打ちされたものであるというのは紛れもない事実ですが、プロテスタントという違いこそあれ同じく信仰心の篤い三浦綾子氏の信仰に対する真摯さとはまたちがった奥行きがあり、無信仰の私にとっても深く共感できる部分がとてもたくさんあるのです。


いくつか私の感性を刺激する言葉を挙げてみます。


「自由というのは、したいことをすることではなく、するべきことをすることです」


「自分が或る小さな社会にとって必要な人間だという自信があれば、他のことで少しくらい嘲られてもばかにされても、人はあまり気にしなくなる。
つまり人は一つだけ、自分が他人の追従を許さない専門分野を持てばいいのだ・・・
その時初めて人間は、頭が悪かったり、貧乏だったり、不器量だったり、学歴がよくなかったり、病気持ちだったりする僻みの種となるものから解放される」


「私は、現在の悪い状況は深く心に刻みつけるというやり方で信じ、現在のいい状況は、いつ取り上げられてしまうかも知れないこの世の幻として、あまり信じない癖をつけた。
それは単なる幸運と思うことにして、深く信じたり、それを当然のことと思ったり、いつ迄も続く、と期待したりしないことにしたのである」


「少し愚かなところがあるということと、バカ正直ではないということほど、幸運をもたらす二つの特性はない」


「正しいことをすれば、その分だけ現世で報いられるのだったら、それはあまりにも現金な話なのである。
自分が不幸な目に遭いたくないから正しいことをするのだったら、それは自動販売機でものを買うのと同じ商行為である。
金を入れれば、それに相当する価値のものが出てくる。
それと同じように、自分が現世でいい思いをしたいために善行をするということになったら、その行為はまことに浅ましい計算ずくのものになる」


「私たちは相手の心を完全に救ったり、相手にまちがいのない情報を与えたりできる、と思う方が思い上がっているのである・・・
自分がいい人だと思われることをやめるだけでも、魂はかなり風通しがよくなるのである」



1995年末請われて日本財団の会長になった著者があらゆる世間の風評に晒されながらも毅然とした態度で職務を遂行していらっしゃったのを記憶している方もたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。


日本船舶振興会を通称「日本財団」で呼ぶ慣わしにしたのは前笹川会長の死去後、著者が会長の座についてからだそうですが、ハンセン病撲滅活動やアフリカの飢餓救済など恵まれない地域や人々への援助活動の基となる基金が競艇の収益金から出ていることに関しての世間の批判が強い風当たりの内容でした。


それに対して語られた就任会見での言葉が今も鮮明に記憶に残っています。


「たとえ金の出所や動機が不純であっても、その金をいかに良いことに使えるか、それが大切なんだ、と聖書も言っているんです」

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