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ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2009年12月

今年も夫の所属する油彩画教室主催の作品展が開催されました。  

油彩歴4年目になる夫ですが、教室ではまだ新参者の1人。


私自身は描けませんが私の数少ない趣味の1つが絵画鑑賞です。


教室の先輩方は年数も長くそれぞれに個性的ですばらしい絵を描かれていて、毎年作品展でそれらを観賞するのがとても楽しみです。


お気に入りの作品はすべてデジカメに収め、折に触れ眺めるほど私好みの作品がたくさんあります。


残念ながら夫の絵は数点を除いて私の好みから外れています。


絵を描いてくるたび夫から感想を聞かれる私は最初のうちは思ったことをそのまま伝えていましたが、どんな批判も歓迎しない様子に軽い争いになったこともあります。


このまま行くと膨大に増え続ける作品の処置に頭を悩ましています。


「遺された絵を見るたびに悲しさが募るからお棺にびっしり敷き詰めてあげるね」と私。


「ホンネはじゃまなんだろ。
ゴッホみたいに死んだあと価値が急上昇してもアフター・フェスティバルだからな」と脅かす夫。


ばかな夫婦の会話です。



さて今回は「天」と「地」の差ですが絵画つながりで。


藤原伊織氏著『ダナエ』

本書には「ダナエ」、「まぼろしの虹」、「水母(くらげ)」の3篇が収録されています。


藤原氏は絵画に造詣が深かったのだろうと想像しますが、『ひまわりの祝祭』に続いて絵画を扱っているのが表題作「ダナエ」です。


このブログのカテゴリ「藤原伊織」の項でも触れていますが、2007年5月に食道ガンで他界された著者最後の作品とされているのがこの「ダナエ」です。


「まぼろしの虹」はガンが発見されて最初の治療が功を奏して束の間の安息時期2006年11月発表の作品、最後の「水母」は病の翳りの一切ない2002年の作品。


このように病歴から辿って読むとそのときどきの藤原氏の命の息吹が感じられるようなそれぞれの作品です。



今回巻末を担当された小池真理子氏の解説に晩年の藤原氏の様子が詳しく書かれていますが、それを抜きにしても小池氏の解説は秀逸でした。


「荒ぶる諦観」

著者の作品を読んでいていつも感じる「ロマンティシズム」や「リリシズム」を小池氏は見事にこの5文字で表現しています。


そして作中に出てくる萩原朔太郎の詩「乃木坂倶楽部」の一節を引いて伊織氏そのものを言い当てています。

わが思惟するものは何ぞや
すでに人生の虚妄に疲れて
今も尚家畜の如くに飢ゑたるかな。
我れは何者をも喪失せず
また一切を失ひ尽せり。


「何も失ってはいないが、同時に、すべてを初めから失っている男。
酒場の椅子に腰をおろし、昼日中から酒を飲み、情緒すら消し去った顔をしながら、その実、あふれ出てこぼれ落ちていく情緒を手で掬いあげ、どうしようもない切実な悲しみを怒りに震えながら、じっと眺めている男」


これは小池氏の伊織評ですが、鮮烈デビューの作『テロリストのパラソル』の主人公であるアル中バーテンダーの島村を彷彿とさせて切なくなります。


前置きが長くなりましたが、3篇から代表して表題作「ダナエ」を簡単に取り上げてみたいと思います。


長い下積みの末、世界的な評価を得た中年の画家・宇佐美が個展に出展した現在の妻の父親である財界の大物・古川宗三郎の肖像画が切り裂かれ硫酸をかけられるという事件を通して徐々に浮き彫りになる宇佐美のやるせなくも切ない過去を静謐な筆致で描いています。


1985年にエルミタージュ美術館で実際に起きたレンブラントの名画「ダナエ」事件に着想を得たといわれる作品。


ソ連時代の事件なので謎多き事件として闇から闇に語り継がれている部分もあるそうですが、レンブラント作「ダナエ」がナイフで切り裂かれた上硫酸をかけられ、犯人として逮捕されたのは精神状態がおかしいリトアニア人、裁判の末責任能力なしで無罪となったそうです。   


念入りな修復を重ねたにもかかわらず、裸婦の頭部や両手、両脚に致命的な損傷を受け、残念ながら元の姿を観ることはできないそうです。


アルゴス王アクリシオスの娘ダナエと、ダナエに恋をし黄金の雨に姿を変えダナエの下へ降り立ったゼウスの来訪を喜びを持って迎えたダナエの姿を描いたレンブラント。


ちなみにダナエとゼウスの間に生まれたのがギリシャ神話の英雄ペルセウスで、祖父殺しで知られています。
この「ダナエ」事件とギリシャ神話「ダナエ」とを微妙にリンクさせ、作品に取り入れるという着想の豊かさには目を瞠るものがあります。


先に記したギリシャ神話と「ダナエ」の主人公・宇佐美の身辺とをリンクさせ深読みすることができますが、そんな読みテクなしで読むことが本道であるといえる主人公・宇佐美に著者自身を投入したような諦念のバイオレンスと究極のロマンが見られる藤原王道作品でした。


昨日、知人一家の畑に招待されて山ほどの野菜をいただいてきました。

市街地から外れたところでサラリーマンの傍ら土地を借りて畑を耕して3年目・・・とは思えないほど見事な農園!

いただき物というトラクターまであって本格的。   


白菜、大根、カブ、ブロッコリー、白ネギ、ネギ、春菊、青梗菜、高菜、里芋、さつまいも、それにジャガイモは北あかりとアンデスとメークイン、そしてゆず、八朔。

夫婦2人で消費できる量を踏まえて畑から直接引き抜いて土つきのまま持って帰りました。


マンション暮らしは便利な反面、このような生活を見ると「これこそ人間の本当の豊かな生活」と思えます。

田舎暮らしは体力と知力が必要とされると痛感。


帰宅後大車輪で野菜の処理をしました。

お正月用に利用できるように根があるものはプランターに一時植えたり、里芋を土に埋めたり、大根やカブの葉を茹でて冷凍したり。

白菜1株は漬物用に干しました。


私は主婦なので冷蔵庫に下処理した野菜が豊富にあると嬉しくなります。

何より嬉しいのは「無農薬」のお墨付き!


夕食は畑の野菜オンパレード、たくさん作ったぞ!

ブロッコリーのすりごまマヨネーズ和え
大根と鶏肉と昆布の煮物
カブのみぞれあえ
さつまいもごはん
アンデスとベーコン&パセリ炒め
ほうれん草と春菊の煮びたし
白菜とカブとゆずの即席漬物
焼き味噌白ネギ


先日TVで充実野菜の見分け方というのを野菜ソムリエ・ロンドンハーツの淳クンが披露していました。

黒い斑点の多い白菜、まっすぐで穴ぼこが縦一直線に並んだ大根、紫色のブロッコリーなど。

その気でよく観察するとスーパーでも紫色のブロッコリーをときどき見かけます。

見かけたら即買いだそうです。



さて本日は3年ほど前NHKの「プロフェッショナル仕事の流儀」で放送され一躍有名になった木村秋則氏のノンフィクション作品です。


石川拓治氏著『奇跡のリンゴー「絶対不可能」を覆した農家・木村秋則の記録』

誰もが不可能と言い、自身もいったんは絶望の淵に立ったリンゴの無農薬無肥料栽培に9年の歳月をかけて挑みついに奇跡を起こした木村秋則氏の1978年頃から1986年に至る苦闘の物語です。


他家へ養子に入るとき持参金として実家からもらったリンゴ園1箇所と養家のリンゴ園3箇所を守り、青森県の指導に従って年に13回も農薬を撒く一般的なリンゴ農園主だった木村氏でしたが、福岡正信氏著『何もやらない、農薬も肥料も何も使わない農業』という本との出合いによって彼の人生の苦闘が始まります。


800本あったリンゴの木が400本にまで減り、家族を貧窮のどん底に突き落とし、害虫の大発生により周囲から村八分に合い、ついに6年目自殺の目的で岩木山に登った彼の目に飛び込んだのが自然の力のみで害虫に食べられることもなく大きく育っているどんぐりや他の木々でした。


どんぐりの木を育む土は虫や微生物が共存してふわふわと温かく、そこに深く深く根を広げていることに気づいた彼は、肥料や農薬を与え、雑草を刈るという近代農業の基本といわれる作業が自然の調和を決定的に破壊していることを悟ります。


大気の中の窒素分を固定して養分として地中に蓄える働きをしているといわれる放線菌の香りを胸いっぱいに味わい、生き物と宇宙の融合を肌で感じるのです。


「自然の中には害虫も益虫もない。
それどころか、生物や土、水、空気、太陽、風のような無生物との差もない」 


人間も虫も木々も自然の中で生活する1つの生き物であるという素朴な事実に目を背けて、あたかも自然を征服することに重きを置いていたという過ちに気づいた彼は自分のリンゴの木を自然に調和させることを生涯の仕事にしようと決心します。


「雑草なんか生やしたら、養分を奪われてもっと弱くなってしまうと思ったのさ。だけど、親父の言う通りだった。
雑草が土を耕してくれていたんだな」


農薬や肥料に頼る農業は作物の命を削りとるということに気づいた彼は土作りに文字通り命をかけ、雑草を生やしました。


「肥料を与えれば、確かにリンゴの実は簡単に大きくなる。
けれど、リンゴの木からすれば、安易に栄養が得られるために、地中に深く根を張り巡らせなくてもいいということになる」


文明が発達するに従って原因不明のアレルギーやがん、心臓病などに苦しみ、またエネルギー問題や環境汚染問題などが社会的な問題としてクローズアップされるにつれて、減農薬や無農薬、遺伝子組替食品などに敏感な人々が急増している昨今ですが、逆に生産効率のみを考えて生み出した品種改良や農薬の発明などを手放しで歓迎してきた人間の過去の長い歴史の功罪も認めないわけにはいきません。


アメリカ先導で19世紀に盛んに品種改良が加えられたリンゴの歴史は農薬とは切っても切れない関係があるそうです。


農薬という前提で品種改良を重ねていった長い歴史を持つリンゴに果敢に挑んだ無農薬・無肥料栽培ということを知れば、まさに「奇跡のリンゴ」という言葉がぴったりです。


800本あったリンゴの木が400本になった8年目に咲いた7つの花、そのうちの2つが実をつけます。

そして9年目、畑一面に白い花が咲きました!


「みんな木村はよく頑張ったって言うけど、私じゃない、リンゴの木が頑張ったんだよ。
人間は、どんなに頑張ったって、リンゴの花のひとつでも咲かせることは出来ないよ。
自分がリンゴの木を作っている、管理していると思い込んでいたの。
自分が出来ることは、リンゴの木の手伝いをしているしかないんです。
失敗に失敗を重ねて、ようやくそのことが分かった。
それが分かるまで、ほんとうに長い時間がかかったな」


リンゴを子どもや家族、人間関係に置きかえてみるととても大切な示唆がたくさん含まれていることに気づいて私は思わずうなだれてしまいます。


生産量も少なく「幻のリンゴ」といわれている木村氏のリンゴ。

本書執筆に当たった石川氏によって「生命の味」と表現されたリンゴ。


食べてみたいという気持ちはもとより、木村氏の生き方そのものをしっかり咀嚼して今後の糧としたいと強く思いました。


表紙の木村氏、リンゴの葉っぱと取り換えたとおどける歯なしの笑顔が何とも可愛いく、そして眩しいです。

お笑いフリークの私の年末の楽しみといえば「M-1グランプリ」と「人志松本のすべらない話スペシャル」と「ガキ使バツゲーム」の3つ。


「いい年をして!」と笑わば笑えと開き直って詳細を報告します。


第一陣「M-1グランプリ」が先日ありました。

この日ばかりは午前中にすべての用事を済ませ、夕飯のちらし寿司とお吸い物を早々に作り、夕方4時の「敗者復活戦状況」からテレビの前でスタンバイ、夫公認です。

途中休憩を挟んで6時半から決勝本番スタート。


今年の予選エントリーは4629組という過去最多から決勝進出を果たしたのはナイツ、南海キャンディーズ、東京ダイナマイト、ハリセンボン、笑い飯、ハライチ、モンスターエンジン、パンクブーブーの8組に加え、敗者復活戦での勝者NON STYLEを加えた9組。

最終的に勝ち残ったのは笑い飯パンクブーブーNON STYLEの3組、すべてよしもと芸人です。

優勝組には賞金1千万円&オートバックスのコマーシャル出演権、各お笑い番組出演など今まで極貧生活を強いられた芸人たちには夢のような生活が待っています。


ちなみに一昨年の優勝組は敗者復活戦から勝ち上がったサンドウィッチマン、昨年はNON STYLEでした。


昨年の敗者復活組・オードリーは惜しくも優勝こそ逃しましたが優勝したNON STYLEを凌ぐ活躍ぶりでした。


今年の勝者はパンクブーブーで過去8年挑戦し続けるものの準決勝止まりだったよしもとの芸人、私にとっては初めての芸人でしたが、正統派の漫才、NON STYLEと同様好みです。


Wボケで有名な笑い飯は今年で8回目の挑戦、毎年決勝に残るという強兵で今回も決勝1回目で審査員の1人・島田紳助の出した100点以下、7名の合計・最高点668点をマークして首位で最終決戦に進出したもののパンクブーブーに持っていかれるという不運でした。


昨年優勝しながら今一歩盛り上がらなかったNON STYLEに2年連続優勝してほしかったというのが個人的な気持ちですが、大いに楽しんだ夕べでした。




さて今回は海堂尊氏の作品としては一風変わったドタバタ調のコミカルミステリーともいうべき作品です。

海堂尊氏著『夢見る黄金地球儀』

「時価1億5000万円相当の地球儀強奪作戦の行方は!?
町工場の技術を結集して挑む、たった三人の急襲計画。
『チーム・バチスタの栄光』の著者が放つ超弩級ジェットコースター・コンゲーム」


海堂ファンならおなじみの桜宮市を舞台にした喜劇仕立てのミステリというところですが、著者の一連の医療ミステリに堪能した読者にとってはちょっと肩すかし的な作品という印象でした。


1988年バブル景気只中の日本が地方活性化のためと称して打って出た国庫からの各地方公共団体への一律1億円の支給を覚えていらっしゃる方も多いでしょう。

その支給1億円を巡っての議論の末、黄金地球儀を作成した桜宮市での物語。

時は流れ、深海水族館に展示していた黄金の地球儀の価値も金の市場では1.5倍に値上がりしたという2013年、桜宮市で父親が営む鉄工所の営業部長兼臨時工員の主人公・平沼平介が大学時代の悪友・久光穣治からその黄金地球儀の強奪計画を持ちかけられるところから物語がスタートします。


怪盗ルパンばりの設定自体は面白いのですが、プロセスにかなりな強引さが目立った上、予定調和的な展開と違和感の残るあっけない終局、そして期待したユーモア的センスも今回は何だかなあというイマイチ作品でした。


『チーム…』『ブラックペアン…』の印象があまりにも鮮烈な私にとって最後まで読むのが苦痛だった初めての海堂作品でしたが、著者特有のサービスである登場人物のリンクがここでも行われていて『ナイチンゲール…』の小夜と瑞人が顔を覗かせているあたりはファンを喜ばせるツボが入っています、もっとも過去の作品を読まれていない読者には無関係ですが。


一連の過去作品での著者の痛烈なる医療現場や厚労省批判に対して大いなる期待と共感を持って読んでいますが、今回は地方公務員に対する批判がちらほら出てはくるものの医療系ほどの読ませる力はなく、やはり医療系作品にこそ現役医師としての著者の力量が発揮されると認識した作品でした。


♪この木なんの木 気になる木
名前も知らない 木ですから
名前も知らない木になるでしょう♪


日本で最も有名なCMソングの1つ・日立グループの歌「日立の樹」。


ハワイのオアフ島のモアナルア・ガーデンパークにある樹齢約130年、高さ約25m、幅約40mの巨大な木:アメリカネムノキ、ハワイではモンキーポッドと呼ばれているそうです。


日本の合歓の木と同じような美しいピンクの花が咲くそうです。  

雨が降る前になると葉が閉じてしまうことからレインツリーという別名があります。

花言葉は「歓喜:胸のときめき」。





今回はこのレインツリーをタイトルにした物語をご紹介します。

有川浩氏著『レインツリーの国』


あるコミュニティで親しくしていただいているWさんご推薦の作品。


有川氏の「図書館戦争シリーズ」の第2作目『図書館内乱』を読まれた方ならすぐ思い当たるのではないでしょうか。

登場人物である小牧幹久二等図書士が幼馴染の中途難聴者・中澤毬江に薦めた本として登場します。

『図書館内乱』登場時には架空の本でしたが、エピソードとして扱った中途失聴と難聴を抱えた人を主軸にして真っ向勝負で飛び道具なしの恋愛物を書きたいという著者の熱い思いが2つの出版社 ― メディアワークス&新潮社 ― を動かし、前例のないコラボレーション企画作品となって生まれた本書。


あとがきで著者は次のように語っていらっしゃいます。

「私が書きたかったのは『障害者の話』ではなく、『恋の話』です。
ただヒロインが聴覚のハンデを持っているだけの」



「きっかけは『忘れられない本』。
そこから始まったメールの交換。
俺はあっという間に、どうしても彼女に会いたいと思うようになっていた。
だが、意を決して出したメールの返事はつれないもの。
かたくなに会うのを拒む彼女には、そう主張せざるを得ない、ある理由があった――」


メールから始まった交際で同質の感受性や価値観を共有した伸行とひとみはやがてネットという垣根を越えて初めてデートをします。


その時点からひとみの中途失聴という障害をはさんで向き合うことを余儀なくされる2人。


著者はただ「恋の話」を描きたかったと記していらっしゃいますが、文字通りひとみの「障害」と対峙して言葉や文字の嵐で格闘しながら自分の気持ちをひとみの心に届けようともがく伸行の描き方を見ていると「まず障害ありき」の物語という印象を受けました。



偶然私のまわりには障害者はいませんが、突然死は別として人間として生を受けた人はだれでも障害者になる可能性があるという認識はいつも持っている自分があり、自分とは無関係の出来事とは到底思っていないつもりでしたが、この物語を読むとやはり障害者とは相当の意識のへだたりがあることを認めないわけにはいきませんでした。


というのも障害という動かしがたい事実に激しく囚われているかに見えるひとみに共感しがたい部分を感じてしまうのです。


この物語に登場する若い2人の人物設定、伸行に関してはたまたま障害という個性を持っている女性としてひとみに接するスタンスを持つ意味で容量の広さにおいて理想に近い男性として描かれている反面、ひとみは障害という殻の中に閉じこもっている自我の強いセンシティブな女性という設定。


物語の中で相手の言葉をとらえ、健聴者の偏見と決めつけ、「ほら、伸さんはそっち側の壁を越えられない」と糾弾するなど、歩み寄りを一方的に求めて得られないと心を閉じるというスタンスは障害のなせるわざというよりむしろひとみの個人的性格から来るものではないでしょうか。


あくまでも作話なのにこんなことを考えてしまうということは・・・かなり物語に取り込まれて読了。


「逆差別」「不幸比べ」という言葉は世間でもよく言われることですが、障害による様々な現在進行形のトラウマを抱えたひとみとのぶつかり合いの中で伸行自身の口から語らせているこれらのこと、障害についての著者の取り組みの深さや人間の心理状態の描き方の絶妙さには感服しました。


ひとみの障害を意識するあまりの彼に対する攻撃的態度や周囲の無理解に対する投げやりとも思える心の閉ざし方などの屈折した感情などを持つ弱さ丸ごとの人物描写の巧みさはさすが筆力のある著者ならではです。


ひとみの口から語られる「聞く」と「聴く」、「中途失聴者」「難聴」「聾唖」、「伝音性難聴」と「感音性難聴」の違い、聴覚障害者にとって「手話は第一言語で日本語は第二言語」という事実など一般的な常識止まりの自分の知識のなさを補ってあまりある内容でした。


初めての待ち合わせの場でヘッドフォンをつけていたひとみに対し伸行が言います。

「俺を騙すために最初に音楽聴いているフリまでした、そこまでせなあかんくらい、俺はひとみさんにとって信用できへん『悪意ある他人』やったんかって」

これに対し「伸さんの前では私は普通の女の子でいたかったんです・・・耳のことで同情されて優しくしてもらうんじゃなくて、同情で楽しい一日をもらうんじゃなくて、メールで楽しかったみたいに、普通に会いたかったんです」というひとみ。


障害に囚われすぎというのは簡単ですが、自分の身にそれが起きたとき、それでもなおひとみに共感できないと言い切れる自分であるかどうか。


「理想の人なんかおれへんよ。
単に条件が違う人間がいっぱいおるだけや。
その中には人間できてる人もできてない人もおんなじようにいっぱいおるよ。
ていうか、できてる部分とできてへん部分とそれぞれ持ってるんちゃうかな」


どんな場合でも相手の立場に立って「完全に」理解することは不可能ですが、2人のようにとことんぶつかり合い、そしてその結果歩み寄ることができたら・・・その先には希望が見えてくる・・・そんな示唆を与えてくれる前向きなラストで終わっています。


いくつもの箇所で2人の口を借りて語られる言葉に反発心がわきあがったり、逆に共感したり、反省したり、もう1度相手の身になるという基本行為のスタートラインに立つことを余儀なくされたり・・・私にとってたくさんの問題意識が立ち上がってきた作品でした。

オバマ大統領のノーベル平和賞授賞式のスピーチが新聞に載っていましたね。


「暴力は決して恒久的な平和をもたらさない」というマーティン・ルーサー・キングの言葉やガンジーの非暴力の信条を引用して

「しかし、私は、自国を守るために就任した国家元首として、彼らの先例だけに従うわけにはいかない」

「世界に邪悪は存在する。
非暴力の運動では、ヒトラーの軍隊をとめることはできなかっただろう・・・戦争という手段には平和を維持する役割がある」と交渉だけではアルカイダに武器を置かせることができないと言葉をついでいます。


オバマ大統領を陰ながら応援している私ですが、このような演説をしなければならない大統領の苦しい立場を理解しつつも何だか割り切れない詭弁的なものを感じてしまいました。


朝日新聞・声の欄の朝日川柳に掲載された読者の声にも私と同じような戸惑いがあふれていました。


★アメリカの戦争だけは正義なり :多摩市 橘かほるさん 

★戦争と平和言い訳聞かされる  :春日井市 田中絢子さん



以前新聞に掲載されていたアメリカの小さな女の子の平和に関する意見が思い出されました。

「国々の国境をなくして地球全体を1つのユニオンにしてみんなで地球を守る・・・大統領はじゃんけんで決める」というもの。


私もそうなったらいいなと夢見ています。


木枯らしが吹く年末になるとますます世の中の不幸が思いやられます。




さて本日は「2009年度このミステリーがすごい!:作家別投票第1位」の作品です。


道尾秀介氏著『向日葵の咲かない夏』


2004年『背の眼』で第5回ホラーサスペンス大賞特別賞
2006年『向日葵の咲かない夏』で第6回本格ミステリ大賞候補
2006年『流れ星のつくり方』で第59回日本推理作家協会賞短編部門候補
2007年『シャドウ』で第7回本格ミステリ大賞受賞
2009年『カラスの親指』で第140回直木賞候補&第30回吉川英治文学新人賞候補&第62回日本推理作家協会賞受賞
2009年『鬼の跫音』で第141回直木賞候補



終業式の日、欠席したS君にプリントを届けるように担任の先生に頼まれた同級生のミチオが目にしたS君の首を吊った姿に仰天して学校に戻った間に死体が消えていた・・・という導入で始まる単純ミステリー・・・と思いきや・・・ホラー色のたいへん濃いどんでん返し連続の作品でした。


物語は小学4年のミチオという少年の独白で始まり、途中から古瀬泰三という老人が出現して進行、そして少年と老人が事件の真相を追う過程で交差し、徐々に真実が解き明かされるという設定になっていますが、 全体に多くの謎に対するヒントの数々が散りばめられていて、それを注意深く拾い集める読者だけが到達できる終焉の謎がまた驚愕的で救いどころのない結末。


人間の生まれ変わりとして蜘蛛やトカゲを登場させるなど独特の登場人物設定が奇抜でファンタジーとして読めば納得できる部分も、内容的にあまりにもドロドロしていて人間の心の澱んだ部分をデフォルメされたような居心地の悪い読後感でした。


「2009年度このミステリーがすごい!:作家別投票第1位」という帯のキャッチフレーズに魅せられてつい手に取りましたが、残念ながら久しぶりに最後まで読むのがとても苦痛な作品となりました。

先日気の置けない知人たちの集まりに寄せていただいて市内のはずれにあるお店に行きました。


一見したところ普段友人たちとよく行くランチのお店よりかなりランク上と思われる野趣溢れるたたずまいとお値段の店のような雰囲気。


周囲が緑に囲まれた小高いところにあり、風雅な手作り石段を上がったところにある懐石のお店。


お子様は不可(ここで第1の声なき声・・・それはないんじゃない?)、予約のみ(第2声・・・ちょっと高ピー!?)、1時間半で入れ替え(第3声・・・おしゃべりには短い!)のお店だそうです。


玄関先で出迎えてくださった店主と思しき男性が「携帯の電源はお切りください」と第一声。

「えっ、バイブじゃいけない理由は何?」と心の中で声なき第4声。


通された部屋はイスとテーブルで総勢8名が着席、自然と挙措振る舞いを上品にという感じになる雰囲気。


同じ部屋にはテーブル大小3つとカウンター、隅の少し離れた小さなテーブルには先客が2名。


広く採光を採った窓から外を眺めれば、鳥たちのために残した柿の木の数個の朱の実に名前がわからない珍しい鳥が数羽来て熱心に啄ばんでいて私たちの目を楽しませてくれます。



そして先付け、椀物・・・と適度な間合いで出てくるお料理の美しく手が込んでいること。


盛り付けのあまりの美しさにデジカメ持参のTさんが先付けをパチリ、そのあとテーブルに置いていたところ、店主の方がそっとすり足で近寄られてデジカメに向かって手を×に。


私は高級料亭には行ったことがありませんが、写真にNGを出されたのは初めての経験。


ブログにでも掲載され公開されたら企業秘密を盗まれるから???

「なんとまあ狭量!」とここでも声なき第5声。


でも絶妙なタイミング(私たちの一挙手一投足をいつも見つめられているような視線を感じてはいましたが)で次々出されるお料理のすばらしい味を前に数々の疑問や声なき声もひとまず引き出しにしまって・・・・・・そしてここで書いています^^;


小さなX’masツリーを模した抹茶あんの和菓子にお抹茶でフィニッシュ、おいしかったです。


その間お料理をいただきながらしゃべること、しゃべること。


想像するに店主の方も私たちのおしゃべりに対して内心の声なき声で罵倒されていたかも・・・
片隅のテーブル席のお2人も閉口されていたかと反省させられます。


これから予約されるお客様に対して「声高、品のないおしゃべり&笑い声を立てるお客様×」と禁止事項が増えていたらそれは私たちのせいです、お許しを!



さて本日は著者の一部の作品に品格的な問題が少々ありそうな浅田次郎氏著『絶対幸福主義』をご紹介します。


けっして浅田氏ご自身が品格に問題があるのではありません、誤解なきよう!


浅田氏といえば日本の帽子ではサイズが合わないほど大きな頭の中に驚くほど豊かな小説やエッセイのネタがぎっしり詰まっている作家さん。


『鉄道員』で日本中を感涙に巻き込んだかと思えば、『蒼穹の昴』『仲原の虹』などの長編中国歴史小説、日本の歴史に材を求めた『壬生義士伝』などその幅広さには驚きを隠せないほどですが、なかでも私のお気に入りは本日ご紹介するエッセイ集にリンクする「極道シリーズ」、大いに品格に問題ありの内容です。


浅田氏の著書のレビューは5編ブログで書いていますのでよろしければ見てください。

http://yaplog.jp/ashy_ashy/category_56/



さて本書ですが、のっけのプロローグにちょっと変わった試行である旨述べられています。


著者ご自身がまわりの友人や編集者に話された内容をそれらの人々が原稿に起こし本書が生まれたという経緯ですが真実やいかに?・・・語り口は著者そのままの特徴で綴られています。


「競馬ではしゃぎ、ラスベガスで生まれ変わって、勝っても負けても至福の時。
あなたは人生、楽しんでいますか? 
誰のものでもない『自分の人生』を歩くあなたは、絶対『幸福』です 。
幸せになりたい全ての人に贈る、愛と笑いの新・幸福論」



じっくりした読後感を期待する人にはイマイチですが、競馬ファンには必見の書、競馬で始まり、競馬で終わるようなエッセイが中心、私は競馬には全く不案内なので大いに飛ばし読みしましたが、時々宝石のようなキラリと光る言葉を見つけては取り込みました。


「どう考えてもいかんともしがたい不幸は、この世に二つしかない。
ひとつは食えない苦労、もうひとつは生命の危機である。
とりあえずその二つの心配さえなければ、気の持ちようで誰でも『私は幸せな人間です』ということができる」


探せばそこら中に転がっているはずの幸せ探しが得意という著者の言葉には見習うヒントがたくさんあります。


「幸福に関するキーワードは『知足』、すなわち『足るを知る』ということであります。
まず、今の自分の能力、今の自分が持っているものを知る」


長年に亘って余暇の大半を競馬、カジノに投入する充実人生を送っていらっしゃる著者のギャンブラーに対しての言及。

「博才の第一は、セコイと陰口を叩かれるほどの金銭管理能力です。
ただし、ギャンブルで失った金をずるずる引きずらないことが大事・・・
私は、負けは終わった瞬間に忘れ、勝ちは永遠に覚えています」


著者の言葉の一部を真に受けてますます深みに嵌る破滅型ギャンブラーの方には読まないでほしい作品ではありました。

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