VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2010年03月

このところずっと手芸に明け暮れています。      

クローゼットを整理していてたくさんの布や飾りレースなどが見つかったのでちょっとした旅行などのときバッグに入れる小さな袋物、サシェやシュシュなどを作っています。   
    

洋裁を習ったことがないので乏しい知恵ながら、配色やデザインを考えて切ったり縫ったりするのは旅行や読書などとはまた違ってワクワクする楽しさです。


最後にアイロンをかけて完成したものを並べて誰も褒めてくれないのでひとりで愛でて満足しています。


写真は朝日新聞で毎週連載している整理術のプロ・近藤典子さんが作り方を紹介していた「簡易裁縫セット」。


百円ショップで買った広口のコルクふたのガラス瓶を利用していますが、簡単に持ち運びできて大のお気に入り!


ふたのコルクの裏部分にフェルトで作った針山を待ち針などの細いピンで刺して4隅を固定してできあがりという簡単作業。
いろんな糸やハサミを入れておいてちょっとした針仕事に重宝しています。



さて今回のレビューは曽野綾子氏著『虚構の家』です。


1974年刊行ということで今から30年以上前の作品です。


週刊誌に連載後、1冊の本として刊行されるやいなやベストセラーとなった時点で読んだときはまだ20代でした。


先日book offに持っていく本を物色していて本棚の奥で見つけたのを機会に再読しましたが、いやはや恐ろしい本です。


30年以上前にベストセラーになったということは、当時からすでに現在内包しきれなくなりあちこち破綻を生じているさまざまな問題に多くの読者が目を向けていたということでしょうか。


家族内殺人や家庭内暴力、ドメスティックバイオレンスなどに発展する危うい家族関係はすでに四半世紀以上前から蓄積されていたということに驚くと同時に、著者の作家としての洞察力のすごさに感服しました。


解説を担当していらっしゃる鶴羽伸子さんは、ここに登場する人々は微視的に見るかぎり、世間の常識人の範疇を逸脱せず、世間的にはりっぱな家の体裁を保っていると記していらっしゃいます。


つまり自分たちはここに出てくる登場人物とさして変わらない存在であり、そこにこの小説の恐ろしさがあると指摘しされています。


私自身も家庭や社会のひずみから起こるさまざまな事件を耳にするたび、自分とは大きくかけ離れたものとは思えないという認識をいつも持っているので鶴羽さんの解説には深く共感します。


本書は裕福かつ社会的にも認められている2つの家族のある崩壊の物語です。


一組の男女が家庭を築き、やがて子どもが産まれ、そして平穏な家庭生活が営まれる、その過程において父となり母となった2人が長い日々の中で少しずつそれぞれの個性を塗りこめていくうちに、個性に反映された家庭生活の中で育つ子どもたちにさまざまな影響が及ぼされ、出口のない歪がついに内爆するという過程を描いています。


社会的な地位は高いが歪みの際立った登場人物に対して、社会の片隅で誠実な社会生活を送る登場人物を配置するというティピカルな構成は著者独特のもので、今回も彼らの存在が砂漠にオアシスという状況で著者にとって重要な役割を果たしています。


ずっと前このブログにアップした『寂しさの極みの地』でもオアシス的に著者的に健全な精神と認める人物を登場させて救いようのない内容に光を与えているところ、本書と同じですが、へそ曲がりの私はいつもその「光」にかえって反発を感じてしまうのが常です。


すべての人が納得できる健全さを持ち合わせることの難しさと、それで人を救うことができるのかという疑問でいっぱいになるのです。

昨年度々話題になったミツバチの世界に何か異変が起きているというニュース。

まずアメリカでミツバチが大量失踪というニュースが伝えられ、どうやら主因は受粉用セイヨウミツバチの供給難だということ。

女王バチを主に輸入しているオーストラリアでの伝染病が影響したということですが、女王バチまで各国が輸入に頼っていることに驚きました。


ミツバチが減るとたちまち受粉に影響が出てさまざまな果物が結実しないというイチゴやスイカなどのハウス栽培の果物農家にとって切実な不作問題へと発展しそうです。

加えて日本でも働きバチの失踪が相次いでいてミツバチの群れが大幅に減少、価格も上昇しているそうです。


これら問題化しているミツバチはハチミツ用のミツバチではなく、受粉媒介用のミツバチということですが、野菜などと同様にハチも長年にわたり品種改良を続けてきたため、自然の気候の変化や空気中のウィルスなどに弱い品種を生み出した結果と指摘する専門家もいます。


今は受粉用ミツバチのみが問題視されていますが、いずれ私たち消費者と直結しているハチミツ用のミツバチにも影響が及ぶことが考えられます。


我が家のかぜ対策にいつもお世話になっているのが液体プロポリスとマヌカハニー。  


かぜが流行った冬の間中、のどに違和感を覚えたらプロポリス原液を直接のどに流し入れるとともに、少し前ニュージーランドに行った夫に頼んで買ってきてもらった純度の高いマヌカハニーをスプーンひと匙舐めることで初期のかぜ症状は大体治まっています。


マヌカは環境汚染されていないニュージーランドにのみ生息している原生の木の名前です。


原住民であるマオリ族があらゆる病気や怪我を治したといわれているハチミツの中でも最も効用があるといわれているマヌカハニー。

のちにワイカト大学のピーター・モラン博士によって医学的に成分が分析され、それぞれの要素はマヌカハニー独自のモノとして、ユニーク・マヌカ・ファクター(UMF)と名づけられたそうです。


このUMF値が高いマヌカハニーほど薬効があるとされていて、ピロリ菌やブドウ状球菌、連鎖球菌などのバクテリアを死滅させたり、消化不良や胸やけ、のどの痛み、かぜ、口内炎に効果があるだけでなく、吹き出物ややけど、虫刺されなどには直接患部に塗布すれば殺菌作用により患部の広がりを抑えて早く皮膚が再生するといわれています。


UMFは+5~+25くらいまであり、数字が多い方が薬効が高いそうです。


鰯の頭的にちょっとプラスしたくらいかもしれませんが、我が家のためにミツバチさんにはがんばってほしいというのが切実な願いです。



さて本日は糸井重里氏監修『オトナ語の謎。』です。


以前ご紹介した『言いまつがい』の姉妹編というべき作品です。


『言いまつがい』のレビューはこちら →


「ほぼ日刊イトイ新聞」上に連載されている人気No.1コンテンツで、読者が思わず口走った恥ずかしい「言いまちがい」を応募という形で集めて2003年に書籍化したものです。


糸井重里氏の人気のHP「ほぼ日刊イトイ新聞」上に連載されている中で「言いまつがい」と共に1,2を争うコンテンツ。


ググっていたら本書『オトナ語の謎。』ができるまでのプロセスが載っているサイトを見つけましたので興味ある方はどうぞ →


『言いまつがい』と同じく読者の応募という形で成り立っていますが、ただオトナ語を羅列しているだけでなく、サラリーマン生活のいろんな場や昔話をオトナ語で訳したりと、『言いまつがい』と並ぶ遊び心満載の爆笑本です。


「ほぼ日刊イトイ新聞にて連載開始され、異常ヒット数を記録した人気企画が待望の書籍化。
『なるはやで仕上げて、午後イチにはお届けできるかと』
『見切り発車の垂直立ち上げでしたから物理的に難しいんです』
『要は、クリティカルなアイテムがマストかと思われます』
学校では絶対に教えてくれない謎めいた言葉、『オトナ語』を、おもしろおかしく徹底的に解説。
昔話や歌謡曲の『オトナ語』バージョンも抱腹絶倒」


オトナ語とは社会人の集団であるオトナ社会独特の言葉や言い回しのこと。


会社員としての年数は少ない私ですら聞き覚えがあったり身に覚えがあるオトナ語ガ満載、長いサラリーマン生活の、特に男性の方々は疑問にも思わず日々口にしていらっしゃる言葉の数々、こうして羅列&解説すると妙なおかし味を誘います。


よくぞこれだけ集めたと呆れるほどのオトナ語675単語!


☆「手前ども」
 へりくだることを追求し続けたオトナたちの主語は「手前ども」。
 「それではいったん手前どもがお預かりいたします」

☆「手前どものにんげん」
 武士道とは死ぬことと見つけたり。
 オトナとはへりくだることと見つけたり。
 「そちらに、手前どものにんげんがうかがっておりませんでしょうか?」
 嗚呼、そこまで下へ潜らなくてはならないのか。

☆みょうにち
 「明日」と書いて「みょうにち」・
 そういえば学生は使わない言葉である。
 「それでは、みょうにち朝イチに御社受付へ手前どものにんげんが参上いたしますので」

☆きんきん
 すっごく近いうちに、ということ。
 「きんきんにおうかがいします」

☆折
 意外に「折」は重宝するのである。
 「新事業部発足の折より、折にふれ進めていた例のプロジェクトですが、折をみて商品化したいと思っておりますので、折 あらば一度打ち合わせさせていただけませんか?」

☆もむ
 数人で検討する、といった意味。
 「こっちでちょっともんでみます」といっても、マッサージ関係者にあらず。

☆走る
 「立ち上げ」た企画がどうなるかというと、これがなんと「走る」のである。
 びっくり人間大集合の巻である。

☆名刺を切らす
 出先で、自分の名刺を忘れてきたことに気づいた。
 もちろんオトナは自分のミスを告白したりしない。
 「ただいま名刺を切らしておりまして・・・」
 ひょっとしたらこれ、名刺を持ってくるのを忘れてしまったビジネスマンが100パーセントに近い確率で口にしている言葉か もしれない。

☆マスト
 船やヨットで帆を張る柱のことではない。
 非常に重要で外せないものごとを指す。
 「この項目はマストです!」

☆フレキシブル
 臨機応変に、という意味であり、多くの場合「対応する」という言葉とセット。
 「状況を見て臨機応変にフレキシブルにその場その場の現場判断で対応します」などと言うとカブりすぎだから注意しよ  う。

☆プレ
 雨が野に落ちて川になって海へ注ぐように、「プレセンテーション」は「プレゼン」になってやがて「プレ」になるのだ。 
 みじかっ!

☆ブラッシュアップする
 要するに、企画などを、より現実的なものに仕上げていくこと。
 「ブラッシュアップしたのちにお持ちします」などと言うとかなりデキる感じだが、じつはふつう。

☆本日は失礼させていただきました
 「失礼」を「させて」、「いただく」?
 なにそれ? 「失礼」を、「させて」、「いただき」、「ました」? で? どういうこと? え!帰ったってこと!?

☆失礼ですが・・・
 電話口などで多用する言葉であり、その内容は「名を名乗れ」ということである。
 しかしながら、言葉の実体は「失礼ですが」部分にはなく、続く「・・・」の部分、すなわち沈黙部分にある。
 数秒沈黙するkとによって相手はいたたまれなくなり、ついに自分の名前を白状してしまうのだ!

☆ちょっと3分いい?
 といっても3分ですむことはまずない。
 同様に「2分で終わらせるから待ってて」も信用できない。
 「3秒で終わります」は、はなから無理である。

☆ちょっと体貸してくれる?
 いったいオトナたちはボクの体をどうするつもりなのだろうか?

☆訊いていいですか?
 ていうか、もう訊いているから、それ。

☆たのまれてくれる?
 かたちとしては質問だが、意味としては命令であるという、じつにオトナっぽい言葉。
 「はい」と言うしかない。

☆すでにご存じでしょうけど
 こう前置すると、相手は「みんな知ってることなら知ってなきゃ」と感じるため、話をおとなしく聞いてもらえるという。
 オトナ語とは、まさに先人の叡智である。

☆せっかく
 2種類の使いたかたを覚えよう。
 断るときは「せっかくですが・・・」。
 いただくときは「せっかくですから・・・」。

☆言った言わないの問題になってもなんですから
 多くの場合、これを言う時点で、じつはすでに「言った言わないの問題」になっているのだが、こう言うことにより「自分はこ  れが言った言わないの問題になりかけていることを認識している」ということをアピールすることができ、それ以上の泥沼を くい止めることができる。

☆失念しました
 オトナは「忘れちゃいました」などとは言わない。
 大事なことを忘れてなお、威厳は失わずにいたい。
 そんな見果てぬ野望がこの言葉に込められているとかいないとか。

☆おんぶにだっこに肩車
 なにからなにまで依存している様子。
 「いや、なにをおっしゃいますやら!
 今回の成功はもう御社のおかげでして、おんぶにだっこに肩車ですよ!」
 「いやもう、よろしくたのんます。 ほんと、今回ばかりは、おんぶにだっこに肩車ですわ」
 いったい我々はどこまでへりくだるのだろうか。

☆ご面倒でも一度
 横着せずに正規のやりかたでやってくださいよ、の意。
 「ご面倒でも一度、お越しになっていただければ」
 「ご面倒でも一度、登録からお願いできれば」
 「ご面倒でも一度、ズボンを穿いていただければ」
 「ご面倒でも一度、般若心経をとなえていただければ」


もうこの辺でやめます^^

大阪に本社のある電器メーカーに勤めていた夫は新卒で数年本社で企画を担当したのち、初めて営業マンとして赴任したのが岡山でした。


スタートの岡山には4年ほどいてその後は全国を転々と移動し現在にいたっていますが、その若い独身時代に職場でご一緒だった先輩が先日亡くなられました。


岡山は温暖で比較的災害にも縁が薄い土地柄のせいか、元職場の方々の中には岡山に縁故がなくても退職後の永住の地として岡山を選ばれている方が多く、OB会主催のゴルフ大会などの行事も多彩です。


その先輩は九州のご出身だそうですが岡山時代に職場結婚されたので、長い海外赴任の後の退職後は奥様のご実家のある当地に居を構えていらっしゃいました。


お悔やみに伺った夫は長い看病で憔悴された奥様と若き時代の思い出話を思う存分して帰ったそうです。


苦しい闘病生活でも何一つ愚痴をこぼさず最期まで痛みや苦しみを口にされなかったばかかご自分亡き後の奥様のことをとても心配されていたそうです。


先日読んだ『新・がん50人の勇気』に登場された多くの著名人と同様、その先輩の死に向かっての姿勢に胸がいっぱいになり、おのずとそばの夫に視線を移すと・・・

「すんません、痛いだの痒いだのすぐ口に出すガマンのない夫で」とわが非難を察知したなのような一言。

「闘病中はあえて私に当り散らし、不本意にも最期の最期まで痛い痒い苦しいを連発して人間味を演出することに最大限努力して範を示してくれたすばらしい夫でした、と言うから大丈夫よ」と私。


かくいう私もどうなるか正直自信がありません^^;



さて今日は柳美里氏著『声』をご紹介します。

本書に登場する東氏もまた苦しい闘病生活の中で生に対して決して諦めることなく最期まで果敢に厳しい治療に挑戦し続けた人でした。


あるSNSで親しくしていただいていて私とは全く異なる硬派の読書傾向を持つsyugenさんが著者の『命』のレビューを書かれていたのがあまりにもミスマッチで珍しく、コメントを交換しているうちに刺激されて『命』に続く一連のシリーズ『魂』『生』『声』を再読してしまいました。


そのsyugenさんの『声』のレビューはこちら→

数年前書いた私の『命』のレビューと共に読んでいただければ嬉しいです。 


さて本書『声』は『命』シリーズの最終章です。


『命』に始まる4部作は、簡単に記すと、作家・柳美里の生みの親であり、恩師、恋人であった劇団「東京キッドブラザーズ」の主催者・東由多加と柳美里、そして一時期柳の恋人だった別の男との間にできた子ども・丈陽の、東が食道ガンで亡くなるまでの壮絶かつ濃密なドキュメンタリーです。


本書『声』では、東と恋人として、恩師として、友人としての常識の範疇を越えたような奇妙な交わり方をしていた過去のさまざまな回想シーンをフラッシュバックさせるという手法を編みこみながら、彼が亡くなってから四十九日までの日々の出来事と危うい心模様を詳細に日記形式に綴っています。


柳美里に関しては複雑な生い立ちからの影響か、エキセントリックともいえる人となりや時としてマスコミの格好の俎上に上がる話題を通して拒否感を持つ方も多く過去の作品への評価も賛否両論、私も何編か読んでいますが、感覚的な共感の乏しい作品という印象を持っていました。

ですが、このシリーズではデッドラインを綱渡りするような危うさの中で浮き彫りになった命の重みともいうべき命題の前で言葉にできないような読後感を味わいました。


死に逝く人をここまで全身全霊で引き止め求める魂というものが存在することに感服です。


「私はあと二年で死んでもいいですから、東由多加を二年生かしてください。なんとか子どもと東由多加と三人で二年間生きたいです」と祈る柳に対して

「何としても子どもにヒガシさんと発音できるようになるまで生きるつもりだよ」と約束する東。


劇団主催者とその劇団の研究生として18年前知り合ったとき、柳は16歳、東は39歳。


幼稚で破廉恥な恋の鞘当てを繰り返した果てに行き着いた片方の闘病ともう片方の出産。

どのような解説や推量も当てはまらないような2人の深い絆は、もし東が元気でそして柳が不倫の子を出産していなければどのようなかたちに変質していたのか、という疑問はのみ込んだ上で、ただ圧倒されます。


ずっと在日という錘をうちに抱えながら生まれた子どもを日本人として育てるという選択をした著者ですが、このシリーズのあと五輪マラソンランナーを目指していた祖父を題材にした長編『8月の果て』を発表して祖父を通して祖国に近づいているように見受けられます。


反面、私生活では日常を綴ったご自身のブログの息子の虐待と見紛う表現が問題視されブログ炎上、それを題材に『ドキュメント「児童虐待」』を「G2」に発表するなど危うさを秘めた逞しさを感じさせる現在です。


自殺願望の強かった少女は「書くこと」で危機を脱しているように見えることは嬉しいことです。

寝室にある籐のタンスがあまりにも古くて取っ手が取れ開け閉めが不自由になったのでチラシに出ていた広告の品をめざして出かけました。

行き先は先日毎日コミュニケーションが発表した2011年卒大学生就職企業人気ランキングの文系総合ランキングで堂々11位に入ったニトリ。

前年は58位だったそうなのですばらしい躍進ぶりに驚くばかり。


ちなみに文系1位は3年連続でJTBグループ、2位は資生堂、3位は全日本空輸。

理系は1位が味の素、2位パナソニック、3位がカゴメでした。


学生がニトリを選んだ理由は不況下でも業績を伸ばしているという「将来性」だそうです。


そんなことをインプットされていたせいか、久しぶりに店内に入ると以前より洗練された店内のあちこちにいる男性のスタッフが何だか賢こそうに見えてくるから不思議。


それにしても品質は定かではありませんが、ざっと見にはとてもセンスがいい上にプライスの安さには目を瞠る思い。


一昔前は家具といえば一生モノという感じで力を入れて選んでいたようですが、何十年も壊れない黒光りする家具というのも持ち重りがするような。


我が家は運良くという感じで阪神大震災で大型家具はすべて壊れて随分身軽になりました。


というわけでお買い得と書かれた手軽な29800円のタンスを購入しました。



ついでに今月は転勤や卒入学などで移動の多い月なのでbook off もかきいれどきということで久しぶりに覗いてみました。

本棚から整理した40冊あまりの手持ち本を持参して売り、代わりに10冊購入、収支は▲900円。


以前あるボランティア活動に参加していたときは事務所の一角に古本交換コーナーというのがあって書店や図書館通いも必要ないほど様々な本が活動員によって持ち込まれていたので助かっていましたが、現在は地区の公民館に小さなコーナーがあるくらい。


不要になった本をためておいてときどき公民館にも持参していますが、本のほかにも身の回りのものの気楽な交換の場が広がってほしいです。



さて本日は柳田邦男氏著『新・がん50人の勇気』をご紹介します。


「迫り来る死を前に人はいかに生きるか──昭和天皇から本田美奈子まで、
がんと向き合った作家・俳優・音楽家・学者・僧侶・企業人、
五十余名の『生と死』のかたち」


「意味のある偶然」―武満徹
試練への感謝―山本七平
人生の美学―井上靖・山口瞳・澁澤龍彦・白石一郎・手塚治虫
昭和天皇の最期
己の死をも学ばずには―丸山眞男・中川米造
女たちの生き抜くかたち―千葉敦子・宮崎恭子・森瑤子・重兼芳子・長尾宣子
書くことは生きること―米原万里・絵門ゆう子・山本夏彦・高坂正堯・米山俊直・矢内原伊作
表現者たちの流儀―野間宏・上野英信・国分一太郎・黒田清・日下雄一・五味康祐・石井眞木・青木雨彦・城達也
色即是空のかたち―高田真快・高田好胤
企業人の「生と死」―河邉龍一・河毛二郎・大川功・美川英二・森武志〔ほか〕


著者がライフワークの1つとしていらっしゃる人間の生き方シリーズのうちのガンに関する最新刊が本書です。


元NHK記者として蓄えた取材力で医療現場に取材した渾身の第1回講談社ノンフィクション賞受賞作品である『ガン回廊の朝』を発端に始まった医療への関心は年とともに深く熟成され、眼差しも医療を行う現場からやがて患者へと移行して今日に至っているように思います。


1981年に出版された『がん50人の勇気』から2009年の本書『新・がん50人の勇気』までの約30年という長い年月の間にはさまざまな人々との出会いをヒントに『「死の医学」への序章』などを上梓されたり、1995年にはご次男の自死の体験をまとめられた『犠牲(サクリファイス) わが息子・脳死の11日』を出版されるなど筆舌に尽くしがたい重い人生を過ごされたことが苦しみの中にいる人々に対するあふれるような共感と結びついたのではないでしょうか。


本書にはガンという死と直結した病にまっすぐに向き合って闘った人、運命に添って受け入れた人、そして周りで支え続けた人々を言葉の装飾なしで見つめ続けた記録が詰まっています。


本書執筆の動機を著者は次のように書いていらっしゃいます。

「約30年前、がんを患った著名人50人の最期の日々を描いた『ガン50人の勇気』を上梓(じょうし)しました。
その後、医療技術が発展し、がんの告知も一般的になったことで、日本人の死生観も変容しているのではないか――。
そんな視点から、あらためて50人強の人々の様々な「死のかたち」を取材しました」


30年の間には医学の進歩もさることながら医師患者双方の意識改革も進み、余命はおろか病名告知も逡巡されていた時代の前作と、大半の人が告知を受け、医師が提示した過酷な治療を拒否し、残りのQOLを充実させるという選択肢をも患者自身が選ぶことができるという多様な終末を迎えられる時代に上梓された本書の間の時代の変化は決して小さくはありませんが、底辺に流れるそれぞれの登場人物の死を迎えるまでの真摯な生き様は同じです。

残された人生を精一杯意義あるものとしてまっとうしようとする努力には言葉を超えた感動が広がります。


「豊かで深遠な死」という思いつきの表現ぴったりの多くの死の裏舞台にはもちろん語りつくせない心や体の修羅が本人にもご家族にもあったのは想像に難くありませんが、それでもじっくりした味わい深い余韻が残りました。


「死者を訪ねる旅は、生者を訪ねる旅だ。
死を考え、死の思索を究めるとは、いかに生きるかを考えることだ」


人間の精神生活に主眼を置くなら、人生後半こそ上昇を目指すべきであり、その人の生きた証が、遺された人々の心の中で生き続けるなら、人の精神的いのちは死で終わることはないという著者のあとがきを通して、限りある生を大切に生きる指針としたいと思いました。

私の新聞の読み方は読書と同じく非常に雑です。

まず一面の見出しを目で追い、興味あるところだけ内容を読み、次に天声人語、これは毎日熱心に読みます。
二、三面はざっとで、社説は興味ある記事だけ詳細に。

インターネットをするずっと前少々株をしていたときは株式欄の毎日のアップダウンに一喜一憂していましたが、今は何も保有していないので素通り。

特に欠かさないのが読者の投稿欄や「患者を生きる」シリーズ、昨日は土曜日だったので落合恵子さんの「積極的その日暮らし」というエッセイも楽しみのひとつです。

ほとんど見ないのはテレビ&ラジオ欄と三面記事、特に惨たらしいバラバラ事件など素通りするのでテレビなどで騒がれてそろそろ終焉を迎える頃にやっと噂で詳細を知るという感じです。

そして必ず見るのが下段の新刊本などのコマーシャル、興味を喚起するようなものがあればメモしたりします。


で、昨日目を引いたのが『断捨離』というマガジンハウスから出版された本。

「断」=「入ってくる要らないモノを断つ」
「捨」=「家にはびこるガラクタを捨てる
「離」=「モノへの執着が離れていく」・・・だそうです。

「ダンシャリアン」という造語がこれから流行るかもしれませんね。


まだまだ捨てたい症候群の私はすぐにでも買いたくてamazonを検索しましたが、usedでもまだ高いので断念。

ほんとは新しい本1冊増やすより、古い本を処分したほうが賢いんですけどね。


厳しいダンシャリアンにならなくては!



さて今日は佐々木常夫氏著『ビッグツリー』をご紹介します。


2006年に出版されて朝日新聞の「ひと」欄でも紹介されたりさまざまな雑誌の書評欄にも登場して話題になった本。


先日何気なく新聞を見ていたらあるシンポジウムでパネラーとして出席されていた5人のうちの1人に目が留まりました。

性別や人種、年齢、宗教を超えた多様な人材を活用するという意の「ダイバーシティー」に関するパネルディスカッションで、仕事と生活の調和をはかる「ワーク・ライフ・バランス(WLB)」を実践してきた人たち - 今旬の勝間和代さん・日本IBMで初の女性取締役となられた内永ゆか子さん・事業仕分けで一躍時の人となられた漣舫さん・鳥取県知事を経て現在は慶応義塾大学で教鞭をとっていらっしゃる片山善博さん・そして今日ご紹介する本の著者・佐々木常夫さんがパネラー。


というわけで早速佐々木氏の著書を図書館で検索したら運良く在庫していたので借りてきて読了したのが本書です。



東京大学卒業後、東レに入社、同期トップで取締役、現在東レ経営研究所代表取締役社長のほか、経団連理事、大学講師など歴任、というのが著者の略歴です。


経歴だけ見ると順風満帆の企業人のエリート人生が想像できますが、著者の家庭人としての筆舌に尽くしがたい苦労を知ればこの経歴の裏に隠された超人業に感服するのではないでしょうか。


入社後まもなく会社の保健室の看護師と患者という出会いがきっかけで結婚した妻・浩子さんとの間に2男1女を儲けるという順調な滑り出しに影が差しだしたのは長男・俊介さんが、映画「レインマン」でダスティ・ホフマン演じる主人公と同じ高機能自閉症(アスペルガー症候群)として生まれたことに加え、妻・浩子さんが過去の手術が原因の肝臓病で入退院を繰り返すようになった頃からでした。


第1章 自閉症の長男、年子の次男・長女誕生;
第2章 クレイマー・クレイマーの毎日;
第3章 激しい転勤、孤軍奮闘の妻;
第4章 長女の自殺未遂、暴れる長男;
第5章 「死にたい…」;
第6章 妻再び自殺未遂、もう限界;
第7章 長い夢から覚めたように;


「入院43回、繰り返す自殺未遂、6度の転勤、単身赴任、激務、そして…。
自閉症の子、うつ病の妻の心と命を守り抜き、東レ同期トップで取締役、家族を再生した感動の手記」


これまでの家族を支えてきたのが平凡な人では真似できないような著者のウルトラポジティブシンキングに裏打ちされた積み重ね努力の姿勢であることが作品全体から伝わってきてただただ感嘆するばかり。


著者のこのような姿勢には持って生まれた資質があり、そして幼くして父を亡くしたあとの母の苦労と共連れの生い立ちがあると思います。


物事を前向きにとらえる気質と日々の努力の積み重ねを厭わない性格が相まってこのような苦境を乗り越えて今日があるのでしょうが、長年重度のうつ病で苦しんだ奥様がはからずもご指摘されていた性格のすれ違いという言葉にも重みを感じました。

長年うつ病で入退院を繰り返し簡単な家庭生活を営むことすらできない妻と、会社人としても認められ家庭でも妻の仕事をすべて肩代わりでき、そして明るく前向きな夫という両極の構図と、子どもたちもそれを認めているという雰囲気に妻である浩子さんはますます追い詰められていったのではないでしょうか。


半端でない回数の度重なる入退院には驚きを隠せませんが、入院によって症状が安定し、退院によって症状が悪化するということの繰り返しの入退院ということを思うと、理不尽かもしれませんができすぎた夫に対する抑圧は相当なものだったような気がします。


それにしてもこのような壮絶な家族の物語を公にし、周囲を見方にして公私共に風通しの穴を開けるという著者のポジティブな勇気には感服しました。

「「家庭の悩みを隠さないでよい社会に」


こういう風穴がどんどん開けられて、家族内で封じ込めるということのない社会になれば障害者も精神疾患を抱えた人々もどんなに救われるでしょうか。


著者に興味ある方は下記のオフィシャルサイトをどうぞ。

     http://sasakitsuneo.jp/index.html

昨日は終日春一番を思わせる強風が吹いていましたが、今日はうって変わって穏かな小春日和、刻一刻と春が近づいているようです。


少し前から、母のところへの行き帰りに通る小さな川べりの桜に固い蕾を発見


なぜか桜の季節になると心が浮き立ちます。

病床にある人は桜の開花をよりどころに闘病の勇気をもらったりと桜は不思議な魔力を持っていますね。


桜と共に花粉の季節も到来し、文明病といわれている花粉症などのアレルギー疾患の患者数も年々増えて周囲でも花粉症の話題で盛り上がっています。


以前アレルギーの指標となるIgE抗体を調べたとき、数値表を見た親しい医師が「現代人としては珍しく低いね」と言われたことがあります。


重症のアトピーや喘息など強いアレルギー疾患を持っている人の中には何万という高値を記録する人もいるらしく、花粉症などに悩まされている人で数百という数値がざらという中、私は5以下という低値。


何だか近代文明にも影響されずずっと生き残っている化石のような気分ですが、花粉症の季節になるとありがたさを感じてしまいます。


喘息や花粉症などには昔はアレルギーの原因となるアレルゲンを突き止めてそれを定期的に注入して抗体を作るという減感作療法が行われていて、小児喘息だった長女も注射に通いましたが長い年月を要する上に効き目があまりにもゆるやかで途中で挫折する人がほとんどということでそのうち自然に廃れてしまったようです。


先日新聞にその減感作療法が進化したものとして、例えばスギなどのアレルゲンとなるものを特殊な方法で抽出した液を沁み込ませたものを舌下に短時間置くことを繰り返して抗体を獲得する効果が出ているという記事が出ていました。


注射とちがって頻繁に病院に通う必要がなく、この療法が広がって患者さんにとっては朗報となれば嬉しいですね。



さて今回は曽野綾子氏著『善人は、なぜまわりの人を不幸にするのか』をご紹介します。

1 善意は何をもたらすか
2 「知らない」ことの不幸
3 不完全のすすめ
4 矛盾を抱えてこそ人生
5 どうすれば自分を失わないでいられるか
6 図らずも心が救われるとき
7 傷ついた人にしかわからないことがある
8 生きることの厳しさを教えられる親になるために


タイトルに惹かれて手に取られた読者の方も多かったのではないでしょうか。

私もその1人ですが、本書はちょっとしたまえがきと目次を除いてすべて著者の過去の作品からの抜粋で構成されているのを知って少しがっかりしてしまいした。

私は著者の作品をかなり読んでいるので引用文の示唆するものをある程度理解できますが、出典先の作品群を未読の方々には文章が独り歩きしているような唐突さを感じることがあると思います。


とはいえそれぞれの文章には著者が半生の経験から培ったであろう感性に裏打ちされた貴重な言葉にあふれています。


著者の考え方に関しては部分的に受け入れ難いこともありますが、ある年齢から共感部分の比重がどんどん増えていて人生の指針にしたいと思う言葉が多くあります。


それらを少し抜き出してレビューに代えたいと思います。


「善人は自分勝手に幸せになるけれども、まわりの人は不幸になることがあるの。
善人は自分に自信があるから困るんですよ。
人の心がわからなくて、自分が善人であることにあぐらをかいているから」 (人はみな「愛」を語る)


「時とすると、善意ほど恐ろしいものはない。
悪意は拒否できるが、善意は拒否する理由がないからだ」(社長の顔が見たい)


「本当の意味で強くなるにはどうしたらいいか。
それは一つだけしか方法がない。
それは勝ち気や、見栄を捨てることである・・・
自分の弱点をたんたんと他人に言えないうちは、その人は未だ熟していない人物なのである」(人びとの中の私)


「人間は生きるためには、賢いことと共に愚行や蛮行も時にはしなければならないのである。
文明の恩恵に浴しながら自然が保たれることなどない。
ホタルが夢のように飛ぶ土地には、必ず工業も産業もない。
ホタルか雇用かどちらかを取るのが、人生だ」(「受ける」より「与える」ほうが幸いである)


「自分らしくいる。 自分でいる。 自分を静かに保つ。 自分を隠さない。 自分でいることに力まない。 自分をやたらに誇りもしない。 同時に自分だけが被害者のように憐れみも貶めもしない。
自分だけが大事と思わない癖をつける。 自分を人と比べない。 
これらはすべて精神の姿勢のいい人の特徴である」(ただ一人の個性を創るために)

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