VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2011年01月

「ビーズ・オブ・カレッジ」という運動をご存知でしょうか。


日本語では「勇気のビーズ」と訳すようですが、2005年ごろに米国の医療現場で始まり、日本には2009年に小児がんなどの子どもたちを支援するタイラー基金を通して伝えられたそうです。


現在日本国内では大阪と茨城の2病院で実施、これから新たに5ヶ所の病院で始まる予定だということです。


白血病などで長い闘病生活を余儀なくされる子どもたちをカラフルなビーズで勇気づける取り組み。


手術や検査、放射線などの厳しい治療を1つ乗り越えるたびに色や形が違うビーズを患者である子ども自身がひもに通していきます。


がんばった記録が形に残り、治療に前向きに取り込むことができるそうです。



そういえば昨年孫の明日香がRSウィルスによる肺炎で入院したとき、とっさに思いついて家にあった色とりどりのビーズとテグスなどの部品一式を持って駆けつけたことがあります。  


子ども病棟は原則的に夜間の付き添い禁止なので面会時間が終わったあとや午後の面会時間までの長いひとりの時間に随分ビーズが助けになったようです。


片方点滴に繋がれた手で苦労してテグスに自分の好きな色のビーズをつなげていくつもネックレスや指輪を作ったり・・・1週間の入院中にたくさんのアクセサリーができました。   


明日香のはお遊びでしたが、ビーズが病気に立ち向かう心の支えになるなんてすばらしいですね。



写真は一時期凝っていたビーズワークのほんの一部と山のようなビーズ。
  

作り方を忘れるくらい数年ご無沙汰ですがストックしている材料を無駄にしないためにも何か作らなくちゃとは思っているんですけどね。





さて本日は乃南アサ氏著『自白 刑事・土門功太朗』をご紹介します。 


「事件解決の鍵は刑事の情熱と勘と経験だ。
地道な捜査で容疑者を追い詰める男の迫真の事件簿。
まだ科学捜査も動機なき犯罪もなかった時代、『鬼』と呼ばれた伝説の名刑事がいた。
懐かしい昭和の風景がよみがえる刑事事件簿。
刑事小説の名手、乃南アサによる新シリーズ」


著者の刑事モノといえば大好きな「音道貴子シリーズ」がすぐ思い浮かびますが、本書は2010年3月刊行の刑事モノの新シリーズというので期待感を持って読みました。




「音道シリーズ」のレビューは以下です。

   『風の墓碑銘』

   『嗤う闇』

   『鎖』



昭和50年代を背景にそれぞれ愛人殺し、夫殺し、窃盗犯、タクシー運転手殺しの犯人を追い詰めて自白に導くまでの4篇からなる短編集となっています。


現代では当たり前のパソコンや携帯電話もなく、DNA鑑定などの科学を駆使した捜査もない時代の地道に足で証拠を稼ぐという典型的な刑事の姿が描かれていて地味ながらいぶし銀のような作品に仕上がっています。


主人公・土門刑事の捜査と並行して、大阪万博や東京ディズニーランドの開園、ホテルニュージャパンの火災、日航機羽田沖墜落事故、よど号ハイジャック事件、三島由紀夫の割腹自殺など当時の世間を賑わした事件が会話などに頻繁に登場しレトロな感じをかもし出すのに一役買っています。


私を含め音道シリーズの読者としてはハラハラ感や躍動感のないところ、少々物足りない感じは拭えませんでしたが、科学捜査に頼って犯人を追い詰める現代とは一味違った時代の犯人を自白に導く過程が丁寧に描かれていて読ませます。


ゴミのような小さな手がかりをジグソーパズルのようにつなぎ合わせ、一個の人間として容疑者に対峙し、自白に導く手腕を描いて妙。


主人公・土門功太朗もさることながら彼を取り巻く刑事たちも今どきの刑事モノのような際立った個性もなく盛り上がりに欠けますが、淡々と描くという著者の意図が見えてくるような作品でした。

晴れの国岡山に淡雪が舞った2日前。


26日の明け方、肺がんを患っていた従弟が亡くなり当日お通夜、そして続く翌日葬儀という慌しさでした。


お骨あげのあと外に出て空を見上げると白い綿菓子のような雪が肩に落ちては瞬間消えるということを繰り返していました。


2歳違いの従弟とは幼い頃いつもいっしょに遊んだ思い出がたくさんあります。


全身に転移していたがんのため本来の顔色を失っていましたがきれいに施してもらった死化粧の顔を見ていると忘れていた思い出が次々蘇って胸がいっぱいになりました。


貸本屋さんで借りたさいとうたかおの漫画を枕元に積み上げて奪い合って喧嘩になった小学生のとき。


小学校低学年の一時期通った絵画の先生のところへの長い山道を2人で1里、2里と数えながら目印にビー玉やその頃流行っていたガムの包み紙などを隠して歩いた記憶。

高校から東京に出ていたので夏休みを利用して下宿の掃除に行ってマージャンをしている横で料理を作ってあげたこと。


長じてのさまざまな記憶を素通りして成人するまでの記憶ばかりが鮮明に蘇ってきます。


生まれてすぐ親戚の籍に出た私にとって戸籍上は従弟ですが実の弟。


成人してからは親の跡を継いで会社経営という重責に押しつぶされそうになったこともありさまざまな問題を抱えて苦しんだ従弟でしたが家族に恵まれたのは最大の幸せでした。


治療もできなかった手遅れがんでの数ヶ月の闘病は大変辛いものだったはずですが医師や看護師の方々が感心するほどとても我慢強かったのはわがままいっぱいだった普段を知っているだけに家族共々意外な発見でした。

究極の場でいい方の別人格が出たということでしょうか。


法要のあとの説法の中で語られた、いつでもどこでもどんな形でもお念仏さえ唱えていれば極楽浄土が約束されるという法然上人の言葉が昨日は妙に頭にインプットされました。


以前このブログでもアップしたダライラマの本によるとチベット仏教では現世の行いが来世に反映されるという思想に比べ浄土宗は随分救いがあって楽だなぁという感じ。


無宗教の私は基本的には死ねば土に還るだけと思っていますが、最近よく立ち止まって考えてみることが多くなったのは年のせいかもしれません。


何はともあれ生を全うするというのは人間の一大事業ですね。




さて本日は湊かなえ氏著『少女』をご紹介したいと思います。


超話題作になった『告白』のあとに書かれた作品、多くの読者の期待を一心に集めたものといっていいのではないでしょうか。

私にとって読後感のいい作品とは言いがたかった『告白』より多少毒気が薄まったジュニア小説というのが本書の感想です。


「高2の夏休み前、由紀と敦子は転入生の紫織から衝撃的な話を聞く。
彼女はかつて親友の自殺を目にしたというのだ。
その告白に魅せられた二人の胸にある思いが浮かぶ――『人が死ぬ瞬間を見たい』。
由紀は病院へボランティアに行き、重病の少年の死を、敦子は老人ホームで手伝いをし、入居者の死を目撃しようとする。
少女たちの無垢な好奇心から始まった夏が、複雑な因果の果てにむかえた衝撃の結末とは?」



主役は由紀と敦子という2人の女子高校生。


その2人の交互語りによって物語が進行しますが、目まぐるしく変わる視線がどちらの視線かなどと考えている間にそれぞれの物語の中に周到に張り巡らせたいくつもの伏線を見逃してしまいかねない危険性があるほど、何気ない伏線の張り方です。

そしてそれらが思わぬところでリンクし合い、最後に一気にどんでん返しを迎えるというテクニックはさすが。


決して多くない登場人物が思わぬ場面で関係し合っていたという設定が1度ならずいくつか重なるので、意図的なご都合主義を感じてしまいますが、今どきのティーンの口調や様相などが巧みに描かれていて最後まで一気に読ませる牽引力はありました。


本書でも何度か出てくる「因果応報」という言葉を前作ともども主題にして人間の心の闇から発した悪意の連鎖が回りまわってやがては自分に返ってくるということをテーマの作品という風に読みましたがどうでしょうか。

おばさんである私には共感部分の少ない作品でした。

地デジへの移行まであと数ヶ月になりましたね。

政府から地デジ計画書が配られたとき2011年は遠い先の話と思っていたのに・・・やってきました。


先日テレビのクイズ番組で地デジにする目的について解説していましたが仕組みに弱い私にはわかったようなわからないような。

携帯の利用者がすごい勢いで増え、周波数が逼迫するようになったのも一因とか。


アナログTVは無駄に多くの帯域を使っているので効率のよいデジタル化で大規模電波使用帯域再編を図ろうというものだそうです。

放送サービスの高度化、電波の有効利用、情報と通信の融合、関連産業の発展による経済効果も見逃せないといいます。


我が家の2台のテレビとビデオは昨年のうちに地デジ対応にしましたが、まだこれからという人も多いようですね。


何が何だかわからないまま国の方針でテレビの買い替えなどを余儀なくされることに対する戸惑いや不満の声が新聞の投書欄に載っていましたが、生活を維持するだけで精一杯の経済状態でもうテレビを観る楽しみは諦めざるを得ないという高齢者の方もいて、理不尽を感じてしまいました。


現代の楽しみの必須アイテムといえば、テレビ、パソコン、携帯電話など、まさに電脳社会ですね。


特に携帯電話でいえばわずか10年ほどの間に地位がどんどん上がっているのには驚くばかりです。


電車に乗ると座席に座っている人の半数以上は携帯を操作しているという状況、いまや歩きながらや自転車や自動車を運転しながらはよく目にする光景です。

かくいう私も携帯電話を忘れて旅に出るなど考えられない昨今です^^;


大人はまだ抑止力があると思いますが、特に中高生から携帯電話やゲームなどを切り離すことの難しさを考えると親御さんの大変さがよくわかります。



本日ご紹介するのは、そんなインターネットや携帯に依存する青少年への警鐘てんこ盛りの内容の本です。



柳田邦夫氏著『生きなおす力』


「新潮45」に連載されたエッセイを単行本化したものの第5弾、第1弾~4弾は次の通りです。

「壊れる日本人」「石に言葉を教える」「人の痛みを感じる国家」「気づきの力」


「倒産、解雇、ワーキングプア、老々介護…この困難な時代を我々はいかに乗り越え、生きていけばいいのか。どうすれば大切なものを見極め、守っていけるのか。現実に打ちひしがれながらも懸命に再生した人たちを追うとともに、その背後に横たわる、現代社会の問題点を痛烈に説く」



携帯電話やインターネットの及ぼす弊害についてさまざまな場で語っていらっしゃる著者ですが、本書でも序盤で痛烈な批判論を展開しています。


提言というには少々過激な内容、携帯電話やインターネットの野放しの氾濫が近年の青少年の犯罪の凶悪化を導いていると断言しています。


一理も二理もある提言、青少年の活字離れやゲームやネット依存などによる成長期の害について懸念するところですが、携帯電話やインターネットが21世紀の負の遺産と言い切るにいたっての過激さにはさすがに首を傾げてしまいます。


最近の著者の作品の傾向としてある事象を追い詰めて決めつけるというパターンが感じられるのは私だけでしょうか。


本書では特にマイナス面ばかりの強調が目立ちますが、その打開策として絵本の読み聞かせやノーテレビデーなどの提案には共感を覚えます。


タイトルの「生きなおす力」とはすなわち「さまざまな挫折を乗り越えて生きなおす力」であると解釈しますが、こういった力を蓄えることは人生において重要課題だと思います。


ご次男を自死によって失われた経験を通しての深い闇の底からの生還という経験を通しての言葉にはさすが説得力があります。


ご次男の自死のドキュメンタリーとして上梓された『犠牲』はあらゆる読者層の涙を誘ったベストセラーとなりましたが、その表紙を担当された絵本作家の伊勢英子さんと再婚されたことを知ったのは数年前、まず疑問に思ったのは長い間強度のうつ病で入退院を繰り返していらっしゃった奥様はどうされたのかということでした。


亡くなられたということも書かれていないので一読者としてとても不思議です。


柳田氏の作品を通して受ける真摯な誠実な姿勢が好きでほとんどの作品を読んでいる私は氏がいままで航空機やがんなどにまつわることを中心に書かれていた世界から大きく踏み出されて一大決心のもと『犠牲』を書かれたことをとても評価していました。


『犠牲』で前の奥様の重度のうつ病の様子に触れていらっしゃったのを読んで柳田氏の私生活の苦しみを知ったわけですが、それだけにドキュメンタリー作家として今度は多くの人々が苦しんでいる精神疾患にスポットを当てた作品を発表してくださることを期待していた私はよけい肩透かし的なものを感じたのかもしれませんね。


いずれにしてもこれからも社会の片隅で埋もれた苦しみの代弁者として、また変質し続ける社会への提言を一方的なものではない公平な目を通して発表してくださることを期待しています。

小学校の教諭が受け持ち児童の保護者を提訴したというニュースがありましたね。

保護者が学校側を訴えたケースはときどき耳にしますが逆のケースは聞いたことがありません。


埼玉県の公立小学校の女性教諭が保護者から受けた再三のクレームをによって不眠症に陥ったとして担任する女子児童の両親に慰謝料500万円を求めて提訴、係争中だそうです。

具体的な訴状内容は省きますが、新聞によると提訴の翌月勤務先の校長名で市教委に対し「モンスターペアレンツに学校や教師が負けないようにし、教諭が教員を代表して訴訟を行っていると受け止めている」という文書を提出ししたという内容から鑑みてひとりの担任教師対保護者というより学校対モンスターペアレンツという構図になっているのに驚きます。


学校に対し給食費不払いやさまざまなクレームをよせる保護者の力がどんどん膨れ上がっているような昨今、忍耐の限界に達した学校側の逆襲という第一印象を受けましたが、両者の言い分を聞くと簡単に決着がつく問題ではないと思いました。

当の保護者の教師に対する追い詰め方も執拗だったのは想像できますが、その保護者がわが子のポケットに忍ばせて持たせたICレコーダーから流れる教師のその児童に対する執拗で残酷な叱責の声を聞くとどちらの言い分が正しいかという判断がつかなくなりました。


数年前、朝日新聞で保護者や子どもたちのさまざまな圧力の結果自殺に追い詰められた教師たちの記録が連載されていて、精神が蝕まれるほど極限までの忍耐を強いられていた姿に憤りを感じたものでした。


教師が神格化されていたはるか昔の時代からすると考えられない昨今ですが、子どもたちが学童期になると親である私にとって教師は特別な存在でたとえ不満があろうと教師の前では抗議など論外、わけもなく平身低頭しわが子の不出来にいつも頭を下げていたものです。

教師も親も子どもたちも何かが悪い方向に変質し続けているようで恐いです。


私事に戻りますが、転勤の多い我が家の子どもたちは必然的に多くの転校を経験していますが、長女と長男は運良く3年間ここ岡山の地で高校に通うことができました。

その後両親である私たちが転勤で当地を離れ、長女と長男も京都で大学時代を過ごし当地に戻ることなく東京暮らしが続いています。


その長女が高校生の一時期英語を教えていただいた先生との交流が卒業後しばらくのブランクを経て復活、現在も娘の帰省に合わせて当時の生徒仲間とともに先生を囲む楽しい食事会が続いています。


娘を通して知る先生のお人柄を聞くにつけ、教師というものは教える技術もさることながらいちばん大切な要素はその豊かで公正な人間性にあるとしみじみ思います。


高校当時から人間的な魅力あふれるあるすばらしい先生として娘たちが慕っていたのを度々耳にしていましたが、その先生が小説を書かれていると知ったのは数年前のこと。


毎年1月17日には阪神大震災を記念して被災に関する思い出をブログに書いてきましたが、3年前の2008年1月17日には読む機会のあった先生の作品 ――2006年第8回内田百�闖ワを受賞された『まだ、いま回復期なのに』 ―― が大震災で家族を亡くしたひとりの少年のその後を描いた長編小説だったという縁からこのブログにレビューをアップしたという経緯があります。

『まだ、いま回復期なのに』のレビューはこちら


前ふりが長くなりましたが、その先生が最近上梓されたばかりの本をプレゼントしてくださいました。


作家の方から直接謹呈本をいただいたのは初めて、光栄で大切に読ませていただきました。


今日ご紹介するのがその本です。


早瀬馨氏著『人形』


同人誌「青銅時代」に掲載された6篇に、1997年第31回北日本文学賞受賞作品を加えた7篇を含む短篇小説です。


7つの短篇は著者を投影していると思しき主人公があるきっかけで長い間深い記憶の底に無意識または意識的に封じ込めていた少年時代のさまざまな出来事をそのときどきの情景とともに一人称で語るという構成になっています。


どの小品にも両親や友だち、年上の女性たちとの交流を通して思春期へのとば口で戸惑い揺れ動く多感な少年の危うい心模様が、著者の慣れ親しんだ瀬戸内の海辺や山里の風景とともにヴィヴィッドに描かれていて、性別を超えて掴みどころのない年頃の不確かな切なさを誘う物語となっています。



故郷の里山でひとり暮らしをしている90歳近い母親の骨折入院を機に立ちはだかる同居の話に戸惑う「私」と母親の姿を幼い頃築けなかったぬくもりのある母子関係に思いを馳せながら描いた「人形」

広がったままの距離を置きざりにしたまま少なくとも表面的には静かに向き合っていた2人の関係に対比するように登場させた母親の身辺を気遣う近所の矢田さんの田舎人の優しさが地方言葉のどこかしこからにじみ出ていて主人公と母親の関係を浮き上がらせて効果的な作品となっています。


今は亡き7歳年長の従姉のまあやと「ぼく」の思い出を綴った「匂いの記憶」

5歳のとき離婚という形で父親を失った「ぼく」の孤独を慰撫してくれた従姉の腕の中で嗅いだ匂いが成長につれて分析不能な匂いからやがて性の匂いへと変容していった記憶を通して思春期の少年の揺らぎが伝わってくる作品でした。


取り壊しになる築100年の故郷の学校の校舎の写真撮影を依頼されたカメラマンの「私」が撮影中のある小さなことがきっかけで甦った胸の奥に封印していた小学生時代の出来事を描いた「鶫」

ここに登場するのは都会から疎開していた美しい女子大学生、恋ともいえない淡い気持ちを抱く少年の「私」が病床の彼女を喜ばせるために必死でとったある行動によって自分の中に居座ってしまった自分を苛む気持ちを描いて秀作です。


メリメの有名な短篇『マテオ・ファルコネ』を通して手繰り寄せられた「私」の少年時代の一時期の危険を孕んだ交友関係を描いた「嘘」

厳格な母の許、道徳という器からはみ出さない環境で育ち思春期の入口で戸惑っている「私」がたった1歳年長なのにすでに大人顔負けの行動力や生活力を身につけていた富男の不純で不道徳ゆえに甘美な危険に満ちた世界に挽きこまれそうになりながらも自分の日常とのあまりの隔たりに不安を感じて自己の内部でせめぎ合う心理が川を挟んで向こう側とこちら側に住む人間の対比を交えて描かれています。

この作品のテーマは『マテオ・ファルコネ』で父親のマテオが息子を銃殺するきっかけになった「訊問」、詳細は省きますが主人公の「私」が富男に関わりのあった殺人事件で刑事に訊問を受けたことと繋がっています。


メリメのこの小品の内容があまりに強烈だったので、本書の「嘘」との関連づけが少し弱いような気もしますが、作中での『マテオ・ファルコネ』の早瀬氏の簡単なあらすじの記述がすばらしく、遠い昔コルシカという異国の地でマテオが息子を殺めた刹那の瞬間の情景が立ち上がってきて胸が締められるような巧みな描写でした。


ずっと遠い昔読んだこの物語をもう1度じっくり読み返したいと思わせる文章、余談ですがまた近いうちにレビューをアップしたいと思います。


ヘルマン・ヘッセの『車輪の下』のある場面を通して浮かび上がった記憶の底
の風景を描いた「転入生」

物語の主人公ハンスが寮で同室のヘルマン・ハイルナーにキスされるというのがその場面。


男同士のキスが想像をはるかに超えた強烈な印象として記憶に刻まれている「私」が記憶を手繰り寄せたのは遠い少年時代都会から転校してきた辻晶良に近づきたいというある種の後ろめたさを纏った不思議な感覚にこの場面のハンスの戸惑いと似通ったものを感じたからだと記しています。

「私にそういった性癖はないけれども、少年というどっちつかずの性にゆらいでいるときには、そんなことも起こるかもしれない」

昔私が衝撃を受けたヘッセの『デミアン』のシンクレールとデミアンの関係に似て、彷徨する少年期の魂はさまざまな方向の愛や苦しみを手探りで掴んでは離すということを繰り返して大人になるのではないでしょうか。


かつて子どもだった大人たちは誰でも経験のある大人になるまでの不確かな一時期での葛藤が描かれて共感を呼びます。


認知症の母に会いに施設に行った帰途のプラットホームで「私」が偶発的に受けた暴力的な高校生の行為と自分に向けられた挑戦的な眼差しを通して味わった行き場を失った惨めな怒りと憎しみ。

その憎しみの感情が「私」の過去の記憶へと繋がり、生涯許すことのできなかった父親や一時期の友人との関係を現在と過去を交差させながら巧みに描いている第31回北日本文学賞受賞作品「眼」


繊細で傷つきやすい多感な少年の心の移ろいが豊かな表現力で描かれているのがすべての小品に共通する特徴ですが、著者の年齢を考慮すると驚くほどの瑞々しさに脱帽します。


まさに永遠の少年という表現がぴったりという感じ。


人は幼少期の環境を生涯多かれ少なかれ身に纏って生きているという文章を何かで読んだことがありますが、この作品の主人公たちがまさにそうです。


私自身静かに目を閉じれば、埋もれた過去のいくつもの自分の姿がそのときどきに味わった感情とともに立ち上がってきます。

それはできることなら生涯封印したいほどおぞましい姿だったり、切なくて胸が張り裂けそうな1シーンだったり、胸躍るようなひとコマよりはるかに多い頻度で現在の自分に後悔や哀しみとの対峙を迫るような気がする埋もれた記憶の数々。


生涯続くであろう自分を知る旅の途上、過去を見据えるきっかけを与えてくれた作品でした。

寒い日が続きますね。


北日本や日本海側の豪雪のニュースを聞くと夫の郷里・舞鶴の義兄夫婦や若い頃1年半転勤で住んだ鳥取・米子の友人たちのことが案じられます。


米子は隣の松江や出雲に比べ積雪はそれほどでもありませんが、それでも短い在地期間、視界を遮るほどの吹雪の中子どもたちと外出した1コマがそのとき着ていた服装とともに鮮明に思い出されます。


その頃はスタットレスタイヤやチェーンを用意して足繁く大山にスキーに通ったのが思い出。


まだ末っ子は生まれていなかった家族4人の時代。


小学生の長女と長男を連れて冬場は毎週のように通った大山。


スキー初経験の子どもたちでしたが小4の長男の進歩が際立ってすばらしく、入賞は逃したものの小学生のスラローム大会に選抜されて出場したほど。


私たちがスキー板を担いで麓に下りる細いでこぼこ道も長男だけは難なくスキー板を操って器用に滑り下りて麓で私たちを待っていたものでした。


スポーツ好きの長男は中高大とサッカーやバドミントン、テニスを続け社会人の現在も会社のフットサルクラブで毎週汗を流しているようですが、スキーに行ったという話を聞かないので不思議に思っていたところ「実はスキーが嫌いで行くのいやだった」というのを聞いて短期間にあれほど上達して嬉しかっただろうという親の一方的な思い込みとのギャップに驚いたことがあります。


自分の子どもの頃を振り返っても親の気持ちに添わないと思える本当の気持ちは親には決して言わなかった覚えがあります。

今ならもっと子どもの心に添った子育てができるだろうにと思いますが後悔先に立たずです。




さて本日は遠藤武文氏著『プリズン・トリック』をご紹介したいと思います。


原題『三十九条の過失』を改題したもの、日本国憲法39条に謳われている一事不再理についての規定をテーマにした骨太の作品になっています。


第55回江戸川乱歩賞受賞作、著書のデビュー作です。


「交通刑務所で発見された変死体。
『前へ倣え』姿の死体のそばには、『石塚、死すべし  宮崎』と書かれた紙があり、宮崎春雄が行方不明になっていた。
刑務所内での密室殺人の裏に隠された、恐るべき計画と真実とは――」


これまでの江戸川乱歩受賞作には古くは二木悦子氏の『猫は知っていた』や小峰元氏『アルキメデスは手を汚さない』、そして比較的最近では桐野夏生氏の『顔に降りかかる雨』、藤原伊織氏『テロリストのパラソル』、渡辺容子氏『左手に告げるなかれ』、高野和明氏著『13階段』など読み応えのあった作品も多く、図書館で目にして迷わず借りました。



「交通刑務所内の生活など、僕には知るすべもなかったのを、詳しく教えてもらった。
犯人側の視点で書かれているので、臨場感もあり、この話がどう収斂sれてゆくのか興味を惹かれた。
ただしその後、視点がどんどん移って、誰が主人公なのか、見極めがつかなくなってくる・・・
導入部の迫力のわりに、解決部が物足りなく、かなり強引なトリックを使っているのもどんなものか」(内田康夫氏)


「まとまりもなく、小説として成立を危うくしかねない破綻がそこここに漂っているし、誰に感情移入してよいか分からぬ登場人物の多さなど、傷はたくさんあるのだが、ひと言でいうと、志が高い。
描こうとしている絵の大きさや、やろうとしていることのハードルの高さに惹かれた」(恩田陸氏)


「過半数の委員がAの評価を下した・・・
ところがすんなりと受賞とはならなかった。
それは、この作品には、どうにもならない大きな傷があまりにも多いからである・・・
だが魅力的という点でも、この作品は抜きん出ていた。
序盤の刑務所で起きる密室殺人の件はバツグンにおもしろく、ラストで明かされるトリックの内容にも唸った・・・
どのような経緯があって、作者がこういう仕掛けを思いついたのかは不明だが、このトリックに挑んだところに志の高さを感じた」(東野圭吾氏)



選考委員の方々の評にあるように刑務所内での完全密室殺人という想像を絶するテーマにチャレンジしている点における構成力の確かさには脱帽しましたが、やはりすべての委員の方が指摘されているように、登場人物がやたら多く、そのときどきでその登場人物が事件の鍵を握る重要な存在として登場、多岐にわたって目まぐるしく変わる視点を中心に展開する物語にはついていくことがかなり難しかったです。


誰が主人公であるかという見定に最後まであたふたとした作品でした。


そういう整理の行き届かないという欠点は別にすれば選考委員の方々の何人かが選考の根拠として挙げられた「志の高さ」やスケールの大きさを感じさせる内容。



前述した原題のもととなった憲法第39条は次の通りです。

「何人も、実行の時に適法であった行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問われない。
また、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問われない」

ネタバレになりますが、この法規の隙を突いた巧妙な犯罪が作品の一部になってはいますが、それをタイトルにするには?という内容、改題はいい選択であったと思います。

またこのようなスケールの大きなトリックに比して殺人の動機自体が必然性が弱く、共感を得られるものではないというのが私の印象です。


その必然性を補強するために著者は最後の最後で見事などんでん返しを用意しているのはミステリー妙味につきますが、それを加味してもぎこちなさは残りました。


冒頭から延々と描かれている交通刑務所内での囚人たちの日常描写は緻密で著者ご自身の経験かと見紛うほど調査が行き届いていて不案内な私たち読者にとって大変興味深く、そういった意味で読者をひきつけた序盤のインパクトがあまりにも強烈だったのでそれを最後まで続行できなかったのがかえって目立った作品でした。

今年も1月17日がやってきました。

1995年1月17日から16年目。


震災に遭ったとき小学6年だった次男が28歳になったことを思うと月日の過ぎ去る速さに唖然とします。


震災後3年を神戸で暮らし復興の様子もつぶさに見たのち夫の転勤を機に東京へ移りました。


先日アップした神戸を舞台の『奇蹟の画家』でご紹介した画家・石井一男さんも住まいの東山町で被災され、近くに住む76歳のお母さんとともに菊水町の地域福祉センター内の避難所で過ごされた2ヶ月近くの避難生活を語っていらっしゃったのが印象的でした。

私が住んでいたのは石井さんの住まいよりかなり東寄りの東灘区岡本、阪急沿線とJR沿線のちょうど中間辺り。


神戸は六甲山を抱く北と海側の南との間に北から阪急、JR、阪神電鉄が並行するように走っていますが、そのJR線と阪神線の間に位置する阪神高速道路の橋げたが折れるという大惨事に見舞われたのは新聞でも大々的に出ていたのでみなさんご存知だと思います。


その高速道路からも徒歩で行ける距離にある住居のマンションは幸い築浅だったため倒壊を免れたものの家財道具はほとんど全滅、のちに神戸市に「一部損壊」と認定されました。


80年近い歴史の本山第二小学校6年生だった次男はその日より倒壊の危険性のある建物に入ることが禁じられ、校庭のテントで卒業式が行われた3月の終わりまで授業はストップしたまま。

大阪に勤務していた夫は地震後は大阪市内の会社保有の独身寮に入り京橋に通勤、私と次男はしばらく滋賀の義兄の家でお世話になり、その後3月末の卒業式まで川崎の長女の家で暮らしました。


避難場所だった本二小学校の前の路肩でぼんやり座って大阪から来た屋台のうどんの順番を待っていた私が前を通ったリュック姿の2人の男女を見て驚いたのは地震3日目でした。


滋賀の大津に住む夫の長兄とその娘である姪が私たちの安否をたずねて電車を乗り継ぎ、交通マヒ状態の西宮からずっと歩いてたどり着いたのでした。


今でもそのときの光景を思い出すと胸がいっぱいになります。


その時元気だった長兄も5年前に黄泉に旅立ちました。

リュックいっぱいに詰め込んだ生理用品などの必需品を被災者に配ってくれた姪の姿が時が巡るたびに思い出されます。

英子ちゃんほんとうにありがとう!


直接の知人に亡くなったり怪我をした人がいなかったのは幸いでしたが、住まいの近くの人や知人の知人、学校関係者など倒壊した家屋の下敷きになった人々の救済などで阿鼻叫喚というのが当時の様子でした。

その間絶え間なく続く微震、本震よりもっとすごいのが来るという風聞が駆け巡り、校庭で横になっていても寒さと恐怖で眠ることもできませんでした。


着の身着のままで出てきた住まいのリビングは傾いたキャビネットにあった洋酒などのビン類、グラスなどの破片が処狭しと散乱し、寝室の枕元にあった本箱は私の布団の上に倒れ中の本が部屋中散らばり、洗濯機や冷蔵庫、電子レンジもすべて横転して壊れたままの状態。


半月ほどして夫の部下の若い人たち10人ほどと名古屋にいた長男に応援を頼み家の片付けをした後はずっと校庭で避難を続けていた知人の病気のご両親に仮住まいとしてマンションを提供、しばらく住んでもらいました。


当時の出来事を書くとなるとあまりにも膨大な思い出に押しつぶされそうになります。


未だに心や生活上の傷跡が回復しないままで苦しみを強いられている人々がたくさんいる中、私たち一家はこうして何事もなかったかのように生活できている幸せは偶然の運によるものであろうと思いますが、広くみてやはり災害は貧しく不遇な人々に直撃して立ち上がれないほどの打撃を与えるということの事実に目を逸らしてはいけないと思います。


昨年もほんの一部をこのブログに記しましたが、毎年少しずつ思い出すままに書き残していきたいと思っています。


昨年の記録はこちら




さて本日は(社)日本新聞協会編『心がぽかぽかするニュース』をご紹介します。


2004年から日本新聞協会が始めたハッピーな気持ちになった新聞記事とその理由を募集する「HAPPY NEWSキャンペーン」の5回目にあたる2008年度キャンペーンの応募作品の中から選ばれた71件の「こころがぽかぽかするニュース」を取り上げたものです。


このところ日本中の人の心を温かくしている伊達直人現象のような全国津々浦々のぽかぽかニュースが満載。


最初の記事は奇しくも阪神大震災関連。

★「形見のランドセル『僕が背負う』」

私が当時住んでいた岡本の隣の町・芦屋市のアパートが全壊し亡くなった米津さんご一家の小学1年の長男・漢之君の形見のランドセルをその後に生まれた次男の凛君が自発的に使うことを申し出てくれたというもの。

倒壊した自宅からご両親が見つけた遺品のランドセルの中から見つかった日記には前日の夕方家族でカレーを作った話が綴られ、それが最後の日記でした。

米津さんご一家は今でも月命日の17日には一家でカレーを食べる習慣が続いているそうです。


★「サンタ追跡米軍大作戦」

ピーターソン空軍基地にある北米航空宇宙防衛司令部(NORAD)に53年前のクリスマスイブに掛かってきた電話がきっかけで、防空警戒網の先端で日夜目を光らせている軍人たちがクリスマスのときだけ得意の「機密技術」を駆使してサンタクロースの位置情報をつかみ世界中の子どもたちに教えるという行事が半世紀以上も続いているという記事。

53年前「サンタと話そう」という新聞広告の電話番号が誤植のためNORADの番号になっていたことから殺到した間違い電話を受けたその夜の当直将校が思いついた発案が世界中の子どもたちに夢を与えているそうです。


★「鉛筆から学んだ感謝」

青年海外協力隊員として中米エルサルバドルで防災教育などの任に就いている岸本さんの記事。

神戸市兵庫区で被災したとき小学2年だった岸本くるみさんが救援物資として届けられたうちの別の人の名前が刻まれた1本の赤い鉛筆の思い出について語っています。

「(その人にとって)いらない物だったかもしれないけど、もしかしたらすごく大切な物だったかもしれない。
もらったのは物だけじゃなかったんだって気づかせてもらいました」

ボランティア元年といわれるように阪神淡路大震災をきっかけに今まで隠れていたボランティア精神に火がついた人がたくさんいたことは災害が招いたすばらしいことの1つですね。


星の王子様の言葉にあるように、ほんとうに大切なものは目に見えないんですよね。


最近の伊達直人さんも2011年度版『心がぽかぽかするニュース』できっとお目にかかれるのではないでしょうか。

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