VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2011年09月

夫が気の合う仲間4人でイタリアに行っています。


この旅行は昨年から決めていて6月出発予定でしたが、途中母の死などがあり延び延びになっていました。



長年母の介護のため2人のどちらかが在宅していなければ何かあったときに対応できないという縛りもなくなり本来なら私も後ろ髪引かれずに参加できるのですが、いかんせん昨年末からの不調が続いていておとなしく家で留守番です。



母はずっと私の不在を喜ばなかったので、死後こういう縛りを与えてくれたのかも。



これは冗談ですが、常用している20種類以上の漢方生薬を信頼できる漢方医にさまざまに加減してもらっているにもかかわらず天井高値の炎症数値がなかなか改善せず困惑しています。



外見はそんなに不調には見えないらしく喜んでいいのか悲しんでいいのかわかりませんが、それでもひどく悩まされていた倦怠感が少し薄れたのが前進という感じ。



本来なら夫の留守は大いに歓迎で羽根を伸ばせる好機なのですが、今回は友人たちに留守宅フォローしてもらうという体たらくです。



それでも鬼の居ぬ間にと(文句を言われるわけではありませんが)、毎日場所を決めて日ごろ捨てられないものの整理を少しずつしています。


今日は食器戸棚の右の引き出し、明日は左の引き出し・・・というふうに。



かつて凝って集めていた紙ナプキンが大量に引き出しの奥から出てきたので気に入った柄だけ残して迷わず捨てました。




ドミニック・ホーロー氏著『シンプルに生きる―変哲のないものに喜びをみつけ、味わう』



お国のフランスで40万部のベストセラーとなりヨーロッパを席巻したシンプル生活術ですが、日本でも初版と同時に売れに売れた本。



一時流行った『断捨離』系フランス版といったところでしょうか。



しかも日本在住歴30年の間に禅宗や墨絵を深く学んだという著者、日本人でも中々理解しにくい禅の「無一物無尽蔵」を軸にモノに惑わされない生き方が具体的に書かれています。



200万部突破したやましたひでこ氏著の整理本『断捨離』でも感じたのですが、へそ曲がりの私にとって格式のありそうな仏教用語や今回の禅の言葉を用いて生き方の根本から片づけ術に迫るというのも何だかなあ、という感じ。



実家の母のあまりにも行き過ぎたモノに埋まった生活を長年見てきたことで探し物の労力や衣類整理の重労働などとても対処しきれない頭の混乱が人生に重荷になるばかりで現在を楽しめないことに気づき、母とは逆バージョンになったという単純な経緯なので、哲学や美意識などよりひたすら自分の暮らしやすさというか頭の記憶の中に入れる在庫をなるべく少なくして対応したいというシンプルな視点での片づけ。



本書には「シンプル主義37か条」というのがあり、実行に値するものが大半です。



本来ならたくさんの共感したものを抜粋したいところですが、長くなるのでいくつか抜書きして終わりにします。



★「少なく」が「多く」をもたらすことを現実に実感してみる。

★一年間一度も使わなかったものはすべて捨てる。

★「大事なもの以外なにもいらない」をおまじないにする。

★ものを処分したり他人にあげたりすることに罪悪感を抱かない。

夏の間ずっと直射日光をさえぎってくれたゴーヤのカーテンが役目を終えたので片づけました。



もう栄養がないせいか葉の陰に隠れて小さいままで黄色くなりかけたゴーヤがたくさん見つかったのでこの夏のゴーヤ料理最後にゴーヤのつくだ煮を作って自家製ゴーヤは終わりましたが、スーパーには年中ツヤツヤしたりっぱなゴーヤが出ているのをみるとどんどん季節感が薄れますね。   9499be79.jpg







このところ自分のブログがあまりにも長々しく自分でさえ読み返す意欲が薄れるほどと反省したので(これで何十回目かの反省ですけど)いつまでもつかわかりませんがなるべく簡素を心がけたいと思います。






ということで今回は山本一力&児玉清&縄田一男氏選『人生を変えた時代小説傑作選』のご紹介です。


「児玉氏以下いずれ劣らぬ時代小説マニアの3人が、『時代小説にはまるきっかけになった小説』『今現在でも、最高だと思う小説』をひとり2篇ずつ選んだ文庫オリジナルのアンソロジー」



先日の私の誕生日に娘のところから送られたプレゼント本。



自分で選んだ本ではないので期待せず読んだのですが、さすが時代小説を愛するお三方の選りすぐりの作品集だけあって、想像をはるかに超えて心に深い感動を与えてくれました。




巻末の座談会でそれぞれの選者が語っていらっしゃる人生の岐路の中で強く印象に残った2篇ずつの作品選出の理由も興味深く、作品をより深く味わう足がかりとなりました。



★菊池寛「入れ札」(山本一力・選)

★松本清張「佐渡流人行」(山本一力・選)

★五味康祐「桜を斬る」(児玉清・選)

★藤沢周平「麦屋町昼下がり」(児玉清・選)

★山田風太郎「笊ノ目万兵衛門外へ」(縄田一男・選)

★池宮彰一郎「仕舞始」(縄田一男・選)



どれも深い余韻を残してくれる骨太の作品ばかりですが、中でも強い衝撃を受けた作品が「笊ノ目万兵衛門外へ」。


山田風太郎氏は愛読書『人間臨終図鑑』でおなじみですが人生の不条理をここまで巧みに突き放して描ける力量に言葉が見つからないほどでした。



「山田氏はまさしく天才」と語った選者の縄田氏や「「これ読んだらね、俺は二日間原稿にならなかったね」と言われた山本氏の言に共感でした。




また山本氏の言葉を借りれば、「襟を正す」生き方を思い出させてくれるのが菊池寛「入れ札」、お勧めです。



日本人全体の襟が崩れ、礼節など心の敷居が下がる一方の今日にはもってこいの作品、説教なしで作品上で敷居の高さを教えてくれるすごい小説・・・山本一力氏の言葉です。


ぜひどうぞ!

夫が家にいるときのお昼は大体麺類か粉モノと決まっていて、そうめん、うどん、そば、パスタ、チヂミなどを繰り返していますが、先日ブログ仲間の方の日記で電子レンジでパスタを茹でるプラスチック容器のことを書いておられるのを拝見して、そういえば我が家にもだれかにもらった容器が戸棚の奥に眠ったままだったと思い出して取り出してみました。



今までずっとパスタを茹でるときは大鍋でタイマーとにらめっこで好みの固さに茹でていましたが、これだとセットしてレンジでチンするだけ。


簡素すぎて信用できないという主婦の浅はかさを思い知りました^^; 361c8ce7.jpg




先日作ったタラコスパゲティに続いて今日は空心菜とベーコンのスパゲティを作りましたが、大鍋で茹でる間ガス台から離れられなかったのがレンジにお任せなので非常にラクチン。 c26d9ef6.jpg






目まぐるしく進化するものの中にキッチン用品がありますが、買ったはいいけど使わないものもあったりで反省する口の先からまた新しく便利「そうな」ものがほしくなるんですよね。



食事の仕度に火を熾すところから始めた明治時代の主婦が一部始終を見ていたら今の私たちの際限のない便利さの追求をどんな感じで受け取るのでしょうね。



今年亡くなった母の母は明治初頭生まれだそうですが、家族の着物を作るのにまず機織りから初めていたそうです。



そんなことを思うと・・・贅沢言って申し訳ない気持ちに「一瞬だけ」なります。






さて今日は池井戸潤氏著『BT'63』のレビューです。   


「父が遺した謎の鍵を手にすると、大間木琢磨の視界に広がるのは、四十年前の風景だった。若き日の父・史郎が体験した運送会社での新事業開発、秘められた恋...。
だが、凶暴な深い闇が史郎に迫っていた。
心を病み妻に去られた琢磨は自らの再生をかけ、現代に残る父の足跡を調べるー。
父と息子の感動長編」



自らの経験をふんだんに盛り込んだ銀行小説が大半の著者の作品の中で、私自身★5つと評価している『空飛ぶタイヤ』は運送業界が舞台という珍しいものでしたが、この作品を上梓される前に書かれた運送業界を軸にしたもうひとつの物語。



「小説トリッパー」に2000年から2001年にかけて連載されその後大幅な加筆を経て2003年に単行本化されたものが本書です。



「もっとも愛着があり、書き手としての小説の面白さを存分に体感させてくれた大切な小説」と著者ご自身が述べていらっしゃるように文庫で上下巻のかなりの力作です。




タイトルの「BT」というのは文庫の表紙の写真のような「ボンネットトラック=Bonnet Truck」の略、 「‘63」は主人公と亡き父親にとって特別な年である1963年に限定したBTの物語ということではないでしょうか。





日本中が沸き立った東京オリンピックの前の年の物語。



杉江松恋氏の解説にもあるように本書は一風変わった二重構造の小説となっています。



つまり主人公・大間木琢磨が失職と離婚の原因となった心の病を発症して実家で療養中、あるきっかけで突如意識が飛び、今は亡き父・史郎の生きた時代―1963年の相馬運送という会社―の一齣を目撃するという超常現象的なもの。


このように書くと何やらオカルティックな物語を連想するかもしれませんが、構成自体しっかりとしたもので、物語の主軸となるボンネットトラック21号車をはさんで昭和30年代の父と現代に生きる息子の物語が交差しながら進んでいく様子がさほどの違和感なく入ってきます。



父・史郎の存命中は近しい父子の語らいもないまま父の過去を知る興味もなかった琢磨がタイムスリップによって覗き知った父の苦悩と勇気の生き様を通して現在の不如意から立ち直るきっかけを与えられるというのが簡単なあらすじですが、犯罪組織に巻き込まれた相馬運送のドライバーたちに対する父・史郎の葛藤などが細かに綴られて思わず肩入れしたくなるような筆致です。



過ぎ去った過去を変えることはできないという粛然とした事実を超えて、その過去の父親の生き様によって現代に生きる息子・琢磨が知らず知らずのうちにプラスに変容していく様がこの暗い物語のラストを支えていると思います。




池井戸ファンとしては本書は力作であることは認めますが、やはり王道の銀行モノが好みです。


ということで★3.8でしょうか。

昨日の朝のこと。


毎朝食べるカスピ海ヨーグルトの作り置きが少なくなったので増やすために種に牛乳を入れたところ注ぎ口からドロドロにチーズ化した牛乳が出てきて種に混ざってしまい台無しになりました。


同じように発酵したものだからと考えるといいようなものの気持ちが悪くて全部捨てました。


賞味期限を見てみると9月22日となっていてまだ3日の余裕があります。


今までは少々賞味期限をオーバーした牛乳でもこんな状態になったことがなかったのでびっくり。


3日前に同時に購入した別の高濃度4.7の牛乳は賞味期限が19日の20%off製品でしたが、これはまったく品質に問題なく今日もおいしく飲めました。



大量に店先に並んでいたのを思い出し放っておくのも、ということで夫が購入したスーパーに電話で事の次第を話し、牛乳の生産メーカーに伝えるよう報告したつもりでしたが、電話を受けたスーパーの仕入れ係の人は明らかに悪質のクレーマーに対する防御姿勢とみられる逃げ腰の応対ぶりで早くに電話を切りたい様子がありありだったそうです。


こちらは名乗るつもりもなく一言の注意を促しただけのつもりが相手はうろたえてこちらの名前を聞くでもなし、「以後気をつけます」と繰り返し早々に電話を切られてしまいました。



あの対応では聞かなかったことにして早々に持ち場での仕事に戻っているんだろうなと話たことでした。



どんな分野にもお客の苦情というものは溢れているだろうし、だからこそお客様相談室なるものも設置している会社も多いと思いますが、理不尽な苦情を繰り返すクレーマーを恐れるあまり正統な苦情にも耳を貸さずはやく時が過ぎるのを待つ姿勢はわからないでもありませんが何だか不快でした。



この牛乳、19日の時点でドロドロ状態だということは賞味期限の22日ぎりぎりで飲む人もいてきっと同じクレームが出てくるのではないでしょうか。



賞味期限の偽装工作が想像できて、もうこのメーカーの牛乳は買わないぞと決心した出来事でした。






さて今回は池井戸潤氏著『民王』のご紹介です。



「企業小説を変革し続けてきた乱歩賞作家・池井戸潤が、ついに政治の世界に踏み込んだ!
ある日突然、首相・武藤泰山と、武藤の大学生のドラ息子・翔の中身が入れ替わってしまう。
原因もわからないまま、やむなく泰山の変わり身となって国会に出ることになった翔。
遊んでばかりの日常を送ってきた翔には、国会でおこなわれる討論や質疑応答など、到底理解できない。
幼稚な発言を繰り返す上、首相だというのに文書に書かれた漢字すら読めず誤読を繰り返すという状況に……
胸がスカッとする、痛快エンタメ政治小説!」




漢字が読めない首相や泥酔会見で話題騒然となった外首などまだ記憶に新しいどこぞのかつての内閣をパロディ風にアレンジしたかなりドタバタ調で池井戸氏としては珍しい部類の作品、『鉄の骨』や『空飛ぶタイヤ』など骨太の企業小説のイメージとはかなりかけ離れていて三谷幸喜さんお得意のコメディ満杯の舞台劇のような雰囲気でした。



読み始めは池井戸氏の目を通してみる政界に興味津々でしたが、途中から首相の父親と軽薄大学生の息子の人格が突如入れ替わるという東野圭吾氏などの小説で取り上げられたおなじみの設定に正直うんざりという感じで読み進むうち、途中農薬にまみれた野菜の偽装問題や厚労省と製薬会社の思惑が絡んだ新薬の認可問題など池井戸氏らしい社会風刺も登場し、ラストでそれなりの感動が用意されていて最後まで読み耐えられました。




それにしても入れ替わりの原因が歯医者で埋められた小型高性能チップによる脳波の交換によるものという奇想天外な設定にはちょっと引いたもののギリギリの境界線で踏みとどまった作品でした。


池井戸作品では★3つというところでしょうか。

一昨日夫が絵画仲間と4人で岡崎の京都市美術館にワシントン・ナショナル・ギャラリー展と同時開催のフェルメール展、そして帰りに神戸灘にあるBBプラザ美術館で石井一男展をはしごして帰ってきました。


フェルメール、ベルト・モリゾやゴッホ、セザンヌ、モネなどの絵はがきがお土産でしたが、中でもBBプラザ美術館で催されている石井一男さんの小さな画集ともいえない冊子が私には最高のお土産でした。



石井一男さんについては以前ノンフィクション作家の後藤正治氏による『奇蹟の画家』で紹介されて以来是非1度個展で作品を目にしたいと思っていましたが、今回神戸の友人からの情報でBBプラザ美術館で開催されていることを知り、不調で行けない私に夫が買ってきてくれたもの。

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「女神」「ひとり立つ」など小さなボードや紙などに独特の手法で重ね塗りを繰り返し、ご自分の作品と心で対話をしているうちに浮き上がってきたものを形にするという石井さん。
花や鳥など自然の風景なども描かれますが、やはり心惹かれるのは「女神」と「ひとり立つ」シリーズです。


作品の傾向は一言で表わすと「暗い」となりますが、「ひとり立つ」シリーズではひとりで生まれてひとりで死ぬのが運命の人間の業のようなものが作品に感じられて惹かれます。



「女神」シリーズでは瞑目する女神や微かなほほえみを宿した女神、子どもを慈愛でくるむように慈しむ女神などさまざまな表情の女神がいて、そのうちのいくつかは手元でずっと眺めていたいと思うような作品があります。



11月には神戸の北野坂の島田ギャラリーで開催される予定なので行けたらいいなと思っています。




さて本日は田辺聖子氏著『老いてこそ上機嫌』のレビューです。



「人間、年をとると、想像力がたくましくなる。
『人を傷つけること』の何たるかがわかってくる。
人間に対する知識が深まってくる。これが、老いのたのしみでなくてなんであろう」



われらが聖子ちゃんもいつの間にか80歳を越えられました。



本書はそんな聖子ちゃんが今まで出版された作品の中から「老いとの向き合い方」をテーマのアフォリズムを集めて1冊にしたものです。



「老い」をテーマとくれば歌子さん主人公の「姥」シリーズからの抜粋が必然的に多いのがうなずけます。


歌子さんは著者の老後のあらまほしい理想の姿ではないでしょうか。



私も「姥」シリーズが大好きで歌子さんの生き方に共鳴するひとりとして共感できるアフォリズムが山ほど。


ということで今回私が糧にしたいと思ったアフォリズムをいくつか挙げて今日のレビューに代えさせていただきたいと思います。




「人間に対する知識が深まってくるというのは、老いのたのしみでなくてなんであろう」


「人間、年をとると「人を傷つけること」の何たるかがわかってくるのである」


「私はこのごろ、ただいまの心境にぴったり、という、フレーズを思いついた。それは何か。〈コンマ以下は切り捨て〉というのである。コンマ以下とはなんぞ。人の世の、もろもろの下らぬことである。取るに足らぬ些事はもう、考えないということだ」


「それにしても、このごろの人間は、人に多きを求めすぎるのではなかろうか。
人と人が心をつなぎ合わせ、仲よくするというのは、相手の好意をむさぼることではないし、相手の欲しないものを好意と思って押しつけることでもない」


「人をとりまく状況はいつも変化しつづけるが、ことに幸福や楽しいこと、嬉しいことは変質しやすい。
変質しないうちに辞去する、というのが理想的なときもある」


「人間関係というのは要するに、あとで顔を合して間がわるくならないようにするのが最高のつきあいかただ。
そういう技術をユーモアというのかもしれない」


「私は、この際、ちゃらんぽらんということをオール女性に提唱したい。
お料理だって、基礎はちゃんとオーソドックスなものを習わないといけないけれど、いざ実戦になると、材料や人数のかげんで、破調をきたす。
そのとき、ゆうずう無碍なる精神で、ちゃらんぽらんにいくと、何となく片づいてしまうことがあるであろう」


「私たち女性は、自分が正しいわ、という緊張のあいまにふと手をぬいて、(だけどもしや相手のいうことにも・・・・・かもね?)という、弛緩した心持ちをもたないといけないかもしれない」


「〈この道、ぬけられます〉の札は、人生には、たくさん、いろんな所に掛かっていると思えてならない」


「手芸の妙手だろうと、実家のしつけが上等だろうと、学歴があろうと、財閥の娘だろうと、共に住む相手としては、いっしょにいて楽しいか苦痛か、の分類しかない」

今日は私の誕生日、といっても誕生日に胸躍らせる時代があったとしても忘れるほど随分昔に過ぎ去って今の年齢になっていますが嬉しいことがいくつかありました。


その1つ、子どもたちからタイムリーにいろんなプレゼントが届きました(^^)


我が家はずっとお互いの誕生日にはプレゼントを贈り合う習慣、家族が増えればそれだけプレゼントの機会も多くなり煩雑感もありますが、こうして私のことを忘れず届けてくれる気持ちがとても嬉しいです。




娘のところからは3冊の本、まず2人で選んでくれたのが児玉清氏の『寝ても覚めても本の虫』、次に『人生を変えた時代小説傑作選』とエゴン・シーレのスケッチ44作品。
それぞれに「お誕生日おめでとうございます。共感できる児玉清の感性で新しい本の世界を広げてください。By A」と「お誕生日おめでとう、私のセレクションです。By Y」という嬉しいメッセージカードつき♪ d41611d7.jpg
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次男からはメッセージローズという珍しいバラが一輪。 064d999a.jpg
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生花のバラの花びらに「Happy Birthday」と「take it easy!」という字がプリントされ、加えて花びらにスワロフスキー社のライトストーンが大小埋め込まれているというもの。


こんなことができるなんて驚くとともに私の感覚では何ともったいないという感じ・・・生花なのですぐに散るのを覚悟ですが何とかしばらく保たせたいと思います。




服は夫のプレゼント、ヨーカ堂をさまよって意を決して買ってくれたもの、昔の私のイメージを持ったままなのかリボンのあるかわいいデザイン^^; その気持ちに応えるべく身につける[覚悟]です。  a24653ed.jpg




家族の中で超律儀な長男のお嫁ちゃんは2週間ほど前から体調を崩して検査中のため今朝おめでとうメールでプレゼントが遅れることを詫びる悲痛メールが送られてきました。


夜にはあーちゃんからおめでとう電話がかかってきました~。


今回は前回の夫のときの失敗から学んだのかきちんと「MMおめでとう!」と言えて少し成長したようです。



そして最後のビッグプレゼント。


夫が食道がんから生還して今年で7年目、昨年より治療後年何回か予後検査を続けていた国立がんセンターから地元の病院へバトンタッチされ、予後検査も年1度となっていました。



CTや内視鏡など検査結果のインタビューが今日あったのですが、ドキドキしながら待っていた嬉しい電話が最高のプレゼントでした!



1週間ほど前内視鏡検査のあとで、担当医から「もし異形細胞がまた現われてもHさんの場合は最大リミットの放射線をかけているし手術は難しいので攻撃的な治療手段はないですね」と言われていたということでハラハラの1週間だったのです。



このようなドキドキを重ねて解放されることを繰り返して人生の終末を先延ばしにするのが人間の常だとはわかっているのですが、今回も幸運を素直に喜びたいと思います。







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本日は佐々木譲氏著『廃墟に乞う』をご紹介します。



第142回直木賞受賞作ですが、当時選考委員だった五木寛之氏が辞任する原因になった作品として話題を呼んだことでも有名です。


五木氏は同作品の選評の過程で作中になかった「破顔した」という表現について論じるというミスを犯したことにより辞意を表明し、文藝春秋が運営している日本文学振興会がこれを受けられたという経緯。



五木氏と同時期後進にバトンタッチしたいという意向で退任された平岩弓枝氏の両名に代わり、直木賞選考委員には伊集院静氏と桐野夏生氏が第144回直木賞選考会に参加していらっしゃいます。



寄り道をしてしまいましたが、本書に戻ります。



「道警の敏腕刑事だった仙道孝司は、ある事件をきっかけに療養中の身。
やっと回復してきた仙道に、次次とやっかいな相談事が舞い込む。
13年前に札幌で起きた娼婦殺害事件と、同じ手口で風俗嬢が殺された。
心の痛手を癒すため休職中の仙道は、犯人の故郷である北海道の旧炭鉱町へ向かう。
犯人と捜査員、二人の傷ついた心が響きあう、そのとき…。
感激、感動の連作小説集」



「ある事件」をきっかけにPTSD(心的外傷ストレス障害)に陥って休職を言い渡され自宅療養をしている北海道警察捜査一課捜査員・仙道孝司仙道にかつての関係者から次々持ち込まれる事件を私的に捜査し、解決に導くという内容。



物語の舞台のニセコや夕張など北海道の雄大かつ寂れた地方都市の情景が目に浮かぶような哀愁の感じられる作品に仕上がっています。



ミステリーとしての醍醐味には欠ける内容でどの短篇もさらさらと流れるような淡い感じの作品、したがって強烈な読後感もなく直木賞作品として期待感を持って手に取られた方には意外感があるのではないでしょうか。



1つ1つの事件を解決に導くというメリハリのある警察小説とは違い、事件の結末も曖昧にしたまま読者の想像力に委ねるようなラストもいくつかあり「余韻を楽しむ」という表現がぴったりの作品集でした

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