VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2012年07月

ご家族が地引網に行かれたということで友人に獲れたての魚をいただきました。

エビにイカ、チヌ、シズ、アナゴ。

5才以上だと思われるチヌは切り身にするときあまりに骨が硬くて出刃包丁と金槌で格闘、アナゴを背開きにするのにまたまた摑みにくくて格闘


チヌは軽く塩をして、アナゴは白焼きできるように下拵えして、イカもそれぞれ下拵えして冷凍しました。



夕食に食べたのはエビの素揚げとシズのムニエルでしたが、新鮮で美味しかったこと!


当分豊かな在庫を楽しめそうです(*^。^*)




さて本日は柳美里氏著『ファミリー・シークレット』をご紹介したいと思います。



「柳美里が小説に閉じ込めてきた『過去』と向き合った感動ノンフィクション。
『柳美里に虐待疑惑』――臨床心理士・長谷川博一氏とのカウンセリングを受けながら、みずからの過去の闇を照らす作業に入る。
(柳美里のカウンセリングを行う長谷川博一氏は秋田連続児童殺害事件で畠山鈴香の心理鑑定を行うなど、心理療法、犯罪心理<心理学的鑑定>を専門とする臨床心理士)」



◆「肩書きも、洋服も、そして顔の皮膚さえ剥き去って、血を流し痛みにのたうちまわりながら、家族に、自分に正面から向き合う―。
ここまでしなければ“治癒”に至らないのだとしたら、精神科医として私がやって来たことはウソなのか。精神科医をやめたい、とはじめて思った」-香山リカ氏(精神科医)


◆「柳美里は『親と子』の関係を、もっとも濃密な愛情ともっとも激しい憎しみが混ざり合う戦場として描いた。一度読み始めれば、読者は目をそらすことができない。
そして、最後に、これが絶望を希望に変える戦いの記録であることに気づくのだ」-高橋源一郎氏(作家)


◆「闇は、すべての家族にある。
この本は、その闇を消し去るための光ではなくて、その闇を見るための光だ。
そしてもしそうであるなら、光が光として在るための闇、という言い方も、できるのかもしれない」-江國香織氏(作家)



◆「生きていることの意味を知れば、どう生きてゆくかを見つけるのは容易い。
柳 美里 悲しいくらいに繊細で美しい人」-土屋アンナ氏(モデル・女優)



発端は2008年、著者が日々の出来事を綴ったブログの中で当時8歳の長男の嘘の混じった言動や行動に制裁を加えた様子を赤裸々に記したことでブログが炎上、結果として児童虐待の疑いで児童相談所から福祉関係の方々が訪れました。


そのときの出来事をきっかけに、著者自らが自分の生立ちを振り返り、消し去ることのできない心の深い闇に臨床心理士・長谷川博一氏の力を借りて立ち向かった渾身の記録が本書です。


柳氏にとってそのカウンセリングがどれほど苛酷な作業であるか、事前の長谷川氏の言葉から推し量ることができます。

「二つの約束をしていただきたい。
一つは、自分の命を消さないということ。
もう一つは、ほかのひとの命を消さないということ。
約束できますか?」


著者の作品としては、長男出産に至るまでのその父である彼との不毛な不倫、そして高校中退後劇団員と主催者として東京キッドブラザーズの東由多加氏との運命的な出会いと10年にわたる同棲と度々の別れを経て彼を看取るまでを描いたベストセラー『命』に続く4部作、そしてそれ以前に書いた『家族シネマ』『ゴールドラッシュ』『石に泳ぐ魚』など、それに本書を上梓する直前に書いた『オンエア』を読んでいます。

『命』のレビューはこちらからどうぞ

『オンエア』はこちら


『命』以前と以後では著者の作品に対する私の評価は天と地ほどの開きがあり、決して好きな作家というわけではありませんが、『命』以後強く挽かれる作家の1人となったのは否めません。


長男虐待騒動に関しては新聞やテレビで取り上げていた時期に漏れ聞いたくらいでしたが、本書を通して、赤裸々に語られた著者のそれに至った心情と目を背けたくなるほどの特異な生い立ちの環境を知るに及んで、ここまで自分を曝け出した作家はほとんど記憶になく、物書きの業を一身に背負うプロという表現が浮かびました。


この物語の最後に、カウンセラー・長谷川博一氏を交えて彼女の闇の加担者である父と26年ぶりの対決をしますが、それによって彼女の心の闇がクリアになるという劇的なラストは起こりようもなくこれからも険しい人生を感じさせるラストで終わっています。


ただ私生活を公に晒すことによって読者の好奇心を引き寄せていると悪評価する向きもありますが、『命』から続くドキュメンタリー方式の作品群はそんな生易しい状態で書かれたとは決して感じられないほどの削った命がうごめいているような文章が散りばめられていたと感じたのは私だけでしょうか。


「本人は過去を忘れても、過去は本人を覚えている」


幼児期の壮絶な体験は大人になってからのトラウマとして、自分の身に起きた苛酷な体験を無意識に繰り返してしまう「再演化」という性質があるそうです。


幾多の困難を乗り越えて産んだ愛する息子さんに著者と同じ「再演化」の道を歩む人生を送らせないためにも長谷川氏のカウンセリングでの気づきが功を奏しますように。

先日前触れなしに次男が『モリー先生との火曜日』のDVDを送ってくれました。

今調べてみると同名の原作を読んだのが4年前。

随分前なのに今もなお忘れられない感動作!


毎年年明けに昨年1年間で読んだ本の中から「VINの読後感ベスト10」を挙げていますが、本書も2008年度のベスト10のうちの1つに挙げていました。


原作『モリー先生との火曜日』のレビューはこちら


次男によるとジャック・レモンの遺作になったこのDVD、ずっと廃盤になっていて最近再リリースされたそうです。


ジャック・レモン没が2001年でこの映画が製作されたのが1999年ですから亡くなる2年前に撮影されたものなんですね。

プライムタイム・エミー賞受賞作。


ジャック・レモンといえばすぐ思い浮かぶのが私が中学か高校のとき大学生の姉と観た「お熱いのがお好き」。


当時トニー・カーティスとのドタバタがあんなにおかしかったのに、時を経て再度観たときは何でそんなにおかしかったのか首を傾げたものでした。


当時からずっと洋画好きだったので「アパートの鍵かします」「酒とバラの日々」「おかしな二人」など数多く記憶に残っていますが、おかし味のあるじっくりした演技が魅力的な俳優さんでした。


さてミッチ・アルボムの原作もさることながら映画も負けず劣らずすばらしいものでした。


簡単にあらすじをご紹介すると、デトロイトで多忙を極めている有名なスポーツコラムニスト・ミッチ・アルボムが難病であるALS(筋萎縮性側索硬化症)に侵されたかつての大学時代の恩師・モリー・シュワルツ教授の闘病生活を偶然TVで目にしたことがきっかけで、16年の時を経てボストンのモリーに会いに行くところから物語がスタートします。


めまぐるしい日常に身を置き、ともすれば自分を見失いがちで恋人からも去られようとしている中、分刻みの超多忙から逃げるようにモリーの元に通う日々が始まります。


毎週火曜日に行われたモリー先生の最後の授業はそんなふうにして続くのですが、ミッチ役のハンク・アザリアもマスコミに生きる人間として何より立ち止まることを恐れる軽佻浮薄とも見える時代の売れっ子スポーツコラムニストからモリーとの日々を通して自分の人生を見つめ直すにいたる心情の変化をよく好演していました。


モリー役のジャック・レモンの年老いたこと!

本当に間近な死を連想させるような切迫した演技、時折垣間見せる死への恐怖の表情などジャック・レモンの演技があまりにも自然ですばらしいものでした。


両俳優の演技はもちろんですが、「最後の授業」でモリーの口を通して語られる様々な人生の箴言を通して大変感じることの多い映画でした。


「いかに死ぬかを学べば、いかに生きるかも学べる」
「人に触れられることは、私たちには必要なのだ」
「愛は理にかなった行動だ。素直に受け入れよう」
「人が人に依存することは、恥ずかしいことじゃない。」
「人は、愛し合わねば、死んでしまう」




さて先のシリアスな映画のご紹介のあとに似つかわしくない感じの作品で恐縮ですが、
佐藤愛子氏著『こたつの人』のご紹介です。


先日ブログ友・トコさんのレビューで興味を覚えてチェックしていたものです。

トコさんのレビューはこちら


「芦田家は、一郎・百合子の夫婦と娘の里子、一郎の妹光枝と祖母の春、5人暮らしである。春は皆から呆けていると疎んじられてはいるが、どっこい、ある秘密を握っているのだ―。表題作『こたつの人』他、じわーっと滲む笑いと悲哀、著者自信の短篇集」


本書には8篇の短篇が収録されていて、「自讃ユーモア短編集1」という副題が付いた1960年代~1970年代初頭までに書かれたものです。


それぞれに著者独特の悲哀あるユーモアというスパイスの効いた作品集。


ちょっぴりおかしく、ちょっぴり切ない作品群。



ここではベストセラー『恍惚の人』を上梓された有吉佐和子氏が絶賛されたという表題作「こたつの人」の感想を少し記して終わりにします。


簡単にあらすじを述べると、呆けたふりをして嫁の浮気を初め、自分を雑に扱う家族の言動をしっかり把握して子供だましの復讐をする折を虎視眈々と狙っているというおばあさんの話。


長谷川町子さんの「いじわるばあさん」を連想させるような陰湿味のないカラッとした復讐の様子や主人公の呆けにあたふたとしながらも呆け老人として軽視する家族の様子を喜劇風に描いています。
ともすれば深刻になりがちな呆けや嫁の浮気をかくも軽く飄々と描ける著者の筆力、作品の好き嫌いは別としてさすがと感服した作品でした。

連日の大津市の中学校でのいじめによる自殺の報道、目にするたびに怒りや虚しさ、悲しみなどいろんな感情がない交ぜになって怒りのやり場がありません。


朝日新聞に「いじめている君へ」「いじめられている君へ」「いじめを見ている君へ」というタイトルで各界の著名人がそれぞれに呼びかけている記事がここ数日掲載されています。



数年前にも同じような総力を決した呼びかけ記事が出たと記憶していますが、残念ながら抑止力には繋がっていないと言わざるを得ない状況。



呼びかけ人のひとりであるボクシング元世界王者・内藤大助氏は自らのいじめられていた体験から「自分だけで抱え込むな」とアドバイスしていらっしゃいますが、いちばん頼りになるはずの担任など学校関係者のあまりの及び腰というか事なかれ主義的態度にどうにも怒りがおさまりません。



内藤氏の体験を通して感じるのは、初めは本当に些細な事柄からだんだんに深く陰湿ないじめへと潜行していき、いじめる側の歯止めが効かないほどルーティン化していくのでしょう。



今回の自殺した少年は毎日死にたいほどの気持ちを抱えてそれでも登校していたようですが、なぜ登校拒否しなかったのでしょうか。


学校に通うということが彼にとってそんなに第一義だったのか。



もちろん不登校で問題が一挙に解決されるとは思いませんが、少なくとも周囲の大人や学校関係者に無言の警告を発することはできたのではないかと思ったり。



加害者の少年たちにも保護者の方々にも学校関係者たちにもなぜなぜというもどかしい気持ちで一杯です。



加害者とされる少年たちは保護者や弁護士の示唆などによるのか全員罪状を認否する方向で固まったようですが、果たしてこれが少年たちの将来にいい影響を与えるのか。



これからの成り行きに注目が集まりますが、周囲の大人の示唆などに左右されることなく自分のやった行為と芽生えていた感情を真摯に見つめ直してほしいと強く願います。





さて上記の事件とリンクするところもあろうかと思われるのが本日ご紹介する作品です。



中島義道氏著『ひとを〈嫌う〉ということ』


「あなたはひとから嫌い!と言われたら動揺するでしょう?
あなたは自分が嫌いなひとからもできれば嫌われたくないでしょう?
日常的にふりかかる『嫌い』の現実とその対処法を、家族にとことん嫌われた哲学者が徹底的に考え抜いた。
『嫌い』の要因8項を探りあて、本質をみきわめ、”サラッと嫌い合う”技術と効用を解き明かしていく──。
豊かな人生を過ごすために、きちんとひとと嫌い合う『嫌いのバイブル』誕生」



このブログでも過去に著者の他作品『私の嫌いな10の人びと』のレビューをアップしていますので読んでいただけたらと思います。

ちなみに著者の嫌いな10の条件とは次の通りです。


1 笑顔の絶えない人
2 常に感謝の気持ちを忘れない人
3 みんなの喜ぶ顔が見たい人
4 いつも前向きに生きている人
5 自分の仕事に「誇り」をもっている人
6 「けじめ」を大切にする人
7 喧嘩が起こるとすぐ止めようとする人
8 物事をはっきり言わない人
9 「おれ、バカだから」と言う人
10 「わが人生に悔いはない」と思っている人


著者の挙げた10の項目は世の中の常識からすると大変逆説的であり異議ありと感じますが、著者曰く、これらの人々は世間の感受性に漫然と合わせ、世間の考え方に無批判的に従っているような人という意味を含んでいるそうです。


物事を表面的にだけ捉えて深く感じない、考えない人だそうです。



さて上述した著者ご自身の「嫌いな人」という感情を更に深く追求したところから生まれた本書、「嫌う」ということは「好く」ということと同様、私たちにとってごく自然な人間的なことで表裏一体であるというのが本書における著者の説です。



本書でも分析好きな著者によって「嫌い」の原因が次の8つに分類されています。


�@相手が自分の期待に応えてくれないこと
�A相手が現在あるいは将来自分に危害(損失)を加える恐れがあること
�B相手に対する嫉妬
�C相手に対する軽蔑
�D相手が分を「軽蔑している」という感じがすること
�E相手が自分を「嫌っている」という感じがすること
�F相手に対する絶対的無関心
�G相手に対する生理的・観念的な拒絶反応



私は比較的人に対する憎悪の少ない人間であると思っていますが、この8項目すべてを経験なしで片付けることはできません。


自分自身のこころに問えば、できるだけ他人から嫌われたくない自分がいる上、人を嫌う自分を嫌悪する自分もいるというのが正直なところです。



誰からも嫌われず誰も嫌わない人生を生きるということが絵空事であるという事実を突きつけられたとき、「嫌い」という自己の感情から目を逸らさず、自己嫌悪せずしっかりと向き合うことが人生を豊かにしてくれると説く著者の言葉は少しの安らぎを与えてくれます。



「ひとを嫌うこと、ひとから嫌われることを人間失格のように恐れなくともいいのではないか。
『好き』が発散する芳香に酔っているばかりでなく、『嫌い』が放出する猛烈な悪臭も十充分に味わうことができる人生ってすばらしいのではないか。そう思います」

前略

上野動物園のシンシン様

まずは今月5日の出産、たいへんお疲れ様でした。

出産という大役を果たされたあと、健気にもエサにも水にも見向きもせず、赤ちゃんを抱き続けて授乳している様子が公開されてその健気な母性愛が日本中の注目の的になったのも束の間、翌6日夜にはあろうことか、愛児をコンクリートの床に放り出したそうですね。

それも好物の竹とタケノコを食べ始めた直後だというではありませんか。

私事ですが、前日にこのブログであなたの母性愛に驚嘆、感動した旨綴ったばかりです。

それが一転して食べ物に目が眩んで愛児を放り出すとは!

幸い心ある飼育員さんたちによって事なきを得たものの、弱った愛児は保育器に入れられたということです。

園関係者は、今後十分な睡眠と食べ物で体力が回復したら、突然切れてしまったお母さんスイッチも回復するだろうという希望的観測から愛児を保育器とあなたがいる産室交互に連れていき慣れさせていく体制を取っているようですが、一日も早くあの行為は一時的な迷いだったことを証明してくださることを切にお願いしてペンを置きます。

草々






本日は奥田英朗氏著『我が家の問題』です。


「ささやかでも悩ましい、それでも家族が一番」


本書は「小説すばる」に掲載されていた6つの短篇を一冊にまとめたものです。


2007年に刊行された柴田練三郎賞受賞作『家日和』に続くホームドラマの第2弾に位置づけられる作品。


一篇を除いて夫婦を軸に平凡な日常の中で心に芽生えた小さな齟齬やトラブルに戸惑い悩みながら模索する姿が描かれています。


★新婚なのに、完璧に家事をこなす専業主婦の妻に重荷を感じて帰宅拒否症候群に陥った夫を描いた「甘い生活?」

★自分の夫がどうやら仕事ができない部類に入るのではないかと気づいた妻の苦悩を描いた「ハズバンド」

★両親が離婚を考えているらしいと知った長女の戸惑いを描いた「絵里のエイプリル」

★双方の実家への里帰りに拘りと戸惑いを持ちながらお互いを思いやる新婚夫婦の姿を描いた「里帰り」


ここに登場する家族はどれも取り立てて波乱万丈があるわけではなく悩みがあったとしてもごく平凡な生活を営んでいる人々ですが、だからこそそこから小さな齟齬を掬い取ってそれぞれの家族の微妙な立場や心理状態に言及、そして絶妙な間合いでの着地までを描く構成力と筆力には脱帽します。


さすが奥田氏!

何かのインタビューで自分は元来性悪説だから人を裁くという発想はないというようなことをおっしゃっていましたが、この世の中や人々に過度の期待をもたない分、ちょっぴり光るものを見つける才能に長けておられるのではないでしょうか。


次のシリーズ楽しみです。

新聞を開く度に目に飛び込んでくる虐待やいじめの記事。 


これほど連日のように事件として報道されているのに反省の糧にするどころか追い討ちをかけるように次々悲惨な事件が後を絶たないのはどういうわけでしょうか。



そんな中、上野動物園のジャイアントパンダのシンシンが赤ちゃんを胸に抱いて授乳している初画像が公開されました。

記事によると赤ちゃんは体調15cm、体重150kgという小ささ!


巨漢の母親の下敷きにならないか心配なくらいですが、シンシンは出産後エサも水も口にしないまま赤ちゃんの鳴き声で15分おきに起きて授乳しているそうです。


何という母性!

野生動物にもこれほどの母性が備わっているのに。


新聞紙上を賑わしている現代の一部のヒト科の母に学んでほしいものです。



現在29歳になる次男がちょうど1歳を迎える直前、前日から風邪のため発熱していたものの平素と同じように寝付いたのを確かめて私も熟睡していた夜中2時過ぎ、泣き声も激しい動きもなかったにもかかわらず、ただならぬ異変を感じて飛び起きたところ、激しい熱性けいれんを起こしていました。



傍らの夫を起こして救急車を呼んでもらったものの夫も現住所を満足に伝えることができないほど動転、救急車が来るのが待ちきれずバスタオルにくるんで家の外まで出ましたが、その到着の遅かったこと!



やっと救急車に乗って救急病院に向かう車中もずっとけいれんが治まらず、「こんなに長く続いていたら障害が残る可能性がある」といわれた救急隊員の方の言葉に震え上がりました。


どんなに長く感じてもせいぜい1分か2分止まりといわれているけいれん発作が病院に到着して相応の処置をしてもらってやっと治まりました。



後日大学病院の脳神経外科で脳波を調べてもらって異常なしということがわかった時には脱力してしまいました。


あまりにも発作が長かったということで5歳まで発作止めの薬を飲みましたが、以後何の問題もなく成長したのは僥倖といえるかもしれません。



発熱が原因の熱性けいれんといえど、私がそのまま何の気づきもなく眠っていたなら障害が残った可能性大と言われました。



自分ではそれほど母性豊かであるという意識はありませんでしたが、そのとき夫に「よく気づいたな~」と驚嘆されたことが今も記憶に残っています。



現在は多忙のサラリーマンとしてあまり音沙汰なしの次男ですが、元気でいてくれるのが親の最大の願いです。




さて本日は高杉良氏著『勇気凛々』をご紹介したいと思います。


「放送局に入社した武田光司は、型破りの伝説的な営業マンとして実績を上げた。
だが、サラリーマン生活にあきたらず、友人の勧めで独立を果たし、自転車の輸入販売を始める。
当初は失敗が続いて苦悩するが、持ち前の明るさと根性で踏ん張り、たび重なる困難を乗り越えていく。
やがて販路として開拓したイトーヨーカ堂の信用を得て、その成長と共に事業を拡大、ベンチャー企業を見事に育て上げる。
夢の実現に全力で立ち向かう男のロマンと、イトーヨーカ堂の伊藤雅俊会長をはじめ、人との得難い出会いを描いた力作長編」



自転車製造販売で有名な「ホダカ」の創業物語、実名小説となっています。


物語は高度成長期に当たる昭和41年からスタート、ラジオ放送局の敏腕営業マンだった主人公・武田光司が10年間働いた放送局を退社し、新参者として自転車業界で独立して悪戦苦闘しながら自転車の開発・輸入・販売業のホダカを大きくしていく姿を描いています。


簡単に「ホダカ」について説明すると、埼玉県の越谷流通団地に本拠を置き、ブリジストンやパナソニックなど完成品メーカーとは異なり、中堅自転車メーカから仕入れた自転車を高度成長期のイトーヨーカ堂と提携して販売するという商社的機能から始まった会社だそうです。



将来を期待していた社員の突然の退職や取引先の倒産、アパレル事業の失敗など決して順風満帆とはいえない多々の困難をその都度持ち前のガッツで乗り越えた陰には再婚で得た妻の並々ならぬ献身とともにワンマンながら義理人情に篤い主人公の人柄、そしてイトーヨーカ堂の伊藤雅俊会長を初めとするすばらしい人々との出会いに期するところが大というところでしょうか。



周囲が反対する中無謀ともいえる放送局退職を果たした際に常務から送られた葉書はその後宝物として額に入れ主人公の心の支えにしてきたといいます。


「新天地を求めて縦横の活躍に入った由、大賀の至り、君は社長たることに宿命を背負った男だ。
もっと大成すると信じている。
頭が良くてユーモアがあって、根性が据わっており、適当にズルく、適当に押しが強く、しかも根本に誠意がある。
存分にやってくれ、
始めは我がために、やがて社会公共の為に。
武田光司は男でござる」



多々の説明を重ねずとも主人公の男気が伝わってくる葉書ですね。


九州の豪雨など比較にはなりませんが、晴れの国がトレードマークの当地も梅雨真っ只中、部屋の湿度も60%を超えることもしばしばの毎日ですが、たちまち体調に影響して体が重いこと!

これもヒッグス粒子のせい??19811bef.jpg



親しくしていただいている漢方医によると私にとって梅雨の季節は鬼門で湿邪が大敵といわれていますが、除湿機をフル回転させる以外湿邪を追い出す術もなく梅雨の空けるのをひたすら待っています。



この季節だけハワイかグアム、近場でというとサイパンなど湿度が少ないところに避難したいくらい。



こんな不調が続いている中、東京在住の幼馴染から夕方突然実家の用事でZホテルに来ているとの電話がありました。


翌日は予定が詰まっているということで急遽身支度を整えて彼女に会いにホテルに行きました。


夕食を共にした後、彼女がリザーブしているホテルの部屋に同行してそこで2年ぶり夜更けまで近況を語り合いました。


彼女も私も昨年母を亡くしているという共通点があり、ひとしきりお互い母の思い出を語り合いながら現在の気楽さと引き換えの切なさに胸が締め付けられました。



母を亡くしたことで自分と「死」との間に立ちふさがっていた堅牢な防御壁が取り除かれたような感覚を抱いているのは彼女も同様で、それぞれの親子の有りようや環境に大きな違いがあってもこの不思議な感覚は世代交代の途上で人間が誰しも感じる当たり前の感覚なんだと妙に納得しました。






さて本日は薬丸岳氏著『刑事のまなざし』をご紹介します。



「推理作家協会賞短編部門候補作など全8短編ドンデン返しのラストのあまりの絶望に背筋も凍る、推理作家協会賞短編部門候補作「オムライス」他、冷静沈着だが重い過去を持つ刑事夏目が謎を解決する8短編」


2005年に第51回江戸川乱歩賞を受賞された少年法をテーマの『天使のナイフ』でデビュー以来、犯罪の世界の一段面を取り上げた作品を発表していらっしゃいます。

2006年『闇の底』【性犯罪】
2008年『虚夢』【刑法第39条・心神喪失者の犯罪】
2009年『悪党』【犯罪者の処罰と更生】
2011年『刑事のまなざし』


このブログでも 『天使のナイフ』 と 『悪党』 のレビューをアップしていますので読んでいただけたらと思います。
 

さて本書に移ります。

推理作家協会賞短編部門候補作「オムライス」を含む8篇の短篇は娘が犯罪被害者であるという暗い過去を持つひとりの刑事・夏目が事件の謎を解決するという構成になっています。


8篇の短篇を読み進めるうち、次第に明らかになる夏目刑事の過去。


10年前に通り魔事件によって植物状態となった娘のため、法務技官として少年鑑別所で少年と対峙していた経歴を捨て刑事に転職した夏目が犯罪被害者の家族という独自の目線で事件を解決していくという構成は静かな感動を呼ぶ雰囲気を醸し出していて成功しているといえるでしょう。



著者は夏目という刑事の造形にかなりの力を投入していることは想像に難くない上、全作品において意匠返しのラストを用意しているという念の入れよう。



他のレビューを拝見したところその周到なひねりをプラスの驚嘆で受け入れていらっしゃる読者の方がほとんどでしたが、へそ曲がりの私にはすべてが作為的な強引なひねりと感じられて違和感がありました。



折角の夏目のキャラクターの造形が強引なラストのひねりで台無しになっているような感じを受けてしまいました。


しかもそれほど強烈などんでん返しでありながら、読んでしばらく日数を経過すると印象が薄まって、今もレビューを書くためにもう一度ざっと読み通したくらい。


サプライズはほどほどに!

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