VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2013年02月

毎年開催している夫の所属する油彩画教室の作品展が今年も開かれています。fe9b2a56.jpg



昨年末の入院騒動でどうなるかと案じていた夫も無事数点を出品。




で、昨日はブログのご縁でずっと親しくお付き合いさせていただいている大先輩の銭本ご夫妻と、旦那さまが銭本さんの元職場の後輩というご縁で日本語教師をされている奥様にモデルの斡旋やご自身モデルをお願いしたという経緯のAご夫妻の2組のご夫妻が観にきてくださり、ついでに私も入れてもらいお昼をご一緒しました。



銭本さんに関してはこのブログで何度かご紹介させていただきましたが、タイトルが何度か変わったり途中中断があったりしながら2012年5月までは「吉備野庵」というタイトルで日々の雑感をアップされていて、日本はもちろん世界各国の方々の半端ではないアクセスがあるという人気ブログになっていてその飾らない誠実なそして知性溢れるお人柄が多くの人々に慕われていた方です。


80歳を過ぎられた高齢ということもあり、動静を心配されたりブログ再開を望んでいらっしゃる銭本ファンが今もなお私を含めたくさんいらっしゃるので、この場でお元気であることをご報告させていただきます。



なじみの中華料理店での昼食後、我が家でお茶をとお誘いしておしゃべりに忙しくあまりに楽しいひとときを過ごしたので肝心の銭本ご夫妻のツーショットを撮るのを忘れてしまいました^_^;



銭パパ(失礼を省みず呼ばせていただきます)もさることながら銭ママが魅力あふれる方で会った人は一度で大ファンになるほど吸引力があります。


楽しいおしゃべりもさることながら世界各国のどんな料理も魔法のように作られたりのスーパー主婦の鏡、その銭ママから手作りベーコンをお土産にいただきました~。



銭パパがブログを休止されたと時期を同じくして始められた銭ママのブログに詳しい作り方が載っていますので興味あるかたはどうぞ。


銭ママのブログはこちら →「陽気なばあさんの高原日記」


毎年すごい本数のベーコンを作られて待ちわびている友人知人に配られるそうです。



銭パパや銭ママのブログで知っていて毎年指を銜えて密かに羨ましがっていましたが、今年は念力が通じたのか幸運なことにいただけました!


写真は久~~しぶりにお茶菓子用に作ったアップルケーキと銭ママのベーコン。

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さて本日は常盤新平氏著『明日の友を数えれば』のレビューです。


「望みはなるべくささやかなほうがいい。
町を歩き、本と親しみ、コーヒーを味わう。
81歳…老いとつき合う日々を綴った最新エッセイ集」



今年1月22日に81歳で逝去された著者の2006年~2011年までの晩年の日々雑感を綴った遺作エッセイ集。


直木賞作家であり、編集者であり、翻訳家であり、アメリカ文化研究家でもあった著者はすぐれたエッセイストでもありました。


大学卒業後早川書房に入社し、都築道夫氏や生島治郎氏の後任としてミステリー誌「エラリー・クイーンズ・ミステリ・マガジン」の三代目編集長を6年務められてその後フリーになられた経緯は本書にも出てきます。


現在早川書房の柱ともなっている「ハカヤワ・ノヴェルズ」を創刊しその最初の作としてジョン・ル・カレの『寒い国から帰ってきたスパイ』を刊行して日本でのル・カレ人気の牽引力になったのは有名です。


翻訳家としてはE.S.ガードナーやアイザック・アシモフ、アガサ・クリスティ、ディクスン・カーやアーウィン・ショーなどの翻訳でも知られ、オー・ヘンリーの『最後の一葉』やアーウィン・ショーの『夏服を着た女たち』を読まれた方も多いと思います。


翻訳家として一本立ちするまでの苦闘を描いた自伝的小説『遠いアメリカ』で直木賞を受賞されるなど、飾らない文章に惹きつけられた読者の方々も多かったのではないでしょうか。



本書も温かいお人柄が飾らない文章の合間から立ち上ってくる、そんな市井の気取らないご自身の日常を描いてほほえましいエッセイになっています。


「リトル・ピープル」という私の気持ちを温かくしてくれる言葉が本書に度々登場しますが、直訳すると「小さい人」イコール庶民という意味で著者はこの小さい人としての暮らしを大切にした人だったんだなあと思いました。


「多くは望まない。
日々の暮らしが無事であればいい。
なにごともないのが正常な生活なのだ」



75歳~80歳までの日々雑感を通して避けられない老いと向き合う様子が手に取るように感じられる箇所もありましたが、小さい人同士のささやかなふれあいに小さな喜びを感じるエッセイにうんうんとうなずきながら楽しませていただきました。



川口松太郎氏や山口瞳氏、伊藤桂一氏などの古きよき作品をじっくり味わいながら再読される日々の中での吉野秀雄氏による『良寛』からの良寛さんの一句。


手を折りて昔の友を数ふればなきは多くぞなりにけるかな

哀韻にあふれた歌ですが、しみじみ味わう年齢になったという著者の本書のタイトルの由来になっていると感じました。


「昔の友」を「明日の友」としたところ著者の年齢の微妙な立ち位置を感じて感無量でした。

今内野聖陽さん主演で放映されている「とんび」、視聴率も上々で評判がいいようですね。


原作は同名の重松清氏によるもので角川文庫の「みんなが選んだ 角川文庫 感動する第1位」にも選ばれた作品。


1度だけテレビを観て、原作を数年前に読んで感動したことを思い出しました~。



重松清氏著『とんび』

「昭和三十七年、ヤスさんは生涯最高の喜びに包まれていた。
愛妻の美佐子さんとのあいだに待望の長男アキラが誕生し、家族三人の幸せを噛みしめる日々。しかしその団らんは、突然の悲劇によって奪われてしまう―。
アキラへの愛あまって、時に暴走し時に途方に暮れるヤスさん。
我が子の幸せだけをひたむきに願い続けた不器用な父親の姿を通して、いつの世も変わることのない不滅の情を描く。
魂ふるえる、父と息子の物語」



今ではとんと姿を消したオート三輪が街中を走っていた時代、照れ屋で不器用、一本気な父親と息子の親子愛がテーマの物語、著者の最も得意とする家族を描いて感動作になっています。



親の愛情を知らずに育った男女が結婚して生まれた一粒種アキラを中心に精一杯温かい家庭を築いていた矢先、思わぬ事故で母を失った4歳のアキラと茫然自失の父ヤスが周囲の心ある人々の温かい見守りと援助の手を借りながら子育ての悩みや葛藤をひとつひとつ乗り越えていく過程に熱いものが込み上げてきて何度も泣きました。



個々のプライバシーを大切にするあまり、というか身近に優しい手が見つからず、自らも心を閉ざして周囲にとけこむことなくどんどん孤立し追い詰められての結果起こった子育て放棄や子殺しなどの事件が報じられる昨今、まるで別世界のような古きよき日本の風景がそこかしこに見られて胸があつくなる作品。


こんな人々が周囲にいたら起こらなかった不幸な事件も多かったのではないでしょうか。



ヤスの一途な親心もさることながら、脇を固める海雲和尚や会社の同僚等、周囲の温かい支えがまるで宝石のようにキラキラ輝いていて感動的でした~。
 


雪の中、アキラとヤス、照雲を海に連れ出した海雲和尚が些細な子育てに悩むヤスに掛けた言葉。

「雪は悲しみじゃ。
悲しいことが、こげんして次から次に降っとるんじゃ、そげん想像してみい。
地面にはどんどん悲しいことが積もっていく。
色も真っ白に変わる。
雪が溶けたあとには、地面はぐじゃぐじゃになってしまう。
おまえは地面になったらいけん、海じゃ。
なんぼ雪が降っても、それを黙って、知らん顔して呑み込んでいく海にならんといけん」



瀬戸内の穏やかな風土を背景に登場人物によって語られる広島弁がまた社会の片隅で懸命生きる市井の人々の素朴さとほのぼのとした温かさを醸し出していて秀作。


間違いだらけの子育ての終わった私ですが、見返りを求めない愛について見習うことがいっぱいの作品でした。

手に入りにくいといわれている吉田牧場のチーズが我が家の食卓に!

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モッツアレラ、ラクレット、カチョカバロ、カマンベール、リコッタ。


カチョカバロとラクレットは裂いたりカットしたのをフライパンかホットプレートで焼いてパンや茹でたジャガイモにのせて、モッツアレラは薄く切ったミニトマトにのせて黒胡椒とオリーブオイルを少したらして食べました~。


何しろ調理してすぐ食べなきゃカチョカバロは固くなってしまうので焦って…というかいつものように肝心なものは写真に撮るのを忘れてしまって。

チーズには白ワインということで珍しくシャルドネで。


カチョカバロだけは冷凍保存が効くので冷凍しましたが、他は賞味期限が短いので朝はパンと共に、夜はサラダや何やかやと工夫して連日食べています。


東京などの★付きフレンチレストランやバーなどでも「吉田牧場のチーズ入荷しました!」の張り紙が客寄せになるほど吸引力があるらしいのでしっかり味わいながら食べなければ!




さて本日は近藤史恵氏著『タルト タタンの夢』をご紹介します。 

「カウンター七席、テーブル五つ。
下町の片隅にある小さなフレンチレストラン、ビストロ・パ・マルのシェフは、十年以上もフランスの田舎のオーベルジュやレストランを転々として修行してきたという変わり者。
無精髭をはやし、長い髪を後ろで束ねた無口なシェフの料理は、気取らない、本当にフランス料理が好きな客の心と舌をつかむものばかり。
そんなシェフが、客たちの巻き込まれた事件や不可解な出来事の謎をあざやかに解く。
定連の西田さんはなぜ体調をくずしたのか?
甲子園をめざしていた高校野球部の不祥事の真相は?
フランス人の恋人はなぜ最低のカスレをつくったのか…」


1993年デビュー作『凍える島』で第4回鮎川哲也賞受賞。
2008年『サクリファイス』で第10回大藪春彦賞受賞&第5回本屋大賞第2位。

上記受賞作のほか「探偵今泉」シリーズ、「整体師<合田力>」シリーズ、「猿若町捕物帳」シリーズ、「女清掃員探偵 キリコ」シリーズ、「南方署強行犯係」シリーズ、「久里子」シリーズ、「サクリファイス」シリーズ、「ビストロ・パ・マル」シリーズなどシリーズ化した作品多数。


著者の作品で既読は「サクリファイス」シリーズの2作品のみ・・・『サクリファイス』『エデン』ですが、自転車のプロレースに人生を賭ける男たちの物語がとても魅力的だったので他のシリーズもと期待して手を伸ばしたのが本書「ビストロ・パ・マル」シリーズの第一巻『タルト タタンの夢』です。


「ビストロ・パ・マル」シリーズはこのあと『ヴァン・ショーをあなたに』と続くようです。


上記の出版社のデータベースの簡単なあらすじにあるように、本書の7篇の小品の舞台は東京下町の商店街にあるカウンター7席、テーブル5つ、そしてスタッフといえば無口なシェフの三舟さんと愛想の良い料理人の志村さん、唯一の女性であるソムリエの金子さん、そして物語の進行役であるギャルソンの高築くんの4人の小さなフレンチレストラン。


そこを舞台に訪れる客たちが抱える問題や謎ともいえない謎を三舟シェフが解き明かすという内容。


読み始めてすぐに大好きな北森鴻氏の「香菜里屋」シリーズを思い出しました。


シェフが作る絶品の料理に美酒、客たちが持ち込んだ日常に潜む謎を鮮やかに解き明かすシェフという構成がどちらも同じですが、小粋な居酒屋テイストが「香菜里屋」シリーズの特徴とすれば、本書はフレンチテイストの味つけというところでしょうか。


「タルト・タタンの夢」
「ロニョン・ド・ヴォーの決意」
「ガレット・デ・ロワの秘密」
「オッソ・イラティをめぐる不和」
「理不尽な酔っぱらい」
「ぬけがらのカスレ」
「割り切れないチョコレート」


これらタイトルからも想像できるように、フランス料理やワインに精通した人にとってはよく目にする料理やワインの数々が登場しますが、私のように詳しくない読者にとってもとても魅力的なディッシュやワインが次々登場して、こんな店があったら是非行ってみたいと思わせる作品でした。



これら小品にちょくちょく登場する「ヴァン・ショー」というホットワインにシナモンなどを入れてオレンジを浮かした飲み物だそうですが、あまりにおいしそうだったのでボトルを開けたときに少し残してナイトキャップ用に作ってみたいなと思っています。

自宅にミシンがないという理由で「これ縫って」と見本のスカートとネットで買ったという高価な布が娘から送られてきました。

ミシンはあるけど…しばらく使ってないから上手く動くかどうか・・・手芸は大好きでよく作るけど大人のそんな大きなもの縫ったことないし・・・という低レベルのミシン使い人のハハにそんな高価な布を気軽に託しても・・・という一抹の不安はありましたが、折りよく来訪するという裁縫が得意な友人にロックミシンを持ってきてもらって指南を受けて作業開始しました。


厚い布だったので二重に折って端の始末をすると厚ぼったくなると思いロックで処理してみると・・・何と何と優れもの!!


端処理しながらカットするというスゴ技ロックに感動してしまいました(今まで知らなかったなんて私だけ??)


1万円ちょっとで購入したわがミシンではロックもどきのジグザグはあってもこんなスゴ技はないので(当たり前!)これさえあれば何でももってこい!という心境になって(腕前を省みず^_^;)


返してと矢のような催促があるまでしばらく知らん顔して手元に置いておくことにしよう!!


というわけで無事スカートは縫って送りましたが(肝心の写真を撮るのを忘れました)残り布と残り皮があったので巾着風と財布もどきを作ってみました。
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気に入ってくれるかな??




さて今回は東野圭吾氏著『怪笑小説』のレビューです。


ご存知の通り著者の一連のユーモア小説の発端となった第一弾。

1995年『怪笑小説』
1996年『毒笑小説』
2005年『黒笑小説』
2012年『歪笑小説』

このブログでも逆順ですが、歪笑小説 毒笑小説をアップしていますのでよかったら見てください。


「年金暮らしの老女が芸能人の“おっかけ”にハマり、乏しい財産を使い果たしていく『おつかけバアさん』、“タヌキには超能力がある、UFOの正体は文福茶釜である”という説に命を賭ける男の『超たぬき理論』、周りの人間たちが人間以外の動物に見えてしまう中学生の悲劇『動物家族』…etc.
ちょっとブラックで、怖くて、なんともおかしい人間たち!
多彩な味つけの傑作短篇集」


『歪笑…』も『毒笑…』もかなりシュールなバカバカしさがありましたが、本書は第一弾というだけあってかなり原始的な書きなぐり!

でもよくもまあ次々にこんな奇想天外な発想が湧くこと!

タダモノではない作家魂&才気が感じられます。


解説を担当された真保裕一氏が、本書を出すまでの東野氏の作家人生は完璧な猫かぶりの偽装だった、と述べていらっしゃいます。

それまでのミステリ作家としての堂々とした作家人生そのものが東野氏の繕った偽りの姿だったとまで言及。

「今のうちから覚悟をしておいたほうがいいだろう。
以後、本書に似たタイプの作品が増えていく」

この真保氏の予言どおり着々とユーモア作家としての実績を積んでいらっしゃる著者です。


そして本書の読みどころは巻末の著者の「あとがき」、しかも本書の8篇すべてに対して執筆にあたっての思い入れとか動機とかをしっかりと記していて充実度があります。


満員電車での乗客たちの憤懣やるかたない心理をそれぞれの乗客の独白という形で赤裸々に描写した「鬱積電車」や実際にこんな人いるだろうなと思わせるタレントのおっかけをする人の実態をデフォルメした「おっかけバアさん」、星一徹もどきの父親にしごかれた息子のなれの果てを描いた「一徹おやじ」。


これらの小品は周りを見渡せば何だか存在していそうな、そして「鬱積電車」の乗客の独白は自分の身にも覚えがあるような、そんな作品ですが、「あるジーサンに線香を」はユーモアとは程遠いもの悲しさ漂う作品でした。

読み始めてすぐにこの奇妙なタイトルとリンクする作品が浮かんで…見事なパロディといえばパロディですが、元の作品が切なすぎるものだっただけに何だか揶揄が過ぎるような、あまり愉快な作品ではありませんでした。


就寝前の暇つぶしにはいいかも。

不況が長く続いて軒並み経営状態の悪化が報じられていた企業が抱えるスポーツチームが親企業の経営合理化という方針の下、相次いで休部や廃部に追い込まれている昨今。1a03bd30.jpg



伝統あるヱスビー食品の陸上やパナソニックのバスケットボールなどを代表として数えあげたらきりがないほど多くの企業がチームを手放しています。



ヱスビー食品もパナソニックもスポーツチームの名を借りなくても知名度は高いというのも理由のひとつに数えられるのでしょうけど一抹の淋しさがあります。


幸いというか、ヱスビーは横浜ベイスターズを買収したDeNAへ、先月97年以来16年ぶり10度目の日本一に輝いたパナソニックも和歌山を本拠地とする新チームを受け皿として継続できることになってひと安心というところ。



さて本日ご紹介する作品は経営難に追い込まれた企業とその企業所有の野球部の抱えるまさに現実とリンクする苦悩と希望の物語。



池井戸潤氏著『ルーズヴェルト・ゲーム』

「『一番おもしろい試合は、8対7だ』野球を愛したルーズヴェルト大統領は、そう語った。
監督に見捨てられ、主力選手をも失ったかつての名門、青島製作所野球部。
創部以来の危機に、野球部長の三上が招いたのは、挫折を経験したひとりの男だった。
一方、社長に抜擢されて間もない細川は、折しもの不況に立ち向かうため、聖域なきリストラを命じる。廃部か存続か。繁栄か衰退か。
人生を賭した男達の戦いがここに始まる」


「つまらん時代になってきたなあ。
世の中の景気はいつまでたってもパッとせず、『リストラ』なんて言葉はバブル崩壊後に突如出現し、いまや子供でも知っているお馴染みだ。
会社からも世の中からも、ムダのレッテルが貼られたものは次々と削られていき、ムダだけ削っていたつもりが、知らぬうちに余裕まで削られてしまった気がする
・・・本書のテーマは、社会人野球だ。
野球部に限らず、企業スポーツはいまの世の中からどんどん削られていく『ムダ』の最たるものだと思う。
だけど、ムダから生まれる余裕もあるんじゃないかな・・・
そんなところに、人としての、また社会としての懐を感じてしまう」(著者・小説現代 2012年3月号)



現在会長職に退いている青島毅が町工場から興し、開発力を主軸に非上場ながら売上げ500億円の中堅の電子部品メーカーに成長させるもリーマンショックのあおりを受け主力の取引先からの無理な値下げ要求などによる業績悪化の波に抗しきれず銀行からも徹底的なコストカットが求められている青島製作所を舞台にコンサルタント出身の二代目社長・細川充を中心に悪戦苦闘の日々、折りしもライバルのミツワ電器が合併の提案を持ちかけてきます。



一方野球好きの創業者・青島が社内の士気を高めるために創設した野球部も成績低迷が続く中、監督と主力選手をライバルのミツワ電器野球部に引き抜かれ、廃部かいなかの苦しい状況に追い込まれます。



そんな状況の中、新製品の開発に一縷の望みを託す社長を軸に、年間3億円の出費をカットすべく野球部の廃部が決まるまでの選手や監督、そしてその野球部を支える周辺の社員たちの孤軍奮闘の苦悩がしっかり描かれていてあたかも野球部の選手と一丸となって廃部にしないでと真剣に願っている自分に気づくほど。



『空飛ぶタイヤ』『下町ロケット』などを通して、著者の作品は勧善懲悪、最後は結果オーライと安心して読めるという特徴がありますが、それでも途中経過は読者をハラハラドキドキの世界に導いて読ませます。


こういったエンタメ作品にはいまや欠かせない存在になった著者ですが、やはり私は著者独壇場の銀行物語がいちばん好きです。



横道に逸れましたが、今回のテーマはスポーツと企業経営という二本柱をテーマに破綻なくまとめているところ、目のつけどころがタイムリーといえるでしょう。


アメリカ大統領F・ルーズヴェルトが最もおもしろいと言ったという8対7の野球の試合をタイトルに冠し、野球の試合と企業の存続を賭けてのまさに生き残り経営という2つのかけ離れたかに見える事象に共通点を見出したストーリー展開がこの作品の読みどころといえます。



登場人物の多さとか、『空飛ぶタイヤ』に比べて感動的な仕上がりがやや欠ける点などアラを探せばいくつか指摘できる気がしますが、いつもラストをわかりやすい勧善懲悪で落とす著者が今回は社会の情勢を踏まえたのかちょっと肩透かし的な終わり方をしたのが意外といえば意外でした、ネタバレになるので詳しくは書きませんが。


余禄として作品の舞台となる青島製作所の主力開発商品である半導体・デジカメの撮像素子開発の話など私の知らない世界での企業努力が垣間見えて興味深い作品でした。

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政権が変わって大胆な金融緩和策が功を奏したといえるのか、日経平均も1万を超え少し市場が活発化しているようですが、円安でダメージを受ける海外旅行、旅行会社はかなり大変というニュースが出ています。


私は東南アジア近辺に何度か行った以外、母の介護に関わっていた関係で往復に時間を要する海外は行ったことがありません。


昨年その母も亡くなり、いつでもOKの状態になりお誘いを受けることも多いのですが、今度は体調不良でパスという状態が続いています。


何度かヨーロッパ各地を旅行した夫の旅先での逸話や写真で同行した気持ちになっています。



そんな状態の私ですが、ずっと前から行ってみたいとひそかに思っている場所があります。


イタリアのミラノとトリエステ。


ミラノはご存知の通りですが、トリエステはイタリア北東部のアドリア海に面した人口約21万人の小さな港湾都市でイタリア海軍の基地があるそうです。


イタリアといえばベネトンやプラダ、グッチ、フェラガモ、ブルガリなどミラノを中心のファッションの発信地、それに生産規模がフランスとほぼ互角といわれるワインの生産地というのがすぐ思い浮かびますが、方や世界中に名を馳せているイタリアマフィアのイメージも強く、一昨年訪れた夫は貧しく汚い町という印象が強かったようです。



度々伝えられるように、経済危機に陥っている国の中でもイタリアは常連だし、失業や貧困、治安問題など深刻な問題をたくさん抱えているようですね。



このところ少しずつ読んで先日読了したエッセイを通してそんなイタリアのイメージが広がっています。


須賀敦子氏著『こころの旅』


須賀敦子氏といえばずっと以前『トリエステの坂道』を読んで強い感銘を受けて以来久しぶりの作品。


このブログでご紹介したことがないので先に『トリエステの坂道』を再読後アップしようかと本棚をくまなく捜しましたが見当たらず…失望というより宝物を失ったような気持ちですぐにamazonで注文しました。


ということで後先になりますが『こころの旅』を先にアップしたいと思います。



「幼少のころの思い出、ミラノの街で過ごした日々など、父・母・夫・友人たちとの記憶の旅。
詩的想像力をまじえても、こよなく純粋な客観的視野を失わない、須賀敦子のエッセイ」



1998年に69歳で亡くなられましたが、その2年後刊行された『須賀敦子全集』より10篇あまりを集めた珠玉のエッセイ集となっています。


芦屋の良家の子女として生まれ、カトリック系の学校に通ったのちパリ大学に留学しますが、次第にイタリアに傾倒、29歳の時に奨学金を得てローマに渡り、ミラノに根を下ろした生活の中でカトリック左派の神父たちが中心になって設立されたコルシア書店の関係者と知り合い、主要メンバーだったジュゼッペ・リッカ(ペッピーノ)氏と結婚、夫君とともに日本文学のイタリア語訳に取り組んでいましたが、ペッピーノ氏が7年後に急逝。

1971年にはミラノの家を引き払って日本に帰国し、いくつかの大学の非常勤講師を経て専任講師をしながら1998年に69歳で死去されるまでイタリア経験を題材としたエッセイを次々発表、それらが今もなお根強いファンによって読み継がれています。



須賀氏の描くイタリアはカンツォーネの響く陽気な明るいイメージとはほど遠く、極論を言えば根底には貧困がありそれゆえもの悲しく暗い雰囲気が流れているような気がしますが、淡々とした記憶の記述の中に決して悲壮感はなく、過去のあれこれを懐かしむようなむしろ満ち足りた感情が時折顔を覗かせます。


著者の筆を通すとミラノの裏町もイタリアの代々続いた貴族も同じ差別のない平等な目線で描写されていることに気づきます。


「淡々と」という表現は似つかわしくない芳醇な味わい深い文章なのに内面の波を感じさせない「淡々とした」という表現がぴったりの描写の中に愛する夫を失った寄る辺ない哀しみが感じられて胸が締め付けられます。


丁寧に推敲を重ねたであろう美しく上品な、軽はずみでない、それなのに自然に流れるような、読み手に作為がないと感じさせるような文。


本書を読んでいると幼少期を過ごした夙川や結婚前後を過ごしたミラノの情景が鮮やかに浮かび上がって著者独自の思い出なのに胸が締め付けられるような感情に囚われてしまいます。


近しい人の誰もいないミラノの地で巡りあった最愛の伴侶・ペッピーノ氏との永遠の別れがどれほど著者の心に悲しみを宿したか想像に難くありませんが、深い孤独の中で凛と生きたと思われる姿がエッセイのここそこに見られて感服するのです。


奥深い教養がありながらそれを感じさせない平易な文もさることながら、詩のように流れる文章の端々に感じられる精神の柔らかさと豊かさ、ノックアウトされました。


「きっちり足に合った靴さえあれば、じぶんはどこまでも歩いていけるはずだ。
そう心のどこかで思いつづけ、完璧な靴に出会わなかった不幸をかこちながら、私はこれまで生きてきたような気がする。
行きたいところ、行くべきところぜんぶにじぶんが行っていないのは、あるいは行くのをあきらめたのは、すべて、じぶんの足にぴったりな靴をもたなかったせいなのだ、と」

自戒さえも味わい深い須賀氏のエッセイです。


著者が心を奪われ続けた詩人ウンベルト・サバの故郷、そして夫の愛する地でもあるトリエステを夫亡き後しばらくして独りで訪れた著者の足跡を訪れてみたい・・・トリエステに行ってみたいと思ったきっかけです。



手元に置いて折々に味わいたい作品、ぜひどうぞ!

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