VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2013年04月

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朝のニュースで各地の高速道路の渋滞の様子が映し出されていましたが、他人事のように眺める夫と私。


ザ・日本企業のティピカルサラリーマンだった夫が現役の頃は世間が大移動するお盆やお正月にしか休めず、ゴールデンウィークといえども間に出勤日があると動けず…という律義さで今の多様化した勤務形態など考えもつかないという感じでした。


我が家の子どもたちの中でやや夫の系統を継いでいるのは同じく日本企業のサラリーマンの長男だけ。


外資系の会社員である長女の勤務形態に今は慣れましたが、スタートした当初は驚きの連続でした。


折に読む高杉良氏の企業小説に外資の実態が多少デフォルメされて描かれていますが、徹底した能力主義というか成果が出てなんぼの世界、いつ首が飛んでもおかしくないというシビアさを長女を通していつも垣間見ています。


そして次男の勤務状況はというと、平日はいつも深夜帰り、土日も不定期に出勤、その代わり何ヶ月か毎に数日の休暇が取れたら取るという傍から見たら猛烈そのもの、独身だからできるのかもしれませんけど健康面を考えるとハラハラします。



夫の時代は終身雇用制が生きていただけに現代のサラリーマンより会社に対して純情が通用した時代だったような気がします。


中学校の卒業文集で将来の夢を「隠居になること」と書いて先生たちや親の失笑を買った夫ですが、そんな人に限って60歳になっても夢が実現できず今なお細々と仕事と縁が切れないのは、生涯働きたいと思いながら職に就くことができない人にとってはもったいないような話ですが夫にとってはウェルカムなことと言い切れないかも・・・怖くて聞いたことはありませんけど・・・辞めたいんだろうな~^_^;




さて本日は後藤みな子氏著『樹滴』をご紹介します。

1936年長崎市に生まれる
1971年『刻を曳く』で第8回文藝賞受賞、
第66回芥川賞候補、第1回平林たい子文学賞候補
1972年『三本の釘の重さ』で第67回芥川賞候補
1974年より北九州在住

本書は文芸同人誌「すとろんぼり」に4年間にわたって連載されたものをまとめたものです。



話題の新刊本の著者が作品が出来るまでの思いやエピソードを語るというコーナーを持つ朝日デジタルに昨年登場された折のインタビューをまとめたものが著者の作品に対する思いを端的に表していますので、少し長くなりますが以下に転載させていただきます。

    ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆

8歳の夏、故郷の長崎に爆弾が落ちた。
疎開先の福岡から母はひとりで爆心地に入り、旧制中学生だった兄の最期をみとって帰ってきた。
深手を負った獣のような姿に変わり果て、何も語らず、大の字になって眠りつづける母。精神を病んでしまったことが、幼心にもわかった。
『樹滴』は、原爆で崩壊した家族の長い戦後と正面から向き合った長編小説だ。
老いて死にゆく父母の魂に寄り添う日々を描き、鎮魂の思いに満ちている。
長い休筆期間を経て小説の刊行は40年ぶりになる。
樹滴という題名は、ニューギニアから復員した父が廃虚の長崎で、焼けこげた樹から、未来の光のようにしたたる樹液を見た話にちなむ。
母の無念をはらそうと、1971年に初めて書いた小説『刻(とき)を曳(ひ)く』で文芸賞を受け、芥川賞候補になった。
しかし事実と虚構がまじる私小説は誤解されやすい。
家族の恥をさらす親不孝ととる人もいて、父とは一時疎遠になった。
東京で書いた小説は5編。
74年に北九州へ移ってから、小説の筆を30年近く絶つ。
長崎大学学長などを務めた父敏郎が93年に、母も回復しないまま98年に療養先で亡くなり、呪縛から解放されたように書きはじめる

「文学の力は恐ろしく深い。私は結局離れられません。『樹滴』は、阿修羅になって書きました」

母殺しの深層心理がある、と文学研究者に指摘されたことがある。

「本当に、心のなかで母を殺しながら生きてきました。自分の娘にさえ、母はとうに亡くなった、と長く隠していましたし。大きな罪です」

    ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆


上記からわかるように本書は小説仕立てではありますが、私小説の範疇に入る作品。


原爆を遠因として精神に変調をきたして生涯を廃人として生きなければならなかった母親を重い心の澱として持ち続けた著者の鎮魂の書として書かれたのが本書ですが、母親の存在を自らの恥部として娘にすらその存在を明かさなかったのと対比して、長崎大学医学部教授から学長にまで登りつめながら仕送りのみで自分の世界から切り離していた父親に対して反発しながらもその地位の娘としての立ち居地に甘んじている様子が文章の合間から読み取れて複雑な読後感でした。


精神病者を抱えて生きなければならなかった家族の心境はいかばかりかと想像をたくましくするだけですが、ここでは父親に反発しながらもおのずと家族でない協力者が母親を包み隠す役割を果たすという、いわば家族の手を通すことなく母親の生を全うできたという幸運に娘である著者も甘んじることができた幸運が父親の社会的な地位によるものであったというのは、世の中の縮図を垣間見るようでした。

ブログ友がアップされるベランダ菜園が羨ましくて少しずつ増やしています。


昨年は引越しのためゴーヤが植えられなかったので今年はと意気込んでいますが場所を確保しなくてはならずどうなるか。


で、今植えているのはレタス、ネギ、ベンリ菜とラディッシュ。


ラディッシュは二十日大根といわれるだけあって早速収穫して酒肴のお供に。0fa2a101.jpg


梅塩をちょっぴりつけて齧るととってもおいしい!



それに友人が届けてくれた自宅の山の採れたての筍、夫が山で採ってきたわらび、そして道の駅で見つけたコシアブラ!
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                                    貴重なコシアブラは天ぷらに。

これら諸々の食材が冷蔵庫に横たわっていてとても心躍る季節、あっという間に過ぎてしまう短い季節だから貴重なんですよね(*^。^*)




さて今回は林真理子氏著『美食倶楽部』のアップです。


「ふぐの白子、蛙の煮込み、鮒鮨に鶏の水炊き。
モデルクラブの女社長・33歳の祥子の楽しみは食べること。
美食の秘密をちりばめた表題作他、広告代理店のエリートと流行作家の不倫『幻の男』、由緒ある高級住宅地を舞台にした人間洞察の傑作『東京の女性(ひと)』。
食欲、男、そしてプライドに踊る都会の女たちを描く、充実の小説集」


本書には一流といわれる店で一流の食べ物を食することに執念を燃やす33歳の独身女性を主人公の表題作「美食倶楽部」の他、漫画家として成功した遠山由香里と広告代理店に勤める妻子ある陽二との不倫の末を描いた「幻の男」、そして憧れの東京の高級住宅地にある家の2階を借りて住むことになった地方出身の真由美と婚約者の健と大家の政代の人間模様をえがく「東京の女性」の3篇が収録されています。


どの篇も20代~30代の女性が主人公ですが、それぞれ目を背けたくなる女の醜い部分を巧みに救い上げているという意味では感服でしたが、どの主人公にも共感できないもどかしさの残る、そして読後感としては何も残らない作品でした。


ただ寝ながら気楽に読めるというメリットだけ。


それに余談ですけど…私は高級食材やグルメという存在にいわれのない強い敵愾心があって

ついでにテレビで蔓延っているグルメリポーターにもついつい反発してしまいます^_^;


本書に戻って…1989年刊行ということでなんとなく納得しましたが、表題作の主人公を例にとっても33歳という年齢らしくない老成が目立って、現代とはかなりのズレを感じました。


今まで著者の作品はほとんどスルーしていましたが、「筑紫の女王」と呼ばれた歌人・柳原白蓮を描いた『白蓮れんれん』が秀逸だったのでそれ以後時に思い出して手に取りますが、期待するような充実作品には出合えないでいます。


しかし学歴や家柄などに絡め取られた女性の心の奥に潜む心理を容赦なく描く力量はすごいですね。


何の根拠もありませんが、どの主人公も少なからず著者の素顔とだぶる気がして…だからどうなの?とは思いますけど、物書きの業を感じました。

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昨年末購入していた某サイトのディスカウントクーポンの期限が迫っていたので卓球の仲間7名で米子一泊親睦会に行きました。


一泊二食¥6900という超安価で、おまけにその昔は皇室御用達の米子では有名な旅館だったので半信半疑で行ってきました。


米子は現在30歳になる次男が生まれる前後1年半ほどを過ごした思い出の地。


短い期間でも今もなお交流のある友人たちと縁を結ぶことができた地でもあります。


市街から日本海に面した皆生温泉や大山が近く、冬には毎週末家族でスキーに行ったりテニスをしたりの楽しい思い出がいっぱいあります。


で、その昔有名だった旅館の玄関に立った印象。


事前に米子在住の友人から聞いてはいたものの、外見の凋落ぶりには驚きましたが、部屋や温泉は思ったほどではなく、ゆったりした和洋室でおしゃべりに花を咲かせることができました。



日本海の松林に面した広大な庭が自慢の旅館だっただけに庭の手入れは怠りないようでしたが、フロントなどのスタッフを極力減らして経費節減に努めている様子が手に取るようにわかり、倒産後代替わりした経営者の喘ぎが聞こえるようでした。
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夫の転勤での1年半の間にこの旅館で今は亡き実家の父母の金婚式のイベントをやり、一族郎党30名ほどが集まったときの賑わいが思い出されて何だか切なくなりました。


ディスカウントクーポンで大量にお客を入れなければ経営が成り立たない旅館事情は各地で耳にしますが、いったい全国でどれくらいのホテルや旅館が安定した経営をしているのかと想像してしまいます。


身近に御殿場で2軒のホテルを経営していた長男のお嫁さんの実家も倒産の憂き目に遭ったのでついついそんなことを考えながらの、それでも¥6900円としては上々の旅でした。






さて本日は三浦しをん氏著『木暮荘物語』をご紹介したいと思います。


本屋大賞1位を受賞した『舟を編む』がベストセラーとなり今熱い注目を浴びている著者ですが、私は著者の作品では『まほろ駅前多田便利軒』が唯一の読了本です。



『舟を編む』や『神去りなあなあ日常』などを読みたくて毎回図書館で検索するのですがいつも貸し出し中、著者の人気を物語っています。


そういうわけで唯一在庫があったのが本書、迷うことなく借りてきました~。


本書は祥伝社発行の小説季刊誌「Feel Love」に掲載された連作短編7編が収録されています。


“100%恋愛小説誌”というキャッチコピーの「Feel Love」に掲載されただけあって、全篇“恋愛”を扱っているといえば聞こえはいいですが、主になっているのは多彩な「性」にまつわる話。


ときにはエロとも見紛うほどの禁止用語や“セックス”という語が多用されていて描写はけっこう具体的なのに不思議にいやらしさを感じさせない、読後感は意外にすっきり、温かさの残る作品でした。



小田急線世田谷代田駅近くにある木造二階建てのおんぼろアパート「木暮荘」を舞台に、そこに住む大家の木暮、花屋の店員・坂田、外食チェーン店の社員・神崎、女子大生・光子の4人と彼らを取り巻く関係者がそれぞれ7篇の物語の主人公として登場します。



★アパートの住人・坂田繭と現在の恋人・伊藤晃生の前に3年ぶりに突然現れた元彼・瀬戸並木との奇妙な、そして慎ましい三角関係を描いた「シンプリーヘブン」


★70歳を過ぎてもうすぐ死を迎えるという親友を見舞った木暮荘の大家である木暮は親友の口からこの世での心残りとして唐突に出た「セックス」という単語に触発されて以来セックスがしたいという欲求から逃れられずデリヘル嬢を呼んでの顛末を描いた「心身」


★駅のホームの柱に生えた男根と見紛う不可思議なものを通してその筋の男・前田と知り合ったトリマーの峰岸美禰が前田が飼っているプードルを仲立ちに親しくなり、傷を持った過去を語る「柱の実り」

前田に将来の夢を聞かれてトリマーとして成功したいという凡庸な夢を語った美禰に対して「俺ぁ、飯が食えてたまに笑えりゃ、それでいい。そうやって死ぬまえ生きられりゃいいなと思うよ」と言った前田の言葉との裏腹な男気がとても魅力的に描かれていてさすがしをんさん!


★ふとした出来心で空き部屋になっている隣室から真下の女子大生の日常を覗くという行為が病みつきになった神埼の日々を描いた「穴」


★中学3年になっても生理が訪れないことをきっかけに母親に連れて行かれた産婦人科で先天的に子どもを作る機能がないことを知らされ、以後両親から細やかな愛情を受けないまま自暴自棄とも思える乱れた生活をする女子大生・光子を描いた「ピース」

そんな光子の前に大学の友人が突然産んだ赤ん坊を預けて消えてしまった1週間、一心不乱に赤ん坊の世話に明け暮れる光子の心情が切なくて胸が締めつけられました。

「あたしだったら、絶対に置いていったりしない。ずっとずっと離さない」


預けるときと同じく唐突に赤ん坊を連れ戻しに舞い戻った友人が帰ったあと、ベッドで泣き崩れる光子を天井の節穴から覗いていた神埼の言葉が泣かせます。

「おまえさ、たぶん、いい母親になると思う」

「なれっこない。あたしが子どもを生む日なんて、永遠に来ない」

「子どもを生まなきゃ、親にはなれないのか? 子どもがいないやつは、血だか遺伝子だかの流れに乗れない、なんにも残さず生まれて死んでいくだけの生き物ってことになるのか?」



奇想天外な物語構成はこれぞ架空の物語作り人と感服しますが、社会の片隅で自分らしく生活している市井の人々の、一歩まちがえば際どい行為や思考を切なさやおかしみという技に変換して読者の心に届ける技は見事です。

先日淡路島を震源とする地震があった前後、友人たちと3人で高松~高知~徳島にかけて旅していました。


高知のホテルで早朝、友人のひとりの携帯からの地震速報で目覚め、急いでつけたテレビで高知震度3と知りましたが、まったく揺れは感じず、次々入ってきた家族や友人たちからの安否確認メールに逆に驚く始末でした。


自宅にいた夫は長い揺れに阪神淡路大震災を思い出して不気味だったそうですが、以後余震もなくお天気にも恵まれ快適な旅でした。



高知では名物の日曜市を見物したかったのですが、曜日の都合で断念したものの、「ひろめ市場」でかつおのたたきを食べたり、徳島に向かう途中の高知県大豊町にある樹齢3000年といわれる日本一の大杉を見物しました。

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国の天然記念物に指定されているという大杉、太古の昔に須佐之男命が植えられたと伝えられているそうですが、深閑とした八坂神社の境内にどっしりと根を下ろした夫婦杉のまわりの空気がしんしんと張詰めていて下下界とは一線を画した神々しさを醸し出しているようでした。


徳島では祖谷渓谷にある温泉旅館に泊まり何度目かのかづら橋を渡ったり、おしゃべりの他にも充実した旅でした。

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さて本日は酒井慎太郎氏著『肩こり・腰痛・ひざ痛知らず 99%サビない体になる』のご紹介です。


「『こり』『痛み』がなく『老いない』体とは? 効果抜群!
関節のサビを落とせば『若い』と言われ続ける人になる。
大好評! 『99%完治する』シリーズ著者最新刊。
□ 肩や首のこりがひどく、マッサージをしてもらってもよくならない
□ ほおづえをつくのがクセになっている
□ 長時間座りっぱなしで仕事をしている
□ 他人から猫背などの姿勢の悪さを指摘されたことがある
□ ちょっとした段差に足をひっかけて、転んでしまった…
心あたりのあるあなた、老化はもう始まっています!」


過日、何気なくテレビを観ていたら「予約殺到!スゴ腕の専門外来SP!!」という番組の肩こり外来の部に登場された酒井氏が酷い肩こりの出演者たちを次々に手技で治療していく様子が出ていて、思わずメモを取りました。


「神の手をもつ治療師」として注目を集めていらっしゃるそうで、あとでググってみると経営されているクリニックは予約を取るのに苦労するほど盛況とか。


ということでクリニックに行けない人たちのために家庭でできるテニスボールを使った肩こり解消法の紹介もあったので、長年の肩こり人である私は早速実践しています。


テレビを観られた方も多いと思いますが、簡単に説明しますね。

テニスボールを2つ合わせて、スパイラルテープかなければ布ガムテで離れないように固定します。8cec1257.jpg


固い床に寝て首と後頭部の境のくぼみにテニスボールを当て、上に押し上げるように圧力をかけ3分ほどじっとしているだけ、一日2、3回繰り返しますが、これで肩こりの原因となっているストレートネックが矯正されるそうです。


肩こりに悩まれている方は簡単なのでトライしてみてはいかがでしょうか。


ちなみに長年マッサージに通いつめていたという友人はやりはじめてまだ一度もマッサージに行っていないそうです。

私は、というとまだそれほどの実感はありませんが、やったあとは少し肩がすっきりするような。

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友人からわけぎをいただきました。


ちょうど冷蔵庫にタコがあったので合わせてぬたを作ろうと思っていた矢先、ブログ友の日記を訪問したらタイミングよくわけぎを使った「ひともんじぐるぐる」という九州独特の郷土料理が紹介されていたので作ってみました~。858a8a40.jpg



ネットでググってみると「一文字」や「人文字」、「ひともじぐるぐる」など呼び名はさまざまですが、どれもイカやタコなしの単独料理で供されます。


肥後細川藩の時代に財政建て直しを図って出された倹約令にこたえて考案された酒の肴というのがいわれだそうです。


ねぎとわけぎはよく似ていますが、ねぎは種子栽培、わけぎは球根栽培という大きな違いがあって。


鱗茎が株分かれして増えるため「分けとるネギ(分葱(わけぎ))」というのが名前の由来だそうです。


今が旬、いつもからし酢味噌和えにしますが、二杯酢で食べるのも大好き(*^。^*)



冬の間は枯れていた我が家の鉢植えの木の芽も新緑の芽がやわらかく芽吹いているし、筍も出回ってきたり、わらび採りシーズンも間近でワクワクする季節到来!


いずれもアクがある食材が多いので食べすぎは要注意ですけど…楽しみです♪





今回は金子哲雄氏著『僕の死に方 エンディングダイアリー500日』をご紹介したいと思います。



「突然の余命宣告。
絶望の中でやがて彼は『命の始末』と向き合い始める。
その臨終までの道程はとことん前向きで限りなく切なく愛しい。
これは41歳で急逝した売れっ子流通ジャーナリストの見事な死の記録である」



昨年の10月、「肺カルチノイド」という難病により41才という若さで急逝された金子哲雄氏の発病から死までの1年半にわたる渾身の記録です。


私が初めて金子氏のことを知った最初はコメンテーターの1人として買い物の際の流通のからくりなどについて語っていらした明石屋さんまさん司会の『ホンマでっか!?TV』で。


しゃべり方に特徴があり、取り上げた話の内容も主婦向きだったので、ちょっと記憶に残った程度。


その後早すぎる死を迎えられる直前までの超人的といえる見事な生き様云々がマスコミで流れたのを通して読んでみたいなと思って。


複数の医師を通して余命ゼロ宣告を受けた金子氏はご自分の終末までと以後の葬儀までも自ら用意周到にプロデュースの上、ご自身の病気である「肺カルチノイド」という聞きなれない病気の情報を広く発信して悩む患者たちの一灯にしたいという目的を込めて、死の1ヶ月前から文字通り命を賭して書き上げたという本書・・・自ら名乗って世の中に通りよくした肩書きである「流通ジャーナリスト」を最期まで、というか死のあとまでも貫きとおした生き様のすごさにただただ頭が下がります。


病気を一部の人以外徹底的に隠し、亡くなる前日の10月1日まで酸素を吸入しながら雑誌取材に応じ文字通り死の直前まで仕事をした著者。


講談社発刊の『「値切り」のマジック』や扶桑社からの『超三流主義』、『「激安」のからくり』(中公新書ラクレ)などの著書は金子氏が幼い頃から興味を抱いて長じて手に入れた流通という分野の分析力を生かした内容のものだそうです。


遺される最愛の伴侶の奥様の生活を案じ事前に遺産の処理をしたり、ご自分の葬儀のみならず回想御礼の文言までも書き残すという用意周到のプロデュースがマスコミ上流れると、人生への悟りを開かれた聖人のような印象を受けますが、本書には度々生と死の狭間で揺れる人間らしい葛藤が描かれるくだりを読むと切なさで胸がいっぱいになります。


「なんで、治らない病気にかかるんだよ。仕事も順調なのに、なんで人生のチャンスをもらえないんだよ。なんで、すぐ死んじゃうんだよ。なんで、今すぐ死ななきゃいけないんだ。俺、なんか悪いことしたか?ねぇ、俺が悪いのか?」



本書の前半部分では著者が「流通ジャーナリスト」という天職を得る萌芽が幼い彼と母親との間で培われていった様子のほほえましい1コマが描かれていますが、後半のすさまじい闘病記にほとんどご両親が登場しないのはなぜかという点に違和感を覚えました。


最愛の妻・稚子さんとの生死をともにしたような闘病生活は同行二人という表現がぴったりの最期への伴走が描かれていて胸をあつくしますが、一方兄弟姉妹が幼くして亡くなり事実上1人っ子として大きくなった著者はご両親にとってそれは大切な息子さんだったのではないかと推察すると、ご両親の苦しみはどれほどのものだったか、とつい親目線で考えてしまう私です。


すべての方に感謝を捧げ、周りの人たちから受ける愛情への感謝もしっかりと受け取ることのできる金子氏&大変聡明な奥様であることを鑑みると、稚子さんのみへの相続対策といい、ご両親が臨終の床にも不在であったことなどへの記述に対する違和感が拭い去れないまま読了したのでした。


自分の勝手な深読みであればと思いますが、ご両親との軋轢がないことを祈らずにはいられません。

買い物ついでに夫と散歩していたら空き地にレンゲと菜の花が咲いていました。

市中なのでほんの小さな空き地のブロックに沿った片隅。


一段と低くなっている空き地だったので夫が飛び降りて摘んでくれました。



突然はるか昔の記憶の糸がほぐれて、長男が4歳の頃母の日にレンゲで首飾りを作ってプレゼントしてくれた日のことが蘇りました。


今まで誕生日や母の日には子どもたちから数え切れないプレゼントをもらっていますが、遠い昔幼い手で渡されたプレゼント、できたらそのままの状態でずっと保存しておきたいと思ったことでした。



そんなことを思い出しながら別の用事のある夫と別れ、夫が摘んでくれた小さな花束を握りしめて翌朝のパンを買いにパン屋さんに寄りました。


食べ物屋さんなので花粉などが飛び散って迷惑をかけたらいけないと思い、その小さな花束を店頭の隅の花壇のレンガの上に置いてお店に入り・・・パンを買い・・・そしてすっかり忘れて帰りました


帰宅してすぐ気づきましたが、再度引き返すには長い道のり、諦めたのはいいけどこれから帰宅する夫への対策をどうするか???


せっかく私のために摘んでくれた夫に申し訳なくて・・・もう一度外に出て住まいの近辺を探したら・・・ありました、レンゲが!


急いで少しだけ摘んで持ちかえり、小さな一輪挿しに挿して洗面所へ。


普段は花などに興味を示さない夫がそのときに限って「菜の花とレンゲは?」と聞くではありませんか。


「握って歩いていたら菜の花の花びらが散ってしまったからレンゲだけ持ち帰ったの」


深追いしなかったので一件落着でした、ふぅ~。





さて本日は立川談四楼氏著『談志が死んだ』のご紹介です。


「一門の落語協会脱退騒動を招いた張本人にして、『小説は運・鈍・根のそなわったおまえに任せる』談志にそう言わしめた著者が、入門以来苦しみも喜びも、そりゃもう半端じゃなかった、42年分の感慨を込めて――。
『オレが死んだら悪口だけで三時間はもつはずだ。笑って送ってみせろ』はい、師匠。
この小説で、必ずそのように!」 (帯より)


落語立川流家元 立川談志 2011年11月21日逝去

戒名  立川雲黒斎家元勝手居士(たてかわ うんこ くさい いえもと かって こじ)





落語界の風雲児・立川談志家元を小説仕立てという構成の下縦横無尽に解剖した、42年間弟子として仕えた立川談四楼師匠による作品。


本書は談志家元が亡くなった次の日の22日から始まります。


死にゆく談志との約束で家族によって徹底的に死が伏せられ、最も近い弟子ですら知らず、23日の記者会見で初めて死が公になったという経緯。


その間死の噂の真相を追いかける「私」の様子や、最後に家元に会ったときの回想、そして25日にワイドショーに出演、談志が「落語立川流」を創設した顛末―1983年に落語協会の真打昇進試験に兄弟子の小談志と談四楼が不合格になったことに怒った談志が弟子と共に落語協会を脱退した事件―が詳細に描かれていて読み応えがあります。


このように過去と現在を行きつ戻りつしながら進む物語を通して著者・談四楼の家元に対する深い敬愛の念や家元自身の姿が浮き彫りになってくる第一章。


第二・三章では談四楼である「私」が家元に入門するまでと以後の修行時代を描いています。


著者とともに立川流の真打になった兄弟子の小談志の葬儀に出向くのをきっかけに、後に立川流を退き、落語協会に移籍して喜久亭寿楽となった人に思いを馳せる第四章。

そして第五章では『赤めだか』を書いた立川談春へとともに、その『赤めだか』に書評を寄せた著者へも家元の逆鱗が及び、クビを言い渡されます。

「果ては『一門解散』発言にまで至ってね。
今でも時々思い出してカッと熱くなったりします。
談志から説明が一切なかったから、未だに理由が判らない・・・
そしてこの事件から、小談志が立川流を辞めた背景に談志が致命的な一言を放ったのではないかと思い至るわけです」


このように突然怒りだす談志の精神の錯乱とも見紛う乱心ぶりに訳もわからず震える著者の恐怖が読み手である私にも伝わるほど臨場感あふれる筆致がすごい!


行き過ぎたケチぶりをあらわすエピソードにも呆れるばかり。


旅館などのメモ帳やボールペン、石鹸、備え付けの液体ソープなどは持参した詰め替え容器に移しかえて持ち帰るといいます。


ファンから求められる色紙には座右の銘として書くのが「拾う 貰う 取る」という徹底ぶり^_^;

露悪趣味というべきか??


談志だからこそ許されるともいえる不条理な暴君ぶりが本書でも至るところで披露されていますが、振り回され振り回されてもなお根底に著者の家元への愛情が感じられる作品でした。


立川談春氏著の『赤めだか』に激怒したという談志、あの世で本書を読んでどんな感想を抱いていることやら。

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