VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2013年06月

昨日の夕食の酒肴はベランダの初成りキュウリ&セロリ&ニンジンスティックを唐辛子みそをつけて。

あとこれも初採りモロヘイヤと山芋のおひたしにフグ一夜干のから揚げ、野菜の掻き揚げとポトフに豆ごはん。


家庭農園で毎日手に余るほどの野菜たちを収穫されている方にはお笑いでしょうが、我が家のベランダ菜園も小規模なりに騒がしくなって楽しい毎日です。


ゴーヤはまだ発展途上で小指の先ほどの赤ちゃんがあちこちぶら下がっています。

種を蒔いていたルッコラが毎朝のサラダ用に摘めるくらいに成長しました。


写真は1カ月前のゴーヤ&キュウリのビフォアと現在の緑のカーテンのアフター。
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大分緑が茂ってカーテンの役割を果たせるようになりました(*^。^*)




さて今日は吉村昭氏著『磔』をご紹介します。


「慶長元年暮、こごえそうな寒風のなかを、ボロをまとい、みじめに垢じみて、一様に片方の耳をそぎ落された二十数人が、裸足のまま山陽道を引き立てられていった、長崎で磔に処されるために…。
秀吉によって、苛酷に弾圧された切支丹信者の悲劇を始め、歴史に材を得て、人の生を深く見すえた五つの好短篇」


著者初の歴史小説といわれている1975年作の歴史短編集、江戸時代に起こった実際の出来事を題材にした5篇からなる作品集。


26聖人殉教、フェートン号事件、蘭方医・沼野玄昌殺害事件、水戸天狗党事件など題材は多岐にわたり、そのうちのいくつかはのちの長編作品の題材にもなっている点においても、地味ながら星の数ほどの史実の中から題材を掘り起こす小説家としての著者の視点の確かさが光る作品となっています。


◆現在、二十六聖人殉教公園となっている長崎の処刑地で処刑されたキリシタンと外国人修道士26人の殉教を描いた表題作「磔」

豊臣秀吉政権下慶長元年12月19日の長崎での切支丹弾圧事件が題材になっていますが、切支丹大名や貿易に対する権限を持つ宣教師などを除外した庶民にのみ弾圧の手が伸びたという理不尽さを浮き彫りにした事件に切なさが募ります。

主人公はあくまでキリシタンですが、陰の存在としての豊臣秀吉の宣教師たちへの不信感が徐々に増幅して自らの地位を脅かす不安感に変わる様子を、厳しい弾圧にも屈せず偉大なるゼウスに全身全霊で委ねるキリシタンたちと対比させながら淡々とした筆致で描いているのはさすがです。

当時の宣教師たちが植民地支配という大きな目的を担って日本に送り込まれていたという歴史的事実を通して秀吉の度を越した畏れもあながち的外れとはいえないという事実もしっかり記された小品。

しかしそれより何より京や大坂から処刑地長崎までの長い道のりを引き立てられて歩くキリシタンたちの悲惨さを著す細かい描写には息を呑みます。

長い道中で血まみれになった裸足、切り取られ化膿した左耳など、生々しい罪人としてのキリシタンの姿の描写とともに著者は処刑執行人の視点を通して彼らの狂気にも似た堅牢で純粋な信仰の力をも描いていてその対比描写は圧巻です。


◆文化5年8月15日長崎で発生したフェートン号事件の顛末を描いた「三色旗」

当時フランスの支配下に置かれ本国はないに等しい状態となっていたオランダを母国に持つ出島オランダ商館長を初め商館員たちの前に現れた待ちに待ったと思われた迎えのオランダ船。

三色旗を掲げたそれはオランダ船を偽ったイギリス船、商館員を拉致するなどの無法な行動に駆け引きを総動員して立ち向かおうとする商館長・ドウフや自らの無力を思い知らされる長崎奉行・松平康平の姿を描いて印象的です。


◆明治10年11月21日に起きた千葉県佐倉小湊の蘭方医・沼野玄昌殺害事件の顛末を描いた「コロリ」

墓から掘り起こした人骨で標本を作るなどの行動が庶民の目には異常な行動と映っていた蘭学の医師・沼野玄昌。

他の医師が恐れをなすコレラ患者の治療に奔走し、井戸に消毒薬を撒いて回る行動が逆にコレラの病原菌を撒いていると誤解され、挙句は暴徒に殺害されてしまうという理不尽この上ない事件を扱って圧巻です。

この事件だけをクローズアップすると暴徒たちの無知の末の行動に戦慄する思いですが、一方玄昌の人骨標本作りのために遺体発掘を命じられた与右衛門のみが罰せられたという遡る過去の事件にも遠因があるのではないでしょうか。

医師としての探究心がすさまじかったがゆえ与右衛門に対する思いやりに欠けた行動そのものが人となりをあらわしているともいえるかもしれません。

いずれにしてもいちばんインパクトの強い小編でした。


◆元治元年(1864)~翌年にかけて水戸に挙兵した天狗党の浪士団が敦賀で加賀藩軍に降伏する結末までを描いた「動く牙」

この作品はのちに長編『天狗争乱』の基となった小編です。

京に大挙して近づくという天狗党の風評にも似た情報に怯えて右往左往する大野藩、加賀藩など幕府軍側の目を通して天狗党の末路を描いています。

大野藩の混乱ぶりといい、重要な交渉を一介の商人に任せる藩上層部の責任逃れぶりといい、現代の縮図のような側面も抜かりなく描いてます。



これらの題材は歴史上重要な位置を占めているとはいえ、教科書には登場しない脇役の人々にスポットライトを当てるという吉村氏ならではの視点に感服してしまいます。


しかも会話を極力排除して、登場人物の表情や辺りの風景などで心の奥の心情までも読者に想像させる筆力がこの初の歴史小説にもしっかり根づいていて後の大作の成功を確信させるような作品群となっているところさすがです。

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先日小旅行中、高原で採集した野ぶきで作ったきゃらぶき、われながらおいしくできてあっという間に食べてしまいました。


1年中冷凍保存している山椒と細切りコンブと共にお酒と醤油とみりんで炊きますが、ご飯のお供にぴったりのおかずになって・・・ふきのシーズンがいつも楽しみ。


ベストはお店で売っている太い茎のふきではなく山で採れる細い茎の野ぶき。


ふきの葉っぱもかつおぶしをたっぷり入れたつくだ煮風にするとほんのりした苦味が口の中で広がって日本に生まれてよかった!と思います(*^。^*) 94a35eef.jpg



自家製のつくだ煮が大好きな私はお供の山椒も重宝して年中大事に使っています。


今年も三田に田舎のある神戸の友より大量の山椒が送られてきました。  
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夜なべ仕事で細い茎を外してさっと湯がき、少しずつ冷凍保存してはつくだ煮や魚料理、ちりめん山椒などに使っています。


以前義姉にもらったみりん漬けの山椒も、こちらは冷蔵保存で長く持ちますが、緑色が抜けるのが欠点といえば欠点かな。

生をさっと湯がいて急速冷凍すると緑の色が鮮やかなままで料理に使えるので保存にはこちらがベストかもしれません。


今は冷凍技術を伝える料理本も出ていて、思わぬ野菜がひと手間かけるだけで冷凍できるので大変便利になりましたね。


とても便利なのは小口に刻んだニラともやしの冷凍。


思い立ったときにチヂミやラーメンの具などに入れられてとても重宝しています。


もちろんレバニラなどを作るときは冷凍ではしゃきしゃき感がなく料理が台無しになるので新鮮な買いたてのものを使いますが、ごまかせる料理のときは役立ちます。


皆さんもアイディアがあれば教えてくださいね。




さて今回は四方田犬彦氏&石井睦美氏著『再会と別離』をご紹介したいと思います。


「23年の月日を経て再会した二人は、互いの人生に起きたいくつもの出会いと別れを手紙にして語り合った。
父との壮絶な闘いを書き尽くす四方田、死を呼び込んだ家庭内の軋轢を綴るペンが、ふと止まる石井。
それぞれが、今なお消えぬ苛烈な記憶と対峙するドラマの中で、友情と死、親と子の確執、そして恩寵としての再会が論じられていく」


新潮社のデータベースよりお2人の経歴を抜粋します。

四方田犬彦氏:1953年西宮生まれ。東京大学で宗教学を、同大学院で比較文学を学ぶ。明治学院大学で映画学を講じるかたわら、文学、映像、音楽、アジア論といった領域で批評の健筆を振るう。『月島物語』で斎藤緑雨賞、『映画史への招待』でサントリー学芸賞、『モロッコ流謫』で伊藤整文学賞、講談社エッセイ賞、『日本のマラーノ文学』『翻訳と雑神』で桑原武夫学芸賞を受賞。他の著書に『ハイスクール1968』『先生とわたし』『書物の灰燼に抗して』など多数。またパゾリーニ詩集の翻訳がある。

石井睦美氏:1957年神奈川県生まれ。フェリス女学院大学卒業。『五月のはじめ、日曜日の朝』で毎日新聞小さな童話大賞、新美南吉児童文学賞、翻訳絵本『ジャックのあたらしいヨット』で産経児童出版文化賞大賞、小説『皿と紙ひこうき』で日本児童文学者協会賞を受賞。他の小説に『卵と小麦粉それからマドレーヌ』『キャベツ』『兄妹パズル』など。童話に「すみれちゃん」シリーズ(黒井健・絵)などがある。また、駒井れんの筆名で著した『パスカルの恋』で朝日新人文学賞を受賞。


1980年代の初めに文芸誌「ユリイカ」の寄稿者と編集者として出会い23年ぶりに再会を果たした四方田氏と石井氏のお2人が、それまでのお互いの人生で起きたいくつもの出会いと別れをテーマに13通の往復書簡で語り合った作品。


雑誌「新潮」に2011年2月~7月まで掲載されたものを一冊にまとめたものです。


四方田氏の文章は過去に何度か目にする機会がありましたが、石井氏は私にとって初めて目にする方でした。


過去の文章を通して私の知っている四方田氏は才気博学が前面に出たような攻撃的な印象がありますが、本書で父親との別離の体験を語る四方田氏は別人とも見紛う印象。


おそらく今まで秘匿して包み込んでいた部分を語ることは激しい格闘にも似た疲労感と勇気を要したと想像しますが、彼は物心ついたときからの両親の不和が及ぼす破綻した生活の細部と長く続いた両親の離婚裁判の模様までを覚悟を決めたように語っています。


四方田少年の父親を憎むというエネルギーの強さはたじろぐほどですが、その負のエネルギーが後の四方田氏の社会的な活動の原動力になっているのは頷けるような気がします。


離婚裁判の証人喚問のとき、裁判官に子どもとして発言したいことがあるかと尋ねられて
大学生になっていた四方田氏は答えます。

「父親が母親を裏切ったのだから、母親にも同じように父親を裏切ってほしかったと思います」と中学生のときから考えていたことを口にしたそうです。


「突然傷付けられ、激しい出血と苦痛が伴い、心は動転して錯誤を繰り返す。
だが時間が経つうちに出血は止まり、傷口は塞がる。
傷跡だけが残される。
傷跡とは勝利と克服の証拠である」


こうして勝利と克服の証拠を残す作業を往復書簡の相手である石井氏にバトンタッチします。


手渡されたバトンを手に石井氏は夫との別離と死を語りますが、四方田氏のような具体的な細部に触れるほどの振り返りの作業が成熟していないように見受けられます。


多くを語らないゆえにその秘匿部分の重さが胸に響きます。


期せずしてか…きっと四方田氏のこと、このような方向性を見極めた上での往復書簡の提案であろうと思われますが、彼らの半生を呼び出すという苦しい作業を通してこれからの未来に射す一条の光を感じさせる作品となっているのが救いです。


「別れを語ることは別れからの解放だ」


「記憶とは人間しかもつことのない不気味で危険な能力であり、場合によっては病気と同様、それを携える者に厄難をもたらすものであることを…
個人の運命に関するかぎり、健康な忘却こそが必要な場合はいくらでもある」


夫との離婚と死別という重い楔を未だに手放してないように見える石井氏に向かって語りかけた四方田氏の「忘れろ」との言葉に感じられる四方田氏に芽生えた心の柔軟性。


お互いに語り合った再会と別離のエピソードを通して、長じての人と人との出会いはひとえにお互いの人となりによってプラスの原動力にもマイナスの原動力にもなり得るということ、しかし自ら選ばずして子どもの立場になった瞬間の親との出会いはまさに宿命だということを思い知らされる作品でもありました。


どんな平凡な人生にもある別離と再会、年齢を重ねた私には時として耐え難い痛みを感じますが、避けられないものならば身構えず、自然体で迎えられたらいいな、と願いながらだらだら長いレビューを終わります。

台風接近という先日、雨の中夫のスケッチ旅行にくっついて岡山の北、蒜山高原に一泊してきました。

総勢6名。

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源氏ボタルが見られることでも有名、時節柄楽しみにしていましたが、あいにくの雨、ホタルもどこかに雨宿りしていたようで残念ながら見ることができませんでした。


翌朝、何年ぶりかで乗ったレンタサイクルで付近を散策、ワイナリーや天然酵母のパン屋さんなど回ってお昼はお蕎麦屋さんで蒜山蕎麦を食べたり、野いちごを食べたり、自生のふきを採ったり…下り坂では風を受けていっとき高原の爽やかさを満喫しました~。

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                                    ふきの佃煮




さて本日は三浦しをん氏著『月魚』をご紹介します。


「古書店『無窮堂』の若き当主、真志喜とその友人で同じ業界に身を置く瀬名垣。
二人は幼い頃から、密かな罪の意識をずっと共有してきた―。
瀬名垣の父親は『せどり屋』とよばれる古書界の嫌われ者だったが、その才能を見抜いた真志喜の祖父に目をかけられたことで、幼い二人は兄弟のように育ったのだ。
しかし、ある夏の午後起きた事件によって、二人の関係は大きく変っていき…。
透明な硝子の文体に包まれた濃密な感情。
月光の中で一瞬魅せる、魚の跳躍のようなきらめきを映し出した物語」


最近しをん氏の追っかけで…図書館で目にしてすぐ借りてきました~。


編集者志望の就職活動中、早川書房の入社試験の作文にきらめきを見出した担当面接官が小説の執筆を勧めたのを受けて書き始めたのが著者の小説家としてのスタートであるのは有名な話ですが、スタート時の『しをんのしおり』から始まり、先日このブログでご紹介した「格闘する者に○』、そして今回の『月魚』、これはほんの初期、2001年の作です。


この間すべての就職試験に失敗、外資系出版社で事務アルバイトののち町田駅前の大型古書店でアルバイト勤務していたときの作。


いや~、堂々としたものです!


現在、三上延氏による「ビブリア古書堂」シリーズが大ヒット中、古書店への関心もうなぎ上りです。


古書店といえば、古くは直木賞作家にして元・古本屋店主という出久根達郎氏をすぐ思い浮かべますが、三浦氏も早い時期に書いていらっしゃったんですね!



本書は古書店「無窮堂」を舞台に、若き店主である本田真志喜と幼い頃からの訳ありの友人・瀬名垣太一の物語。


男2人の物語でありながら全体を流れる透明感のある、しかも耽美的な雰囲気に、「何なんだ、これは?」という戸惑い。


古書堂を取り囲む農道の砂利道、雑草の生い茂った菜園、月の光、池の魚など、半端ではない古色然としてなまめかしい道具立てで読者を濃厚な世界にぐいぐい引き込んでいきます。


22、23歳の大学を出たばかりの女の子が書いたとは到底思えないほど、あからさまでない官能が全篇静かに横たわったような作品。


外貌も内面も対照的な主役の男子2人の造形が、のちの「まほろ駅前」シリーズのコンビにつながっているような…著者の頭の中の世界がほんの少し覗けた感じ。


男2人の関係性については想像を逞しくするばかりですが、それらの興味を除外しても古書の世界の奥深さというか、欲を絡めた不透明さがおもしろく、全篇楽しめる内容になっています。


当然ながらリアリティを期待する読者の方には期待外れでしょうが、しをんワールドを堪能できます。

しをんファンの方、どうぞ!

ついにやって来ました!  68ac922b.jpg


本格的な梅雨。

室内の湿度計が70%を超えておののく私。 


冬中活躍した寝室の加湿器を除湿機にバトンタッチ。


私の持病にとって1年中でいちばんよくない季節がまた巡ってきました^_^;


日本のように季節の変化のない諸国には四季それぞれの美しさを「これ見て!見て!」と自慢したい気満々ですが湿度の高さには閉口です。



とにかく何とか乗り切らなければ。





さて本日は萩原浩氏著『さよなら、そしてこんにちは』をご紹介します。


1997年『オロロ畑でつかまえて』で第10回小説すばる新人賞受賞
2003年『コールドゲーム』で第16回山本周五郎賞候補
2005年『明日の記憶』で第18回山本周五郎賞受賞、第2回本屋大賞第2位
2005年『お母様のロシアのスープ』で第58回日本推理作家協会賞候補
2006年『あの日にドライブ』で第134回直樹三十五賞候補
2007年『四度目の氷河期』で第136回直木三十五賞候補
2008年『愛しの座敷わらし』で第139回直木三十五賞候補
2011年『砂の王国』で第144回直木三十五賞候補


本屋さんや図書館でよく目にする著者の作品。
経歴はざっとこんな感じです。


この中でいちばん有名なのは『明日の記憶』でしょうか。


のちに主役を演じられた俳優の渡辺謙さんが原作に惚れ込んで自ら荻原氏に映像化の許可を受ける手紙を出されたことでも有名、念願叶って渡辺謙主演で映像化されて話題を呼びましたね。

このブログでもアップしていますので、拙いレビューよかったら読んでください。

『明日の記憶』のレビューはこちら


さて本書に戻ります。


「笑い上戸で泣き上戸の営業マン・陽介の勤め先は葬儀会社だ。
出産直前で入院した妻がいるがライバル社を出し抜いた葬儀があり、なかなか病院にも行けない。
生まれてくる子どもの顔を葬儀の最中に思い浮かべ、笑顔が出そうになって慌てる。
無事仕事を終え、病院に向かう陽介にまた厄介な案件が……。(表題作)
人生の悲喜こもごもをユーモラスに描く傑作短編集!」


収録された6篇の小品はどれも40ページ足らずのナイトキャップ用にはもってこいの作品ばかり。


薄いため息とともにクスッと笑える、どちらも「爆」のつかない小さな悲喜をうまく市井の片隅に生きる人々から切り取ったような作品、読者にも覚えがあるような経験と心情が巧みに描写されていて読み易い作品になっています。


ユーモア的には奥田英朗氏の作風と似通ってはいますが、本書の方がブラック感が薄いかな。



◆もうすぐ生まれる子どもを心待ちにしている幸せいっぱいの主人公の心模様と営業顔のギャップに苦労しながら日夜仕事に励む葬儀屋の営業マンを描いた表題作「さよなら、そしてこんにちは」

人の死を生業としている主人公の頭の中の「死」と「生」のバランスの取り方がおかしくもあり切なくもあり、という物語。



◆娘とチャンネル争いをしながらテレビの健康番組のチェックに余念ないお父さん。
健康番組の内容に日々一喜一憂しながら仕事先のスーパーの仕入れに追われる食品売り場の責任者の憂鬱が描かれた「スーパーマンの憂鬱」

情報番組の健康コーナーで取り上げられた食品がすぐにスーパーの食品売り場にポップつきで山盛りで並ぶすさまじい舞台裏を知って気の毒なような気持ち、一億総おばかさん相手にお疲れ様と言いたくなります。



◆腕に絶対的な自信を持つがゆえに客に横柄な態度をとり続けるすし屋の主人と客との火花の散るような掛け合い&胸の内の心理戦がおもしろおかしく描かれている「寿し辰のいちばん長い日」

主人の自己評価の高さに反して客足の伸びない寿し辰に訪れたグルメ評論家と思しき男と、常連客などの三つ巴の思惑と会話の妙味が味わえます。



◆愛妻と愛娘にねだられたX’mas Partyに、僧侶という職業柄抵抗感を隠せない僧侶の戸惑いを描いた「長福寺のメリークリスマス」

苦悩しながらも愛する家族のためにクリスマスグッズ集めに奔走する住職の姿はユーモラスという言葉以上の大切なものを見失わない力を持った頼りになるお父さんを感じさせて心温まる作品になっています。


悩みを打ち明けた老師の言葉がすてきです。

「堅いことを言うな。
一切は『空』。
他の宗教も空で包みこむ。
それがお釈迦様の大きさだ。
人を救うためにあるはずの宗教同士の諍いで、人を殺めたり、戦争をおっぱじめたりするより、よほど理にかなっておる」


日頃どこぞの国の宗教がらみの大きな争いに根本的な疑問を感じている自分としては大いに共感できる重々しい言葉ですが、この老師、じつは・・・生臭坊主・・・です^_^;

この前の日曜は父の日。

世の子どもたちもけっこうプレゼントに追い回されていて気の毒^_^;

といってもプレゼントが届くのはとても胸躍ります。


この前やっと母の日が終わったというのに、我が家の子どもたちから三様のプレゼント。


長女からはアグー豚、長男から帽子と扇子、次男からフグセット。

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日頃高級食材にいわれなき偏見を抱いて敵視している私にはぜ~ったい贈られてこない品々。

トラフグもアグー豚も夫が大好きな食べ物、子どもたちはよ~く知ってくれています。


日頃の趣旨と異なる私も仕方ないからご相伴に与りましたけど・・ね。

感想は語りません(*^。^*)




さて本日はジェイミー・フォード氏著『あの日、パナマホテルで』のご紹介です。


「真珠湾攻撃で引き裂かれた運命の初恋の行方。
妻を失い、絶望の淵に沈むヘンリーは、偶然40年前の大戦開戦直後、収容所送りとなった初恋の日系少女の昔の荷物を目にする。
荷物を渡すため、彼女を探すことになり…。
全米110万部ベストセラーの感動作。
2010年アジア・太平洋文学賞受賞」


2009年の出版以来、世界32カ国で翻訳され、瞬く間に人々を感動の渦に巻き込んだ作品です。

原題は“Hotel on the Corner of Bitter and Sweet”。


1986年、アメリカの西海岸都市・シアトルが舞台。

主人公は半年前に妻をがんで亡くした中国系移民二世のヘンリー、56歳。


長い間閉鎖されていたパナマホテルの地下室で第二次世界大戦中の品々が見つかったというニュースを知ったヘンリーはある期待をもってそのパナマホテルを訪れます。


初めてそのホテルを訪れた44年前、12歳の少年だった「あの日」にスリップするヘンリー。


こうして現在と過去を行き来して、彼の探し物とそれに込められた思い出にまつわる出来事を回想というかたちで少しずつ明らかにしながら読者をどんどん物語に引き込んでいきます。


日系移民二世の少女ケイコとの出会いと恋。


そして原題の”Bitter”そのものの引き裂かれた恋の結末。


この作品は一言でいうなら時代と民族間の偏見に翻弄された若い男女の恋の物語。


日本軍による真珠湾攻撃の翌年にシアトルの中学校で出会ったヘンリーとケイコ。

それぞれチャイナタウンと日本人町の子どもだった2人。


黄色人種であるがゆえに周囲から疎外される2人の間に生まれた絆が幼い恋に発展した頃、12万人の日系人を砂漠の収容所に抑留するという米政府の方針によって2人は引き裂かれます。


協力者を得て収容所までケイコに会いに行き、「ずっと待っている」と約束するヘンリーの前に戦後もずっと現れることがなかったケイコ。


アメリカ国籍を持ちながら日本の真珠湾攻撃をきっかけに敵国の人間として全財産を没収され強制収容所に連行されていく日系人たちの悲惨な様子はナチスのユダヤ人迫害にも似て胸に迫ります。


戦争によって平凡に生活することすら阻まれた人々、それも民族や国家という巨大な魔物と同時に家族愛や恋といった情感的なものにそれぞれフォーカスした奥行きのある作品になっています。


これを目にするために全篇読み継いだと思えるラストの1ページ。

心がふるえます。

是非どうぞ!

神戸時代の友人の誘いで神戸・御影まで講演会を聴きに行ってきました。 


神戸は転勤先の1つでしたが比較的長く住んでいたので思い入れの深い土地です。


阪神大震災にも遭い家屋半壊の認定をもらった街。


特に幼児から中学校卒業まで神戸で過ごした次男は完全なる神戸っ子、その後東京に転勤していた夫を追いかける形で東京の高校に行きそのまま就職して東京在住期間のほうが長いのにいまもなおリラックスすると出てくるのは神戸弁です。



さて講演会に話を戻します。   2d3ca300.jpg



演題は「詩が開いた心の扉」。



奈良少年刑務所で社会涵養プログラムの一環として「物語の教室」の講師をされている寮氏がそこに集った少年たちとの交流を通して感じたことなどが主な内容。 da5aba66.jpg



講師は寮美千子氏。

1955年東京生れ、外務省勤務、コピーライターを経て
1985年毎日童話新人賞を受賞し作家活動に入る。
2005年『楽園の鳥―カルカッタ幻想曲―』で泉鏡花文学賞受賞。
2006年奈良市に移住し、2007年より奈良少年刑務所「社会性涵養プログラム」講師。
宮沢賢治学会会員。
他に『父は空 母は大地』(編訳)『小惑星美術館』『ラジオスター レストラン』『ノスタルギガンテス』『星兎』『夢見る水の王国』『雪姫―遠野おしらさま迷宮―』など作品多数。



内容的には主に奈良少年刑務所での涵養プログラムに材を取ったご自身の作品を中心に話を進められました。



最初は極悪な罪を犯して少年刑務所という場に収監されている少年たちにたじろいだ寮氏でしたが、月1という頻度で始めた授業が回を重ねる毎に閉ざされた少年たちの心に信じられない変化が起きたという奇跡の物語が描かれた作品。



寮美千子氏著『空が青いから白を選んだのです』

「受刑者たちが、そっと心の奥にしまっていた葛藤、悔恨、優しさ……。
童話作家に導かれ、彼らの閉ざされた思いが『言葉』となって溢れ出た時、奇跡のような詩が生まれた。
美しい煉瓦建築の奈良少年刑務所の中で、受刑者が魔法にかかったように変わって行く。
彼らは、一度も耕されたことのない荒地だった──
『刑務所の教室』で受刑者に寄り添い続ける作家が選んだ、感動の57編」 




             空が青いから白を選んだのです

タイトルになっている一行の短い詩の背景には切ない母と子の物語があります。


このように少年たちの紡ぐ詩には世の詩人のようにそれ自体では詩の形態をなしてないものもたくさんありますが、私はむしろ起承転結の優れた味わい深さを示唆する詩よりも、荒削りな言葉になっていない未発達な作品に強く心を動かされました。

                ぼくのすきな色は
                  青色です
                つぎにすきな色は
                  赤色です

詩ともいえない詩・・・これも私の心を打った詩の1つです。


自らの意思で学校を途中でエスケープしたり、親のネグレクトによって学校に行かなかったりなど様々な背景で普通の教育を受けていない子どもたちは自分たちの気持ちを相手にわかるように説明することすらできないのに、ましてや詩となると。。


上記の詩は表現したことのない少年が与えられた課題である「色」について何か表現しなければならない、という必死の気持ちが伝わって胸があつくなります。


この詩ともいえない詩になんて感想を述べればいいのか。

講師である寮氏が言葉に詰まっていると、同席していた仲間がそれぞれ口にした感想にも驚きを隠せません。

「ぼくは、Bくんの好きな色を、一つだけじゃなくて二つ聞けてよかったです」

「ぼくも同じです。Bくんの好きな色を、二つも教えてもらってうれしかったです」


こんなに相手を思いやれる素朴な心を持った子がなぜ犯罪者になったんだろう、と著者と同じ感想を抱いてしまいます。


社会が悪いというのは言い訳としてシンプルで通りがいい言葉ですが、親兄弟も含め再犯を犯さなくてもすむという堅牢な受け皿を作ることの困難さは想像に余りあります。



「・・・多くの民間の人々が、ボランティアなどのさまざまな形で、受刑者の更生に協力をしている。
しかし、ほんとうの意味での更生がはじまるのは、社会に戻ってからだ・・・
一般社会からは、いまだにタブー視される傾向がることは否めない。
この詩集が。刑務所の矯正教育と受刑者理解の一助となり、一人でも多くの理解者を得て、彼らが二度と塀のかなに戻らないことを祈っている」

著者のこの言葉に賛同しますが・・・

いやぁ~、作家さんって何でも本にしてしまうんだ、というのが正直な感想。

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