VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2013年12月

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定期的に通っている鍼灸院で院長の補佐をしている鍼灸師のうちのひとりとの会話で彼が高校時代陸上の長距離ランナーだったということを知りました。

選手時代、疲労骨折など様々なトラブルに見舞われたとき鍼灸に助けられたことがきっかけで将来の職業として鍼灸師の道を選んだそうです。

ほっそりしたジャニーズ系で、そういわれればランナーにぴったりの体形。

高校時代に共に駅伝を経験した仲間の多くは関東の大学に進学、箱根駅伝にエントリーしているのでお正月には地元で集えないといいます。

「走る」ことの魅力や孤独感、駅伝での仲間との連帯感などを言葉少なにポツポツと話してくれた内容が、ちょうど箱根駅伝を題材の長編小説を読んだところだったのでひとつひとつ共感できて胸に響きました。


先日は京都での高校女子駅伝に続いて高校男子駅伝も終わりました。

放映中テレビに釘づけで経過を観ていた私、それぞれの区間のランナーの孤独と連帯がひしひしと伝わってきて力が入りました。

お正月早々には毎年恒例の箱根駅伝があります。

予選会で勝ち取った出場校のそれぞれのドラマを含めた戦い、今からワクワクしています。

その予選会にすら出場できない団体も多数。

その年の1月から予選会応募締め切り日までの公式記録で10000m走35分以内か5000m走17分以内のどちらかを作った選手を補欠も含めて10人以上揃えなければならないという規定。

大方の大学陸上部ではもちろん上記の2点は軽くクリアしている選手を揃えているのはいうまでもなく、全部の出場校は控えの選手を入れ13名でエントリーするのが通例ですが、今日ご紹介する作品のチームはエントリー人数もたまたまボロアパートに住まう同じ大学の住人10名、運動未経験が過半数という前代未聞の即席チーム。

もちろん現実ではこのようなチームが箱根の山に挑むなんて夢のまた夢、経験者でなくとも「まさか・・ねぇ・・そんな叶うべくもない夢・・物語になるのか」という読み始めの疑問でしたが、途中からはそんな疑心暗鬼の気持ちも吹っ飛び、ひとりひとりの走者に気持ちが自然に寄り添い、力の限り声援を送り、共に伴走する・・・終わったときには力は尽きたけれど心は共有感と達成感でいっぱいという魔法をかけられたような作品でした。


2006年の作、大半の三浦ファンの方々、そうでなくてもたくさんの方々はず~っとず~っと前に読まれたことと思われます。 

「VINのらんどくダイアリー」に「流行遅れの」をつけたらどう?という囁きが聞こえそうな選本の数々ですが懐具合と図書館の都合によりいつも流行遅れとなっていることお察しくださればと思います。


三浦しをん氏著『風が強く吹いている』

「箱根の山は蜃気楼ではない。
襷をつないで上っていける、俺たちなら。
才能に恵まれ、走ることを愛しながら走ることから見放されかけていた清瀬灰二と蔵原走。
奇跡のような出会いから、二人は無謀にも陸上とかけ離れていた者と箱根駅伝に挑む。
たった十人で。
それぞれの『頂点』をめざして...。
長距離を走る(=生きる)ために必要な真の『強さ』を謳いあげた書下ろし1200枚!
直木賞受賞第一作、構想・執筆に6年かけた、超ストレートな大型青春小説!」

つけ加えれば本書は2010年第1回ブクログ大賞文庫本部門大賞を受賞しています。


2001年の正月、お酒を飲みながら箱根駅伝を見ていた著者の脳裏に突如閃いたという駅伝小説の構想、以来駅伝関係者に取材を繰り返し、練習や合宿、記録会、予選会に赴くという徹底取材を続けた6年後出来上がったという本書、文庫本にして659ページに及ぶ大作です。

1920年に始まり、戦時中の数年を除いて、戦争直後の食糧難の中でも選手たちは襷をつなぎ箱根の山を目指してきたという箱根駅伝のある年の物語。


もうすぐ4月になろうとするある夜、竹青荘に住む寛政大学4年の清瀬灰二が銭湯帰りにひょんなことから類まれな「走り」で夜道を駆けていく蔵原走に出会ったことから物語がスタートします。

大学生活の最後を箱根で走りたい、そんな夢を秘めながら怪我のため陸上を離れていたハイジこと清瀬灰二が走と知り合ったことで無謀とも思える箱根駅伝への夢を実現させるべく強烈なリーダーシップの下、竹青荘の住人たちと箱根の剣目指して艱難辛苦を乗り越えていく1年間を描いています。

「来年度の存続も危ぶまれるほどの弱小部なのに。素人の寄せ集めで。
ようやくここまで這いあがってきたというのに。清瀬は諦めるということを知らない。
いつでもうえを見て、夢と目標を掲げ、竹青荘の住人たちを強く導く。走りの高みを目指して」


それぞれに内に秘めた挫折や屈折、特異な個性を抱えながらハイジの巧みな投網にかかって、ランナーとして人間として成長していくハイジを含めた10人の姿が描かれていて今年の忘れえぬ作品となりました。


著者は登場人物を通して「走ること」の意味を読者に語りかけます。


他のメンバーの走りに対する態度に不満を持つ走に対して怒りをぶつけたハイジの言葉
「いいかげんに目を覚ませ!王子が、みんなが、精一杯努力していることをなぜきみは認めようとしない!彼らの真摯な走りを、なぜ否定する!きみよりタイムが遅いからか。きみの価値基準はスピードだけか。だったら走る意味はない。新幹線に乗れ!飛行機に乗れ!そのほうが速いぞ!」


メンバーたちを物心ともに支える町内のマドンナ・葉菜子の記録会での言葉
「走る姿がこんなにうつくしいなんて、知らなかった。
これはなんて原始的で、孤独なスポーツなんだろう。
だれも彼らを支えることはできない。
まわりにどれだけ観客がいても、一緒に練習したチームメイトがいても、あのひとたちはいま、たった一人で、体の機能を全部使って走りつづけている」
 


九区を走ろうとする走へのハイジからの言葉
「一年間、きみの走る姿を見て、きみと過ごしたいまは・・・きみに対する思いを『信じる』なんて言葉では言い表せない。信じる、信じないじゃない。ただ、きみなんだ。走、俺にとっての最高のランナーは、きみしかいない」

「箱根の山は蜃気楼ではない。箱根駅伝は夢の大会ではない。走る苦しみと喜びに満ちた、現実の大会だ。それは常に門戸を開いて、真摯に走りと向きあう学生を待っている。
もがきながら走りつづけた清瀬を、待っていた・・・
うれしい。涙が出そうなほど、叫びたいほど、喜びで胸は満ちる。
たとえ、二度と走れなくなったとしても。こんなにいいものが与えられたのだから、それで俺はもう、充分なんだ」

上述の言葉を秘めて箱根最後の十区を走る清瀬。


「走は見た。ふと空に視線をやった清瀬が、大切なうつくしいものを探し当てたように、透徹として表情を浮かべるのを。
ハイジさん、あなたは俺に、知りたいと言った。走るってなんなのか、知りたいんだと。
そこから、すべてははじまった。その答えを、いまならあなんたに返せそうです。
わからない、わからないけれど、幸も不幸もそこにある。走るという行為のなかに、俺やあなたのすべてが詰まっている・・・
この地上に存在する大切なもの――喜びも苦しみも楽しさも嫉妬も尊敬も怒りも、そして希望も。すべてを、走は走りを通して手に入れる・・・
走りとは力だ。スピードではなく、一人のままでだれかとつながれる強さだ。
ハイジさんが、それを俺に教えた。言葉をつくし、身をもって、竹青荘の住人たちに示した。好みも生きてきた環境もスピードがちがうもの同士が、走るというさびしい行為を通して、一瞬だけ触れあい、つながる喜びを」


久々に心を強く揺さぶられた作品となりました。

未読の方、ぜひどうぞ!

夫も私も犬や猫が大好きです。

一戸建てのとき飼っていた柴の大王丸がフィラリアで亡くなってあまりに悲しくそれ以来ペットなし生活。

今住んでいるマンションは大きさに制限があるものの動物が飼える規約があり、フロアのうちを除いた2軒とも小型犬を飼っていて鳴き声がよく聞こえてきます。


一戸建てで大好きな柴犬か紀州犬あるいは雑種を飼いたいというのが望みですが、それが叶わない現状なのでせめて豆芝はどう?と度々娘が言います。ad465a80.jpg


でも2人で共に留守できないし、私たちより先に死んでもあとに死んでもそれぞれの悲しみに耐えられそうにない…思考はくるくる回るばかり。

で、せめてもとPCのデスクトップ画面でやんちゃな豆芝を飼っています。       

パソコンを開けるたびに会えてその可愛さにメロメロ。 

ゴンタという名前です。




さて今回は葉室麟氏著『乾山晩愁』をご紹介します。

「天才絵師の名をほしいままにした兄・尾形光琳が没して以来、尾形乾山は陶工としての限界に悩む。
在りし日の兄を思い、晩年の『花籠図』に苦悩を昇華させるまでを描く歴史文学賞受賞の表題作など、珠玉5篇」


書店店頭で山積みされた著者の作品群を見ない日はない、というベストセラー作家・葉室麟氏、私以上に詳しい方がほとんどと思いますが、簡単に経歴を記しておきます。

西南学院大学文学部外国語科フランス語専攻卒業後、地方紙記者、ラジオニュースデスクなどを経て作家としてデビューされたのが50歳を過ぎてからという遅咲きの作家さんです。

2005年『乾山晩愁』で第29回歴史文学賞受賞
2007年『銀漢の賦』で第14回松本清張賞受賞
2009年『いのちなりけり』で第140回直木賞候補
2009年『秋月記』で第22回山本周五郎賞受賞&第141回直木賞候補
2010年『花や散るらん』で第142回直木賞候補
2011年『恋しぐれ』で第145回直木賞候補
2012年『蜩ノ記』で第146回直木賞受賞

直木賞候補になること4回!

5回目で見事直木賞を射止められた著者の弛まない執筆意欲と共に引き出しの多さに圧倒されます。

歴史好きな夫が愛読している著者の作品のうち数冊読んだものの一冊が本書。

実質的な著者のデビュー作となる本書に収録されている表題作「乾山晩愁」で歴史文学賞を受賞されました。


本書には江戸中期を代表する有名な画家・尾形光琳の弟で陶芸家・尾形乾山を描いた「乾山晩愁」のほか、狩野派の中心的な画家・狩野永徳を描いた「永徳翔天」、狩野永徳と並び称される画家・長谷川等伯を描いた「等伯慕影」、狩野派随一の女流画家・清原雪信を描いた「雪信花匂」、元禄の画家・英一蝶を描いた「一蝶幻景」の江戸を代表する画家を題材の5篇の短篇が収録されています。


ここでは表題作「乾山晩愁」のレビューを少し。

著者はあとがきで表題作の執筆動機を次のように語っていらっしゃいます。

「尾形乾山を主人公にした小説を書きたいと思った。
兄、尾形光琳のはなやかな存在感に比べれば、弟の乾山は、はるかにくすんだ印象がある。
そこに魅かれた。
光り輝くものだけが、この世に存在するわけではない。
光があれば、必ず、影がある。影だけではない。
光のまわりに、やわらかな色彩で温かみとふくらみのある存在があって、光を支えているのではないだろうか」

著者の様々な作品執筆での登場人物造形への思い入れがわかる一文です。


何かにつけて世間の注目を集めた派手好きな兄の陰に隠れるように、若くから隠遁と見紛うような生活の中、陶芸家・野々村仁清を師とし、焼き物に邁進した尾形乾山の誠実な人間像を通して、絵師として成功した兄・尾形光琳が亡くなった後、兄の生前の生き方をなぞりながらわが身を振り返るという手法が本書。


尾形光琳といえば「燕子花(かきつばた)図」や「紅白梅図」などを描いた天才絵師ですが、弟・乾山も陶工として励み、光琳生存中は弟の作品に兄が絵付けするという形で作品を生み出していたため光琳死後は注文が減り、加えて光琳の支持者であった二条家の庭に設けていた窯を廃窯するという二条家からの通達により大きなダメージを受けた矢先、光琳の子だという幼子を連れた女・ちえが江戸から乾山を訪ねてくるくだりが本書のスタートとなっています。

途中、ちえと子の波乱の半生に加え、京の公家・近衞基熙が光琳の支持者・二条家を通して光琳に赤穂浪士討ち入りの資金の調達を依頼し中村内蔵助に頼んで京の銀座から討ち入り資金を出してもらい、光琳自ら赤穂浪士討ち入りの衣装の図柄を手がけたのではないか、という推測を絡めての筋立てのユニークさが読ませどころとなっています。

「結局は人の情や。人の情をしのぶのが物語や絵なんや」

「兄さんにとって絵を描くことは苦行やった。
この世の愁いと闘ったのや。
そうしてできたのが、はなやかで厳しい光琳画や。
わしは、愁いを忘れて脱け出ることにした。
それが乾山の絵や」


常に権力者の傍らにいて権力者の思いのままを絵にする生活を余儀なくされた絵師という生き方そのものが「修羅」である、と著者は「あとがき」で述べていらっしゃいます。

本書の5篇の短篇の主人公の絵師たちの修羅を描いて力作でした。

先日孫のアスカが電話してきて・・・ 2a5f95c9.jpg


「学校でね、むかしの人のくらしをしらべるしゅくだいが出たの。
SS(夫のこと)に聞いたらいいかなって思って」

「じゃあSSにかわるね」

ここからは夫とアスカの会話・・・夫の返答からアスカの言葉が想像できておかしかった(^^♪

〔 〕は想像のアスカの返答。

「SSの小さいころはね、井戸というのがあってね。
今は水道があって便利だけど、昔は地面に深~くほった穴から出てきた水で顔を洗ったり、せんたくしたり料理を作ったりしたんだよ。
それに…あーちゃん、もうすぐお正月だよね。
お正月になったら特別に食べる丸くて白いものはなあに?」

〔おもち!〕

「そう、おもちだよね。
SSがあーちゃんくらいのときは、お正月前になったら『臼』という大きないれものでおもちをついたんだよ」

〔『うす』ってなに?〕

「『臼』っていうのはね~・・・あーちゃん『さるかに合戦』って知っているだろ?」

〔知ってる!〕

「物語の最後にいじわるなおさるさんをやっつけたのが『臼』だよ」

〔じゃあSSのおうちにはおさるもいたの?〕

「さるはいなかったんだけどね・・・」と苦笑いの夫。

このあと延々と昔の暮らしの説明が続きましたが、どこまで理解できたか、心もとない小学3年生でした(――;)

何度も比較するようですけどテレビに登場する芦田愛菜ちゃんたちとしっかり度は雲泥の差!!




さて今日は沢木耕太郎氏著『敗れざる者たち』のレビューです。


「勝負の世界にその青春のすべてを賭けて燃え尽きていった者たちを若き大宅賞ライターが哀借こめて描くスポーツロマン。
現代の若者に圧倒的な支持を得た情熱的作品」


プロスポーツの世界に持てるすべてを賭け、情熱に憑かれ、そして燃え尽きていった男たちと一頭の馬の生を描いたノンフィクション。

『深夜特急』シリーズなどで有名になるずっと前の著者29歳のときの作。


「ぼくが望んだのは、おそらくは戴冠式だった。
無人の競技場で、敗れていく者たちのただ一度だけの戴冠式を、この手で行いたかったのだ。
月桂を冠するためではなく、敗者を真に敗れせしむるために」

著者の本書執筆の意図どおりの、深い読後感を残す作品になっています。


全盛期を過ぎてしまった闘牛士がやっと出場することになり再起を賭けて臨んだ前座試合で牛に翻弄され無残に敗れてしまうというヘミングウェイの短編集『男だけの世界』の中の「敗れざる男」に本書の登場人物たちの人生が重なったという著者、タイトルの由来はそこから来ています。


ボクシングのカシアス内藤、野球の難波昭二郎、マラソンの円谷幸吉、競馬のイシノヒカル、野球の榎本喜八、ボクシングの輪島功一。


栄光からの挫折、挫折からの再起、彼らの選手人生の光と影を追い続けた若き著者の意気込みが見事に結実した作品です。


勝敗がすべてを凌駕するスポーツの世界で一度は晴れ舞台に立った者、一度も華々しさとは無縁のまま敗れた者、幾度もの挫折を乗り越えて挑戦し続ける者、それぞれの選手人生のあと死を選んだ者、第二の人生を見つけた者、様々な形で人生に折り合いをつけた選手たちのその後がどんな惨めなものでも1度は持てる力すべてを出し切って闘った男たちの雄々しかった時代の証を描くことに力を注いだ著者の気迫が文章のそこここに漂っていて心が揺さぶられました。


東京オリンピックでマラソン3位に入った円谷幸吉さんの自死に至るまでの物語や、「ミスター・オリオンズ」として背番号3番を18シーズンにわたって使用した天才打者だった榎本喜八さんのエピソードなど、どれも胸を打つ物語となっています。


早々に負けを認めるという選択肢を退けて、ここに登場する人々が選んだ「敗れざる者たち」への道。


遠ざかる背中がなんとも雄々しく凛々しく愛しいと思った作品でした。

このところ年賀状作りにバタバタしています。

新しい年を寿ぐ干支は入れず、夫の趣味の油彩画を入れた年賀状。

たいてい旧年中に描いた自信作(夫の!)を入れて旧知の人々にほめてもらいたいというのが密かな企み(夫の)なのでアップする作品のピックアップにも力(夫の)が入ります。

まず写真を撮ってなるべく実物よりも写真写りのいいものをあれこれとピックアップ。

こうして今年も作った賀状をプリントアウトしてみたものの何だかパッとしない…地味な絵柄になりました(私が心の内で思うだけ)(――;)


昨年はちょうど今頃夫が口腔がんを手術して入院中だったので年賀状どころではなく近年では初めて印刷に出したことを思い出します。


先週、幸い今年最後の検診も無事通過できて・・・夫の絵で年賀状を作ることができる今年の幸せをかみしめています。


写真は年賀状に入れた夫の2枚の力作です。
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ざくろ               冬の瀬戸大橋


さて本日は春日武彦氏著『自己愛な人たち』をご紹介したいと思います。

「自己愛というものはいまひとつつかみどころがなく、またこの言葉に対する反応も一定せず、人それぞれといった傾向が強いように思われる。…きわめて人間くさく、しかも根源的な要素に違いなく、ならばさまざまな側面が自己愛には備わっていることになる。そうでなければ、人間はもっと単純で薄っぺらで退屈な存在でしかあるまい」

他者への愛は自己肯定することから始まる・・・というのは心理学的見地からよく言われることです。

その「自己肯定」も本書のタイトルにある「自己愛」のプラス面、マイナス面では「思い上がり」や「独りよがり」が大きく占める「自己愛」なるものを精神科医としての著者の経験を通して様々な見地から検証したのが本書。

第1章 自己愛に似たもの
第2章 目立ちたがる人たち
第3章 折り合いをつける
第4章 他人を巻き込む
第5章 変装する自己愛
第6章 持て余す自己愛


おそらく自己愛がない人は皆無だろうと思いますが、自分の中で自己愛という生き物を上手にコントロールできるか否かでたちまち人間関係に響いてくるのは想像に難くありません。


自己愛の対極にあるのが空虚感、慢性的な空虚感こそが自己愛を病んだ形で肥大させると春日氏は推測しています。

著者はリストカットを繰り返す人やアルコール依存症の人、拒食症の人を例に挙げ、そういった人々は自己破壊的な面がありながら自己愛が強いと指摘しています。


特に第4章「他人を巻き込む」の困った人々についての記述には力が入っています。


「すぐに疑心暗鬼になる。裏を読みたがる。疎外をされていると僻む。独り相撲の挙げ句に、唐突な復讐を図ったりする」


「自己愛の強い人たちは、『小競り合い』にのめり込むことが普通である。
鷹揚さや泰然さとは正反対の性向を備えている。けちくさいライバル視、いじましい支配欲、相手の欠点や弱点を見つけ出すことへの執念、どこか論点のずれた自己正当化、他者を蔑もうとする欲望の激しさ・・・

小競り合いにのめり込むタイプは、妥協を敗北としか捉えられないから厄介なことになる。
びっくりするほどつまらぬことをいつまでも根に持ち発想の根幹に無作為抽出による品質検査と同様の理屈がある。すなわちほんの小さなこと、取るに足らぬことの中に全体が暗示されている。
だからどんなにちっぽけな失敗や恥も、それは自分の全てを否定されることに通じると考える・・・

彼らが求めて止まないのは『都合の良いライバル』である。
世間から認められている人物を(勝手に)ライバル認定し、しかも僅差で競り勝つ(あるいは勝ったつもりになる)・・・

都合の良いライバルとともに、『敵』をもまた、彼らは求める。
自分は無視されるような惨めな存在ではない、あくまでも選ばれた存在であり、自分のことを嫉妬し羨む人間と共存せねばならない厄介な運命を背負っていると思いたがる・・・

ライバルと敵だけではまだ足りない。
素直で無邪気な賛美者をも彼らは欲する。
内心、こんな奴らはどうでもいいなどと不遜なことを思いつつ、賛美者には笑顔で接し優しく振舞う。
この二重性を彼らは楽しむ」

「小競り合いを好む」人々に対する著者の手厳しさ!

自分にとって厄介な人々というのはどこの世界にでも存在すると思いますが、ここまで相手を分析し、その行動を検証する、といった内的行動を私たちのような一般人が取ることの空しさを感じずにはいられないような気にもなります。

というより自分を含め誰にでもある要素だから読み手としては余計醜さが胸にささるのかもしれません。

著者は精神科医ならではの分析力を生かして「自己愛」の持つ本質的なものに迫っていてさすがと思うものの、人間分析はほどほど・・というか分析するという失礼をしないでおおらかに人付き合いしたいと思った一冊でした。

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今年も残りわずかになりました。

家族の予定を書き込める小さな卓上カレンダーと手帳を買いました。9732fa5c.jpg


カレンダーに書き、手帳に書き込んでいてもその日の予定を忘れるお年頃。


ある日は1週間後の予定をその日と勘違いして友人をいくら待っても来ないので電話したら1週間後と判明したり。

まわりの友人たちもそんなことばかり。


「赤信号みんなで渡れば」式に仲間を得たりと妙に安心するのが危ないそうな。


内職にしていた細かい作業を要する仕事をリタイアしてからどんどん脳が退化しているのかもしれません。


思い出せそうで思い出せない事柄はその場で放棄せずに思い出すまで追い求めるのが脳にいいそうです。


昨日も友人たちと映画の話になって・・・

トラボルタの名前とデビュー作がどうしても思い出せない(――;)

そばにいた2人の友人も同じ、1人が忘れると同じように次々忘れるというのは伝染性のウィルス?


「たしか『ト』が付いてデビュー作がダンス映画で、デビュー時は痩せていたのが今では見る影もないアメリカ映画のスター、ジャンキーの若者も演じたことあるけど・・・」

「うん、うん、わかる、あの人でしょ・・・え~と え~と・・・」

「あ、思い出した、トラサルディ」

「トラサルディーじゃない、ジョン・トラボルタ!!」・・・・なんて3人がかりでやっと(――;)


年頃になるとこういった意味でも助けになる友人は必要です。




渡辺容子氏著『エグゼクティブ・プロテクション』

「トップランナー、真姫の警護を担当することとなったボディガードの八木は、自らの髪を金色に染め、ハイ・プロファイル・プロテクションを実施する。
企業のイメージキャラクターとして、アスリートとして、涙を見せず気丈にふるまう真姫に、悲劇は襲いかかる。
コーチが殺害され、あらぬ疑いをかけられた真姫を救うため、八木の率いる女性警護チームがあらゆる危険を排除すべく動いたが―
『左手に告げるなかれ』の江戸川乱歩賞作家、渡辺容子が圧倒的なスピードとスケールで描く渾身のボディガードエンターテインメント」


女性保安士・八木薔子を主人公とした江戸川乱歩賞受賞作『左手に告げるなかれ』で描かれた未知の保安士の世界の描写がおもしろく、のちの短篇『ターニング・ポイント―ボディーガード八木薔子』では保安士からボディーガードへと転身した八木薔子の活躍が興味深かったのでその続きの八木薔子を知りたくて読んだのが本書。


『ターニング・ポイント―ボディーガード八木薔子』では38歳の八木がアメリカに行くまでの動きを描いていましたが、本書ではアメリカから帰って40過ぎ、堂々たるボディーガードとして登場。


『左手に告げるなかれ』がテレビドラマとして放映されたときのヒロイン八木薔子を演じていた天海祐希が珍しくイメージに合っていたのでそれ以後天海祐希をイメージしながら主人公の動きを追ってしまいました。


日本のトップアスリートとして人気があるマラソンランナー・真姫のBG(ボディーガード)を担当する八木は178cmの長身にプラチナブロンドに染めた長い髪。

漫画チックな表紙の八木がそれ。


次々周りで起きる不可解かつ凄惨な殺人事件を含む悲劇に見舞われる真姫を警護すべく外部からの攻撃に対する最善の策である「退避」を最大の武器に文字通り命を賭してガードする八木率いる女性警護チームの護衛の詳細が折々語られていて興味を引き出していますが、アメリカの大スターならいざ知らず、かなり現実味が薄くそういった点でせっかくの臨場感も盛り上がらず・・・納得感の薄い作品でした。


やはりスーパーやデパートの保安員だった八木薔子のほうが数段好き!

身辺警護・警備業務の詳細を極めた描写に著者の取材力のすばらしさは認めるけど。

60歳で新生児のときの取り違えがわかった男性が話題になっていますね。  e45acd97.jpg


取り違えられた一方は母子家庭で苦学して定時制高校を卒業、現在はトラックの運転手、もう一方は一流大学卒で親のあとを継いで不動産会社社長。

両家の経済格差があまりにも大きかったために真実がわかったあとのお2人の衝撃の大きさは想像に余りあります。

60年も前の取り違えを追い求めた兄弟たちの執念の追跡の動機になったのも端的にいうとお金ということでしょうか。

まるで小説のよう。


少し前福山雅治さん主演の「そして父となる」を観たときの友人たちとの会話を思い出しました。

6歳までわが子として育てた子どもが自分の子どもではなかったとわかって交換ができるか否か。


「絶対に育てた子どもを手放したくない」というのが子育てを経験した私たちの共通の気持ちでしたが、もちろんそんな情緒的な気持ちだけで問題は解決しないというのも理解できます。


できれば両方共わが子として育てたい、というのは双方の親の気持ち。


映画では割とすんなり交換できた感がありましたが、作話なればこそ。


映画のエンドロールに参考文献としてクレジットされていたのが本日ご紹介する作品・・・今から四十数年前沖縄で実際に起きた取り違え事件を渦中の2家族に寄り添った形で長く綿密な取材を重ねてルポしたものです。


奥野修司氏著『ねじれた絆 赤ちゃん取り違え事件の十七年』


「小学校にあがる血液型検査で、出生時の取り違えがわかった二人の少女。
他人としか思えない実の親との対面、そして交換。
『お家に帰りたいよう』子供たちの悲痛な叫び―。
沖縄で実際に起こった赤ちゃんの取り違え事件。
発覚時から、二人の少女が成人するまで、密着した著者が描く、家族の絆、感動の物語』


1977年地元の琉球新報で取り違えが事件として取り上げられた直後、「女性自身」の企画を通して著者が双方の家族と会ったのがスタート、それから両家のもとに通い続けた著者は次第に取材という枠を超えて両家の人々と交流を深めていく過程で両家の親たちや子どもたちがだんだん鎧を脱いで苦悩を語る様子が詳しく描かれていて単なるルポという枠を超えた胸を打つ作品となっています。


したがって本書は事件発生直後から子どもたちが成人するまでの長期にわたって追い続けた真摯なノンフィクションといえるでしょう。


沖縄が本土に復帰する前年の1971年ある病院で生を受けた子どもたちの一方が幼稚園で受けた血液検査をきっかけで取り違えが発覚。

一日も早く子どもを交換して終わりとしたい病院側の短兵急な態度に戸惑いとともに反発を感じる両家の親たち。


著者はそういった両親たちや病院側のうわべの描写だけではなく、双方の家族史にまで切り込んで双方の両親の抱える苦悩に迫っています。


片方の親は八重山開拓移民として西表島に移住した移民の2世同士、もう一方は中学卒業後大阪に集団就職したのちにUターンしたもの同士、どちらも経済的に恵まれないという点においては似たもの同士の2組の夫婦でしたが、双方の妻の家庭における姿勢や考え方において歴然とした大きな隔たりがあったことが交換後に大きな歪みを生んだ最大の原因といえると思います。


「『母親』はその愛情の深さから子どもにとっては唯一無二の存在である」

誰もが信じたい母親に対する幻想ですが、子どもにとっては必ずしも真実とは言いがたい母親も多く見受けられます。

この事件の長く尾を引いた苦悩の一端は、2人の母親の母としての姿勢の格差があまりにも大きかったことにあったといえるのではないでしょうか。


それぞれの子どもにとって「交換」がもたらしたかくも大きく長い軋轢を、弛まない忍耐の取材で描いた著者に頭が下がります。


子どもたちへの取材は自分の意思で語れるようになるまで待ってほしいという双方の両親の希望を汲んで著者が2人の子どもたちへインタビューしたのは成人式が終わったあとといいます。

そのあと固く閉じた子どもたちの心を解していくのにさらに1年以上。


そして今年の9月、2人の子どもたちの合同結婚式に招かれて出席したという著者。

36年という長きにわたり両家族に寄り添ってきたルポライターがほかにいるだろうか、という驚きとともに著者の粘り強い人間関係構築の真摯な姿勢に敬意を表したいと思います。


親は子どもにとってどんな存在であるべきかという命題を突きつけられた作品でした。

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