VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2014年05月

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サラリーマンには転勤が付きものですが、我が家もこれまで日本各地に移動を繰り返してきました。


現在は私の故郷である岡山に住んでいますが、当地で事業を展開していた亡父の会社の1つに定年前後に求められて来たのが下地になっています。


それまでも独り暮らしの母を案じて神戸や東京から月一の割合で帰省する習慣でしたが、次男が大学進学を機に夫と合流して当地で生活し始めて9年ほど。

30数年離れていた故郷に舞い戻った計算になります。


処女のごと固き蕾の刻を経て悪女となりて薔薇は散りゆく


その間母を見送るという大きな責任を果たして3年、現在は夫がフルタイムではない役職に就いて時折出勤する以外自由気ままな夫婦の暮らしです。


9年の間には趣味で親しくなった友人たちも増え、昔からの気の置けない幼馴染もいて、同じく都会からUターンした友人たち共々第二の青春を謳歌しています。


今日ご紹介するのは先日父親の介護で熊本とカリフォルニアを行き来しながらの奮闘記『父の生きる』を上梓された伊藤比呂美氏の新聞紙上での人生相談をまとめた作品です。

ネッ友である紫苑さんに教えていただいてamazonで購入しました。


私が転勤先の神戸で電話の相談員のボランティアをしていたことは以前にも書きましたが、10数年の相談員としての経験が本書とリンクして懐かしく読みました。


といっても私が相談員として受けたコーラーの方々のほとんどの内容は生きることの根源に迫る重く苦しいテーマが多かったので、比呂美氏のように単純明快な回答をコーラーに繋ぐということはできませんでしたが、人生相談もこのような前向きで明るく、しかもエネルギーのある回答はとても微笑ましく共感が持てました。




伊藤比呂美氏著『人生相談  比呂美の万事OK』

「たくさんの恋、何回もの結婚そして離婚、何人もの子育て…。
現在カリフォルニア在住。修羅場をかいくぐった詩人、伊藤比呂美が答える笑って元気になれる人生相談!
『石橋は叩く前に走って渡れ』『悩むのは3日先まで』等の名言とともに、恋、子育て、仕事、人生選択等の悩みに全身で取り組みます(元は新聞連載)。
文庫版付録として、著者自身の悩みQ&Aを書き下ろした」


詩人の著者らしく自ら作詞された「万事OK節」というテーマソングも痛快です。



不倫に、離婚に、セックスレスに
いじめ、しゅうとめ、借金苦
最後は 介護で、苦労のしどおし
人の悩みは つきないけれど
それでも生きてる ワタシです
さ、ずぼらとがさつとぐーたらで
わが道をいきましょう


西日本新聞の人生相談コーナー「比呂美の万事OK」に掲載された42本のQ&Aを一冊にまとめたのが本書です。

第1章 恋―本当に好きなのに
第2章 結婚―咳をしても二人
第3章 人生―人生のプリマになる
第4章 仕事―ぢっと手をみる
第5章 子育て―親も人の子
第6章 性格―変人ノススメ

私の相談員としての経験からいくとどの回答も直截的でノウハウ的にはかなり破天荒!

でもこの比呂美流回答、好きです!

長年の相談員時代、研修に継ぐ研修で叩き込まれていた「コーラーに先んじて進むべき道を示してはならない」という鉄則がありますが、さまざまな相談では相手の言葉を待ち続けることの難しさに突き当たることがしばしばでした。

示唆も誘導もご法度の1対1の会話でよき道を示したいという欲求に駆られたことが数え切れないほどあります。


本書での比呂美氏はまず相談者のすべてを受け入れる・・・この受け入れ方も彼女流にダイナミック・・・まるで傷ついた小鳥を両手で抱きしめて暖める感じ。

そしてやおら比呂美氏の人生経験からほとばしる後悔や満足を踏まえて、時には辛らつに、時には共感を持って進むべき道を提示するというもの。

私はこういうシンプルで直截的かつ親切な受け答えが大好きです。

「母親ほどの責任はないけれど、友か姉か叔母の立場で対面している気持ち」

なるほど。

「冷静に納得行くまで話し合うこと」

「人ではなく私自身の人生を生きる」


本書の回答を流れる一貫性をシンプルに表現すれば、上述のようになると思います。

比呂美氏はとにかくどんな人間関係の摩擦の悩みにも「納得いくまで話し合うこと」というのを第一義にしています。

彼女自身そうやって2度の離婚と結婚、子育てを乗り切ってきたのだろうな。

どんな相談者の相談事にしっかりと向き合い(人生相談欄なので当たり前といえば当たり前なんですけど)、相談者に敬意を払って真剣に取り組んでいます(これは当たり前ではないと思うんですけど)

「うう、あたしはあなたの手をとって、いっしょに泣きたいくらい。これまでほんとによくがんばってきました」

「がんばれがんばれがんばれがんばれと、あなたに、100回言ってあげたい。大丈夫だよ大丈夫だよ大丈夫だよと、がんばれを上回る110回言ってあげたい」

いつも読んだ本の交換をしている神戸の友人から本が送られてきました。  85ff1365.jpg


彼女と初めて会ったのはお互い所属していたボランティア団体が主宰していた勉強会でした。

大方25年くらい前。

ボランティアといえど縦割り小社会の中、10期も上の大先輩なのに対等に話ができる珍しい雰囲気の先輩が彼女でした。

当時、団体の会誌発行の編集をされていた関係で、毎月のページを満たす原稿を依頼されたのが始まり。

気軽な本の感想なら、と依頼を受けたことがきっかけで、会えば本の話をするようになりました。

当時彼女は本に対する免疫がなく、私が勧める本を軒並み読んでいましたが、そのうち徐々に彼女色が出来てきて、今ではすっかり私の傾向とはかけ離れた本をチョイスしていて、それがまたとても興味深いのです。

すっかりエンタメに染まってしまっている私にはまぶしい本が多くて。。

倹しい生活の中、本代に先月は2万円も使ったというから驚き!

私はもっぱら図書館利用なので彼女に送る本も限られますが、興味ある文庫本はamazonで購入することもあるので送ります。

定期的に電話で長時間しゃべるのも彼女。

たくさんいる友人の中で、政治のことと本の世界について唯一しゃべるのが彼女です。

九条のこと、皇室のあり方、二院制について、原発関係、安倍政権などなど、公にはできない言葉で!

ストレス解消に持ってこいの密度の濃い会話です^_^





さて本日は桜木紫乃氏著『ホテルローヤル』をご紹介します。

「ホテルだけが知っている、やわらかな孤独。
湿原を背に建つ北国のラブホテル。
訪れる客、経営者の家族、従業員はそれぞれに問題を抱えていた。
閉塞感のある日常の中、男と女が心をも裸に互いを求める一瞬。
そのかけがえなさを瑞々しく描く」

2002年『雪虫』で第82回オール読物新人賞受賞
2005年『霧灯』で第12回松本清張賞候補
2012年『ラブレス』で第146回直木賞候補&第14回大藪晴彦賞候補&第33回芳川英治文学新人賞候補
2012年第41回釧新郷土芸術賞受賞
2013年『ラブレス』で第19回島清恋愛文学賞受賞
2013年『ホテルローヤル』で第149回直木賞受賞


釧路の湿原を見下ろす高台に立つラブホテル・ホテルローヤルを舞台に描かれた7つの短篇が収録されています。

北国の寒々しい雰囲気を醸し出す小さなラブホテルで繰り広げられる人間模様はどれも閉塞感が漂っていてどの短篇に登場する人たちもため息をいくつも飲み込んで精一杯生きている様子が何とも切ない物語となっています。


目前に広がる釧路湿原のごとく湿り気を帯びたようなそれぞれの事情が淡々とした筆致で描かれていて不安定な余韻の残る読後感でした。



◆かつてアイスホッケーの花形選手だった彼から投稿ヌード写真撮影を強く誘われホテルの一室でヌードモデルになる主人公を描いた「シャッターチャンス」


◆親に家出された女子高生と妻の浮気に絶望する高校教師のそれぞれの切ない身の上を描いた「せんせぇ」
そんな2人が札幌行きの列車で知り合い釧路に向かうところで物語が終わりますが、一話目で触れられていたホテルローヤルでの高校生と教師の心中事件に結びつくのか、その後の2人の足跡は読者の想像に委ねられています。


◆働かない10歳年下の無職の夫を持つホテルの清掃係・ミコの女性を描いた「星を見ていた」

「なにがあっても働け。
一生懸命に体動かしている人間には誰もなにも言わねえもんだ。
聞きたくねえことには耳ふさげ。
働いていればよく眠れるし、朝になりゃみんな忘れている」

ミコの母親の言葉に主人公のみならず私も深く動かされました。

3篇のみピックアップして簡単なあらすじを記しましたが、全篇を通して社会の片隅で懸命に暮らしている人々の日常とホテルでの非日常を切り取った構成。

時系列で言えば、最後から逆に時が流れ冒頭の「えっち屋」へと結んでいくストーリーになっているところ。著者の企みが生かされています。


平凡な暮らしを営むことの難しさと有難さに深く感じ入った作品でした。

一昨日までの雨がうそのように上がって湿気を少し含んだ空気が肌にひんやりと触れて心地いい日。

昨日は暦では二十四節気の第8に当たる「小満」、秋に蒔いた麦などの穂がつく頃で万物が次第に長じて天地に満ち始めることから小満と言われるといいます。



昨夜(よべ)までの恵みの雨に草や木の緑光りて〈小満〉の朝

長野県の佐久市で毎年開かれる「小満祭」は小説などでも読んだことがあり賑やかな催しで全国的にも徐々に名が知られるようになっているようです。

街中のマンション暮らしの私には麦の穂の色づきなど縁のない風景ですが、麦畑の果てしない広がりに風がなびいている様子を想像するだけで癒されます。

このところ短歌に淫して…という言葉がぴったりの没頭生活を過ごしているので四季の移り変わりに敏感になっています。

周りの誰彼なく「付け焼刃」「いつまで続くか」「飽きるのは時間の問題」などと嘲笑されているのを横目に見ながら日夜歌人の短歌本や作歌の心得などを読んでは下手な作歌に励んでいます。


ネットで添削をしてくださるという歌人の先生に恵まれ、毎日1首提出するというのを自分に課して励んでいます。

今まで見過ごしていた自然の巡りを肌で感じることができるようになって、というか感じなければ短歌が読めない(――;)・・・いくらなんでも遅すぎるよね・・・という声があちこちから聞こえてきますが、持ち前の集中力でいま少し続けてみようと思っています。

思い起こせば高校生のとき、あれほど嫌わずに古文の勉強をしておけばよかった(――;)

古語の活用が魑魅魍魎のごとく立ちはだかっています。


というわけでこのところ図書館で借りまくりの短歌関連本から一冊。


「短歌」編集部編『鑑賞 日本の名歌』


「明治以降の日本の名歌を、『自然』『生活』『人生』『社会』『恋』などのテーマにわけて、作品の背景や作者紹介、鑑賞のポイントなどを詳しく紹介。好きなときに好きなところから読める名歌鑑賞本の決定版」


読むだけで背景や情景が目の前に広がるような歌もあり、解説を読んで初めて理解できるような歌もあり、また解説を読んでも理解を超えているのもあり、多種多様ですがいろんな角度で心に深く響く歌をいくつか書き写してみます。



君かへす朝の舗石(しきいし)さくさくと雪よ林檎の香のごとくふれ (北原白秋)

煤、雪にまじりて降れりわれら生きわれらに似たる子をのこすのみ (塚本邦雄)

木染月(こそめづき)・燕去月(つばめさりづき)・雁来月(かりくづき) ことばなく人をゆかしめし秋 (今野寿美)

みじかかる一生にあらずありありて幾百の富士われを励ます (島田修二)

われ行けばわれに随(つ)き来る瀬の音の寂しき山をひとり越えゆく (太田水穂)

我がおもひ言葉となるか秋の日の木犀に染みて香とかをる時 (窪田空穂)

葛の花 踏みしだかれて、色あたらし。この山道を行きし人あり (釈迢空)

肺尖にひとつ昼顔の花燃ゆと告げんとしつつたわむ言葉は (岡井隆)

さくら花幾春かけて老いゆかん身に水流の音ひびくなり (馬場あき子)

一粒の向日葵の種まきしのみに荒野をわれの処女地と呼びき (寺山修司)

戦(たたかひ)はそこにあるかとおもうまで悲し曇のはての夕焼 (佐藤佐太郎)

植えざれば耕さざれば生まざれば見つくすのみの命もつなり (馬場あき子)

ありがたし今日の一日もわが命めぐみたまへり天と地と人と (佐佐木信綱)

ひきよせて寄り添ふごとく刺ししかば声も立てなくくづをれて伏す (宮柊二)

鏡一つ無人の部屋に光るとき吾(あ)を生みましし母をおそれつ (高野公彦)

母はもう植物なれば静かなる青きこころを眼に澄ましゐつ (馬場あき子)

妻とゐて妻恋ふるこころをぐらしや雨しぶき降るみなづきの夜 (伊藤一彦)

マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや (寺山修司)


アトランダムに写しましたが、別の短歌本に載っていたので私の心を射止めた高野公彦氏の母堂を詠まれた短歌があります、それを写して終わりにします。

編路路(へんろぢ)の路傍に生ふる大葉子の無名の生を生きませり母は

どこを歩いていても新緑が美しい季節ですね。

風薫るという言葉がぴったり。

買い物帰りにブラブラ歩いていてほのかな香りに誘われて匂いのする方へ引き寄せられると白丁花の垣根に辿りつきました~。
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夕陽(せきやう)に白きはだちて白丁花(はくちょうげ)戦(いくさ)無き地を慈しむやうに



そして我が家にゴーヤの季節が巡ってきました。

南東に面したリビングの日除けにと夫がゴーヤ、キューリ、トマトの苗を買ってきました。

ついでに夫が力を入れているアサガオも2苗。

一昨日、昨日と2日かけてそれぞれのプランターに予め寝かしておいた土を入れて植え、ネットを張りました。

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今年はネット用の突っ張り棒を買ってきたのでネット張りがすごく簡単できれいにできました。


毎年ゴーヤ2株で驚くほどのゴーヤが採れて、毎日毎日ゴーヤ三昧の食卓となりますが今年はどうでしょうか?

小さな楽しみです。



さて今回は角田光代氏&井上荒野氏&森絵都氏&江國香織氏著『チーズと塩と豆と』のご紹介です。


「2010年10月放送のNHK・BSハイビジョン紀行番組『プレミアム8』に登場する4人の女性作家がそれぞれヨーロッパのスローフードやソウルフードを求めて旅をし、その土地を舞台に書かれる短編小説アンソロジー。
その小説は、ドラマ化され、番組に挿入される。
井上荒野はピエモンテ州(イタリア)、江國香織はアレンテージョ地方(ポルトガル)、角田光代はバスク地方(スペイン)、森絵都はブルターニュ地方(フランス)」


今から4年前のテレビ番組から派生しての作品とは知らずに手に取りました。

4人の作家が旅にまつわる番組に出演されていたことも、観たこともありませんでしたが、ドラマ化云々とは関係なく独立してすてきな作品群でした。

4人は直木賞受賞作家であり、年齢的にも若すぎず、老齢すぎずという似通った共通項があります。

その4人がヨーロッパ各地の料理と愛を題材にして描いたアンソロジー。

それぞれテーマも主人公もまったく異なる物語ですが、続けて読んでも何の違和感もなく読了することができました。

4作品はどれも余韻のある物語でしたが、心に深く残ったのは角田氏の「神様の庭」と森絵都氏の「ブレノワール」。

前者はスペインのバスク地方の閉鎖的な田舎がいやで飛び出して、紛争地の難民キャンプで料理を作っていた国際NGOの職員が主人公。

後者はフランスのブルターニュ地方を故郷とするジャンとサラが母親との葛藤の末離れていた故郷に戻りターブル・ドット(料理つき民宿)を始めるというもの。

出てくる食べ物の描写がなんともすてきで、食べ物を介しての人と人のつながりの奥深さを描いて秀作揃い。

それにしても食べ物の威力ってすごいですね~。

おいしい食事を家族や友人たちと共に食べることの大切さ!

そして作って提供できることのありがたさというような基本の心に立ち戻らせてくれる一冊でした。

先日の母の日、用事があってデパートに行きました。 e250617f.jpg


ほとんどの売場は「母の日」の品物で溢れ、色とりどりの色に輝いていて、もう母へのプレゼントを探さなくなって3年も経過するのについついパジャマ売場に足が向いてしまいました。

寝たきりだった母の晩年、着るもののプレゼントをいちばん喜んだのでベッドで使用できるといえばパジャマか上に羽織る軽いもの、帽子、スカーフなど、毎回吟味する習慣が長く続いていたのでした。

贈る相手がいるときは「母の日」「誕生日」「敬老の日」と年3回のプレゼント日が煩わしく感じられることも多々ありましたが、永遠の不在となれば贈る相手がいる幸せを思わずにはいられません。

自分のあまのじゃくさに呆然とします。


現役の母である私も子どもたちから夏用スカーフ、スニーカー、UVカットのパーカーをそれぞれプレゼントされ感謝感謝の一日でした^_^




今日は原田マハ氏著『ごめん』をご紹介します。

「範子―偶然目にした詩が、自分たちを捨てた父親の記憶を呼び起こした。
陽菜子―意識不明の夫の口座に毎月お金を振りこみ続けていた人物と、ついに対面を。
咲子―不倫と新たな恋。病気を告知され、自分の願いがはっきりわかる。
麻理子―行方不明の親友と暮らしていたNYのアパートを、7年ぶりに訪れて。
―その瞬間、4人の女性は何を決意したのか?
『カフーを待ちわびて』から2年。
日本ラブストーリー大賞作家が、揺れ動く女性たちを描いた感動小説集」


著者の作品は私にとって落差がかなりあるので、これはどうかな、とあまり期待しないで図書館で手に取りました。

読後感は思わぬよかった作品でした。

といってもキュレーターだった過去の経験を基に紡いだ西洋美術関係の作品たち ― 『楽園のカンヴァス』 『ジヴェルニーの食卓』 ー を勝るものではありませんでしたけど。


本書は社会に出てそれなりに一線で働く女性を主人公にした4篇からなる短編集です。

作品の中に不倫という事柄が編み込まれていてどっちつかずの恋愛小説になっているのは否めませんでしたが景色の描写が思わぬ美しい文章で綴られている個所がいくつかあり、それが読後の余韻と結びついて情緒ある作品に仕上がっていました。

主人公として登場する4人の女性はみな一本の強い芯を持っているという設定、尻切れとんぼのラストにも女性たちの未来へ向けての強い決意を感じさせる余韻を持たせていますが、以後もその強さで人生を自分流に切り開くだろうというしたたかさを描いている反面、女性を取り巻く男性たちの単純なずるさと弱さをもうまく対比させているところ中々のものでした。

タイトルと表紙は表題作「ごめん」からの描写、舞台になった高知の風景と高知県の御免から取っています。

父親との過去の苦しかった思い出を辿る主人公、不倫に没頭して顧みなかった夫の足跡を辿る主人公、医師に突きつけられた治療の厳しい道に迷う主人公、離すことのできない過去を確かめるためにニューヨークに行った主人公。


4作品の中にはテーマが好みに合わない作品もありましたが、なべて好印象でした。
 

母が亡くなって4年目の夏。  3fce071e.jpg


最期まで自宅でという母の強い希望に添ってヘルパーさん、訪問看護師さん、訪問医などの体制を整え・・・というより随分前より母が自ら介護体制を整えたのに私は乗っかっただけでしたが・・・そして東京から帰り、母の近くに住居を定め通い続けた数年間。

母亡きあと、2年ほどの間は後片付けに奔走。

お世話になった方々への挨拶廻りや役所関係の諸々の手続き、母の生前から話し合っていたお墓の廃棄とそれに伴うお骨の移転先の選択と改葬、そして実家の片付けと解体作業、測量などなど多くの事が一気に押し寄せてきて、体調不調の中だったので大変でした。

人がひとり亡くなることの大変さ。

これが働き盛りの人だったりしたらと思うと想像を絶します。


こんなことを思い出したのはこれからご紹介する作品を読んだのがきっかけです。



伊藤比呂美氏著『父の生きる』


「老いてなお生きる苦しみを、娘に打ち明ける父であります。
年老いた父は生きる気をすっかりなくして無為に生きております。
その寂しさが、その孤独が娘の私にひしと寄り添います。
いつか死ぬ、それまで生きる。
三年半の遠距離介護の記録を通して見つめる、親を送るということ。
詩人・伊藤比呂美が、遠距離介護を通し、親の最期に寄り添った三年半の記録」


「父の悪いところばかり見えてくる。
しかしそれは父の本質ではなく、本質は老いの裏に隠れているのだ。
父の本質は、私を可愛がってくれて、自分よりも大切に思ってくれて、
私が頼りにもしてきたおとうさんだ」(本文より)

いやはや…身につまされるというか著者の気持ちも介護されるお父さんの気持ちも共に共感が過ぎるほどの共感が押し寄せてきて…しばらくは現実に戻ることができませんでした。

内容は次の通りです。

父の生きる                
母が死んで、父が残った          
2009年3月~2009年10月        
いっぱいいっぱい、みんなみんな      
2010年1月~2010年10月
父の言葉に寄り添う            
2010年10月~2011年2月
大震災のあと               
2011年3月~2011年8月    
最後の日々                           
2011年10月~2012年4月      
私はめそめそ泣いている          
2012年4月~2012年5月
親を送るということ            
独居する八十四歳の男 


本書は著者の住むカリフォルニアと父親の住む熊本とを行き来しつつ父親を介護した記録を綴ったブログの文章に加筆したものです。

2009年3月~2012年5月までの記録とあとがきで構成されています。


ブログということで文章はかなりくだけていてそれゆえにより壮絶な介護現場の臨場感があり、介護経験のある自分にとっては再び長かった母との交流が再現されたようで胸に迫りました。


先の見えない期限のない介護、しかも甚だしい遠距離で、離れているときは心配のあまり一日数回国際電話で安否を確かめ、父親の返答に安心やら怒りやら相反する感情に振り回される著者の様子は私が介護の日々味わってきたのと同じようなジレンマ。


寝たきりが長く何の楽しみもなかった母がわがままを言わざるをえなかった状況を理性で理解はできても、あまりの悲しさに帰り道の公園のベンチで泣いたことなど思い出して切なさでいっぱいになりました。


徐々に弱っていく父親を、離れているがゆえにしっかり看られないという自分への苛立ちとともに、父親の何気ない言葉に自分への責めを感じ取りますますがんじがらめになる著者。

そして死後は今度は親への不憫とともに自分の不実を責め大いなる後悔が残るという心模様も同じです。


「この人は人生を生きていない。
私は仕事に邁進(まいしん)し、人とかかわって生きていく。
父はそうではない。
戦争で死んで、私1人を育てるために生きていたんじゃないか」と父親を分析する著者。


自分の子どもを育てるエネルギーと老親の介護のエネルギーを比べれば、子育ての方が勝ると思いますが、老親の介護ほどの絶望的な疲弊感がないのはなぜかと考えたとき、これからの未来に関わる行為と死へと向かう行程に寄り添う行為との違いによるものだと気づきます。

死にゆく人に伴走することの苦しさや空しさはできたら味わいたくないものですが、それによって得たものがあるとすれば、それは死者が自分にとってかけがえのない存在だったということを確認できたことと、加えて近い将来同じ道を辿る自分の死に様を考えるきっかけを与えられたことでしょうか。


著者もまたそのように父親の存在をますます身近に感じているところで筆を擱いています。

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