VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2014年12月

心臓のちょっとした手術入院がついに明日になりました。 6ee84e0e.jpg


子どもたちはみんな忙しい職種、その上年末も重なるのでぜ~ったい来ないで、と何度も念を押していたのに娘がパソコン片手に昨夜突然帰って来ました。

しかも喪服姿で。

びっくり!

というのも土曜日に娘が慕っていた高校時代の恩師が交通事故で突然亡くなられました。

12月20日午後6時50分、自宅近くの横断歩道でない道を横切ろうとしていて右から直進車に轢かれ胸を強く打って6時間後に永眠。

娘の同級生がたまたま地元のニュースでそれを知り、月曜日娘に知らせたのが始まり。


高校の3年間だけ夫の転勤で岡山にいた娘はその高校で生涯の友と生涯の恩師に恵まれ、娘が里帰りしたときは必ず恩師を含め親友たちとともに食事を共にするのを楽しみにしていました。


83歳の恩師はそれはダンディな紳士で英語教師として多くの生徒から慕われ、また早瀬馨というペンネームで岡山出身の小説家の名を冠した内田百�闖ワを受賞された小説家でもあられました。

80歳まで岡山大学で文章教室の非常勤講師をされていたと記憶します。


本好きな私のことを娘を通してご存知で著書をプレゼントしてくださったこともあります。

内田百�闖ワ受賞作『まだ、いま回復期なのに』はこちら →

『人形』はこちら →


電話会議中に死去を知った娘はそのまま会議室を出てずっとトイレで泣いていたそうです。


私の入院手術には付き添うべく帰省を予定していた娘は先生のお通夜と葬儀のために予定を早めて昨夜帰ってきたのでした。

娘の恩師の交通事故死だけでも入院前の私には心乱す出来事なのに、その上夫が2、3日前から嘔吐下痢でほとんど食事が摂れず心配が重なり自分のことどころではありません。

受診して薬をもらっていますが、食べられないのが続いていて心配の種が増えています。


おもゆやおかゆ、稲庭うどんの柔らか煮、麩の味噌汁、ゲタの煮付け、里芋の煮物などお腹によさそうなものを向けてもほとんど食べません。


心の中で「いいかげんにして」と声にならない声をあげながら入院の用意をしています(――;)






本日は原田マハ氏著『まぐだら屋のマリア』のご紹介です。


「“尽果”バス停近くの定食屋『まぐだら屋』。
様々な傷を負った人間が、集まってくる。
左手の薬指がすっぱり切り落とされている謎めいた女性・マリア。
母を殺したと駆け込んできた若者、乱暴だが心優しい漁師、そしてマリアの事をひどく憎んでいる老女。人々との関わりを通して、頑になっていた紫紋の心と体がほどけていくが、それは逃げ続けてきた苦しい現実に向き直る始まりでもあった……」


とある山陰地方の海岸沿いの「尽果(つきはて)」というバス停近くの崖の上に危なっかしく立つ「まぐだら屋」が舞台。


この小さな定食屋の女主人・マリアを軸にして過去に問題を抱えた人々の織りなす物語。

タイトルの「マグダラ」のみならず、登場人物に「マリア」こと有馬りあを初め、「シモン」、「マルコ」、「キリエ」、「ヨハネ」など聖書に関係した名前が出てきているところ不自然さを感じてしまいますが、それ以上に先を読まずにはいられない物語性のある作品でした。


ちなみにここに出てくる「まぐだら」はこの地の伝説に出てくるマグロとタラが一体となった奇魚の名前だそうです。


主人公は生まれた時に野原いっぱいに野菊が咲いていたのにちなんで母親が名付けたという紫紋(シモン)という名を持つ青年。

東京・神楽坂の老舗料亭で修行をしていたとき起こった食材の回し使い、偽装表示、賞味期限改ざんという事件をきっかけにそこで働く大切な仲間を失ったことで生きる目的を失い、生の終着点として辿り着いた尽果の定食屋「まぐだら屋」のマリアのもとで働くことになったシモンが生まれ故郷の母のもとに一歩を踏み出して帰るまでの1年間が描かれています。


シモンのみならず心に傷を持った登場人物たち・・・左手の薬指がないマリア、マリアを悪魔と憎んで受け入れようとしない「まぐだら屋」の女将のキリエ、シモンと同じく死への旅の果てに尽果を選んだマルコなどが脇を固めます。


そんな中「まぐだら屋」でマリアとともに近くの住民たちのために料理を作り続けるシモンが徐々にマリアや女将の過去を知る過程で登場人物たちそれぞれの過去浮き上がらせ、その後はそれぞれが再び未来へと踏み出していくという設定。


あえてまとめるなら、シモンの成長譚でもあり、家族の再生でもありますが、もっと大きな括りにすれと「愛と赦しと再生の物語」といえるのではないでしょうか。


キリスト教的な見地からすればマグダラのマリアとイエスの関係性などを通してもっと深い考察があるかもしれませんが、それはクリスチャンにお任せするとして。。


私がいいなぁと思ったのはシモンやマリアが食べる人の身になって作る定食の数々とそれを「うまい!」を全身で表しながら食べる人々との血の通った交流の場面。

どんなときも食べ物はどんな境遇の人々であろうと心身を癒すものだなぁと。


最後にちょっと辛口の感想を。

ラスト近くで明らかになるマリアの過去のある悲惨な出来事の結末と赦しの未来を暗示させるような構成にはけっこうな違和感がありました。

核になる女将とマリアの関係。

狭量な自分が露呈するようですけど、女将の赦しというのがどうしても頷けない、共感できませんでした。

何のことかわからない方は本書をどうぞ!

先日友人からメダカをいただきました。 2de5a7b3.jpg


エサと水草という持参金つき。

6匹います。

メダカはエラ呼吸だから酸素を取り込む為に水の流れと逆の方向に泳ぐそうですが、川とはちがって小さな水槽なので見ているとアトランダムでかわいい♪

実家で金魚を飼ったことがありますが、10年くらい生きて丸々としていたのに比べるとメダカは小さくて儚い感じがします。

でも必死で生きている感じ。

幼い頃からだと犬、スズメ、インコ、猫、異色ではヤギを飼っていました。


夫も私も動物が好き・・・幸い今のマンションは室内小型犬はOKなので、今も飼いたいなぁ~と話していますが、年齢的にも寿命がどちらか先かという点で責任を持てないことを考えると躊躇します。

それに2人揃っての留守が難しいし。


で、他人の犬猫ブログやYouTubeで気を紛らわせています。





さて本日は東野圭吾氏著『ナミヤ雑貨店の奇蹟』のご紹介です。

「夢をとるか、愛をとるか。
現実をとるか、理想をとるか。
人情をとるか、道理をとるか。
家族をとるか、将来をとるか。
野望をとるか、幸せをとるか。
あらゆる悩みの相談に乗る、不思議な雑貨店。
しかしその正体は…。
物語が完結するとき、人知を超えた真実が明らかになる」


2011年4月~12月号まで月刊誌「小説野生時代」に連載されたのを2013年3月に単行本化したのが本書。

第7回中央公論文芸賞受賞作品。


例によって図書館恃みなので時代遅れのレビューなので興味ない方はスルーしてくださいね。


短篇集でありながら一篇同士が密接に繋がった緻密な構成、著者の工夫が窺われる作品になっています。

ひと言でいえば時を超えたファンタジー。

養護施設・丸光園に縁のある人々とナミヤ雑貨店の時空を超えて紡がれたハートフルな物語といったところでしょうか。

著者の過去の作品では『時生』を彷彿とさせるような。


登場人物たちのそれぞれの視点で展開していく物語。


過去と現在を巧みに交差させながら物語に立体的な膨らみを持たせる技が手馴れた著者ならでは。


行きつ戻りつの時の逆行に慣れるまでに少し時間がかかりますが、著者の得意とする緻密な構成で結果としてすべての事象が落としどころに納まってお見事というような作品。

しかし心温まる作品というのを念頭に読者の心を掴むことを確信して構築されたことを感じさせるような・・・。


へそ曲がりが露呈するような私の感想でした。

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先日刷り終わった年賀状の余白もすべて書き終えて・・といってもなるべく余白を狭く狭く取っているのでほんの一筆。

夫はカナダ旅行でお世話になったカナダ人の知人へのクリスマスカードに四苦八苦。

面倒なことは私を秘書がわりに振る習慣の夫が手紙の文面を英訳してといってきましたが、今回はexciteの翻訳サイトを紹介して、そちらで工夫して、と拒否したら仕方なく何とか仕上げたようです^_^;


それから孫のあーちゃんへのクリスマスプレゼントを送る用意。

かわいいマフラーとバッグ。

先日友人からイラストデザイナーの姪御さんが作られたというかわいいくまモンのカレンダーをあーちゃんにと戴いたのでそれもいっしょに。2f956f95.jpg


12ヶ月さまざまな表情のくまモンが四季折々の背景を背に登場するという楽しいカレンダー。

私が飾りたいくらい!


あーちゃんママとの先日の会話。

「まさかまだサンタさんの存在、信じてはいないよね?」

ついに150cmを超えた小学4年の明日香。

「バッチリ信じていますよ。
サンタさん、どこから入ればいいか迷って入れないかも、と今からそわそわ心配しています」

なるほど、一家はこの7月に新居に引っ越しているからね。

「まさか! 信じているフリとか?」

「フリじゃなく正真正銘です。
仕方ないのでもういい加減に気づいてくれよと思いながらパパが24日は早く寝なければサンタさん来ないよ、と言っています」

4年生ともなると夜更かししているらしい。

これでは同級生の、特に女の子とタイムリーな会話の輪には入れないんじゃなかろうかと要らぬ心配をするババです。






さて本日は久坂部羊氏著『芥川症』をご紹介します。

「あの名作が、現代の病院によみがえる――文豪驚愕の医療小説!
医師と芸術家の不気味な交流を描き出す『極楽変』。
入院患者の心に宿るエゴを看護師の視点で風刺する『クモの意図』。
高額な手術を受けた患者と支援者が引き起す悲劇『他生門』。
介護現場における親子の妄執を写し出す『バナナ粥』
芥川龍之介の代表作に想を得て、毒とユーモアに満ちた文体で生老病死の歪みを抉る超異色の七篇」


著者・久坂部羊氏は外務省の医務官として9年間海外勤務の後、高齢者が対象の在宅訪問診療に従事していらっしゃる現役の医師。


2003年『廃用身』で作家としてデビュー
2006年『無痛』
2008年『まず石を投げよ』
2014年『悪医』で第3回日本医僚小説大賞を受賞

それぞれの作品にリンクを貼っていますのでよかったら過去ログを読んでくださればと思います。


「医師の勤務が労基法に違反している云々などは、現場の医師にとっては寝言に等しい」医師に対する労働基準法の適用については極めて批判的な考えをもっていらっしゃいます。


さて本書に移ります。

芥川作品を捩ったきわめてブラック&シュールなパロディ短篇集。

「病院の中」
「他生門」
「耳」
「クモの意図」
「極楽変」
「バナナ粥」
「或利口の一生」

芥川作品のパロディとして全体にブラックユーモアを散りばめた中に、急性期医療の現場での問題点から日本の臓器移植の問題点、在宅医療における問題点など盛りだくさんの医療問題を提起しているところ、さすが現役の医師であり現役の作家であります。

しかし、いかんせん内容がはなはだグロい(――;)

決して読後感に爽やかさを求めてはいけない作品。

最後の「或利口の一生」の主人公はまさに著者ご自身と見紛うような設定、本音と建前の間で揺れ動く医師の姿が浮き彫りにされていて妙に共感を覚えた作品でした。

寒気団が押し寄せてきていて半端ない寒さ!8ad1628c.jpg


温暖といわれている当地ですらこの寒さなので寒冷地は想像を超える寒さだろうと思います。

例年より早い雪の被害が各地で起こっているというニュース。

毎年雪下ろし中の死亡事故が絶えませんがどうかくれぐれもお気をつけくださいね。

雪の多い過疎地は大変だろうな~。

労働力としての若者たち不在の高齢者ばかりの山間部など。



衆院選が終わりましたが、結果は押して知るべしの通りとなりました。

私の投じた候補者は小選挙区では予想通り落選となりましたが、辛うじて比例ブロックで当選を果たし胸を撫で下ろしました。

ひとりの力でどれだけのことができるかと思うとき、諦念に似た気持ちを抱かざるを得ませんが、それでも独りよがりの政権に小さな歯止めをかけてほしいと切に願っています。


救いは沖縄の全区で自公以外からの候補者の方々が当選したこと!

辺野古移設など諸々の政策に対する住民の方々の気持ちがいかに強いかの表れだろうと思います。


まず平和!




さて今回は岡野雄一氏著『ペコロスの母に会いに行く』のレビューです。


「母は、人生の重荷を下したかのように、ゆっくりとゆっくりとボケていきました─
62歳、無名の“ハゲちゃびん"漫画家が施設に暮らす認知症の母との『可笑しく』も『切ない』日々を綴った感動のコミックエッセイ!
40歳で故郷長崎にUターンした漫画家(62歳)が、親の老いを見つめてきた日々の、笑えて、温かくて、どこか切ない家族の物語。
第42回日本漫画家協会賞優秀賞受賞!」


著者・岡野雄一氏についてデータベースより
―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ――  1950年長崎県長崎市生まれ。高校卒業後に上京、出版社に勤務し漫画雑誌などを担当する。
40歳の時、離婚をきっかけに、当時3歳だった息子を連れて長崎に戻る。
長崎では広告代理店の営業、ナイト系タウン誌の編集長などを経て、フリーライターに。
タウン誌などに描いていた漫画をまとめて、『ペコロスの玉手箱』『ペコロスの母に会いに行く』を自費出版。
自費出版本ながら、地元老舗書店で2ヶ月以上にわたってベストテンの1位をキープした。
2012年7月には『ペコロスの母に会いに行く』が西日本新聞社から出版され、認知症の母の今と昔をやさしく描くそのタッチとさわやかな感動が、SNSでの口コミやメディアを通じて広がり、2013年6月現在、14刷の16万部を売り上げるベストセラーとなる。
西日本新聞社と週刊朝日にて連載中。現在も長崎市に在住し、漫画を描きながら、母が居るグループホームを訪ねる日々を送っている。
―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― 

赤木春恵氏主演の映画化で一気に全国区になったので皆さんもきっとご存知だろうと思います。


2012年初め、著者の地元長崎で500部だけ自費出版した本が口コミで人気を集め、Facebookがきっかけで映画化が決定。

西日本新聞社から出版されてから12万部を突破するベストセラーとなったそうです。


主人公は、認知症と診断され施設に暮らす現在89歳の母。

母が見せる『人生の重荷を下ろしたとびっきりの笑顔』や著者のはげた頭を見て名前を思い出すエピソード、時折つぶやく亡き父との思い出話などを描いたコミックエッセイ。


「忘れること、ボケることは、悪いことばかりじゃないんだ。
母を見ていてそう思った」

3章の「母、少女になる」で描いた過去と現在の混沌とした世界を行き交う老母・みつえさんに著者はできるかぎり寄り添っています。

「ボケは神様が与えた最期のプレゼント」といわれるのが頷けるようなみつえさんの雰囲気。

そして4章「父、来る」から5章「父母の旅」と続いて老母の非現実上の遊びを丹念に描いています。

漫画になったみつえさんのかわいいこと!

認知症の親と生活を共にする、というのはきっときれいごとでは済まない様々な肉体的心理的軋轢があることは想像に難くありませんが、ここで描かれているみつえさんを見ているとそんな修羅を感じさせないゆったりした時間経過があります。

そして全篇を通して使われている長崎弁の豊かさ温かさにノックアウトされました~!


余談ですが、「ペコロス」とは、小型タマネギのこと、著者の特徴ある外見から名づけられた愛称のようです


残念ながらモデルとなったみつえさんは2014年8月に死去されたそうです。

ご冥福をお祈りいたします。

先日県北の友の家にこんにゃく作りのために出かけました。

その前夜は友の家から近場の温泉宿に泊まってささやかな卓球仲間の忘年会。

「かにづくし」(冷凍まるわかり…宿泊代が安いので無理ありませんけどね)の夕食のあと2時間のカラオケタイム。

男性2名、女性6名のいつものメンバー。

途中蕎麦処に寄りましたが、そこから見える中国山脈の一環・奈義山の頂は初冠雪で美しく輝いていました。

冠雪の奈義山頂に冬陽射し銀(しろかね)のごとく煌きてをり

友のご主人が育てられたこんにゃく芋で手作りしたこんにゃくのおいしさは昨年初体験して知っているのでみんな待ちに待った日。

手作りこんにゃくの出来立ての味を知らなかった頃は、たまにお店で見つけた手作りと書かれたちょっと高いこんにゃくをおいしいと感じていましたが、昨年友のこんにゃくの味を知ってからはどうしても必要以外買わなくなったほど。

出来立てを薄く切って酢味噌やわさび醤油で食べるのがいちばんおいしい。

煮物に入れるのがもったいないくらい。

こんにゃくと同時に作った豚汁で大いに盛り上がりました~。

写真を撮り忘れたので昨年のこんにゃく作り光景を →


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友人宅のすてきな飾りをお借りしました




さて本日はいま話題の角田光代氏著『紙の月』のご紹介です。


先日友人と3人で宮沢りえ主演の映画を観にいきました。

邦画は久しぶり。

何でもいま上り調子の監督さんという吉田大八さん。

映画自体と主演の宮沢りえさんがいろんな分野の賞を取られたことでより有名になったみたいですけど・・・感想はなんだかなあという感じ。

監督さんの解釈がイマイチ。

あまり魅力ある映画とは思えませんでした。


宮沢りえさんは硬質感があり魅力的でしたが痩せすぎて痛々しかったし相手役の男の子がいまひとつ魅力的ではなかったし、横領したお金を湯水のように使っての贅沢と濡れ場を軸としていて原作と大きく離れてしまった感。


もっとも原作は映画のあと読みました。

「ただ好きで、ただ会いたいだけだった―――
わかば銀行の支店から一億円が横領された。
容疑者は、梅澤梨花四十一歳。
二十五歳で結婚し専業主婦になったが、子どもには恵まれず、銀行でパート勤めを始めた。真面目な働きぶりで契約社員になった梨花。
そんなある日、顧客の孫である大学生の光太に出会うのだった・・・・・・。
あまりにもスリリングで、狂おしいまでに切実な、傑作長篇小説。
各紙誌でも大絶賛された、第二十五回柴田錬三郎賞受賞作、待望の文庫化」


表面上は優しく企業人としても申し分ない夫との平凡な生活への倦怠。

そろそろ子どもをと思った主人公の梨花がある夜夫を遠慮がちに誘ったことがきっかけでセックスレスになった夫婦。

子作りのあてのない状況を打破しようとパートとして銀行の営業に採用されたところから梨花の心理状態が微妙に変化していきます。

しか~し!

上記に貼り付けた出版社のデータベースにあるような「ただ好きで、ただ会いたいだけだった―――」という表現はどうか??

過去の実際に起こった銀行の横領事件のような愛憎劇が背景にあって横領せざるを得なかったかといえば・・・それはまさしくとはいえないものを原作に感じました。


それならなぜ梨花は横領を繰り返したか?

この単純な疑問は原作を読んでも明確には解決できなくて、それぞれの読者に委ねられているような。


原作をくまなく読んでも主人公・梨花と若者・光太の濃密な恋愛関係は読み取れないし、梨花のお金に対する執着も読み取れない。

だいたい光太の魅力が見出せない。

なのに何をして梨花をここまで動かしたのか、というのがわかるようでわからない、不思議な作品でした。


強いていえば、瑕疵の見当たらない夫の表面的には優しい言葉に反して時として神経を逆撫でするような言動が梨花に向って発せられ、それが彼女を傷つけ少しずつ追い詰めていったというところにあるといえばあるかもしれません。

そんな隙間に光太の積極的なアプローチが入り込んだとしかいいようがないのかも。


きっと主人公自身がこの犯罪の動機を明確に答えられないにちがいないと思います。


犯罪に手を染めたり不倫に走ったり離婚したりなどの人生のマイナス転機のきっかけは上述のように小さな心の変化や対人関係の齟齬、環境の変化などの積み重ねであり、一元的に言い表すことができないのと同じだと思います。。


ひとつのボタンの掛け違いが次々ドミノのように悪い方へ悪い方へと連鎖して、あるとき気がつけば既に引き返すことができなくなった、そんな感じがします。


いやはやお金ってこわい!


そしてラストの意外性。

梨花には生き延びてほしい、そんな切ない気持ちにさせる作品でした。

やっと年賀状を刷り終わりました~。

プリンタに不具合があり、A4用紙にはプリントできないので葉書はどうなるかと心配しましたが無事完了!

元気の証でもある夫の油彩画の中から夫が選んだ2点を配置して。

今回は風景画ばかりでちょっと色彩の明るさが欠けていますが、まあよしとしましょう、だれも思うほど夫の作品をじっくり見るわけじゃないし。。。
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運動公園
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Niagara Falls

クリスマスの日に心臓のカテーテルアブレーション(心筋焼灼術)という治療を受けるために最短3泊4日の入院を予定しているので、それまでに雑用を片付けておかなければと、今頃になってちょっと気が急きだしました。

数ヶ月前、友人からの強い勧めで時々起こっていた不整脈を専門医に診てもらい、不整脈チェッカーなるものを借りていたところ運よく(?)不整脈を拾うことができたのが発端。

チェッカーで記録した波形を見せたことろ心房細動という診断が下り、その場で入院治療スケデュールがあれよという間に組まれました。

それまでの間血栓予防のワーファリンと抗不整脈剤を飲み凌いでいますが、抗リウマチ剤も含め、あまりの薬の数が多く辟易、この治療を受けると運がよければワーファリンと抗不整脈剤は飲まなくてよくなるらしいのに希望を託して。

慣れないので飲み忘れがあったりで何度か失敗していて。

ワーファリンの血中濃度をチェックして安定させるのに毎週病院に通っていました。

現在はワーファリンと同種の薬が何種類か出ていて、血中濃度を測定しなくてもいいものもあるそうですが、薬価が高いという難点だけでなくいちばん自然なワーファリンを選んだ結果。

やっと基準値内に入って安定してきたようなのでもう入院まで行かなくてよくなりました。


その間1泊2日と2泊3日の旅行を3回、卓球、家事・・といっても料理だけですけど励んでいます(^^)


抗不整脈剤を服用していても数回長時間の不整脈が続いて、周囲がおとなしくしておくように気にしてくれますけど、病気に捉われないという意識が働いて。。。

早く年が明けるといいな~。






さて本日は三浦しをん・あさのあつこ・近藤史恵氏著『シティ・マラソンズ』をご紹介します。


「社長命令で、突然ニューヨークシティマラソンに参加することになった安部広和。
かつて家庭教師をしていた社長の娘・真結を監視しろというのだ。(「純白のライン」三浦しをん)
ニューヨークで、東京で、パリで。
彼らは、ふたたびスタートラインに立った―。
人気作家がアスリートのその後を描く、三つの都市を走る物語」


スポーツ系の作品が好きな私としては見逃せない一冊。


箱根駅伝をテーマの三浦しをん氏の『風が強く吹いている』や自転車ロードレースを扱った近藤史恵氏の『サクリファイス』をはじめとする一連の作品などに目がないので飛び着きました~。

三浦しをん氏『純白のライン』

あさのあつこ氏『フィニッシュ・ゲートから』

近藤史恵氏『金色の風』


スポーツ用品最大手のアシックスが期間限定でやったキャンペーン「のマラソン三都物語」のために白羽の矢が立った3人が書き下ろしたものだそうです。

アシックスも作家選びの目が高い!


いちばんアシックスの企画に忠実だったのはあさのあつこ氏の作品でしたが、東京マラソンを舞台に中高時代共に走った友人の挫折と再生に心を寄せる主人公の物語には泣かせます。


ニューヨークを舞台の三浦しをん氏の作品は著者の特徴全開で破天荒ながら全体をよくまとめていて感服。


私としていちばんよかったのがパリを舞台の近藤史恵氏の作品。

短篇ながら構成のうまさにさすが!と。


二十三歳の香坂夕は、母がバレエ教師のため小さい頃からバレエをやっていたが、五歳下の妹・朝美が飛びぬけた才能を現しハンブルグに17歳でバレエ留学をしたのを潮時にバレエをやめ、母の反対を押し切り半年間パリに語学留学した23歳の香坂夕が主人公。

「学校の体育の授業以外は、走ったことなんかなかった。
足を痛めるといけないし、毎日のレッスンでくたくたで、走ろうなんて考えは浮かばなかった」

「それでも心のどこかで、過去のわたしが悲鳴を上げている・・・
わたしがあんなに頑張った時間は、いったいどこにいってしまうの?
友だちと遊びに行きたかった。
お菓子だって食べたかった。
疲れた日は練習なんかせずに眠っていたかった。
頑張ったことに感謝する日なんて、結局こないのだ」

実らなかった過去を反芻しながら初のマラソンに挑む夕。

「泣きたいほど苦しくて、やめたくて、どうしてこんなことをやっているんだろうと思って。
そう、なにもかもが同じで、繰り返しだ。
わたしたちは同じことを繰り返す。
でもわたしは知っている。
ここを越えれば、また幸福を感じる時間がやってくる。
思い出した。
踊っているときもそうだった。
苦しいことしかなかったような気になっていたけど、何度も踊りながら幸福を感じた。
音とひとつになる幸福、拍手を浴びる幸福・・・
たぶん、走ることは祈りに似ている。
身体の隅々まで酸素を行き渡らせて、身体を透明にして、祈る・・・
そう、なにもかもが同じで、繰り返しだ。
わたしたちは同じことを繰り返す。
でもわたしは知っている。
ここを越えれば、また幸福を感じる時間がやってくる」

三人三様の物語、一晩で読めます!

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