VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2015年07月

鶴見俊輔氏が亡くなられましたね。

93歳の生涯。

最近紙上でも名前をお見かけしないと気になっていました。

外祖父は後藤新平、父親は政治家という血筋を負うことに反発してか小学生のうちから万引きや女遊び、自殺未遂を繰り返し早熟な究めつけの不良といわれ中学を退学や中退を繰り返したといわれる鶴見氏。

業を煮やした父親の計らいでアメリカの全寮制高等学校に入学したことで元来の花が徐々に開いていきたそうです。

ハーバード大学で経済学講師の都留重人氏との出会いによってプラグマティズムに触れ、その後の思想の基盤を築かれました。

その後無政府主義者としてFBIに逮捕され収容所に入ったり、帰国後海軍に入ったりという山あり谷ありの道を進まれましたが、戦後姉の鶴見和子氏の尽力で和子氏や丸山眞男氏、都留重人氏ら7人で「思想の科学研究会」を結成して雑誌『思想の科学』を創刊したころから若者たちの注目を集めるようになりました。


60年安保時には岸内閣による日米安全保障条約改定に反対、ベトナム戦争期には小田実氏とともに「ベ平連」を結成。

この頃から私の中で注目度が高くなり、やがて2004年に発足した「九条の会」の呼びかけ人の1人として登場され、自分にとって確固たる偉大な人になりました。

井上ひさし氏、梅原猛氏、大江健三郎氏、奥平康弘氏、小田実氏、加藤周一氏、澤地久枝氏、鶴見俊輔氏、三木睦子氏

発足当時の9人の呼びかけ人のうち6人の方々は黄泉へと旅立たれてしまいました。


公の場で強く平和を訴えていらっしゃる大江健三郎氏と澤地久枝氏の年老いた姿が胸に迫って・・・

もし鶴見氏がご存命なら上記のお2人のように命を賭して抗議なさるだろうと思うといてもたってもいられない気持ち・・・25日に行われた「戦争法案成立に反対する市民集会&パレード」に途中から参加して歩いてきました。


不調の上あまりの暑さに消耗し、帰宅後寝込んだので夫には内緒にしていますけど。






さて本日は立原幹氏著『風のように光のように 父 立原正秋』のご紹介です。

「娘から父へ―。
余りに激しく、余りにも美しい“父恋の記”。
五十四年の生涯を風のように駆け抜けて逝った立原正秋。父の美意識を間近に見て育った愛娘が、今は亡き父への深い思慕を綴った愛と鎮魂の記」


立原正秋氏の作品はいくつか読んでいますが、今調べてみたところブログにアップしたものはありませんでした。

また時を改めアップしたいと思っています。


54歳という若さで亡くなられた立原氏、食道ガンだったそうです。

体調を崩す前後の立原氏の様子は本書に書かれていますが、最初は医師にも見つけられなくて病院を転院して最期を迎えられたようです。


序文を書かれた田辺聖子氏の記されているように本書は作家である父を愛してやまない娘の記録です。

「この本は立原さんの愛嬢、幹さんの『父恋の記』であるが、あまい感傷ではなく、静謐であたたかな追憶が抑制の利いた筆で語られ、その清冽な悲しみは読者の共感を誘う」


27歳で最愛の父を喪った著者。

その父もまた娘恋であり、大学を卒業しても世間に触れさせず秘書という名目でそばに置いたといいます。

そういった父娘密着の生活から著者は父特有の美意識を共有し、父以外の世界を知らず過ごすなかで父との永劫の別れを受け止めることが長い間できなかったのは必然といえるでしょう。

著者が外で怪我をするような危険な目に遭うことを父親は嫌がるあまり雨の日に学校へ行くことすら拘ったそうです。

本書を通してこの父娘の来し方はどうなんだろう、と疑問が浮かんでは消え・・・。

いずれ娘は後に残されるというのが世間一般の道筋だと思います。


著者が置き去りにされたようなただならぬ喪失感を抱いたとしてもさもありなん、あの世があるなら立原氏は娘のこの孤独を愛の証として満足して見つめられているのでしょうか。


立原氏の数々の作品からは計り知れない娘に対する偏愛の深さを感じずにはいられませんでした。

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季節外れの台風が去りましたが、被害はいかがだったでしょうか?

お見舞い申し上げます。

我が家ではベランダのゴーヤの支柱が倒れたのと強風に煽られてリビングに飾ってあった1hourの砂時計が粉々になったくらい、いつも災害から免れる当地で申し訳ないと思うほどです。


さて言葉が自由に羽ばたく昨今、○○ガールという言葉をよく見かけます。

山ガール、森ガール、囲碁ガール、虫ガール、珍しいところで歴女の流れをくむ御朱印ガールというのもあるそうです。

造語がどんどん増えていってそのうち定着したものは広辞苑に乗るのでしょうか?

上記の○○ガールのうち、その昔の私はさしずめ虫ガールだったかもしれないなと。

マンション暮らしの現在は虫にはほとんど縁がありませんが、若い母だったとき野生児の長男の影響で文字通り虫とともに過ごしていた時期があります。

後ろに小さな山を背負って蛇やムカデなどの出現が日常だった自然豊かなところに住んでいて家中虫だらけの生活。

網戸で蝉や蝶、蝉を羽化させたり、かいこやトカゲを飼ったり、カブトムシやクワガタは年中を通して卵~成虫という過程で飼育していました。

今でもトカゲを手に乗せることができるし、青虫の背中も撫でられます。

ヤモリも平気・・・自慢になりませんけど。

長男は4歳くらいでもう田んぼの中から両手にあまるほどの大きな食用蛙を何匹も捕まえていました。

小さな蛇を首に巻いて帰ったのを見て卒倒しそうになったこともあります。

長じて・・・お嫁ちゃんに聞いたのですが、ゴキブリが苦手でお嫁ちゃんに叩いてもらうとのこと・・・呆れました。

3歳くらいのころ耳鼻科の待合室でゴキブリを捕まえて自動車に見立ててブーブーといいながら動かして遊んでいて周囲を飛びのかせたこともあったのに(――;)



さてまた話は変わり、先日衆院特別委員会で強行採決された安保関連法案ですが、法案成立を阻止できるチャンスは残されてます。

成立するには同一の会期内に衆議院と参議院の両方を過半数の賛成で通過する道のりともう1つは参議院が衆議院から法律案を受け取って60日以内に議決しないときに衆議院の3分の2以上の賛成で再議決する道のりがあります。

衆議院特別委員会で強行採決されて本会議で採決されても、参議院で可決されなければ法案成立しないのと、参議院で可決しないまま60日経ったとしても、衆議院で再議決しない限り成立はしません。


9月27日までというこの臨時国会の会期中に議決できなかった場合は廃案となるそうです。

 
既に参議院に送られましたが会期末となり「継続審議」になった場合、次の国会では衆議院はもう一度最初から審議をやり直すことになります。

まだまだ反対の声を届ける時間が残されています。

学生の方々も本気モードに突入したようで頼もしく応援しています。


主婦である私も微力ながら拡散や署名を続けたいと思います。





さて本日は久しぶりの吉村昭氏、最晩年の連載随筆をまとめた作品です。

吉村昭氏著『回り灯籠』


「『この世を飛び去るに及んできれいに死を迎えたい』
自らが描き続けてきた歴史上の人物のように、潔く死と向きあった作家・吉村昭。
死生観や取材の思い出などを綴った最後の連載随筆をまとめた一冊。
城山三郎との対談も収録」


作家と作品とは別個に評価するというのも1つの評価方法としては正しいと思いますが、作家あっての作品という意味において吉村氏は私の最も尊敬する作家さんです。


断捨離を視野に入れてあまり本を残さないというのを実行している私ですが、吉村作品はほとんどを網羅して本箱に並んでいます。

この作家にしてこの作品ありという作品の数々。


本書はくだけたエッセイ集ですが、締め切りに遅れたことがないという吉村氏の実直かつ高潔という気風がそこここに表われていて心温まる一冊になっています。


『大黒屋光太夫』を執筆の折に編集者に漏らした「書き終えるまで死にたくないと何度も思った」という言葉は出版の際キャッチコピーとして出版社に使われたそうですが、すべての作品、特に長編小説の執筆中にはいつも感じていたことといいます。


地道に史実を追い続け、取材を重ねて数多くの作品を上梓された著者、1つの長編を書き上げるための取材の綿密さは類を見ないというのは有名な話ですが、事実を書くということに対してご自分に課した鉄則の厳しさに関してはいくつかのエッセイで目にしているので史実に基づく吉村作品に対する読者の信頼度はとても深いのではないでしょうか。


「勝者の歴史」というエッセイの中で、明治維新によって敗者である幕府が全否定されたあと、ずっとあとになって修正されつつあるという例を示し、第二次世界大戦の総括について「勝者によって形作られた歴史の縄でくくられて、身動きすることもできないでいるが、その歴史に客観的な解釈が下されるのは、百年後か、それとも二百年、三百年たってからか・・・ゆがめられた歴史、自国の歴史すら修正されることは容易ではなく、歳月という時間の流れにたよるほかはない」と記していらっしゃいます。


一時的な感情を排して一歩退いて冷徹に全体を見渡す目にとても優れていながら、人間的な滋味のある著者。


学習院大学時代には古典落語研究会を立ち上げ寄席を開催したというエピソードを記した「志ん生さん」も興味深く、そういえば燻し銀のようなユーモアのセンスも感じられたなぁと懐かしくなりました。


そしていちばん心に残ったのは「大地震と潜水艦」。

『関東大震災』を執筆されるときの取材で目にした震災の記録に載っていた挿話としてイギリス人脚本家・スキータレツの手記を通して日本人の気質に触れておられます。

「日本人の群衆は、驚くべき沈着さをもっていた。
庭に集まった者の大半は女と子供であったらが、だれ一人騒ぐ者もなく、高い声さえあげず涙も流さず、ヒステリーの発作も起こさなかった。
すべてが平静な態度をとっていて、人に会えば腰を低くかがめて日本式の挨拶をし、子供たちも泣くこともなくおとなしく母親の傍らに坐っていた」

外国人の目を通して日本人の実直な姿が描かれていますが、戦時中に松山沖で事故のため沈没した潜水艦が、戦後引き上げられたとき乗組員が眠っているようにそれぞれベッドの上で横たわっていたが、外国の潜水艦が沈没して引き上げられたとき、我先に脱出しようと争った後があり凄惨なものだという話とともに吉村氏は日本人を次のように総括しています。

「イギリスの脚本家の手記に見られる日本人たち。
それは私自身でもあるような気がする」

その通りのご自分で選ばれた覚悟の旅立ちでした。


確かに20年前の阪神淡路大震災でも4年前の東日本大震災でも同じような姿がそこここで見られました。


阪神淡路大震災の被災者だった私も半斤の食パンをダイエーで買うときも長い列に、被災者同士慰め合いながら4時間並んだことを思い出しました。


誇るべき日本人の気質、どんな状態のときも冷静な粘り強さと礼儀正しさは9条とともに日本の誇るべき財産だと思いました。


今吉村氏がご存命だったら、平和が傾きかけている現在の日本丸をどんな目で眺めていらっしゃるでしょうか?

高い湿度と暑さと気圧が私を打ちのめしています。

先日受診した折の炎症数値も思ったほど低くなく・・・

医師曰く次回まで様子を見て加薬を考えようかと・・・。

3ヶ月ほど前に限度すれすれまで増薬したのに。


などと思い悩んでも仕方ないので日々を楽しく。


運動のため毎週参加している卓球場が老朽化のため11月で閉鎖することが決まりました。

私たちぐうたら集団6名以外、試合などに参加するのを目的のがんばり屋さん集団も多くその人たちはどこへ移動するのか・・・

私たちもせっかく続けているのだからと手分けして各所を当たっていますが、理想的な卓球場がなかなかなく・・・。

先日候補のひとつに行ってみたのですがやたら照明が暗くなんだかなあという感じ。


意志薄弱の私のようなものにとっては楽しみながらできるトレーニングを探すのはとても難しいです。


話は変わって・・・

知人の畑で採れた夏野菜をたくさんいただきました。

写真のトマトはほんの一部、トマトだけで写真の5倍くらい、あと山ほどの茄子。

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友人たちと分け合ってそれぞれ料理に励みました~。

トマトソース、サラダ、茄子の糠漬けなどなど。

小ぶりの茄子はそのままパプリカやしいたけと素揚げしてあらかじめ作っておいた醤油ベースの出汁に漬けました。

これは夫の大好物、夏野菜が出回るころは酒の肴にいつも作ります。

冷蔵庫に入れておくと味がしみて数日楽しめます。

あと茄子カレーも作りました。

今日はそれに加えて野菜スープとセロリのサラダ。4eaf87f0.jpg
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早めに夕食の仕度を終えるとラクチンです(*^_^*)









さて本日は真山仁氏著『雨に泣いてる』をご紹介したいと思います。


「3月11日、宮城県沖を震源地とする巨大地震が発生し、東北地方は壊滅的な打撃を受けた。
毎朝新聞社会部記者の大嶽圭介は志願し現地取材に向かう。
阪神・淡路大震災の際の“失敗”を克服するため、どうしても被災地に行きたかったのだ。
被災地に入った大嶽を待っていたのは、ベテラン記者もが言葉を失うほどの惨状と、取材中に被災し行方不明になった新人記者の松本真希子を捜索してほしいという特命だった。過酷な取材を敢行しながら松本を捜す大嶽は、津波で亡くなった地元で尊敬を集める僧侶の素性が、13年前に放火殺人で指名手配を受けている凶悪犯だと知る…。
最大の挑戦にして、最高到達点。心を撃ち抜く衝撃の社会派ミステリ誕生」


真山仁氏は私の好きな作家さんの1人。


図書館で著者名を見てチョイスしたもののタイトルから想像できない内容でした。


著者にとって本書は約8年ぶりの書き下ろし小説だそうです。

本書執筆の動機について著者は次のように語っていらっしゃいます。

「被災地を舞台にした作品ですが、本作はいわゆる“震災小説”ではありません。
極限の状況で葛藤する新聞記者の姿を通して、私たちが目を逸らしてきた“影”の部分に光を当てたいという強い思いが発端でした。
さらに、人はなぜ過ちを犯すのか。
その過ちは償えないのかについても考えたいと物語を進めました。
そして、私が今後貫いていきたいファイティングポーズの具現でもあります」



舞台は東日本大震災が起きた直後の被災地。


1人の中堅の新聞記者・大獄圭介を主人公に据え、空前絶後の状態に破壊された被災地で、全世界の人々にありのままを伝えるという目的を持って困難な取材に立ち向かう姿を骨子に骨太の作品になっていますが、主題はそれだけに留まらず、後半からは人徳者として地元の人々の尊敬を集めていた少林寺の住職・心赦和尚の過去を辿り13年前の放火殺人事件の真相を追及していくという大きな2本の柱をテーマに描いています。


物語の中で語られる自衛官の命を賭した活動には頭が下がります。

瓦礫撤去の際釘を踏み抜いて破傷風になる自衛官が跡を絶たないという現状。

安全靴を履くべきだが広範囲の原発事故対策に必死で全てが後手後手に回っているのが現状だったといいます。

遡ること、三十万人以上もの死者を出したハイチの大地震発生の折、国連安保理が国連ハイチ安定化ミッションを採択し、日本からも陸自によるPKO部隊が派遣されたのは記憶に新しいと思います。


コレラなどの伝染病と闘いながら、首都機能の再建活動を支援したという陸自1尉・青田と大獄との会話。

「ハイチは大変だったでしょう」

「この世の地獄でした・・・
ハイチでは、その惨状に圧倒されました。
打ちのめされたと言ってもいいです。
これほど容赦なく自然は都市を破壊できるのか、と恐怖を覚えました。
同時に、人が生きるためには、モチベーションがいかに大切であるかも知りました。
絶対に負けたら死ぬしかない。
そんな異常な場所でした」


このような事実に近い物語を織り込むのと並行して、殺人事件の犯人の逃亡の果ての来し方をもテーマにしていてかなり重い。


背景の大震災があまりにも大きなテーマゆえ、ミステリーとしての物語がかなり霞んでしまったという印象を持ってしまいました。


せっかくの骨太の内容なのに二兎追うことの難しさを感じた作品でした。

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くちなしの甘く匂へるゆふまぐれひたすら希ふことひとつあり
集中豪雨、箱根の噴火など次々と起こる天変地異に加えて新幹線での焼身自殺や幼児虐待・・・新聞やTVを観たくないほどです。

今安保法案が正念場の国会もけっして首相がおっしゃるように活発な意見交換の場とはいえない膠着状態が続いています。

ギリシャのデフォルトもすぐ日本経済の市場に大きな揺さぶりを与えているし、決して他人事ではない将来の日本の姿を暗示しているようでこわい。


そんな中、友人のAさんが送ってくださった「安全保障関連法案に反対する学者の会」の資料、賛同署名のお誘いです。

もし賛同されるようでしたら署名をお願いできたらと思います。

樋口陽一氏はじめ尊敬する方々が名を連ねていらっしゃいます。

学者の会と銘打っていますが一般市民の私たちも署名OKだそうです。

署名フォーム → 





さて本日は桜木紫乃氏著『無垢の領域』のレビューです。


「知らないままでいられたら、気づかないままだったら、どんなに幸福だっただろう――
革命児と称される若手図書館長、中途半端な才能に苦悩しながらも半身が不自由な母と同居する書道家と養護教諭の妻。
悪意も邪気もない『子どものような』純香がこの街に来た瞬間から、大人たちが心の奥に隠していた『嫉妬』の芽が顔をのぞかせる――。
いま最も注目される著者が満を持して放つ、繊細で強烈な本格長篇」

『ホテルローヤル』で直木賞を受賞した著者の受賞後1作目。


長編で勝負。

北海道在住の著者の舞台はいつも北海道。

本書も釧路です。

著者が描く北海道は都会も僻地も内陸も海に面しているところも並べて鉛色の空と白い雪の印象が際立ちます。


垂れ込めるような陰鬱の中それぞれの登場人物はそれぞれの職業または趣味を超えたものを持っていますが、本書の登場人物は図書館長と書道家、彼らを取り巻く人々。


「革命児」と呼ばれ地方再生の足がかりを作るために奔走する図書館長の信輝と妹の純香、認知症の母を抱える書道家の秋津と妻の伶子。

4人の視線での語りが交互に繰り返されながら物語が進みます。

それにしても書道家としての秋津の描き方のすごさ!

作家の目はまるで書道を知り尽くしているよう。

批評欄で著者の半端ない取材力について触れていたのを読んだことがありますがなるほど。


作中に登場するポール・ボウルズ氏著の『極地の空(シェルタリング・スカイ)』の一節に出てくる「観光客(ツーリスト)」を1つのメタファとして信輝と秋津の妻・怜子の間の秘めごとに挟み、そして気がつくと同じ場所をくるくる回り続けるツーリストとしての人間の存在の根源に迫っているところ・・・好きかどうかは別にしてすごい小説です。


秋津が対峙する書のための白い和紙と、その上に乗せていく真っ黒な墨。


生まれながら天使の心を持つ信輝の妹・純香の存在が作品に大きな役割を果たして物語は思わぬ方向へ唐突に傾れていきます。

唐突と思ったのは読者のみで著者としては持ち前の用意周到さでこの終盤を用意していたのでしょう。

すさまじい閉塞感。

人間の心の深遠を見事に描いた作品といえると思います。

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ウィークデイも土日もなく早朝から夜中まで働いている次男が、あろうことか、偶然通りかかったペットショップの豆しばがあまりに可愛いので抱っこしたところ安心したように腕の中ですやすや眠ったのでますます離れがたく、飼いたさがムクムク湧いてその場でしばらく「飼いたい、でも飼えない」がしのぎを削った結果、「飼いたい」が勝ってついに買った・・・というのを事後写メが送られて知りました。

ペットショップで迷っていたとき私に電話があり、昔柴犬を飼っていたときの困難だったことなど聞いてきたので、生半可では飼えないこと話したのですが・・・。

厳しい労働時間の上、独身(――;)

ガールフレンドでもいればまだ安心ですが・・・。

考えただけで無理だと思うのにペットショップのスタッフの方は止めてくれなかったのでしょうか。


生後2ヶ月の女の子。

4月生まれなので「小春」と名付けたといいます。

    

写メがたくさん送られてきて(私が頼んだのですが)あまりに小さくて切ないほどかわいくて・・・私の心配がますます増えました。

小春タン、果たして無事に育つのかしら。


成人した子どもたちとの関係で私はいらないお世話は極力しないスタンスでいましたが、今回ばかりはあまりの心配で問題点を次々指摘せざるを得ず・・結果、大丈夫だからと、とてもうるさがられてしまいました。


いくら仕事面で用意周到でも相手はちいさなちいさな命をもつ小春。


あまりに幼くまだまだ保護者のたくさんの愛情を必要としているし、それよりなにより1日3回の餌、1日十何回のおしっことうんちの世話・・・想像しただけで心配が最高潮になって・・・いますぐ駆けつけたいほど。


次男の手に小さな命が握られています。


どうかどうか無事成長してくれますようにと祈らずにいられません。





さて今日は岡本貴也氏著『神様の休日 僕らはまためぐり逢う』のご紹介です。


「大切な人、家、仕事、夢、希望…。
すべてを失った僕が、生きるために選んだのは、修復師となって、死と向き合うことだった。
実話を元に紡がれた真実の物語」


ネット&現実でも交流のあるAさんが「涙があふれた作品」と言われていたのですぐamazonで注文しました。

大切な人、家、仕事、夢、希望……。
すべてを失った僕が、生きるために選んだのは、
修復師となって、死と向き合うことだった。
(帯より)


作品の舞台は震災のニュースなどにもよく取り上げられていた陸前高田や大槌など周辺。


東日本大震災で最愛の妻と息子2人を亡くされた川村祐也さんの実話をもとにライターの岡本貴也氏が書かれたものです。

「あとがきにかえて」の中で川村祐也さんは大震災で妻子を亡くしたあと人との出会いによって修復師になるまでを記していらっしゃいます。

「2011年3月11日、私は妻、11ヶ月の長男、そして生まれてたった七日の次男を亡くしました。
出張中で家を離れていた私が、流された家の中で妻と長男を発見したのは震災の2日後、次男と会えたのは約一ヵ月後のことでした・・・
合同葬儀を終えた後、私は仕事を辞め、家族と暮らした町も離れました。
家族の後を追って死ねたら、どんなに楽だろうとさえ思いました。
でも、死ぬことも、何をすることもできず3ヶ月ほど経った頃、被災地でボランティアとして復元納棺を続けている笹原留似子さんの存在を知りました。
初めて会ったとき、笹原さんは私に「生きていてくれて、ありがとう」と声をかけてくださいました。
その一言に「僕は生きていていいんだ」「生きてやらなくてはけないことがあるんだ」と救われました・・・
震災から一年は「助けてあげられなくて、ごめんね」と家族に謝ってばかりでした。
でも今は「自分のところに来てくれてありがとう」と語りかけています。
震災は多くのものを僕から奪っていきました。
でも、今回の経験を通じて、人はひとりでは生きていけない、誰かに出会って支えられて初めて、人は生きていくことができるのだと知りました」


本書の章立ては「以前」と「以後」の二つ。

震災「以前」では、主人公の不幸な生い立ちから後に妻になるえり奈との出会い、彼女の両親の猛反対を経ていっときは別れたものの、直後に妊娠がわかり、結婚にこぎつけるまでが冗長と思えるほど細かく描かれています。

そして震災「以後」・・・ドキュメンタリーと見紛うほど密度の濃い内容となっています。

主人公・彰紀が3月に遠洋漁業から帰ってくる直前、もうすぐ最愛の家族・・生まれたばかりの次男に会えるというところで大震災に遭います。


必死に妻子を探す彰紀の姿が目に浮かんで苦しくなるほど。

彰紀のような人がどれくらいいたのか、そして今も遺体を捜し続けている人のことを思うと胸が張り裂けそう。

そしてやっと見つかった妻子との再会と別れ・・涙があふれて読めないほどです。


かの大震災で喪ったものや人、過去と未来・・・想像を絶する苦しみや悲しみから立ち上がれなかった人、今も立ち上がれないでいる人のことを思うと胸がつぶれそうです。

もしも神様がいるとしたら、あの日、神様は何をしていたのだろう

「なあ・・・。どうしてこんなことになっちまったんだろうな」

「神様が、休んでたんじゃねえのか」


彰紀と同じように妻子を亡くした人との会話からタイトルが生まれました。

これ以上は読んでいただいて少しでもあの大震災のあとの苦しみを共感できたらと思います。

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