VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2015年08月

疲れてくじけそうなときに・・・


疲れた人は、しばし路傍の草に腰を下ろして、道行く人を眺めるがよい。
人は決してそう遠くへは行くまい       イワン・ツルゲーネフ

さあ、俺も立ち上がるかな まあ、もう少し座っていよう
武者小路実篤


人は生まれて、生きて、死ぬ、これだけでたいしたもんだ
ビートたけし


涙とともにパンを食べたものでなければ、人生の味は分からない
ゲーテ


病気を利用して何かトクすることはできないか・・・
私は病身だったので病気をずいぶん、利用した。
負け惜しみではなく病気を骨までしゃぶって、私の人生の三分の一は自分の病気を利用することにあったといっていい。
かなりのトクをしたと思っている(トクとは決して物質的なことだけではない。精神的なものでもある)
そしてそれからどんなことでも人生に起こるもので利用できぬものはないと思うようになっている。
人生の廃物利用のコツを多少は会得したつもりである。 遠藤周作


明日地球が壊れようとも、私は林檎の木を植える
マルティン・ルター


「死は、人生の終末ではない、生涯の完成である。希望は、強い勇気であり、新たな意志である」

マルティン・ルターはこのような死生観を通して上述の有名な林檎の木のフレーズを遺しています。



本日ご紹介する作品はこのルターの箴言から派生させた言葉をタイトルにしたものです。


樋野興夫氏著『明日この世を去るとしても今日の花に水をやりなさい』


書店の店頭で平積みになっているのでご存知の方も多いと思います。

「『あれもこれも』より『これしかない』で生きる、病気になっても病人ではない…。
メスも薬も使わず、3000人以上のがん患者と家族に生きる希望を与えた『がん哲学外来』創始者の、心揺さぶる言葉の処方箋」

著者・桶野氏は順天堂大学医学部の腫瘍病理学の教授として多忙な日々を過ごされている病理学者です。

「偉大なるお節介」として2008年に著者がたったひとりで始めた「がん哲学外来」がいまや全国に80箇所以上の拠点(がん哲学外来メディカルカフェ)を構えるまでになっているそうです。


相手の気持ちに寄り添い、相手が必要としていることをサポートするという「偉大なるお節介」をやくために著者は「暇げな風貌」でゆったりと患者さんやその家族と向き合うのを基本にしているそう。


あなたの品性ある人生こそ、大切な人への贈り物なのです。

メスも薬も使わず、言葉の力でがんと闘い、2000人以上を救った圧倒的死生観。

がんになると、多くの人が自らの「死」を意識し始めます。

そしてそのうちの約3割の方がうつ的な症状を呈します。

がんになったことで生きる希望を失ったり、生きる意味が見出せなくなったりし、うつ的な状態に陥ってしまうのです。

 うつ的な症状を解消するには、患者さんの思考そのものを前向きなものに変えてあげる必要があります。

そのきっかけとなるのが言葉の処方箋であり、人間の根源に触れる問いかけです。

 生きていれば、嫌なことやつらいことや困ったことの一つや二つはあるでしょうし、病気にはなっていなくてもそれよりも大変な出来事に直面することだってあるでしょう。

 そのようなとき、本書で紹介している言葉の処方箋を思い出してください。

生きるとは何か。

自分の使命とは何か。

言葉の処方箋を持てるとその言葉を軸に物事が考えられるようになるのです。

第1章 人生の使命を全うするまで、人は死なない
第2章 自分の生涯を贈りものにする
第3章 最も大切なものはゴミ箱の中にある
第4章 命に期限はありません
第5章 最後に残るのは、人とのつながり
第6章 小さな習慣で心が豊かになる

本書には著者がいままでの来し方を通して大切に思ったことを著者の言葉でアレンジした処方箋が散りばめられています。

がん患者というより人として生きるためにとても大切なこと、見落としていることを発見する手がかりを与えてくれます。

「最も大切なものはゴミ箱の中にある」もその中のひとつ。

ぜひ枕辺に一冊どうぞ!

以前日記に書いた独り身の次男が子犬を飼ったこと・・・あれから4ヶ月、餓死もせずのびのび育っている・・・ことがわかってほっとしています。

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ときどき送られてくる写メ。

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予防接種も済んでの初散歩の写メが最新。


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鬱々とした毎日を過ごしている私はスマホにもipadにもデスクトップにも貼り付けて、果てはスライドショーにして飽きもせず眺めています。

赤ちゃんからものすごい勢いで成長している小春を追っていると驚くばかり。

人間の子どもに換算するともう5歳くらいかな。

新しい孫みたいな感じ、入れ込んでいます。




さて本日は香納諒一氏著『心に雹の降りしきる』をご紹介します。

「7年前に行方不明になった少女の遺留品が発見され、県警捜査一課の都筑は捜査を再開。
数日後、情報をもたらした探偵・梅崎が死体で発見され…」


1963年横浜生まれ。
早稲田大学卒業後出版社勤務
1991年『ハミングで二番まで』で小説推理新人賞受賞
1992年『時よ夜の海に瞑れ』で長編デビュー
1999年『幻の女』で第52回日本推理作家協会賞受賞
2012年『心に雹の降りしきる』で「このミステリがすごい!2012年版」9位


祈りは天に、想いは胸に。香納諒一が、刑事の魂を描き切る! 
はぐれ刑事の複雑な人間像。
衰微する地方都市の実態。
錯綜する事件の構図。
驚愕の真相。
すべてを、ここまで深く描けるとは……。
香納諒一の警察小説は、どこまで進化するのだ!(文藝評論家:細谷正充)

これぞハードボイルド! 
これぞ男の物語! 
涙や感動を押し付けるしゃらくさい小説や、これ見よがしのドンデン返しをカマす猪口才な小説の氾濫に飽き飽きしている大人の読者に捧ぐ。
まさに生一本! 
純度100%の超弩級警察小説!(有隣堂アトレ恵比寿店:梅原潤一)

上述の専門家のレビューを見ていただければ私のたどたどしいレビューは必要ないと思いますけど、ほんの少し。

本書の主人公はダメ刑事を絵に描いたような山下県警捜査一課都筑寅太郎刑事。

ダメ刑事といってもさまざまな意味合いが含まれますが、一言でいえば正真正銘な悪党にもなれ切れない不良警官といったところでしょうか。

3歳の時に行方不明になった井狩理絵という女の子の捜査を7年間続けてきた都築。

理絵が既に殺害されているにちがいないと思いつつ外食チェーン店を経営する父親・井狩治夫の熱意と要求に引きずられるように形だけの捜査を続けているだけでなく、興信所の調査員を雇ったり、有力情報に100万&娘を連れ帰った者に300万円の報奨金を出すという父親・井狩の娘への愛情を利用して報奨金をせしめた過去を持っています。

二人1組での捜査の基本を破り、単独捜査を好み、捜査活動中と偽って車での昼寝は常時という自己破滅が目前という不良警官。 

そんな主人公が理絵ちゃんがらみで知り合った興信所の調査員の殺人事件を契機に徐々に真相へと踏み込んでいく段階でハードボイルド系に変貌していくあたり目が離せません。

プライベートでも不本意な人生を送っている都築刑事が捜査を進めていく段階で黒い影に角材で殴られ、首を絞められ、車のトランクに押し込められたりとスリルフルな展開。

ラストはすべて終結してハッピーエンドとなるという爽やかな読後感ではありますが、途中複数の事件が絡み合い、揉み合うという盛り込みすぎ感があり、そこが惜しいところではありました。


著者の作品は初めてですが、この主人公のシリーズが刊行されれば読んでみたいと思います。

たくさんアップする予定の作品が溜まっているのに体力気力がなくてぐうたらな日を過ごしています。

短歌だけは気に染まない歌ながらほぼ毎日一首提出していますけど。

何かをやろうという気が起こらない。

すべてを取り払っても料理だけは残ると思っていたのにどうしても手の込んだものを作る気になれず・・・。

夫の健康を預かっているのでいけないと思いながら。

キッチン男子となった夫の手を借りながら暮らしています。


手術後持病の定期的な通院があったので、加薬について相談しましたが、手術直後なので見合わせましょう、ということで次回まで延ばすことになりました。

1ヵ月後の加薬してもそれが効いたと体感できるのは数ヶ月後と思うと何だか険しい道のりです。

今までもこういう状態はあったのに今回はなぜか打ちのめされています。


何か楽しみを見出さなければ!






さて今回は古いところで有吉佐和子氏著『断弦』をご紹介します。


「大検校菊沢寿久が守ってきた、深く寂しく強靱な生命力を底に流す地唄の世界。
継承者として期待された娘の邦枝は、偉大な父に背いて日系二世の男と結婚、渡米する。
古き伝統の闇と新旧世代の断絶、親子の確執を描くデビュー作「地唄」を収録した初の長編小説。
若き有吉佐和子の圧倒的筆力と完成度の高さに酔う!」


著者の没後30年を記念して名著復刊版として2014年に刊行されたものです。


地唄の名人である盲目の父親と、アメリカに渡った娘との凄まじい愛情の確執、芸へのひたむきさを描いた著者初の記念的長編。


著者23歳のときの書き下ろし長編ということですが、円熟味が半端ない完成度の高い筆運びに驚きます。


本書は第一章から第五章までの構成、第二章の「地唄」は著者の代表作として有名、昔読んだ記憶があり、それぞれの章は独立して成り立っていますが、第五章までをまとめてひとつの物語となっています。


主人公は地唄の大検校・盲目の菊沢寿久と一人娘・邦枝。

手塩にかけ後継者として育てた娘・邦枝が米国籍の二世と結婚することで激高、親子の断絶を言い渡した父と娘の葛藤が中心となっています。


伝統の中から新しいものが生まれるのを許さないところからくる断絶。

大検校菊沢寿久が命を削って護ってきた古典的な作品の世界は頼みにしていた娘にも期待をかけていた弟子の菊守光也にも背かれた形で継承が危ぶまれます。


「弟子に、人間に、愛想を尽かして、伝える気を失っていた古曲三千を、正確な記憶力を持つ機械を相手に、今、大検校は彼の芸と技のあるだけを披瀝しようとしているのだった・・・死後、そのテープを手懸かりに、彼の芸を発展させる者が現れるかどうか・・・大検校は考えなかった」

そういう闇の状態の中、突如表われた新人類ともいうべき若い瑠璃子。

この伝統の重を特に深く感じることのない現代娘が大検校菊沢寿久の頑なな心を少しずつ解かしていっただけでなく、邦枝との断絶をも解きほぐすという役割を果たしていくのがおもしろい。


現代っ子の明るさを持った瑠璃子の感覚が地味な伝統芸の世界に風を通すというところが本書の見どころでもあります。

恐るべし 有吉佐和子!

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お盆の混雑を避けて7月末より帰省して8月8日に帰宅したアスカとアスカママ。

今回はその2人の帰宅後に突然襲った出来事について記したいと思います。


午後2人を駅に送って数時間後、残り物で夕食を済ませた直後のこと。

最初はアレッという程度の腹痛、たくさんあった残り物の一部を食べたので食当たりかなと軽く考えていましたが、徐々に周期的な腹痛が強まり、ベッドに横になるにも落ち着かないほどになりました。

車で夫に救急病院に連れて行ってもらう決心をするまでに4時間弱。

1軒目の病院で2~3時間待ちだからと別の病院の一覧表を渡され、夫がその中から選んだ総合病院に電話を掛けると幸い受けていただけるということになりそちらへ。

やはり多くの患者さんが待合室に待機されていましたが、30分ほどで診察していただけました。

その間腹部の痛みはどんどん強くなり・・・

どこの救急でもそのようですが、大方当番医は研修医か若手の医師。

ここでも研修医の表示のある医師でしたが、血液検査後結果が出た時点で先輩医師が加わり、更に腹部レントゲンと超音波の結果がわかった時点で今度は外科の医師がどこからか駆けつけ・・・というようにどんどん医師が増え・・・再度レントゲンとCTを撮り、やっと結果が出ました。

絞扼性イレウス

「絞殺」と「扼殺」の入り混じったおどろおどろしい聞きなれない病名。

腸閉塞を表すイレウスには2種類あるそうですが、絞扼性イレウスは全身状態が急激に悪化するため速やかな手術が必要ということで、休日のそれも深夜3時過ぎ緊急手術ということになり医師や看護師の方々に大変にお世話になってしまいました。

一本の葦なるわれの茎の傷大いなる手が癒したまへり

開腹せず腹腔鏡での手術で済んだのは、医師たちが最速で判断行動してくださったからに他なりません。

腹部に3つ穴を開けただけの腹腔鏡手術だったので5日間で済んだ入院生活。

点滴のリズムに合はせヴィヴァルディをハミングすれば繭籠りも愉し


それにしても昨年末から続くさまざまなアクシデント、いささか心身ともに疲れました。

短期間の入院でしたが、病院は様々な種類や段階の悲喜が凝縮して漂っているのが肌を通してひしひしと感じられて。

つくづく何も起こらないことの幸せを大切にしなければと・・・毎回・・・思います。





さて本日は木崎さと子氏著『青桐』をご紹介します。

「乳癌にかかりながら、一切の医療をこばんで、叔母は逝った。
その死を受容する姿を見つめるうち、姪の心にあった叔母へのわだかまりが消えてゆく。そして、精神の浄化をおぼえる彼女におとずれたものは。
1本の青桐が繁る北陸の旧家での、滅びてゆく肉体と蘇る心の交叉を描く魂のドラマ。
芥川賞受賞作品」


1939年旧満州新京市生まれ
1925年父親が富山大学教授に就き富山県高岡市に高校卒業までの8年間を過ごす
1962年結婚を機に15年間をフランス、アメリカで過ごす
1980年『裸足』で第51回文學界新人賞
1982年カトリック受洗
1984年『青桐』で第92回芥川賞
1988年『沈める寺』で芸術選奨新人賞をそれぞれ受賞


入院中に病棟の図書室から借りた一冊。

ずっと以前に読んだ記憶があったものの充実感をもって読了しました。


本書は著者が多感な少女時代を過ごされた高岡市が舞台となっています。

「海や山、川があって、落ち着いた昔の暮らしが残っていて---。
日本の原風景と言ってもいいですね。
私の好きな日本語の響きが似合う場所なんです」


主人公・充江の事実上の育ての親であった叔母が乳がんに侵され、死期を悟って北陸のT市の郊外にある没落した旧家に戻ってくるところから物語がスタートします。

一切の医療を拒み自然に生を全うしたいと願う叔母。

物心ついた頃から思慕を寄せていた叔母の長男である従兄・史郎から叔母の世話を頼まれた充江は史郎との距離が縮まることをほのかな期待とともに受け入れますが、実際の叔母の病状は生易しいものではなく、病状が悪化するにつれ、個たる肉体が腐敗していく描写に著者の遠慮はなく読者である私にも腐敗臭が感じられるほど。


「自分が死にかけとって、こないに言うのはおかしいけど、病気やとか死ぬいうことも、何や最近は、方づけんならん仕事みたいになっとるでしょう。
でも、病気も死も、あっていい、いうたらへんか知らんはど、現にあるものなのやさかいに、もっとふつうの暮らしに馴染ませて混ぜていいのではないか」

まもなく死を迎える叔母の口から語られた言葉は時代が移って現在でも死の在り様に一石を投じるような重さでまっすぐに伝わってきます。

著者はあとがきで本書執筆の動機を次のように語っていらっしゃいます。

「…超越し永続する〈生命〉の前で人は生まれ、愛し合ったり傷つけ合ったり、そして死ぬ。
肉の存在としての人間は、いかにも限られたものだけれども、眼をあげれば、そこにはたぶん・・・。
それにしても、いったん閉ざされた魂が再びひらくときに、しばしば他の人の死がきっかけとなるのは、なぜだろう。
滅びてゆく肉体と蘇るこころの交叉する様を、〈受容〉というかたちで描いてみたいと願っているところに〈青桐〉の題材がふいに与えられた」


本書を執筆する前に受洗されてクリスチャンとなられた著者らしいテーマの拾い方と納得。


滅び行くような旧家でひそやかに生と死が交叉する情景を、その庭の青桐という動じない大木を背景に繊細な筆致で描いて瑞々しい作品となっています。

この頃の芥川賞はまだ共感部分の多くある作品が選出されていたといえるでしょう。

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夕つ方けふの名残りと積雲が夕陽を享けて朱に染まりをり

朝夕少し暑さが和らいだとはいえまだまだ厳しい残暑、みなさま夏バテされていませんか?

残暑お見舞い申し上げます。

しばらくのご無沙汰でしたが、その間多々あり・・・追々日記代わりに記していきたいと思います。


先ずはお盆時の煩雑を避けて早めに帰省していたアスカとママのユカちゃん・・・たしか私のムスコであろうパパは実家を敬遠しているのか単に忙しいのかよく自分をヌキます。

小さかったアスカも小学校5年生となり身長だけはにょきにょきと伸びて151cm。

体重がないのでそろそろと思えるふくらみもなくスラリとしたツイギー並みの細さ。

ツイギーといっても知っていらっしゃる方は○○歳以上かと思いますけど。


そして何よりも驚くべきは内面の幼さを維持していること。

なんとも素直で素朴というか・・・。


滞在中は夫と私が交代でアスカと入浴するのをアスカ本人がすごく楽しみにしているのもまだ幼い感じ。

我が家の浴室にはアスカが赤ちゃんのときから使っている手袋式のクマの形をしたタオル地のからだを洗うものがあり、それで体を洗っていました。

自分で洗えるようになってからもそれを使って洗っていましたが、今回5年生にもなってまさかと思いきや、浴室の隅にそれを見つけて大喜び!

赤ちゃんのころは回らぬ舌で「クマタン」と言っていたそれがやがて「クマモン」になり、今回はついに「クマノスケ」と命名されて大活躍。

湯船でクマノスケを五種で泳がせたり、オリンピックで優勝させて金メダルを獲得させたり、高飛込みをさせたり、潜水をさせたり・・・かれこれ1時間・・・何とも幼い遊びなのにすごく楽しそう^_^


その上あろうことか、お風呂から出たら真っ裸のままリビングの床で唯一習っているヒップホップをひとしきり踊ったり側転したり・・・止めてもおかまいなしの天真爛漫。

ひとりっ子でのんびり育ったせいか、もともとの性格か・・先行きが・・どうなるのでしょう。

周囲の友だちのママたちからは「ふしぎちゃん」と呼ばれているそう。

ひまはりのやうな女孫の輝きの翳ることなき明日であれかし

滞在中1泊で県北のホテルにお泊り。

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早朝の森のホテルの散歩道トトロとネコバス現れさうな

森に囲まれたホテル、周囲に何もありませんが室内にプールがあり、泊り客以外泳いでいる人もいなかったのでいまだ長く泳げないアスカはのびのびと練習していました~。
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学校にはプールがなく、水泳教室に入ったこともないアスカは必然的に泳げませんが、夏ごとにパパとママにプールに連れていってもらって少しずつ距離を伸ばしているようです。

アスカの長所のうちのひとつはすごく粘り強いこと。

放っておくといつまでもいつまでも出来ないことに挑戦するのです。

今回のプールもふやけそうなくらい浸かっていました。







さて今回は桐野夏生氏著『ハピネス』をご紹介します。

「結婚は打算から始まり、見栄の衣をまとった。
憧れのタワーマンションに暮らす若い母親。
おしゃれなママたちのグループに入るが、隠していることがいくつもあった」

本書の主人公は江東区の埋め立て地に建つベイタワーズマンションという高層マンションの29階に住む主婦・岩見有紗。

夫はアメリカに単身赴任中、3歳になったばかりの娘・花奈とふたり暮らし。

高層マンションでの生活、夫の仕送りとその他もろもろで働くことなく人から見たら一見優雅な暮らしですが、内面複雑な悩みを抱えての生活。


実際に文京区であったママ友同士の軋轢の末の殺人事件を思い出すような設定。

本書にはもちろん殺人事件などというおどろおどろしいものは出てきませんが、小さな子どもたちを持つママ友のグループの格差によって生じる心の歪みが題材となっています。

ベストセラーになっているというのを何かで読んでチェックしていたもの。


30代セレブ系主婦向けの雑誌「VERY」に連載されたものを単行本化したという本書、セレブ主婦たちが読むことを想定しての著者の執筆だったと想像しますが、今まで多くの桐野作品を読んできた私には著者のテーマ選びが著者らしくないという違和感を抱きました。

テーマが矮小すぎるというか。

セレブ層のママ友たちの間でもおのずと出来るカースト制。

人が集まるところ必ずありといわれている順位。

誰が指摘するでもなくそのカーストの順位はそれぞれのママが自覚しそこはかとなく発酵するというもの。

はっきりいって何とバカバカしい!

見栄の張り合いは私の最も軽蔑するもの。

さまざまな飾りの必要性を排除したストレートな生き方を心掛けている自分です。


私がもしかしてこのような環境で子育てしていてこのようなことに巻き込まれたら、しっぽを巻いてきっとできるだけ遠くへ逃げ出したにちがいない・・・そんな見栄にがんじがらめになったママ友たちの内実が延々と描かれています。


登場人物のママたちにはそれぞれ個性があり、背景もそれぞれですが、主人公の有紗の設定が特に違和感があり、考え方や行動にことごとく反発心が起きて読み終えるのに苦労しました。

ラストはなんとなく丸く納めた感があり、桐野作品としては手ごたえの薄い作品でした。

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