VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2015年10月

秋晴れのさわやかなお天気が続いています。

新しい薬を服用し始めてもうすぐ1ヶ月半、体感的にはすこし効いてきたような・・・。

関節の痛みとともに悩まされていた倦怠感が徐々に徐々に薄らいでいるよう。

ピーク時は朝起きぬけから横になりたい感があり、午後はソファでうつらうつらを繰り返していました。


いつもはベッドに入ってからしか本を読まないのに、ソファに寝そべる時間が長かったので読書がはかどること!

まだアップしない本がたくさん溜まっていてブログに載せるまでに内容を忘れそうなほど。

少しトンネルを抜けたという感じ。

このまま副作用なく体調が上向きになればいいな。


痛みは相変わらず、手首の痛みも続いていますが、友人たちにもっぱら食べ物を届けてもらったり助けてもらってありがたみが身にしみています。

おかずを届けてくれた友人、栗の渋皮煮を作ってくれた友人、干し柿を作ってもってきてくれた友人、栗ご飯用の栗を剥いて持ってきてくれた友人、人の身になって手を貸してくれるということに胸があつくなります。


作りたいという気持ちも徐々に復活してきているのが嬉しい(^^)


と、ここまで書いて・・・「食べるとは」という料理の基本中の基本にぶつかりました。

過日も俳優の榎木孝明さんマスコミを賑わしていた「不食」報道。

「集中力が増し、本を読むスピードが格段に速くなった。睡眠も深くなり、4時間眠ればすっきり。腰痛も消えた。理由はまだ分からない。でも、眠っていた自浄作用が一斉に目覚めた感覚。運動時も胸式呼吸が腹式に。スタミナが増しました」と願ったり叶ったりの内容。


私は服薬の関係でむかつきがある日があり、一食分抜くことは多々あります。

ダイエットや健康法の一環としてプチ断食をされている方も多いでしょう。


仏教徒の修行のための断食やイスラム教徒のラマダーンの期間の断食など有名ですが、これらの「断食」と「不食」には大きな違いがあるようです。

仏教やイスラム教における断食は宗教的な意味合いで食事を抜く行為ですが、基本的には食べたいという欲求を我慢することによって対価を得ようとするといいます。

一方不食は食べたいという欲求がなく逆に心地良い満腹感を感じるそうです。


これらは友人の荒武さんにお借りした本で知りました。


稲葉耶季氏著『食べない、死なない、争わない (人生はすべて思いどおり--伝説の元裁判官の生きる知恵)』


「食べないから健康、死なないから幸福、争わないから平和。
ベストセラー『食べない人たち』に登場する「不思議なI先生」こと稲葉耶季が遂にベールを脱いだ!
渋谷は公園通りの東京山手教会に生まれ、裁判所で判事を務めるかたわら、ヒマラヤで学校づくりに奔走し、現在は尼僧。
本能のままに行動して、すべてを実現させる生き方を余すところなく紹介した一冊。
「いまを生きる16の知恵」を収載」



1942年東京の牧師の家に生まれ、1967年東京大学経済学部経済学科卒業
1977年司法研修所をへて静岡地方裁判所判事補となり、以後名古屋、群馬などに勤務
1993年那覇地方裁判所判事
1997年横浜地方裁判所判事
1997年インド北部に「ヒマラヤ稲葉学校」を設立
1999年琉球大学法文学部教授
2006年那覇簡易裁判所判事
2009年名護簡易裁判所判事
2012年定年退官
2013年臨済宗の僧侶となる


そういえば数年前テレビでものごころついたときから食パン1枚を糧として成長しているアメリカの男子高校生と、最愛の息子の死を契機に食物を食べることができなくなり以降まったく口に入れないで生活しているアメリカの女性のドキュメンタリーを観ました。

食パン1枚の男の子は体つきもしっかりしていて同年代の男子学生となんら変わることなくスポーツ好きの好青年に成長していました。

一方長年食べ物のひとかけらも口に入れていない女性もエネルギーは枯渇することなく、むしろ澄み切った気力が溢れるようだとインタビューに応じていらっしゃった記憶があります。


そんなバカな??

最たる凡人代表の私のそのときの正直な気持ちでしたが・・・本書を読んで・・・ありうる現実に目を見開く思いでした。

これらに少しリンクしますが、私の好きな写真家であり作家である藤原新也氏が毎年3週間の冬眠生活を送っているというエッセイに出合ったことがあります。

「ある薬草を加え四年間以上熟成した蜂の子入りの蜂蜜をたらふく食う。蜂の子には微量の睡眠薬に似た成分(非常に良質な漢方)が発生していて、何日かかけて五キログラムぐらい食うとある臨界点で、徐々に眠気を催してくる。
その日から五日間断食を挙行。排便排尿し、余分なものを体外に出す。
それが終わった次の日ヨガのサマダイ手法に則して数時間かけ、呼吸と脈拍を徐々に落としていく。
意識が下降する寸前で温度湿度をしっかりと管理した薄暗い部屋(真っ暗ではいけない)に用意しておいた布団にすべり込む。
最低三週間は眠り続けるので、その間に連絡しておかなくてはならないところには連絡をとっておく。
素人は真似しない方がいい。
そのまま眠り続け永眠という事態にもなりかねないからだ・・・熊の場合は自然の食糧の粗密のサイクルにあわせた身体生理現象だが、俺の場合は心身の再生の儀式である」



また本書にも登場されている弁護士の秋山佳胤氏は2008年からずっと原則として水も食物も摂らないという不食生活を続けていらっしゃるそうです。

1日青汁1杯のみの生活を20年ほど続けていらっしゃる鍼灸師の森美智代氏、自らが実験台になって不食の実験を繰り返していらっしゃる思想家の山田鷹夫氏、オーストラリアのジャスムヒーン氏など不食者の方々が紹介されています。

「不食とは、食べるのをがまんすることではありません。
食べないほうが、心と体にとってどれだけらくで、どれだけ多くの幸福をもたらすかを知ることなのです」



著者ご自身は琉球大学法科大学院の教授をしていた2005年、5ヶ月の不食生活を通して快適な生活をしていたところ痩せたことを学生に指摘されたことから1日1食に戻したそうです。

快適な不食生活ではいっとき体重が減少しても体が慣れるにつれて元に戻るといわれているそうです。

著者は自分が痩せるのはまだ体のシステムが不食向きに変わりきっていないことを悟り、「いずれ、ときが満ちるだろう、そのときを待とう」と思ったといいます。

現在の著者の食事は、朝のお茶と少量の果物、昼の玄米ごはん少々と野菜や海草―1日200カロリー前後―だそうです。


近い将来、心身の求めに従って完全な不食生活に移行していこうとされている著者によると、基本的に不食者は大気中に存在する宇宙エネルギーであるプラーナを全身で取り入れて直接的なエネルギー源にしていると考えられているそうです。

ゾウやウシが植物しか食べないのに強固な筋肉や骨、牙を保持していられるのはなぜか、という疑問に対するカギとして「腸内細菌」を挙げていらっしゃいます。

草食動物の腸には植物からとり込んだ成分を筋肉や骨の牙の材料に変えていくバクテリアが多数存在するといいます。

このような浄化作用ができる腸内環境をつくることが超少食や不食の第一歩、それにはできるだけ化学物質を体に入れないことが重要なポイントになるといいます。


まとめれば、不食者の生命活動は、腸内細菌の作用、それが大きくかかわって起こる原子転換、プラーナの取り込みと活性化、空気成分の活用などの組み合わせで支えられているそうです。


さらに呼吸さえしない状態で一定期間生きることを証明している人々に言及されるに到ってはただただ驚くばかりです。


そういった方々を紹介しながらも著者は読者を含む私たちに、無理に流れに逆らうのではなく思うままに導かれるままに生きるのが楽であり、その人らしい人生だと思うと繰り返し述べていらっしゃいます。


インドでは死期が近づくと村々を周り食事や宿を提供してもらいながら、「もう死期が迫っているな」とわかると水だけを与えてもらいベッドに横になりながら、村人たちの楽しい話を聞きながらゆっくり息をひきとるのだそうです。

昨今、過剰な延命治療が問題になっている日本の医療のあり方について考えさせられるきっかけにもなります。


最後に付章「いまを生きる16の知恵」を挙げて終わりにします。

1.川の水のように自然の流れに沿う

2.自分の中のかすかな息吹を感じる繊細さを持つ

3.他者と同じ息吹の中で生きていることを感じる

4.興味のあることに集中する

5.不安や恐怖を持たない

6.喜びをもって生きる

7.感謝をもって生きる

8.風や太陽や月や星の語りかけを感じる

9.木や草や花や石と語り合う

10.人が喜ぶことを考える

11.心を静かにする時間を持つ

12.物をへらしてさわやかな環境にする

13.天然の環境のもとで少量の食事をする

14.ゴミを出さない

15.金や物や地位が自分を幸せにすると考えない

16.他者の生き方を肯定する

神奈川県横浜市のマンションが傾いていることを発端に杭打ちの不備とそれを隠蔽するためのデータ改ざんで揺れている旭化成建材が過去に関与した1都8県の調査対象となっている3040件について元請けの施工会社への情報提供を始めたというニュースが流れました。

当地も数件の施工対象だったのでもしや我が家も?…知りたくないけど。。



1つのよからぬ行動や嘘によってそれを隠そうとするための手立ては果てしなく広がっていくことの模範的な例の1つ。

先ごろ厚生労働省の事務次官(59)を退任された村木厚子さん。

厚生労働省雇用均等・児童家庭局長だった2009年6月に09年文書偽造事件で逮捕され164日間勾留されたのち無罪となり復職し、内閣府の政策統括官などを務めた後、同省の事務方トップの次官に就任されて2年を無事勤めあげられての退任。

詳細は遠くなり書ききれませんが。この事件も厚労省官僚による偽造文書作成という犯罪が明らかになっての幕引きでした。


福島の原発事故でのメルトダウンもしかり、あれもこれもあれもこれもしかり。


たまたま明るみに出たから事件として取り上げられ、私たちの目に触れる機会が与えられたことを思うと、過去から連綿と闇に埋もれさせた事件の多さが想像できます。


隠蔽や改ざん、そして捏造・・・とくると誰もがすぐ思い浮かべるのが世紀の大発見から坂道を転げ落ちるような大スキャンダルへと発展したSTAP細胞にまつわる出来事です。

昨年1月の理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター(CDB)の記者会見からのスタート。

その後目まぐるしい変遷を経て昨年末に幕切れとなりましたが、頭の中は疑問符だらけの終り方でした。

いったいSTAP細胞はあったのか?

なかったとしたら世紀を揺るがす一連の捏造は誰の手で?

単独か複数か?



名うての作家のミステリより奇奇怪怪魑魅魍魎な幕開けから幕引きまででした。


本日のご紹介本は以前からずっと読みたかったノンフィクション作品。


神戸の友人が送ってくれました。

須田桃子氏著『捏造の科学者』

「このままの幕引きは科学ジャーナリズムの敗北だ。
『須田さんの場合は絶対に来るべきです』
はじまりは、生命科学の権威、笹井氏からの一通のメールだった。
ノーベル賞を受賞したiPS細胞を超える発見と喧伝する理研の記者会見に登壇したのは、若き女性科学者、小保方晴子。
発見の興奮とフィーバーに酔っていた取材班に、疑問がひとつまたひとつ増えていく。
『科学史に残るスキャンダルになる』
STAP細胞報道をリードし続けた毎日新聞科学環境部。
その中心となった女性科学記者が、書き下ろす。
誰が、何を、いつ、なぜ、どのように捏造したのか?
『科学史に残るスキャンダル』の深層に迫る。
第46回大宅壮一ノンフィクション賞受賞作」

著者・須田桃子氏について

1975年千葉県生まれ
早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了(物理学専攻)
2001年毎日新聞社入社
生殖補助医療や生命科学、ノーベル賞などを担当
特にiPS細胞については2006年の開発当初から山中伸弥・京都大学教授のノーベル賞受賞まで継続的に取材してきた
森口尚史氏の「iPS細胞を使った世界初の心筋梗塞移植手術」についてはその内容を疑い記事化を見送った
今回のSTAP細胞事件では、当初は「世紀の発見」と理研の発表を信じたが、疑義が指摘されるようになると、各関係者への取材をもとにスクープを連発、一連の報道をリードし続けた(データベースより)


長くなりますが、時系列に理解する手助けになる目次を貼り付けておきます。

【目次】

■第一章 異例づくしの記者会見
内容がまったく書かれていない奇妙な記者会見の案内が理研から届いた。笹井氏に問い合わせをすると「須田さんの場合は『絶対に来るべき』」とのメールが。山中教授のiPS細胞を超える発見と強調する異例の会見。

■第二章 疑義浮上
発表から二週間でネット上には、論文へのさまざまな指摘がアップされた。理研幹部は楽観的だったが、私は、以前森口尚史氏の嘘を見破った科学者の一言にドキリとする。「小保方さんは相当、何でもやってしまう人ですよ」

■第三章 衝撃の撤回呼びかけ
万能性の証明のかなめである「テラトーマ画像」と「TCR再構成」。このふたつが崩れた。共著者たちは、次々と論文撤回やむなしの判断に傾き、笹井氏も同意。しかしメールの取材には小保方氏をあくまで庇う発言を。

■第四章 STAP研究の原点
植物のカルス細胞と同じように動物も体細胞から初期化できるはずと肉をバラバラにして放置するなど奇妙な実験を繰り返していたハーバードの麻酔医バカンティ氏。STAP細胞の原点は、彼が〇一年に発表した論文にあった。

■第五章 不正認定
「科学史に残るスキャンダルになる」。デスクの言葉を裏付けるように、若山研の解析結果は、他細胞の混入・すり替えの可能性を示唆するものだった。一方、調査委員会は、論文の「改ざん」と「捏造」を認定する。

■第六章 小保方氏の反撃
「STAP細胞はあります」。小保方、笹井両氏が相次いで記者会見をした。こうした中、私は理研が公開しない残存試料についての取材を進めていた。テラトーマの切片などの試料が残っていることが分かったが。

■第七章 不正確定
理研CDBの自己点検検証の報告書案を、毎日新聞は入手する。そこには小保方氏採用の際、審査を一部省略するなどの例外措置を容認していたことが書かれていた。そうした中「キメラマウス」の画像にも致命的な疑惑が。

■第八章 存在を揺るがす解析
公開されているSTAP細胞の遺伝子データを解析すると、八番染色体にトリソミーがみつかった。たかだか一週間の培養でできるSTAP細胞にトリソミーが生じることはあり得ず、それはES細胞に特徴的なものだ。

■第九章 ついに論文撤回
改革委員会はCDBの「解体」を提言。こうした中、小保方氏立ち会いのもとでの再現実験が行われようとしていた。しかし、論文が捏造ならそれは意味がないのでは? 高まる批判の中、私たちは竹市センター長に会う。

■第十章 軽視された過去の指摘
過去にサイエンス、ネイチャーなどの一流科学誌に投稿され、不採択となったSTAP論文の査読資料を独自入手。そこに「細胞生物学の歴史を愚弄している」との言葉はなく、ES細胞混入の可能性も指摘されていた。

■第十一章 笹井氏の死とCDB「解体」
八月五日、笹井氏自殺のニュースが。思えば、私のSTAP細胞取材は笹井氏の一言で始まった。それ以降、笹井氏から受け取ったメールは約四十通。最後のメールは査読資料に関する質問の回答で、自殺の約三週間前のものだ。

■第十二章 STAP細胞事件が残したもの
〇二年に米国で発覚した超伝導をめぐる捏造事件「シェーン事件」。チェック機能を果たさないシニア研究者、科学誌の陥穽、学生時代からの不正などの類似点があるが、彼我の最大の違いは不正が発覚した際の厳しさだ。


華々しいマスコミ報道により科学に門外漢レベルの自分も知っていることも多々ありましたが、研究内容の細かい分析など、何度も読んで理解するという努力を通してたいへん興味深く読了することができました。

著者は理工学研究科修士課程を修了したとはいえ研究者ではなく毎日新聞の記者として執筆されていますが、生物学、生命科学の分野における知識の豊富さにまず舌を巻きました。

知識の豊富さに加え、物事への洞察力の深さと倫理観に裏打ちされた真摯な取材態度が今回の笹井氏のみならず多くの第一線で活躍していらっしゃる研究者の方々に知己を得ていることに繋がっているのが頷ける聡明な方という印象です。

竹市理研CDBセンター長に「須田さんは“真相究明派”ですよね」と問われて次のように応じた著者。
「でも、最初から疑っていたわけではありません。
途中までは、これは論文上の間違いで、STAPそのものはあると思っていました。
でも、信じていた部分が崩壊した今、何が知りたいかというと、不正の全容です。
どこから始まったのか。
誰が関わったのか」
このまま幕引きを許せば、真相は永遠に闇の中に葬り去られる。
それは、日本の科学界、及び科学ジャーナリズムの敗北とも言えるのではないか。
末席ながら科学報道に携わる一人として、また当初、STAPL細胞を素晴らしい成果と信じて報じてしまった責任を果たすためにも、それだけは何としても避けたかった。


本書は、2014年1月29日小保方氏、笹井氏、若山氏の衝撃的な記者会見を皮切りに、ネイチャー掲載の論文に対するネット上から広がった疑義の考察、ネイチャー掲載の取り下げにいたる道のりなど、笹井氏や若山氏とのメールでのやり取りやインタビュー、他の研究者の方々へのインタビューを通して時系列に並べるという構築の仕方です。

簡単に記すと、まず第一段階は2009年に「ネイチャー」に投稿し2010年春に却下されたSTAP論文の原型とされるスフェア細胞論文でハーバード大学のバカンティ研での成果。

次が2012年に「ネイチャー」、「セル」、「サイエンス」に投稿し、査読された科学者にES細胞の混入の疑いを挙げられ却下された論文。
若山研においてキメラマウスの実験結果を通して細胞の多能性を証明したもの。

第三段階では笹井氏や丹羽氏が尽力しSTAP細胞がES細胞でないというデータを添付して証明して掲載の運びとなったもの。


この丁寧な構築の仕方によって素人の私でさえ、STAP細胞やSTAP幹細胞と名付けられたもの、ES細胞やiPS細胞との違いなどの概要は表面的にでもある程度把握できました。

体細胞を外部からの誰でもできる刺激…小保方氏がバカンティ・ハーバード大学教授の下で研究していた細い試験管に通すことや、理研に移ってから小保方氏が独自に見つけた弱酸性液につけること…で万能細胞に戻るという発見は将来の医学の世界の夢の扉が開かれる予感を感じさせるものとして受け取られて日本中を興奮の渦に巻き込んだのでした。

その時点で笹井氏の自殺という最悪の事態を招くなどだれが想像できたでしょうか。


本書読了のあとも先に列挙した〈いったいSTAP細胞はあったのか?〉〈なかったとしたら世紀を揺るがす一連の捏造は誰の手で?〉〈単独か複数か?〉などの私の単純な疑問は解消されないままですが、「ネイチャー」や「サイエンス」、「セル」などのトップジャーナルへの掲載論文を査読する世界の科学者の方々の厳しい目を通してすら不正などを見つけることができなかったということがあるということ、一流大学での安易な博士号取得の土壌があること、研究者のトップ集団である理研という日本でも有数の研究機関でも研究費獲得のための業績追求に迫られて内部的外部的な軋轢により真実を見誤るということなどさまざまな問題点の存在を学ぶことができました。


調査委員会は小保方氏の論文に「改ざん」と「捏造」があったと認定し、関係者に処分が下され、野衣理事長の辞任で幕を下ろしたようですが、いちばん知りたい命題である上記の3つの疑問は残されたままという不燃焼な結果のまま、筆を擱かざるを得なかった著者の無念が読み取れて胸に響く読後感でした。


最後に著者は毎日新聞の記者ですが、記者という職業の底力に感嘆しました。

ブログを通してお知り合いになったzensanも元毎日新聞の記者、そして拙ブログにコメントを寄せてくださるAさんのご主人も同じく毎日新聞の記者、zensanとは分野が違えど先輩後輩の間柄になります。

このお2人が安保法案に関して談義されている場に居合わせたことがありますが、その内容たるや分析力のすごさ!

新聞記者は言葉へのアプローチが生半可ではできないんだなぁと密かに感じ入りました。

野菜かごにころがっていた芽の出た里芋。

深めのプランターに植えていたところ・・・

10個ほどの里芋ができていました。

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ジャガイモやダイコンは作ったことがありますが、ベランダ栽培の里芋は初めて。

せっかくの掘りたてなので煮物にはもったいない気がしてタジン鍋で蒸してみそタレを作って食べました。

真っ白でほかほかの里芋!

来年は3株ほど作ろうかな。

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この写真は友人にもらったポポー。

ブロ友さんの庭でできたポポーの写真を見たことはありますが、食べるのは初めて。

北米原産のバンレイシ科の果実でアケビガキとも呼ばれているそうです。

日本には明治時代に入ってきていたようで戦後一時栽培が広く普及したようですが、なぜかその後すたれたそうです。

ブロ友さんの庭のポポーはマンゴーほどの大きさでしたが、もらったのは写真では大きくみえますが実際はとても小さく、やたら種ばかりでナイフで削ってやっとほんの少しの実が取れました。

味わってみるとアボカドとマンゴーを青臭くしたような味で好みに左右されそうですが、とにかく半端ない甘い芳香!

はじめはいい香りと思っていましたが、しばらくすると何だか気持ち悪くなってしまいました。

マンゴーとアボカドは大好物なのに・・・。





今日は桜木紫乃氏著『氷平線』のレビューです。

「真っ白に海が凍るオホーツク沿岸の町で、静かに再会した男と女の凄烈な愛を描いた表題作、酪農の地を継ぐ者たちの悲しみと希望を牧草匂う交歓の裏に映し出した、オール讀物新人賞受賞作『雪虫』ほか、珠玉の全六編を収録。
北の大地に生きる人々の哀歓を圧倒的な迫力で描き出した、著者渾身のデビュー作品集」


オール讀物新人賞を受賞されたというデビュー作「雪虫」ほか5つの短篇が収録されています。


著者の作品は『ホテルローヤル』はじめ、『起終点駅(ターミナル)』『硝子の葦』『無垢の領域』をご紹介しています。

直木賞受賞作品『ホテルローヤル』以来、桜木ワールドに嵌って立て続けに読んだという感じ。

上記のブログでも書いていますが、とにかく文章力が秀逸。


北の大地に訪れる春夏秋冬が著者の筆にかかると収穫の終った平野の秋を渡る風、雪に覆われた冬の重たい風、川下からの濃い霧など、あたかもそこに立っていて肌で受け止めるような錯覚さえ起こすほどの臨場感を与えられます。

どの文章を切り取っても短歌の材料にできそうな言葉の数々が立ち上がってきます。

言葉が磨かれているという感じ。

それら言葉を使った描写を通して北の大地の厳しい環境や登場人物たちの人間模様が切なく響いてきます。


「モノトーンなのに鮮やか。
冷たいけど生々しい。
色彩を失った大地と空の表情が、そして空虚間を抱えながら生きる男女の体温がしっかりと伝わってくる」と記していらっしゃるのは解説を受け持たれた瀧井朝世氏。

続いて、デビュー作からしてすでにここまで卓越した描写力、人物造形力を持っている著者に驚くとともに、この先どこまで伸びるのかという期待を込めて解説を閉じておられます。

私もまったく同じ感想を持っています。


巧みな心理描写を通して主要な登場人物の息遣いまで聞こえてきそう。

本書に収録されている6編に登場する主人公はほとんど女性ですが、その女性たちの芯の強さといったら!

生きづらさを抱えながら果敢に前を向き、精一杯男に寄り添おうとするものの、心の中の結界を超えるときっぱりと関係を断ち切るという折り合いのつけ方の潔さにはため息がでます。


加えて登場人物たちの職業の描写も秀逸です。

本書では酪農に従事する人、和裁を生業としている人、理容師、歯科医師などが登場。

それぞれが閉塞感のある生活の中で精一杯に生きています。

きっと半端ない取材力の賜物なのでしょう、とても表面をなぞっただけの浅い知識のようには思えないほど。


「男女の性をまったく新しい筆致で描く”新官能派”」という帯のコピーではとうてい言い著せない魅力にあふれた作品です。

興味ある方はぜひどうぞ!

家にいるとつい目や耳に入ってくるのはマイナス要素の多いニュースばかり。

大村智氏のノーベル医学生理学賞と梶田隆章氏のノーベル物理学賞受賞は最近での突出した嬉しいニュースでしたが、その他は・・・。

朝の情報番組で必ず出てくる殺人事件などの報道はちょうど朝食中の夫と私は観たくないのでチャンネルを替えますがなかなかうまく逃れることができません。


そんな中昨日と今日は横浜の傾いた大型マンションの話題騒然。

販売元は三井不動産レジデンシャルという信用度抜群の会社、おまけに施行も大手の旭化成建材というから驚きます。

旭化成に建材部があるというのは知りませんでしたが、多角経営を旨とする昨今、どのくらいの歴史があるのか・・親会社の旭化成の名を戴いている以上購入者は信用されていたと思います。


転勤族だった我が家は家族だけで11回の宿替え、夫の単身マンションは別に3箇所の住み替えがありそのうち戸建て3箇所を除いてマンションだけで11回替わっています。

様々なマンションに住んだ経験があり他の方よりマンション情報には詳しくなっているつもりですが、なかでも現在住んでいるマンションの1個前の住まいが私たちの中では設計の気配りなどすべてにおいてNo.1のマンションでした。

それが三井不動産レジデンシャルの販売元。

以来私たちの頭の中には信用度第一位に位置していました。

今回は基礎の杭を施行した旭化成建材に焦点があたり、しかも不備の施行をした上隠蔽するためにデータ改ざんまでしていたというひとりの担当者がクローズアップされています。

今朝のニュースを観ていたかぎりでは責任の所在がどんどん集約されて旭化成建材のひとりの担当者に特化されているようでした。


こういう事象が起きていつも思うことですが、もちろんその担当者は罰せられるのは当然としてその上の人、またその上の人、ひいては会社の責任をしっかり把握してほしいと思います。

信用買いの大きな買い物の責任の所在とともにそれに関わっていらっしゃるひとりひとりに倫理観を持ってほしいといつも思ってしまいます。


ちょうど朝日新聞の天声人語に宮本常一氏著『庶民の発見』の一文を例に、今回の悪質な工事についての思いが載っていたので記してみます。

・・・その職人は、田舎などを歩いていて、他の職人が見事に積んだ石垣を見ると心を打たれたという。
「この石垣をついた石工は、どんなつもりでこんなに心を込めた仕事をしたのだろう・・・
村の人以外には見てくれる人もないのに」
そして思う。
造ってしまえばその土地との縁も切れるが、自分もやはり、いい仕事をしておくとたのしいと。
「おれのやった仕事が少々の水でくずれるものかという自信が、雨のふるときにはわいてくる」


職業人でなくともどんな日常の小さな行動や言動は責任感と倫理観という土台の上で行いたいと反省する出来事でした。




さて本日は沢木耕太郎氏著『無名』のご紹介です。

「一日一合の酒と一冊の本があれば、それが最高の贅沢。
そんな父が、夏の終わりに脳の出血により入院した。
混濁してゆく意識、肺炎の併発、その後在宅看護に切り替えたのはもう秋も深まる頃だった。
秋の静けさの中に消えてゆこうとする父。
無数の記憶によって甦らせようとする私。
父と過ごした最後の日々…。
自らの父の死を正面から見据えた、沢木文学の到達点」


大学卒業後入行した銀行に初出社の日に退社したという著者。

その後ルポライターとして1970年『防人のブルース』でデビュー

1979年 『テロルの決算』で第10回大宅壮一ノンフィクション賞
1982年 『一瞬の夏』で第1回新田次郎文学賞1985年 『バーボン・ストリート』で第1回講談社エッセイ賞を受賞
1993年 『深夜特急 第三便』で第2回JTB紀行文学賞
2003年 これまでの作家活動で第51回菊池寛賞
2006年 『凍』で第28回講談社ノンフィクション賞
2013年 『キャパの十字架』で第17回司馬遼太郎賞をそれぞれ受賞


沢木氏の代表作といえば『テロルの決算』と『深夜特急』シリーズが有名ですが、今調べてみるとこのブログでご紹介しているのは次の3作品です。

よかったら読んでください。

『壇』→  
『血の味』→    
『敗れざる者たち』→  

ノンフィクション作家といわれている著者ご自身の家族に特化するノンフィクション作品。

89歳の父親が亡くなる前後の介護の日々を描きながら、父親の遺した俳句をもとにその生涯に心を添わせた作品となっています。

著者の作品は上述のもの以外何冊か読んでいますが、自分の中では��1の作品でした。

大学入学で親元を離れて以来父親との接触はあまりなく、それ以前の幼少時からの記憶を辿っても濃密な親子の情愛というものに接したという記憶をもたない著者であるにも関わらず、父親に対する理性的な想いの深さに胸を打たれました。

次第に衰えていく父親に寄り添いながら一喜一憂する著者は父親の寝顔を見ながら「無名の生」を送ってきた父親とはどんな人間だったのだろうと模索します。

著者ばかりでなく本書に登場する母親、長姉、次姉も病に臥せっている父親に対しての心の寄り添い方の優しさが並ではなくしみじみと節度のあるいい家庭だなぁと思わずにはいられませんでした。

家族全員が倫理観に裏づけされた節度ある情愛を持っていると思えるのでした。

本書を通して省みられるのは私は果たして亡き親たちにこれだけの情愛を注げていたかということでした。

父親への泊り込みの介護をきっかけに父親の俳句を一冊にまとめようと思い立った著者は長くにわたって父親が詠みためていた俳句を集めることから始めます。

そこからが沢木氏の沢木氏たる編集の仕方・・・一句一句疎かにしないで丹念に読むことで亡き父と向き合い語りかけ、できるだけ父親の本意に添おうと最大限の努力をするところ、亡き人への最高の弔いであろうと敬服しました。


俳句を通して父親の生き方や考え方に思いを馳せ、幼い頃からの父親と自分との関係などを回想することで、父親と自分の共通点や違いを浮き上がらせ、曳いては著者自身の考え方生き方に及んでいる本書、ぜひどうぞ。

月日が飛ぶようにすぎ・・・はや10月になりました。

次々生まれる台風はいつも当地を見過ごしてくれるのでありがたいことですが、いままた南の海で生まれた台風23号が異例の発達で北海道に向っているそうです。

昨今の息つく暇もない被害の数々をニュースで観て心配はつきません。

どうぞ北海道が無事でありますように。


先月は私の誕生日月・・・いまさら誕生日というのも憚られますが、我が家は抜かりなくプレゼント交換するのが長年の習慣なので日記代わりにプレゼントの写真を貼り付けて区切りとしておきますのでどうぞ素通りしてくださいね。

数が多かったのでまとめて写真に撮ったら・・・まるでこれから断捨離する予定の古着の山のような被写体となってしまいました(――;)

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卓球のためのスポーツウェア下が長男、上がお嫁ちゃん

汗拭きハンカチはアスカ

夫はスカーフ3枚

Tシャツ長袖半袖&下着etcが長女

次男が究極のトースター


長年使いっぱなしの安価なトースターを夏に帰省していたお嫁さんのユカちゃんが時間をかけてピカピカに磨いてくれてまるで新品のようになっていたのですが、次男がトースターをプレゼントしてくれたので泣く泣く代替わりして・・・あまりに美しくなったのでまだ処分できずに部屋の隅においています。

が、この新品のトースター、すぐれもので朝食が楽しみ♪

違いがわかるトースター・・・小さなポケットに少量の水を入れて焼くのですが、焼き上がりが外がカリカリ、中がもっちりとなって朝のトーストがとてもおいしくなりました。

みんな、まとめてありがとう!





さて本日は羽田圭介氏著『スクラップ・アンド・ビルド』のご紹介です。


「『早う死にたか』毎日のようにぼやく祖父の願いをかなえてあげようと、ともに暮らす孫の健斗は、ある計画を思いつく。
日々の筋トレ、転職活動。
肉体も生活も再構築中の青年の心は、衰えゆく生の隣で次第に変化して…。
閉塞感の中に可笑しみ漂う、新しい家族小説の誕生!第153回芥川賞受賞作」


又吉直樹氏とのダブル受賞で話題になったのでもう読まれた方も多いかと思います。

私は友人から借りて文藝春秋記載の両作品を読みました。


今回はまず芥川賞4度目のノミネートで受賞した羽田圭介氏の作品から。

高校在学中の2003年に『黒冷水』で第40回文藝賞を最年少受賞
2006年『不思議の国のペニス』
2008年『走ル』で芥川賞候補
2010年『ミート・ザ・ビート』で第142回芥川賞候補
2012年『ワタクシハ』で第33回野間文芸新人賞候補
2013年『盗まれた顔」で第16回大藪春彦賞候補
2014年『メタモルフォシス』で第151回芥川賞候補&第36回野間文芸新人賞候補
2015年『スクラップ・アンド・ビルド』で第153回芥川賞受賞


この若さで堂々とした作家人生を歩んでおられる著者ですが、TV番組などでお見受けするところどこにでもいるような現代のドライな若者という感じ。


タイトルになっている「スクラップ・アンド・ビルド」の本来の意味は工場設備や組織などで採算や効率の悪い部門を整理し新たな部門を設けたり、老朽化した店舗や小規模店舗を閉店し同じ商圏や地域で大規模の新店舗に置き換えることをいう業界用語だそうです。

そこら中の会社や店舗で行われているスクラップとビルド。


本書の内容に照らし合わせるといろんな解釈の仕方ができておもしろい・・・なかなかのタイトルのつけ方だと思いました。

東京・多摩ニュータウンに住む28歳の健斗が主人公。

叔父に引き取られていた祖父を母が引き取って同居しはじめて4年。

母・祖父と3人暮らし。

三流大学を卒業後勤めていたカーディーラーを5年で辞めて7ヶ月、求職中の健斗の視線を通して87歳の祖父の日常と祖父の介護の一端を担う自分の行き場のない葛藤が描かれていて閉塞感漂う作品に仕上がっています。


老人と若者、どちらの立場に焦点を当てるかでこの作品への感想が大きく違ってくると思いますが、前者に近いものとして読んだ私はやりきれなさの残る読後感の甚だよろしくない作品でした。

そんな感想を抱かせるほどに老獪な筆力で老人を描いている著者の力量に感服。

「もう、毎日体中が痛くて痛くて…どうもようならんし、悪うなるばぁっか。
よかことなんあひともなか…早う迎えにきてほしか」
高麗屋っ。中学三年の課外学習で見た歌舞伎で、友人たちと面白がり口にしまくった屋号を思いだす。祖父の口から何百回も発された台詞を耳にしながら、健斗は相づちをうちもせずただその姿を正視する。

心身の不調を訴え続け「死にたい」が口癖の体の不自由な祖父に対し望みどおりの死を与えるために過剰な介護をして体を弱らせ尊厳死を目指すという計画をスタートさせた健斗が祖父の言葉や行動を観察しているうち祖父の言葉とはうらはらな生への執着を見つけて呆然とするあたり、そこはかとなく漂うユーモア感があり手練のうまさを感じさせます。 

祖父をスクラップにする過程で自立に挫折した自分をもう一度ビルドし直すという目論みを知らず知らず実行しようとする主人公。

また弱々しさを装うことで自分への同情を引き寄せる祖父が実は・・・家人の留守中は確かな足取りで家の中を歩き回ったり冷蔵庫の中の食べ物を漁ったり介護士の女性の腕を撫でたり・・・スクラップ間近と思える祖父の中にも明日へのビルド部分があるというのもおもしろく、一方そういう祖父の二面に気づいた健斗の心の建て直しがスクラップとビルドという解釈もできます。

ラストはそんな健斗が再就職に成功して祖父の元を離れるところで終わっています。

リビルドへの一歩。

まだ青年といえる著者がこのような老人の二面性をここまで描くことができることに驚嘆しました。

募金箱に落とす硬貨の音かそか復興の道長きを思ふ
小学生の頃から募金が好き。

その頃は募金の目的とか何に募金するのかということも知らなかったのできっと四角い募金箱にお金を入れるという行為にぼんやりしたあこがれがあったのかもしれません。

母と外出中の行き帰りの同じ道で同じみどりの羽根の募金箱に2度お小遣いを入れて母に「1度でいいの!」と注意されたこともあります。

赤ちゃんのころ子どものなかった実父の妹夫婦の家にもらわれて、豊かだった実家に比べつましい暮らしの養家でつましく育ったのでお金をばら撒くという感覚はありませんでしたが、幼い頃からの不幸な人々へのかわいそう感がなぜか半端なくそれが募金好きという行為に繋がったような。

長じて平均的なサラリーマンに嫁ぎ、いまは夫婦ふたりの年金暮らしの中でも募金箱を素通りできなくてささやかなお金を入れています。

硬貨が主なので募金をしていると胸を張っていえるような額ではありませんけど。

夫も負けず劣らずお金に執着が薄く災害などにもっとたくさん募金しているようで・・・

心の中でそんなにまで!・・などと思うときも多々あり。

宝くじを買うなら断然募金。

なのでついついお金持ちの政治家の方々は次々起こる災害で家や家族を失った人たちにポケットマネーをボ~ンと出してほしいと思ってしまいます・・・。

気前がいい代表格の安倍首相。

安保法案の次は国連の常任理事国入りが悲願なのかどうか970億円もの難民支援金を出すことを国連総会で表明しましたね。

どうかその視線を国内の困った人たちにも向けてくださいとお願いしたい気持ちでいっぱいです。






さて本日は堂場舜一氏著『標なき道』をご紹介します。

「『絶対に検出されないんです』最後の五輪代表選考レース直前に一本の電話がかかってきた。
『勝ち方を知らない』ランナー・青山に男が提案したのはドーピング。
卑劣な手段を拒んだ青山だが、すでに男の手がライバルにも伸びていたことを知り…。
男たちの人生を懸けた勝負が始まる」

著者の二本柱-警察モノとスポーツモノーの後者の一冊。


走りに安定感があるものの万年3位に甘んじている青山。

日本最高記録保持者でありながら怪我に悩まされるガラスのエース・須田。

選考レースで優勝したにもかかわらず陸連を批判して自らチャンスを逃し満を持して挑むアウトロー・武藤。

同じ大学の駅伝部出身のこの3人のオリンピック選考レースまでの心理的駆け引きとその結末が描かれています。

途中の目玉はドーピングを勧める謎の男の出現。

全試合すべて途中棄権なく完走するも万年3位の成績、自他共に認める気概に欠けるランナー・青山が本書の主人公。

そんな青山の前にドーピングを勧める男が現れます。

決して検出されないというドーピング。

断れど断れどアタックしてくる男。

徐々に揺れ動く青山の心理描写が丹念に描かれていますが、青山にからむスポーツ記者として登場する女性がかなり目障りというか・・・登場人物として必要だったのか?

こんな疑問は残りましたが著者のスポーツ小説の書き手としての筆力はさすが、ラストの数行が感動ドラマ仕立てです。

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