VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2015年11月

月に2回の歌会を楽しんでいます。

いまのところネットを介して師にほぼ連日見ていただくというのを習慣として作歌しているので歌会に提出する5首に困ったことはないのですが、眺めれば眺めるほど自信喪失するような稚拙な短歌ばかり・・・果たしてこれが短歌と言えるのか・・・などと考え出すと提出するのが怖くなります。

説明的だったり、感情過多だったり、何が言いたいのかわかってもらえそうになかったり、時制や言葉遣いに不備があったり。。。

詠みたい事象はたくさんあるのに語彙がついていかない、常時そんなまどろっこしい感じ。


ここ数ヶ月はなるべく削って簡素にしようと心がけています。

心がけすぎてまるで小学生の作った歌のようになったり・・・つくづくと難しい。


その歌会では年に2回「樹林」という会誌を発行していてもうすぐ後半期の発行時期。

主宰していらっしゃる先生の短歌をはじめ、私たち歌友の短歌10首ずつ、それぞれの短歌の感想文、歌人の歌集の紹介文、当地の文化人への先生のインタビュー記事など、薄い冊子ながら内容はかなり充実しています。


私は今年の春から参加しているので2度目。

前回は初心者だからと外されていた歌集の紹介を今回は課せられているのでその原稿と短歌10首。

そろそろ仕上げないと。

長い歌歴の先輩の方々の中でまだまだ小さくなっている私です。






さて今回は北野武氏著『新しい道徳 「いいことをすると気持ちがいい」のはなぜか』をご紹介します。


「二〇一八年、道徳を教科化? だけど、その前に……、
『日本人にとって、「道徳」とは何か?』
この問いに答えられる、親や教師はいるのだろうか。
まず最初に大人たちが、真面目に考えた方がいい。
稀代の天才が現代の核心をえぐる、未だ嘗てない道徳論!」


時代を作る人は、いつだって古い道徳を打ち壊してきた。
誰かに押しつけられた道徳ではなく、自分なりの道徳で生きた方がよほど格好いい。
自分なりの道徳とはつまり、自分がどう生きるかという原則だ。
今の大人たちの性根が据わっていないのは、道徳を人まかせにしているからだ。
それは、自分の人生を人まかせにするってことだと思う。



たけし独特のデカダニズムを醸し出していながらその実真面目な共感満載の内容です。


「人生をこれから始める子供に、人生を見つめさて、何の意味があるのか?」

「夢なんてかなえなくても、この世に生まれて、生きて、死んでいくだけで、人生は大成功だ」

「なぜ、本を読みながら歩いた二宮金次郎が銅像になって、スマホを片手に歩いている女子高生が目の敵にさらえるのか」


道徳はそもそも社会秩序を守るために作られた、つまり支配者がうまいこと社会を支配していくために考え出されたもの、その時代時代で「道徳」というものの指標はいともあっさりと変わる、ということを土台に、支配者や国への依存心を捨てて自分の頭で則を構築せよ、というのが本書のあらましです。

子どものけんかがよくないというなら国の戦争も正しくないというべきだ、と言います。

妙に納得できるかたちで説いている本書。

文科省が2年後に「道徳」を教科の1つに加えようとする動きがあるそうですが、どのような内容なのか見てみたい気がします。

一定の価値観や規範意識を一方的にさし示す以外のどんな道徳教育を国は考えているのか。


戦前教育の一環として行われていた「修身」がGHQによって軍国主義的だという理由で強制的に止めさせられた経緯があり、その後週1時間の「道徳の時間」が設けられたそうですが、私の小中学校時代を振り返っても何を学んだのかまったく覚えていないほど影が薄い。


せっかく時間を設けるなら、教科とは関係のない、ゆとりのある時間として映画や読書を取り入れたり、戦争体験者のお話の時間を設けたり、幼児や高齢者との交流をしたり・・・そんな中で個々に自分の道徳を構築してもらえたらいいなと思えます。

道徳は時間が経てば変わりますが、その中でも他者に思いをはせる、ということができる人になればもうそれだけでもうけもの・・・たけしの言葉を借りれば。

夫と買い物に行ったときの最近の合言葉。

「きょうも蒸す?」

「オーケー」

ということで蒸す材料をいろいろ吟味。

陶器の穴あき蒸し皿を買って以来、かんたん蒸し料理に嵌っています。

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蒸し料理といっても鍋にお湯を沸かし、その上に陶器の蒸し皿を置いて蒸したい材料をただ並べてふたをして沸騰させるだけ。

手要らずでできるので、不調のとき度々夕食に出して以来、やみつきになり3日にあげず登場しています。


昨夜は夫のチョイスでメインに鮭と鶏団子、あとは野菜やきのこ類を所狭しと並べるだけ。

ただ蒸しあがる長短を考えて投入時間を調整します。

例えばかぼちゃや茹でていないブロッコリーは早めに入れるとか、もやしは直前に投入するとか。


昨夜の野菜&きのこは、キャベツ、もやし、かぼちゃ、パプリカ、ブロッコリー、長ネギ、玉ねぎ、椎茸、しめじでしたが、冷蔵庫にあるものでオーケー。

そしてポン酢かごましゃぶのタレで食べます。

だいたいポン酢、これにすだちをたくさん絞って、七味をふりかけて。


究極の手抜き料理・・・にしては見た目もなかなか・・・写真は半分以上食べて思い出して撮ったもの。


茶碗蒸しもこれでOK、すごく簡単です







さて今回も桜木紫乃氏著『誰もいない夜に咲く』です。

「親から継いだ牧場で黙々と牛の世話をする秀一は、三十歳になるまで女を抱いたことがない。
そんな彼が、嫁来い運動で中国から迎え入れた花海とかよわす、言葉にならない想いとは―(「波に咲く」)。
寄せては返す波のような欲望にいっとき身を任せ、どうしようもない淋しさを封じ込めようとする男と女。
安らぎを切望しながら寄るべなくさまよう孤独な魂のありようを、北海道の風景に託して叙情豊かに謳いあげる、傑作短篇集」


「波に咲く」「海へ」「プリズム」「フィナーレ」「風の女」「絹日和」「根無草」の7篇を収録。


本書も著者のバックボーンである北海道を舞台に、いずれも女性を主人公として様々な生のかたちが紡がれています。


北の大地の厳しい自然の四季の描写と女たちの不遇をもろともしない生き様とが余韻のあるハーモニーを醸し出して透明感のある物語となっています。


著者の作品を通していつも感じるのは季節の移ろいや何気ないしぐさを捉えた簡潔な文章がまるで詩の一節のようにきらきら光って読者である私に向ってくるよう。

陽が落ちて水平線が墨の色に変わるころ、美津江は海岸へ降りてみた。
洋子と樹、自分。
それぞれの思いが海に浮かぶ月の皿にのって揺れていた。
岬の方へと視線を落とす。
ところどころに白く波が立っている。
岩場で洋子の遺骨に波の音を聴かせていた樹の姿を思い出している。
月が浮かぶ海に、目を凝らした。
微かな風を探して回る白い羽の一枚になったような気がした。
空と海の境界線を隠して水平線が横たわっていた。
月明かりに消されて、明るい星しか見えない。
ちいさな波が浜辺に寄せては返す。
返ろうとする波を、新しい波がのみ込む。
樹が洋子の面影に会いにくるたびに、この心は波間で揺れるのかもしれない。
夏が近づく海に風に吹かれながら、それもいいじゃないかとつぶやいた。


「風の女」の一場面ですが、冗長を嫌うような短いフレーズ・・・不要な修飾を削って削って作り上げたような文章に深い夜の海の光景が迫ってきます。


特に女たちの内面の哀しみや戸惑い、そして芯にある強さを描くことにかけては秀逸です。


「波に咲く」の中国人の妻・花海、「海へ」の千鶴、「プリズム」の仁美、「フィナーレ」のストリッパーの志おり、「風の女」の美津江、「絹日和」の奈々子、「根無草」の六花、「風の女」の美津江。

どの女たちも強く、男たちとの関係を持つことも切ることも迷いがないという潔さ。

それに対比して男たちの不甲斐なさ。

「人は自分のためにしか生きられない」

同じ目的の生き方でも本書に描かれている男と女とではかくも差があるのか、と思わせる秀作でした。


余談ですが、解説を担当されている川本三郎氏の文章があまりに本書の情感溢れる文章に比して端的すぎるというか、似つかわしくないという点で少し残念でした・・・私だけの感想かもしれませんが。

体調が少し上向きになったのを見計らった夫の誘いで奥津温泉に行って来ました。

宿はいつもネットの旅行サイトなどでランキングを参考に予約しますが、今回は事前検索を適当にしたせいか、★でいうと★★というランクの宿。(五つ星が最高)

口コミはけっこう高評価だったのに。

スタッフの方々の対応はとてもよかったのですが、施設、食事、温泉という3つの柱が揃って★★で接客がいかによくてもカバーできないほど。

その割に値段が一般的・・・1万円以下ならわかるけど・・と久しぶりに夫と意見が一致。

施設のあちこちで経営の苦しさのため息が漏れているよう。


今はどこのホテルや旅館も経営がたいへんなんだなぁと気の毒になったことでした。


長男のお嫁さんのママの実家は中禅寺湖のそばで2軒の老舗ホテルを経営していましたが集客が思うようにいかなくなり経営が苦しくなった早い段階で長い歴史を閉じたと聞いています。


中禅寺湖自体が観光の波から外れたのが一因といいますが、当地の奥津も鄙びたといえば聞こえはいいですが寂れた感じは免れようもなく改装して集客する元気な旅館は見当たらないというのが現状のように感じました。


ともあれ奥津温泉の下流3kmにある奥津渓の紅葉がすばらしく堪能しました。

昭和7年4月19日に文部省より「名勝地奥津渓」に指定されたところ。

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奥津渓は吉井川の上流の奥津川が花崗岩の峡谷を浸食してできた、巨岩あり、滝あり、渕ありの変化に富んだ延々3kmに及ぶ渓谷ですが、そこにある十数個の甌穴は「東洋一の甌穴」といわれていて有名です。

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水流が渦巻いて河床にあった石塊が数10万年の永い年月に亘って回転した結果、河床の花崗岩の接触部に凹を生じ次第に穴が大きくなり、その中に落ち込んだ石塊が更に内部で渦を巻きできあがったものだそうです。

自然の営みは偉大です。




さて本日はローレンス・ブロック氏著『一ドル銀貨の遺言』のご紹介です。

「たれ込み屋のスピナーが殺された。
その二ヵ月ほど前、彼はスカダーに一通の封書を託していた―自分が死んだら開封してほしいと言って。
そこに記されていたのは彼が三人の人間をゆすっていたこと、そしてその中の誰かに命を狙われていたことだった。
ニューヨークを舞台に感傷的な筆で描く人気ハードボイルド。
アル中探偵マット・スカダー・シリーズ」





著者について
1938年ニューヨーク生まれ。
20代初めの頃から小説を発表し、マット・・や泥棒バーニイ・シリーズ、殺し屋ケラー・シリーズなど多作。
特に『過去からの弔鐘』より始まった人気シリーズのマット・スカダー・シリーズは長編短編合わせて27作、本書は第3作。
1982年『八百万の死にざま』がPWA(アメリカ私立探偵作家クラブ)最優秀長篇賞
1984年『夜明けの光の中に』がMWA(アメリカ探偵作家クラブ)最優秀短篇賞&PWA(アメリカ私立探偵作家クラブ)最優秀短篇賞
1991年『倒錯の舞踏』がMWA最優秀長篇賞
1993年『死者との誓い』がPWA最優秀長篇賞受賞
1993年『慈悲深い死の天使』がPWA賞最優秀短篇賞をそれぞれ受賞されています。


マット・スカダー・シリーズはずっと昔何冊か読んでいますが、ブログにアップするのは初めて。

今から40年近く前に刊行された本書。

今読むといかんせん古典的な探偵小説という感は免れませんが、そこがまた郷愁を誘うようで何だか懐かしい世界に紛れ込んだような安らぎのある作品となっています。

主人公は愛すべき元警察官でアル中探偵のスカダー。

近代的な科学を駆使して犯罪に立ち向かう現代の捜査とは真反対に体と心を賭けて命がけで真相を暴くスカダーの純粋な執念の背景にある優しさが死者に対しての深い弔いとなって表われていて、そんなスカダーを愛せずにいられません。

亡くなった強請屋から預かった封筒に記された3人のうち、強請屋を殺した犯人を探り出すという筋立ての中にスカダーの正義に対する信念や酒に溺れる弱さなど多彩な人間性を描いていてほのぼのとした探偵小説になっています。

何度か修理してもらったにもかかわらずずっとプリンターの調子が悪く、最近ではコピーもできない状態^_^;


必要な資料はUSBに入れて友人にプリントアウトしてもらったりとかなり不自由でしたが、いよいよ年賀状印刷も迫っている中買う決心をしていたところ、娘が使わないのがあるからと送ってくれました。


ファクスもできるし無線もOKという複合機、早速付属のCDをパソコンにインストールしようとしましたができず、仕方なくメーカーのホームページからダウンロード&インストールするという手間をかけてやっと使える状態にしたのに、今度はトナーの不具合という表示が。


仕方なくネットで新しいトナーを買い、総入れ替えしても「不具合」の表示が消えず。


指示に従ってトナーボックスを取り出して周辺を手動でクリーニングしてもダメ、、、ついに電話で誘導してもらいながら作業してみましたが動かず、しかも型落ちの製品のため修理に出しても部品がなく新しく買う以外道なしといわれてしまいました。


作業に1日半の手間と新しいトナー代金5500円を費やして・・・ついに廃棄処分に。


娘も多忙な中、電気機器の特別梱包で送ってくれた手間と送料を思うと愚痴もこぼせず・・・まだ言えないでいます。


こんなことならもっと早くにすんなり買えばよかったと後悔。


最終的にはメーカーが特別料金で新しい機種を送ってくれることになって落着しました。


よかったことはずっと掃除ができなかったパソコン周辺をきれいにできてコード類をまとめられたこと。

あとは新しいプリンターが届くだけ。


パソコン周辺が気持ちよくなったことを喜びたいと思います^_^





さて本日は佐々木譲氏著『人質』をご紹介したいと思います。


「5月下旬のある日。
小島百合巡査部長は、札幌市街地のワイン・バーで人質立てこもり事件に遭遇する。
同日の朝に起きた自転車窃盗事件を追っていた佐伯宏一警部補は連絡を受けて事件現場へ向かうが…。
道警シリーズ第6弾」


大好きな道警シリーズ、時系列に並べると・・・
『笑う警官』→『警察庁から来た男』→『警官の紋章』→『巡査の休日』→『密売人』→『人質』→『憂いなき街』 となっています。


先にアップした最後の第7巻『憂いなき街』のひとつ前の作品が本書です。 


結論から言えば、4巻目あたりまでが構成力がすばらしくぐいぐい惹きつける力がありましたが、その後徐々に内容が薄まってきたというのが私の正直な感想。

本書も然り。


以前ストーカー犯罪から守って以来個人的な付き合いが継続している村瀬香里との約束でピアノのミニ・コンサートへ行くことになった生活安全課の小島百合巡査部長が先行して会場である札幌市街地にあるワイン・バーに着いたところで人質立てこもり事件に遭遇します。


犯人は強姦殺人の冤罪で4年間服役していた男。

「謝ってほしいんです。あのときの県警本部長に。ぼくが要求するのはそれだけです」

一見簡単そうな要求でしたが、物語のスタート段階で伏線が見え隠れ。

盗難車事件あり、国会議員への脅迫あり。

その上コンサートの主役は冤罪が起きた当時の県警本部長の娘という設定。


複雑に絡み合った糸の様相ながら読者には事件の道筋が容易に想像できる運びとなっています。


しかもこの人質監禁に用意された舞台設定が著者が無理矢理作り上げた感があって最初の段階で興味薄となってしまいました。


本書あたりから少し翳りが出てきたのが、大好きなシリーズだけにちょっぴり残念でした。


牡蠣筏しづかに浮かぶ瀬戸の海かつて悲しき長島の見ゆ

私が住んでいる岡山市街から車で1時間半、虫明ICを経て邑久長島大橋を渡ると国立療養所長島愛生園があります。

1930年に日本で最初の国立のハンセン病療養所として発足、85人を収容してスタートしたそうです。

1936年には劣悪な待遇に耐えらず逃亡を図った患者を監禁したことに端を発して患者自身が立ち上がり自治の確立などを要求した長島事件が発生、これを契機に待遇改善を求めて患者会が粘り強い運動を積み重ねます。

1947年特効薬プロミンによる治療を開始。

1988年患者たちの夢であった「邑久長島大橋」の完成。
全長135mという小さな橋に大きな願いを込めて「大橋」という名称をつけました。

1996年らい予防法廃止。


現在、全国13ヶ所の国立療養所に生活しておられる約5400人の患者さんの9割5分以上の方が治癒しているそうですが、社会復帰は容易ではなく、長島愛生園でも現在も約280人の患者さんが入所されているそうです。


プロミン他の薬剤が発見され多剤併用治療が定着すると同時にらい菌への研究も進み、感染経路はらい菌の経鼻・経気道によるものが主流で、感染力は非常に低く、加えて治療法も確立しており、重篤な後遺症を残すことや自らが感染源になることはないということがわかってからも根強い社会的な偏見が払拭されることが中々難しく現在に到っています。

以前、たしか九州のホテルで治癒された患者会の方々が宿泊を拒否されたニュースがありましたが、現実のこととして強い憤りを感じたのを覚えています。


現在の状況は、世界全体で新規患者数は年間約22万人、日本人は年間0~数人という稀な疾病となっているそうです。


1931年に当地の長島愛生園初代園長として就任されたのがハンセン病研究の第一人者である光田健輔氏ですが、プロミンなど多剤併用薬物療法が確立されたあともずっと続けて隔離収容政策を続行、優生学に基づく患者に関する強制断種の実施など元凶を作った人物として後世に大きな批判が出ています。


このブログでもハンセン病に関連したお2人の作品をアップしていますのでよかったら読んでください。

北條民雄氏著『いのちの初夜』 →  

神谷美恵子氏著『神谷美恵子日記』 


北條氏は20歳で発病、1934年に東京東村山の全生園に収容されてのち、その絶望的な体験の中で生と死を見つめて描かれた著者の慟哭ともいえる自伝的小説です。

川端康成氏の激励を受け1936年に「文学界」で公表後大反響を呼び1936第2回文學界賞受賞作となりました。
私はずっと昔読んで強い衝撃を受け、いまもなお忘れられない作品の1つとなっています。


もうひとりの神谷氏は美智子皇后が妃であった一時期、相談役として美智子妃に寄り添われた精神科医として有名ですが、一時期長島愛生園の精神科医として従事されていた方です。

クリスチャンであり、ヴァージニア・ウルフの研究者としても名高く、ご自身が記された『生きがいについて』は静かなベストセラーとして今も多くの方に読まれていて、真摯な生き方を生涯を通して貫いた方として深く尊敬しています。


もう1人、このブログにはアップしていませんでしたが、長島愛生園を舞台にハンセン病患者救済に尽くした医師・小川正子氏の描いたノンフィクション作品『小島の春』 も興味ある方の必読書であろうかと思います。

今は亡き夏川静江さんが主人公となり、昭和15年に映画化されています。


さて本日のレビューはハンセン氏病を主軸の作品、これも荒武さんからお借りした文庫本です。


ドリアン助川氏著『あん』

「町の小さなどら焼き店に働き口を求めてやってきたのは、徳江という名の高齢の女性だった。
徳江のつくる『あん』は評判になり、店は繁盛するのだが…。
壮絶な人生を経てきた徳江が、未来ある者たちに伝えようとした『生きる意味』とはなにか。
深い余韻が残る、現代の名作」


先ごろ川瀬直美氏監督、樹木希林さんと永瀬正敏さんを主人公として映画化されて話題になったので観られた方も多いのではないでしょうか。


ある場所で50年間「あん」を作り続けてきたという年老いた徳江と、どらやきのどら春店主・千太郎、そして中学生のワカナが主な登場人物。

年代も性別も過ごした環境も大きく違う3人が桜通りの寂びれた商店街にある小さなどら焼き店「どら春」で出会い、そして3人3様に徐々に生きる力を取り戻しながら別れていくまでの日々を描いています。


桜が満開の中、「どら春」の千太郎の前に鉤のように曲がった指をした高齢の女性・徳江が訪れるところから物語がスタートします。

ハンセン病回復者である徳江との出会いを通して無気力な日々からゆっくり脱却していく千太郎の姿が描かれていて胸に迫ります。


本書に描かれているハンセン病の歴史や実態は上述の作品や資料にあるとおりですが、徳江は長きにわたり「天生園」に封じ込められてきた生の中で、自然との対話-鳥や虫、木々、月などの命の声を「聞く」ことで辛うじて生きている実感を味わってきたといいます。

「あん」作りの名人でもある徳江は小豆の声を「聞く」ことですばらしいあんを炊きます。

無気力な千太郎の心にはじめて静かな感動と他者への興味が芽生えた瞬間。


著者・助川氏はらい予防法が廃止された1966年にハンセン病を題材のこの小説を書こうと思い立ったそうです。

らい予防法の廃止から半世紀以上がたつ今日でもなお入所者や納骨堂の骨はまだほとんど故郷に帰れていないという事実に深い衝撃を受けたという著者はこの作品に長い年月をかけたといいます。


舞台は「天生園」に名を変えた「多磨全生園」、本書では多磨全生園を彩る木々の来歴が語られています。

全生園の患者さんたちが植えた桜並木。

「自分たちは囲いから出られなかったから、せめて桜だけは自由にさせてあげたい」という思いから一切剪定されていない桜。

とても大きく野生味のある桜。

桜以外にも亡くなった人のお墓代わりに植えられた木があったりなど、一本いっぽんの木それぞれの長く深い物語があるそうです。


自分たちの生を理不尽なかたちで封じ込められた状態でもなお何かに託さなければ全うできなかった生の哀しさを想像すると胸が痛くなります。


「私たちはこの世を観るために、聞くために生まれてきた」という言葉が心に染みます。

ぜひどうぞ!

朝、夫と会話していたときのこと・・・

私は食卓に座り、夫はベランダとの境のガラスに背を向けて、お互い顔を見ながら。

会話の前半は夫がしゃべり、次いで私が受け答えするようにしゃべっていて、ふと夫を見るといつの間にか私に背を向けて意味もなくベランダの向こうに広がる空を見ていました。


別のとき・・・

テレビのリモコンを持った夫は自分がしゃべるときは消音にするか、テレビそのものを消します。

一方、私が話す段になると手持ち無沙汰なのか、突然テレビの音量を上げたり、テレビを凝視したり。


日頃礼儀うんぬんを論じる夫としては失礼な態度ではないでしょうか??


今日はそのことについて抗議してみたところ・・・

男女の特性の違いからどんどん話は遡って歴史的考察に移り、古代エサを得るために狩りをしていたという男の習性に着地しました。

いつも歴史好きな夫の口車に乗せられるかたちで煙に巻かれてしまいます^_^;


「だから?」「何の関係があるん?」と突っ込みを入れたくなるのをかろうじて我慢して・・・延々と狩猟民族について語っているのを尻目に私も負けずにテレビを凝視しました。





さて今日は中脇初枝氏著『きみはいい子』のご紹介です。


「ある雨の日の夕方、ある同じ町を舞台に、誰かのたったひとことや、ほんの少しの思いやりが生むかもしれない光を描き出した連作短篇集。
夕方五時までは家に帰らせてもらえないこども。
娘に手を上げてしまう母親。
求めていた、たったひとつのもの―。
それぞれの家にそれぞれの事情がある。それでもみんなこの町で、いろんなものを抱えて生きている。
心を揺さぶる感動作」


地方の書店員から火がついてベストセラーになったといわれる作品、私は観ていませんが、今年6月には呉美保監督、高良健吾&尾野真千子主演で映画化もされたそうです。

2012年第1回静岡書店大賞
2013年第28回坪田譲治文学賞
2013年度本屋大賞第4位


中脇初枝氏について
1974年徳島県生まれ、高知県育ち、高知県立中村高等学校在学中に小説『魚のように』で第二回坊っちゃん文学賞を受賞してデビュー(データベースより)


2010年の大阪2幼児置き去り死事件をきっかけに執筆された児童虐待をテーマとした作品。

「サンタさんの来ない家」「べっぴんさん」「うそつき」「こんにちは、さようなら」「うばすて山」の5つの短篇が収録されています。


それぞれの章ごとの語り手は異なりますが、共通するのは区内最大の児童数を有し、窓からは富士山が見えるという40周年間近の桜が丘小学校や“パンダ公園”と呼ばれる烏ヶ谷(うがや)公園がある桜が丘という町が舞台となっています。

話題になって久しい「学級崩壊」や連日新聞の社会面を賑わしている「児童虐待」、「育児放棄」、「モンスターペアレンツ」などのテーマが柱。

テーマ自体が重く、決して読後感がさわやかとは言えませんが、それぞれのラストにはほんのりと希望の光も射す予感を感じさせるものもあります。

あたしはみんなおぼえている。
小さな小さな手。のばすと、大きな手ではらいのけられた。手をつないでほしかっただけなのに。小さな手は、大きくなり、今、小さな頭をひっぱたく。
おさえられない怒りにつながる、忘れられない記憶。
あたしはみんなおぼえている

幼い頃に感じた疎外感はどれくらい年を重ねても身に深く潜って、何かの折に火山の溶岩のように噴出してくるというのは度々耳にします。

私自身は生まれてすぐ養父母にもらわれ、ずっと実父母とも交流しながら両親にあり余るほどの愛情をもらったという揺るぎない確信があり、その延長上に精神の安定があります。


自分が認められていない、愛されていないというネガティブなフィーリングを持って大人になった人たちはまず自分を愛することができないといいます。

自分を受け入れてこそ他者を受け入れることができると。


自分を顧みて、丸ごと自分自身を受け入れることができているとは思えませんが、精神的に安定しているということを通して、親からの充分すぎる愛情をもらったことが基盤になっていると確信をもって言えるのは幸せです。


たとえ家族ではなくても自分をいつも気にかけていてくれる存在を確信をもって感じることができることが人が安定して生きる第一歩だと思います。


かつて虐待を受けた経験があるため子どもを持った暁には絶対に手を出さないと強く決めていたにもかかわらず、現実には毎日幼い娘に暴力をふるい続けてしまう母親が主人公の「べっぴんさん」にもあるように、人はなぜ同じ過ちを繰り返すのかという負の連鎖を断ち切ることも命題になっています。


毎日のニュースや新聞の社会面を通して、何の問題もない家庭を探すのが難しいほど現代の家族の形態は多様ですが、私はたまたま温かい家庭に育ち、自分では少なくとも温かい家庭を作ろうとやってきたことは幸運だったと強く思ったことでした。

「たまたま」としかいえないことが社会を埋めていると思える昨今です。

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