VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2015年12月

「急に寒くなったね~」

「近場の温泉に行くか」

ということで急に話がまとまり、お互い手帖で日程を確認したら、明日明後日しかない、ということになり急遽ネット検索して評判のよさそうな安価な宿を予約しました。

口コミには裏切られてばかりですが、やはり頼りは口コミしかなく、半信半疑ながら1つの旅館を選択。

今回は島根県松江市にある玉造温泉。

大山の麓、宍道湖の近くです。

今から30数年前、2年間近くの米子に住んだことがあり、この辺りはお馴染みの懐かしい土地。

当地から玉造まで中国自動車道、山陰自動車道を使って約3時間半。

途中冠雪の大山がくっきりと見えて・・・小学生だった長女と長男を連れて毎週スキーに通いつめた思い出が蘇ってきました。
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冬の雪かづける大山遠見ゆる樹樹のあはひのきらめきのなか

そしていちばんの思い出は次男が生まれたこと。

だから米子を離れた年数イコール次男の年齢と同じ。


偶然に、実父と養母の故郷が米子という縁で、先祖のお墓があり、零落して故郷をあとに岡山に出てきた祖父母と私の実父と養母を含む11人はさまざなな苦労を経て、実父が会社を興して成功した段階で、お家再興を念じて米子に大きなお墓を再建したという経緯があり、私たち一家がいた2年間に実父の名代として、先祖の過去帳やお位牌の修理などに奔走しました。

当時米子でいちばん大きな旅館に親戚一同30名ほどが集って法事をしたことも懐かしい思い出です。


そのときから約30年を経て、実父が興したいくつかの会社は2つを残して泡と消えました。

広大な庭と茶室、蔵のあった実家も銀行のものとなり、2年ほど前更地になった土地に6軒の建売住宅が建ちました。

本社の建て屋も他の企業に買われました。


せめてもの救いは崩壊する前に実父が亡くなっていたことです。


小さな石炭の商店から実父と養母・・兄妹が力を合わせて軌道に乗せた事業は実父の力で当地では有名な企業となり、実父はその経営能力を買われて銀行の仲立ちで管財人となり数社の危うい会社の経営建て直しをしたこともありました。

幸いにも夫は外部の会社員だったので巻き込まれることはありませんでしたが、サラリーマン時代、何度か実父に入社を誘われたことがありましたが直前でご破算に。

実父はたいそう血族を重んじる人間だったので、夫を警戒したことは今となってはよかったことかもしれません。

血族を重んじるばかりに託した私の弟である息子の能力を見る目が濁ってしまったというのが崩壊の原因でした。


「かたちあるものはいつかは崩れ去る」というのを身をもって知った出来事の1つでした。


話が横道に逸れましたが、今回の旅館は総合評価5つ星・・・お値段が安くて申し訳ないほどでした^_^

写真は旅館の中庭。d043e05b.jpg





さて本日は近藤史恵氏著『はぶらし』のご紹介です。

「10年ぶりに会った友達を、どこまで助けたらいい?
揺れる心が生み出した傑作ミステリー!
脚本家の鈴音は高校時代の友達・水絵と突然再会した。
子連れの水絵は離婚して、リストラに遭ったことを打ち明け、1週間だけ泊めて欲しいと泣きつく。
鈴音は戸惑いながらも受け入れた。
だが、一緒に暮らし始めると、生活習慣の違いもあり、鈴音と水絵の関係が段々とギクシャクしてくる。
マンションの鍵が壊されたり、鈴音が原因不明の体調不良を起こしたり、不審な出来事も次々と起こる。
水絵の就職先はなかなか決まらない。
約束の1週間を迎えようとしたとき、水絵の子供が高熱を出した。
水絵は鈴音に居候を続けさせて欲しいと訴えるのだが……。
人は人にどれほど優しくなれるのか。
救いの手を差し伸べるのは善意からか、それとも偽善か。
揺れる心が生む傑作ミステリー!」


著者・近藤史恵氏の作品の中で自転車ロードレースを題材のシリーズに魅了された時期があり、今回も著者に惹かれて手に取りました。

このブログにアップしている著者の作品は次の通りです。

『サクリファイス』『エデン』『サヴァイヴ』は自転車ロードレースの物語。

『タルト・タタンの夢』は小さなフレンチ・レストランを舞台のプチ・ミステリ。

ぜひぜひお勧めです。


さて本書に戻ります。

主人公・鈴音は脚本家として活躍する36歳、恋人と別れたばかりという失意を除けば仕事も順調で比較的豊かな独身生活を送っています。

そんな中、10年ぶりに高校時代の友達・水絵に強引に1週間だけ居候させてほしいと頼まれます。


物語のスタート時点で、「あれっ、著者のいつもの作品の雰囲気とはちがうな~」と思いましたが、頁を捲る手が休まず・・・なんていうことのないテーマですが、興味深い内容でした。


自立した女「鈴音」と夫のDVが原因で離婚したシングルマザー「水絵」。

作品全体を彩るのは2人の女性の距離感、価値観の違い。


タイトルになっている「はぶらし」がその違和感を表わして妙です。

最初の晩、「新しいはぶらしを買ったら返すから」と鈴音からはぶらしを2本借りた水絵。

翌日水絵はコンビニではぶらしを買い、昨晩借りた使用済みのはぶらしを鈴音に返します。

たった歯ブラシ二本、別に新しいものを買って返してもらえなくても鈴音は気にしない。
おそるおそる聞いてみた。
「買った新しいのは?」
「え?さっき使ったわ」
そう言われて返す言葉もない。
たった歯ブラシ二本だ。腹を立てるのも大人げない。
そう考えながら、鈴音はなんともいえない不快さを覚えていた・・・
人に好感を抱いたり、動物や子供を可愛いと思えるのも、責任がないからだ。
通りすがりの犬を、「可愛い」と思ったからといって、「じゃああげます」と言われたら即座に断るだろう・・・
愛情の壺は有限で、しかも底が浅い。


困っている人に手を貸したいと思う気持ちはだれにでもあると思います。

発端はだれでも純粋な気持ちからスタートしますが、そのうち相手が思ったような反応をしてくれなかったりということが続くと次第に齟齬が生まれ、相手に対する不信感、嫌悪感が湧いたり・・そういった自分の気持ちに対して自己嫌悪に陥ったり・・・だれにでも経験がありそうな人間の心理をなんてうまく掬い上げて描いているのでしょう。


人に手を貸すことの難しさを突きつけられた作品。

あなたはどこまで助けてあげられますか?

月2回参加している歌会の歌友のおひとりに鳥にとても詳しい男性がいらっしゃいます。

短歌を始める前はほとんど鳥に関心がなく、カラス、うぐいす、すずめ、つばめ、鷺などほんのわずかな周辺の鳥しか知らなかったのですが、そのTさんの詠まれる短歌はほとんど鳥が題材になっていて、それに派生して今まで知らなかった鳥に関する知識もたくさん伝授していただいています。

Tさんに聞いたところ当地でもゆりかもめがそろそろ飛来しているということで、先日ゆりかもめに会いに夫と車を走らせました。

後楽園に近い橋付近の旭川にたくさん見られるというネット情報を頼りに探しましたが見られず、港の方まで車を走らせ、やっと河口付近の岸壁にたくさんのゆりかもめを発見!

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冬の波ひかる河口にゆりかもめ朱きくちばし並べて憩ふ

思わず走りよったところ、数羽は驚いて飛び立ちましたが、すぐ舞い戻ってきてちょこんと岸壁に整列したのがとてもほほえましくしばらく見つめ合っていました。

夜は大きな池や中洲、海上などを塒とするらしく夕刻にはいなくなるそうです。

京都の鴨川に飛来するゆりかもめは夕方になると比叡山上空を通過し、琵琶湖で夜を過ごすというのだから驚き。

餌は魚や甲殻類が基本、昆虫や雑草の種子なども食べるそうです。

今度は食パン持参で会いにいこうと思っています。




さて今回は東野圭吾氏著『マスカレード・イブ』のご紹介です。

「ホテル・コルテシア大阪で働く山岸尚美は、ある客たちの仮面に気づく。
一方、東京で発生した殺人事件の捜査に当たる新田浩介は、一人の男に目をつけた。
事件の夜、男は大阪にいたと主張するが、なぜかホテル名を言わない。
殺人の疑いをかけられてでも守りたい秘密とは何なのか。
お客さまの仮面を守り抜くのが彼女の仕事なら、犯人の仮面を暴くのが彼の職務。
二人が出会う前の、それぞれの物語。
『マスカレード』シリーズ第2弾」


以前このブログでもアップした『マスカレード・ホテル』 の続編。

続編として上梓されてはいますが、時系列的には『マスカレード・ホテル』で活躍したホテルウーマンの山岸尚美と刑事・新田浩一が出会う前のそれぞれの物語を描いた短編集となっています。


今回も日本橋にある「ロイヤルパークホテル」がモデルの高級ホテル「ホテル・コルテシア東京」が物語の舞台となっています。


未読の方はまず本書を読まれたあとで『マスカレード・ホテル』を読まれるといいでしょうが、ホテルウーマンの理想像を前面に押し出しすぎて違和感がある上、ミステリーの要素があまりにも単純で読み応えのない内容、移動中の乗り物や待ち合いで軽く読まれるにはいいかな、という感想。

文庫なので手に持ちやすく退屈しのぎの一冊としてどうぞ。

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歌会が行われている部屋からの紅葉

今日は死ぬのにとてもいい日だ

生きているものすべてが、わたしと調和している
すべての声が、わたしと歌をうたっている
すべての美が、わたしの目の中で休もうとして来る
すべての悪い考えは、立ち去っていった

今日は死ぬのにとてもいい日だ
わたしの大地は、わたしを穏やかに取り囲んでいる
畑には、最後の鍬を入れてしまった
わたしの家は、笑い声に満ちている
家に子供たちが帰ってきた
うん。今日は死ぬのにとてもいい日だ

(プエブロ・インディアンと生活するナンシー・ウッドの詩より引用)

このような最期が迎えられたら最高だろうなと思うこの頃です。


週1度の服薬の影響で軽い吐き気があり、その後しばらく胃腸が不調になるので林檎ばかり食べている私の状況を知っている友人が「小蜜」という小さな蜜りんごを送ってくれました。
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一般的な縦切りではなく輪切りに、という説明書通りに切ると実のほとんどに蜜が・・・。

そして今日は別の友人から柚子や大根、かぶ、ほうれん草、春菊などの冬野菜をたくさんいただきました。

柚子ジャムや千枚漬などの保存食を作ったり、一日野菜の処理をしていました。
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夜はかぶと白菜とベーコンのクリーム煮、ほうれん草の白和えなどなど野菜づくし。

野菜のストックが冷蔵庫にあるととても心が豊かになります。






さて本日は堂場瞬一氏著『神の領域』のレビューです。


「あの日、誰よりも速かった君は、俺たちの神々しい英雄だった-。
発見された長距離走選手の死体。
横浜地検の本部係検事・城戸南は、ある殺人事件を追ううちに、陸上競技界全体を蔽う巨大な闇に直面する。
それは、箱根駅伝途中棄権という城戸自身の苦い過去とその後の人生に決着を迫る闘いとなった。
あの『鳴沢了』も一目置いた横浜地検検事の事件簿」




鶴見川の河川敷の橋の袂で発見された撲殺事件を担当することとなった横浜地検の本部係検事・城戸南が主人公。

かつて箱根駅伝のレース中膝の痛みが襲い、たすきをアンカーに渡す前に棄権してしまった苦い過去をひきずったままの城戸南。


堂場氏の作品は大きく分類すると警察小説とスポーツ小説に分けられますが、両者が交じり合ったものとして注目されている本書。


元箱根駅伝走者だった城戸が検事として横浜地検に赴任して起きた殺人事件を通して、かつて神と崇めた男と対決するというのが簡単なあらすじ。


事件の解決が柱というより、新しい主人公・城戸という人間にスポットライトをあて、陸上選手としてすべてを賭けていた学生時代、箱根で崩れた瞬間、心の傷を秘めて一念発起して司法試験に合格したこと、検事としての日々と職場での諸々、変則的な家庭生活・・・これらを事件の経過に微妙にからめながら物語が進んでいきます。


警察からの情報を待つだけでは事件の真実はつかめないとばかりに、検事でありながら活動的に捜査に立ち向かう「検事・城戸南」の第1作、著者はきっと次作を視野に入れて魅力的な主人公を造形したのではないかと思われましたが、いまだ登場していません。

多作な著者なので・・・いずれそのうちに、と期待して。

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一年のたつのが速いこと!

今年は喪中葉書の枚数がとても多く・・・ほとんどが90代の親御さんを看取られた方からのものでしたが、中にご子息やご子息のお嫁さんを亡くされた方がいらして特段に想像するだに辛い気持ちになりました。

この世のいちばんの不幸は子どもを先に亡くすことといいますが、察してあまりあります。

薄墨で簡素に告げし享年の少(わか)きを知ればなほ切なかり


そんな中100歳近い方々の死が多く、長寿社会の現実を著しているようです。


1ヶ月ほど前、SNSで親しくしていただいているUさんのお父様が旅立たれましたが、81歳という若さ、まだまだこれから人生を楽しまれる年齢なのにと思うほどお若く感じてしまいました。


これからどれくらい平均寿命が伸びるのでしょうか。


医学の進歩やアンチエイジングの研究が盛んな昨今、なかなかすんなり旅立たせてくれないような予感がして・・・。



それはさておき師走に入り、何だか気持ちだけ慌しくなりました。

大体の掃除は年の半ばに済ませるという習慣を数年前より得たうえ、夏にお嫁ちゃんが換気扇や水回りをきれいにしてくれたので、大掃除はパス。


年末まで仕事のある長男一家と、1月2日に大切な仕事がある長女は帰省しないし、フーテンの次男は予定立たずなので年末年始は多分夫婦2人。


もっと早くに子どもたちが表明してくれていたら、夫婦でどこか逃避行したのにね、と夫と話しているところ(――;)


来年のカレンダーもぼつぼつといろんなところから集まってきて、あまり買うことはないのですが、昨年売り切れで買えなかった二十四節気のカレンダーを手に入れました~。
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大先輩のzensanさんの娘さんの眞理ちゃんのところで拝見して、ほしくて探していました。

これさえあれば短歌が作れそう・・・とはいきませんが、見るだけで楽しそう^_^


そろそろ年賀状も準備しなければ、と思うこのごろです。




さて今回は角田光代氏著『私のなかの彼女』のご紹介です。

「いつも前を行く彼と、やっと対等になれるはずだったのに──。
『もしかして、別れようって言ってる?』
ごくふつうに恋愛をしていたはずなのに、和歌と仙太郎の関係はどこかでねじ曲がった。
全力を注げる仕事を見つけ、ようやく彼に近づけたと思ったのに。
母の呪詛。
恋人の抑圧。
仕事の壁。
祖母が求めた書くということ。
すべてに抗いもがきながら、自分の道を踏み出す彼女と私の物語」


地方都市から大学入学のために上京した主人公・和歌が大学生活を終え、作家として悪戦苦闘する1980年代後半から20年間ほどの日常を描いています。

やや著者の自伝的要素のある小説。

「デビュー前に私は、(早稲田大学の)文芸学科という創作科で、ゼミで小説を習っていたんです。そこでとにかく小説を書いて先生に見てもらっていたんですが、20歳くらいで一度自分が望まないジャンル、ジュニア小説の分野でデビューしたんですね。
いまふりかえってみても、自分がやりたいと思っていないジャンルで働かなければいけないのは、ひとつの苦悩でした。
そこから抜け出すために3年間、文学賞に応募し続けるのですが、最終までいっても落ちてしまうんですね。
最終までいって落ちるということは、押しがひとつないんだと思って、その押しはなんなのかとすごく考えていましたね・・・
自分が文学賞の選考委員をするようになって思ったんですが、選ぶ基準って本当に簡単なんですよね。
誰も書いてないものを書けばいいだけなんです。
それがとても難しいんですが、そう考えると私が新人賞を受賞できたのは、誰も書いていなかったものが書けていたのかな、と思います」

池上冬樹氏との対談で著者はこのように語っていらっしゃいます。


地方から出てきた世慣れていない和歌は同級生となったスマートで博学な仙太郎に憧れに似た気持ちを抱き、交際がスタート。

在学中に独特のイラストレーターとして注目を浴びてマスコミの寵児となった仙太郎にますます眩しいほどの恋心を抱き、方やどれひとつとして耀く才能を持たない自分を卑下しますが、あるきっかけから物を書くことに目覚め、小説家としてスタートした和歌と仙太郎の位置関係は徐々に逆転、次第にその恋愛感情も変容していきます。


平凡な和歌が小説を書くきっかけになった和歌の祖母の生き様が、二人の恋愛感情の変容の過程に縦糸のように絡まって物語が進行するという構成。


子どものころとても大きな存在と尊敬していた人が、自分が大人になったとき自分と同等かそれ以下のように思えた経験は多くの人が経験していらっしゃるのではないでしょうか。


和歌と仙太郎の気持ちの変遷も似たような・・・というより仙太郎の心に芽生えた和歌に対する意外感とか焦りが手に取るようにわかり切ない内容になっています。


潔く脱帽できない苛立ち、自分が思ったように成長できない苦しみがどんどん二人の距離を離していきます。

反対に和歌は自分が昼夜を分かたず書き続けることで家事全般を仙太郎に委ねることへの罪悪感にさいなまれます。

「下地がなくても小説はかんたんに書けるものなんだ」

「支えになるものがないといつか書けなくなる」

仙太郎の発する折々の言葉は和歌の心を深く傷つけます。

結果的に二人は別れ、別々の道を歩むことで物語はラストを迎えます。


等身大の著者と重なるであろう部分も多く、きっと読者は私小説として読むだろうということも見越してこの物語を書かれたのではないでしょうか。


ほとんどがフィクションであろうとは思いますが、和歌の心を占める多くの部分が著者のものであろうと想像したら・・・角田氏はなんて古風な女らしい心を持った人なんだと思いました。

今日は篠田節子氏著『長女たち』をご紹介したいと思います。


「親が老いたとき、頼りされるのはもはや嫁でも長男でもない。
無責任な次女、他人事の兄弟…
追いつめられた長女の行く末は?痴呆が始まった母のせいで恋人と別れ、仕事も辞めた直美。
父を孤独死させた悔恨から抜け出せない頼子。
糖尿病の母に腎臓を差し出すべきか悩む慧子…
当てにするための長女と、慈しむための他の兄妹。
それでも長女は、親の呪縛から逃れられない。
親の変容と介護に振り回される女たちの苦悩と、失われない希望を描く連作小説」


本書にはそれぞれ長女を主人公の3篇の中篇が収録されています。

本書執筆について著者は次のように語っていらっしゃいます。

「本書は医療ミステリーをという執筆依頼を受けて書いたものです。
それぞれ独立した作品ですが、書き上げてみたら家庭内での役割が昔と変わってきた長女の姿が三編を通して浮かび上がってきたので、このタイトルにしました・・・
お金持ちほど外からは家の中がうかがい知れず、だからこそいろいろ問題を抱えてしまいがち。
たとえば第三話の母子は明らかな共依存関係です。
家庭の内側にライトを当てて、反射させるかたちで社会の大きな問題をとらえられればと考えました・・・
小説は、社会はこうあるべきだっていうメッセージを発信するものではないけど、介護が家庭の中に閉じ込められてしまったときに悲劇は起こるということだけは伝えたい。
介護と子育ては外部に開かれていかないと、社会全体の精神の健康も保たれないと私は思っています」


高齢化社会の真っ只中にいる日本、さまざまな問題が浮き彫りになっています。

認知症患者が増えているというのもそのひとつ。

寝たきりや認知症の親を介護している娘や息子が出口が見えない苦しみから尊属殺人への道に突き進んだというニュースもよく耳にします。


篠田氏も記していらっしゃるように、「介護が家庭の中に閉じ込められてしまったときに悲劇は起こる」という典型の事件が各所で起きています。


介護だけではなく子育ても同様に閉じ込められた空間でどんどん追い詰められていく過程を想像すると苦しくなります。


3篇はそれぞれ育った環境も生まれも違う3人の長女の苦悩が描かれていますが、3女に生まれてはからずも長女となった私にはそれぞれの苦悩がよく理解できました。


生まれてすぐ実父の妹夫婦のところの実子となった私ですが、最後に養母を看取るまでその責任感に押しつぶされそうになったこともあります。


ここに描かれている長女はそれぞれ長女としての責任感がとても強く、それゆえ生き難い日々を過ごしています。

1話の主人公・直美は認知症の母親の介護のために仕事を辞め、恋愛も諦めるという日々。

2話の頼子は父親を孤独死させたという過去から逃れられないまま、異国の僻地に医師として赴任します。

3話の慧子は糖尿病を患いながら無自覚の母親の介護と父親が経営する病院で多忙な父親の名代として奮闘しています。


あらすじを簡単に記せば上述のようになりますが、それぞれ人間の心の美醜を浮き彫りにしていてとても深い内容になっています。


私の実父母、養父母、そして義母はもうこの世にいませんが(義父は結婚前に死亡)、それぞれの旅立ちには言葉にできないドラマがあり、今思い出してもよくがんばったなと思えます。


私の中では唯一無比の大切な母だった養母は100歳という高齢で旅立ちましたが、亡くなるまで長い介護があり、長女であり1人娘という責任感に押しつぶされそうになったことも多々あります。

多くの部分を夫が分担して支えてくれたことで全うできたと感謝しています。


4人の父母と義母は他の子どもたちに比して私にはとても優しく信頼して接してくれたので、介護に関しては恩返ししたいと強く思っていました。

こんな経験を通して思うのは最後は心VS心の勝負だなあと。


私の周りには、生前随分傷つけられたにも関わらず手厚い介護をしている方々がいらっしゃいますが、私がそんな目にあっていたら出来たかどうか、、、自信がありません。


脱線ついでに、力いっぱい生きて滅んだ私の実の父母、兄弟姉妹のことをいつかこのブログに記録しておきたいと思っています。


最後に、本書は介護という事象を通して現代の問題点を炙り出していて秀作だと思います。

興味ある方はどうぞ!

街角の小さな雑貨店兼カフェに上野千鶴子さんがいらっしゃるというので行ってきました。

ほんとうに小さな会場で20人も入ったらいっぱいになるようなところに40人ほどが詰めました。

「女たちのおしゃべり会/戦争させない1000人委員会おかやま」主催の語り合いの会。


NPO法人WAN(ウィメンズアクションネットワーク)の活動をされている上野さん。

この語り合いの場の前に聴衆150人を前に「地域で支えるおひとりさま時代」という演題で講演をされた流れで来られたのでした。


著書は何冊か読んでいるうえ、朝日新聞の悩み相談の回答者のおひとりとしての発言を通して抱いていたイメージより小柄でかわいらしい方でした。

しかし相変わらず舌鋒は鋭く、働く女性の現状や非正規雇用の現状など、現政府批判を交えて語っていらっしゃいました。

街カフェで上野千鶴子は語りたりリべラルの皮を被りし男らのこと

2時間の会はあくまでも語り合いという形式、出席者の人々から気楽な質問や相談も飛び出して和気藹々の会でした。


ということで今回は上野千鶴子さんの著書から・・・

上野千鶴子氏著『上野千鶴子の選憲論』

 
「70年近く続いた「護憲」VS「改憲」の対立。
そんななかに、著者は、第三の選択肢を提示する。
すなわち「選憲」──現行の憲法を功罪共に検討したうえで、もう一度選び直しましょう、という提案である! !
「護憲」でも「改憲」でもない第三の道とは?憲法の精神を守るために。1000人の聴衆に感銘を与えた幻の横浜講演。その感動がここに甦る! 」
「護憲」VS「改憲」


戦後から護り続けてきた私たちの憲法ですが、昨今それを変えようという改憲派のほうが勢いがあり、護憲派は分が悪そうにみえるという現状を鑑みて、著者は第3の選択肢を提示しています。


すなわち「選憲」・・・現行の憲法を功罪共に検討したうえでもう一度選び直しましょう、という提案・・・横浜市弁護士会主催の「憲法講演会」においての講演録をもとに加筆修正を加えて書き下しされたものが本書です。


2012年に自民党の憲法改正推進本部から提出された「自民党改憲草案」と従来の「日本国憲法」を比較検討しながら進めていくという形式を取っていて・・・自民党改憲案を読んだことのなかった私にはとても興味深かったです。


前文の冒頭から、日本国憲法のなかにある戦争の反省にあたる文章が、自民党草案では消えていたり、日本国憲法第一条「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く」という内容に「天皇は、日本国の元首であり」という文言が付け加わっています。


加えて草案では「国旗は日章旗とし、国歌は君が代とする」に続いて「日本国民は、国旗及び国歌を尊重しなければ
ならない」という文言が加わっているという指摘。

それに従ってかどうか、大阪市長・橋下徹の主導で教育行政基本条例が成立、教育公務員が学校行事で国家掲揚のときに起立しなかったり国家斉唱しなかったら処分の対象としたことを受けて物議を醸し出したのは記憶に新しいと思います。


このように細かく両者を読み進めて、いよいよ自民党草案第98条「わが国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる」という文言に触れています。

「外部からの武力攻撃」とあり「他国からの軍事侵略」でないことに注目、範囲がぐんと広がると著者は指摘しています。

ひとつひとつの検討を記すと長くなりますので、興味ある方は本書を読んでいただけたらと思います。


最後に著者は「選憲」という言葉を「第三章 護憲・改憲・選憲」で次のように説明しています。

「選憲とは、現在ある憲法をもう一度選びなおしましょうという提案です・・・
戦後生まれのわたしたちの世代にしてみれば、生まれる前にできた憲法は、自分で選んだわけではありません。
戦後生まれが人口の四分の三以上を占めた今日、憲法をもう一度選びなおすという選択肢を、その憲法ができたときには生まれていなかった人たちに、与えてもいいのではないかと思います・・・
わたしの選憲論は、もし憲法を選びなおすなら、いっそつくりなおしたい、というものです。
その際、どうしても変えてほしいのが一章一条の天皇の項です。
象徴天皇制というわけのわからないものは、やめてほしい。
これがある限りは、日本は本当の民主主義の国家とはいえません・・・
議会では多数の専制によって意思決定が行われ、国民投票も風向き次第でどこにどう流れるか分からない。
それでも主権者として意思決定の機会を持とうじゃないか、というのが選憲論です」


最終個所にある「本当に守らなければいけないのは、国家ではなくて人間である」という文章が著者のいちばん言いたかったことだろうと思いました。

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