VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2016年02月

目下週一度の卓球が唯一の運動といえば運動。


今年に入ってから新薬の効果で右手首の腫れと痛みが軽減していてずっとラケットを握れるようになって嬉しい^_^


またいつ効果が薄れるか・・・不安ですが今のことだけ楽しんで。


一時は球拾いに徹していましたが、今は2時間を短い休憩を入れて6人の仲間とパートナーを入れ替えながらラリーをしています。


ただ運動のためなので試合もなし・・・ただラリーのみ。

百八でラリー途切れて嘆声と歓声響く卓球場に


なにが楽しいの?といわれそうですが、対する5人はそれぞれに打ち方に個性があってそれがおもしろいのです。


どうしてもラリーが続きにくい人とかいろいろ。


私がいちばん下手という認識があるので小さくなっているつもりですけどね。



写真は時折の散歩で見つけた用水路の真鯉、春を待っています。


繁茂する水草のあひに群なして真鯉が憩ふ 春はもうすぐ







桜木紫乃氏著『ワン・モア』


「月明かりの晩、よるべなさだけを持ち寄って肌をあわせる男と女。
傷はいつしかふさがり、ふたたび生まれかわるだろう―。
死の淵の風景から立ちあがる生の鮮やかなきらめきの瞬間を情感豊かにつむぐ、今注目の著者による傑作小説」


6篇の珠玉のような連作短篇集。

柿崎美和と滝澤鈴音というふたりの主人公を軸に物語が展開します。

最初の「十六夜」に登場する柿崎美和。

市民病院で安楽死事件を起こし道東の小さな島の診療所に飛ばされた美和の物語。


美和の造形がなんともすごい・・・ほんとはすばらしいといいたいけれどそんな言葉では形容できないほど。

その離島で出会った男と女。

女は美和、男は将来を嘱望された競泳選手だったがドーピングにより選手生命を絶たれた漁師・昴。


捨てるものなどもうなにもないような男と女の刹那の逢瀬が暗い夜の浜辺で繰り広げられて切ない。


人を傷つけることを躊躇しない美和の残酷さは息を呑むほど。


しかしこれでは終らないこの連作。


次の「ワンダフル・ライフ」ではもうひとりの主人公・滝澤鈴音の病気を軸に喪失と再生の物語が描かれています。


「おでん」の主人公は滝澤医院の近くの書店の店長・佐藤の物語。

同棲相手のDVから逃れ、佐藤に助けを求めてきた元アルバイト店員との一時的な恋愛と別れが佐藤の目線で描かれていてこれも単独で切ない。


「ラッキー・カラー」の主人公は鈴音の病院の看護師・浦田寿美子。

50歳を直前に5年前に恋心を告げられたがん患者との再会に揺れる微妙な女心が描かれていて胸キュンです。


次の「感傷主義」に登場するのは鈴音と美和の高校時代の同級生で、共に医学部を目指していたが家庭の事情で放射線技師になった八木。

医師と放射線技師という高い壁を自らが心に築き、コンプレックスを抱えて鈴音と美和を遠ざけていた八木が鈴音の病気をきっかけにその壁を越えてふたりと向き合う様子が描かれています。

そしてラストの「ワン・モア」、見事な物語の完結です。


今までの桜木作品と一味も二味も違うテイストを味わえるのはこのラストがあるから。


希望の波が一気に押し寄せるようなラスト・・・最初の「十六夜」との対比がすごい!

読みおわって胸にあついものが溢れてくるような。


でもやはり私は最初の「十六夜」が著者らしくていちばん惹かれましたけど。


おススメです!!

2月19日は二十四節気の「雨水」のはじまり。

この日から「啓蟄」までの期間をいいます。

地上にもいよいよ陽気が発生し、雪や氷はとけて雨や水になる季節。


春の小さな鼓動を感じることできる季。

ふきのとう、梅、ねこやなぎ、サンシュユなどの小さなつぼみが寒さに立ち向かっている様子が健気です。


この「雨水」に雛を飾るとよい伴侶に恵まれるという言い伝え。

そして雛をしまうのは「啓蟄」の日。

ちなみに今年の「啓蟄」は3月5日だそうです。


孫のアスカに幸あれと我が家でもお雛様を飾りました^_^







さて本日は梯久美子氏著『愛の顛末』のご紹介です。

「こんなにも、書くことと愛することに生きた!
小林多喜二、三浦綾子、梶井基次郎…
運命の出会い・悲恋・ストーカー的妄執・死の床での愛。
明治・大正・昭和に生きた文学者12人の知られざる愛の物語を辿った、珠玉のノンフィクション」


日経新聞に連載していた「愛の顛末」を一冊にまとめたもの。




[目次]
小林多喜二―恋と闘争
近松秋江―「情痴」の人
三浦綾子―「氷点」と夫婦のきずな
中島敦―ぬくもりを求めて
原民喜―「死と愛と孤独」の自画像
鈴木しづ子―性と生のうたびと
梶井基次郎―夭折作家の恋
中城ふみ子―恋と死のうた
寺田寅彦―三人の妻
八木重吉―素朴なこころ
宮柊二―戦場からの手紙
吉野せい―相克と和解


著者は日本本土決戦を阻止するためだけに最後の砦となった「硫黄島」で指揮を執った栗林中将の生涯を描いて第37回大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞された『散るぞ悲しき』を上梓されたノンフィクション作家として有名です。

 
命を賭して戦う以外の道がなかった人々と遺された家族を描いて涙なくしては読めないほどの内容の濃いノンフィクション作品としていまでも忘れられない一冊となっています。


著者は上記の作品においてと同様に本書でも対象となる各人の作品や手紙といった資料を綿密に調べておられるのはいうまでもなく、それぞれの作家の方々の足跡を1つ1つ丹念に辿るという作業を通してそれぞれの人となりに迫るという手法で幾多のノンフィクションを上梓されています。


[目次]をざっと追っただけで興味を曳かれる作家たち。


無私の愛といえば崇高ですが、中にはストーカーまがいの妄想的な愛、自分のなかだけで膨らんでいった愛など多種多様。


中でも近松秋江は女性に対する常軌を逸した執着を描いた作品を遺して有名ですが、私生活においても実際の女性に対して妄執を持ち続けたことが窺われます。


また『氷点』を作家生活のスタートとしてキリスト者の目線で多くの作品を描いた三浦綾子の愛ある生涯にも迫っています。

彼女の生き様はご自身の著書『道ありき』に描かれたとおりですが、2人の男性への愛を真摯に貫き通された生涯に胸を打たれます。


生涯妻子を愛した中島敦、恋多き女性として名を馳せていた宇野千代を巡って夫・尾崎士郎と対峙した梶井基次郎、また宮柊二の戦場から妻に宛てた愛の手紙も心に沁みます。

戦争が終ったあとはお互いに処分することを約束した手紙、柊二との約束を破り妻が密かに取っておいた手紙の数々はのちに歌人・宮柊二の記録として世に出ています。


ほかに限られた命と決められたなかで短歌と愛に淫した中城ふみ子や、小林多喜二と恋人の田口タキのことなど、いつの世もさまざまな愛に支えられて人は前向きに生きることができる、というのを教えられる秀作です。

ぜひどうぞ!

友人が神戸の病院に術後検診に行くのにかこつけて同行。

三ノ宮を拠点に元町商店街をウインドウショッピング。


小さな手提げ形式のバッグを50%offで買えたりして・・・嬉しい^_^


懐かしい西村珈琲店で休憩したりおいしい中華を食べたり、久しぶりの神戸を満喫しました。


神戸行きの明け方の春雷、そして春一番がかなりの強風で吹き、気象も雨マークだったので不承不承傘を用意していましたが、どうにか持ちこたえて・・・


夫いわく私が悪天候の元凶・・・いつものセリフですけど、春一番まで呼び寄せるパワーが私に備わってきたとは!


この超能力を生かして何かビジネスができないかしら、と思うこの頃ですけど。




さて今回は季節にふさわしいタイトルの作品です。

藤沢周平氏著『早春 その他』


「主流を外れた職場、地方で入婿状態の息子、妻子持ちと交際中の娘。五年前に妻を亡くし、まだローンの残る建売の家で一人、主人公は自分の役目は終ったと感じている。
そんなある日、娘に再婚を勧められ―。
初老の勤め人の寂寥を描く『早春』。
加えて時代小説二作と、作家晩年の心境をうつしだす随想、エッセイを収録」





平成9年の1月に逝去された著者の歿後に刊行されたのが本書。

藤沢氏には珍しい現代小説ですが、初出は昭和62年1月号の「文學界」、古い作品です。


現代小説1篇と時代小説2篇、エッセイ4篇が収録されています。


ここでは主に現代小説「早春」について。


文芸評論家の桶谷秀昭氏が解説の冒頭で次のように述べていらっしゃいます。

「藤沢周平が、もしもはじめから現代小説を書き続けてゐたら、
といふ思ひがこの『早春』を読んだときに胸に浮かんだ。 
この仮定につづく結論は、残念ながらかんばしいものではない。 
彼は無名作家でをはったであらう。 
あるいは、せいぜい、目立たない心境小説の作者としてをはったであらう・・・」


『早春』は凡作である、といわれているようですが、続けて「時代小説の作者藤沢周平が生まれる原因を暗示してゐる」とも記していらっしゃいます。


たしかに時代小説家への素因というのは感じられますが、凡作というのはどうか。


社会の片隅にいる登場人物に光を当ててその人間の根底にあるペーソスを描くということにおいてはいつの時代にも共通するものがあり、著者の筆を通して著されるそれは本書においても成功していると思えます。


妻が病に倒れ、その看病のため転勤を願い出て閑職に追いやられた初老のサラリーマンの主人公。

まもなく妻が死に、長男は地方の大学を出て地元の女性と結婚、不倫相手と生活を共にするため家を出る準備中である長女との2人暮らし。


期せずして徐々に家族が自分から離れゆく過程に孤独を深めていく主人公。


もう戻ってこない早春の日々を妻との思い出を通して回想する初老の男の姿が実際の痩躯の著者と重なって味わい深い内容になっています。

よかったらどうぞ!

どこへも出かけない一日。

朝からコロッケを山ほど作って、一部を冷凍。

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次男に送るものがあって、ダンボールの開いたところの詰め用に「何がいい?」と聞いたところいくつかの好物が記されたメールが返ってきました。


未だにひとり暮らしで柴の仔犬と暮らしている次男は料理もまったくしない・・・というか休日も返上するほど仕事に没頭している日常なので・・・きっとコンビニ弁当の日々。


たまには送ってあげようかな、とメールに羅列していたものをいくつか作りました。


「ピリ辛こんにゃく」「ピーマンの甘辛炒め」「コロッケ」「鯵の南蛮漬け」「ワカメとたこの酢の物」など。

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ちなみに次男はまったくお酒を飲みませんが、所望したものをみるとお酒の肴になりそうなものばかり。


白ご飯もほとんど食べないので、おかずだけ食べるのかな?・・・それもドッグフードだけの小春の目の前で^_^;


 



さて本日は小川洋子氏編集『小川洋子の陶酔短篇集』です。


「短篇と短篇が出会うことでそこに光が瞬き、どこからともなく思いがけない世界が浮かび上がって見えてくる。
魅惑の16本と小川洋子のエッセイが奏でる究極の小説アンソロジー集!」


小川氏によって選ばれた時代を超えた16の短篇小説と小川氏によるそれぞれの短篇へのオマージュというべきエッセイのコラボ。


著者によって厳選された短篇もさることながら、著者のエッセイの味わい深いこと!


2つの作品の交差によって醸し出される不思議な魅力。


本書に先駆けて同様の形式で上梓した『小川洋子の偏愛短篇箱』の続編に位置するもの。


想像力と筆力の豊かな著者ならではの今までトライされたことのないとっておきのコラボ第二弾です。


16の短篇小説の著者はいずれも数々の賞を持つ名だたる作家さんがずらり。


順不同ですが、挙げると・・泉鏡花氏、川上弘美氏、武者小路実篤氏、色川武大氏、小池真理子氏、岸本佐知子氏、小池昌代氏、武田泰淳氏、木山捷平氏、魚住陽子氏、庄野潤三氏など。


著者のエッセイがプラスしてよりおもしろさが引き出されたと思われるのが色川武大氏「雀」と著者のエッセイ「死後の父」、武者小路実篤氏の「空想」と著者の「空想倶楽部」も興味深いコラボ作品でした。


それにしても小川洋子ワールドのテリトリーの広さといったら!


おそるべし!

寝る前に本を読む習慣については先日書いたとおりですが、短歌を詠み始めてからは、まず短歌関係の本を読んでから、本来の読書に移る、という習慣が2年ほど続いています。


ベッドサイドのテーブルには脈絡のない本が乱雑に積まれていて・・・その上にカレンダーの裏を利用したメモ帳とペンとポストイット。

ポストイットは気になった個所があれば貼れるように。


なにしろ寝た状態でしか読書も学びもしないという怠惰極まりない私。


メモ帳はもっぱら思いついた短歌の断片などを書いておくためのもの。


たいてい夜中とか早く目が覚めた明け方とかにメモすることが多いのですが、神経質な夫と同室なので、ベッドサイドの明かりをつけるのを控えているなか、暗がりでメモすることも多く、この明け方思いついたすばらしい(と思った)歌の切れ端を忘れないうちに、と暗闇でメモしたのがこれ → cb3d0f2e.jpg



朝、このすばらしい歌を早くパソコンに、と逸る気持ちで電源を入れ・・メモを見て・・・愕然!


なんのことやら・・・ひとかけらも思い出せなくて・・・私の代表歌になったかもしれないかけらが砕け散りました(――;)





本日は岡井隆氏著『わが告白』のご紹介です。

「男女の愛とは何だろうか――。
二度の離婚。
そして五年間の恋の逃避行。
日本を代表する大歌人には、語られざる過去があった。
文学者として世俗的な栄誉をすべて受けた今、封印してきた記憶が蘇る。
そして、嫉妬と悪意の嵐。
裁判沙汰になったストーカー騒動にも巻き込まれ、決して平穏な日々は訪れない。
最初で最後の小説」


短歌をしない人には馴染みがないかもしれませんが、塚本邦雄氏、寺山修司氏とともに前衛短歌の三雄の1人としてデビュー、短歌界では有名な歌人です。


1928年生まれの現在88歳。

「未来」短歌会発行人。

日本藝術院会員であり歌会始選者、2007年から宮内庁御用掛として天皇皇后両陛下の歌のご指導をしていらっしゃいます。

また元医師であり元大学教授という別の顔を持たれた方。

それにもましてその奔放ともいえる鋭角的な生き方がなんとも潔いというかすさまじい・・・女性遍歴。


61歳のとき年齢差が32歳ある現在の妻と知り合い恋に落ちますが、そのとき彼には妻と3人の子供がありました。

その前にも別の妻と子供がいて、さらにその前にも別の妻と子供。


置き去りにした5人の子供と3人の元妻・・・『わが告白』というタイトルの重々しさは彼に悔悟があるとすればそこからの自然の発露的なものであろうと思われて。


私が岡井隆の短歌に初めて触れたのは、短歌を始めて間もない頃。

系統立てもなくむやみやたらに有名な和歌や短歌を読み漁っていた数年前。

薔薇抱いて湯に沈むときあふれたるかなしき音を人知るなゆめ

あやとりのやうにこころをからませて一組のこの男女は沈む

性愛のまにまに頽れゆきにしや岡井隆といふ青年は


射抜かれました。

なんとなまめかしい歌を詠む人なんだろう!・・・というのが短歌を始めたばかりの私の素直な感想。


どんな人なんだろう?

この答えが本書にあるか、といえば甚だ疑問です。


「わが告白」というからにはなんらかの告白があるはずと読み進めても、肝心のところにいくと言葉が撓んでなされない、というのは著者ご自身も自覚して言及していらっしゃること。


若き頃左翼運動に参加したこともあるという著者が思想的に左から右へと転向したという事実や転機にも触れず、3度にわたり妻子を捨てて逃避行を繰り返したという具体的な事実にも明確な記述なし、というか、告白しようと努力はするものの筆が止まるということを繰り返すばかり。


他のタブーとされるような皇居や両陛下の描写、長年ストーカー被害にあったという裁判内容など、思いのままに、まるで大木が自由に枝を伸ばすように描いていて、それが複雑な構造を呈していてたいへん読みにくい作品となっています。


そんな枝葉に並行して現在共棲みしている32歳年下の妻・恵理子さんとの日常が事細かに描かれていて、失礼を承知でいうとまるで一貫性のない有名人の日記という体。


一貫性のない、という延長には名誉欲、天皇崇拝、そして西洋への憧れなど、人間味溢れる多くの欲望を持ち、それを隠さず公にしているところはかえって素朴な方だと感じてしまいます。


かつてのマルキスト、3度の出奔を通して社会と遮断した時期を持った人・・・とは到底思えない。


もちろん超一級の短歌の数々を詠まれるという歌人ではありますが、両陛下に作歌を指導される立場に選ばれていることを考えれば、古い慣習にがんじがらめと想像していた宮内庁の自由闊達な姿勢に拍手を送りたいと思います。


最後に少し短歌を挙げて終わりにしたいと思います。

あわあわと今湧いている感情をただ愛とのみ言い切るべしや

歳月はさぶしき乳(ちち)を頒(わか)てども復(ま)た春は来ぬ花をかかげて

抱くとき髪に湿りののこりいて美しかりし野の雨を言う
 
逢えば直ぐ表情をして訴うる片手に棘(とげ)をもつと今宵は

生きゆくは死よりも淡く思ほゆる水の朝(あした)の晴また曇

晩年をつね昏めたるわれと思ふしかもしづかに生きのびて来ぬ

友人から初物の筍をいただきました。

筍掘りの名人といわれている人がまだ霜の残る竹やぶでほんのかすかな土のやわらかさだけを頼りに掘った筍。

今の時期に毎年いただく筍はとても柔らかく貴重品です。

まだほんとに小さな筍、今回は筍ご飯と若竹煮にしてみました。

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ベランダの山椒の芽もまだ芽吹いてないので木の芽はなし。

今晩の夕食は若竹煮、筍ご飯、夫が初挑戦した蛸のやわらか煮、そしてSNS友のHさんのご主人の得意料理・豆腐グラタン。

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Hさんの日記で拝見して作ってみたかったもの。

アボカドと海老を入れて豆腐をベースのチーズ乗せグラタン風。

250度の余熱オーブンで10分。


どれもgoodでした。





さて今日はグードルン・パウゼヴァング氏著『片手の郵便配達人』をご紹介します。


「証言者はまもなくいなくなる―17歳で敗戦を経験した作者が戦後70年をかけて自らの内に熟成されたすべてを投げ入れ渾身の力をこめて描く“戦争の本当の姿”
ロシア戦線で左手を失い、故郷の山あいの村で郵便配達人として働く17歳のヨハンを主人公に、同じ年でドイツの敗戦を経験した作者が自分の生きてきた時代が犯した過ちを正面からみつめ、誰もが等しく経験せざるをえなかった『戦争の本当の姿』を渾身の力をこめて描く」




著者・グードルン・パウゼヴァングについて

1928年ドイツ領のボヘミア東部ヴィヒシュタドル(現チェコのムラドコウ)に生まれる。
15歳のときに父親が戦死。
17歳で第二次大戦の終戦を迎える。
戦後はボヘミアを追放され、母や弟妹とともに西ドイツのヘッセン州ヴィースバーデンに移住。
1983年『最後の子どもたち』
1987年『みえない雲』ほか86冊の本を著し、平和や環境保護をめぐる主題を多く扱っている。


さて本書に戻ります。


時代は1944年8月から翌45年5月までの第二次世界大戦末期。

舞台はドイツ中央部のチューリンゲンの森付近。

ナチス・ドイツのポーランド侵攻によって始まった第二次大戦の終盤に間に合わせの訓練を受けただけでロシア戦線に送り込まれ左手を失って故郷の山あいの村へ戻った郵便配達人・ヨハン。

7つの村を回って郵便を配り郵便を預かるのが仕事。


そんな彼の目を通して村の美しい情景や村人たちの人間模様、心模様が語られます。

「戦争」というテーマがなければ、とてもとても美しい物語。


森の樹木から漏れる光が耀いてきらきらひかる中を便りを配達したり受け取ったり、昼時になるとヨハンはどこかの家に呼ばれてごちそうになるという村人たちとの温かい交流。


そんな牧歌的な幸せの村を徐々に蝕んでゆく理不尽な悲しみや怒り。

読み手の私の胸にも溢れそうな哀しみが伝わってきて苦しくなるほど。


戦いに向かう少年たちのように、英雄を夢見て戦争に参加したヨハン。

傷ついて除隊したヨハンが郵便配達人として村の人たちに届けなければならなかった「黒い手紙」。

入隊して戦死した家族の死を告げるそれを通してヨハンの胸ははりさけそうになります。

「ハリネズミや熊のように、外界と縁を絶ち冬眠できたらいいのに」とまで思うヨハン。

「黒い手紙」を読む人の傍らにただ寄り添って見守る以外に無力のヨハンの姿を今の日本の同年代の若者と合わせることは到底できないほどかけ離れています。

周りが次々死んでいくことの体験がヨハンを一挙に老成した大人にしたかのようです。


ある時は戦地の夫や息子、兄弟と彼らの帰りを待ちわびる家族をつなぐヨハン。


戦地に行った夫を待ち続ける臨月の妻、出征した息子の消息を待ちわびる母親、ヒトラーを賛美する人、憎む人、そしてヒトラー・ユーゲントのリーダーからSS隊員になった孫の戦死を受け入れられずヨハンを孫オットーだと思い込むようになるおばあさん・・・


そしてヒトラーの自殺とドイツの降伏という形で終結した戦争。


7つの村にも待ち望んだ平和が訪れたようでしたが、著者はラストに衝撃的な結末を用意して物語を閉じます。



戦争というものの姿を戦場以外の場所で描いたこの作品のテーマは「戦争の日常」。


巻末の著者の言葉『日本の皆さんへ』を記して終わりとします。

「・・・ヒトラーの独裁政治は誘惑的でした。
自分が何をすべきか、自ら判断する必要はなかったからです。
従うことは簡単でした。
最上の方法を探ったり、他人に対して寛容であるよう努めたり、自分の責任において物事を決断する必要はないのですから。
私たちはその誘惑に負けたのです・・・
人は誰も心の奥底に闇を抱えているものですが、支配に身を任せるなかで、潜んでいた邪悪性が呼び覚まされていったのです。
私たちは抵抗せず、ただ付き従っていきました・・・」

なんと素直な悔悟でしょう。

だれの心にも潜む邪悪な闇を、国家的行事として国の後押しという大儀名分の下、表舞台に出せるという蠱惑に人々は抗えなかったという正直な告白には深く打たれます。

本書はパウゼヴァングの百冊目にあたる長編だそうです。


戦後70年、戦争の本当の姿を知らない多くの世代の人たちにも是非に読んでほしいと思います。

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