VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2016年03月

春の野に咲くムスカリのむらさきを寂しさの色と思ひこしなり
生涯未婚率というのが出ていました。

50歳までに一度も結婚したことのない人の割合を数値化したもので、男性で20.1%、女性で10.6%という統計。
この数値は過去最高だそうです。


確かに周りにも適齢期以上の未婚の男女がたくさん、かくいう我が家にも。

親元にパラサイトしている人もいれば、自立しながら独身のままという男女も。


親である友人たちもそれぞれに息子や娘の行く末に頭を悩ませていますが、それならそれぞれの年齢的に合う息子や娘をマッチングすれば簡単に解決しそうなものですが、そんなにスムーズに事が運ばないのが世の常(――;)


とりあえずは我が家の末っ子どうでしょうか、犬持ちですが??





さて今回はそんな未婚の男女の延長線上にある問題点を提起した作品。


上野千鶴子氏著『おひとりさまの老後』



「結婚していてもしていなくても、長生きすれば、最後はみんなひとりになる。
社会学者で、自らもおひとりさまである著者が、数多くのケーススタディをふまえ、ひとりで安心して老い、心おきなく死ぬためのノウハウを、住まいやお金などの現実的な問題から心構えや覚悟にいたるまで考察。
75万部のベストセラー」


2007年に刊行以来28刷75万部というベストセラーになった作品。


その後ベストセラーに気をよくしたのか、第二弾『みんな「おひとりさま」』、第三弾『おひとりさまの最期』が刊行されています。

著者は東大名誉教授であり、ジェンダー問題の権威であられる上野千鶴子氏。

現在NPO法人ウィメンズアクションネットワーク(WAN)理事長として講演などで啓蒙活動をされています。


「長生きすればするほど、みんな最後はひとりになる。
結婚したひとも、結婚しなかったひとも、最後はひとりになる・・・
少子高齢社会のいま、女性にとって“家族する”期間は短縮している。
配偶者がいても、平均寿命からすればほとんどの場合、夫のほうが先に逝く・・・
そこで、シングルのキャリアであるわたし(たち)の出番だ。
ひとり暮らしのノウハウならまかせてほしい。
そして、ひとりになったあなたといっしょに「おひとりさまの老後」を楽しもう、というのが本書のねらいだ」

「はじめに」には上記のような文言が並び、そして最後に「ようこそ、シングルライフへ」と私たち予備軍に扉を開いてくれています。


本書によると65歳以上の高齢者で配偶者がいない女性の割合は、55%と半分以上、80歳以上になると、女性の83%に配偶者がいないそうです。


ならば予備軍たる女たちはやがて来る「ひとりライフ」に備えて、必要不可欠な健康とお金、地縁友縁をいまから準備しましょう、という提案。


ずっとおひとりさまを続けているシングル代表の著者が実際に長い経験から会得してきた智恵がいっぱい詰まった作品です。


正直に言えば、書かれている内容はかなり生活水準ラインの上部の人々、ずばりお金に余裕があればこそ友人たちにも恵まれている中産階級以上の人々に通用する提言ではないかと思うことしきり。

実際レビューをググッてみると意外に不評だったのに半分納得しました。


老後のお金に恵まれていなかったり友人に恵まれていない孤独な人は今までの生き方でそれを構築してこなかった人というニュアンスが行間から読み取れることも多々。


とはいえ「高齢者の幸福度調査によれば、子どもと中途同居した人は、最初から同居している人や一人暮らしの人よりも幸福度が低い」というのも感覚的に共感できます。


「『いっしょに暮らそう』という子のささやきは悪魔のささやき。
財産を独り占めする魂胆だったり、親を放置する罪悪感からくる『義理介護』だったりする。
最初は『親孝行』を演じられても、長期間なんてムリ、そのうち深刻な葛藤が始まる」


「例え一人暮らしでも最後まで自宅で過ごしたい」という気持ちに添って昨今の高齢者福祉や介護ネットワークを具体的に紹介してくれているところは「老後の生き方ハウツー本」として手元に備えておけばいいと思える本です。


また何かといま話題の「孤独死」についてはかなりの枚数を費やして「孤独死でなにが悪い」と「孤独死」に纏わるネガティブなイメージを払拭する努力をしていらっしゃいます。


最後に東京都監察医務院に勤務する小島原將直氏の「孤独死」をめぐる講演録から・・・

「人は身内や知人の死をどんなに断腸の思いで経験しても死ぬ人の気持ちは絶対にわかりません。
自分が死んでないからです・・・
独居に至った経緯も極めて個人的な問題であり、それを他人が孤独であろうと推察するのは間違っています・・・
死はいつ襲ってくるかわからない。
そのためあまりにも妥協して、自分自身のない集団の中の人として人生を終らせないように日頃から孤独を大切にして生きたいものです」



そして小島原氏は次のような貴重な5か条を私たちに向けて発信してくださっています。

1  生を受けた者は死を待っている人。 よって独居者は急変の際早期発見されるよう万策尽くすべし。
2  皆に看取られる死が最上とは限らない。 死は所詮ひとりで成し遂げるものである。
3  孤独を恐れるなかれ。  たくさんの経験を重ねてきた老人は大なり小なり個性的である。 自分のために生き
   ると決意したら世の目は気にするな。
4  巷にあふれる「孤独死」にいわれなき恐怖を感じるなかれ。 実際の死は苦しくないし、孤独も感じない。
5  健康法などを頼るな。

無農薬コーティングなしの甘夏柑が手に入ったので久しぶりにマーマレードを作りました。

甘夏5個の皮と実でこれだけ→d593b547.jpg


皮と実の分量の65%ほどのきび糖。

以前は極限まで砂糖を控えめにしていて何度も失敗しているので自分としては大盤振る舞いに入れて。

おいしくできたつもり。


家事の中では料理を手軽にするほう、テレビで観たり新聞雑誌に載っていたおいしそうなもの、友人やブロ友の作ったものを参考にしたり・・・材料が揃わなくても代役を使って気軽に何でも作るのを特技としています。

ただし、込み入った難易度の高いもの以外。


なので少し前、持病が悪化して右手に痛みが出て包丁はおろか水道を使うのもハミガキも困難になったときはかなり打ちのめされてしまいました。

以前足の調子が悪くなり歩くのが大変だったとき以上のショックが続いていました。


昨年の栗のシーズンはそんな状態だったので渋皮煮も甘露煮もマロングラッセも作れなくて悲しかった。


今は新薬を追加して多少の痛みはあるものの、だいぶ改善しているので料理を作ることができることに感謝しています。


いつまで薬の効力が続くか、経験上不安がありますが、わからない先のことに気をもまず、今を大切にと言い聞かせています。





さて本日は渡辺和子氏著『面倒だから、しよう』のレビューです。



「小さなことこそ、心をこめて、ていねいに。
幸せは、いつもあなたの心が決める。
120万部突破のベストセラー『置かれた場所で咲きなさい』待望の第二弾」 


『置かれた場所で咲きなさい』のレビューはこちら →  




著者・渡辺和子氏について
1927年教育総監・渡辺錠太郎の次女として生まれる。
1951年聖心女子大学を経て、1954年上智大学大学院修了。
1956年ノートルダム修道女会に入りアメリカに派遣されて、ボストン・カレッジ大学院に学ぶ。
1974年岡山県文化賞(文化功労)、1979年山陽新聞賞(教育功労)、岡山県社会福祉協議会より済世賞、1986年ソロプチミスト日本財団より千嘉代子賞、1989年三木記念賞受賞。
ノートルダム清心女子大学(岡山)教授を経て、1990年3月まで同大学学長、現在、ノートルダム清心学園理事長。


タイトルの言葉は「面倒くさがり屋」の著者が常にご自分に言い聞かせてきた口癖だそうです。

「人は皆、苦労を厭い、面倒なことを避け、自分中心に生きようとする傾向があり、私もその例外ではありません。
しかし、人間らしく、よりよく生きるということは、このような自然的傾向と闘うことなのです」


本書には著者が感銘を受けた数々の言葉・・・マザー・テレサの言葉、マルチン・ブーバーの言葉、孔子の言葉、星野富弘氏の言葉などが散りばめられてとても心に入りやすい構成になっています。


そして著者ご自身の試練についても触れられていて琴線に触れます。

著者は30代半ばで当地・ノートルダム清心女子大学の学長になられたことは有名ですが、学校ではトップの地位にありながら、修道院に戻れば修道年限からいっても年齢にしても一番の若輩、初めての日本人学長への風当たりの強さと役割への葛藤という厳しい試練を与えられたことを記されています。

働き盛りの50歳で罹患したうつ病、60歳代半ばで罹った膠原病、その副作用による骨粗しょう症と3度の圧迫骨折とその痛みなど、その1つひとつを両手でいただいてこれからもみことばに支えられて生きていく決意を語っていらっしゃいます。


全能の神を崇めるという信仰を持たない自分ですが、珠玉のような数々の言葉にはとても励まされます。

「『自由』というのは、何でもしたいことをすることではありません。 
自分が本当にすべきことをできる人、してはいけないことをしないですむ人が、本当に自由な人です」

「『愛』の反対語は『憎しみ』ですが、本当の反対は愛の不在です。
誰かを『憎い』と思う時、そこにはまだその人に対する関心があります。
それは必ずしも望ましい、人と人との温かいかかわりではないかもしれません。
けれど、少なくともかかわりは存在します。
一番恐ろしいのはかかわろうとさえしないことです。
そして、相手が自分同様、喜びや悲しみを感じる人間であることを忘れ、人を物のように扱うことです」

「ほほえみはフラッシュのように、瞬間的に消えるが記憶には永久にとどまる……
もしあなたが、誰かに期待したほほえみを、得られなかったら、不愉快になるかわりにあなたの方からほほえみかけてごらんなさい。
実際、ほほえみを忘れた人ほどそれを必要としているものはないのだから」

「幸せは、いつも自分の心が決める」



凡人の常で実行できるできない如何にかかわらず、一時でも姿勢を正すチャンスを与えられたことを両手で受けとめたいと思わせてくれる作品です。

それぞれ別の日ですが・・・

春のひと日、笠岡の竹喬美術館とベイファームに。

夏はひまわり、秋はコスモスなど四季ごとに花を楽しませてくれる笠岡湾に面した5ヘクタールの干拓地。

いま、1000万本の菜の花が満開です。

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三月の風まだ寒し干拓地に一千万本の菜の花ゆれて


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また昨日は○○年ぶりに友人3人と後楽園に。

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烏城が見えます
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まだ開花宣言されていない後楽園の標本木。

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でも園内の他の桜の木にはちらほらと2つ3つの花。

あと1週間もすれば旭川の土手も見事な桜並木となるでしょう。






さて本日は井上荒野氏著『ママがやった』のご紹介です。

「ママはいいわよべつに、刑務所に入ったって・・・
小料理屋の女主人百々子七九歳と若い頃から女が切れない奇妙な魅力をもった七つ年下の夫。
半世紀連れ添った男を何故妻は殺したのか。
或る家族の半世紀を描いた愛をめぐる8つの物語」

8つの短篇からなる連作短篇集。


79歳の母が72歳の父を殺した。

冒頭にこんな衝撃的な事件が提示され・・・当然そこに到る過程が徐々に展開されると思いきや・・・やはり荒野氏の作品だけのことはあるシュールな仕上がり。

この夫婦には娘2人と息子1人という家族・・・冒頭の一話に登場する語り部の息子の牽引のあと、二話から七話まで家族それぞれの生き様が綴られ・・・ラストの八話でやっと冒頭の一話と繋がるといったストーリー展開。

共感できる生き様の家族がひとりも登場しない不思議な雰囲気の物語。


不思議というより不穏といった方が正しいかも。


この5人で構成する得体の知れないものが家族といえるなら、家族という固体の不気味さというか、掴みどころのない薄気味悪さを感じてしまいます。


「日常を生きることの綱渡りがここには描かれている」とは池上冬木氏の読後感。


新聞等に目を向ければ、日常茶飯事とはいえないまでもおびただしい家族間殺人事件が起こっている昨今、「家族」という今までの固定観念を壊さなければ、納得できないところまで来ているのかもしれません。


すすんでお勧めしたい作品ではありませんが荒野ワールドがお好きな方はどうぞ。


足元にも春は来にけりまだ眠る欅の下に姫踊子草
春は出会いと別れの季節。

各地で卒業式の話題。

子どもたちも巣立って久しく、学校行事などに疎くなっている私ですが、ネットを見ていたらこんな画像が投稿されていました。
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中学校の先生の最後の時間割。

巣立つ生徒が投稿したようですが、ちょっと泣かせます。


中高の教員免許を取得しながら教員の道を選ばなかった私は結婚後の一時期家で小さな塾をしていたことがあります。

中高の生徒たち5人1組をスタートに英語を教えていましたが、徐々に人数が増え、転勤で辞めるのを余儀なくされるまでの5年間で35人ほどの大所帯となっていました。


別れは辛く身をちぎられるほどでしたが、それぞれ別の塾に紹介してその地を離れました。


その後英語が好きになって英語に特化した大学に進んだ生徒たちもいて、今でもひとりひとりの顔や特性が忘れられなく、教え子たちの手紙は私の宝物となっています。


腰掛け程度の先生だった私ですらこんなですから長く教員を勤められた方々の淋しさはどのようなものか想像に難くありません。



今日は、こんな思い出にちなんだわけではありませんが、ひとりの高一の男子生徒の自殺を巡って教師たちとその母親が闘ったすさまじい記録をご紹介したいと思います。




福田ますみ氏著『モンスターマザー 長野・丸子実業「いじめ自殺事件」教師たちの闘い』


「たった一人の母親が学校を崩壊させた。
不登校の高一男子が、久々の登校を目前に自殺した。
かねてから学校の責任を追及していた母親は、校長を殺人罪で刑事告訴する。
人権派弁護士、県会議員、マスコミも加勢しての執拗な追及に崩壊寸前まで追い込まれる高校。
だが教師たちは真実を求め、ついに反撃に転じた――。
果たしてほんとうの加害者は誰だったのか?
どの学校にも起こり得る悪夢を描ききった戦慄のノンフィクション」


第22回 編集者が選ぶ 雑誌ジャーナリズム賞作品賞受賞&新潮ドキュメント賞受賞

ひとりのクレーマー保護者の虚言によって、史上最悪のいじめ教師に仕立てられた教師が名誉を回復するまでの壮絶な闘いを描いた『でっちあげ―福岡「殺人教師」事件の真相―』の著者の最新刊が本書です。


ちなみに著者は『でっちあげ―福岡「殺人教師」事件の真相―』で第6回「新潮ドキュメント賞」を受賞していらっしゃいます。


東京都の元小学校教諭であられた向山洋一氏が命名されたという「モンスターペアレント」という言葉。


耳にし始めてかなりの年数がたっていると思いますが、2008年に同名のテレビドラマが放映されて更に広まったそうです。


学校などに対して自己中心的かつ理不尽な要求をする親を意味するそうですが、この種の保護者が目立って増え始めたのは1990年代後半からだそうです。


3人の子どもの母親だった私は教師に対してほとんど謝った記憶しかなく、それはそれでもっと毅然と、などと義母に言われた思い出がありますが、躾けの行き届かない自分の子どもたちのことを思うと、ただ申し訳なく頭を下げるほかなかったダメ母でした。


本書の事件の発端は2005年12月。

軽井沢に隣接している長野県御代田町の丸子実業高校(当時)に通う高校1年生の男子の自殺。母親は所属していたバレーボール部内部でいじめがあったことを苦にしていたと証言。

夏から不登校が続いており「いじめをなくしてほしい」と記したノートも証拠として提出されました。


高校側は反論しましたが、これだけを聞くといつもの学校の隠蔽と思う人々は多かったと思います。


自殺から1ヶ月後、遺族である母親が依頼した東京弁護士会所属の高見澤昭治弁護士が記者会見し校長を殺人罪および名誉棄損で刑事告訴。

その上遺族側は長野県、学校長、いじめをしたとされる上級生やその両親を相手取って1億3800万円あまりの民事訴訟を起こしました。


少年の母親は以前から少年に対する虐待やネグレクトなどが疑わしく、県教育委員会こども支援課や佐久児童相談所が母子分離措置を計画していたといいます。


それらや、母親をいやがり何度も家出をしていたという少年の行動や言動を事前の同級生たちから丹念に聞き込んだ結果、学校長を初めとする被告たちは団結し、遺族側に対し「いじめも暴力も事実無根で、母親のでっちあげ。母親の行為で精神的苦痛を受けた」などとして、3000万円の損害賠償訴訟を長野地方裁判所に提訴しました。


それからの母親のすさまじい反撃は目を覆いたくなるほどの怖ろしさ。

しかもその異常な精神状態の母親の言葉を鵜呑みにして学校側を断罪していくマスコミや弁護士たちの糾弾ぶりもすさまじい。


ひとつの事件が起これば、その表層部分を捉えて悪か善かという分類に仕分けし、そして必ず正義の味方然とした知識人たちがさまざまな媒体でコメントする、というのは日常茶飯事に見られる構図。


今までそんな多数意見に踊らされた自分というのも認識しているので、本書は久々身に沁みました。


善と悪の仕分けは一見簡単そうでとても難しい。

黒と白の二元論で押し通すことも然り。


この裁判は少年の残した遺書の長野県特有の方言の読み解きが決め手となり、学校側が母親に対して起した損害請求がほぼ認められた上、校長が母親と弁護士に対して起こした損害賠償請求も「原告校長の社会的評価を低下させ、名誉を傷付けた」として認めらるという結果に終わりました。


この事件が教えてくれたこと。

「いじめ」=「学校側の隠蔽」という構図に乗っかり、世間で弱者の味方と言われている人々―人権派弁護士や著名なライター、大手新聞社、テレビ局などが、過去の常識的な立ち位置に縛られて物事を中立の立場で冷静に判断する力を見失ってしまったことだと思います。


その発言が社会に及ぼす影響が大きい知識人たちは言うまでもありませんが、普通の一般人である私もまた固定観念に捉われることの恐ろしさを痛感しました。


正義は時として強い圧力となって人の目を曇らせ、人の心を傷つけるということ。


そして一般レベルの小さな諍いでも、一方を鵜呑みにすることの恐ろしさをしっかり胸に刻まなければ。

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3月は母が生まれ、そして旅立った月。

早いもので今年で丸5年になります。

自宅での長い寝たきり生活の末最期を迎えたので、訪問医の他、ヘルパーさんたち、訪問看護師さんたちと私の間に交わした連絡ノートが何十冊も残されていますが、未だ見ることができないまま仕舞っています。


母にした唯一の孝行といえば、母より先立たなかったくらい、と思えば今も申し訳なさでいっぱいになります。


遍路路(へんろじ)の路傍に生ふる大葉子の無名の生を生きませり母は

有名な歌人がご母堂を詠まれた短歌はたくさんありますが、高野公彦氏のこの短歌がいちばん好きです。

道の辺に生えているおおばこを見ると、いつもこの歌を思い出し、そして連動して無名の生を精一杯生きた母のことを思い出しては切なくなります。


できうることならもう一度会ってありがとうとごめんなさいを心から言いたい、そんなことを強く思う弥生・春の日です。


生前、ちょうど秋川雅史さんの「千の風になって」が流行ったとき、その歌詞に深く共感した母が私に言った言葉を思い出します。


やさしい風が吹くと母であったらいいなと思いたい自分がいます。


千の風になりてわたしを護るとふ母なる風かカーテン揺るる






さて本日は辺見じゅん氏著『収容所から来た遺書』のレビューです。

「敗戦から12年目に遺族が手にした6通の遺書。
ソ連軍に捕われ、極寒と飢餓と重労働のシベリア抑留中に死んだ男のその遺書は、彼を欽慕する仲間達の驚くべき方法により厳しいソ連監視網をかい潜ったものだった。
悪名高き強制収容所に屈しなかった男達のしたたかな知性と人間性を発掘して大宅賞受賞の感動の傑作」


第11回(1989年) 講談社ノンフィクション賞・第21回(1990年)大宅壮一ノンフィクション賞受賞作。




著者・辺見じゅん氏は角川書店創業者の故・角川源義氏の長女。

角川家といえば28年前の騒動をすぐ思い浮かべられる方も多いのではないでしょうか。


辺見氏の弟で角川家の長男であり角川書店の社長・春樹氏がコカイン常用で逮捕、その少し前次男で副社長の歴彦氏の退任、それと時を同じくして春樹氏の長男・太郎氏のホモ・セクハラ事件。


当時マスコミを賑わしていましたが、現在角川書店を引き継いでおられるのは歴彦氏、春樹氏は「角川春樹事務所」を設立され、「ハルキ文庫」から様々な作家の作品を出版していらっしゃいます。


話が逸れましたが、角川家の長女として生まれた辺見じゅん氏は歌人としてもその実力を発揮された方で、父祖の地・富山を中心にした短歌結社「弦」の主宰者でもありました。


作家としてもノンフィクションの分野で活躍され、本書に先立って上梓された『男たちの大和』でも新田次郎文学賞を受賞していらっしゃるという実力者。



さて1989年の作である本書、昔に読まれた方もたくさんいらっしゃると思いますが、かくいう私もずっと以前に読みながらもブログにアップしていなかったので記録として残したく再読しました。


昭和20年8月15日、ポツダム宣言を受諾したのち、満州にいた60万人という日本人がシベリアに連行され、極寒の地で12年もの間強制労働を強いられた「シベリア抑留」。


本書はその抑留者であった山本幡男氏を主人公にしたノンフィクションです。


いつ帰国できるかという希望を持つことも許されない苛酷な労働の日々の中、常に前向きに生き抜こうとした主人公や仲間の抑留者たちの姿に強く強く胸を打たれた作品。


生き残って帰国した仲間とその仲間たちが頭に刻み付けた記憶に対峙し、丹念なインタビューを繰り返された著者の努力に敬意を表したいと思えるほどのすばらしい作品です。


ついに帰国を果たせずラーゲリで病死した本書の主人公・山本幡男氏の遺書を仲間たちが手分けして暗唱したり、メモ書きを服の縫い目などに入れて持ち出し、山本氏の死後2年以上ものブランクののち帰還後、便箋に書き起こしてはそれぞれの仲間たちが山本氏の妻に届けるというくだりは涙なしでは読めませんでした。


大宅壮一賞の選考にあたり、ノミネート作品に泣くことはほとんどなかったといわれる選考委員の立花隆氏も声をあげて泣かれたという逸話が残っているほど。


戦後の教科書にはGHQ 占領から戦後の高度経済成長までが語られていますが、本書を通して思うことは、名もない普通の人々の真実の物語であるゆえにこんなにも心を揺さぶられるのです。


その熾烈な環境の日本人捕虜収容所で山本氏が結成した俳句サークル「アムール句会」。

乏しい食糧や極寒の環境、過酷極まる作業ノルマの中、次第に人間としての感情を失ってしまうのも当然と思える状況の中、文藝の力で仲間たちに人間性を取り戻させることに奮闘していく山本氏の姿は神々しいほど。

文学というものの力にも目をみひらく思い。


「これは山本個人の遺書ではない。
ラーゲリで空しく死んだ人びと全員が祖国の日本人すべてに宛てた遺書なのだ」


余談ですが、私が好きな画家・香月泰男氏もシベリア抑留の折の苛酷な体験を多くの作品に託してのち亡くなられています。

山口県長門市にある香月泰男美術館及び山口市の山口県立美術館には多くのシベリア・シリーズが寄贈されていますので、機会があればご覧になったらと思います。


本書に関してはまだまだ山ほど書きたいことがありますが、長くなりますのでこの辺で。

未読の方、ぜひどうぞ!!

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明日で東日本大震災が起こって丸5年。


新聞でも2週間ほど前より震災のその後の特集を組み、犠牲者とそのご家族、被災者の方々の現在、そして被災地の今の様子、原発事故の後処理の進捗状態など日々掲載されていますが、たくさんの問題が未解決のまま、途方に暮れているという感じです。


あのような天災人災事故がなければいまもなお続いていたであろうささやかな日常が絶たれて持って行き場のない怒りを内包したまま気力を失くした人々のことを思うと胸が締めつけられます。



そんな中、原発再稼動第一号川内原発に続いてスタートしていた高浜原発3,4号機に大津地裁により運転差し止めの仮処分が出されました。

4号機の原子炉補助建屋で放射性物質を含む水漏れがみつかったり、送電を始めた直後に変圧器周辺でトラブルが起き原子炉が自動で止まったりという危険極まりない不安材料いっぱいの再稼動でした。


運転を差し止めた大津地裁の山本善彦裁判長は、東京電力福島第一原発事故の後も突き進む「国策」に疑問を突きつけ、福島の事故の原因究明は「道半ば」だと指摘したうえで、関西電力だけでなく、原子力規制委員会の姿勢にまで言及しておられます。


これに対し菅長官は原子力規制委員会の新規制基準を見直す可能性については今のところはないとの見解ですが、今後どうなるか。 


でも勇気ある仮処分決定に感謝と大きな拍手を送りたいと思います。



さて21年前神戸の東灘区で阪神淡路大震災を経験している私たち。


熟睡中の明け方住まいの天井が落ちてくるのかと思うほどの衝撃を受け、このまま死ぬのかと思いましたが、家具や電気製品すべてが壊れ「半壊」認定をもらったこと以外夫と私、次男は無事で今日を迎えています。


テレビや新聞など、これから起こるかもしれない地震など災害に向けて、事前の備えの必要性を度々呼びかけられている昨今、能天気家族なりに一応、防災グッズをと思い、夫と百円ショップでそれぞれ枕元に置いていざ持ち出せるボックスを購入したのが2年ほど前。

それがこれ → 9ebd3a1e.jpg



購入直後はいざというときのための携帯電話、キャッシュカード、印鑑など必要最小限のものを入れては枕元に置いていましたが、いかんせん2人とも揃って長続きしない性格、いつの間にか忘れられて・・・昨日発見して開けてみると・・・

なぜか夫のboxには歯間ブラシと櫛と使用済みの伸びたゴム、私のにはクリップ1つ。
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お互い突っ込みを入れたくなるようなバカバカしいものが鎮座していました。


災害は油断したころにやってくる






さて本日は浅田次郎氏著『アイム・ファイン!』のご紹介です。


「超多忙作家が目にした国内外の出来事は、筆を通してたちまち秀逸なショートストーリーへと姿を変えていく。
NHKドラマ『蒼穹の昴』の北京ロケに足を運んでみると…(「西太后の遺産」)、都内を愛車で走るうち警官に止められて…(「やさしいおまわりさん」)アメリカのレストランで目撃した驚くべき親子…(「デブの壁」)ほか、爆笑と感動の四十編を収録」


JAL機内誌「SKYWARD」に月�Tで掲載された原稿用紙7枚分のエッセイをまとめたもので、『つばさよ、つばさ』に続く第2巻の位置づけが本書。


「飛行機の座席を選ぶにあたって、私は必ず窓側を指定する。
旅慣れた人は通路側を好むものだが、どうも外の景色がみえないと損をしたような気がするのである」

1年の3分の1は旅の途にあるといわれる超多忙売れっ子作家の浅田次郎氏の好奇心のかたまりというべきご自身の目を通した国内外の出来事を氏独特の筆さばきで縦横無尽に書かれたエッセイ40篇が詰まっています。


私にとっては久方ぶりの浅田作品。


浅田氏といえば、陸上自衛隊に入隊、2年を経て除隊後はアパレル業界など様々な職につきながら投稿生活を続け、1991年『とられてたまるか!』でデビュー。


『地下鉄に乗って』で吉川英治文学新人賞、『鉄道員』で直木賞、その後『蒼穹の昴』や『中原の虹』などの清朝末期の壮大な歴史小説を手がけるなど、現在は日本ペンクラブ会長という座に就かれ、昨年は紫綬褒章を授与されるなど押しも押されもしない文壇界の重鎮となっていらっしゃいます。


が、しかし、私は何を隠そう、浅田氏がデビューのきっかけになった『とられてたまるか!』など一連のピカレスク小説の大ファンでした。


『勇気凛凛ルリの色』シリーズや『きんぴか』シリーズ、『プリズンホテル』シリーズの熱心な読者。


もちろん感動物、歴史物も一応読みはしましたが、浅田氏に初めて触れたのがピカレスク系だったので、その後の感動シリーズが妙にそぐわなくて今に到っています。



前置きが長くなりましたが、本書はそのピカレスク時代を彷彿とさせる筆致のエッセイ集。


久しぶりに面白く読了しました。


が、しかし、浅田氏、あまりにも富と名声に慣れっこになって文章の端々にちょっと鼻持ちならない雰囲気が読み取れて(もちろん路傍の石の僻みであるのは重々承知ですけど)ちょっと曳いてしまったのも事実です。


編集者を巻き込んでの海外取材旅行・・・私の敬愛する作家・吉村昭氏はとことん自費とご自分の目と耳と脚だけを信じて取材したのになぁ・・・などと言われもない比較をしたり・・・ごめんなさい


でも自虐ネタをコミカルに流すという文章力は健在、久しぶりに大笑いさせていただきました。

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