VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2016年05月

俳優の福山雅治さんと吹石一恵さんご夫妻が暮らす東京・渋谷区内のマンションの部屋に不法侵入したとしてこのマンションのコンシェルジュの女性が逮捕された事件がありましたね。

帰宅された吹石さんと鉢合わせしたそうな・・・。

女性はすぐ逃げて吹石さんに怪我はなかったそうですけど。

報道によると福山さんはマンション側に自宅の鍵を預けていたということ。


鍵を預かってもらうという行為とともに方や住人の鍵を預かるという管理会社の行為に驚きました。


30数年転勤を繰り返して、戸建て3ヶ所、マンション14ヶ所を渡り歩いた経験から・・1ヶ所だけ住民の鍵を預かる方式の管理会社がありましたが、その場合でも、厳重に特別な袋に鍵を入れ口を封印していました。

あとの13ヶ所のマンションはいわずもがな。


どれも管理のしっかりしたマンションでしたが、住民からの申し出があっても絶対鍵は預かってくれません。


状況によって預かってほしいなと思うときが度々あるんですけどね。


もちろんコンシェルジュの常駐している福山さんのマンションと私たち庶民の住むマンションとでは比較にならないのは承知していますが、まして厳戒態勢の高級マンションならなおさらのこと、コンシェルジュの方が鍵を自由に操れるのか???

管理人さんでさえ軽々しく扱えないのに。


疑問符で頭がいっぱいの事件でした。






さて今回は久々にわが愛する吉村昭氏の古い作品です。

吉村昭著『蚤と爆弾』

「ハルピン南方のその秘密の建物の内部では、おびただしい鼠や蚤が飼育され、ペスト菌やチフス菌、コレラ菌といった強烈な伝染病の細菌が培養されていた。
しかも、俘虜を使い、人体実験もなされた。
大戦末期、関東軍による細菌兵器開発の陰に匿された、戦慄すべき事実とその開発者の人間像を描く異色長篇小説」

1989年刊行(底本1970年)の本書。

私自身もさまざまな小説などのなかで知っているだけですが、悪名高き731部隊の設立から壊滅までを描いた小説。


同じ731部隊を題材にした森村誠一氏の有名な作品『悪魔の飽食』はノンフィクション仕立てとなっていますが、本書はあくまでも小説として書かれています。


しかし、やはり吉村作品、ノンフィクションの『悪魔の飽食』と比べても決して劣らない事実への追及の結果がこの作品にも結実しています。


ちなみに『悪魔の飽食』に先駆けること10年前に書かれたものです。


感情を排し、冷徹かつ公正な視点で事実のみを追い求めるという姿勢がそこここに見られてさすが吉村作品。


舞台は第二次世界大戦末期、ハルピン南部に建設された関東軍防疫給水部。


実在の石井四郎軍医中将の等身大を曽根二郎という主人公に置き換えて、目的のためなら手段を選ばない冷徹さと実行力で、医学の発展と戦勝国になるという2つの大義名分の下、捕虜を使っての生体実験とともに細菌兵器の開発へと突き進んでいく狂気の道程が淡々とした筆致で描かれています。


京大出身のため東大閥の医学界では成功しないことに絶望して軍医の道に進んだ曽根はスタート段階では戦場での疫病対策や浄水の確保のための濾水機を発明、多くの兵士たちを赤痢などの伝染病から救いました。

このように功なり名を遂げながら、思考を逆方向へ転換させ細菌兵器開発へと突き進んだ曽根の存在はやはり戦争の申し子といえるのではないでしょうか。

戦いの中ではだれでも狂気を持ちうる可能性はゼロと言い切れないことは様々な戦争の歴史が証明しています。


戦後、曽根は自らの研究施設を跡形もなく消して、あろうことかその研究成果と引き換えにアメリカ軍と取引をするというあざとさで戦犯からも逃れ、過去を秘匿して一般市民として生を全うしたそうです。


自らの罪に怯え戦々恐々と暮らした元731隊員との対比が際立つあざとさこそ許せない気がします。


決して読後感が爽やかな作品ではありませんが、興味ある方はどうぞ。

今日、伊勢志摩サミットも滞りなく閉幕した後、ハイライトであるオバマ米大統領の広島訪問が無事に終りました。

記憶のためにNHKの同時通訳によるスピーチの概要を記しておきたいと思います。

71年前の雲一つない晴れた朝、空から死が降ってきて、世界は一変した。
閃光(せんこう)と火の壁が街を破壊した。そして人類が自らを滅ぼす手段を持ったことを明示した。

 なぜわれわれはこの地、広島にやって来るのか。
そう遠くない過去に放たれた恐ろしい力について思案するために来るのだ。
10万人以上の日本人の男性、女性、子どもたち、数千人の朝鮮人、十数人の米国人捕虜を含む死者を悼むために来るのだ。
彼らの魂は私たちに話し掛ける。
そして彼らは私たちに内面を見つめるように求め、私たちは何者なのか、何者になるかもしれないのかを見定めるよう求めるのだ。

 広島を際立たせているのは戦争の事実ではない。
暴力的な紛争は原始人にも見られることが遺物から分かる。
石英から刃物を作り、木からやりを作ることを学んだわれわれの祖先は、こうした道具を狩りだけでなく、同じ人類に対して使った。
全ての大陸で、文明の歴史は戦争で満ちている。
穀物の不足であれ金(ゴールド)への渇望であれ、国粋主義の熱狂的な扇動や宗教的な熱意であれ、帝国は興亡し、人々は支配されたり、解放されたりしてきた。
節目節目で、罪のない人々が苦しみ、無数の死者を出し、彼らの名前は時間とともに忘れられた。

広島と長崎に残酷な結末をもたらした世界大戦は、最も豊かで最も強力な国々の間の戦いだった。
彼らの文明は、世界の偉大な都市や素晴らしい芸術を生んだ。
その思想家たちは正義と調和と真実についての考えを進展させた。
しかし、最も単純な部族間紛争の原因となった支配や征服への同じ基本的な本能によって戦争へと発展した。
古いパターンが新しい能力によって、新たな制約もなく増幅した。
 数年の間に、およそ6000万人が亡くなった。
われわれと何ら違いのない男性、女性、子供たちが、撃たれ、たたかれ、行進させられ、爆撃され、収容され、飢えさせられ、ガスで殺された。
世界中に、この戦争を記録する多くの場所がある。
勇気と英雄の物語を示す記念碑、言葉では言い表せない悪行がこだまする墓地や空になった収容所がある。

 しかし、この空に立ち上ったきのこ雲の姿は、人間性の中心にある矛盾を最も鮮明に想起させる。
われわれを種として特徴づけるひらめき、思想、創意、言語、道具を作ること、自然界から人類を区別し、自然をわれわれの意志に従わせる能力。
これらがいかに、不相応な破壊力もわれわれに与えるかということを。

 物質的な進歩や社会革新が、どれほどこの真実からわれわれの目をそらさせるのだろうか。
われわれは、より高度な理由のため、暴力を正当化することをいかに簡単に学んでしまうのだろうか。
全ての偉大な宗教は愛と平和と正義への道を約束するが、いかなる宗教にも信教を理由に人を殺すことができると主張した信者がいた。
各国は犠牲と協調の元に国民を結束させる話を説きながら台頭し、偉業が成し遂げられるが、同時にこうした話は自分たちとは異なる人々を虐げ、人間性を奪う口実に利用されてきた。

科学のおかげで私たちは海を越えて交流し、雲の上を飛び、病気を治し、宇宙を理解するが、こうした科学的発見はより性能のいい殺りく兵器にも変わり得る。

 近代の戦争は私たちにこの真実を教えてくれる。
広島がこの真実を教えてくれる。
技術は、人間社会の進歩を伴わなければわれわれに破滅をもたらす。
原子の分裂へと導いた科学的革命は、モラルの革命も必要とする。

 だから私たちはこの場所に来る。
私たちはここ、この街の真ん中に立ち、原爆投下の瞬間を想像せずにはいられない。
目の当たりにしたことに混乱した子供たちの恐怖を感じずにはいられない。
われわれは声なき叫びに耳を傾ける。
あのひどい戦争、これまで起きた戦争、そしてこれから起きる戦争で命を落とす全ての罪のない人々のことを忘れない。

単なる言葉だけでこれらの苦しみを表すことはできない。
しかし、私たちには歴史を直視し、こうした苦しみを食い止めるために何をしなければならないかを自問する共通の責任がある。

 いつの日か、ヒバクシャの証言の声は聞けなくなるだろう。
しかし、1945年8月6日の朝の記憶は決して薄れさせてはならない。
その記憶のおかげで、私たちは自己満足と戦うことができる。
その記憶が私たちの道義的な想像力をたくましくしてくれる。
その記憶が私たちに変化を促してくれる。

 そしてあの運命の日以来、私たちは希望を持てる選択をしてきた。
米国と日本は同盟を構築しただけでなく、戦争を通して得られたものよりもはるかに多くのものを私たちにもたらした友情も築き上げた。
欧州の国々は、戦場を商業と民主主義の結束に変えた連合を構築した。
抑圧された人々と国は自由を勝ち取った。
国際的な共同体は、戦争を回避し、核兵器の存在を制限、縮小し、究極的には廃絶を目指すための制度と条約をつくった。

 それでもなお、われわれが目にする国家間のあらゆる侵略行為、世界中でのあらゆるテロ、汚職、残虐行為、抑圧は、われわれの仕事が決して終わっていないことを示している。
悪事を働く人間の能力をなくすことはできないかもしれない。
そのため、国家、そしてわれわれが締結している同盟は、自身を守る手段を持つ必要がある。

しかし、私の国のように核兵器の備蓄がある国は、恐怖の論理から抜け出す勇気を持ち、核兵器なき世界を追求しなければならない。
私が生きているうちに、この目標を実現できないかもしれない。
しかし、粘り強い努力によって破滅の可能性を低くできる。
こうした備蓄の破棄につながる計画を立てることはできるし、他国への拡散や致死性の物質が狂信者の手に渡るのも阻止できる。

 しかし、それではまだ十分ではない。
今日の世界を見渡すと、最も粗末なライフルやたる爆弾でさえ、恐ろしい規模の暴力をもたらすことができる。
われわれは外交を通じて紛争を防ぎ、起きてしまった紛争を終わらすため、戦争自体に関する考え方を変えなければならない。
われわれの相互依存の拡大を暴力的な対立ではなく、平和協調への理念と見なそう。
破壊の力ではなく、つくり上げるもので国を定義しよう。

 そして、恐らく何にもまして、われわれは一つの人類の仲間として、お互いのつながりを改めて思い起こさなければならない。
これも、われわれ人類を類ない存在としている。
われわれは遺伝子情報によって、過去の過ちを繰り返すよう規定されてはいない。
われわれは学ぶことができる。
選ぶことができる。
われわれは子供たちに別の物語を話すことができる。
共通の人間性を描いたり、戦争の可能性を減らし、残虐さをそれほど簡単には受け入れたりしない物語だ。

 われわれはヒバクシャのこうした話を知っている。
原爆を落とした爆撃機のパイロットを許した女性がいる。
本当に憎んでいたのが戦争それ自体だったと分かったためだ。
この地で死亡した米国人の家族を捜し出した男性がいる。
彼らと自分自身の損失は同じと信じていたからだ。

私自身の国の物語も、簡単な言葉から始まった。
「全ての人間は生まれながらにして平等であり、その創造主によって、生命、自由および幸福の追求を含む不可侵の権利を与えられている」(米独立宣言)
この理想の実現は決して容易ではなかった。
わが国内や国民の間でさえそうだった。
しかし、この話に忠実であろうと努力する価値はある。
それは、真剣な努力に値する理想であり、大陸そして海を越えて広がる理想だ。
全ての人間の絶対的な価値を示し、全て生命は大切であるという揺るぎない主張だ。
われわれは皆一つの人類という家族の一員であるとの根源的で必然的な考え方だ。
これこそ、われわれ皆が伝えなければならない物語だ。

 これが広島を訪れる理由だ。
愛する人、自分の子供たちの朝一番の笑顔、台所の食卓越しの夫や妻との優しい触れ合い、心安らぐ親の抱擁といったことに思いをはせるためだ。
こうしたことに思いを寄せると、71年前にここで同じように大切なひとときがあったということが分かる。
亡くなった人々は、われわれのような人たちだ。
普通の人には分かることだと思う。
皆、戦争はたくさんだと思っている。
科学の驚異は暮らしの向上に焦点を当てるべきで、命を奪うものであってはならないと考えている。
国々やその指導者が決断を行うときにこの単純な知恵が反映されれば、広島の教訓は生かされたことになる。

 世界はここで永遠に変わってしまった。
しかしきょう、この街の子供たちは平和に一日を過ごすだろう。
それは何と貴重なことか。
それは守るに値することであり、全ての子供がそうあるべきだ。
これこそわれわれが選択できる未来だ。
広島と長崎が核戦争の夜明けとしてではなく、私たち自身の道義的な目覚めの始まりとして知られる未来だ。






さて今日はドロシー・ギルマン氏著『おばちゃまは飛び入りスパイ』をご紹介します。 


「孫が3人いるミセス・ポリファックスおばちゃまがナントCIAに志願した!ところが、ヒョンなことから採用に。さっそくメキシコへ飛ぶ。ユーモア・スパイ・シリーズ第1弾!」

著者ドロシー・ギルマンは1923年アメリカ・ニュージャージー州生まれ、4年前亡くなられています。

代表作はこの「ミセス・ポリファックス(おばちゃまはスパイ)シリーズ」、2010年にはアメリカ探偵作家クラブ 巨匠賞を受賞されています。

本書をスタートに14冊のおばちゃまシリーズがあり、今もなお読み継がれています。


本書は今を遡ること半世紀前の1966年に書かれた作品。


時代背景的な古さは免れませんが、主人公・ミセス・ポリファックスおばちゃまの造形があまりにも魅力的で奇想天外な内容ながらついつい惹きつけられてしまいました。


夫に先立たれ、子どもたちもそれぞれ独立しての平穏な日々をボランティアなどで費やしている平凡なアメリカのおばちゃまが、ある日子どもの頃からの夢であるスパイになることを目指しCIA本部へ乗り込む場面から物語がスタートします。

そこからは「そんなバカな!@@!」という展開であれよという間にスパイに採用されたおばちゃま。


本書ではおばちゃまの具体的な年齢は描かれていませんが、想像するに60歳~70歳の間くらい・・・何とも物怖じしないお茶目で魅力的なおばちゃま、亡くなった旦那様がつけたニックネームが「可愛いおばかさん」といういかにもチャーミングな茶目っ気のある女性です。


まったくの素人を採用したCIA側から与えられた任務はごくごく簡単なものだったにも関わらず、ちょっとした行き違いで事態はどんどんあらぬ方向へとなだれていき、あれよという間におばちゃまは捕らわれの身となってしまいます。


人生の崖っぷちといえるようなまわりが敵だらけという危険な環境の中で、その闊達で前向きなおばちゃまが敵をも自身のペースに巻き込み、最後にはめでたしめでたしとなる勧善懲悪の物語。


あまりにも予定調和的に物語がよい方向へと進んでいく感は否めませんでしたが安心して読めます。

水戸黄門のアメリカ版というところでしょうか。


無邪気で機転が利いて、バイタリティあふれ、不可能を可能にしてしまう意志力があり、常に前向き。

こんなおばちゃまに私はなりたい・・・宮沢賢治ではないけれど。

最近、徐々に広まっているノルディックウォーキングの講習会に参加しました。


いまから約80年前にクロスカントリースキーチームの夏場のトレーニングとしてフィンランドで始まったそうですが、今では世界中に広まり、フィンランドでは成人の20%に当たる人々が日常的に実施されているそうです。


特殊なポールを使ってのウォーキングは普通のウォーキングよりエネルギー消費量が約20%増加、医学的に調べると、血圧と血糖値が下がり、低体温が解消されるという結果が出ているそうです。


普通のウォーキングとちがい、上半身を使うので肩や首のコリの解消、肩甲骨の可動域の広がりにも貢献、猫背の改善にもなるといういいことづくめ。


私は数年前にインターネットでポールを購入していましたが、説明書を読んだだけでは正しい歩きが理解できなくてそのままクローゼットの奥に入れたままになっていました。


指導員の方の説明によるとポールにはディフェンシブタイプとアグレッシブタイプがあり、私が持っているのはディフェンシブタイプの方で、ポールの先が丸まっています。

アグレッシブタイプのポールの先は斜めになっていて、より効果的だということがわかりました。


ちょっと早まって購入した感がありますが、当面はこれで練習して、慣れたら・・・というより続きそうなら改めてアグレッシブタイプを購入しようかな、と。


何しろなにごとも続かない性格なのでどうなるか・・・私を知る友人たちには早まって用具を購入することを諌められていますけど。


高血圧でも高血糖でも低体温でもないので数値的な効果はわかりませんが、体感的に効果が感じられたらまたご報告したいと思います(^^)





さて本日はピエール・ルメートル氏著『天国でまた会おう』 をご紹介したいと思います。


「第一次世界大戦の前線。
生真面目な青年アルベールは、ある陰謀により死にかけたところを気まぐれな戦友エドゥアールに救われた。
やがて迎えた終戦だが、帰還した兵士たちに世間は冷たい。
絶望した二人は犯罪に手を染めるが――
『その女アレックス』の著者が放つ一気読み必至の傑作! 
フランス最高の文学賞、ゴンクール賞に輝いた長篇」


最近北欧に押されて影の薄かったフランスで注目度No1のピエール・ルメートルによる作品。


コニャック市ミステリ文学賞他4つのミステリ賞を受賞したカミーユ・ヴェルーヴェン警部シリーズ第1作『Travail soigné』のあと上梓した第2作『その女アレックス』がフランスでリーヴル・ド・ポッシュ読者大賞ミステリ部門、イギリスでインターナショナル・ダガー賞を受賞、日本でも「このミステリーがすごい!2015」海外部門第1位、「週刊文春ミステリーベスト10」海外部門第1位、「ミステリが読みたい!」海外編第1位、「IN★POCKET文庫翻訳ミステリー・ベスト10」第1位、本屋大賞翻訳小説部門第1位となりました。


ちなみにゴンクール賞に選ばれたという著者6冊目の小説である本書はミステリではありません。



『その女アレックス』はこのブログでもレビューをアップしましたが、これほどの人気にちょっと首を傾げる読後感でした。



さて本書は1918年11月、第一次世界大戦の西部前線からスタート。

攻撃の最中、自分の手柄を装うために偵察に出した部下の兵士2人を射殺した仏軍中尉プラデル。


自分の悪事に気づいたらしいアルベールをプラデルは生き埋めにしますが、間一髪、戦友のエドゥアールによって助けられたアルベールは、そのとき受けた砲弾の破片で顔の下半分を失ったエドゥアールとともにプラデルの目を避けてパリへ逃げ、彼を支えながら貧しい復員生活を共にします。


一方富豪の娘との結婚で富と権力を得たプラデル。


このように大きく隔てられた3人の運命が、2人の帰還兵が計画した国家を揺るがす詐欺事件によって交差することになります。


ここからはワクワクドキドキのエンターテインメント性あふれる大型ピカレスク!


しかしすんなりと勧善懲悪の話で終盤まで進むと思いきや・・・あとの展開は読んでのお楽しみに。


自分を助けたために人生が変わってしまったエドゥアールへのアルベールのやり切れない負い目と友情、エドゥアールと父との関係、帰還兵と国家の関係など、戦争によって生み出されたさまざまな問題を内包して大きな物語となっています。


ラストはあまりにもあっけない幕切れでしたが、『その女アレックス』とはテイストが異なった作品、よかったらどうぞ。

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先月14日の熊本地震の発生以降、1ヵ月を経過して震度1以上の地震が1500回に達したと気象庁の発表がありました。

地震の回数は減っているものの活発な状態が続いていて、今後少なくとも1ヵ月程度は、最大で震度6弱程度の揺れを伴う余震に十分注意するよう呼びかけています。


被災地の方々はどんなに怖いかと想像すると私も胸がドキドキしてきます。


様々な現状が放映されるたびに、阪神淡路大震災のときの被災のことを思い出してさぞ大変な思いをされているだろうとつい自分の身に置き換えてしまいます。


手立てがあるなら我が家へ被災者の方に避難してほしいと夫と話したり・・・。



阪神淡路大震災で家具と電化製品がすべて壊れて、身一つで学校の校庭に野宿したあと夫は大阪本社の独身寮に、私と次男は大津の義兄の家、そのあと川崎の娘の家に避難して2ヶ月以上住めなかった自宅の片付けに長男や夫の会社の部下のたくさんの方たちの力を借り、破損したすべての家具や電化製品、ガラスまみれになった衣類などをごみステーションに運びました。


1月17日を境に当時小学校6年だった次男は学校閉鎖で行けず、3月の終わりに校庭のテントで卒業式、中学の入学式も同じくテント。


その後次男は新しい校舎に建て替えられるまでのプレハブの仮校舎で3年間の中学生活を送りました。


ライフラインのすべてが整ったのは3ヶ月も過ぎた頃だったので、卒業式のための入浴にはガスがまだ使えず、お隣から借りた電気棒を水風呂に7時間ほど沈めてお湯にしたのも今では懐かしい思い出です。

辛うじて無事だった小さなカセットコンロでずっと煮炊きしていました。


食器や身の回りのものがほとんど破損して親戚や友人たちに手を差し伸べてもらい、どれほど多くのものを送ってもらったか・・・思い出すと感謝がこみ上げてきます。



こんなことを思い出すと、ますます熊本の被災者の方々に寄付以外の何かできることをしたいと思う日々です。


一日も早く安心してご自宅で寝られる日が来ますようにと祈らずにはいられません。







さて今日は桜木紫乃氏著『蛇行する月』のご紹介です。

「東京に逃げることにしたの――。
釧路の高校を卒業してまもなく、二十以上も年上の和菓子職人と駆け落ちした順子。
親子三人の貧しい生活を「幸せ」と伝えてくる彼女に、それぞれ苦悩や孤独を抱えた高校時代の仲間は引き寄せられる。
自分にとって、幸せって?
ままならぬ人生に一筋の希望を見出した女たちへの、エールに満ちた物語」


著者が描く女性はどうしてこんなに魅力的なんだろう・・・どの女性もそれぞれに個性も背景もちがうのにそれぞれの内面を浮き上がらせるような巧緻な描き方がすごい!


本書にも清美、桃子、弥生、美菜恵、静江、直子、順子という7人の女性が登場しますが、どの女性も幸せも不幸も丸ごとのみ込んで精一杯生きているといえるような潔さがまっすぐ伝わってきます。


本書の核になるテーマは「幸せ」という実態としては掴みどころのない概念。


「幸せとは何か?」という問いを自分自身に問いかけたことのない人はいないだろうと思える万人の永遠のテーマだと思いますが、本書ではある1人の女性を中心に6人の女性がそれぞれの幸せの意味について思いを馳せるというもの。


私が考える「幸せ」は「どんな状況でも自分が幸せと思えること」という至極単純な概念に至っていますが、まさに本書で著者が描きたかったのがこういうことではないかと思えました。


他人から見てある人がどんなに満たされた環境にいて溢れる愛を受けていてもその人がそれを幸せと思わなければ「幸せ」は存在しないというような。


作品の中で、大上段に「幸せとは何か」ということを著者に向けてことさら掲げることはしていませんが、それでもなお読者に考えさせる著者の力量には感服せざるを得ませんでした。


自分の幸せというものに他人の評価など介入させるのは無意味であるいうことが伝わってくる作品。


幸せを生み出すのは自分の心だけ。

そう確信できるような何かが本書にはありました。

桜木ファンの方、ぜひどうぞ!

最近マスコミに立て続けに話題を提供している東京都知事舛添氏。

先日行われた会見をちらっと見ましたが・・・

言い訳がこんなに聞き苦しいものだというのを改めて認識しました。


独断的な韓国人学校増設や都心から約100キロ離れた湯河原町の別荘通い、豪華な外遊の内容など、次から次に出てくること!


前猪瀬知事が金銭問題で躓いた後だったので舛添氏に勝手にクリーンなイメージを抱いていましたが、とにかくご自分のお金以外の公金などは立場を利用して何でも利用しようとする徹底した金銭感覚に愕然とするばかりです。

国会議員だったころからそういう傾向があったそう・・・。


お正月に妻子と4人で行った家族旅行でその経費を政務活動費に回した際の言い訳にも唖然とします。

そのホテルに政治関係者が来て政治の相談をしたというのがそれですが、その関係者の正体を聞けば、プライバシーの問題があるから口外できないと・・・信じる人がいるのでしょうか?

子どもたちに恥ずかしくないのか?


豪華海外視察旅行も合わせて、私たち庶民との金銭感覚のあまりの離れようにただ驚くばかりです。


「世界でいちばん貧しい」という称号をつけられたウルグアイのホセ・ムヒカ前大統領をほんの一部でも見習ってほしいです。


「世界で一番貧しい」という称号をどう思いますか?というインタビュアーの問いに対するムヒカ氏の答え・・・

「みんな誤解しているね。
私が思う『貧しい人』とは、限りない欲を持ち、いくらあっても満足しない人のことだ。
でも私は少しのモノで満足して生きている。
質素なだけで、貧しくはない」

ムヒカ氏の家は倉庫に毛の生えたようなところで、一番下の使用人の家よりも粗末だったそうです。

とても人を呼べるような家ではないので、外国からの客人を招待する時は友人の家を迎賓館がわりに使っていたという逸話が残っているほどです。


極端な例を出して比較するのは常識の外でしょうけど、政治家のみなさんには公金の出所についてもっともっと想像力を働かせて謙虚に使ってほしいと思いました。






さて本日は原田マハ氏著『モダン』をご紹介したいと思います。

「ニューヨークの中心、マンハッタンに存在し、1920年代から『ザ・モダン』と呼ばれたモダンアートの殿堂。
それが『MoMA』ニューヨーク近代美術館。
近現代美術、工業デザインなどを収集し、20世紀以降の美術の発展と普及に多大な貢献をしてきたこの美術館を舞台に、そこにたずさわる人々に起きる5つの出来事を描いた自らの美術小説の原点に取り組んだ美術小説短編集」


第25回山本周五郎賞&第147回直木賞候補&第10回本屋大賞第3位の『楽園のカンヴァス』や第149回直木賞候補の『ジヴェルニーの食卓』の他、『暗幕のゲルニカ』、『ユニコーン―ジョルジュ・サンドの遺言』などいくつかの美術小説といわれる分野の作品を上梓されている著者。


『楽園のカンヴァス』を読んで以来、すっかり著者の美術小説に魅了されてしまいました。


大学で美術史を専攻されたあと、マリムラ美術館、伊藤忠商事、森ビル、都市開発企業美術館準備室を経て、2002年にニューヨーク近代美術館(MoMA)に半年間派遣されたという経歴の持ち主である著者はその後フリーのキュレーターとして独立、多くの小説を執筆されています。


本書は、ルソーの「夢」、ピカソの「アヴィニヨンの娘たち」など有名な作品を所蔵するモダンアートの殿堂「ニューヨーク近代美術館MoMA」を舞台に、そこに関係する人々を描いた5つの短編からなります。


著者の作品では当地を舞台の『でーれーガールズ』など美術小説以外のものも数冊読んでいて、出来不出来があり、がっかりという読後感のものもいくつかありましたが、美術を題材のものは著者の経験を通して描かれているからかなべて充実したものが多いと感じています。


本書も期待に背かない読み応えのある短篇集でした。


5つの短篇の中には第二次世界大戦や9・11の同時多発テロ、福島原発事故を題材にしたものがあり、美術品との結びつきが自然な流れで描かれていて、さすがキュレーターとしての著者の経験が結実していると感服。


いくつかの作品に登場する著名な画家による絵画も図録などで知っているものがあり、その絵の奥に秘められた物語はとても興味深いものでした。


◆東日本大震災という未曾有の災害に見舞われた福島で開催されていたアメリカの国民的画家アンドリュー・ワイエス展のためにMoMAから貸し出されていた代表作「クリスティーナの世界」の撤退を巡ってMoMAから派遣された日本人の展覧会ディレクターが主人公の「中断された展覧会の記憶」

ワイエスは、足が不自由ながら常に前向きに生きる少女・クリスティーナに永遠の命を与えたワイエスの「クリスティーナの世界」が放射能に汚染されることを恐れたMoMAの理事会と福島の館長・長谷部伸子との間で揺れ動くMoMAのディレクター・杏子の心情が巧みに描かれています。


◆MoMAの閉館時間間際にピカソの絵の前でたたずむひとりの青年にまつわる物語がMoMAの監視員・スコットの目を通して語られる「ロックフェラー・ギャラリーの幽霊」  

芸術に対する知識もなにもないスコットの純粋な感性のみが感応する魂というものの存在に思い至ったとき、私たちの既成概念や知識はどれだけのモノかと思わせる作品でした。


◆研修のために日本からMoMAにやってきた森川麻美と、彼女の面倒をみるという役割を与えられたパティとの人種や立場を超えた友情を描いた「あえてよかった」



絵画に興味ある方、お勧めです!

岡山駅から500mほど東へ行くと南北に流れている細い川にぶつかります。

西川用水とその支流の枝川用水がそれで、その両岸に整備された西川緑道公園があります。

2.4kmの公園の両側には桜をはじめ柳、山茶花、梔子、菖蒲など四季折々の樹木や花が植えられていて、東屋や水上テラス、ほたる道などがあり、市民の憩いの場となっています。

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今の住居に引っ越すまで住んでいたところから緑道公園を挟んで実家があり、存命中の母の介護に毎日歩いて通っていました。

私が育った実家のすぐそばだったので、幼い頃は我が家の庭のような木橋や石橋で遊んだ思い出があります。

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両岸に架かっている小さな橋の名前を拾ってみようと思い立ち、歩いてみました。

青柳橋 天城橋 西川橋 桶屋橋 野殿橋 平和橋 幸橋 出石橋 田町橋 薬研堀橋 庭瀬口橋 新内田橋 枝川橋 京町橋 下枝川橋 鹿田橋

それぞれが小さな小さな橋ですが、ホタル狩りをしたり、父とフナを釣ったり、石橋に弟や友だちとろうせきで絵を描いたり、ゴムとびをしたり・・・私にとっては懐かしい橋の数々。

ふるさとの橋の名前を拾ひゆく幼きわたしを見つけるように


特に出石橋にはたくさんの思い出があります。

知り合いのカメラマンの方に姉2人と被写体になり撮ってもらったモノクロ写真がいまでもアルバムの中に。

橋の欄干近くで3人並んだ後姿・・・13歳の長姉と10歳の次姉、そして5歳の私。


どこかの写真展に出したというのは周囲からあとで聞いた話でしたが、今でもそのときの情景はうっすらと覚えています。


もう60年以上前の消えかかった思い出でした。







さて今回は道浦母都子氏著『母ともっちゃん』をご紹介します。

 
「多感な少女時代,高校での『うた』との出会い,学園闘争の渦に巻き込まれていった青春,『無援の抒情』での歌人としての出発。
多くの人との出会いと別れ-,そしていつの時も見守ってくれていた母。
今は亡き母への想いを縦糸に自らの半生を振り返る。
同時代を見つめ続けてきた歌人による待望のエッセイ集」


1995年~2000年にかけて新聞や雑誌に発表した47篇のエッセイをまとめたのが本書です。

「母への手紙」「幻視の桜」「旅と言葉と」「私への旅」「青春の道標」という5つの章立てになっています。


短歌の世界では有名な歌人ですが、一般的にはどうか?


私より少しだけ若い年代だけに、ご自身の大学時代の学生運動に材を得た第一歌集『無援の叙情』は新鮮な驚きとある種の共感を持って読んでいました。

ガス弾の匂い残れる黒髪を洗い梳かして君に逢いゆく

催涙ガス避けんと密かに持ち来たるレモンが胸で不意に匂えり

調べより疲れ重たく戻る真夜怒りのごとく生理はじまる

君のこと想いて過ぎし独房のひと日をわれの青春とする

明日あると信じて来たる屋上に旗となるまで立ちつくすべし



これら全共闘時代を力強く詠ったデビュー作があまりに衝撃的だったのでその後の著者の短歌が霞んでしまっていることは否めません。


しかし、何気ない日常や家族への思いなどをやわらかな筆致で描いている本書を通して、著者の決してなだらかではなかったであろう来し方を美しく積んで豊かになられている様子が読み取れてとてもいい読後感でした。


短歌のみならず、エッセイの起承転結もとても巧みな方だなぁと思いました。


感情過多だった幼少時から、小中高校時代、そして早稲田大学時代の学生運動の思い出、多感な少女時代から続いていた父との葛藤や母の看取り、姉とのやわらかな関係など、元闘士といった片鱗はきれいに払拭されたような著者ですが、彼女なりにどこかの時代にご自身の内部で密かな総括があったのだろうと勝手に推察して・・・レビューを終ります。

最後にタイトルの由縁になった歌を挙げて・・・

「もっちゃん」と最後に呼びし母のこえ那智黒飴の甘さのような

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