VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2016年07月

「・・・金の延べ棒をいただくより嬉しくありがたくお礼の言葉が見当たらないの・・・
サンキューメルシーダンケ、世界中のお礼の言葉を並べてみました・・・」

こんなお便りをいただいて・・・私こそ嬉しくてお礼の言葉がないくらいです。

お便りの主は96歳の方、私が小さい頃から家族ぐるみでお付き合いし、母存命中もずっと気遣いをいただいていた方。

お便りの内容から、、すごいプレゼントをしたのだろう、と思われたかもしれませんが、ただの数種類のおかずです^_^


中学生のひとり息子さんを、その何十年かあとにご主人を亡くされ、以後独り暮らし。


広い住居の隅にプレハブの住まいを作り、母屋の方は甥御さんご夫婦に住んでもらっていますが、迷惑はかけられないと、炊事洗濯買い物、そして料理とすべて自らやっていらっしゃる96歳。

そればかりか朝5時に起きて杖をつきながらすぐ近くの公園の清掃も!


何か手助けしたいと思っても東京と岡山では具体的な手助けはできず、独り暮らしでいちばん必要なものは、と考えては定期的におかずを送っています。


冬は手作りおかず、梅雨から夏場にはネットで口に合うものをサーフィンしては1食分を冷凍したものを10種類ほど、というのが毎回のパターン。


脳腫瘍の手術をされてから年賀状を廃止されたので、お礼状を書くのは負担だろうと思い、くれぐれも返礼の心配はしないように、とお願いしていても・・・5回に1回ほどこうしてお便りをくださいます。


たいしたものを送っているわけでもないのに、こんな喜びの手紙をいただけるなんて私こそこの手紙を宝物にしたい!


ボランティアからも身を引いて、人の役に立つことをしていない身としてはお礼の言葉もないくらいでした。






さて本日は奥田英朗氏著『ナオミとカナコ』のご紹介です。

「二人は運命を共にし、男を一人殺すことにした。
『わたしたちは親友で、共犯者』
復讐か、サバイバルか、自己実現か——。
前代未聞の殺人劇が、今、動き始める。
望まない職場で憂鬱な日々を送るOLの直美。
夫の酷い暴力に耐える専業主婦の加奈子。
三十歳を目前にして、受け入れがたい現実に追いつめられた二人が下した究極の選択……。
『いっそ、二人で殺そうか。あんたの旦那』
すべては、泥沼の日常を抜け出して、人生を取り戻すため。
わたしたちは、絶対に捕まらない——。
ナオミとカナコの祈りにも似た決断に、やがて読者も二人の〈共犯者〉になる。
比類なき“奥田ワールド"全開! 待望の犯罪サスペンス長篇!!」


大好きな奥田氏・・・「伊良部シリーズ」から始まって『最悪』『邪魔』『オリンピックの身代金』といった犯罪モノの他、『マドンナ』や『ガール』、『家日和』、『我が家の問題』、新聞連載の『沈黙の町で』・・・羅列するだけでシリーズ別に分類できないほど広い分野を網羅していますが、私が特に好きなのは『家日和』と『我が家の問題』、そして最新作の『我が家のヒミツ』といった短篇系でしょうか。


ほんわかとした奥田氏らしさがよく出ていて、氏が未だ家庭人ではないというのが信じられないほど、夫婦子どもたちの機微に通じた内容の作品です。


さて私の好みは別として・・・
上述のシリーズが表の部分を描いているとすれば、今回ご紹介する本書は人間の裏の部分を描いて圧巻です。


TVでも広末涼子さんと内田有紀さんのダブル主演で放映されたようですが、私は観ていません。


大学時代の親友という設定の2人。

夫からの激しいDVに苦しめられているカナコに同情してその夫の排除を示唆したナオミ。

いくつかの偶然が味方して完璧に近い殺人計画ができあがったかに見えますが、理性的に見ると実は穴だらけ。

こんなことでは逃げ切れることは不可能と、読み手の私も終始ハラハラドキドキが止まりません。


著者はきっと巧妙に穴だらけを用意して読者に共犯の醍醐味を味わわせたかったにちがいない!


そんなことを思わせる筋立てですが、ラストまで手に汗を握っていました。


ラストはご想像にお任せしますが、以前読んだ角田光代氏の『紙の月』を思わせる締めくくりでした。


最後にちょっと辛口コメント・・・

2人は親友という設定ですが、自分の将来を投げ打っても相手に人生を捧げる・・・

これほどの一途な感情が2人の間に通っているという関係性がイマイチ書きこめていなかったゆえ、少し違和感が残ったのが小さな残念でした。

友人に誘われて習い始めた水彩画レッスン。

先週は石膏デッサンでした。

15名ほどの生徒の中で正真正銘の初心者はきっと私ひとりだろうと思えるほど、他の人はスケッチ帖を上手にイーゼルに立て、構図取り器で胸像の位置を測っています。


私は、といえば・・・構図の取り方もわからず、やっとイーゼルにスケッチ帖を置いたものの鉛筆が使いにくく四苦八苦。

それでも先生の指導を通してどうにか見よう見まねで構図を取って・・・。


デッサンしたのはアグリッパの胸像。

ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスの腹心であり、娘婿だそうです。

古代ローマの軍人らしい見事な巻き毛とわし鼻。


3B~5Bの鉛筆で影をつけながら、輪郭を浮き上がらせるように、という指導。

中々に難しかったですが、けっこう楽しい作業でした。


まだまだ次の週も続きます。




さて今回はマーク・トウェイン氏著『アダムとイヴの日記』 をご紹介したいと思います。  



「この世で最初の人間、アダムとイヴの書いた日記が発掘された…
『アダムの日記』『イヴの日記』それぞれに描かれた、アダムから見たイヴ、イヴの目に映ったアダム。
そのすれ違いぶり、ものの見方の違いが笑いを誘う。
おかしくて、最後にはほろりとさせられる、マーク・トウェインの本領が発揮された作品」



著者マーク・トウェインについて・・・
1835年アメリカ・ミズーリ州生まれ
1876年『トム・ソーヤーの冒険』
1881年『王子と乞食』
1885年『ハックルベリー・フィンの冒険』
1895年『ジャンヌ・ダルクについての個人的回想』
1904年『アダムとイヴの日記』

少年少女の頃、『トム・ソーヤーの冒険』や『ハックルベリー・フィンの冒険』を胸躍らせながら読んだ記憶のある方はとても多いのではないでしょうか。


少年の冒険モノといえばマーク・トウェインというほどわが国でも知らぬ人がないほどの作家ですが、本書は冒険モノとは一味も二味も違った作品となっています。


旧約聖書の「創世記」に登場する人類最初の男女アダムとイヴがもし日記をつけていたら・・・という想像の下、著者が想像の羽を広げてアダムとイヴ、それぞれの立場で書き分けた機知と情感にあふれた作品。


何度読んでも男と女のすれ違いの飽くなきおかし味や哀しみにしみじみとした気持ちになります。


本書は「アダムの日記」と「イヴの日記」という2篇の物語から成り立っていますが、それぞれの執筆時期は2年ほど離れていて、「イヴの日記」はマーク・トウェインの夫人が亡くなられたあとに執筆されたそうです。


それぞれの日記の書き分けが何ともすばらしく、「アダムの日記」の文体は拙く、アダムの愚かさ浅はかさ単純さを浮き上がらせている反面、「イヴの日記」はイヴ自身の賢さをうかがわせるような感情豊かな詩的な美しい文体となっています。

やるなぁ、マーク・トウェイン!といった感じ。


地球上最初の人間として気ままに過ごしていたアダムの前に突如現れたイヴの存在や言動にかき乱されるアダムのあたふたぶりもおかし味を誘い、生き生きとした内面を持つ思索的なイヴのアダムへの純愛にもホロリとさせられたり・・・2人の間にあまりにも温度差があるためラブストーリーといえるかどうか。


男と女の間には広い河があり、永遠にすべてをわかりあうことはできないということを前提にしても、やはり本書は紛れもないラブストーリーです。


最後のイヴのお墓の前でのアダムのつぶやきにはいつも泣けてしまいます。

たとえどこであろうと、彼女のいたところ、そこがエデンだった

ぜひぜひどうぞ!

昨日依頼していた業者さんに換気扇のクリーニングに来てもらいました。


いま住んでいるマンションに越してきたのが4年前、換気扇は自分なりに掃除しているのと、昨夏にお嫁さんが中まできれいにしてくれていたので、そんなに汚れてなかったのですが、某サイトのディスカウント清掃チケットを購入していたので、換気扇に充てました。


某サイトは全国の業者さんと連携しているというのを聞いていたので、てっきり当地の業者さんが来てくれると思いきや、来てくれたのはなんと大阪のクリーニング会社の方でした。


一般的なクリーニングよりはるかに安価なディスカウントチケットなのに、その上、高速代をかけての来訪、どういうからくりなのか、、いろいろ訪ねてもわかりませんでしたが、仕事ぶりは真面目できちんとやってくれたのでありがたかったです。

ただ、いろいろなネットワークで地区毎の顧客のところにまとめて行って効率よくクリーニングをするそうです。


その業者さんも午前と午後にわけて2軒の顧客宅の清掃をされたそうです。


お蔭ですっきり本格的な夏を迎えられます。






さて今回は南木佳士氏著『先生のアサガオ』をご紹介します。 


「亡きひとたちに支えられ、生きのびて在るわが身…。
プールから自転車で帰る途上、田んぼの十字路で出会った女。
以前に見た覚えはあるが、名も素姓も想い起こせぬその女にもらった『先生のあさがお』の種。
あさがおの先生といえば、四年前に逝ったあの上品な老人しかいないはずだが…。
浅間山と八ヶ岳にはさまれた信州の秋景のなかで「わたし」をかたどる記憶のあいまいさに寒ざむと立ちつくす。
他者の死に深く関わる医業で疲弊し、自裁の崖っぷちまで追われた身が、ひとや猫や自然に救われ、かろうじて生きのびた、いま。
妻と分かちあう平凡で危うい初老の日常を静謚な筆致で描く表題作ほか『熊出没注意』『白い花の木の下』を収録。
信州の自然を背景に、ひとの生死のあわいを描く最新作品集」


著者の名前を聞き覚えのない方もいらっしゃるかもしれませんが、ずっと前映画で話題になった『阿弥陀堂だより』の著者といえば思い出された方もいらっしゃるでしょう。


パニック障害を病んだ妻を連れて帰郷した夫と、阿弥陀堂を守る老女との交流を描いた作品で、樋口可南子さんと寺尾聰さん、そして老女役の今は亡き北林谷栄さんが好演されていてすばらしい映像となっていました。


『阿弥陀堂だより』ではパニック障害を病んでいたのは妻となっていましたが、実際は著者の南木佳士氏がずっと悩まされていた疾病でした。


南木氏は現在も長野の佐久総合病院に勤務される現役の内科医、小説家という二足のわらじで進まれています。


1981年『破水』で第53回文学界新人賞
1988年『ダイヤモンドダスト』で第100回芥川賞をそれぞれ受賞されています。


本ブログでは『神かくし』のレビューをアップしていますのでよかったら読んでください。 



本書は表題作を含む3つの中篇からなっています。

3篇とも小説として構成されていますが、非常に著者の近景にズームした私小説的な内容です。


冒頭で触れましたが、パニック障害から鬱病へと移行して苦しい年月を過ごした後、少しずつ乗り越えてきた過程の著者の心身の営みが、淡々とした筆致で語られていて、南木ファンとしてはほっと安堵するような作品となっています。


南木作品を手にとっていただけたらわかると思いますが、自然の描写がとてもすばらしいのです。


山歩きによって自らの病と向き合い、そしてなだめながら少しずつ遠ざけていった著者ならではの自然の風、土、風、山肌を縫う湧き水、草木などの感触や匂い、温度まで感じることができるような描写。


文章を通してとても繊細な方なんだなあとしみじみと思えて。


ご自身が罹患した精神の病の狭間での不安や葛藤を通して、他者への慈しみが養われて末、このようなまなざしになれたのだと想像するとき、与えられた苦しみはきっとプラスの何かを生むという希望も見えてきます。


本書の中に小説を書いていることの理由について述べられている個所があります。

医学校を出たばかりの若造が地方病院の第一線の臨床の医者となり、死にゆくひとたちを目撃し、朝まで飯を食っていたひとが夜には死んでしまうというとんでもない事実に圧倒され、それでもなんとか医者の仕事を続けるためには、圧倒されている「わたし」を書いて誰かに読んでもらえればいいのではないか。
そうすればおろおろするばかりの「わたし」は言葉の船に乗り、外海に出て解放されるのではないか。
いまだからいくらでもそれらしい理屈はつけられるけれど、とにかくその当時は原稿用紙に向かっているときだけしかじぶんが生きていると感じられなかったのが小説を書き始めた理由です


また精神を病んだ過程について

 平均で月に四、五のひとの死を扱う業の深い仕事に従事するには繊細すぎる精神を、厚い体脂肪の裏に隠していた男が、神経衰弱で前線から落ちこぼれた先輩のせいで予期せぬ苦労を一身に背負い込む羽目になり、そのみずからすすんで受け止めたのではない辛労が彼のからだの基本仕様をゆがめた。
そして、だれだって歳を重ねるにつれて高まってくる病の圧力をすこしずつ逃がしていたはずの安全弁のバルブがあっけなく壊れた結果、悪性腫瘍の細胞は発病から二年でからだ全体を乗っ取り、ともに絶えた。
同僚が犠牲になってくれたお陰で一線から退くことができ、そこなら何とかやっていけた。
そして小説を書くことでもてあました「わたし」を解放する

時の流れは停滞しているようなのに、底にはとてもゆったりした再生の時間が流れていて、疲れた細胞を知らぬうちによみがえらせてくれる、そんな作品です。


ヤマモモの枝を揺らせば青しぐれわたしの水源(みなもと)わづか潤ふ
独り暮らしで料理をまったくしない次男がときどきURLを送ってくるおいしそうなレシピ。

先日送られてきたピーマンを使ったレシピが簡単そうだったうえ、魅力的なネーミングだったので即やってみました。

「無限ピーマン」
★ ピーマン4つ
★ シーチキン1缶
★ 塩コショウ適量
★ 顆粒中華だし小さじ1
★ ごま油大さじ1


千切りにしたピーマンを全ての材料と混ぜあわせ、600Wのレンジで4分加熱。

あとは余熱を取り冷蔵庫で冷やしたら出来上がり。

とてもおいしくてご飯が進みます^_^

10分もあればできるのでぜひやってみてください。





さて今日は恩田陸氏著『夜のピクニック』です。

「夜だから、いつものみんなも違って見える。
私も少し、勇気を出せる。
高校生活最後を飾るイベント『歩行祭』。
それは全校生徒が夜を徹して80キロ歩き通すという、北高の伝統行事だった。
甲田貴子は密かな誓いを胸に抱いて、歩行祭にのぞんだ。
三年間、誰にも言えなかった秘密を清算するために――。
学校生活の思い出や卒業後の夢など語らいつつ、親友たちと歩きながらも、貴子だけは、小さな賭けに胸を焦がしていた。
本屋大賞を受賞した永遠の青春小説」


第26回(2005年) 吉川英治文学新人賞受賞
第2回(2005年) 本屋大賞受賞


図書館恃みなのでたいてい流行遅れ。

以前、書評で読んだ覚えがあったので何気に手に取りました。


人口20万ほどの小さな町の北高。

修学旅行の代わりの2日間という昼夜を通す80�qの鍛錬歩行祭。

朝8時から翌朝8時までの24時間、昼食と夕食と2時間ほどの仮眠以外、ただただ歩き続けて北高から北高へと戻るという行事。


この80キロの道を歩く行程に2人の主人公・甲田貴子と西脇融や2人を取り巻く友だちを配した青春群像劇。


夜を徹して80kmを歩く行事の始まりから終わりまでを描いただけなのに、高校生という年齢の危うさや瑞々しさ、切なさ、大人の世界への憧憬などが、まわりの風景や移りゆく時間枠、そして会話などを通して伝わってきて、久しぶりに懐かしさというか胸キュンの読後感。


青春の真っ只中の「今」をこんなにきめ細かく描いている作品は久しぶりでした。


機会があればぜひどうぞ!


きっと懐かしい高校時代の自分に会えるのではないでしょうか?


紅白のホットリップス風に揺れ妖精たちのダンスのごとし

7月ももうすぐ半ば。

まだ梅雨明け宣言はされていませんが、もうそろそろ・・・かな。

七夕も終わり、二十四節気の小暑も過ぎ、もうすぐ一年でいちばん暑い時期とされている大暑になります。


7月は陰暦で「文月(ふづき・ふみづき)」といわれていますが、短冊に願い事や詩歌を書いて笹につるして祈った昔の七夕の風習が由来だそうです。

この風習を 「文被月(ふみひらきづき・ふみひろげづき)」といい、これが変化して「ふみづき」となったという説が一般的だとか。


さて今日は炎天下、参院選の投票に行って来ました。

途中公園の一角に写真のホットリップスが繁茂していて双子の花びらが時折の風に揺れていました(^^)


午前中の投票率は前回より下回っていたそうですが、裏付けるかのようなまばらな人でした。


果たして議席数はどうなるか??





さて本日は木皿泉氏著『昨夜のカレー 明日のパン』をご紹介します。 


「悲しいのに、幸せな気持ちにもなれるのだ―。
七年前、二十五才という若さであっけなく亡くなってしまった一樹。
結婚からたった二年で遺されてしまった嫁テツコと、一緒に暮らし続ける一樹の父・ギフは、まわりの人々とともにゆるゆると彼の死を受け入れていく。
なにげない日々の中にちりばめられた、『コトバ』の力がじんわり心にしみてくる人気脚本家がはじめて綴った連作長編小説」


流行遅れのこのブログ、いまさらご紹介する必要がないと思われる本書、原作よりドラマ化された映像が評判だったようですね。


私は基本、ほとんどドラマ化されたものは観ないので比較しようがありませんが、検索してみるとかなりの高評価だったようです。


著者は脚本家ご夫妻・・・和泉務氏と鹿年季子氏ご夫妻。


ドラマ「すいか」で向田邦子賞」
「Q10」「しあわせのカタチ~脚本家・木皿泉 創作の“世界”」で2年連続ギャラクシー賞優秀賞
他に「野ブタ。をプロデュース」など


本書はご夫妻の初の小説家としてのデビュー作、第27回山本周五郎賞候補作&第11回本屋大賞の第2位に輝きました。


夫を病気で亡くした27歳のテツコと亡き夫の父・ギフの同居生活を軸に、この2人と繋がりのある人々をそれぞれ主人公とした連作短篇集。


「テツコ」や「ギフ」、「ムムム」、「虎尾」、「岩井」、そしてテツコの亡夫の「一樹」といった超個性派揃いの登場人物の造形がユニーク。

著者が描くどの登場人物もそれぞれに哀しみを内包しながら一歩を踏み出せずにもがいている、そんな作品です。


25歳という若さで夫を失ったテツコの言葉はさまざまな悲しみを経験した私たちの心にすっと同化してきます。

「悲しいのに、幸せな気持ちにもなれる」

もう戻ってこない過去をどれくらい深く悲しんでも、今日を生き続けなければならないという現実。

視線の角度をほんのちょっと変えたら悲しみ以外のものに一瞬でも癒されることがある。

その一瞬の繋がりでもう少し人は生きていけるという現実を受け取るのかもしれません。


そんなことを思わせてくれる内容。


著者が脚本家というのが関係しているのかどうかわかりませんが、文章的にみると話し言葉の砕け方が登場人物の年齢にそぐわない幼さが時として見られましたが、そういうちょっとした負の要素をも払拭するような心温かな余韻の残る物語でした。

梅雨明けが待たれる日々。

中医学の見地から湿邪の体質にはうっとうしい毎日です。


たいしたこともしていないのに体が重い上に、2ヶ月ほど前から左の腰から足先まで痛みがあり、鍼灸師の先生によれば坐骨神経痛とのこと、ずっと治療に通っていますが未だ快復せず。

椅子に座りにくくて困っています。

1年ほど前同じ症状で鍼灸にかかったときは4、5回で回復したのに。

教えてもらったストレッチも続けていますが、なかなかすっきりしません。

一時ピーク時は座っての食事が苦痛で立って食べたり・・・。

特に麺類を食べるとき・・・下を向くのでよけい負荷がかかるのか??


歩いたりストレッチしたり卓球をしたりは大丈夫なんですけど。

なのでマグロの回遊のようにずっと立ち泳ぎしているか、または死んだようにソファに横になっているか。

日中はめったにソファに横になる習慣がなかったのに、このところソファのクッションがへこむほど。

ぐうたらという言葉がぴったりの状態です。


写真は雨の恵みでだいぶ成長したゴーヤと小松菜。

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ゴーヤはたくさん実をつけていますが、まだ収穫するほどではなく、小松菜は毎日のように夕食のお供です(*^_^*)




さて今回は長岡弘樹氏著『群青のタンデム』のレビューです。 


「警察学校での成績が同点で一位だった、戸柏耕史と陶山史香。
彼らは卒配後も手柄を争い出世をしていくが――。
なぜ二人は張り合い続けるのか?
 『傍聞き』など今最も注目を集めるミステリ作家・長岡弘樹が放つ、ベストセラー『教場』につづく異色の警察小説。
――その真実を知った時、物語の表と裏に辿り着く……」


長岡氏の作品はデビュー作で見事第61回 日本推理作家協会賞短編部門を受賞した『傍聞き』をスタートに、ベストセラーとなった『教場』『波形の声』を読んでいますが、物語の構築の仕方があまりにも緻密で読み応えがある反面、とても疲れるという印象があります。
   
本書もご他聞に洩れず、いたるところに物語の核になる情報を暗号のように散りばめて堅牢な物語を構築しています。

なので私のような1度だけの浅読みでは捉え難いという難点も出てきて、筋を追うのにエネルギーを要するというレビューも多いようです。

長所であり短所でもありますが、とても真面目な作家さんという印象が作品全体から感じられます。


本書は警察学校をトップを争う成績で卒業した男女2人の警察官がそれぞれの手柄を競いながら地位を上げていき、退職後もそれぞれの道に進むという長期にわたる物語となっています。


連作形式の短篇、それぞれの短篇がラストに向けて繋がっています。


交番勤務から始まって、刑事、警察学校の教官へと上り、それぞれ警察署長と副署長となる30年という年月の物語の中にもうひとりの核になる少女が現れ、その存在が2人の運命に大きく関わるというもの。


ちなみにタイトルの「タンデム」は本来直列二頭立の馬車、転じてオートバイや自転車などの二人乗りのことだそうです。

主人公2人の人生そのものを表しているのですね。


それは別として全体的に著者の筆致の特徴か、説明不足で読者の想像力に委ねた部分があまりにも多く、展開が飲み込めないまま、ラストへとなだれ込んだという感じが否めませんでした。

精巧に編まれた作品、体力のある方はどうぞ!

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