VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2016年08月

水彩を細々と続けています。


短歌を始めて4年、8月はダメもとでいくつかの短歌賞に応募するのに選歌に忙しく、ずっとあーでもないこーでもないと推敲していて水彩がお留守になっていましたが、それもやっと終って、先日は個人的な絵を描く集まりでまた石膏デッサンをしました。


先月水彩画教室で初めての石膏デッサンを経験しているので、今回で2度目。


メンバーの一人、Aさんが以前画材店で購入されていたのを持ってきてくださいました。


最初の石膏デッサンはローマ帝国初代皇帝アウグストゥスの腹心のアグリッパ(紀元前63~紀元前12年)でしたが、今回は年代はずっとあとのやはりローマの皇帝・カラカラ帝(188年~217年)。

ルキウス・セプティミウス・バッシアヌスというのが正式名だそうですが、ローマ帝国で有名なカラカラ浴場を建設したので通称・カラカラ帝と呼ばれているそうです。

ローマ史上に残る有名な暴君だったそうで、石膏の顔もかなりの悪人面。

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アグリッパ

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カラカラ帝



見るに耐えないでしょうが、記念のため、勇気を出して二つ並べてアップしました。






さて今回は原田マハ氏著『奇跡の人』をご紹介します。 


「盲目で、耳が聞こえず、口も利けない少女が青森の弘前にいるという。
明治二十年、教育係として招かれた去場安は、その少女、介良れんに出会った――。
大きな苦難を背負った少女と、人間の可能性を信じて彼女の教育に献身する女教師が、奇跡を起こす。
『楽園のカンヴァス』で山本周五郎賞を受賞した著者による感動作!」


タイトルの示すとおり、青森版ヘレン・ケラーとサリバンの物語。


父親の意向で岩倉使節団の留学生として渡米、22歳になるまで当時のアメリカで女子が受けられる最高級の教育を受け帰国した旧幕臣の娘で生まれつき弱視の9歳の去場安(サリバアン)。


安の帰国直後、青森県の弘前で暮らす介良(ケラ)貞彦男爵の娘・れん(6歳)の教育係になってくれないかという手紙が伊藤博文から届き、それを受けた安がれんの元へ行くところから一挙に物語が動きます。


生後11ヶ月で生死をさまよった結果、目と耳、口の機能を失って、使用人からもけものの子のように扱われていたれん。

それからの2人の生活は「ヘレン・ケラー物語」の通り。


日本版として著者が配したのは、旅芸人の少女キワと津軽三味線。


安とれん、キワという3人を通して、日本の雪深い青森の独特の風土に育まれた絆と友情の物語を描いていて感動を呼びましたが、いかんせん、主要登場人物の名前の付け方やいかに?

去場安(サリバアン)と介良(ケラ)れん

もじりがひどすぎると思ったのは私だけでしょうか。

せっかくの感動的な物語も何かの冗談?と思える当て字。


それでも明治時代の日本における障害者に対する周囲の扱いや女性に対する差別感など、さまざまな考察を盛り込んで著者ならではの作品に仕上げてていてお勧めです。

先日は夫の誕生日でした。

ある時期から誕生日が無事に迎えられることはありがたい奇跡だと思えるようになって・・・今年も無事に迎えられました。

その前日に、毎年行っているがんのその後検診でCTと内視鏡をやり、異常なしという結果をもらった翌日のこと。


お互いいつかはクリアできないときが来るのはすべての人に与えられた唯一の平等ですが、そんなことは頭から追い出して日々長閑に、というのを話し合ってはいますが、ときどきの諍いもあります。


夫の気難しさとかわがままから・・と私や周囲は思っていますが、夫は夫で私側に問題があると思っているかもしれません。


先日来ていたお嫁さんから来たおめでとうメールに追記のかたちで・・・

「お母さんにやさしい顔で接してくださいね」と書いてあったりして^_^;


写真は夫へのプレゼントの数々。

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さすがに夫の顔もほころんでいます。





さて本日は本城雅人氏著『マルセイユ・ルーレット』をご紹介します。 


「村野隼介、30歳。職業、ユーロポール連絡員。
任務は、サッカーの八百長賭博の摘発。そして、ひとりの少年を救い出すこと――。
かつて袂を分かった恩師が殺された。
八百長に加わり、逃亡した元アカデミー生を救出に行った末の惨劇だった。
亡き師に報いるため、村野は欧州サッカー界にはびこる闇に切り込んでいく。
暗くて熱い、迫真のエスピオナージュ」


先日読んだ『スカウト・デイズ』がとてもおもしろかったので、著者の他作品を読みたいと思っていたところ、なんと図書館で著者の最新本を新刊棚に見つけました!


昨年「小説推理」に連載されたものが単行本として出版された 著者の最新刊。


『スカウト・デイズ』は野球界を舞台にしていましたが、本書の舞台はサッカー界。

すばらしい力作でした!


主人公・村野隼介はユーロポール(欧州刑事警察機構)の連絡員。

サッカー選手だった彼はかつてあることがきっかけで離れた恩師が八百長にかかわった教え子を助けに行った先で命を落とした出来事の真相を探るという目的のためでしたが、表向きはサッカー八百長賭博の摘発という任務を負って闇に潜っていきます。


物語のスタート部分に描かれたサッカーの試合中に行われる賭博の詳細。

勝ち負けや点差だけではなく、試合開始からのプレイの諸々がすべて賭けの対象となるという緻密さには驚くばかり。


サッカーに関しては夫が大好きなので、知らぬ間にいろんな知識が増えてはいますが、ほとんどが知らない事だらけで、著者の取材力のすばらしさに圧倒されました。


ヨーロッパのサッカー界の詳細についても熟知していて裏でどれほどの取材をしたのだろうかと著者の筆力とともに感服。


八百長に足を取られていく側と捜査する側との錯綜を軸に、人種問題やそれに伴う差別や格差を織り込んで物語を展開させて読者を最後まで飽きさせないテクニックの巧さ!


お勧めの作品です!


最後に、タイトルになっている「マルセイユ・ルーレット」はサッカーのドリブル技術の一つで、マルセイユ・ターン、ダブル・ドラッグバック、ジダン・ターン、マラドーナ・ターンなどとも呼ばれているそうです。

マルセイユ出身のジダン選手がよく使っていたのでこの名がついたそう。

具体的には、ボールと向かい合った状態で、靴の裏の先を軽くボールに乗せ、地面に沿ってボールを自分に向かって引きますが、利き足は次の体のスピンを支えるために地面に付けるので、ボールに触れるのは一瞬に留めなければならず、テクニックのいる技術だそうです。

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パソコンの不具合が続いていて・・・

我が家にはノート、デスクトップ、iPadと3台あるのですが、ブログを書いたり短歌を作ったりするのは夫と共有のデスクトップなのでそれが壊れると致命的です。

いつも中古ばかりを買うのでそれなりに劣化が速いのか・・・このパソコンは4年ほどの7。


半年ほど前、新しいプリンタをインストールした直後、夫愛用の囲碁ソフトが開かなくなったり、時として立ち上がらなかったり・・・。

デフラグやクリーニングでも効果なしなので修理に出さなければと思いながらついつい日を延ばしています。


いまいちばん大切なのは毎日作歌している短歌関係の諸々。


手首が痛くて使い物にならなくなったときからノートに書く作業はやめて、パソコンでのみ作っているので、それらを外付けハードデスクにこまめに移して、昨日は「お気に入り」をエクスポートのあと、HDDにインポートして一段落。


これでいつ壊れても準備OKと構えていると、今朝は至極調子よく立ち上がったりして^_^;






今回は桜木紫乃氏著『霧(ウラル)』です。

「今日から海峡の鬼になる。
記念碑的傑作誕生
舞台は、国境の町・根室。
男の屍を越えて生きてゆく女たち。
北海道最東端・根室は、国境の町である。
戦前からこの町を動かしてきた河之辺水産社長には、三人の娘がいた。
長女智鶴は政界入りを目指す運輸会社の御曹司に嫁ぎ、次女珠生はヤクザの姐となり、三女早苗は金貸しの次男を養子にして実家を継ぐことになっている。
昭和四十一年の国政選挙で、智鶴の夫・大旗善司は道東の票をまとめ当選を果たした。
選挙戦を支えたのは、次女・珠生の夫で相羽組組長の相羽重之が国境の海でかき集めた汚れ金だった。
珠生は、大旗当選の裏で流された血のために、海峡の鬼となることを誓う」


昭和30年代~40年代初めにかけての北海道・根室を舞台に、北方領土問題で揺れる根室を拠点にした漁業の網元、政治家、そして表の顔として建設業を営むやくざという三つ巴の持ちつ持たれつが描かれています。


戦後、日本の領海をソ連が支配するようになって以来、やくざの采配なしには解決できない漁場を巡っての絶えないいざこざの中、地元の名士である網元の家に生まれた三姉妹のそれぞれの人生模様が丹念に描かれていて秀作です。


宮尾登美子の描く世界に似通ったような・・・。


昭和30年代の根室で大きな力を持つ河之辺水産の3人の娘。


気位の高い母親に反発して花街の芸者となり、後に土建業を表看板にやくざの世界に足を入れた相羽重之に惚れて妻となった次女・珠生の視点を通して、長女、三女の生き様が語られています。


長女・智鶴は大旗運輸の長男で、国政に打って出ようとしている大旗善司と結婚。

三女・早苗は河之辺水産の跡を継ぐために地元の銀行員と結婚。


三様に足場を固めていきますが、特にお嬢様然とした長女・智鶴の冷ややかに人心を操る冷徹さと権力志向の強さには驚くばかりです。


それぞれ三様の女の造形をかくもヴィヴィッドに描きわけていることに驚きますが、その女たちの誰一人にも共感を持てなかったのは残念でした。


力作だとは思いますが、著者の作品の中では私の好みから少し外れていて★★というところでしょうか。

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オリンピック観戦に夢中の日々ももうすぐ終わり。

さまざまな競技にそれぞれの感動があって、スポーツっていいな~と改めて思います。

古代ギリシアのオリュンピアで4年に1回行われたという祭典。

経済破綻で負の噂のかまびすしいギリシャに感謝ですが、どんどん究極をめざすのは人間界の常、ドーピングとの追いかけっこになってしまった逸脱は残念です。


さまざまなドラマが生まれて、その度に感動!


卓球男女の団体が悲願の銀、銅メダルを獲得した場面ではもらい泣き。


世界7位の錦織圭選手が5位のナダルを下し銅メダルを獲得したときにはもう嬉しくて虚脱状態になりました。

それにしてもナダルのサーブ前のルーティン、気づいている方もいらっしゃるだろうとは思いますが、真剣な場面ながらつい毎回笑ってしまいます。

お尻肩鼻へとなぞる指でもてナダルは魔球を繰り出してゆく

ヘタクソな短歌でお目汚ししてしまいましたが、まさにこのルーティンがナダルの精神を保っているよう。

「この一連の動作を禁止されたらナダルはどうなるかな?」

「きっと打ち合い自体がなりたたないと思う・・・ランクが一気に三桁に下がるとか・・・」

無責任な夫と私の会話。


もしまだ気づかれてない方がおられたら、またのナダルの試合中のルーティンにご注目くださいね。

試合がいろんな意味で楽しめます^_^






今回は下重暁子氏著『家族という病』のレビューを少し。

「日本人の多くが『一家団欒』という言葉にあこがれ、そうあらねばならないという呪縛にとらわれている。
しかし、そもそも『家族』とは、それほどすばらしいものなのか。
実際には、家族がらみの事件やトラブルを挙げればキリがない。
それなのになぜ、日本で『家族』は美化されるのか。
一方で、『家族』という幻想に取り憑かれ、口を開けば家族の話しかしない人もいる。
そんな人達を著者は『家族のことしか話題がない人はつまらない』『家族写真入りの年賀状は幸せの押し売り』と一刀両断。
家族の実態をえぐりつつ、『家族とは何か』を提起する一冊」


またしても幻冬舎・見城氏のキャッチコピーにやられた!という感じ。

読後感のはなはだよくない作品でした。


「家族」とはほんとうに多彩で、ひとくくりにはできない。

新聞紙上でいつも見かけるのは心温かい家族愛とは間逆の家族間で絶え間なく起こる事件。

日常茶飯事になった事件、特に尊属殺人などを目にすると家族ならこその闇を感じてしまうときも多々あります。


しかし、それとは別に家族を軸に平々凡々と日常を続けている人たちが私を含めまわりにはいっぱい。

愚痴をこぼしながらも絶つに絶てない間柄・・・よい日もあれば悪い日もある・・・「家族」というものを定義でひとくくりしようにもできないものがいっぱい。


本書での著者の家族・・・といっても親兄弟に限定しますが・・・への気持ちにはほとんど温か味が感じられませんでした。


思春期には自分の両親などの生き方に反発して嫌悪するというのはだれしも経験があるとは思いますが、さまざまな経験を積んで自分が相応の大人になって顧みたとき、そこにどうしようもなかった親の弱さや醜さなどを少しは理解できる心がわきあがる・・・というのが大人になった証というか・・・。


本書を読んでみると、著者は相応に愛されて育ち、家庭環境も決して底辺とは思われないのに、親や兄弟への拒絶の激しさには驚くばかりです。


もちろん他人には窺い知れないご両親やご兄弟との確執の結果というのはわからないではありませんが、失礼ながらこの歳になられるまで真摯に向き合うことなく、自分の立場を別格として高いところから構えている、、そんなふうに読めた内容でした。


きっとこんなふうに自分を正当化して家族との関係を放棄できたらどんなに楽か、と思いながら読まれた方も多いのではないでしょうか?


父親の主治医からお見舞いへの促しの手紙までもらいながら、闘病中の父親や兄に一度も見舞いに行くことなく、「結局わたしは、父・母・兄3人の家族と分かり合う前に死別した」という著者。

この文章から分かり合えなかったのは父母兄のせいといわんばかり。

著者ご自身が家族から逃げていたので家族と分かり合うことは難しかったのは当然だと思えてしまいます。


これらの違和感に加えて、いちばん嫌悪感を抱いたのは、著者ご自身の個人的な主観を上手に一般論化していること。

冷静な客観性の皆無のデータを引っさげて一般化するのは許されないことです。

「みんな自分の家族について知っているようで知らない。
友達などの他人の方がわかり合っている」


まるで思春期の世間知らずの人が書いたような作品でした。

夏休みを利用して孫のアスカとお嫁さんのユカちゃんが仕事で来られない息子ヌキで来ていました。

十一歳のアスカは身長が伸びて160cm、まだ思春期トバ口の体つきではなく、細い一本の草のよう。

頭の中はいたって幼く、同級生からはふしぎちゃんと呼ばれているほどまったり癒し系。


相変わらず夫や私との入浴を楽しみにしていて、赤ちゃんのときから使用しているクマの体洗いを湯船に浮かべて、私を相手に水泳を競わせたり、相撲をとらせたり・・・アスカの年齢を知っている人が聞いたらチト頭を傾げるような所作ふるまい(――;)


この歳で本気?・・・と顔を見ることしばしばでしたが、本人はいたって真面目で純真さもホンモノ系。





ユカちゃんに聞くと、類は友を呼ぶ、の例えどおりにまったり系の友人たちと楽しく学校生活を過ごしているそう。


いろいろ漏れ聞く問題児たちのことを聞いても、けっして悪口を言わないらしく、状況を掴む能力に欠けているのか・・・私の周囲にいままでいたことのない子ども。


将来どんなになるのか、急に性格が変わるのか、興味深い、というより戦々恐々です。


冗談で言ったこともすべて信じるので、将来ワルイ男に騙されないことをババは祈っています。


夏休みの研究に「岡山城」を選んだアスカと図書館に行ったり、後楽園、岡山城、吉備津神社、吉備津彦神社を巡ったり、卓球したり、吉備高原でアイスクリーム作りをしたり、大型プールに行ったりとアスカ一色の8日間、堪能しました~。

吉備津神社のそばの栄西の庵で、夫がお得意の歴史談義を披露、、栄西について熱心にアスカに語ったあと・・・食べに行った中華料理の席で・・・

「あ~ちゃん、さっき吉備津神社のそばの庵に住んでいたお坊さんの名前覚えてる?」

「え~と、え~と、、、はっぽうさい? ちんげんさい?」

「おしい! ○○さいの〈さい〉だけピンポ~ン」

「そっか、わかった! はくさい!」

とこんな感じ^_^;


小学校6年、新聞委員長・・・だそうです(――;)







さて久しぶりのレビューです。

本城雅人氏著『スカウト・デイズ』

SNSの友人・UNIさんお勧めの作品。

結論から言うと・・・久しぶりの一気読み!


「戦力外通告を受け、球団スカウトになった久米純哉。
スカウト部には、入団拒否の選手を翻意させたり、無名選手を一位指名したりと、その手腕が『堂神マジック』と称される堂神恭介がいた。
堂神のきわどく、冷徹なやり方に、久米は戸惑う。
一方、記者の島岡達之は、堂神マジックには裏があると睨んでいた。
やがて二人は球界の情報網『Dライン』の存在に行き着く。
野球界、ミステリ界を瞠目させたコン・ゲーム小説」


1965年生まれ、大学卒業後、「サンケイスポーツ」の記者としてプロ野球や競馬、メジャーリーグ取材に携わる
2009年『ノーバディノウズ』で第16回松本清張賞最終候補
2010年同作で第1回サムライジャパン野球文学賞大賞受賞
2010年『スカウト・デイズ』、『嗤うエース』、『偽りのウイナーズサークル』
2011年『ビーンボール スポーツ代理人・善場圭一の事件簿』(『オールマイティ』改題)
2012年『球界消滅』
2013年『ジーノ 渋谷署組織犯罪対策課刑事』、『慧眼 スカウト・デイズ』
2015年『トリダシ』
2016年『ミッドナイトジャーナル』ほか多数


さすが「サンケイスポーツ」の記者生活20年というキャリアが活かされた野球小説。


各球団がドラフトで狙う新人選手獲得のためのスカウトたちの虚々実々の駆け引きを柱に、駆け引きの裏に隠された闇を追うあるスポーツ紙の記者の追跡劇を加えたミステリ的要素のある作品に仕上がっています。


個人的には、スポーツ小説を描く堂場瞬一氏と比べ劣らぬ力量を感じさせる読み応えのある内容でした。


ナショナルフットボールリーグに倣って日本のプロ野球界がドラフト制度を導入してすでに半世紀。


それ以後も記憶にあるだけでさまざまな裏工作・・・江川の空白の一日のような・・・がまるで手品のように繰り出されているのはご存知のとおり。


本書はそんな野球界の裏方を支えるスカウトに焦点を当ててフィクション形式に仕上げていますが、限りなく実際の野球界の内情に迫っていると思える作品。


十二球団きっての「伝説のスカウト」と恐れられている「ミクロコスモス・ギャラクシー」の堂神の下、スカウトになったばかりの久米純哉が次々繰り出す「堂神マジック」を目の当たりにしながら苦しみ、悩む姿を描いた成長譚ともなっていて読ませます。


強面の風体で神出鬼没の魔術師・堂神の謎に満ちた仕掛けを推理、目で追っていくうち、知らず知らず堂神マジックに翻弄されている自分に気づきますが、本書で注目すべきは、スカウトのこれぞという選手への着眼点の鋭さではないでしょうか。

一人前のスカウトになるべく堂神の行動や言葉から多くを学ぶ久米純哉。


◆ここというチャンスに出番が巡ってくる選手
◆じゃんけんで負けたことがないヤツ
◆狡賢くて機転の利く頭のいいヤツ
◆少々素行が悪くても戻る場所のない人間

堂神好みの選手の条件を羅列するとこんな具合。

「これは仕事じゃねえ、戦争だ」

闇で何億ものお金が飛びかう博打場のような戦場での純哉の成長譚、ぜひご堪能ください!

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