VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2017年02月

次男が4年前プレゼントしてくれたiPad。

毎日使っているうち皮のカバーがボロボロとなってかけらがそこら中に飛び散っている頃合を見計らったようにバージョンアップした新しいiPadを送ってくれることに。

しかもキーボード付。

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申し訳なくて遠慮したいところですが最高に嬉しいプレゼント♪


これで夫と共有のパソコンの前に座らなくてもブログやコメントを入れるのが煩わしくなくなると思うとすごく嬉しい!


本当にありがとう!!


時を同じくしてiphoneも新しくなって、慣れるのに少し時間がかかりそうですが、触りまくっていくうちに慣れる・・・かな。


ところで次男に設定してもらったlineのプロフィール写真の蝉丸がちと気に入らない(――;)


恩を仇で返すようですが、お気に入りの花の写真でも見つけて変えなければ!






さて本日は岸本葉子氏著『カートに入れる?』のレビューです。

 
「『買おうかどうか』『買わずにいられる?』に続く、大好評お買い物エッセイシリーズ第3弾!
今回もいいものを見かけて、リサーチして、悩んで買って(失敗して?)、がたーくさん!
ルンバに始まり、高機能扇風機、オイルヒーターと最新家電に凝ってみたり、加圧トレーニングや美容院選びなど体を張って調査したりと、試してみた結果が満載。
馬油シャンプーなど大当たりの品もちらほら。
さああなたはどれをカートに入れる?」



1961年神奈川県鎌倉市生まれのエッセイスト
東京大学卒業後、保険会社に勤務
退職後、北京外国語学院留学生として中国に滞在し、その間アジア各地を旅する
2003年『がんから始まる』
2009年『買おうかどうか』
2011年『買わずにいられる?』
2012年『ちょっと早めの老い支度』など多数
NHK中央放送番組審議会副委員長
淑徳大学客員教授


著者のお名前は度々目にしていながら、本書が初めての作品。


ベッドの中で隣のベッドの夫に聞こえないように声を殺して笑いました(^.^)

久々の抱腹絶倒作品!


決してお笑いを目的とした作品ではありませんが、著者が大真面目に書いているだけにおかし味があり、その上自分の体験と重ね合わせて・・・笑えました。


お買い物エッセイの第三弾ということですが、遡って『買おうかどうか』と『買わずにいられる?』も読まなければ(^.^)


家庭用掃除ロボット・白革のコート・アウトレット・手作りアクセサリー・毛玉取り器・クリーニング・セールの心構え・スポーツジム選び・加圧トレーニング・ミネラルファンデーション・サラダ用水切り器・シリコン製チップスクッカー・ブリキのちりとり・震災後のスーパー・パソコン救急サービス・非常用持ち出し袋・家具固定用粘着マット・防災ヘルメット・高機能扇風機・涼感スカーフ・「白くま」アイス・馬油シャンプー・格安美容院・鉄板入り長靴・オイルヒーター・箪笥


「準備は怠らない」をモットーにしておられる著者のお買い物失敗談義に親近感がぐ-んと湧いてきて・・・加えて数限りない自分のお買い物失敗経験と併せて、自分を慰めることもできるという一石二鳥の作品。


数万円の服を買ったかと思えば、クリーニング代を惜しむあまり手洗いして見事に惨憺たる結果に終わったりのあたふたぶりがなんともかわいい。


上記の26項目のうち、著者が後悔なしのお勧め品もあったりで、これからのお買い物の参考になるものも多く・・・例えば、高機能扇風機グリーンファンは夏に向けて買いたいな~と心動かされた一つ。


笑いがほしい方、お勧めです!

いままで長い間softbankだった携帯電話のキャリアをauにしました。

Auのiphone。


でも検索はあまりしない・・・というか家でipadやパソコンを使って検索をするので外でまではほとんどしないので2GBのもの。

ブログやSNSの書き込みやコメントもスマホやiphoneからという人が多いようですが、私はキーボードでの両手打ちが慣れているので、iphoneやipadはなかなかやりにくいのです。


SNSといえば、ブログとともにSNSに参加しはじめて12年近く。


これらを通して今まで知らなかった世界が広がったのでした。


なんといっても国内外に多くの友人ができたこと。


ネット上での交流は最初は恐る恐るでしたが、交流を通してその人となりがわかってくると、信頼関係が生まれ、年齢を問わず多くの信頼できる友ができたことは私の喜びとなっています。



そんな友人のひとり、UNIさんは私よりはるかに若い東京在住の方ですが、もう10年近くのお付き合い。


彼女から今日、産経新聞に毎週連載されている「産経こどもニュース」原稿が届きました。

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多方面で活躍されているUNIさんを一言でご紹介するのはとても難しいのですが、キャリアの1つ、漫画家としてのキャリアを生かしてこの世の中の出来事をテーマ別に子どもたちにわかりやすくマンガで解説しています。


今まで長きにわたって定期的に送ってくださっているニュース原稿、大人の私にもすごくわかりやすく、ずうずうしくも毎回楽しみに待っています。


今回は火山について。

世界のさまざまな火山の噴火のしくみや噴火がもたらす被害と恵みなど。


サイエンスという側面からの解説つきのマンガがとても親しみやすく、理解しやすいので子どもたちの間のみならず大人にも人気なのがよくわかります。


最初に送ってくださったのが平成18年なのでもう11年!

長く送り続けてくださるUNIさん。


本当にありがとうございます。







さて今回は新潮文庫編集部/編『あのひと 傑作随想41編』をご紹介します。


「遠くへ行ってしまった人、思い出すたび胸が熱くなる人、忘れられない人――。
森茉莉 谷崎潤一郎 星新一 白洲正子 檀ふみ 柳田邦男 江國香織 岡本太郎 瀬戸内寂聴 藤沢周平 小川洋子 佐野洋子 中島らも 三島由紀夫 内田百�� 吉行淳之介 五味太郎 中原中也 須賀敦子ほか。
万感の想いが込められた珠玉の41編。
巻頭詩・解説 谷川俊太郎」


「あのひとと呼ぶとき」谷川俊太郎

「あのひと」と呼ぶとき
その人は広くもない私の心の部屋で
背中を見せて寛いでいる
寂しげな気配はない
名を呼べば振り向くだろうが
知り過ぎているその人を
いま私は「あのひと」と呼んでしまう

私を抱きしめて時に突き放す人
あのひとにどう近づけばいいのか
いまだに私は分からない

でもあのひとは他の誰とも違う人
決して人ごみに紛れてしまわない人
墓石の名が風雨にすり減った後に
私の心の部屋に帰って来る人

あのひとと呼ぶときその人は
私だけの時のせせらぎのほとりに
いつまでも立ちつくしている

〈あのひと〉と呼ぶことで生まれる距離感は微妙だ。
例えば友人との会話で妻が夫をあのひとと言うとき、私たちは夫婦だけれど、馴れ合ってはいませんよ的なニュアンスが感じられるのではないだろうか・・・
その人との関係がどうであれ、直接名指さないことで私的な感情を抑制できるから、三人称の〈あのひと〉を使って関係を公的な場にずらそうとするのだろうが、〈あのひと〉は客観的な彼や彼女とはまた一味違う情の深さを持っている・・・
愛するあのひと、憎らしいあのひと、懐かしいあのひと、忘れたいあのひと、忘れられないあのひと・・・。



今は亡き父や母、師、かけがえのない友人など、忘れられない「あのひと」の思い出を綴った随筆集です。


谷川俊太郎氏があとがきで書かれているように「あのひと」という言葉にはある距離感を感じてしまいます。


私が亡き父母のことを呼ぶとき、「あのひと」という言い方はしないと思うとき、「あのひと」には紙一枚分でも突き放すような響きがあるのを感じてしまいます。


もちろん本書に登場する41人の著者の方々のすべてが「あのひと」という言い方をしているわけではありませんが、対象が父であれ母であれ師であれ、著名な方の場合「あのひと」という形容がふさわしいような感じも抱きました。


41編の中で心に残ったのは、「母と娘の宿縁」の瀬戸内寂聴氏、「母と私」の遠藤周作氏、「母親の中の女」の五木寛之氏、「明石の漱石先生」の内田百�闔=A「おせいさんの娘」の澤地久枝氏、「虹」の石原慎太郎氏など。


内田氏は敬愛する夏目漱石、澤地氏は友人だった向田邦子、石原氏は弟の裕次郎について描いています。


特に「虹」は石原裕次郎が亡くなる直前の話。


今、築地市場移転騒動で話題を賑わしている元東京都知事・石原慎太郎氏の弟を思う兄の切なさというものが描かれていて、氏の別の一面を見た思いがした1篇でした。

朝日新聞のbe版で長く続いて掲載されている「悩みのるつぼ」。

いままでさまざまな著名人が読者からのお悩み相談に応じていらっしゃいますが、今でも懐かしいな~と思い出すのは「明るい悩み相談室」だったころの中島らもさん、そして車谷長吉さん・・・どちらも故人になってしまいましたが、肩の力の抜けたような思わぬ角度からの回答に思わず前のめりなったこともしばしば。


現在は評論家・岡田斗司夫さん、社会学者・上野千鶴子さん、歌手・美輪明宏さん、経済学者・金子勝さんの4人が回答者。


昨日の岡田さんへのお悩み相談に注目。


30代の男性担任にえこひいきされているのが原因で学校へ行きたがらないという高校生の息子さんをもつ40代のお母さんからの相談でした。

息子さんにだけニックネームをつけて授業中に誉めまくるという教師、何度やめるようにお願いしても聞いてくれないという悩み。


この内容を見てはるか昔の自分の中学1年生のときのことを思い出しました。

内気で大人しかった中学時代。


理科を担当していた新任の男性教師があまりにも私に注目して、私にだけニックネームをつけ、私の席の横に立ち、頭に手を置いて誉めまくりながら授業をする・・・当時の私は小さな胸を痛めて辛くてたまりませんでした。

クラスメートの目が気になって・・・今なら不登校になっていただろうほど。


相談者の息子さんはお母さんに相談しているようですが、私は母に相談するという選択肢も持たず、ひとりで苦しんでいました。


特別理科が得意でもなく成績もよかったとは記憶していませんが、質問も私に集中し、答えられたら不自然なほど誉める。

ちなみにその教師がつけたニックネームは「こけしちゃん」。


長じて、同級生と思い出話に花が咲くとき、クラスメートのほとんどが、「私」=「その教師」というほど目立っていたエピソード。



目立つことが大嫌いで今でも極力隅っこで小さくなっているのが落ち着くのに、本当に恥ずかしい人生のひとコマでした。






さて本日は吉村昭氏著『履歴書代わりに』のご紹介です。 


「吉村昭の世界を一冊に。
単行本未収録エッセイ集。
歴史証言者の、こだわりの世界と記録の軌跡」


遺稿となった『死顔』を遺して2006年7月31日に79歳で逝去された吉村昭氏。


私だけでなく多くの吉村ファンはもうこれで氏の作品を読めないのかと思うと淋しさも一入でした。


その後奥様の津村節子氏が夫君の闘病から死に至るまでを『紅梅』に、そして死後2年ほどのブランクを経て執筆されたという生前の吉村氏に触れたエッセイ集『夫婦の散歩道』がそれぞれ上梓され、私たちファンは改めて吉村氏の深い人間性に触れることができたという経緯があります。


そして2011年に刊行された本書。


単行本未収録エッセイ集ということで、内容的には他のエッセイ集と重なる部分もありますが、若かりし頃の吉村氏が息づいていて、久しぶりに氏の作家としての愚直なまでの生き方に改めて触れることができました。


取材に当たっての思わぬ人々との触れ合い、特に著者が第二の故郷というほど好きな長崎での逸話など、著者の足跡を辿って長崎を旅してみたいと思うほど長崎が生き生きと描かれています。


ご両親のこと、ご兄弟のこと、ご自身の病気のことなど、いずれも他の著書で読んだことがある内容でしたが、改めて作家・吉村昭が誕生するまでの軌跡を見るようでしみじみと読みました。


興味ある方はどうぞ!

携帯電話を換えるべく調べています。

今持っているのはらくらくフォンというsoftbankのスマホ、、わたしが契約したときはLineなどのアプリをダウンロードできないという縛りがありました。

今はそれもなくなったということで・・・。


娘やお嫁さんがLineを!とかなり言うので、Lineをダウンロードできて、かけ放題でメールができて、しかも格安という条件で検索していますが、何が何やらさっぱりわからず・・・。


加えてガラケーの夫も耐久年数をかなり超えているのでセットで換えればお安くなるのか、などなど。


Yモバイルが近くに出来たので説明を受けてみたのですが、うたい文句ほど安くはならない。


そこへきてメガエッグと連携しているau。


我が家のネット環境はメガエッグなので携帯電話もauに統一すればかなりお安くなるらしい。


その他楽天スマホなど格安スマホがどんどん出ていて、それぞれ特徴を打ち出していますが、読んでも読んでもわからない・・・。


いくつか条件を打ち込めば、ぱっと自分に合ったものが出てくるようなサイトがあればいいのにと思っています。






さて本日はいつものように古い作品。

白石一文氏著『ほかならぬ人へ』  

「愛するべき真の相手は、どこにいるのだろう?
『恋愛の本質』を克明に描きさらなる高みへ昇華した文芸作品。
第142回(平成21年度下半期) 直木賞受賞&第22回山本周五郎賞受賞第一作!
祥伝社創立40周年記念出版」


著者の作品をアップするのは2作目。


10年ほど前に『一瞬の光』をアップしていますのでよかったら読んでください。


『一瞬の光』があまりにも繊細かつ独りよがり的な筆致だったのでそれ以後遠ざかっての本書。


本書には次の中篇2篇が収録されています。


◆「ほかならぬ人へ」

財閥の家系に生まれた大学教授を父に持ち、学究の道に進んだ優秀な2人の兄を持つエリート家系出身の27歳の宇津木明生が主人公。

幼い頃から劣等感に苛まれながら成長した彼が伴侶に選んだのはキャバクラ嬢だったなずな。

しかし、元恋人への思慕が断ち切れないなずなはその彼を追いかけて明生の元を去ります。

失意の胸のうちを職場の先輩の年上の上司・東海倫子に話すうち、徐々に惹かれていきます。

そして倫子のがん闘病を契機に結婚しますが、結婚生活2年にして倫子は帰らぬ人となります。


◆「かけがえのない人へ」

電線・ケーブル会社の社長を父に、大病院の医師を母に持つみはるの物語。

同じ会社に勤める東大出のエリート・水鳥聖司と婚約を控えながら、かつての不倫相手の上司・黒木との関係に溺れています。

5歳から大学に入るまでの13年間、都内の養護施設を渡り歩いていたという黒木の野生に惹かれてしまうみはる。

結婚式前日、ある企みを持って黒木のもとを訪れたみはるは引越しという形で黒木がみはるの前から姿を消したのを知って立ち尽くします。


長々とあらすじを記しましたが、2篇とも2つの愛の形を対比させながら物語を構築しているという共通点があります。

それに加え、主人公は他者の目を通してみれば恵まれすぎた環境に育ったという共通点。


前回アップした『一瞬の光』と同じ構図。


よほど著者にこだわりがあるのか。


著者は、恵まれた境遇にありながらそのことに対する執着が薄い人間にとって、何がいちばん大切であるか、というテーマを核に物語を構築しているように思えます。


「人間の人生は、死ぬ前最後の一日でもいいから、そういうベストを見つけられたら成功なんだよ」

これは「ほかならぬ人へ」の中での明生の言葉です。


本書においても男女の組み合わせがいくつか出てきますが、それぞれが「ほかならぬ人」や「かけがいのない人」と思えるまでには険しい紆余曲折を経験しなければ到達できない、ということが著者が言いたかったことではないか、と思う反面、最初は平凡な出会いでも長い歳月をかけてかけがいのない人になっていくという関係もある・・・というかそんな繋がりの方が多いような気がしています・・・年を重ねて思うことだけど。

2篇のうちでは「ほかならぬ人へ」の東海倫子に惹かれました。

こんな男前の生き方に憧れます。

寒いのでおでん、鶏の水炊き、豚の白菜鍋、牡蠣の土手鍋、豆乳鍋など毎日手をかえ品をかえ作っています。

毎日といってもおでんを作ったら2日間は連続で。  8426ce4d.jpg



特に2日目がおいしい。


ぐうたら主婦。


2人分と思えないくらい作っては消化しております。







金子兜太氏著『あの夏、兵士だった私 96歳、戦争体験者からの警鐘』 



「今こそ、伝えたいあの戦場体験!
トラック島、数少ない元兵士が語る、戦場の日常、非業の死、食糧難……
反骨の俳人は、どのように戦後を生き現在を見るのか?
『アベ政治を許さない』のプラカードに込めた意味とは?」




金子兜太氏といえば、朝日俳壇の選者として現在も第一線で活躍されている俳人、そしてなによりも有名になったのは「アベ政治を許さない」という反戦プラカードを揮毫された方という印象。


1919年埼玉県生まれ。
旧制水戸高等学校在学中に句作を始める。
1943年東京帝国大学経済学部卒業後、日本銀行に入行。
1944年から終戦まで海軍主計中尉、後、大尉としてトラック島に赴任。
復員後、日本銀行に復職。
1962年俳誌『海程』を創刊し主宰。
1974年に日本銀行を退職。
1983年現代俳句協会会長に就任。
1987年朝日新聞の朝日俳壇選者。
1988年紫綬褒章受章。
2005年日本藝術院会員。
2008年文化功労者。
2010年毎日芸術賞特別賞、菊池寛賞受賞


目次
プロローグ とても、きな臭い世の中になってきた
第1章 あまりにも似ている「戦前」といま
第2章 「死の最前線」で命を拾う―トラック島にて
第3章 捕虜生活で一転、地獄から天国へ
第4章 日銀は仮の宿、“食い物”にして生きてやる
第5章 明日のためにいまやっておくべきこと


今年98歳になられる金子氏。


大学卒業後日銀に入行、その翌年に海軍主計中尉としてトラック島に配属されます。

それまでは順風満帆のエリート街道を進んでいた氏。


その氏が戦場で見たという「残虐死」「餓死」など山ほどの「非業の死」。

水脈の果て炎天の墓碑を置きて去る
その戦場は「郷土の期待」「祖国のために」などのスローガンや「美学」からはかけ離れた悲惨さに満ちていたといいます。

1年3ヵ月の捕虜生活を終え、日本への最後の引き揚げ船となった駆逐艦の甲板上で詠んだのが上記の句です。


戦争を体験する前の氏は「戦争はよくない」とわかっていながら、「この難局を打破するには一戦交えるしかないか」と考える付和雷同の一人だったといいます。

「アベ政治を許さない」

「九条の会」の呼びかけ人の1人で作家の澤地久枝さんから依頼されて揮毫したプラカード。

日本全国津々浦々でのデモで人気ものになりましたね。

「安倍」の文字をカタカナにした理由を氏はこのように語っていらっしゃいます。

「『安寧』が『倍』になるなんてとんでもない、
むしろ『安心』がどんどん脅かされていくように思ったからカタカナにしました」



自らの体験を通しての不戦への強い決意が全編に散りばめられている内容でしたが、ところどころに天皇への並々ならぬ敬愛が見え隠れします。


戦後短歌と天皇制の関係を問い続けていらっしゃる歌人の内野光子氏が金子兜太氏についてある俳句への金子氏の選評を挙げて氏の詩歌における天皇・天皇制との親密性に言及していらっしゃいます。

天皇ご夫妻には頭が下がる。戦争責任を御身をもって償おうとして、南方の激戦地への訪問を繰り返しておられる。
好戦派、恥を知れ。



天皇制についてはさまざまな見方がなされていて私のようなものが踏み込む領域ではありませんが、金子氏の一面に関してこのような思いを持たれている方もいるということを挙げておきます。

 
人の内面はいろいろなものが混ざり合って、それがその人の中では矛盾しない、ということは自分にも当てはまります。

切り離せないとの批判があるかもしれませんが、憲法的な解釈は措いて、戦争を二度とさせないという強い意志は私たち共通の確固たるものだと思います。

映画館の無料チケットがあるというので友人たちと映画を観にいきました。

2枚の無料チケットで4人。

ひとり分が450円。


「沈黙―サイレンス―」 


マーティン・スコセッシ監督の話題作。


アカデミー賞 撮影賞 ノミネート


敬虔なカトリック教徒であるスコセッシ監督が原作を読んだ後28年という歳月をかけて温めていた念願の企画だったそうです。


主な配役はアンドリュー・ガーフィールド、リーアム・ニーソン、アダム・ドライヴァー、窪塚洋介、浅野忠信、イッセー尾形、塚本晋也など。


江戸初期、キリシタン弾圧下の長崎を舞台の遠藤周作氏の小説『沈黙』の映画化。


17世紀の日本という舞台を再現するのが非常に高くつくため、予算的な面から台湾が撮影地に選ばれたそうです。


とても台湾とは思えない長崎の島や山奥の様子がリアルに再現されています。


本作を遡ること1971年に、日本でも篠田正浩監督によって映画化されていますが、省略部分がかなりあったようです。


本作はほぼ原作を踏襲して裏切らない内容でしたが、いかんせん重くて暗い・・・


エンドロールが流れたあと、ぐったりとなってしまいました。



キリシタン弾圧が行われていた江戸時代初期、ポルトガルでイエズス会の宣教師をしていたロドリゴ神父とガルペ神父のもとに、日本でのキリスト教の布教を使命としていた彼らの師クリストヴァン・フェレイラ神父が日本で棄教したという噂が届いたことをきっかけに真相を知るために2人は日本へ渡ることを決意するところからスタート。


2人は旅の途上のマカオで出会ったキチジローという日本人を案内役に隠れキリシタンが弾圧に苦しみながらも密かに信仰生活を送っている長崎のトモギ村と五島列島に密入国し布教活動をします。


しかし長崎奉行・井上筑後守の執拗な捜索に村人とともに囚われの身となったロドリゴ神父は踏絵に屈せず処刑される村人たちの姿を目の当たりにして苦悩します。


「なぜ神は苦悩する人間の前に姿を現さず、沈黙を貫くのか」


原作と映画における命題です。





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遠藤周作氏著『沈黙』


「島原の乱が鎮圧されて間もないころ、キリシタン禁制の厳しい日本に潜入したポルトガル人司祭ロドリゴは、日本人信徒たちに加えられる残忍な拷問と悲惨な殉教のうめき声に接して苦悩し、ついに背教の淵に立たされる……。
神の存在、背教の心理、西洋と日本の思想的断絶など、キリスト信仰の根源的な問題を衝き、〈神の沈黙〉という永遠の主題に切実な問いを投げかける長編」


第2回(1966年) 谷崎潤一郎賞受賞作。


世界20カ国以上で13か国語に翻訳され、グレアム・グリーンに「遠藤は20世紀のキリスト教文学で最も重要な作家である」と言わしめたという名作、戦後日本文学の代表作としていまもなお多くの読者に読まれています。


本書のモチーフになっているのは、島原の乱の後に日本にやってきたポルトガル人司祭の殉難と棄教。


主人公であるロドリゴは1643年に筑前に上陸したキャラ司祭という実在した人物をモデルにしているそうです。


キャラ司祭の棄教とフェレイラ神父の棄教という2つの史実を柱に構築した物語。


本書は前半、後半に分かれています。


前半部分にあるロドリゴ司祭の手紙には、日本への布教を決意した理由と日本での困難な布教活動、そしてキチジローというキリシタンの裏切りで官憲に囚われの身になるまで、後半では踏絵などのすさまじい尋問などが描かれています。


その中で描かれている師・フェレイラ神父との再会が見どころです。


拷問に耐えかねて棄教したフェレイラ神父によって棄教を説得されるロドリゴ。


自分のために拷問されるキリシタン農民の苦しみと信仰の板ばさみになるロドリゴの死にも値する苦しみが胸に迫ります。


本書のさまざまな場面で神に呼びかけるロドリゴの言葉は信仰を持たない私のキリスト者への疑問でもあります。


「あなたはなぜ沈黙しているのか」

「なぜあなたは人々の苦しみを置きざりにしたまま沈黙を続けられるのか」

敬虔なキリスト者でもあった遠藤周作氏ご自身の問いでもあったのでしょう。


遠藤氏はのちに「神は訴えに対して直接的には返事をしないが、だからといってそれは氷のような沈黙をかたくなに守り続けていることではなく、目に見えぬ"働き"という形で答えているのである」と述べていらっしゃいます。
敬虔なキリスト者以外には承服できるものではないかもしれません。


本書と映画を通して、キリシタンへの迫害のすさまじさには目を覆いたくなりました。

時の権力者のみならず、一般民衆のキリシタンに対する無知な憎しみにも驚くばかりです。


このような狂気が江戸時代初期の話とは言い切れないものが現代社会にもあるということが悲しいばかりです。

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