VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2017年09月


あとづけの理由いくつか用意して衆院解散 混沌の渦

突如小池新党が名乗りを上げて与党野党混沌となってきました。

北朝鮮からの脅威から国民を護ることを第一義として・・・力強い安倍氏の演説・・・ならばミサイル連発のこの時期になぜ突然の解散??? と突っ込みたくなってしまいます。


SNSの友人のUさんがつぶやきで「いまこそ共産党が改名し選挙に臨んでは?」と提案されていたのに大いに共感しました。


戦後のレッドパージの時代から非合法政党としてのイメージをいまだ完全に拭い去れないという人々も多い中、ここで思い切って改名したら、解体寸前の某党のリベラル議員さんたちもジョインしやすくなるのでは?

Uさんは「共生党」を候補に挙げていらっしゃいましたがなかなかにいい名前(^.^)


私も夫も共産党にはアレルギーがある世代ですが、共生党なら応援してもいいかな。






さて本日は篠田節子氏著『スターバト・マーテル』のレビューです。 


「乳癌と診断されながらも、完治したように見えるなか、彩子は夫から勧められた会員制プールに通い始める。
そこで声をかけられたのが、中学校時代の同級生・光洋だった。
早熟で独特の雰囲気を放っていた男との思わぬ出会い。
さらに夫の言葉が、時を隔てた再会に微妙な色合いを与えて…。
表題作ほか1編を含む、悩める女性たちに贈る篠田流スパイシーな恋愛小説」


1955年東京都生まれ
1990年に『絹の変容』で小説すばる新人賞
1997年『ゴサインタン』で第10回山本周五郎賞
1997年『女たちのジハード』で第117回直木賞
2009年『仮想儀礼』で第22回柴田錬三郎賞
2011年『スターバト・マーテル』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞
そのほか『薄暮』『廃院のミカエル』『長女たち』『秋の花火』『はぐれ猿は熱帯雨林の夢を見るか』『コミュニティ』『ミストレス』『ブラックボックス』『銀婚式』など著作多数


篠田節子氏の作品は興味惹かれるものが多々あり、このブログにも多々アップしていますのでよろしかったら読んでくださればと思います。

上記の作品中、アンダーラインが引かれているのがそれらです。


本書には中篇が2篇―「スターバト・マーテル」と「エメラルドアイランド」―が収録されています。


表題作となっている「スターバト・マーテル」は13世紀に生まれたカトリック教会の聖歌の一つで日本語では「悲しみの聖母」(「聖母哀傷」)と呼ばれているものです。


中世以来、多くの作曲家がこの詩に曲をつけているので聴かれた方もたくさんいらっしゃると思います。


キリストが磔刑になったときの母マリアの極限の悲しみが歌われています。


私はドヴォルザークのものを聴いたことがあります。



話を本書に戻します。


乳癌と診断され手術を受けた彩子が主人公。


前向きで快活をよしとする夫は病気を機に内面にいつも死を内包しているような彩子を持て余しつつも会員制のプールに行くことを薦め、彩子が気が進まないながらそれに従ってプールに行くところから物語がスタートします。


そこで中学のときのクラスメート光洋に再会した彩子。


回想の中の光洋は頭脳明晰ですべての能力に長けつつも容易に分け入ることのできない雰囲気を持った男子でしたが、あることをきっかけに瞬間的に2度淡い交流を持った2人。


長じてプールで再会した光洋はだれもが想定したようなエリートコースから外れた人生を過ごしてきたことを徐々に彩子は知るようになります。


2人の中学時代の出会いから、具体的な行動は何もないのに、すでにとても官能的な雰囲気を醸し出していて、行き着くところは・・・と先読みしてしまいそうになる筆運びでしたが、中盤あたりからどんどん予想外の展開に。


意図的ではなくもイスラエルの武器製造に協力していたという光洋の背景が徐々に明らかにされるあたり、あまりにも荒唐無稽の急展開とあっけないラストにちょっと引けてしまいました。



生と死は同一線上にあるという一見虚無的にも見える彩子の内面は、がむしゃらに生きたいと思わない私にはとても共感できるというのが収穫かもしれない作品でした。

ここ2、3日急に秋が深まったようです。


扇風機をしまってももう気温の上昇の戻りはなさそうな・・・


暑さに弱い私は夏が過ぎてぐんと弱った感じ(――;)


旅行や子どもたちの帰省が続いて卓球もしばらく休んでいるので、少し歩いて体力を戻さねば・・・


昨日は月に一度ある「てんでに絵を描こう」という集まりに参加して、先日北海道でスケッチしていた白樺林に彩色してみました。



白樺の木立から羊蹄山が顔を出している風景。


実際は羊蹄山の色がもっとすてきな青なのですが、いまだ色の作り方もままならず下手なのでうまく彩色できませんでした。


友人に誘われて水彩を始めて一年半、なんとなく楽しいな、と思い始めていますがいつまで続くか、、、中々続かないという意志力のなさを試しています。






さて今日は森まゆみ氏著『子規の音』をご紹介します。 


「三十代前半で病に伏した正岡子規にとって、目に映る景色は根岸の小さな家の、わずか二十坪の小園だけだった。
動くことのできない子規は、花の色や匂い、風の動きや雨音などで五感を極限まで鍛え、最期まで句や歌を作り続けた。
幕末の松山から明治の東京まで足跡を丹念に辿り、日常の暮らしの中での姿を浮かび上がらせた新しい子規伝」


著者について

1954年東京都生れ
早稲田大学政治経済学部卒業後東京大学新聞研究所修了
1984年地域雑誌「谷中・根津・千駄木」創刊、2009年まで編集人を務める
1998年に『鴎外の坂』で芸術選奨文部大臣新人賞
2003年『「即興詩人」のイタリア』でJTB紀行文学賞
2014年に『「青鞜」の冒険 女が集まって雑誌をつくるということ』で紫式部文学賞を受賞
著書に『「谷根千」の冒険』、『彰義隊遺聞』、『女三人のシベリア鉄道』、『森のなかのスタジアム――新国立競技場暴走を考える』、『昭和の親が教えてくれたこと』など多数


著者はずっと地域雑誌「谷中・根津・千駄木」の編集に携わり、鷗外や一葉などを書いてこられただけに子規の東京での幾つかの住まい (神田、向島、本郷、谷中、根岸)への知識がとても深く、それが本書に投影されてその時代の町の様子や人々の暮らしを浮かび上がらせるという深みのある評伝になっています。


子規生誕150年という区切りに相応しい作品。


400頁という厚みのある本書、内容も緻密で子規を核として集まった人々も含めて明治時代を懸命に生き抜いた息づかいに圧倒されながら読了しました。


著者はあとがきで次のように書いていらっしゃいます。

「子規については鴎外、漱石に勝るとも劣らない数の本が書かれている。
彼の人生は短いながら、俳句と短歌、随筆の近代での意味を問い続け、いまも作品は読みつがれている。
本書では子規を、暮らしの中で等身大で感じることを心がけた。
また私のよく知っている土地、根岸、上野、谷中、根津、本郷、神田、王子、三ノ輪などの風景日常の中で生まれた句や歌を楽しむことにした」



とりわけ私の興味を惹いたのは子規と彼を取り巻く人々の交流です。


そんなに市民の生活が豊かでなかった明治時代の人々の交流のなんと温かいこと!


東京での庇護者である陸羯南といい、松山時代の幼馴染だった秋山真之、上京以後の親友となる夏目漱石、そして子規の俳句の弟子となった高浜虚子や河東碧梧桐、伊藤左千夫、寒川鼠骨、阪本四方太、中村不折などの細やかな愛情や友情が胸に響きます。


東京に憧れ、叔父の加藤拓川の後ろ盾を得て上京、先に上京していた故郷松山の旧友の間を転々としたあと神田に落ち着き、駿河台にあった共立学校で英語、数学、漢学などを習い、田舎から出てきて1年余で大学予備門の試験に受かった子規。


東京での庇護者・陸羯南という理解者を得ての生活はとても父親を亡くした貧乏士族の長男とも思えないほどで、宿替えや旅行の数々、趣味の俳句や落語好きが高じての寄席通い、ベースボールに熱中したり飽食三昧のこれぞ青春の日々。

よくもまあお金が続くこと!@@!


東京での学問に憧れての矢も立てもたまらずの上京、明治23年東京帝国大学文科大学哲学科に入学したものの、大学の講義になじめず欠点を重ね、同級の漱石の尽力も及ばずついに25年に退学。


陸羯南の新聞「日本」に入社し、郷里から母八重と妹律を呼び寄せて根岸に住むこととなります。


死の病となった結核の兆候はその前頃から喀血という形で発症していましたが、請うて日清戦争従軍記者となった後病状が急速に悪化、脊椎カリエス、肺結核、腸結核も併発していました。


ほとんど寝たきりになっても、『ほととぎす』を創刊し、短歌革新を起こすエネルギーのすごさ!


溢れるばかりの好奇心で、まっすぐに好きなことに突き進み、嫌いなことにはそっぽを向き、母や妹にわがまま放題という性格ながら、多くの友人が途絶えることなく好物のものなど携えて根岸の病床を訪ねる様子を読むと、なんと魅力的な人だったのだろう、「人たらし」とは彼に似つかわしい言葉と感嘆せずにはいられません。


同じエリアの下町・日暮里に育った吉村昭に、かつて出版社が子規の評伝を書いてはどうかと勧めたそうですが、前調べした結果、あまりにも子規が妹の律に対して厳しく鬱憤晴らしの対象としているようで、書くに耐えないという理由で断ったそうです。


吉村らしいな、と思うエピソードでした。


全編を通してその場その場で子規の俳句が配置され、子規の心情を投影するような効果があり、とても充実した作品になっています。


漱石との交友、「ほととぎす」の後を託したが途中で本意を翻した高浜虚子や河東碧梧桐、伊藤左千夫、長塚節、そして森鴎外などとの交流などまだまだ書きたいことは山ほどですが、興味ある方はぜひ読んでみてくださればと思います。

八月と九月は夫と私の誕生日が続いて家族には申し訳なくも気忙しい月。

昔から記念日のプレゼント交換が常態化していて、それが子どもたちが自立してもずっと続いている我が家。


先日は私の誕生日。

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みんなからいろんなプレゼントをもらいましたが、ビッグなプレゼントは次男が小春の顔を見せに来てくれたこと。

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久しぶりの小春との再会(^.^)

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思う存分可愛がりまくりました。


そして・・・夫と次男と3人で近くのステーキ&魚介類鉄板焼きの店で食事をしていたら・・・びっくりのサプライズ!@@!

なんと東京にいるはずの娘が小さな花束をもって突然入ってきました!

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驚いたのなんのって!!!


嬉しい予期せぬ出来事!


そして4人で帰宅したら留守番していた小春が体中踊らせてこれ以上ない喜びを表して出迎えてくれました(^.^)


この日のことは一生の思い出・・・ありがとう!






池井戸潤氏著『下町ロケット2 ガウディ計画』 


「その部品があるから救われる命がある。
ロケットから人体へ――。
佃製作所の新たな挑戦!

ロケットエンジンのバルブシステムの開発により、倒産の危機を切り抜けてから数年――。
大田区の町工場・佃製作所は、またしてもピンチに陥っていた。
量産を約束したはずの取引は試作品段階で打ち切られ、ロケットエンジンの開発では、NASA出身の社長が率いるライバル企業とのコンペの話が持ち上がる。
そんな時、社長・佃航平の元にかつての部下から、ある医療機器の開発依頼が持ち込まれた。
『ガウディ』と呼ばれるその医療機器が完成すれば、多くの心臓病患者を救うことができるという。
しかし、実用化まで長い時間と多大なコストを要する医療機器の開発は、中小企業である佃製作所にとってあまりにもリスクが大きい。苦悩の末に佃が出した決断・・・・・・。
医療界に蔓延る様々な問題点や、地位や名誉に群がる者たちの妨害が立ち塞がるなか、佃製作所の新たな挑戦が始まった。
日本中に夢と希望と勇気をもたらし、直木賞も受賞した前作から5年。
遂に待望の続編登場!」


遅っ!と驚いていらっしゃるだろう池井戸ファンの方・・・図書館の棚に眠っているのをやっと見つけました(――;)


2015年10月18日からTBS系の日曜劇場でもテレビドラマ化、朝日新聞にも連載されましたが、どちらもスルー、時が経過してもどうしても書籍で読みたい、ということでやっと。


下町ロケットの第二段。

前作を引き継いでのスタート。


今回の佃製作所は前作のロケットバルブの改良に加え、テーマは人工心臓と心臓の人工弁の医療用バルブの開発&製作。

素人目には似たようなモノながらまったくの別モノの人工心臓と心臓の人工弁。


この二つを同時進行で作っていくのでスタート時点で少し理解の糸が絡まりましたが、しっかり把握できた中盤あたりから面白さが加速!


ラストが予定調和の勧善懲悪と思えば、安心して読める池井戸作品。


今回も紆余曲折はありましたが、落ち着くところに落ち着いた物語運びは健在。


池井戸作品の核となっている「ものづくり」に光を当てることを疎かにしていないところが読者を惹きつける由縁であろうと思えます。

「ものづくり」と言えど、ビジネスの世界では収益あればこそのもの。


きれいごとでは渡り切れない採算性重視の経済社会で生き残るにはノルマや収益に追われるのは避けて通れない宿命と思います。


そういった中での医師・貴船や日本クラインの久坂ら登場人物たちの挫折も丁寧に描かれていてビジネス書としても秀作でした。


「どこに行っても楽なことばかりじゃない。
苦しい時が必ずある。
そんな時は、拗ねるな。
そして逃げるな。
さらに人のせいにするな。
それから-夢を持て」


難題を乗り越えた先に輝かしい未来があることは保障できないけれど、逃げなかったという納得で自分を肯定できる・・・そんなことを感じました。


読後の爽快感を味わいたい方、ぜひどうぞ!

私がずっと畏敬の念を抱いている写真家&文筆家の藤原新也氏が「スペシャル・ミール」について書いていらっしゃったのを目にしたことがあります。


これはアメリカにおいて死刑囚に最後に供される食べ物のことをいうそうです。


最後の食事は死刑囚が自分の好きなものを注文できる・・・これはアメリカだけでなく日本でもスペシャル・ミールを自分で選べる、と読んだことがあります。


日ごろ中々味わえない豪華なフランス料理のフルコースなどが思い浮かびますが、あにはからんや、フライドチキンやサンドイッチ、チーズパイなど小さいときから慣れ親しんだ平凡な食べ物が選ばれるそうです。


仮に自分が死刑囚となりスペシャル・ミールを許されたら、ダイコンの葉の漬け物の千切りにオカカをまぶし、それに醤油をかけ、銀メシに混ぜ込んだものを所望するかもしれない、と藤原氏。


彼の著書『なにも願わない手を合わせる』にも出ていましたが、五十九歳で亡くなられたお兄さんのスペシャル・ミールはイカーソーメンだったそうです。


病の進行でもうほとんど固形物は受け付けない状態だったお兄さんを最後の思い出にと、彼が長い間通い続けていた海鮮料理屋に連れていったとき出されたイカソーメンをすべて平らげるという小さな奇跡が起きたそうです。


門司港で生まれ育った藤原兄弟はよくイカ釣りに出かけ、その場で千切りにして醤油をぶっかけておやつ代わりに食べたそうです。


食欲とは愛しい記憶によって呼び戻されるものなのでしょうか。


私のスペシャル・ミールは・・・と考えて思い浮かべるのはやはり幼いころから継続して日常にずっと食べているものばかり。


炊きたて卵かけご飯とか、炊きたてご飯に釜揚げしらすにポン酢を垂らしたもの、炊きたてご飯に塩シャケと梅干、あったかい素うどんなど。


不思議と大好きなカニとか、鮎の塩焼きとかは思い浮かびませんでした。






さて今日はエンリケ・バリオス氏著『アミ 小さな宇宙人』をご紹介したいと思います。

「少年ペドゥリートとアミと名乗る宇宙人との感動のコンタクト体験。宇宙をめぐる旅の中でペドゥリートは、地球がいまだ野蛮な、愛の度数の低い未開の惑星であることを教わる。世界11カ国語に訳された不朽のロング&ベストセラー待望の文庫化」


少年ペドゥリートとアミと名乗る宇宙人の物語。


1986年に著者の友人のチリの小さな印刷所から刊行されたのが始まり。


徐々に評判を呼び、次々と版を重ね、世界11カ国語に訳された不朽のロング&ベストセラーとなりました。


ローマ法王ヨハネ・パウロ�U世も著者に賞賛の言葉を贈ったそうです。


日本では1995年に石原彰二訳で徳間書店より出ています。


『アミ 小さな宇宙人』の後に、『もどってきたアミ 〜小さな宇宙人〜』、『アミ 3度目の約束 〜愛はすべてをこえて〜』が刊行され、三部作となっています。



不朽の名作として今でも世界中の老若男女に愛されているサン=テグジュペリ氏著『星の王子さま』を彷彿とさせる内容。


ペドゥリート少年の前に突如現れた小さな宇宙人・アミ。

2人は惹かれあいアミの乗ってきた宇宙船に同乗して宇宙を旅するベドゥルート。


その宇宙を巡る旅の途上、ペドゥリートは、地球がいまだ野蛮で、不完全な未開の惑星であることを教わります。


全編、胸を打つ示唆あるアミの言葉で彩られていて胸に響きます。



私の心に深く沁みた言葉をいくつかピックアップしてレビューの代わりとしたいと思います。


たいていのおとなにとって、おそろしいことのほうが、すばらしいことよりもずっと信じやすいことだから、ほんのひとにぎりのおとなしかぼくを理解しないだろう



ある世界の科学の水準が愛の水準を遥かに上回ってしまった場合、その世界は自滅してしまうんだよ



まだ現実に起きていない先のことをあれこれ気に病むのではなく、いま起きていることにあたることの方が懸命なことだよ



“力づく”とか“破壊する”とか“強制する”とかいったことは、みな、地球人や未開人のやることであり、暴力なんだよ



一人ひとりにみな価値があり尊ぶべきものなんだよ
そして暴力やむりやり”強制する”といったことは、宇宙の基本法を破ることでもあるんだよ



人生が提供してくれたすべてのものに注意の目を向けるように努めてごらん
たえずいろんなすばらしさを発見するだろう
頭ばかりで考えるかわりに、感じるように知覚するように努めてみてごらん
人生の深い意味は思考のもっと向こう側にあるんだ



人類の自由とは、われわれにとっても他人にとっても、なにかもっとずっと神聖なものなんだ



好きということは一つの愛の形だ。
愛がなければ楽しみもない
意識がなくても同じことだ
思考は人間の持っている可能性の中で、三番目に位置する
第一位は愛が占める……
われわれはすべてを愛するように心がけている
愛を持って生きる方が、ずっと楽しく生きられるんだよ



ここには罰もなければ刑務所もない
もし誰かが過失を犯した場合、その人自身が苦しむことになるんだよ
つまり、自分を自分で罰するんだ



人に“勝つ”、人より上に抜き出るという考えだね
それは競争だし、エゴイズムだし、そして最後には分裂だよ
そうじゃなくて、ただ、自分自身と競争して自分自身に打ち勝つべきなんだよ
他人と競争するんじゃなくてね
進んだ文明世界には、そういった同胞との競争はまったく存在しない
それこそ、戦争や破壊の原因になりかねないからね
“愛が幸福に向かう唯一の道”だってこと、忘れないようにね



もし、人生やその瞬間が美しいと感じはじめたとしたら、そのひとは目覚めはじめているんだ
目覚めているひとは、人生はすばらしい天国であることを知っていて、瞬間、瞬間を満喫することができるんだ



ぜひどうぞ!

北海道旅行の続き3です。


一泊目は函館・湯の川温泉の旅館、二泊目はニセコの湯。


アンヌプリや羊蹄山があるニセコ連山は冬になると一面銀世界になるスキーの名所として日本というより外国からのスキーヤーたちに知られています。

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白樺の木立の間(あひ)より羊蹄山 ニセコの宿は静謐のなか

ニセコアンヌプリ

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冬場になると泊り客で賑わうそうですが、私たちが泊まった旅館は12室しかない上、大浴場や売店もない隠れ宿のような旅館だったせいか、同宿の泊り客とほとんど顔を合わせませんでした。



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白樺林に囲まれ、その間から羊蹄山がなだらかな姿を見せていて、露天湯からは遠景にホルスタインが親子で牧草を食んでいるのが見えるというのどかな情景。


露天湯が大好きな夫は朝に夕に夜中にと入り続けていました。


雪に囲まれたニセコもすてきだろうな~。


翌日はひたすら地道を走って新千歳空港へ。


途中、朝のNHK連ドラで一躍有名になった竹鶴政孝創業のニッカウヰスキー余市蒸留所を見学、効きウイスキーをしたりしながら帰途に着きました。
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充実した旅を本当にありがとう!!







さて今日は伊岡瞬氏著『代償』のレビューです。


「平凡な家庭で育った小学生の圭輔は、ある不幸な事故をきっかけに、遠縁で同学年の達也と暮らすことに。
運命は一転、過酷な思春期を送った圭輔は、長じて弁護士となるが、逮捕された達也から依頼が舞い込む。
『私は無実の罪で逮捕されました。どうか、お願いです。私の弁護をしていただけないでしょうか』。
裁判を弄ぶ達也、巧妙に仕組まれた罠。
追いつめられた圭輔は、この悪に対峙できるのか?衝撃と断罪のサスペンスミステリ」


同じ家で育った二人の少年。
一人は弁護士に、
一人は犯罪者となった。


帯に書かれたこのフレーズや目にした書評にひかれて読み始めました。

似たような設定はたしかジェフリー・アーチャーの作品にもあったような。


旧約聖書のカインとアベルの物語から連綿と続いている目を惹く主題でもあります。


圭輔と達也という2人の少年の物語。

長じて圭輔は弁護士に、達也は犯罪者に。


第一部で圭輔と達也の少年時代、第二部で弁護士と犯罪者という立場での絡みという構成になっています。


同じ年の圭輔と達也がある事件をきっかけに同居することになる前後から達也の底知れないサイコパスに翻弄される圭輔。


自分以外の人の人生を破壊することに喜びを見出すという達也の不気味な言動を徹底的にトレースする著者。


全編を通して不愉快極まりない内容なのに読了まで目が離せない、そんな作品でした。


斜め読みで読了したときにはほっと一息つきました。



タイトルの「代償」について考えてみました。


悪行の報いは必ず来る、という前提で書かれた本書。


数々の悪行を天性の悪知恵で通り抜けてきた達也も最後には大きな「代償」を払う、というところでラストを迎えます。


しかし、現実は・・・悪に対して必ず報いが来ると言い切れるか?


様々な人間模様を通してみるとそれは甚だ疑問ですが、私を含め普通の人々は正しいと思う自分の則に従って粛々と生きていくことしかできないと思って・・・これが貧しい感想です。

北海道旅行の続き2です。

記録に残したいことがあと少し。

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函館ハリストス正教会で受けたガイドに興味深いものがありました。


同志社大学同志社女子大学の前身である同志社英学校を設立した新島襄について。


四年前NHK大河ドラマとして放映された「八重の桜」を観られて方はご存知だと思いますが、八重の夫が新島襄。


1843年江戸の上州安中藩屋敷で生まれ、元服後友人からもらったアメリカの地図書によってアメリカに興味を持ち、幕府の軍艦操練所で洋学を学びます。


その後漢訳聖書に出会い、アメリカへの憧れがますます強くなり、21歳のとき「快風丸」で函館に着き密航のチャンスを狙います。


最初は五稜郭を設計した武田斐三郎が教授をしていた諸術調所に入る計画だったものの武田不在だったため、塾頭の菅沼精一郎の紹介でロシア領事館付きの司祭ニコライの日本語教師となり函館ハリストス正教会に居候することになります。


この40日間ほどの滞在中に新島襄は聖ニコライと心を通わせ日本語と古事記を教えたといわれています。

その間ロシア領事館の敷地内にあったロシア病院で眼の治療も受けていたそうです。


新島の密航への企てを知ったニコライは反対したそうですが、新天地への憧れやまずニコライの外出中についに函館港から米船ベルリン号で密出国したという経緯です。


アメリカ上陸後の新島の足跡はまた別の機会があれば記したいと思いますが、今回書きたかったのは函館ハリストス正教会と新島襄との関係。


新島襄のその後に興味がある方はこちらをどうぞ →


それらのことは新島が聖ニコライ宛に書いたものの渡さなかった「函楯ニ於テニコライニ寄スルの書」と封筒に表書きされた書簡に書かれているそうです。

内容は、当時の日本の政治の乱れ、民衆の困窮した生活を憂い、その原因は人々が神の道を知らないからであるとし、無理やり富国強兵を唱えても欧羅巴先進諸国には敵わないのだから、先ずはキリスト教を学んで己を磨き、「独一真神の道」を知れば、国家の情勢は自ら整っていくであろうというものだったそうです。


現在の21歳の若者に比して、なんと気概のある若者だったのでしょう!

驚くばかりです。






さて今回は集英社文庫編集部【編】『短編工場』をご紹介します。 


「読んだその日から、ずっと忘れられないあの一編。
思わずくすりとしてしまう、心が元気になるこの一編。
本を読む喜びがページいっぱいに溢れるような、とっておきの物語たち。
2000年代、『小説すばる』に掲載された短編作品から、とびきりの12編を集英社文庫編集部が厳選」

『かみさまの娘』桜木紫乃
『ゆがんだ子供』道尾秀介
『ここが青山』奥田英朗
『じごくゆきっ」桜庭一樹
『太陽のシール』伊坂幸太郎
『チヨ子』宮部みゆき
『ふたりの名前』石田衣良
『陽だまりの詩』乙一
『金鵄のもとに』浅田次郎
『しんちゃんの自転車』荻原浩
『川崎船』熊谷達也
『約束』村山由佳

小説すばる創刊25周年を記念して編まれた短編小説のアンソロジー。

上述の12人の著者のうち10人が直木賞作家という豪華な内容。

このラインアップの中で唯一読んだことがある作品は奥田英朗氏の『ここが青山』だけ。

何度読んでもこころがほっこりする内容です(^.^)


『川崎船』の著者・熊谷達也氏の作品は、その昔、『相剋の森』 『邂逅の森』 『氷結の森』のマタギ三部作を夢中になって読んで以来。

さすがに重厚な筆は健在でした。

伊坂幸太郎氏の『太陽のシール』もよかったです。

今まで若いという理由だけでスルーしていて反省、伊坂氏にまたチャレンジしてみよう。


乙一氏は私にとって未読の作家さん、ロボットを扱ったSF的な内容ながら『陽だまりの詩』には思いのほか惹かれました。

旬の作家さんばかり、とあってさすがにクオリティの高い短編集でした。


お勧めです。

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