VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2017年11月

今年も残すところあと一ヶ月となりましたね。

驚くほど速く過ぎる日々。


早く暖かくなるのを待つ、桜の咲くのを待つ、愛しい人と会えるのを待つ、誰かの便りを待つ・・・

日常の中のどんな小さなことでも待つという楽しみは人生の大きな楽しみのひとつ。


家中にカレンダーを配置するのが好きな夫のためのカレンダーがだいぶ溜まってきました。

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上二枚は新聞販売店が毎年お気に入りのフォトでカレンダーを作ってくれるというサービスに応募したもの。

カメラが趣味の次男の友人が撮った小春のすてきなショット(^.^)

三枚目は私の短歌に欠かせないもの・・・二十四節気七十二候が掲載されています。

四枚目は友人の姪御さんが描かれたくまモンのカレンダー、アスカのためにと毎年くださいます。






さて今日は神吉拓郎氏著『私生活』をご紹介します。 


「『都会生活の哀愁を、巧みに切りとってみせた』と高く評価された第90回直木賞受賞の短篇集である。
この世の中、どこの誰にも一枚めくれば、あやしげな私生活があるものだ。
人それぞれにおなじ悩みも濃くまた淡く……
いささか暗い人生の哀歓と心理の機微を、登場人物それぞれの何気ない会話のうまさと洗練の筆で、さりげなくしかし奥深く捉えた名人芸。
『つぎの急行』『たねなし』『丘の上の白い家』『ご利用』『六日の菊』など17の『私生活』を描く」



著者について・・・
1928年(昭和3年)~ 1994年(平成6年)
1983年『私生活』で第90回直木三十五賞受賞
1984年『たべもの芳名録』で第1回グルメ文学賞受賞


本書は今から30年以上前の作品。


昭和58年の作ということで全体的にレトロな昭和色の漂う短編集です。


17篇の小品はいずれも1980年前後の東京やその周辺都市の市井の人々の生活が描かれています。


主人公はそれぞれ30代~60代の男性やその妻など。


平凡な日常の営みの中にある綻びやそれが発端となって呼び込まれた危機などが淡々とした筆致で描写されていますが、クライマックスを期待する向きには甚だ物足りない幕切れの多い短篇集となっています。


直木賞に選ばれたのが意外といえば意外な作品群。


とはいえどこにでも見られる人々の平凡な私生活の中にも意外な一面がある、ということ知らしめて本書が成立していることを思えば納得の作品。


17篇の中には平凡を突き抜けた作品もあり、そこに行き着くまでの心理描写は極端ではありますが、ちょっと共感部分もうかがえたり・・・


自分では平均的な家庭を築いている常識的な人物であると認識していても、他の人の視線を通すと、案外常識から外れた面があるかもしれない・・・そんなことを思わせてくれる作品でした。

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先日「戦争をさせない1000人委員会」主催の講演会に行ってきました。

講師は呼びかけ人のおひとり法政大学法学部教授・山口二郎氏。


今回の衆院選前のドタバタの裏舞台のことやら現政権の問題点など、今後の活動など・・・安倍9条改憲反対なので共感の内容でした。


結びに魯迅の『故郷』から引いて次のような言葉を挙げておられました。

「希望とは地上の道のようなものである・・・
もともと地上には道はない。
歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」


保守に対抗する言葉のように使われるリベラル、定義はとても難しく、立憲民主党の枝野氏も拘っておられるようですが、戦後日本のよい部分を継承して独裁と戦争に反対する、という点で保守とリベラルの提携が理想の姿だと思います。


嵐の前触れのような衆院解散に伴って俄仕立てのように希望の党が生まれ、野党第一党であった民進党の突然の解体、希望の党への移籍という混乱の中で立ち上がった立憲民主党。

結果的に一千万票を超える票を得たことは国民の目は決して節穴ではなかったのだと安堵します。


そうこうしていると朝日新聞に興味深い記事が3日に渡って掲載されていてノンフィクションの物語のように面白く読みました。

「検証 民進分裂 上 中 下 」

衆院解散を受けて、民進党の前原代表が党を解党する決心を固めて小池氏に接触する前後から、枝野氏が立憲民主党を立ち上げるまでの一部始終をドキュメンタリー方式で追ったもの。


衆院解散宣言の翌日深夜、帝国ホテルで小池氏と密談した前原氏、傍らには民進党を支えていた連合会長の神津里季生氏と小池氏に近いネットメディア会社代表の上杉隆氏。


あとに希望の党の急激なる弱体化への枷となった小池氏の「排除します」はこのとき上杉氏の提案で決まったという。


上杉隆氏の著書は前に一度読んだことがあり、2016年の東京都知事選に立候補して敗れたことは知っていて、何かもうひとつ信頼できないと感じる人の1人でした。


国政を動かす舞台裏がこのような密談の中でいとも簡単に成り立ったことに驚きを隠せませんでした。


その「排除」騒動が引き金となって、民進党の護憲派が希望の党に組み込まれることなく立憲民主党が生まれたのはよかったと思いますが、これからどうなるか・・・見守りたいと思います。






さて本日は高殿円氏著『トッカン the 3rd: おばけなんてないさ』をご紹介します。 


「お金の警察とも言われる税務署。
しかし税金滞納者の取り立てをする徴収官は、誰からも嫌われがちな存在―― ぐー子こと鈴宮深樹は、京橋中央税務署で、とくに悪質な滞納を扱う特別国税徴収官(略してトッカン)の鏡雅愛の下で働く若手徴収官だ。
鬼上司・鏡とのコンビも2年目に入り、ぐー子自身もスキルアップ、鏡の罵詈雑言にもちょっぴり口答えできるようになってきた。
だが、調子にのりすぎて鏡の故郷・栃木に対する無知をさらし、鏡の怒りを買ったところ、よりによって栃木への出張命令が。
徴税対象の登記が管区内にあれば事業実態が遠方でも管区税務署の仕事だ。
つまり、出張してでも状況を調べ、場合によっては差し押さえに赴かねばならない。今回の対象は鹿沼にある運送会社と日光の霊水を使った霊感商法。
けれど、思わぬところで鏡の元嫁や地元の同級生などが現われて、波乱含みの旅の予感に……
少し成長したぐー子の活躍と、気になる鏡の心の内が明らかに!
人とお金の謎に迫る、話題沸騰の税務署エンターテインメント『トッカン』シリーズ第3弾」



第一弾『トッカン―特別国税徴収官』、第二弾 『トッカンvs勤労商工会』に次ぐ第三弾が本書。 


このブログでは第二弾『トッカンvs勤労商工会』をアップしていますのでよかったら読んでください →  


本書では前作よりトッカンこと特別国税徴収官として一回り成長したぐー子が見られます。


鬼上司である鏡のプライベートも読者サービスとしてかなり提供してくれていて砕けた内容になっている一方、本筋である税金の話はかなり重く、税務間の強引な取立てについ義憤を感じてしまうこともしばしば。


裕福な人からも生活に行き詰った人からも平等に取り立てる「税金徴収」という当たり前の行為についついどこか抵抗を感じてしまいます。


今回の物語に登場する3つの滞納案件のうち、本筋とは別の案件が切なすぎて心がそちらに引っ張られてしまいました。


「貧すれば鈍する」という故事を思い浮かべて・・・短いレビューを終ります。

先日アップした『ゴリオ爺さん』からの連想というわけではないのですが、たまたま図書館で懐かしい文庫を見つけたので1人の男の生き様に焦点を当てた物語繋がりということで・・・


ジョージ・エリオット氏著&土井治氏訳『サイラス・マーナー』


オノレ・ド・バルザック(1799-1850)がブルボン家による復古王政が始まった後のフランスを舞台にした『ゴリオ爺さん』を発表したのは1834年。

一方、本日ご紹介するジョージ・エリオット(1819-1880)がヴィクトリア朝時代のイギリスの片田舎を舞台に『サイラス・マーナー』を発表したのが1861年。


多少のズレはあるものの、同世代のヨーロッパに生きた2人の作家。



ジョージ・エリオットはその名前から男性作家を連想されますが、れっきとした女性作家です。


その昔、私が卒論に選んだ作家でもあり、ある種の郷愁を以って再読しました。

ちなみに卒論に選んだ作品は『フロス河畔の水車小屋』という地味な作品でした。



現代では通用しないと思いますが、若かりし頃、「サイラス・マーナー」は「守銭奴」と同義語として、ジョージ・エリオットを知らなくても広く用いられていた・・・ような。。

というか、『サイラス・マーナー』を読んだこともないようだった夫も「守銭奴」の同義語として「サイラス・マーナー」を使っていたので。

夫と私だけだったかも??


本書に戻ります。


同じ1人の男の物語でもこちらはほっこり心があたたまる物語です。


1人の男の青年期から初老までの変遷。



「信じ切っていた友に裏切られ、人も世も神も呪う世捨て人となったサイラスの唯一の慰めは金だった。
だがその金も盗まれて絶望の淵に沈んだ彼に再び生きることの希望を与えたのは、たまたま家に迷いこんできた幼児エピーの無心な姿だった。
『大人のためのおとぎ話』として広く愛読されてきたエリオットの名作」


信心深く働き者だった青年織工サイラス・マーナーがあるとき十年来の親友に裏切られ、いわれのない窃盗の疑いをかけられ、婚約者にも去られ、人間不信に陥り、故郷を逃げるように去り、小さな村ラヴィロウに流れ着き織工として細々と生計を立てています。


失意の日々の中、信じられるものはお金だけ、お金を貯めることだけを唯一の楽しみに生きていましたが、またしてもそれが盗まれ、失望に追い討ちをかけられ人生に絶望します。


そんな冬の日、行き倒れになった母親の手を離れてよちよち歩きをしてきた幼児が偶然サイラスの家に入って来ます。

その小さな命を見ているうちに、サイラスは寄る辺ないもの同士の哀れさを感じ、自分の手で護ろうと決心します。


愛していた妹から取った名前(エピー)をつけ、全身全霊で護り育てるうち、彼の心は絶望から希望へと変わり、失っていた愛情と信仰を取り戻すという話。


今まで地域の人々に心を閉ざし、交わりを避けていたサイラスはエピーをどこにでも連れていき、村人との交流も始まります。


2人で野の花を摘んだり、木々を吹く風を味わったり、小鳥の声に耳を傾けたり。


エピーとサイラスが寄り添って自然を味わっている描写がとてもすてきです。


今までサイラスを気難しい変人と思っていた村の人々もエピーの存在を挟んで徐々に打ち解けていきます。


甘やかしてはためにならないという村人たちの忠告にも関わらず盲目的な愛でエピーを我儘放題に甘やかして育てたサイラス。


それでもエピーはサイラス思いの優しく思慮深い少女に成長して・・・


幸福の中で終るこの物語。



若い頃は敬虔な国教徒でしたが、ある日を境に教会から遠ざかったエリオット。


その後心の変遷を経てエリオットは「人間を救うのは人間」という宗教観を得ました。


その宗教観が深く投影された作品。



人生に絶望していたサイラスが小さな女の子を育てることによって、本来の人間的な温かい心を取り戻していくというすてきな物語。


そういえば『赤毛のアン』や『ハイジ』にも似た部分がありましたね。


無垢な心で人に接すれば心を開く力になるという大切さをしみじみ教えてもらった物語でした。

鍋が恋しいシーズンです。

おでん、うどんすき、蒸し鍋なども鍋に入れるなら連日の2人鍋。

カセットコンロも出しっぱなし。


阪神淡路大震災のあと、ガスの修復が出来なかった数ヶ月間とても助けられた思い出のカセットコンロ、今も大事に使っています。

今日は岩手県ののどかな田野畑村で放し飼いで育ったという岩手の合鴨鍋セットが次男から送られてきたので鴨鍋。

鴨肉とつみれと出汁のセット。

   
あとは冷蔵庫の野菜類をプラス、楽チン晩御飯でした。


運動が足りている鴨は歯ごたえがあってとても美味、なるべく鴨の姿を頭の中から追い払っておいしくいただきました(^.^)






さて今回はオノレ・ド ・バルザック氏著『ゴリオ爺さん』 のレビューを少し。 


「奢侈と虚栄、情欲とエゴイズムが錯綜するパリ社交界に暮す愛娘二人に全財産を注ぎ込んで、貧乏下宿の屋根裏部屋で窮死するゴリオ爺さん。
その孤独な死を看取ったラスティニャックは、出世欲に駆られて、社交界に足を踏み入れたばかりの青年だった。
破滅に向う激情を克明に追った本書は、作家の野心とエネルギーが頂点に達した時期に成り、小説群“人間喜劇”の要となる作品である」




最近芸能界でも二世の不祥事が相次ぎ、成人をかなり過ぎた息子の不祥事に親がマスコミと対峙して、涙ながらに謝罪をするという場面を度々目にしますね。


いったい親の責任はどこまで・・・と他人事の場合は思えますが、自分の身に置きかえてみるときっと生涯責任を感じると思う・・・悪しき結果を生もうと意図して子育てをする親はいないと思いますが、結果として社会に迷惑を掛けることになった子どもを産み育てたという責は、誰に責められずとも自分の中で死ぬまで消えることはないと思います・・・自分だったら・・・と思うととても他人事とは思えない。


我が家の3人の子どもたちも同じような環境で育てたにも関わらず、それぞれ親から受けたものに対する感受性は大きく違うので、育て方も重要ながら、生まれながらの資質の問題も大きなパーセンテージを占めているのではないでしょうか。



さて本書・・・あまりにも有名で、世界文学全集には必ず収録されていたので学生時代に読まれたという方もたくさんいらっしゃると思いますが、新潮文庫から出ている改訂版でとても読みやすいものです。


サマセット・モームの「世界十大小説」にも挙げられている名著。



時代背景は19世紀初頭、王政復古時代のパリ。


主な登場人物はゴリオ爺さん、ヴォートランとラスティニャックの3人。


貴族が住む地区、成り上がりのブルジョアが住む地区、そして下層の貧しい人々の住む地区に分かれていた当時のパリで、下層のその日暮らしの安下宿に住んでいた3人。



持てる者と持たざる者の格差に揺らぐ社会・・・いつの時代も同じ構図のなか、19世紀のパリで財を成した老製麺業者・ゴリオ爺さんは持てる財産すべてを費やして娘2人を上流階級に嫁がせています。


自分の身を犠牲にしても娘たちに尽くすゴリオ爺さんを親バカと一刀両断に決め付けることが出来ない社会の構図。


「このわしの命は、ふたりの娘のうちにありますんじゃ。
あの子たちが楽しい思いをし、幸せで、きれいな格好をしていれば、絨毯の上を歩くことができれば、わしがどんな服を着ていようと、どんなところで寝ようと、どうだっていいじゃありませんか?
あの子たちが暖かくしていればわしも寒くない、あの子たちが笑えば、わしも退屈しませんのじゃ・・・
父親なんてのは、幸せになるにはいつまでも与えつづけねばならんのじゃ。いつまでも与えつづけるってことが、父親を父親たらしめるんでな」


そんなゴリオ爺さんの哀れさの根深いところにある格差社会というものの悲喜劇が胸に迫ります。


そんな究極の親バカのゴリオ爺さんの愛に応えることのない娘たち。


そんな親子関係を見て義憤を感じたのがパリの社交界での成功を夢見て田舎から出てきた貧しい法学生ラスティ二アック。


お金以外の面でゴリオ爺さんを排斥する冷徹な娘たちへの失望と自らの人生に対する失意の中で死んでいくゴリオ爺さんの臨終前に初めて放った悲痛な叫びに寄り添ったラスティ二アックは最期を看取ります。


そしてバルザックはゴリオ爺さんの葬儀費用を細分化して記すことによって、人間が生を終えるにもお金がかかることを読者に突きつけます。

地獄の沙汰も金次第。



経済的不平等の拡大に警鐘を鳴らして先ごろ話題になったピケティも『二十一世紀の資本』の中でこの名作を引用しているそうです。


よかったらどうぞ!

入院中の一日はうんざりするほど長い・・当初の症状が落ち着くとという条件つきですが。

朝夕の点滴と食事以外することなし。

ところがかなり忙しいのも事実。


看護師さんが入れ代わり立ち代わり検温や血圧測定、酸素量測定に来られます。


もちろん外来診療の始まる前と終わった後に担当医師も。


加えて日勤夜勤交替のたびに看護師の方々が挨拶に(――;)


その間、ゴミ処理の人、清掃の人、消毒の人、そして朝昼晩の配膳係の人々。


これだけ多くの人々の支えで病院が成り立っているのだなぁと感心しきりでした。



テレビを観ない私は本や新聞を読むかスマホをいじる以外することがなく、しかも夜あまり眠れないので昼の合間に少しウトウトしかかったと思ったらその5~10分後に必ずといっていいほど看護師さんが来られるのです、測ったように(――;)


どうして5~10分と限定したかというと、あまりにそんなことが続くので時間をはかってみたのです。


やっぱり!!


ぴったりが正正一くらい・・・一週間で(T_T)/~~~


こんなこと数えずに歌でも作ったら?と自分に突っ込んでみたものの・・・まったく作歌モードに入れませんでした^_^;






恩田陸氏著『蜜蜂と遠雷』  

「俺はまだ、神に愛されているだろうか?
ピアノコンクールを舞台に、人間の才能と運命、そして音楽を描き切った青春群像小説。
著者渾身、文句なしの最高傑作!

3年ごとに開催される芳ヶ江国際ピアノコンクール。
『ここを制した者は世界最高峰のS国際ピアノコンクールで優勝する』ジンクスがあり近年、覇者である新たな才能の出現は音楽界の事件となっていた。
養蜂家の父とともに各地を転々とし自宅にピアノを持たない少年・風間塵16歳。
かつて天才少女として国内外のジュニアコンクールを制覇しCDデビューもしながら13歳のときの母の突然の死去以来、長らくピアノが弾けなかった栄伝亜夜20歳。
音大出身だが今は楽器店勤務のサラリーマンでコンクール年齢制限ギリギリの高島明石28歳。
完璧な演奏技術と音楽性で優勝候補と目される名門ジュリアード音楽院のマサル・C・レヴィ=アナトール19歳。
彼ら以外にも数多の天才たちが繰り広げる競争という名の自らとの闘い。
第1次から3次予選そして本選を勝ち抜き優勝するのは誰なのか?」


著者について
1964年宮城県仙台市生まれ
1992年『六番目の小夜子』で第3回日本ファンタジーノベル大賞最終候補
2005年『夜のピクニック』で第26回吉川英治文学新人賞&第2回本屋大賞
2006年『ユージニア』で第59回日本推理作家協会賞
2007年『中庭の出来事』で第20回山本周五郎賞
2017年『蜜蜂と遠雷』で第156回直木三十五賞&第14回本屋大賞&第5回ブクログ大賞・小説部門大賞受賞

直木賞にノミネートされること6回目にして受賞された本書。


音楽コンクールを、予選から本選までのすべてを小説として書くという構想をスタートして5年の後、やっと2009年に書き始めた本書。


その間、2006年~2015年まで、3年に一度開催される「浜松国際ピアノコンクール」へ通い続け、会場で午前9時から夕方までひたすらピアノ演奏を聴き続けた結果のこの作品!



噂に違わずすてきでした♪♪♪


「ミュージック」の語源は「神々の技」だという。

幼いころから練習を積んでなお、一握りの人間だけが神秘に触れ、プロになれる音楽の世界。

そんな悲喜こもごものドラマが交錯する〈芳ヶ江国際ピアノコンクール〉が、恩田陸著『蜜蜂と遠雷』の舞台だ。

執筆7年、取材も含めれば12年がかりという文字通りの大作では、国籍も来歴もそれぞれ違う4人の出場者を軸に、一次予選から二次、三次を経てオーケストラと共演できる本選まで、2週間に亘る選考過程を具に追う。

火種は没後もなお敬愛を集める世界的音楽家〈ユウジ・フォン=ホフマン〉の推薦状にあった。

彼は養蜂家の父親と流浪生活を送り、ピアノすら持っていない無名の16歳〈風間塵〉を愛弟子と呼び、こう書き遺した。

〈彼は『ギフト』である。恐らくは、天から我々への〉〈甘い恩寵などではない。彼は劇薬なのだ。中には彼を嫌悪し、憎悪し、拒絶する者もいるだろう。しかし、それもまた彼の真実であり、彼を『体験』する者の中にある真実なのだ〉……。

まるで小説と読者の関係をも挑発するような挑戦状と、愛すべき天才たちが各々の音楽を発見していく過程に、著者が託した思いとは?



刊行直後から喉から手が出るほど読みたかった作品。


私は基本的にハードカバーは買わないので、来年あたり文庫が出るという噂を信じて待っていたところ、入院中の慰めにと夫がプレゼントしてくれました(^.^)


この時点でだいぶ時代遅れながら・・・


一次、二次、三次、本選で物語の主になる4人の登場人物の選んだ曲や課題曲54がCDになり発売されているようですがまだ買っていないので、私はコンクールの演奏順にあげられているYouTubeを聴きながら読み進めていきました。


音楽を聴くのが趣味の夫のCDを探すとコンクール曲を収録したCDが多々あり、同時並行して聴いたり。


主な4人の主人公たち。

◆養蜂家の父とともに各地を転々とし自宅にピアノを持たない少年・風間塵16歳。

◆かつて天才少女として国内外のジュニアコンクールを制覇しCDデビューもしながら13歳のときの母の突然の死去以来、長らくピアノが弾けなかった栄伝亜夜20歳。

◆音大出身だが今は楽器店勤務のサラリーマンでコンクール年齢制限ギリギリの高島明石28歳。

◆完璧な演奏技術と音楽性で優勝候補と目される名門ジュリアード音楽院のマサル・C・レヴィ=アナトール19歳。


風間塵のモデルは14年前、書類審査で落とされながら「浜松国際ピアノコンクール」において予選から勝ち進んで最高位に輝いた、いまや世界的演奏家のポーランドのピアニスト・ラファウ・ブレハッチ氏だという憶測があるそうです。


4人の音楽への思い、経験は個性という形でそれぞれの奏でる曲にそれぞれの花を咲かせていますが、通底するのは演奏する喜びのようなもの。


例えば風間塵の演奏を聴いていた栄伝亜夜・・・

「彼はとても楽しそうだった。
かつてのあたしのように・・・
神様と遊ぶには、すべてを捧げなければならない・・・
普通は音楽は自然から音を取り入れるのに、彼は逆に奏でる音を自然に還していると思った・・・」



型に捉われない風間塵の破壊的ともいえる演奏に反発と衝撃を受けた審査員たちの心の動きも同時並行で描くという手法。


読みながら文章の間から曲のリズムが立ち上がってくるような表現力の豊かさにただただ感服しました。


500頁を超す圧倒的量感、しかも二段組を手に取った最初、不調の入院生活ではとても読めないと思ったのも束の間、最初から音楽に絡め取られてしまいました。


今も風間塵が第三次で弾いたエリック・サティの「あなたがほしい」を聴きながら書いています。


未読の方、ぜひ!

11月4日月齢15.3
今日は全日本大学駅伝の日。


熱田神宮から伊勢神宮までの106.8キロを8区間に分けています。


ずっと熱く観ていました~。


途中強豪校同士の競り合いや追い抜きがあって手に汗を握りましたが、結果は20年ぶりに神奈川大学が3度目の日本一に輝きました!


続いて東海大学、青山学院大学・・・早稲田大学は7位で惜しくもシード権を逃しましたが、限りない健闘の結果の汗、清々しかったです。



お正月に2日にわたって放映される箱根駅伝を毎年楽しみにしている私ですが、夫は関西の大学の参加が許されないという点をいつも批判します。


関東の大学限定というのがどうも許せないらしい・・・


でも毎年の全日本大学駅伝(これは日本全国津々浦々エントリーできます)を通していつもしっぽのほうでしかテープを切れない関西勢を見ていると、たとえ箱根予選会にエントリーしてもぜ~ったい通過できないよね?・・と言うとしぶしぶ納得しておりました(――;)






メアリ・ヒギンズ クラーク氏著&深町真理子氏訳『恋人と呼ばせて』


「あの顔は、殺人事件の被害者にそっくり…。
検事補のケリーは、交通事故にあった娘を連れていった診療所の待合室で、信じられない光景を目にした。
診察室から出てきた女性が、十年前に関わった事件の被害者そっくりだったのだ。
そして翌週にもまた別のそっくりさんが…。
美貌に憧れる女心と、愛する人を永遠に手許に置こうとする異常な執着心が生んだ、ダークな味付けのサスペンス」



タイトルだけ見るとまるでラブロマンスストーリーのようですが、れっきとしたサスペンスです。


今回もヒロインはアメリカ・バーゲン郡の検察官事務所の検事補であるケリー。

10歳の娘ロビンを慈しみ育てているシングルマザーでもあります。


離婚した夫でありロビンの父親でもあるボブの車に同乗していて交通事故に巻き込まれて顔に怪我をしたロビンの治療のため、著名な形成外科医のチャールズ・スミスの診療所を訪ねたところから物語が始まります。


そこで立て続けに容貌が瓜二つの若い美しい女性を見かけ、その美貌に奇妙な既視感を覚えたケリーがその既視感を見逃すことができず、10年前の殺人事件に到達、徐々に事件の深みに入っていくというもの。


10年前の殺人事件がケリーの上司であり知事選出馬を控えた上席検事が手がけて名をあげた事件ということで、それを再調査しなおそうというケリーは政治的な圧力の板ばさみになります。


それでも果敢に突き進むケリーに事件から手を引かせようとする不審な手が伸びて・・・



そしてやはりお定まりというか・・・読者の推理を裏切るラストへの導入にハラハラドキドキが今回も止まりませんでした。


読んでもたいした実りはないと思いながらついつい手が伸びる・・・麻薬の香りがする作品です。

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