VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2017年12月

核のゴミの最終処分場の選定が難航しているという記事が出ていましたね。


政府が発表した「科学的特性マップ」によれば適性として当地も候補地に挙がっているようですが、公募によって進んで名乗り出るところは今のところ皆無のようです。


もんじゅ・常陽も含めると全国で原発は59基だそうですが、現在日本で稼動しているのは川内原発1号機2号機と高浜原発3、4号機の4基。


10月に定期検査に入っていた伊方原発3号機の運転差し止めを広島、愛媛両県の住民が求めていた仮処分申請の即時抗告審で、広島高裁の野々上友之裁判長が、3月に申し立てを却下していた広島地裁の判断を取り消し、四電に運転差し止めを命じる決定を出したとニュースは日本全国駆け巡ったので覚えていらっしゃる方も多いでしょう。


野々上裁判長は「阿蘇山の噴火で火砕流が原発敷地に到達する可能性が十分小さいと評価できない」などとし、火山災害による重大事故のリスクを指摘されました。



今ある核のゴミの処理だけでもこれほど難航しているのに、稼動に積極的な政策を打ち立てて遂行するとどうなるのか。


伊方原発再稼動差止の歌をインターネットの短歌会に提出したところ主宰者の師から貴重なコメントをいただいたので共有したいと思います。


以下が師のコメントです。

―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ――

火山国かつ地震国の日本には、原子炉(原子力発電)は向かないですね。

もちろんどの国でも、原子炉の安全性がほぼ100%ではない限り、また原子炉からの高放射能廃棄物の処理方法や安全な廃炉技術が確立していない現状では、原子炉はやめるべきと思われます。

今でも新たに原子炉建設を進めている、また進めようとしている国が複数ありますが・・・。

インドなどには日本も技術協力をしようとしている。

罪なきにしもあらず、です。

日本は全原子炉が停止しても電力は十分賄えていますね。

ただ、主力の火力発電用燃料がほぼ全面的に外国頼みであることが気懸かりではあります。

従来からの水力のほか、風力や太陽光発電、地熱発電、バイオマス発電、潮力発電をさらに普及させることが必須ですが、そのほか地熱を一層広範に活用する発電技術の開発が待たれます(温泉(熱水)利用はもとより、地中深くの岩盤熱の積極的利用)。

岩盤熱発電技術が完成すれば、熱源は(人間スケールでは)無限となり、人類はエネルギー問題から解放されるでしょう。

遠い将来には、核融合発電用燃料が無尽蔵にあるとされる月面に核融合炉を建設して発電し、その電気をマイクロ波で地上に送る、という夢もあります。

―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ―― ◆ ――


読んでいると工夫次第で夢が広がります。

全世界が力を合わせて原発以外のエネルギーの道を模索できたらいいなと強く思います。






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さて今回は小保方晴子氏著『あの日』をご紹介します。

「STAP騒動の真相、生命科学界の内幕、業火に焼かれる人間の内面を綴った衝撃の手記。
1研究者への夢 2ボストンのポプラ並木 3スフェア細胞 4アニマル カルス 5思いとかけ離れていく研究 6論文著者間の衝突 7想像をはるかに超える反響8ハシゴは外された 9私の心は正しくなかったのか 10メディアスクラム 11論文撤回 12仕組まれたES細胞混入ストーリー 13業火etc
真実を歪めたのは誰だ?
STAP騒動の真相、生命科学界の内幕、業火に焼かれる人間の内面を綴った衝撃の手記」



本書の刊行は噂で知っていましたが、図書館の棚にあったので興味本位で借りました。

以前このブログで毎日新聞科学部記者・須田桃子氏によるSTAP細胞に関する一連の騒動の考察を主題に書かれた『捏造の科学者』をアップした経緯があるので、当事者サイドから書かれた『捏造・・・』への反論を読んでみたいな、と単純に思ったのでした。

2014年1月28日に行われたSTAP細胞の会見からちょうど2年後の出版。


新進気鋭の科学者という地位を剥奪され、学位も返上、尊敬やまないメンターだった笹井芳樹氏の自殺という大きな事態を招いた張本人として世の中から抹殺されたようにフェイドアウトした小保方氏でしたが、ここまでのエネルギーがあったのか、と驚嘆するほどの筆力でご自分の来し方を綴っていらっしゃったのには驚きました。


小保方氏が再生医療研究を志すきっかけを綴った第一章「研究者への夢」から論文発表後に研究不正を指摘され、混乱を巻き起こした当時を描いた第八章「ハシゴは外された」など十五章の章立てとなっています。



前半を割いて書かれた学位を取得して理研に招聘されるまでのとんとん拍子ともいえるほどの輝かしい道のりについてはすらりと流せたのですが、中ほどより専門用語を散りばめた実験内容には門外漢の私にはまったくついていけませんでした(当たり前(――;))


日本のみならず国際的にも関心を集めたSTAP細胞論文問題について、簡単に要約するとご自身以外のひとりの科学者を糾弾することに終始する内容になっています。


キメラマウスの作製に成功した頃、「私にもキメラマウス作製の胚操作を教えて下さい」と若山先生に申し出ると、「小保方さんが自分でできるようになっちゃったら、もう僕のことを必要としてくれなくなって、どこかに行っちゃうかもしれないから、ヤダ」といたずらっぽくおっしゃった

若山研では私以外の全員が、「胚操作」と呼ばれる顕微鏡下でマウスの卵を使った実験を行える技術を持っており、顕微授精を行ったり、キメラマウスを作製したり、クローンマウスを作製したりする実験を行うことができた。若山先生のところに来た研究員は皆、胚操作を若山先生から直接指導を受け技術を習得していた。しかし、私だけは胚操作を教えてもらうことはできなかった

ネイチャーに修正論文を再投稿しようとしていた頃、笹井先生から「若山さんにレター論文の責任著者に加わってほしいと言われた」と連絡を受けた・・・
あんなに熱心であったにもかかわらず、若山先生が笹井先生に論文化の主導権をある程度渡してしまう意向を示したことは、若山先生が論文への責任を途中で放棄したようにも感じられた



一方小保方氏が発見した未知の現象(緑色にひかる)は間違いがないものとしてSTAP細胞の存在を主張STAP現象を否定されたことへの不満を明らかにされています。


彼女自身が参加した検証実験についても、世間の怒涛のような風当たりの中での実験で「ただただ朦朧とした意識の中で、毎日同じ作業の繰り返ししかできなかった」として、正確な実験結果を出せる状態ではなかったと。

騒動のあとの理研の外部における検証実験でSTAP現象が確認されなかったことに対しては本書では言及はありません。


加えてマスコミの追求のすさまじさについて繰り返し言及、ことに先に挙げた『捏造の科学者』を上梓された毎日新聞社の須田桃子記者に関してはその強引な取材手法について名指しで疑問を投げかけていらっしゃいました。


本書を通してどうしても言いたかったのは共同研究者の若山照彦教授とお互いに蜜月の期間を経たにもかかわらず、ある時点で若山氏の心変わりによって嵌められたということに尽きると思います。


いずれにしてもどの主張が嘘でどの主張が真実か、STAP細胞があるのか、あるとすれば実用化される可能性はあるのか?

一応ES細胞の混入だったという理研の検証でこの騒動に対する決着がついたかにみえますが・・・


ならばES細胞の混入は故意だったのか、偶然か、どちらにしてもどのルートで?という疑問は残ったままの読了でした。


科学的な知識のない者の薄っぺらのレビューをお許しください。

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地元で参加している歌会では一年に2度「樹林」という短歌冊子を発刊しています。


半期に提出して添削を受けた短歌の中から自選で10首・・・先生を含め歌友の方々の短歌を掲載するだけでなく、有名無名さまざまな歌人の歌集の鑑賞や、歌友の短歌の鑑賞など、冊子とはいえ中身はかなり盛りだくさんで評判の冊子となっています。


目玉は毎回、当地の文化人を対象にした先生のインタビュー記事。


先生が録音された会話をテープ起こしされた段階で私が校正を担当しているので、いちはやくインタビューの内容を知りますが、今回の内容は当地の刑務所に短歌指導に行かれていた歌人の方へのインタビューでとても興味深いものでした。


受刑者という特殊な環境に身を置かれた人々の短歌指導はさぞ身構えると想像しますが、ただ受刑者の人々の「今」の寄り添うという姿勢で向かわれたひたむきな指導の姿勢に胸があつくなりました。


本日は冊子に掲載された私の十首と、担当した有名な歌人の歌集鑑賞文をアップしてレビューの代わりとします。


◆淡き昼月◆               

道の辺の草のもみぢに朝露が光りて詩(うた)のかけらを散らす

北風にすずかけの実の揺れる音リンロンリンロンわたしの裡で

過ぎし日を想へば温しおみやげがドングリでよかつた吾子の幼日

またいつかを繰り返すうち唐突に別れは来たり淡き昼月 

悲しみをデリートしても新たなる悲しみが積む 姉が逝きたり

紫陽花が雨にぬれをり 永訣をいつになつたら受け入れられるか

黒曜石のやうなる闇が降りてきぬまぎれて少し泣かうと思ふ

心地よき言葉にすがる冬の夜 閉ぢし手紙を幾度も開き

はじめからなかつたものを手放したもののごとくに惜しみてゐたり

傷つけ合ふ人らの言葉に倦みし日は心地よきかな鳩のででつぽ





久々湊盈子氏『世界黄昏』                                  


久々湊氏は歌誌「合歓」の編集発行人であり千葉県歌人クラブ会長、「NHK短歌」のテキストでもよくお目にかかる歌人であられる。

2012年から2016年までの5年間の作品から約500首を自選しほぼ制作順に収めた第九歌集。


「あとがき」には次のように記されている。

「いま、この国はどこへ行こうとしているのか。五年後、十年後の世の中はどうなっているのか。自らの人生の始めと終わりに戦争があった、などという悪い冗談のような事態にだけはなってほしくないと思う」

タイトルの元となった一首は「濁声(だみごえ)に大鴉は鳴けり唱和して二羽また三羽世界黄昏(こうこん)」

日本のみならず世界は夜明け前とは程遠く、黄昏がますます深くなっていく気配がしている。

希望に満ちた明日へと繋がる黄昏か不穏な兆しとなるかは私たち人間の手に握られている。

列島はタツノオトシゴゆらゆらといま危うかる午後の引き潮

遠からずかならず来るべし杞憂という故事が杞憂でなくなるその日

戦いに出でゆく息子を見ず終るひと生(よ)でありたし 湯に深沈む

どのような成り行きにてもわたくしは兵士の母と呼ばれたくない

民の目の届かぬところ麦畑に「特例」の黒穂いつしか育つ

こうしてはおられぬと胸せかれつつこうして居るわれ衆愚のひとり



久々湊氏はこの混沌とした世を憂うだけでなく行動の人でもあるのだ。


一年最後の金曜は冷たい雨となり官邸前に揺れる雨傘

毛糸の帽子にマスクしてゆく雨のデモ静かな瞋(いか)りをあらわすために

暖衣飽食のおのれを深く愧(は)じながら小さなデモに声をそろえる



先の大戦末期に上海の租界で生をうけ、一歳で両親の故郷・長崎に引揚げた久々湊氏。


余談であるが、氏の出生地・上海市旋高塔路は私と四歳違いの夫が生まれ五歳で京都に引揚げるまでいた場所だ。

魯迅を匿っていたという内山書店は日本租界にあった夫の住居のすぐ近くだったという。

内山完造と魯迅が文学を語りけん虹(ホン)口(キュー)界隈わが生まれし地


一歳の体験が記憶の中枢にあるとは思えないが、生育の過程で色濃く刷り込まれたことは想像に難くない。


加えて体験・非体験に関わらず他者の痛みに対しての感受性の鋭さというか傷つきやすさという生来の資質が久々湊氏の核になっているのではないか。


あるときは自身の内面の澱を見つめ、あるときは石鹸を泡立てながら戦禍に巻き込まれたアレッポの女に思いを馳せるという感応の豊かさに驚く。


久々湊氏と同年で戦後を生きてきた私にとって氏の詠う数々に深く共鳴するものがある。


ことに先頃姉を亡くして深い喪失の中にいる私は氏の亡姉を恋う歌に胸を衝かれて泣いてしまう。

姉を欠くのちの世思いみがたくて真白きエゴをふりあおぐなり

ひしひしと緑圧(お)しくる水無月の乾坤(けんこん)にいま姉を喪う

夏つばき姉無きこの世の朝を咲き黙って落ちぬ昨日も今日も



わかりやすい新仮名遣いの中に氏の他者に対する優しい眼差しと現実を見据える厳しい視線が交差してたじろぐほどだ。

出合えてしみじみよかったと思われる歌集だ。

まだ緑(あお)き四(やま)照(ぼう)花(し)五月の日にゆれていつでも今日がいちばん若い日

はるかなるものを呼ぶこえ現代という虚妄のなかに聴きすますなり

迷いなき生などあらず銀白のパンパスグラスが掃く冬の空

簡にして明なることば「寛容」の二文字むずかし古希すぎてなお

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友人からぎんなんをもらいました。

処理法は一般的なので皆さん実践していらっしゃると思いますが私がいつもやっていることを記してみますね(^.^)

◆すぐ食べたり夕食に用いるとき

必要な数だけ茶封筒などの適当な封筒に入れ、500Wのレンジで40~50秒チンします。

爆発音が苦手という場合はぎんなん割りやペンチで少し割って封筒に入れるとよいと思います。

ぎんなん割りがなくてペンチの場合は水に濡らして絞って小さく畳んだふきんをペンチの支点に挟み、ぎんなんの筋があるほうを上にしてペンチにセットして両手で力の加減をしながら割ると中身が崩れません。


◆保存したいとき

上述のようにぎんなん割りやペンチで割って外側の殻を外し、水に少し漬けたあと薄皮を取ります。

そのあとお湯でゆがき、ざるにあげてキッチンペーパーで水分を取ったものをステンレスなどのバットに平らに並べ急速冷凍したのち冷凍用保存袋に入れて冷凍保存します。
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このようにしておけばおいしいままで保存できます。

茶碗蒸しに入れたり、ぎんなんご飯をしたり、お酒の肴に素揚げしたり、ほしいときにすぐ取り出せます。

ほかにお勧めの食べ方があれば教えてくださいね。






さて本日は湊かなえ氏著『望郷』のレビューです。  


「暗い海に青く輝いた星のような光。
母と二人で暮らす幼い私の前に現れて世話を焼いてくれた“おっさん”が海に出現させた不思議な光。
そして今、私は彼の心の中にあった秘密を知る…
日本推理作家協会賞受賞作『海の星』他、島に生まれた人たちの島への愛と憎しみが生む謎を、自らも瀬戸内の“島”に生まれたミステリの名手が、万感の思いを込めて描く。
心に刺さる連作短編集」



瀬戸内海に浮かぶ「白綱島」という地方の小都市を舞台にして「みかんの花」「海の星」「夢の国」「雲の糸」「石の十字架」「光の航路」の6篇が収録されています。


瀬戸内海といえば大小を含め多くの島が点在していることでも有名です。

有人、無人、そして岩だけの島も含めると3000ほどもあるといわれています。


本書の舞台となった「白綱島」は広島県の「因島」・・・現在は淡路島在住でいらっしゃる著者が生まれ育ったところだそうです。


今年9月に映画化されたという本書、ロケ地となったのは因島や生口島だったそうです。

「映像化は普段本を読まない方が本を読んでくださる、その大きな入り口を作っていただくことだと思っています。
自分が生まれ育った場所でのロケなので、その映像を観た島の子たちが、本を読むだけでなく自分も作る仕事をしてみたいなど、夢を膨らませてくれるんじゃないかと思いますし、住んでいるところがどんなに良いところか、気づいてもらえるきっかけになると思うので嬉しいです」
と著者。


かつては造船の街で賑わったものの今や寂れて人口も減ってしまった白綱島。


その島に鬱屈した思いを抱いたまま今もずっと住み続けている人、そこから逃げるように出て行った人など、それぞれの心の中にある故郷への屈折したわだかまりを描いて秀作です。


自分にとっても故郷は決して晴れやかで明るいだけの場所ではないということが珍しいことではない、ということを改めて確認できる作品になっています。



記憶の中では決して晴れやかでないのに切なくも懐かしい・・・遠く離れていればいるだけ愛しい場所。


それぞれの登場人物はそれぞれに哀しい幼少期の記憶を抱えて成長し、内に秘めた問題を解決できないまま現在に至っているという設定。


その胸に巣食ったものが、長い年月を経て氷解していく過程は胸に迫ります。


★ずっと島を出たかった妹と何ものにも束縛されず島を出て音信不通だった姉の物語。

姉の逃避行に思わぬ意味があったことを知った妹を描いた「みかんの花」


★突然行方不明になった父を求めて懸命に生きる母と息子の前に現れた「おっさん」との思い出を通して長年抱えていたおっさんの悪しきイメージがラストで反転する手法が鮮やかな「海の星」

この作品は日本推理作家協会賞を受賞しました。


あとの4作もそれぞれ行き場のない閉ざされた故郷に対して複雑な思いを抱いている人々が登場、暗く淀んだなかにも一条のひかりを感じさせる作品となっています。


「故郷に残した想い出は、取るに足らないものばかり。
なのに、何故、故郷の名を耳にすると、我が胸は、張り裂けそうな思いに支配され、涙が込み上げてくるのだろう」


作中の言葉が身に沁みます。


原発も基地もなき地に夕茜 生まれしここがわが終ひの土地



三十数年ぶりに故郷に帰って十数年、もう父母も兄弟もいない故郷。


やはり父母とともにあった時代の故郷が私のほんとうの故郷です。

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紅葉の運動公園
ブログで長きにわたり親しくお付き合いしていただいていた方が退会されるという・・・

私より一回り若い方・・・終活の一環とのこと。


私も少し前よりこの読書ブログを続けるエネルギーが徐々に減りつつあり、身につまされる出来事で少なからずショックを受けています。

ブログの休止ではなく退会となると今まで歩んできた記録が全て一瞬で削除されてしまうのです。


身の回りでも古い手紙や日記など徐々に処分していることを思うとこのブログが消えてもどうということはないような気もしますが、そこまで決心するにはもう少しかかりそうです。


ネットの繋がりとはいえ、心を通わせているという勝手な思い込みのある方々も少なからずいらして、私の狭い世界を広げていただいた恩恵に与っていることに感謝しています。


現実の交わりとは一線を画しているという考え方もあろうとは思いますが、私が親しくしていただいている方々との交友に私自身は一線を画していないつもりです。


それでも徐々にリタイアしなければならない年齢に来ていることを再確認しながら少しずつ整理の日々を過ごしていかなければと思います。





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さて本日はジャン・ジオノ氏著&原みち子氏訳『木を植えた男』をご紹介します。


「見返りを求めず、ただ一人、荒れ地に木の実を植え続け、ついには森を蘇らせた老農夫の物語。
フィクションながら、自然の摂理や人間の幸福について多くを問いかけます。
多くの人に感動をもたらした珠玉の短編」



心に残る名作です。


アメリカ合衆国の雑誌「リーダーズ・ダイジェスト」の編集者からの依頼を受けてジャン・ジオン氏が執筆した本書をノンフィクションだと思った編集者が内容の真実を調べたところまったくのフィクションだと判明したため、掲載を拒否、このことからジオンは本書の著作権を放棄したといういわくつきの作品。


その後一年を経過した1954年に「ヴォーグ」に掲載され、世界中で広く読まれるきっかけになったそうです。


「私」の回想という形式をとる本書。


フランスのプロヴァンス地方の荒れ果てた高地をあてもなく旅していた若い「私」は、この荒野で一人暮らしをしている寡黙な初老の羊飼いの男に出会います。


近くには泉の枯れた廃墟があるだけで人里もないことから男の家に一晩泊めてもらうことになった「私」は男がドングリを選別しているのに気づくところから物語がスタート。


選別されたドングリは100個。


地面に穴を作りドングリを一つずつ入れては土で塞ぐ・・・


毎日毎日繰り返す・・・


3年で10万個の種・・・そこから2万本の発芽・・・でも半数は育たないという自然の摂理。


「ほんとうに世を変えるのは、静かな持続する意志に支えられた、力まず、目立たず、速効を求めず、ねばり強く、無私な行為」と訳者。


いつの時代も本質的に世の中を変えるという人は小さなことを疎かにせず心と体を使って弛まない努力でやり遂げる力を持った人。


たった42ページの短い作品の中に生きる指標となるものが詰まっています。


「たとえ明日、世界が滅亡しようとも今日私はリンゴの木を植える」

旧弊なるカトリックに疑問を持ち、宗教改革の中心人物となりプロテスタント教会の源流を作ったマルティン・ルターの言葉、あるいは黒澤監督の名画「生きる」の主人公を彷彿とさせる物語です。


取るに足らない小さなことでも何か世の中に貢献できることをしたいと強く思いました。

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すずかけの林
当地・岡山県の北西部に位置する新見市は中国山地と吉備高原に接する場所にあって古くから牛の生産や飼育に適している土地だったそうです。


その新見市千屋地区で育てられた千屋牛は「日本最古の蔓牛」と言われています。


主に中国山地周辺で品種改良された日本の牛で、特性が固定化され優良な形質を持ち、その遺伝力が強い牛の系統を蔓(つる)、その牛を蔓牛(つるうし)と呼ぶそうです。


一般的に高級和牛といわれている松坂牛や神戸牛のルーツといわれる千屋牛。


生産量が少なくて中々手に入りにくいといわれています。



その千屋牛を売るお肉屋さんが住まいの近くに新装開店するというので肉好きの夫が買いにいきました。

朝早くからごくろうさん(――;)


オープンセールで2割引きという値段ながら・・・高い・・・夫のお小遣いで買ったそうですけど。



そして夜は夫がワンプレートのステーキ&野菜盛り合わせを作ってくれました(^.^)

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分厚いステーキ肉が苦手な私のためになるべく薄いものを選んで。

やはりやわらかくておいしい♪♪


ちょうど昼間焼いた塩ちぎりパンとチーズ添えで。


食べながらず~と年末恒例のお笑い番組・M1グランプリを観て楽チンな一夜でした(^.^)





さて本日は川口俊和氏著『コーヒーが冷めないうちに』 をご紹介します。


「本屋大賞2017ノミネート作品! 
2017年 年間ベストセラー総合14位(日販、トーハン調べ)にランクイン。
58万部突破のロングセラー!
お願いします、あの日に戻らせてください――。
過去に戻れる喫茶店で起こった、心温まる4つの奇跡。
58万部突破!」


出版社の扇情的な宣伝文句についつい手に取った作品。


【「4回泣ける」と評判!】

とある街の、とある喫茶店のとある座席には不思議な都市伝説があった

その席に座ると、望んだとおりの時間に戻れるという

ただし、そこにはめんどくさい……非常にめんどくさいルールがあった

1.過去に戻っても、この喫茶店を訪れた事のない者には会う事はできない
2.過去に戻って、どんな努力をしても、現実は変わらない
3.過去に戻れる席には先客がいる
その席に座れるのは、その先客が席を立った時だけ
4.過去に戻っても、席を立って移動する事はできない
5.過去に戻れるのは、コーヒーをカップに注いでから、
そのコーヒーが冷めてしまうまでの間だけ

めんどくさいルールはこれだけではない
それにもかかわらず、今日も都市伝説の噂を聞いた客がこの喫茶店を訪れる

喫茶店の名は、フニクリフニクラ

あなたなら、これだけのルールを聞かされて・・・それでも過去に戻りたいと思いますか?

この物語は、そんな不思議な喫茶店で起こった、心温まる四つの奇跡

第1話「恋人」結婚を考えていた彼氏と別れた女の話
第2話「夫婦」記憶が消えていく男と看護師の話
第3話「姉妹」家出した姉とよく食べる妹の話
第4話「親子」この喫茶店で働く妊婦の話

あの日に戻れたら、あなたは誰に会いに行きますか?


著者について
1971年大阪府茨木市生まれ
元・劇団音速かたつむり脚本家兼演出家
代表作は「COUPLE」「夕焼けの唄」「family time」等
本作の元となった舞台、1110プロヂュース公演「コーヒーが冷めないうちに」で第10回杉並演劇祭大賞を受賞


「泣いた。とにかく泣きました。素敵な1冊を私の人生に届けてくれてありがとう! 」(女性)

「この本、すごい。こんなに素直にまっすぐに胸に刺さってくる本ははじめて。
4回泣けますと書いてあったけれど、私は6回も泣いてしまいました。」(女性)



これだけの前評判・・・泣こうと準備して読んだけど・・・


粗い文章に粗いストーリー、泣かせようと組まれた構成に一話で引いてしまいました。


それでもせっかく借りたのだからと思い直して一応最後まで読みましたが、得意の飛ばし読み。


こんなストーリーでも泣ける人はすごく純粋なんだろうな、と逆に自分の吸収力の悪くなったゴムみたいな心に思い至って反省したほど。


6回も泣いた素直な女性を息子のお嫁さんにしたい。



でも考えさせられる物語ではありました。


ある喫茶店のある特別な席・・・一杯のコーヒーが冷めない間だけ望む過去の一時期に戻れるという・・・過去に戻っても現実を変えることはできない、という条件つきで。


あの日に戻れたら、あなたは誰に会いに行きますか?

やはり私は亡き母に会いたい。

そして姉にも。

生前言えなかった感謝や謝罪を言葉にして伝えたいと思う。


そんなことを思っているとやはり、今に還る・・・今晩死んでもいいように生きなければ。

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晩秋の運動公園
新聞の折り込みチラシやコマーシャルに溢れているサプリメントや化粧品。


健康志向やアンチエイジング志向をくすぐって健康食品業界は華やかです。


一攫千金を狙うならサプリメント業界へ切り込め・・・というのが企業家の間で言われているというのを聞いたことがあります。


私も過去に家族や自分の病気改善や体質改善のために代替医療にのめり込んでいた長い時期がありましたが、夢のような代替医療はないという結論に達しての今。


テレビを見れば40歳前後としか見えないようなステキな70歳が登場、○○を用いています、とコマーシャルしていてため息が出ますが、若返りしたいとは思わない・・・


外見だけ整えてもねぇ・・・年齢相応にと思うだけ。


ただ生活に支障がない程度の健康ではいたいな、と思います。




さて本日は若き日の輝くばかりに美貌に拘って挙句に破滅した主人公を描いた有名な小説のご紹介。


オスカー・ワイルド氏著&福田恆存氏訳『ドリアン・グレイの肖像』 


「舞台はロンドンのサロンと阿片窟。
美貌の青年モデル、ドリアンは快楽主義者ヘンリー卿の感化で背徳の生活を享楽するが、彼の重ねる罪悪はすべてその肖像に現われ、いつしか醜い姿に変り果て、慚愧と焦燥に耐えかねた彼は自分の肖像にナイフを突き刺す……。
快楽主義を実践し、堕落と悪行の末に破滅する美青年とその画像との二重生活が奏でる耽美と異端の一大交響楽」





オスカー・ワイルドについて
1854年、アイルランドのダブリンで医師に父と詩人の母の長男として生まれる
1864年、王立学校に入学
1871年、古典語の最高賞を受けて卒業しダブリン大学に進学
1874年、オックスフォード大学に進学
1878年、長詩『ラヴェンナ』を刊行し、オックスフォード大学を首席で卒業
1884年に女王付弁護士の娘と結婚、後に2男をもうける
1887年から雑誌『婦人世界』の編集者となって部数を伸ばし、派手な言動で社交界の人気者になる
1888年童話集『幸福な王子その他』を上梓
1890年『ドリアン・グレイの肖像』を上梓
1891年、16歳年下の文筆家アルフレッド・ダグラス卿と親しくなる
1891年『サロメ』を上梓
1893年『ウィンダミア卿夫人の扇』を上梓
1895年、息子アルフレッド・ダグラス卿を気遣う侯爵ジョン・ダグラスに告訴され投獄、破産を宣告される
1897年、服役を終えた後、ダグラスとフランス、イタリアの各地を転々とする
1900年、46歳で梅毒による脳髄膜炎で死亡


世界中で読まれ愛された『幸福の王子』のような作品もあれば、本書のような作品もあるという多彩なワイルドですが、耽美的、退廃的作家として19世紀末文学の旗手のように語られています。


年表に示したように、アルフレッド・ダグラスとの男色を咎められて収監され、出獄後、名誉を回復しないまま不遇な一生を終えた作家。


前半の社交界での煌きや才能が華麗だっただけにその対比に哀れさを感じてしまいます。


その生き様は世界の文筆家たちに大きな影響を及ぼし、日本でも森鴎外、夏目漱石、芥川龍之介、谷崎潤一郎らがワイルドを意識したと言われています。



若い頃読んで以来の再読ですが、ページ全体を覆うような言葉の装飾・・・それは主人公ドリアンやヘンリー・ウォットン卿を通して語らせた著者自身の芸術論だったり人生論だったり古今東西の歴史への造詣の披瀝だったり・・・がこれでもかと華美に着飾った状態で綴られていて・・・うんざりするほど。


作品全体はヘンリー卿の独壇場ともいうべき言葉で占められ、ドリアンの美貌を崇め、享楽的官能的なものを至上とするヘンリー卿の誘いによってドリアンという若者の素朴さとか純粋性が徐々に徐々に失われていく様の描写は見事です。


少し三島由紀夫の『禁色』を思わせるような。



快楽主義者であるヘンリー卿に深く影響を受けた美青年ドリアン・グレイ。


友人の画家バジルによって描かれた自分の肖像画に「いつまでも若さを失わずにいるのがぼく自身で、老いこんでいくのがこの絵だったら!」と強く念じたことでそれを手に入れたドリアン・グレイの悲劇はそこから始まります。



何の疚しさも感じずに悪徳を重ねるドリアンですが、自身の美貌にはなんら醜さは現れず、悪行を重ねれば重ねるほど自身の肖像画がどんどん醜くなるのです。


しかし著者はドリアンの悲劇的な最期を描くことで芸術至上主義的官能というものの行く末を示唆したのかもしれません。


とにかく恐ろしい作品です。


その2年前に描いた『幸福の王子』は、わが身を削って恵まれない人々に幸せを与え続けてついにはボロボロになって果てる銅像の物語ですが、煎じ詰めれば善悪の表裏を描いて、一対として読むと面白いかもしれませんね。



最後にたくさんの格言を残したオスカー・ワイルドの格言の中から有名なものを少し。

男は人生を早く知りすぎるし、女は遅く知りすぎる

男の顔はその人の自伝であり、女の顔はその人の創作である

楽観主義者はドーナツを見、悲観主義者はドーナツの穴を見る

男は愛する女の最初の男になる事を願い、女は愛する男の最後の女になる事を願う

私たちは、不必要なものだけが必需品である時代に生きている

人生には選ばなければならない瞬間がある。自分自身の人生を充分に、完全に、徹底的に生きるか、社会が偽善から要求する偽の、浅薄な、堕落した人生をだらだらと続けるかの、どちらかを

善人はこの世で多くの害をなす。彼らがなす最大の害は、人びとを善人と悪人に分けてしまうことだ

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