VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2018年04月

先日、歌会のメンバーの方々14名で探鳥会と称して後楽園に。

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後楽園に渡ってくる鳥や年中生息している鳥に精通しておられる野鳥の会の方に案内してもらいながら2時間ほどをバードウォッチングしてきました。


鳥といえばほんの一般的な鳥しか見分けがつかないし、鳴き声もウグイスやカラス、スズメ以外聞き分けることができなくて鳥の歌を詠むことは私にとってかなりハードルが高い。


運がよければこの頃夏鳥として東南アジアから渡来するフクロウ科の青葉木菟が見られるかもしれない、ということでワクワク。

よし、詠んでやるぞと士気を上げていましたが、残念ながらまだ飛来してないようでした。


例年ならもうすぐつがいの二羽が来て後楽園の〈二色が岡〉辺りの林に巣作りをするらしく運がいい人は8月頃の巣立ちまで見張り役のオスが見られるそうです。


広い芝生に白セキレイが陽を浴びていたり、木の上にキビタキがいたり、よ~く目を凝らせばあちこちに。


きっと私ひとりなら見つけられる自信はなかった探鳥会、とても充実した一日でした(^.^)






さて本日は柚月裕子氏著『孤狼の血』です。

「昭和六十三年、広島。
所轄署の捜査二課に配属された新人の日岡は、ヤクザとの癒着を噂される刑事・大上のもとで、暴力団系列の金融会社社員が失踪した事件の捜査を担当することになった。
飢えた狼のごとく強引に違法行為を繰り返す大上のやり方に戸惑いながらも、日岡は仁義なき極道の男たちに挑んでいく。
やがて失踪事件をきっかけに暴力団同士の抗争が勃発。
衝突を食い止めるため、大上が思いも寄らない大胆な秘策を打ち出すが…。
正義とは何か、信じられるのは誰か。
日岡は本当の試練に立ち向かっていく―」


2007年『待ち人』で山新文学賞入選・天賞受賞(山形県の地元紙、山形新聞の文学賞)
2008年『臨床真理』で第7回「このミステリーがすごい!」大賞受賞 
2010年『最後の証人』
2013年『検事の本懐』で第25回山本周五郎賞候補、第15回大藪春彦賞受賞
2013年『検事の死命』  
2015年『朽ちないサクラ』  
2015年『孤狼の血』で第154回直木三十五賞候補、第37回吉川英治文学新人賞候補、
第69回日本推理作家協会賞(長編及び連作短編集部門)受賞
このミステリーがすごい!2016年版国内編第3位、本の雑誌が選ぶ2015年度ベスト10第2位
2017年啓文堂書店文庫大賞1位
2017年、『盤上の向日葵』で第7回山田風太郎賞候補


緻密な構成、卓抜したリアリティ、予期せぬ結末。
いやぁ、おもしろい。正統派ハードボイルドに圧倒された。
――黒川博行氏(作家)


日本ミステリ史に残る、今世紀最高の悪徳警官小説だ。
――茶木則雄氏(書評家)



著者の作品は何作か読んでいて、女性にしては骨太の作品を描くという認識を抱いていましたが、いや~、こんなにすごいものを描くとは!!

久しぶりにヤクザ×マル暴の生々しい対決を見せられて衝撃を受けました!


あの黒川博行氏をして「正統派ハードボイルドに圧倒された」といわしめた作品。


女性作家とは思えないスピード感のある太い筆致、黒川博行氏の描くハードボイルドの世界に負けじとも劣らず・・・


Wikiによると岩手県出身で山形県在住の著者なのに裏社会の面々やマル暴刑事が使う広島弁がこれまた真に迫ってすごい!

この広島弁なくしては作品が成り立たないほど圧巻。


昭和60年代、暴力団対策法成立以前の広島県の架空の市・呉原市を牛耳る闇社会で繰り広げられる熱き男たちの抗争。


主人公は以前から暴力団との癒着が水面下で囁かれているベテラン刑事・大上章吾と、機動隊から異例の人事で大上の部下となった日岡秀一。


大上を通してやくざ社会との裏の交渉の洗礼を受ける日岡、最初は大上の刑事としての立場を遥かに超えた傍若無人とも思われる振る舞いに戸惑いながら、徐々に心を通わせていく傾倒していく様子がある事案から発生した抗争を通して描かれていますが、ラストで読者の読みを超える思わぬ着地が用意されています。


めでたし、めでたしとはならないながら胸にずしんと落ちるラストとなっています。


わしは捜査のためなら、悪魔にでも魂を売り渡す男じゃ


5月には裏社会に精通したマル暴刑事・大上を役所広司、大上の部下として配属された新米刑事・日岡を松坂桃李のキャストで映画が公開されるそうです。

映画の前評判もいいようですが、役所広司では少し年齢的に合わないような。


よかったら原作とともにどうぞ!

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春うらら、散歩しようということで友人と空港の近くの山道を歩いていると道端に採り残しと思われるワラビがチラホラ生えていて、2時間ほどの散歩の間にかなり採れました。


山道といっても車も通る道の辺に思わぬ収穫。


目を凝らしているとワラビだけではなくコゴミも生えていましたが、数が少なかったので見逃して・・・


一昨年までは季節になると山にワラビ採りに行っていましたが、夢中になるとどんどん深みに入ったり急斜面を登ったりで、骨折でもしたら大変と昨年からリタイアしました。


道の駅やスーパーで買うと一束100円、でも採る喜びには代えられない気がするけど・・・諦めて購入しています。



今日は山菜のてんぷら・・・たけのことワラビとこしあぶらと新タマネギ、菜の花にイカを添えて。


ついでにベランダの山椒の葉を少々・・・写真を撮り忘れましたが、からだじゅう春で溢れました。





さて本日は久坂部羊氏著 『院長選挙』のご紹介です。 


「国立大学病院の最高峰、天都大学医学部付属病院。
その病院長・宇津々覚が謎の死を遂げる。
「死因は不整脈による突然死」という公式発表の裏では自殺説、事故説、さらに謀殺説がささやかれていた。新しい病院長を選ぶべく院長選挙が近く病院内で開かれる。候補者は4人の副院長たち。
「臓器のヒエラルキー」を口にして憚らない心臓至上主義の循環器内科教授・徳富恭一。
手術の腕は天才的だが極端な内科嫌いの消化器外科教授・大小路篤郎。
白内障患者を盛大に集め手術し病院の収益の4割を上げる眼科教授・百目鬼洋右。古い体制の改革を訴え言いにくいこともバンバン発言する若き整形外科教授・鴨下徹。
4人の副院長の中で院長の座に就くのは誰か?
まさに選挙運動の真っ盛り、宇津々院長の死に疑問を持った警察が動き出した…」



著者・久坂部羊氏は外務省の医務官として9年間海外勤務の後、高齢者が対象の在宅訪問診療に従事していらっしゃる現役の医師。

2003年『廃用身』で作家としてデビュー 
2006年『無痛』 
2008年『まず石を投げよ』 
2014年『悪医』で第3回日本医僚小説大賞を受賞
2014年『芥川症』 
2015年『移植屋さん』で「第8回上方落語台本募集」(上方落語協会)優秀賞を受賞


本書はノンフィクションライターのアスカが国立大学附属病院の最高峰である天台病院で行われる予定の院長選挙の候補者を取材をする形で物語が進みます。


宇津々病院長の急死をうけて病院長の座を狙う4人の副院長。

どの候補者も一癖も二癖もある兵揃い。


アスカのインタビューを受けて爆裂するそれぞれの候補者の本音にのけぞる思い。


著者が描く医療ミステリーと呼ばれる作品はどれも医療現場の闇をクローズアップして医師たちの容赦ない人間性を炙り出したものが多く、進んで読みたいと思える作品群ではありませんが、白い巨塔といわれて久しい大学病院の実態をデフォルメはしていても核心をついているところが多々あり興味深いともいえます。


本書も同様で多分に誇張された大学病院の内幕や出世に汲々とする医師たちの裏の顔がドタバタ喜劇風に描かれています。


ブラックなコメディにちょっぴりミステリ味をつけた風刺小説といえばいいでしょうか。


本書で問いかけられている二者選択・・・

「性格が悪いが腕のよい医者」vs「人格者だが腕のない医者」

どちらかに命を預けなければならないとしたら・・・どうされますか?


山田詠美をして「こんなに面白い題材で、よくこんなにつまらない小説が書けるものだ」と呆れられたという逸話があるようですが、それを覚悟で興味ある方は読んでみてください。

温泉好きの夫に誘われて湯郷温泉に行った帰り道、奈義町の中心部にあるシンボルロード沿い約16.5haの圃場の菜の花畑に回り道して行ってきました。

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春陽が大地を溶かすと見るまでに那岐の麓を菜の花覆ふ

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一瞬のまばたきの間に消えゆけるミラージュのやうな奈義の菜の花


那岐山へと続くまっすぐな道「シンボルロード」の両側に広大な菜の花畑が広がっていて息を飲むほど見事です。


町主催の菜の花まつりはもう少し先のようでしたが、ほぼ8分咲きで、ほとんど観光客もいず、ゆっくり堪能できました。

前日に泊まった旅館で夫と退屈しのぎの花札・・・わたしが勝ちました(^.^)

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さて本日は小川糸氏著『ツバキ文具店』のレビューを少し。

「言いたかった ありがとう。
言えなかった ごめんなさい。
伝えられなかった大切な人ヘの想い。
あなたに代わって、お届けします。
家族、親友、恋人⋯⋯。
大切に想ってっているからこそ、伝わらない、伝えられなかった想いがある。
鎌倉の山のふもとにある、小さな古い文房具屋さん「ツバキ文具店」。
店先では、主人の鳩子が、手紙の代書を請け負います。
和食屋のお品書きから、祝儀袋の名前書き、離婚の報告、絶縁状、借金のお断りの手紙まで。
文字に関すること、なんでも承り〼。
ベストセラー『食堂かたつむり』の著者が描く、鎌倉を舞台した心温まる物語」


手書きの年賀状を作らなくなってどれくらいになるだろう。


年賀状だけでなく、ともすれば手紙もハガキもワードでプリントアウトしたり・・・。


白い紙に直接ペンで字を乗せていくということが一大作業のような重さになって久しくなります。


お礼状やお見舞いの言葉も親しい人には電話やメール。



そんな中、私が習っている水彩画の先生から絵はがきが届きました。

ほんの些細な気配りに対するお礼状。

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若いのにすごいな~~~見習わなければ。


さて本書に戻ります。

鎌倉にある小さな文具店が舞台。

主人公はそこで文具店主としての仕事のほかに手紙の代書をしている雨宮鳩子。

母親代わりに鳩子を育ててくれた祖母に倣って代書屋という仕事を継いだ鳩子。


そこに至るまで紆余曲折があったものの、一件一件の依頼に心を込めて代書する鳩子の人となりと歴史のある古都・鎌倉のたたずまいが丁寧に描かれていてしっとりとした作品に仕上がっています。

小川糸氏ワールド満載!

鎌倉の四季を背景に鳩子を取り巻く登場人物たちの素朴で正直な生き方が胸を打ちます。


字を書けない人が少なくなった現代、代書というと印刷屋に任せる年賀状や喪中はがき、結婚式案内状などしか思い浮かびませんが、ここでは離婚の挨拶文や絶縁状など人生の途上のさまざまな事柄を偲ばせる内容が舞い込みます。

そんな想いを込めて依頼したいという手紙・・・自分で書けばいいのに、というツッコミはさておいて・・・。


これらの依頼に、依頼主の想いを汲み取りながら丁寧に丁寧に仕上げていく手紙。


本書に時々登場する鳩子直筆の代書の手紙の筆跡のやわらかさが目に沁みます。


よかったらどうぞ!

冬の間枯枝となっていた山椒の木からあっという間に若葉が噴出すように芽吹きました。

あたかも筍シーズンに間に合わせるように。


3月から4月にかけて木の芽や虫たちが長い冬を終えやっと動き始める時期といわれる「木の芽時」。

祖母や母からこの時期は心身ともにバランスを崩しやすいので用心といわれていましたが、若い頃はもろともしなかった気温の変化に体調を崩しがちになるというのがよくわかる年齢になりました。


山椒の葉は筍の木の芽和えなどに重宝していますが、特に山椒の葉の佃煮が大好きな私は、まるで青虫が丸裸に食べ尽くしたようにほとんどの葉を摘んで、年に一度だけの贅沢を味わっています。

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ボール一杯葉を摘み尽くしてもほんの一握りしかできない山椒の葉の佃煮、今回は量を増やすためにちりめんとかつおぶしをたくさん入れて・・・

炊きたてご飯に乗っけて春を満喫しています。





さて今日は内館牧子氏著『言わなかった言わなかった』をご紹介します。 


「横綱・朝青龍の起こした事件に対し、女性初の横綱審議委員として真っ向から対決! !
『横審の魔女』とまで呼ばれ、横綱へ「もう自ら引退せよ」と迫ったその言葉の真意には、日本の伝統文化への揺るがぬ愛情があった――。
決して��言わなかった�∞�聞かなかった�≠カゃ許されない。
日本人の背筋を正す、怖くて優しい本音の言葉。
痛快エッセイ五十編」


著者について
1948年秋田県生まれ
武蔵野美術大学卒業後、三菱重工に勤務後脚本家となる
東北大学大学院修士課程修了
1993年第一回橋田賞
2011年モンテカルロ・テレビ祭で三冠を受賞
2000年より女性初の横綱審議委員会審議委員に就任し、2010年に任期満了により退任
2011年4月東日本大震災復興構想会議委員に就任
他の著書に『終わった人』など


2006年~2007年にかけて「週刊朝日」に連載されたエッセイ「暖簾にひじ鉄」を一冊にまとめたのが本書です。
今ドラマ化で話題の『終わった人』が読みたくて図書館で検索しましたが貸出中ということで、代わりに本書を借りてきました。


シリーズの一環で、『見なかった 見なかった』と『聞かなかった 聞かなかった』の間に刊行されたようです。


2000年より女性初の横綱審議委員会審議委員として十年間を活動されていた著者だけにその当時話題沸騰だった朝青龍の諸々について言及されたエッセイがかなりを占めていましたが、他の何気ない日常で感じた違和感など、共感部分もたくさんあっておもしろく読了。


特に大いにうなずいたのは多くの病院で取り入れている「患者様」という丁寧語。


慇懃無礼という言葉がありますが、この「様」には私たち患者に対する敬意とか尊敬などというものはまったく感じられず、逆に商売の一環としての商品としての私たちをうわべだけでも持ち上げるという意図さえ感じられて不快に思っていましたが、著者の指摘もその通りで大いに溜飲が下がりました。


モンゴルからきて努力を重ね、非常に強い魅力的な横綱になった。
私は横綱審議委員として、まだ下位の時代から朝青龍の努力を見てきた。
日本人力士にはなかなか見られないハングリー精神をギラギラさせていた。
当然、番付はどんどん上がり、ついに横綱にのぼりつめた。が、増長した。わがまま放題、やりたい放題、ケンカもあり、サボリもあり、格下の力士を稽古中にケガさせるのもあり、何でもござれの横綱になってしまった。
中でも私が一番許せなかったのは、日本を、相撲を、相撲協会を舐めていることだった。
舐めていればこそ、平気で何でもやれるのだ。
彼は「外国(つまり日本)の伝統文化で禄を食む」ことをしながら、その外国に対し、その伝統文化に対し、それに関わる人たちに対し、何らの敬意も払わず、「上から目線」で舐めるという不遜な態度を取り続けた・・・
私は我慢しきれず、朝青龍の言動に物言いをつけた・・・
結果、「朝青龍vs内館」としてさんざんメディアで取りあげられた・・・


上の文はあとがきに書かれていた朝青龍問題に対峙したときの著者の姿勢についてでしたが、これを通して、今現在相撲協会で起こっている多種多様の問題への感想もぜひ聞いてみたいと思えました。


朝青龍問題について直球を投げる著者は結果的に孤立した中、相撲協会の上層部の人々の言動に「言質をとられないように、責任を一手に負わなくていいようにとする気持ちを感じ」て義憤やる方なさを味わったようですが、いまたけなわの政府首脳部と官僚のやり取りなど、すべてに通じる言葉ではないでしょうか。


著者の「今」の世相批判エッセイも読んでみたいと思っています。


次々起こる新しいニュースに注目が集まって重要と思われる事柄がどんどん記憶のかなたに行ってしまっているのを痛感します。

新しもの好きの私たちの功罪でもあるのだけれど。


森友問題が尻すぼみの形で消えてしまったかのよう。


今度は存在しないとされていた陸自のイラク日報が見つかったというニュース。


政権は防衛省の体質に怒りを隠せないようですが、この隠蔽体質の根っこはどこにあるのか・・・もっと風通しのよい政治ができないものか、単純なおばさんである私は魑魅魍魎が嫌いです。






さて本日は角田光代氏著『マザコン』のレビューです。


「「あなたはマザコンよ、正真正銘の」妻に言われ、腹立ちまぎれに会社の女の子と寝てしまったぼく。
夫より母親を優先する妻のほうこそ、マザコンではないのか。
苛立つぼくの脳裏に、死の床から父が伸ばした手を拒む母の姿がよみがえり…
表題作ほか、大人になった息子たち娘たちの、母親への様々な想いを描く作品集。疎ましくも慕わしい母と子の関係―胸がしめつけられる、切なくビターな8編」


ビターというよりダークテイストの漂う短篇集。


30代の男女の目線を通して描いた母親像・・・娘であり男女の母親である私自身にとって考えさせられる作品集でした。


「母親は時に子供を溺愛し、そうかと思えば突然背を向けて興味を示さず、また人生の生き直しを巧みに期待していたり・・・つまり絶対に理解できないのが子供から見た母なのである」と著者。


本書の著者はアラフィフ世代で子どもなし・・・こういう背景を踏まえて読むとより興味深くなります。


母親像といっても明治や大正時代の母親像、昭和の像、そして平成でも若い母親が誕生していて、時代を反映してそれぞれ違った母親像が浮かび上がってきます。


家事を楽にする電化製品もなかった明治・大正時代の母親の子育ては自分の身を構う余裕もなく無我夢中という感じだったと思いますが、さまざまなことが多様化している今の社会での子育てはまた違った意味で大変そうですが、おおむね今の母親は身奇麗。


でも働きながらの子育ては本当に大変そう。


そういった意味でも母親像には時代考察も必要でしょうが、本書に登場する母親はほぼ私と同時代の昭和の母。


私自身3人の子どもたちにどのように思われているのか?


ひとりひとりに今更聞く勇気もないし、聞いたとしてもきっと内心傷つく可能性の大いにある過ちの多い子育てをしてきたので自信はありませんが、それでもそのときどきはそれしかできなかった精一杯の子育てをしたと思います。



本書を読んで子どもたちの側から見た母親像と自分自身の中で認識している母親像との間には大きな落差があるな~と思いました。


私が子どもだった頃には母親の弱い部分を露呈した涙も母親の中の女性の部分も見たくないという気持ちが強かったのを思い出します。


改めて思うと子どもというのはなんとエゴの塊か、と思ってしまう。


それが親の前で赦されるのが子どもとも言えますが。


最後にタイトルの「マザコン」について。

本書にはいろんな形のマザコンが出てきていますが、母親のことを好もうが嫌おうが、そのこだわり自体がある意味母親に捉われているということにおいて子どもは生まれたときからマザコン街道まっしぐらともいえるような気もするのです。


本書の内容からどんどん離れてしまいましたが、興味ある方は読んでみてください。

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誰もが待ちに待っていた桜の季節もまたたく間に終わり、花の間から小さな葉がたくさん芽生えてきています。





ピンク一色の幻想的な季は束の間・・・だからこそ日本人がこぞって恋うのでしょうね。


さて今週の朝日歌壇に私の短歌が掲載されました。

初載り!

朝日歌壇の常連であられるネット歌会の大先輩タイムさんの勧めで重い腰を上げて出詠していた歌。


ビギナーズラックとしかいいようがありませんが、佐々木幸綱選者に採っていただきました。


ビギナーズというのは正しくなくて、実は短歌を始めた4年前怖いもの知らずで一度だけ2首投稿したことがありますが、もちろん掲載されるはずもなく、朝日歌壇はハガキでしか出詠できない面倒と相まってそれ以後出詠したことがありませんでした。


毎日新聞とN短はネット上から送信できるという便利さに乗っかり、1年前より時々気が向けば出詠して何度か掲載されていますが、新聞の歌壇ではいちばん投稿数が多く難易度が高いといわれている朝日歌壇は読者として毎週楽しみにしてはいますが、タイムさんに後押しされて出すまで他人事として感心しながら目を通していただけでした。


タイムさんはそんな中で連続して選ばれることも多く、彼女の短歌を探すのが最近の私の楽しみになっていたのでした。


野に摘みしさみどり色の蕗の薹入れて春めくペペロンチーノ 


このブログに温かいコメントをくださる花オクラさんからいただいた蕗の薹にちなんだ歌。


自分が摘んだような印象の歌になり申し訳ないですが花オクラさんが摘んでくださった蕗の薹です(^.^)


花オクラさんが先駆けて作られておいしかったというペペロンチーノを我が家でも作ったときに浮かんだ歌。


そういった意味で今回の入選はタイムさんと花オクラさんのお陰です。


ありがとうございました!




さて前置きが長くなりすぎたので、今回は手短なレビューで。


ティムール・ヴェルメシュ氏著『帰ってきたヒトラー』

 
「ヒトラーが突如、現代に甦った!
周囲の人々が彼をヒトラーそっくりの芸人だと思い込んだことから勘違いが勘違いを呼び、本当のコメディンにさせられていく。
その危険な笑いで本国ドイツに賛否両論を巻き起こした問題作。
本国で250万部を売り上げ、映画は240万人動員、世界42言語に翻訳された空前のベストセラー小説の待望の文庫化」


1945年に総統地下壕の一室で夫人のエーファ・ブラウンと共に自殺を遂げたはずのアドルフ・ヒトラーがどうしたことか2011年に突然ベルリンで目覚めるところから物語がスタート。


突然現れたヒトラーは周りの人々からヒトラー本人とは信じてもらえず、ヒトラーになりきったコメディアンだと勘違いされてしまいます。

そこから始まる騒動。


コメディアンとしてテレビ番組に出演することになりますが、本人はこの間違いに気づかず、ただただ自分の主義主張を独裁者当時の口調そのままで繰り広げます。


そうこうするうち、ますますヒトラーそっくりのコメディアンとしての名声は高まり世界中の人気ものになっていくのです。

ヒトラー自身は現代社会にも自分が求められていると勘違いしてどんどん戦時中に繰り広げていたそのままの演説で人々を魅了します。


ただし聴衆はコメディアンの出来のいいブラックジョークだと受け取り拍手喝采。


現代社会にヒトラーが突然現れたら?という発想の、しかもお膝元ドイツ発の風刺エンターテイメント。


ぜひどうぞ!

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