VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2018年06月

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少し前、友人からたくさんもらった破竹。


筍や破竹などその時期に集中して手に入るものはなんとか保存したいと思い試行錯誤します。


友人たちも同じ思いで今までさまざまな保存の情報を交換しては試してきました。


◆茹でた筍・破竹を食べやすい大きさに切って砂糖をまぶして冷凍保存

◆茹でた筍・破竹を薄味で煮たものを冷凍保存

◆茹でた筍・破竹を塩漬け冷凍保存

◆茹でた筍・破竹を熱湯消毒した瓶に口まで水を張って冷蔵保存


どれも一長一短ですが、今回は最後の瓶冷蔵保存をしていたのを使ってチンジャオロースにしてみました。

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歯ごたえも残っていてよかったです。


瓶ごとの念入りな熱湯消毒で冷蔵保存で半年以上もつそうです。






さて本日は篠田節子氏著『冬の光』のご紹介です。


「四国遍路を終えた帰路、冬の海に消えた父。
企業戦士として家庭人として恵まれた人生、のはずだったが…。
死の間際、父の胸に去来したのは、二十年間、愛し続けた女性のことか、それとも?足跡を辿った次女が見た冬の光とは―」


序文、一章~六章、結びという構成。


いきなり序文に描かれた数行が何を示唆するか・・・読者はこれを探してこの物語の奥深い森に分け入っていく・・・巧みな導入です。


一言で括れば、最後まで業というものを捨て切れなかった男の物語。


主人公・富岡康宏を中心に妻・美枝子と敦子・碧という2人の娘、そして康宏の学生時代からの恋人・笹岡紘子が主な登場人物。



主人公・康宏が四国遍路の帰路、徳島発のフェリーから忽然と消え水死体となったところから物語が動きます。



長い間学生時代からの恋人・紘子と秘めた関係を続け、妻や娘たちを裏切り続けた康宏の死は自殺か・・・それならばなぜ??


次女・碧は父の唯一の遺品である「ダイアリー」を片手に父の足跡を辿る旅に出ます。


物語はその碧の視線と康宏の視線を交互にして描かれています。


長い物語の最終章が終ったとき、あらためて康宏の人生の軌跡の切なさというか業の深さが浮き彫りになり、そして愛人という言葉で表すにはあまりにもかけはなれた存在の笹岡紘子の哀しい生き方に心が沈みました。


学生運動に明け暮れていたときの同志だった康宏と紘子。


「バリケードの中の二十代から還暦を超えるまで、平和なことこの上ない四十年の間に世間の風向きは激しく変わっていった。
その中でなぜ紘子は常に逆風に身をさらすような生き方しかできなかったのか。
いい歳をしてそれなりの肩書きがついたのだから清濁併せのむ度量を持て、などと言う気はない。
だがもう少し寛容になれなかったものか、と思う。
その許容度の狭さこそが、純粋さでもあったのだろう。
ポピュリズムに呑み込まれることなく、自分のスタンスを守り続けたということなのだろうか。
それにしても、たった一人の食卓で箸と茶碗を手に絶命していたというその様を想像するにつけ、彼女が晩年に抱えた凄まじいまでの孤独に、身の凍り付くような厳粛な悲しみを感じた」



家族や世間にとっては間違いなく不貞、裏切りという言葉でしか括れない康宏の行為が紘子という存在を通してみると、青春期から2人の死という長い行程の結びつきの一時期に妻や娘たちが割り込んだ・・・ような錯覚に陥るほど2人の関係の深さに胸が抉られました。


とはいえ家庭人としては安直な回帰に希望を託したひとりの意思の弱い男の姿が浮かび上がり、妻や娘たちにとっては受け入れがたい憤懣が身に沁みて・・複雑な読後感でした。


興味ある方はどうぞ。

レインリリー
「晴れの国」の当地も今日は一日じゅう梅雨らしい天気。

終日止みそうにない雨。


気象予報士の倉嶋厚氏の『雨のことば辞典』によると梅雨時の雨の呼び名にはすてきな言葉が山のようにあって・・・雨に籠もるのもいいな~と思わせてくれます。


「走り梅雨」「迎え梅雨」「空梅雨」「早梅雨(ひでりつゆ)」「枯れ梅雨」「戻り梅雨」「返り梅雨」「残り梅雨」


「男梅雨」と「女梅雨」というのもあります。

前者は激しく降ってカラッと晴れる梅雨のこと。

後者は弱い雨がしとしとと降り続く梅雨のことだそうですが、なんだかね(ーー;)


ちなみに今日のような雨は「黴雨」が似合うような・・・。



ポストにハガキを投函しに行き、パン屋さんで焼きたてパンを買い、それ以降は家に籠もって久しぶりの手芸。


ちょっと近所の周りを軽く散歩するとき用に財布とスマホだけ入れる小さなバッグがあったらいいな、ということで手縫いで作りました。

ミシンを出すのが面倒で。

雨の日は手縫いが似合うチクチクと針を運べば雨の香満ちる





さて篠田節子氏著『純愛小説』のレビューを少し。


「純愛小説で出世した女性編集者を待ち受ける罠と驚愕の結末、影のように慎ましく生きてきた女性が抱く最初で最後の狂おしい想い、息子の恋人に抱いてしまったときめき、年齢を超え理不尽なまでの磁力で惹かれあう男女…
成熟したからこそ逃れがたい「恋」という名の愚行がときに苦く、ときに危険なほど甘やかに綴られる4篇の物語。
直木賞作家、円熟の筆が冴える、ほんとうの大人のための“ロマンティック・ラヴ」


とても大人のための“ロマンティック・ラヴとも”純愛小説”ともいえないようなテイストの4篇。


さすが篠田ワールド、ただの純愛小説ではありません。


4篇ともそれぞれの状況はまったく違ってはいますが、社会のなかでじゅうぶんに発酵してきたであろう分別もあるはずの中年期、または初老期になった大人の恋愛事情。


「恋」または「愛」というものが「性」にまとわりつかれているような息苦しさを覚える作品。


スマートな遊び方を旨としていた男友達の身に起きた離婚話、親の介護を終えて遺産を相続した姉の身に突然降って沸いたような恋愛の果ての失踪、進学と同時に下宿した息子のガールフレンドの姿にまぶしさを感じてしまう父親、一回りも年長の女の肉体に溺れた夫に戸惑う妻・・・
どのエピソードも人のもっている理性では抑えきれない本能に翻弄される男女を描いて凄みのある作品になっています。


与える側と受け取る側で大きく隔たりがあれば「純愛」や「愛情」は途端に変質してしまう・・・ひたすらな純愛と思っていても、受け取る側がありがた迷惑と思えばストーカーとなってしまう。


分別や計算を超えた大人のひたすらな恋ほど怖いものはない、と思わせる作品群、興味ある方はどうぞ。


朝8時前、かなりな横揺れの地震、あわててテレビをつけて・・・震源地を確認。

大阪府北部を震源とした震度6程度。


震源地から2県分離れている当地はだいたい震度3と推定されていましたが、体感では震度4くらい。


震源地近くの高槻、枚方に夫や私の友人知人が住んでいるのでそれぞれ電話して安全を確認してほっとしました。


続いて大津の義姉のところに電話、テレビの上の飾り物が落ちたくらいで大丈夫とのこと。

神戸の須磨区の友人も同様。


影響があったら大事と不安な運転中の関西電力大飯原発3、4号機と高浜原発4号機にも異常がないことが確認されたそうでよかった。


阪神淡路大震災に被災した経験者なのにいざ地震となるとただオロオロするだけで、食卓の下にもぐりこむくらいしか手立てを思いつかない私たち・・・。


教訓がな~んにも生かされないことが恥ずかしいですが、生かさないで済むようなこれからであれと祈るのみであります。


テレビニュースで徐々に被害状況が明らかになりました。


末尾になりましたが、3人のお亡くなりになられた方、ご家族の方々、そして怪我をされた方々、お住まいに損壊があった方々に謹んでお見舞いを申し上げます。

余震への不安を含めて眠れない夜を過ごされることを想像するといたたまれませんが、どうぞこれ以上被害が広がりませんように。





さて今回は新美南吉氏著&鈴木靖将氏絵『でんでんむしのかなしみ』


「皇后さまの心に「何度となく、思いがけない時に記憶によみがえって」きた『でんでんむしのかなしみ』を初め、心にしみる南吉童話の世界。
「ある日、でんでんむしは、気がつきました。
かなしみは誰でももっているのだ。わたしばかりではないのだ…。
悲しみをこらえ続けるその向こうに、他人を思いやる優しさや愛が生まれることを伝える絵本」



1998年に開かれた第26回IBBYニューデリー大会の基調講演で美智子皇后がビデオ講演された際に引用されたことで更に注目を浴びた新美南吉原作の「でんでんむしのかなしみ」。



著者の故郷である愛知県半田市にある新美南吉記念館には遺品や童話集などの書籍の他、原稿などを展示保存しているそうで、一度行ってみたいリストの一つ。


不遇な生涯の途上、結核のため29歳という若さで夭折した著者。


短い生涯で遺した作品は、童話123編、小説57編、童謡332編、詩223編、俳句452句、短歌331首、戯曲14編、随筆等17編とされているそうです。


なかでも小学校の国語科教科書に半世紀以上も載り続けている「ごんぎつね」は、世代を超えた国民的文学として親しまれています。


だれでも一度は新美作品に触れた思い出があるはず。


このブログでもレビューをご紹介していますのでよかったらどうぞ。

『ごんぎつね』のレビューはこちら    


ある日突然、自分の背中の殻に悲しみが一杯つまっていることに気づいてしまったでんでんむしは友だちを次々訪ね、もう生きていけないのではないかと話します。


なぜ自分はこんなに辛いのだろう、なぜこんな悲しい目に遭うのだろう。


友だちのでんでん虫たちは、それはあなただけではない、私の背中の殻にも悲しみは一杯つまっていると答えます。


いつも楽しそうなあの人も幸せそうなこの人もきっとみんな同じように悲しみを背負っているのだろう。


「悲しみはだれでも持っているのだ。
私ばかりではないのだ。
  私は、私の悲しみをこらえていかなきゃならない」



私も主人公のでんでんむしのように思うことがしばしばです。


人と比べることはよくないけれど、自分以外の人もさまざまな荷を背負って生きているのだなぁと深い共感をもって感じるとき、生きるとはこんなことなんだと納得できるのです。



生まれた瞬間から死がその歩みを始めている、といったのはジャン・コクトーだったかしら??


晩年の母も悲しみを口にしていたっけ。


老いの中生きていること自体に対する漠然とした悲しみ。


でも私の背中の殻には生の悲しみだけではない、たくさんの喜びや輝きを失わない感動、人のやさしさなどがいっぱい詰まっていることも知っています。


おいしかった思い出も、あふれる感動も。



自分の内面の悲しみを通して他者の苦しみを知ったでんでんむしの成長は自分のためだけでなく自らのために生きる支えになるという名著。


これから果てしない未来が広がっている子どもたちがこの思いを掬い取れる感性を磨くよすがにしてほしいと思うのです。

想像するだけで胸が潰れそうな児童虐待事件。


東京都目黒区の5歳の女の子の虐待死亡事件を受けて立憲民主党が対策を強化する児童福祉法および児童虐待防止法改正案の素案をまとめたそうです。


厚労省が2019年度までに目指すとしている児童福祉司約550人の増員を前倒しし、増員を約1000人に拡充することが柱。


児童相談所間の情報共有の促進策なども盛り込んでいるということですが、外堀を埋めることの必要性に加えて、根本的なこと・・・母性や父性を取り戻すという教育をするにはどうしたらいいか、、、安易に答えは出るはずもなく、ただ空しく悲しい気持ちでいっぱいになります。


少なくともSOSをすばやくキャッチできるよう周りの大人たちが細心の注意を払って気を配っていくのが大切と思いますが、虐待は密室で行われて周りに悟らせないようにするのが常套手段なのでとても難しいのでしょう。



日本中の大人があの手紙に泣いたと思います。



私も子育て中、無力の子どもに向かって親の権威を振りかざして上から押さえつけたことも度々あったことを思うと、申し訳なさでいっぱいになることがあります。


過去に戻ってもう一度子育てしたいと思うのはそんなとき。


個々の子どもたちには面と向かって謝ったことはないけれど死ぬ間際には謝りたいと思っています。





さて本日は喜びや苦しみ、後悔も入り混じってはいるけど輝くような子育てを三十一音に載せた歌集のご紹介です。


俵万智氏著『プーさんの鼻』 

「新しい生命を育てるよろこびに満ちた日々。
俵万智、待望の344首」


今更のご紹介ですが経歴を簡単にトレースします。

1986年『八月の朝』で角川短歌賞受賞
1987年第一歌集『サラダ記念日』が280万部のベストセラーに
1988年『サラダ記念日』で現代歌人協会賞受賞
1991年第二歌集『かぜのてのひら』
1997年第三歌集『チョコレート革命』
2003年未婚のまま男児出産
2003年『愛する源氏物語』で紫式部文学賞受賞
2006年第四歌集『プーさんの鼻』で若山牧水賞受賞
2013年第五歌集『オレがマリオ』


息子を身ごもり、その後に続く出産、育児の2年間の日常に加え、ご両親のこと、弟さんのこと、息子の父親である男性のこと、そしてご自身の恋愛を詠んだ344首。


著者のみが胸に秘めた事情でシングルマザーの道を選び、息子と2人で生きるという覚悟が散りばめられた歌集。


熊のように眠れそうだよ母さんはおまえに会える次の春まで

ぽんと腹をたたけばムニュと蹴りかえす なーに思っているんだか、夏

やがてくる命を待てば逆光に輝きを増す隅田川見ゆ

海底を走る列車の音がする深夜おまえの心音を聞く

もう会わぬと決めてしまえり四十で一つ得て一つ失う我か

バンザイの姿勢で眠りいる吾子よ そうだバンザイ生まれてバンザイ

泣くという音楽がある みどりごをギターのように今日も抱えて

四万十の源流点を思いおり ある朝吾子に笑い生まれる

おさなごの指を押さえてこの淡き小さき世界のふち切り落とす

生きるとは手をのばすこと幼子の指がプーさんの鼻をつかめり

子を抱き初めてバスに乗り込めば初めてバスに我が乗るごとし

第一も第二もなくて人生は続いていくよ昨日今日明日

初対面の新聞記者に聞かれおりあなたは父性をおぎなえるかと

揺れながら前へ進まず子育てはおまえがくれた木馬の時間


「子どもと暮らすようになって、二十代、三十代の頃と比べると、行動範囲は笑ってしまうほど狭い。
それでも、子どもの存在は、次々と私を初めての場所に連れていってくれる・・・
子育ては、驚きと慣れの連続だ。
一度慣れてしまったら、はじめの驚きは失われてしまう・・・
だからこそ初めの一歩の驚きを、逃さずに三十一文字に刻みたい、と思った」

もう二度と戻らないキラキラ光る子育ての時間を歌に載せた著者がとても羨ましいなと思いました。


話題の是枝裕和監督の『万引き家族』を観に行きました。


第71回カンヌ国際映画祭でパルム・ドール賞。


日本人監督作品としては1997年の今村昌平監督「うなぎ」以来21年ぶりの快挙だそうです。


リリー・フランキー、安藤サクラ、松岡茉優、樹木希林らの名優に混じって子役の城桧吏と佐々木みゆという配役。


東京の下町のビルの谷間に埋もれて置き忘れられたような廃屋に暮らす5人家族の物語。


日雇いで稼いでいる父・柴田治とクリーニング工場で働く治の妻・信代、息子・祥太、風俗店で働く信代の妹・亜紀、そして家主である祖母・初枝の5人家族。


家族の収入源は初枝の年金と治と信代の賃仕事の賃金、そして足りない分は治と祥太がタッグを組んで手がける「万引き」。


そんなある日、近所の団地の廊下にひとりの幼い女の子が震えているのを見つけ、見かねた治が連れて帰ります。


体中に傷跡のあるその女の子を親元に帰すという行為が可哀想でどうしても出来ず、「ゆり」と名づけて柴田家の6人目の家族として迎え入れます。


貧しいながらも日々食べ物を分け合い、心を合わせ暮らす家族。



その幸せがある出来事を境に一瞬で瓦解してしまいます。



物語が進むにつれ徐々にこの寄せ集めのような家族の過去が暴かれていくのですが、光も射さない掘っ立て小屋のような一軒家で笑いあう家族の日常のぬくもりに反比例するようにある中流家庭が映し出され、その対比に胸が衝かれます。

一家の暮らしぶりにはほとんど照明を絞って薄暗さを演出しているのも見どころです。


樹木希林やリリー・フランキー、子役たちの演技や存在感もすばらしいのですが、何といってもリリー・フランキーの妻役を演じた安藤サクラの演技のすごさにただただ圧倒されました。


テレビドラマをほとんど観ないので、私にとって初めて観る女優さん。


奥田瑛二さんと安藤和津さんの次女だそうですね。


ほとばしるような量感質感!


犯罪が暴かれ、囚われの身となった彼女が取調室で泣くシーンは圧巻です。

ほとんど涙を見せずに泣く・・・内面が抉られるような泣き方。


折りしも目黒区のアパートで両親に虐待された末に死亡した5歳の女の子のニュースが連日流れていますが、映画と合わせて、何をもって家族というのか、という命題を突きつけられたようでした。


今日の毎日歌壇の篠弘選者に選ばれた中にこんな歌がありました。

凶悪な事件おほむね家庭とふ家族のかたち壊れゆかむか (伊丹市 岡本信子氏)






さて今日は松本清張氏著『草の陰刻』のレビューです。 


「松山地検庁舎の怪火で事務官が焼死、事故として処理された。
だが死亡した元検事の娘からの手紙に不審を抱いた青年検事は、真相追跡を始めた。
そして浮かびあがるのは暗い過去を抹殺しようと腐心する黒い影――。
青年の傷心と挫折の日々を活写し、推理小説の枠を超えた巨星松本清張の本格派傑作長編!!」


昨年来テレビが火付け役となり松本清張ブームが再燃しているということで、○○年ぶりに再読してみました。


本書は昭和39年5月から40年5月まで「読売新聞」に連載された作品。


松山地検庁舎の火災で検察事務官が焼死、事故として処理されましたが、1人の青年検事が2人いた事務官のうちの1人が奇妙な事件に巻き込まれて現場から遠ざけられたことに疑問を抱き、密かに真相を調べ始めるところからスタート。


その火事で焼失してしまった過去の事件の記録を巡る謎にただならぬものを感じて執拗に追跡していくというストーリー。


新聞の地方版の小さな記事に疑問を持った主人公 ― 刑事だったり、検事だったり、同僚、または恋人、家族 ― の一念によって徐々に大きな組織の闇が追い詰められるという清張ワールドがここでも展開されています。



主人公によって事件の核である某国会議員に到達するものの、事件そのものはすっきりした解決もなくラストを迎えるのですが、追い詰めるまでの道筋における構成力の緻密さに圧倒されました。


中途半端な幕切れで消化不良的なラストではありましたが、清張のすごさを再認識した作品でした。

今日は卓球の日。


いつもは「スシロー」に集合してお昼を食べてスポーツ施設に行くのが定番となっていますが、今日は十割そばがおいしいと評判の店に集合、盛りそばを食べていざ卓球へ。


湿度が高く雨模様のせいか、10分打っては6分休み、2時間を回すというローテーションでは疲れが取れず、メンバー全員がヘトヘトとなりました。


私は、服薬の翌々日なので体力が快復しないのが常ですが、今週は比較的調子よかったので帰宅後すぐに夕食の準備。


服薬の当日と翌日は副作用の吐き気で料理する気が起こらないので、吐き気が去ると猛然と作るのがここ1,、2年の常。


最近はカリウムやカルシウム、鉄分などのミネラルが豊富で、カロテンの含有量も多いといわれているオカヒジキが気に入っていて、見つけると買ってきます。


たいていデパ地下の野菜売り場でゲット。


生でサラダに入れたり、おひたしにしたり。


今日は茹でてカニカマとともに黒コショウ、マヨネーズと薄口しょうゆを一滴たらして和えました。


それと万願寺とうがらしのおかか炒め煮。


万願寺とうがらしは夫の故郷・舞鶴発祥の京野菜で、以前はいつも義姉が送ってくれていましたが、今は当地のスーパーでも買えるようになりました。




今晩の夕食もほぼ野菜ばかり。


カマスの干物はベランダで干したもの。




そしてご飯のお供は作ったばかりのコンブと山椒の実を加えたきゃらぶき。




こんなのが私の幸せご飯です。




さて今回は薬丸岳氏著『誓約』のレビューを少し。 
 

「一度罪を犯したら、人はやり直すことはできないのだろうかーー。
罪とは何か、償いとは何かを問いかける究極の長編ミステリー。

捨てたはずの過去から届いた一通の手紙が、封印した私の記憶を甦らせるーー。
十五年前、アルバイト先の客だった落合に誘われ、レストランバーの共同経営者となった向井。
信用できる相棒と築き上げた自分の城。
愛する妻と娘との、つつましくも穏やかな生活。
だが、一通の手紙が、かつて封印した記憶を甦らせようとしていた。
「あの男たちは刑務所から出ています」・・・便箋には、それだけが書かれていた。

一度罪を犯したら、人はやり直すことはできないのだろうかーー。
究極の問いを突きつける長編ミステリー」


著者の作品はデビュー作で乱歩賞受賞作『天使のナイフ』をはじめ、『悪党』『刑事のまなざし』『友罪』『Aではない君と』と読み継いできましたが、ほぼ少年犯罪をテーマに被害者側、加害者側にそれぞれ光を当てた作品内容が特長です。


本書は生まれつきの顔の痣のせいで、過酷な人生を歩んできて自暴自棄になった若き主人公が強盗事件を起こしたあと、その被害女性が強姦され自殺してしまいます。


服役後も関わりのあったヤクザに追われていたところをある婦人に助けられ、娘を強姦して殺した犯人たちが出所した暁にはその犯人たちを殺すという約束の下、500万をもらい整形し戸籍を変え別人として生きて16年。


親友ともいえる男と巡り会い共同でバーを経営し、愛する妻子とともに暮らしている主人公の元に約束実行を促す手紙が来るところから物語がスタート。


実行しなければ娘を殺すと脅され、姿を現さない手紙の主に怯えつつも、真相を探る主人公がジワジワ追い詰められていく過程を執拗に描いています。


主人公を追い詰めていく犯人像は途中から掴めましたが、あまりにも作為的なラストへの下りにちょっと引いてしまいました。


著者の今回のテーマは「一度罪を犯したものは幸せになる権利があるのか」というものであろうと思われますが、テーマを色濃く描こうとするあまり不自然な物語の運びになっているような・・・


著者の作品を読むたびに感じる不自然さを今回も感じて読了しました。

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