VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2018年09月

すっかり秋です。

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外に出ると金木犀の香が漂ってきて、どこからかな~と辺りを見回しましたが捉えることができず。


でも確実に季節は巡っているのですね。


我が家のベランダにある青紫蘇の葉が繁りに繁ってついに花が咲き始めました。


夏の間中、そうめんや散らし寿司などの薬味やその他諸々お世話になった大葉。


最後にほとんど摘み取って佃煮にしてみました。
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ご飯のお供やお茶請けにぴったり^^


次は大好きな紫蘇の実ができるのを待とう!




さて本日は原田マハ氏著『旅屋おかえり』のレビューを少し。


「売れないアラサータレント「おかえり」こと丘えりか。
唯一のレギュラー番組が、まさかの打ち切り…。
依頼人の願いを叶える「旅代理業」をはじめることに。
とびっきりの笑顔と感動がつまった、読むサプリメント」


美術分野でない原田マハ氏の小説。


アート関係の作品の大ファンではありますが、他の分野は私にとって『キネマの神様』以外いまひとつなのであまり期待感なく手に取りました。


番組の中でスポンサーのライバル社の商品名を繰り返すという失態を犯してしまい唯一のレギュラー番組「ちょびっ旅」が打ち切りになった売れないタレント・丘えりかが主人公。


あることがきっかけで、病気を含め複雑な事情を抱えた人から依頼を受けて、代わりに旅をする「旅屋」を始めることになった丘えりか。


依頼人からお金をもらって旅をする・・・現実にはありそうにないストーリーに挑戦して、とても優しく感動的に仕上げているところ、原田マハ氏の力量が感じられました。


著者・原田マハ氏も日常を離れた旅が大好きだという・・・

「旅する作家」という異名もあるくらい。


旅と食をテーマにパリやNY、ロンドン、スペインといった世界各国の取材先で味わった食の想い出や食へのこだわりが綴らたエッセイ集もあります。


そんな著者が丘えりかに乗り移って・・・新たな土地や食べ物、名所、人との出会いがえりかの視線を通して生き生きと描かれていて、私も時間限定のないゆるゆる旅に出てみたいな~と思わせる作品になっています。

ということで★3.5・・・かな。

あんなに待ち望んでいたのに咲き出したら次々咲いて処理に困る花オクラの花。


丈もついに2mを超えるほどになりました。


サラダに入れたり、細く切ったキュウリやハムを巻いてみたり・・・


先日も卓球の仲間たちに持参したところ貰い手がなくてポツンとテーブルに置かれたまま。


何でも作って食べてみようとトライする人が少ないのね。



今日はモロヘイヤと和えてお浸しに。
同じネバネバ族同士で。




さて本日は久しぶりの桜木紫乃氏の作品。


桜木紫乃氏著『氷の轍』 


「北海道釧路市の千代ノ浦海岸で男性の他殺死体が発見された。
被害者は札幌市の元タクシー乗務員滝川信夫、八十歳。
北海道警釧路方面本部刑事第一課の大門真由は、滝川の自宅で北原白秋の詩集『白金之独楽』を発見する。
滝川は青森市出身。
八戸市の歓楽街で働いた後、札幌に移住した。
生涯独身で、身寄りもなかったという。
真由は、最後の最後に「ひとり」が苦しく心細くなった滝川の縋ろうとした縁を、わずかな糸から紐解いてゆく。
北海道警釧路方面本部・・・新たな刑事の名は大門真由。

ロングセラー文庫『凍原 北海道警釧路方面本部刑事第一課・松崎比呂』以来となる、北海道警釧路方面本部の女性刑事を主人公とした長編ミステリ-! 」


見開きの北原白秋の「他ト我」から始まる物語。

二人デ居タレドマダ淋シ
一人ニナツタラナホ淋シ
シンジツ二人ハ遣瀬ナシ
シンジツ一人は堪ヘガタシ


この詩を見ただけでもう陰湿な釧路の湿地帯の様子が目に浮かぶようです。


北海道釧路市の海岸で男性の死体を発見。

被害者は青森市出身の元タクシー乗務員。

80歳で生涯独身、身寄りなし。


主人公である道警釧路方面本部刑事第一課の大門真由が定年間近の先輩刑事・片桐と捜査を開始するところから物語が始まります。


大門が被害者宅で見つけた北原白秋の詩集が鍵となります。


被害者が身に着けていた白い麻のシャツ・・・微かな糸から地道に被害者に辿り着く大門たちの執念が結果的に実を結びますが、それは懸命に生きた被害者や周辺の人々の運命の切なさ、残酷さを知るという決着。


戦後の北日本の貧しさゆえの人間の運命の流転。


松本清張の『飢餓海峡』を彷彿とさせるような作品。


あふれるような善意で一途に生きた孤独な老人の結末に思わず息を呑みます。


正義や善意がこれほど人を傷つけ、恐怖心を抱かせるということにたじろいでしまう・・・


自分では選択する余地のない出自について苦しむ人々の物語。

中毒といわれるくらい活字が好きで寝る前の読書がかかせない日々ですが、最近とみに読書量が減ってきています。


ピーク時は年間300冊ほど乱暴に読んでいたのが、150冊ほどにダウンしたのはいつ頃からか?


2週間毎に7~8冊借りて読みきっていたのが、読みきれず返すことが多くなりました。


自分の感覚にマッチしないのは最初の数行読んで返却することも。


読んだ中でブログにアップするのは半数強・・・感動無感動にかかわらず最後まで読了してなんとなくレビューを書こうと思ったものだけ。


読了しても充足感を味わえる作品はほんのわずか。



前評判を知って期待に胸を弾ませながら手に取れる作品も図書館本では限られています。


かといって増やしたくないのでなるべく購入は避けたいし・・・。


そんなこんなで躍るようなレビューが書けなくてつまらない読書録になっています。



拙いブログを見限らずご訪問くださっている皆様ほんとうにありがとうございます。


そんな私の心境を代わりに伝えてくださっている詩をひとつ。

他のひとがやってきて
この小包の紐 どうしたら
ほどけるかしらと言う

他のひとがやってきては
こんがらがった糸の束
なんとかしてよ と言う

鋏(はさみ)で切れいと進言するが
肯(がえん)じない
仕方なく手伝う もそもそと
生きているよしみに
こういうのが生きているってことの
おおよそか それにしてもあんまりな

まきこまれ
ふりまわされ
くたびれはてて

ある日 卒然と悟らされる
もしかしたら たぶんそう
沢山のやさしい手が 添えられたのだ

一人で処理してきたと思っている
わたくしの幾つかの結節点にも
今日までそれと気がつかせぬほどのさりげなさで

茨木のり子『知命』より



さて今日は小川糸氏著『ファミリーツリー』のレビューです。


「だって、ぼくたちはつながってる――長野県穂高の小さな旅館で生まれた弱虫な少年、流星は「いとこおば」にあたる同い年の少女リリーに恋をし、かけがえのないものに出会う。
料理上手のひいおばあさんや、ちょっと変わったおじさんなど、ユニークなおとなたちが見守るなか、ふたりは少しずつ大人になっていく。
命のきらめきを描き出す、渾身の一作」


小川糸氏の作品は『ツバキ文具店』を初め、数冊読んでいますが、著者ご自身のやわらかい雰囲気にマッチした文体の優しさに惹かれるものがあり手に取った作品。


結論からいうと、行き当たりバッタリに紡いだ駄作という印象。


舞台は著者好みというか・・・安曇野・・・この設定にも必然性を感じませんでしたが。


風景も人物描写も表面的で上滑りな仕上がり。


主人公の少年の成長譚と読めないことはないのですが、少年期と青年期の視線が何ともお粗末。


信州の穂高で生まれ育った少年・流星と親戚の少女・リリーとを巡る〈家族〉の物語。


「ファミリーツリー」というタイトルに託して、安曇野を舞台に過去~未来へと繋がる命を描くというモチベーションが見え隠れしますが、主人公の生き方があまりにも行き当たりばったりでこれからの未来への希望に危うさを感じてしまうような作品になっているのは残念でした。


唯一光っているのはおばあさんの菊。

ファミリーツリーのトップにいる菊さんの描き方が出色です。

細々と続けている水彩画。

あまり熱心でない生徒であるのは誰の目からも一目瞭然ですが、先生にも熱心に教えていただいて・・・感謝しながら、いつ辞めようかなどと不届きな考えが浮かんでは消え。


月に2回のお稽古日。


先日のお稽古日・・・朝から買い物に行って、帰宅してから料理に没頭していたらすっかり忘れて連絡もせずドタキャンという体たらく。


怖くて先生に、すっかり忘れていました、のメールも入れられず、次の日を迎えます。


罪滅ぼしではないけど、その前にあった人物像を自分なりに仕上げて持って行くつもりで彩色しました。


バレリーナの卵、小学6年生。


真っ黒なチュチュとピンクのトゥシューズがかわいいさあやちゃん。

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ポーズの決め姿が決まっていて微笑ましかったです。




本城雅人氏著『慧眼 スカウト・デイズ』 


「俺と同じものを見ていながら、おまえは、なにも気づいていない。 
ミクロコスモス・ギャラクシー・チーフスカウト堂神恭介(どうがみ きょうすけ)。
彼は、球界で“怪物スカウト”と恐れられ、選手獲得のためなら手段を選ばず、裏社会との黒い噂も絶えない人物だ。
その堂神が「人気球団G以外なら野球浪人します」と宣言した大学生を強行一位指名した!? 
Gに喧嘩を仕掛けたのだ!
――「ドラフト一巡目 指名拒否」ほか5篇を収める」 


2010年に刊行した『スカウト・デイズ』の続編。 

『スカウト・デイズ』のレビューはこちら →


そのたった一日のために鎬を削るプロ野球スカウトたちの姿と、周囲で蠢く男たちの思惑と欲望が交錯する連作短篇集。


短篇ながら読み応えがありました!

というより幕間にちょっと息をつけるという・・・こんな連作短篇、夜寝る前に読むにはもってこいです(^.^)


第一弾と同じく万年Bクラスのパ・リーグ〈ギャラクシー〉のチーフスカウト堂神を主人公に、年に一度のドラフト会議に向けて、同じチームのスカウティングのメンバーたち、他チームのスカウトたち、スポーツ新聞の記者たち、スカウト対象の社会人野球や大学、高校の野球部監督たちとの駆け引きが緻密に描かれています。


フィクションと銘打ってはいますが、金満球団Gの抜け駆けには金銭ではない抜け駆けで・・・などずっと前にスポーツ界を賑わした諸々などを匂わせる事件なども登場して野球ファンのみならずそうでない読者にも魅力満載のスポーツ小説となっています。


加えて第一弾に登場した、堂神の下でスカウトのイロハを鍛えられたクボジュンのその後の目覚しい成長ぶりも垣間見えて魅力的な作品でした。


著者の野球界の裏側に対する知識の深さに脱帽です。


詳しくは手にとって楽しんでください。


次々と送られて来し「おめでとう!」誕生日のスマホに絵文字が踊る
昨日は私の誕生日。


自分自身、また一つ増えちゃった、どうしたことだろうという感覚があるだけですが、お互いの誕生日には「おめでとう」の言葉やプレゼント交換という習慣のある我が家。


深夜12時を過ぎた頃の次男とお嫁ちゃんのそれぞれの「おめでとう!」を皮切りに、夜までの間バラバラにお祝いメッセージが絵文字とともにスマホに送られてきて賑やかな一日でした。



数年前より私の誕生日は夫がずっと食事担当となっていて、外出がなければ朝、昼、晩と食事の心配をしなくていい日となっています。


主婦としては最高に嬉しい一日。


ディナーはたいてい夫のおごりでステーキが定番。


誕生日でなくてもステーキのときはたいてい夫が焼くので珍しくないのですが、夫が自ら選んで買うステーキ肉は値段を度外視しているのでとてもおいしい・・・けれど高い!!


私だったらぜったい買わない値段!

でも80gほどで満足なのでまあいいか。 


ということでやわらかい極上のサーロインステーキをいただきました~。

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あまりおいしそうに見えないけど、すごくおいしいステーキでした!


後片付けもぜ~んぶ夫・・・毎日誕生日だったらいいのに・・・という儚い願望はあっという間に過ぎ去りました(ーー;)






さて今日のレビューは益田ミリ氏著『どうしても嫌いな人 すーちゃんの決心』です。 

「その人のことを思い出すだけで、心の中がざわざわしてくる。
カフェの店長になって2年目のすーちゃん36歳には、どうしても好きになれない人がいる。
いとこのあかねちゃん30歳もまた、苦手な後輩にイライラ……。
クラス替えも卒業もない大人の社会で、人は嫌いな人とどう折り合いをつけて生きているのか。
ベストセラー4コマ漫画第3弾」


以前このブログで『キュンとしちゃだめですか』 『そう書いてあった』をご紹介したとき、ミリさんファンを公言していましたが、今も変わらず。  

 
ほんとはミリちゃんと呼びたいところですが、ミリさんで。


1コマイラストとエッセイの形で伊藤りささんと益田ミリさんが交互に朝日新聞に連載されている「オトナになった女子たちへ」を読むのがいまも楽しみ。


そんなミリさん、2016年の秋お父さんが亡くなられるという悲しい出来事がありました。


今年初めに刊行された『永遠のおでかけ』にはそんなお父さんとの思い出が詰まっていて切なくなりますが、ミリさんのエッセイには私たちの小さな心の襞にある取るに足らない喜びや悲しみ、怒りといったものをピンセットでひょいと掴んでてのひらに乗せてじっと味わってみるというふうな、なんとも絶妙な俯瞰力というか空気感あるんです。


そこに惹きつけられる私。


親子ほどの年齢差のあるミリさんに教えられること多々。


決して力強くない、というよりむしろ頼りない雰囲気なのにふんわりと包んでくれるような・・・。


本書に登場する主人公のすーちゃんの「嫌いな人」にもあるある感満載。


ただ「嫌いな人」じゃない・・・「どうしても」がつく「嫌いな人」。


人を嫌いになるということを経験していない人はいないと思いますが、それと同時にその人を嫌いだと思う自分自身に嫌悪感を持ったという人も多いのではないでしょうか。


なぜそこまでその人が嫌いなのか、と冷静に分析しても行き当たるのは自分と考え方生き方が違うから、という観念的なものが多くて、そこを掘り下げると行き当たるのは・・・自分だって周りの人々に随分様々なことで許されているのに・・・という自己嫌悪・・・少なくとも私の場合。



克服しよう、改善しようと思っても努力だけでは解決しない感情・・・「どうしても」にはそんな葛藤が読みとれて共感が倍増します。


どう努力してもどうしても嫌いな人へのすーちゃんの関わり方、接し方。


なるほどそう来るかと思わされた一冊でした。

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先日のこと。

話しても誰も信じないかもしれない不思議な現象(?)を体験しました(笑)


卓球をしているので車の後部座席の隅っこに置きっぱなしのラケットとタイマー。


タイマーは10分ラリーをしては5分休憩というローテーションのためのもの。


このタイマー、通常はスタートボタンを押さないかぎり静かに眠っているのですが、車の振動によってラケットに押されてか時々目覚めて勝手にピッピッピッと鳴るときがあるんです。


先日、所用で夫と車に乗っていたときのこと。


音楽好きの夫は運転中は必ずCDかFMをかけているのですが、ちょうどFMからベートーベンの交響曲第3番変ホ長調「英雄」が流れてきました。


大好きな曲なのでボリュームを上げたそのとき・・・


後部座席のタイマーが「英雄」に呼応したように同じリズム(としか思えない)をとりながらずっと鳴り続けて・・・。


アップテンポのところはアップテンポで、スローなところはスローで、タッタッタッタッータータッタッター・・・というように変化をつけて。

いままで聞いたことのないようなヴァリエーションのリズムで。


ほんとのほんとの話。


思わず驚いて夫と顔を見合わせて、しばらく聴きほれてしまいました。


理系の頭脳の持ち主なら納得のいく解明を示してくれそうですけど、いかんせん感覚的頭脳で勝負の私たち、ただ不思議の世界に浸っていました。





さて本日は若竹千佐子氏著『おらおらでひとりいぐも』のご紹介です。 

「74歳、ひとり暮らしの桃子さん。
夫に死なれ、子どもとは疎遠。
新たな「老いの境地」を描いた感動作!
圧倒的自由!
賑やかな孤独!
63歳・史上最年長受賞、渾身のデビュー作!
第54回文藝賞&第158回芥川賞受賞作」


評判の作品、銭ママ→花オクラさんを介して回してもらってやっと読めました~。


まず目を惹くタイトルは有名な宮沢賢治氏の詩『永訣の朝』の岩手弁の一節からのもの。


著者は宮沢賢治氏と同じ岩手県出身。


結核で亡くなる妹セツとの別れを謳った『永訣の朝』は私の心に深く残っている作品です。

少し長いけれど書いておきます。

『永訣の朝』
けふのうちに
とほくへいってしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ
(あめゆじゅとてちてけんじゃ)
うすあかくいっさう陰惨な雲から
みぞれはびちょびちょふってくる
(あめゆじゅとてちてけんじゃ)
青いじゅんさいのもやうのついた
これらふたつのかけた陶椀に
おまへがたべるあめゆきをとらうとして
わたくしはまがったてっぽうだまのやうに
このくらいみぞれのなかに飛びだした
   (あめゆじゅとてちてけんじゃ)
蒼鉛いろの暗い雲から
みぞれはびちょびちょ沈んでくる
ああとし子
死ぬといふいまごろになって
わたくしをいっしゃうあかるくするために
こんなさっぱりした雪のひとわんを
おまへはわたくしにたのんだのだ
ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
わたくしもまっすぐにすすんでいくから
   (あめゆじゅとてちてけんじゃ)
はげしいはげしい熱やあえぎのあひだから
おまへはわたくしにたのんだのだ
 銀河や太陽、気圏などとよばれたせかいの
そらからおちた雪のさいごのひとわんを……
…ふたきれのみかげせきざいに
みぞれはさびしくたまってゐる
わたくしはそのうへにあぶなくたち
雪と水とのまっしろな二相系をたもち
すきとほるつめたい雫にみちた
このつややかな松のえだから
わたくしのやさしいいもうとの
さいごのたべものをもらっていかう
わたしたちがいっしょにそだってきたあひだ
みなれたちゃわんのこの藍のもやうにも
もうけふおまへはわかれてしまふ
(Ora Orade Shitori egumo)
ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ
あああのとざされた病室の
くらいびゃうぶやかやのなかに
やさしくあをじろく燃えてゐる
わたくしのけなげないもうとよ
この雪はどこをえらばうにも
あんまりどこもまっしろなのだ
あんなおそろしいみだれたそらから
このうつくしい雪がきたのだ
   (うまれでくるたて
    こんどはこたにわりやのごとばかりで
    くるしまなあよにうまれてくる)
おまへがたべるこのふたわんのゆきに
わたくしはいまこころからいのる
どうかこれが天上のアイスクリームになって
おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに
わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ


さて本書に戻ります。

〈あいやぁ、おらの頭このごろ、なんぼがおがしくなってきたんでねべが〉

現在74歳、独り暮らしの主人公桃子さんの意思に関係なく内面から勝手に浮き上がってくる東北弁の声からスタートする本書。


結婚を3日後に控えた24歳の秋、東京オリンピックのファンファーレに押し出されるように故郷を飛び出した桃子さん。

身ひとつで上野駅に降り立ってから50年――住み込みのアルバイト、周造との出会いと結婚、二児の誕生と成長、そして夫の死。


「この先一人でどやって暮らす。こまったぁどうすんべぇ」


40年来住み慣れた都市近郊の新興住宅で、ひとり茶をすすり、ねずみの音に耳をすませるうちに、桃子さんの内から外から、声がジャズのセッションのように湧きあがってきます。


桃子さんの内側に棲む性別も年齢も不詳の大勢の声。



この声に支えられたり突き上げられたりしながら桃子さんは孤独と対峙し、自らの境遇を納得し、自分の手で淋しさと清清しさという豊かさを受け取るという作業を日夜繰り返しています。


「東京オリンピックの年に上京し、二人の子どもを産み育て、主婦として家族のために生き、夫を送って「おひとりさまの老後」を迎えた桃子さんは、戦後の日本女性を凝縮した存在だ。桃子さんは私のことだ、私の母のことだ、明日の私の姿だ、と感じる人が大勢いるはず」
――斎藤美奈子氏

「宮澤賢治「永訣の朝」にある「Ora Orade Shitori egumo」のフレーズ。それを悲しみのうちに死ぬの意ではなく、独り生きていく「自由」と「意欲」に結びつけた。「老い」をエネルギーとして生きるための、新しい文学が生み出された」
――藤沢周氏

「人の気持ちは一色ではないということを、若竹さんはよくぞ摑んだ。年を経たからこその、若々しい小説」
――保坂和志氏

「取り返しのつかない命のなかで、個人の自由や自立と、その反対側にある重くて辛いものも含めた両方を受け取って、人生を肯定的にとらえるまでにいたったのが見事」
――町田康氏


「死すことのない共同体の言葉。それが支える「老い」の姿に初めて触れた。「頭の中に大勢の人たちがいる」ことは、きっと孤独ではない」
――小林紀晴氏

高齢化、少子化、未婚や離婚率の増加など、「孤独に生きる」環境を余儀なくされるような社会になっている今を生きている私を含めたすべてのシニア世代の心模様を桃子さんが代弁してくれているような・・・そんな作品でした。


生き物はいったん生れたらその延長上には必ず死が存在するという当たり前のことがなかなか受け取れない人間の業や人間関係の呪縛から解き放たれたい、しかしすべて解き放たれたくないという相反するものを言い得て妙という感じで桃子さんの内の声が放つ・・・面白い設定に唸りました。


この作品は「青春小説」の対極に位置するということで「幻冬小説」の分野に入るそうです。


同じ老後の孤独を描いた下重暁子氏の『極上の孤独』がベストセラーになっているようですが、こちらは読みたい気がしない。。。


〈孤独〉がどうやったら〈極上〉になるのか・・・極上の理性と潤沢な老後の資金とあふれる知性と教養が必要なんじゃないかとつい勘ぐってしまう自分・・・読みもしないのに。


桃子さんがぐっと身近なのは孤独の淋しさと自由さという相反する感情を上手に同居させているところにあります。

これなら私でもやれそう・・・

これからのますますの命題として混沌と生きるのもよかろうと思いつつレビューを終わります。

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