VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2018年11月

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先日、当地の北に位置する金川というところで開催されていた陶芸の作品展に行ってきました。


このブログでも度々ご紹介している大先輩zensanの娘さんである陶芸家の銭本眞理さんの青馬窯の生徒さんたちの作品展。



青馬窯の主の銭本眞理さんは13世紀に途絶えたペルシャの古陶器と日本の陶器の共通性を感じ、シルクロードを旅するようなというコンセプトで作品を制作していらっしゃいます。



深みのある青を基調とした作品の数々がすばらしいの一語に尽きます。

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作品の中には普段づかいの食器もあり、青に魅せられて私も何点か購入して大切に使っています。


料理がイマイチでも器によって見映えがするという例・・・。



さて金川行きは共通の友人であるブロ友の花オクラさんご夫妻の車に便乗。


帰り道は行きと違う道を通ってくださり、思わぬ紅葉狩りも楽しんできました(^.^)


途中、乳製品で有名な安富牧場でソフトクリームを食べたり、ポニーのミルミルを撫でたり・・・。
楽しい一日でした。





本日は山口恵以子氏著『毒母ですが、なにか』のご紹介です。


「幸せは、たゆまぬ努力でつかみ取る。
私、どこか間違ってます?
十六歳で両親を亡くしたりつ子は持ち前の闘争心で境遇に逆らい、猛烈な努力で自らの夢を次々実現してきた。
東大合格、名家の御曹司との結婚、双子誕生。
それでもなお嫁ぎ先で見下される彼女は、次なる目標を子どもたちの教育に定めた。わが子の超難関校合格を夢見てひとり暴走しはじめた彼女を待つ皮肉な運命とは―。
努力と幸福を信じて猛進する女の悲喜劇を描く長篇」



両親が16歳の時に列車事故で亡くなり、父方の名門家の祖母に育てられ、持ち前の美貌と努力で東大合格、名家の御曹司と結婚した主人公。


努力の末の結果はすべて計画通りと思いきや…婚家先の姑や小姑に見下され、生まれた双子の一人が突然死という思わぬ不幸に見舞われます。


残った双子の片割れである娘に自身の失地挽回とばかりに無体な夢を押し付け、絵に描いたような毒母となっていく様子がこれでもかと描かれています。


母親というものは多かれ少なかれわが子に夢を託す生き物ではありますが、それにしても主人公・りつ子の娘・星良に対する押しつけがあまりにも怖すぎる。


星良を自分の意のままに操り、意に反すれば追い詰めてゆく、娘は親の作品と言い切るりつ子。


物語の終盤にはそんなりつ子への星良の逆襲・・・復讐劇が展開。


考えさせられる内容でした。

興味ある方はどうぞ。

昨日の続き・・・

結婚式が行われた軽井沢高原教会は東京ドームひとつ分ほどもある自然に囲まれた軽井沢星野リゾートのなかにある教会の一つ。


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挙式が夕方から行われたので挙式後二人が外に出ると道の両側には枝が朱に色づいたサンゴミズキや桂の樹樹がライトアップされてとても幻想的でした。

黄色に染まった桂の葉はハート型をしているのでライトアップされて地面にハート形の影が浮かんで結婚式に相応しい雰囲気を醸し出していました。

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宿は広大な野鳥の森の谷あいに建ち並ぶ離れ家。

星野リゾートは全国展開しているようですが、宿泊は初めて。


軽井沢が星野の発祥の地だとスタッフの方から伺いました。



朝、散歩をしているとあちこちから鳥のさえずりが聞こえてきましたが、悲しいかな、姿が見えても鳥の名前がわからず・・・格好の短歌日和なのに詠むこともできず(ーー;)

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「こんなときTさんがいてくれたらなあ」と思わず呟いたら、共に歩いていた夫が「すんません」と当意即妙の返事。

Tさんというのは地元の歌会の先輩で鳥博士といわれている男性。

どんな鳥の生態についての質問にもたちどころに答えてくださる心強い方です。


というわけで折角の風光明媚花鳥風月も歌に生かすことができず・・・


ひとえに私の知識の貧しさによるもの・・・夫のせいでは決してありません。






さて今回は穂村弘氏ほか著『話しベタですが…』のご紹介です。 


「人前で話すとお腹が痛くなる、話している途中で論点がどこかへ、単に声が小さい……
誰もが悩む「話す」という行為。
読み進めるうちに明るい兆しが見えそうな、古今の作家たちによる32篇」







【もくじ】
1.はじめまして、のハードル

他人に声をかける……穂村弘
差別される人間……町田康
近所のバーへ繰り出す……中川学
話下手の私……高浜虚子
タメ口コミュニケーション……辛酸なめ子
ガール・シヤイ挿話……牧野信一
大きなかしの木……小川未明
たばこと神様……片桐はいり
ロンドンからの電話……高倉健

2.会話はキャッチボール…?

気づかいのある人とは……安西水丸
井戸端会議……星野博美
お喋り競争……坂口安吾
246号……川上弘美
なぜ「全部愛してる」ではダメなのだろうか?……高橋秀実
ピンで語ろう……槇村さとる
僕の孤独癖について……萩原朔太郎
人前で話す……山口瞳
私はインタビューが苦手かもしれない……堀井和子
九月十月十一月……太宰治
わからないぐらいがちょうどいい……最果タヒ
言葉の力……池田晶子

3.喋るばかりが能じゃない

無口なほうですか?……村上春樹
言葉はできなくも 鼻はみごとにきく例……開高健
失敗もわるくない……温又柔
働く肉体が生み出す言葉……塩野米松
動物を“仲間"と感じる瞬間……小林朋道
寡黙と饒舌……浅田次郎
アタマはスローな方がいい!? ……竹内久美子
美しい声とは……三宮麻由子
無言の言葉……白洲正子
沈黙の世界……武者小路実篤
渾沌……森鴎外


暮らしの文藝シリーズ。

「話す」ことについてのエッセイアンソロジー。

近代文豪から現代作家まで多彩な著名人による32編。


いや~おもしろかった(^.^)


井戸端会議でのくだらない雑談ならいくらでもしゃべれるのですが・・・

いざ衆目の中で改まって話をするとなると、とたんに言葉に詰まる・・・あかんたれの私。


まさかこのような著名人も自分と同じような苦手意識があったなんて!


言葉が不鮮明で吃ったりするので座中の人々の興味をひかないばかりか不愉快な感じを与えるのでなるべく喋らないという高浜虚子


他人に声をかけるのが苦手なのに比して妻の絶妙なコミュニケーション能力に脱帽する穂村弘


母親に「お前のとりえは寡黙なこと」と言われ、5分間の沈黙で家族に心配されるという浅田次郎

理由がわからないのに自分という存在そのものがどうやら差別の対象となっているようだという町田康


黙っていろと言われたら、いつまででも黙っていられるし、それはちっとも苦痛ではないという村上春樹


親しみを込めたタメ口が苦手の敬語脳という辛酸なめ子


タバコを話のきっかけに利用してコミュニケーションをとる方法を編み出した片桐はいり
この人の文章のうまさに感嘆。


最後に言葉の力を語る池田昌子

「本当の自分とは、本当の言葉を語る自分でしかない。
本当の言葉においてこそ人は自分と一致する。
言葉は道具なんかではない。
言葉は自分そのものなのだ・・・
言葉を大事にするということが、自分を大事にするということなのだ。
自分の語る一言一句が、自分の人格を、自分の人生を、確実に創っているのだと、自覚しながら語ることだ。
そのようにして、生きることだ」


さまざまな社会問題に対応して持論を展開するコメンテーターというのがテレビをつければ見られる昨今、仕事柄自分の意見を披露することに長けた人々と思いますが、それぞれに個性的で案外口下手な方もおられて、それはそれで誠実な感じがして好感度が上がったりします。


こうしてみるとあまりにもおしゃべりというのは軽佻浮薄の権化みたいな気もしますが、言葉は発しないと意思疎通は量れない・・・もはや〈男は黙って○○ビール〉というのは死語です。


なるべく上質の言葉の力を磨いて程よい程度で言葉を交換しあうことを心がけたいと思うのでした。

幼少時から名だたる〈ゴンタクレ〉だったわが家の末っ子。


年の離れた姉兄に猫かわいがりされて大きくなりました。


今ではいっぱしの口をきく社会人となって・・・結婚しました。


天衣無縫というか、したい放題で周囲に迷惑をかけては謝ってばかりだったことを知っている友人たちはこぞってあの○○ちゃんマンが!!と驚くことしきり。


叱られ慣れしているせいか打たれ強い、へこたれない男となって・・・。


そんな○○ちゃんマンにも心から愛する人ができたらいいな~とずっと願っていましたが、やっと願いが叶って先日、軽井沢の高原教会で無事に挙式しました。


ゴンタクレにはもったいないようなすてきなかわいいお嫁さん。


山も谷も二人で協力して乗り越えてほしい、と母は強く願っています。


祝福のライスシャワーを浴びているふたりを照らす満天の星

教会で一心同体を誓い合う十一月十一日はピーナッツの日








本日は成田名璃子著『ハレのヒ食堂の朝ごはん』の簡単なレビューを。


「吉祥寺。
公園の池のほとりにある「ハレのヒ食堂」は、朝ごはんの専門店。
しゃきしゃき朝採れ野菜のサラダ、じゅわっとジューシーな焼き魚……。
店主の晴子が作る料理はどれも抜群に美味しいのに、この店がいまいち流行らないのには理由があって――。
そんななか、晴子と出会い店を手伝うことになった深幸。
ワケあり同士、ふたりの女性が切り盛りする小さな食堂が奮闘の末に、かけがえのない一日をはじめる元気が湧いてくる、特別な朝ごはんにたどり着くまでの物語」


ライトノベル作家。


未読の作家さんでしたが、どうやら先駆けて出版された『東京すみっこごはん』シリーズが評判を呼んで、本書の刊行へとなったそう。


会社も派遣先もコンビニのレジも首になり住む家もなくホームレス寸前だった深幸が、公園の片隅で営業する朝ご飯だけの食堂の店主・晴子と出会い、住み込みで雇ってもらうことになったところから物語がスタート。


まさにライトなファンタジー。


消してしまいたいほどの過去に捉われて、人付き合いが苦手になっていた2人がお互いを受け入れて知恵を出し合い、生きる道を切り開いていくという筋立て。


小川糸氏の『食堂かたつむり』を彷彿とさせる物語ではありますが、肝心の料理の描写が思いつきばったりで工夫がないな、と感じられました。


ドラマでも実際の生活でも食べ物のシーンは人間関係の結びつきの核になるほど大切なもの。



食べる人をいっときでも幸せにする心を込めた料理。


「ハレのヒ食堂」というステキなネーミングにちょっぴり負けた内容・・・だったかな?

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月一で無料会場を借りておしゃべりしながら各々勝手に絵を描くという会に参加しています。


実際にはそれぞれの師の下、長年油彩画を学んでいる人たちがほとんど。


友人に誘われて気が進まないまま水彩画を習って3年の私はメンバーの中でいちばんの初心者。


各々モチーフを持ち寄って勝手にデッサンしたり、彩色したり・・・。


ざっくばらんに言うと絵はおまけの井戸端会議風。


TVや新聞、スマホを中心の時の話題で盛り上がることしきり。



井戸端会議を侮ることなかれ。


何が話題にのぼったのか忘れてしまうほどの雑多な内容の中に、キラリと光る生活の知恵がたくさん含まれていて現実にすぐ役に立つのです。


人間関係のいなし方、老いへの向かい方、夫との接し方、今日の献立、病院の選び方・・・。



月一の5時間だけでは足りず、先日は忘年会と称して某和食の店にておしゃべりの続きを。

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さて本日は柚月裕子氏著『検事の本懐』 をご紹介します。 

「12万部突破の法廷ミステリー『最後の証人』著者、最新作! 
出所したばかりの累犯者が起こした窃盗事件の真実を抉る「罪を押す」
県警上層部に渦巻く嫉妬が、連続放火事件の真相を歪める「樹を見る」
同級生を襲った現役警官による卑劣な恐喝事件に、真っ向から対峙する「恩を返す」
東京地検特捜部を舞台に、法と信義の狭間でもがく「拳を握る」
横領弁護士の汚名をきてまで、約束を守り抜いて死んだ男の真情を描く「本懐を知る」。
検事・佐方貞人の姿を描く、『このミス』大賞作家による、骨太の人間ドラマと巧緻なミステリー的興趣が、見事に融合した極上の連作集」


初出は2011年「別冊宝島」にて書き下ろし。


第25回山本周五郎賞候補&第15回大藪春彦賞受賞作。


本書は佐方貞人を主人公とするシリーズの第二弾。


時系列では・・・

『最後の証人』 → 『検事の本懐』 → 『検事の死命』 となっています。


ブログでは第三弾『検事の死命』をアップしていますので読んでいただけたらと思います。  


順番が逆になりましたが、第二弾の本書は5つの小品からなる連作短篇集。


「樹を見る」 「罪を押す」 「恩を返す」 「拳を握る」 「本懐を知る」



主人公は若き気鋭の検事・佐方貞人ですが、それぞれの物語の中には脇役として登場するものもあります。


身なりを構わないボサボサ頭の佐方。


しかしどんな場合も佐方なしでは物語が成り立たないほど持ち前の正義感がいぶし銀のごとく光を放っています。


けっして金ではなくあくまでもいぶし銀。



広島の地方都市出身という設定ですが、方言もリアリティがあり・・・過日読んだ『孤狼の血』でも見事な広島弁を披露していたので、著者の経歴に目を通すと岩手県ということにびっくり。


後日談ですが、著者専属の編集者が広島県庄原市出身ということで納得。



本書に収録された5話はどれも秀作ですが、特に「罪を押す」 と「本懐を知る」がすばらしい。



無口で決して見栄えしない外見からは想像できないほど強い信念の下、犯罪に立ち向かう佐方検事。


「罪をおかすのは人間、法より人間を見なければいけない」


そんな佐方ですが、ヘビースモーカーという設定が少し気になります。


今から約8年前の作品ということで、その頃は今のように喫煙者に厳しくなかったのか・・・余談ですが佐方には禁煙してほしい・・・。


それに加えて小爪を拾うようですが、折角の感動作「本懐を知る」で佐方の父がある事件に関与した罪で実刑判決を受け刑に服するシーン。


懲役二年と書かれていたり禁固刑二年と書かれていたり表記がバラバラ。


法制に関しては素人でも「懲役」と「禁固刑」とでは内容が違うのはわかるので、ここは出版社の校閲係にしっかり目を通してほしかった箇所でした。

没後50年、先月まで東京都美術館で開催されていた藤田嗣治展。

絵を観ることが好きな私は近かったら行きたかった^^;


大阪、京都くらいまでだと同じ趣味の仲間たちと気楽に出かけます。


昨日も当地の新見美術館まで行ってきたところ。

「佐藤美術館所蔵 花と緑の日本画展」
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1990年、大阪の鶴見緑地で開催された「国際 花と緑の博覧会」いわゆる「花博」において「花と緑の日本画展」に出品された現代日本画の秀作に、岡山を代表する日本画家・森山知己の作品を加えた40点が展示されていました。

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生と死は繋がれてゆく道の辺の落ち葉のうへに落ち葉重なり

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東山魁夷、片岡球子、小倉遊亀、加山又造、堀文子ら40作家、40点。」

どれも一度は観たことのある作品がほとんど。


お目当ての片岡珠子のは青富士と花。

「面構え」があるかなと思いましたが、富士山の一点のみ。


さて藤田嗣治に戻して・・・

藤田嗣治は第二次世界大戦中に「作戦記録画」を描いていたことでも有名です。


戦意発揚のために政府からの委嘱で戦争画に手を染めた画家は藤田だけではなく、小磯良平、宮本三郎らも入りますが、そのうち藤田が最も多くの戦争画を描いたといわれています。


そのため戦後は大きな非難を浴び、逃げるようにフランスに帰って帰化したといわれている藤田。


戦争賛美のプロパガンダ芸術は日本に限定されることだけではなく世界中にありますが戦後、戦争責任を糾弾する風潮が大勢を占め、それに呼応するように作品自体の評価も下降するという傾向で現在に至っています。



本日ご紹介する作品は、戦時中戦争賛美の絵を描いて一躍有名になった画家の戦後の心の葛藤を描いたもの。


カズオ・イシグロ氏著&飛田茂雄氏訳『浮世の画家』 


「戦時中、日本精神を鼓舞する作風で名をなした画家の小野。
多くの弟子に囲まれ、大いに尊敬を集める地位にあったが、終戦を迎えたとたん周囲の目は冷たくなった。
弟子や義理の息子からはそしりを受け、末娘の縁談は進まない。
小野は引退し、屋敷に篭りがちに。
自分の画業のせいなのか…。
老画家は過去を回想しながら、みずからが貫いてきた信念と新しい価値観のはざまに揺れる―ウィットブレッド賞に輝く著者の出世作」



「壮大な感情の力を持った小説を通し、世界と結びついているという、我々の幻想的感覚に隠された深淵を暴いた」として昨年ノーベル賞を受賞されたイシグロ氏。

このブログでも何度かご紹介していますがもう一度・・・

1954年長崎生まれ
1960年家族と共に渡英、以降日本とイギリスのふたつの文化を背景にして育つ
1982年『遠い山なみの光』で王立文学協会賞 
1986年『浮世の画家』でウィットブレッド賞
1989年『日の名残り』でブッカー賞
1995年『充たされざる者』
2000年『わたしたちが孤児だったころ』
2005年『わたしを離さないで』 
 

『日の名残り』と『わたしを離さないで』の二作が私の中で忘れられない作品として定着して久しく、ノーベル賞受賞もとても嬉しいことでした。


本書は舞台となっている場所は違いますが、ブッカー賞受賞作『日の名残り」と同じく、老境にある主人公の回顧の物語という点において類似しています。


先の大戦画終結してから数年経った頃の日本。


時の政府の依頼で戦意を高揚するような作品を描いて、評判も高く弟子たち周囲に崇められていた著名な画家・小野益次の独白で終始された作品。


終戦を境に急激に変わる価値観に戸惑う主人公が次女の結婚不成立という事象を通して過去の自分の経歴に責任を感じるところからがんじがらめの苦悩が始まります。



主人公のみならず、私の尊敬する吉村昭を皮切りに多くの作家は軍国少年であることを余儀なくされていた戦時中から急転、時代の趨勢に翻弄されてきたと思います。



私が結婚したときは既に他界していた義父も戦時中の日記には過渡期の苦悩が記されていました。



「喪失感」を描いて妙という評価を受けている著者ですが、真摯に生きてきた過程において喪失したものが大きければ大きいほど、その空虚な器を少しずつでも満たす何かを見つけるという作業はとてつもなく難しくなるのではないでしょうか。


喪失した過去の栄光に対する未練と悔いが日々の生活に入り込み行きつ戻りつする主人公。


肥大した自意識といえばそれまでですが、時代に翻弄された主人公の哀れさが胸を打ちます。


「価値観が違う」という文言は日常でもよく使われますが、戦争という激動の一時期を挟んで一変する価値観の違いはそんじょそこらの違いでは片付けられないと思うとき、この現代に取り残されたような浮世の画家の孤独をしみじみと感じてしまうのでした。

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