VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2019年03月

当地もやっと桜の開花宣言。


年年歳歳日本国中こぞってさくら狂乱というような騒がしさです・・・私もそのひとり。


桜を詠った短歌の中から覚えているものをいくつか・・・。


桜ばないのちいっぱいに咲くからに生命をかけてわが眺めたり 
岡本かの子

ほれぼれと桜吹雪の中をゆくさみしき修羅の一人となりて 
岡野弘彦

桜の花ちりぢりにしもわかれ行く遠きひとりと君もなりなむ 
釈超空

さくらばな幾春かけて老いゆかん身に水流の音ひびくなり 
馬場あき子

さくらさくらさくら咲き初め咲き終わりなにもなかったような公園 
俵万智

インスタの桜が騒ぐ幾つもの「いいね」の中に君を見つけて 
俵万智

葉桜を愛でゆく母がほんのりと少女を生きるひとときがある 
笹井宏之




いままで数え切れないほど有名歌人がすばらしいさくらの歌を詠んでいらっしゃるので、一般の私たちはなかなか手が出ないというのが現状、ほんとは手も足も出ないところですけど、勇気を出して毎年いくつか詠んでいます。

そのうちから少し・・・

冬ならば春待つこころ待つことの一生(ひとよ)と思ふさくらはなびら

春の宵おぼろ月夜の公園に桜と夫とわれと蝙蝠

カレンダー一枚剥がせば春爛漫 中島千波の枝垂れる桜

みどり児の爪は小さなさくら貝あるいはさくらの花のひとひら

川の辺の桜はなびら散りてなほこだはりひとつ放せずにゐる

年ごとに色を失ふ老樹かな千年桜は夜目にも白し


今年も懲りずに・・・

この世の些事しばし忘れてほろほろとさくら熱(いき)れにまみれて歩く





さて今回は森浩美氏著『小さな理由』のレビューを少し。 


「離婚した妻が引き取り、もう15年も会っていない娘から突然連絡があった。
それは結婚の報告のためで、披露宴に呼べないことを涙ながらに告げるが……「いちばん新しい思い出」など、8編の心打つ家族模様。
大好評、森浩美の家族シリーズ第三弾、待望の文庫化!」


著者の家族シリーズを読み始めてどのくらいになるでしょう。


有名作詞家である著者が短篇を手がけはじめて直後から・・・


このブログをなぞってみたら、もう既に7冊アップ!@@!


何冊目かの『こちらの事情』のあとがきで著者は次のように記していらっしゃいました。


「どの物語にも最後には”光”を残した。
”救い”と言い換えてもいい。
無論、それで主人公の抱える問題すべてが解決した訳ではない…
僕は甘いと言われようとも、やはり救いはあってほしいと思う」


このシリーズはスタート時から、どこの家庭でも日常的に起こり得るような些細な出来事を切り取ってハートウォーミングなラストに持っていくという手法は今に至るまでずっと一貫しています。


1篇が程よい短さなので、心身ともに疲れたベッドでの慰めにももってこいの読み物。


読後感は極めていいのですが、後の記憶にほとんど定着しない、というか、直後からどんな内容だったか思い出せないものがほとんど。


これは私だけかしら??



ということで少しでも記憶が定着するように何篇かピックアップしておくことにしましょう。


◆離婚して15年会っていなかった娘との再会。

突然の結婚の報告と新しい父の存在のため式には来てもらえないことを告げる娘が主人公に向かって心のうちを綴った手紙を読んで15年の空白を埋める様子を綴った「いちばん新しい思い出」


◆母の親戚の家のやっかいものとして育った父のいない主人公に訪れた一夜限りの奇跡を描いた「夜の鯉のぼり」


◆普段は田舎でそりが合わない長男夫婦と暮らしている母親が突然上京、次男である主人公一家のところに来たことで小さな波紋が広がる様子を描いた「手のひらが覚えてる」


◆一家の主の突然の死によって残された妻である主人公と娘と息子。
小4の息子の突然の家出によって動揺する主人公が家出の目的を知って涙が止まらなくなる様子を描いた「黒たまご」


8篇ともうんざりするような平凡な日々の繰り返しこそ大切なものだということを気づかせてくれるに余りある物語です。


読み終わった直後は胸に温かいものが流れることまちがいなしの8篇・・・すぐ忘れるのは私の個人的な海馬の衰えかもしれません。

播磨灘から大阪湾にかけて春を告げるイカナゴ漁が解禁になってちょうど1ヶ月。

この25日に終了してしまいました。


2双曳漁で日の出から正午にかけて多くの船が出漁する瀬戸内海の風物詩となっています。


3年連続不漁ということで今年も高値でしたが、昨年より少し安価かな。

購入は今年2度目。

1k1800円で購入。


長く住んでいた神戸では毎年春になるとどの家庭でも炊いていました。



播磨灘だけではなくイカナゴは全国的に獲れる魚。


呼び名もさまざま・・・稚魚は西日本では「シンコ(新子)」、東日本で「コウナゴ(小女子)」といわれ、成長したものは北海道で「オオナゴ(大女子)」、東北で「メロウド(女郎人)」、西日本では「フルセ (古背)」、「カマスゴ(加末須古)」、「カナギ(金釘)」などと呼ばれているそう。


我が家では「シンコ」「イカナゴ」という名で呼んでいます。


関東に住んでいたときには稚魚は見かけなかったので炊きませんでしたが、当地に帰ってからは魚屋さんに出るので神戸の続きで毎年炊いています。


今日もさっそく炊いて・・・夕食に間に合いました。
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ついでに買ったハタハタを処理して5%の塩水に20分ほどつけたのをベランダで2時間ほど干して・・・これも夕食用。

ほどよく脂がのっていてとてもおいしかったです。




さて今回は湊かなえ氏著『高校入試』のご紹介です。 

「県内有数の進学校・橘第一高校の入試前日。
新任教師・春山杏子は教室の黒板に「入試をぶっつぶす!」と書かれた貼り紙を見つける。
そして迎えた入試当日。
最終科目の英語の時間に、持ち込み禁止だったはずの携帯電話が教室に鳴り響く。さらに、ネットの掲示板には教師しか知り得ない情報が次々と書き込まれ…。
誰が何の目的で入試を邪魔しようとしているのか?
振り回される学校側と、思惑を抱えた受験生たち。
やがて、すべてを企てた衝撃の犯人が明らかになる―」


本書は元はドラマのシナリオとして執筆したものを小説に起こしたものだというのを後で知って納得。


読みはじめから得体の知れない違和感があり、とても読みにくいなと感じながらどうにか読了したからです。


小さな章ごとに携帯メールのような文章が先導するかたちになっているのですが、誰のメッセージかも理解できず、それが混乱のもととなって何が何だかわかりにくい。


テレビのドラマなら煩雑に視点がかわっても全体の流れが掴めそうですが、本書のように小説としたとき、目まぐるしくかわる視点に読者が置き去りにされる感が拭えませんでした。


登場人物の明確性も薄く、相関関係も掴めないまま、読み進むという難行。


事件としての動機も最後に明かされますが、はて?さて?という感じ。


パンチの効いた湊氏特有のイヤミスワールドも中途半端な作品でした。

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光の射さない穴蔵であると同時に闇を照らす灯台でもあるという、ほかに類のない場所
イギリスの作家・ヘンリー・ヒッチングズが「本屋」について言及した文章です。

人生の相談所・避難所であり、若者が背伸びする場所であり、はぐれ者を惹きつける場所、情熱を見つける場所であり、「薬局」の役目もすれば「イデオロギーの火薬庫」にもなる

と続きます。


まったくもって、、言い得て妙!

私の人生は本によってかなり潤っています。


私も夫も本好きで寝る前の読書は欠かしたことがありませんが、それぞれの分野はまったく相容れず、一冊の本を取り合ったことは思い返しても半世紀ともに過ごしていますが、まったくなし。


若い頃はともかく、気楽なエンタメに走っている私の読書を常々軽んじている夫ですが、なかなかどうして、あなたこそと私は言いたい。


世界中のスパイ小説を読破しても私のこころが読めない夫

夫の本箱に積みあがっている世界中のスパイ小説が雪崩を起しそうですけど。



この拙い読書ブログにも今まで多くの人々が立ち止まってくださっていますが、ずっと以前そんなおひとりからある本について私が書いた感想は正しくない、というようなご指摘をいただいたことがあります。


さまざまな方のご指摘はとてもありがたく受け留めて自分をふり返るための礎にしていますが、「正しくない」という言葉には違和感を覚えて反応してしまいました。


感想というのは十人十色であるのが当然で、みんな同じであるはずがありません。


ある部分は共感できてもある部分には異論がある、というのが当たり前中の当たり前。


すべてが同じなんてあり得ない・・・そんなことを思い出したのは今日のレビューのタイトルに触発されたから。


まったく異なる意味での「あり得ない」ですけど・・・ね。





柚月裕子氏著『合理的にあり得ない 上水流涼子の解明』



「「殺し」と「傷害」以外、引き受けます。
美貌の元弁護士が、あり得ない依頼に知略をめぐらす鮮烈ミステリー!
不祥事で弁護士資格を剥奪された上水流涼子は、IQ140 の貴山をアシスタントに、探偵エージェントを運営。
「未来が見える」という人物に経営判断を委ねる二代目社長、賭け将棋で必勝を期すヤクザ……。
明晰な頭脳と美貌を武器に、怪人物がらみの「あり得ない」依頼を解決に導くのだが――。
美貌の元弁護士が、知略をめぐらす鮮烈ミステリー! 『孤狼の血』、『慈雨』(日本推理作家協会賞受賞)、
『慈雨』(本の雑誌が選ぶ2016年度ベスト10・第1位)の著者、最新作!!」


確率的にあり得ない
合理的にあり得ない
戦術的にあり得ない
心情的にあり得ない
心理的にあり得ない

「あり得ない」という思い込みにつけ入るさまざまな犯罪。

または「あり得ない」と思われる依頼。


これらの5つの「あり得ない」ことを解決していく元弁護士・上水流亮子と助手の貴山という訳ありコンビが活躍する5篇の連作短篇集。


ある事件で嵌められて有罪判決を受け弁護士資格を剥奪された上水流亮子と、知らずにその事件に加担した東大卒IQ140の貴山がタッグを組んで上水流エージェンシーという探偵事務所を開業。


依頼人は公にできない揉め事を抱えた人たち。


5篇それぞれで成敗するのは霊媒師、詐欺師、賭け将棋の仕掛け人、上水流亮子を嵌めた首謀者、野球賭博に加担した男。


柚月氏の他作品に見られる深みのある人物描写は本書ではほとんど見られず、そのかわりといっては語弊があるかもしれませんが、奇抜かつ精巧なトリックに特化するという技法が目を惹きます。


分野を問わず、将棋の世界や野球賭博の掛率のからくりなどの精緻さがすごい。


よくここまで調べたなぁと感服してしまうほど。


5篇の解決への道筋はIQ140の貴山の鋭い頭脳にものを言わせた戦略で展開するため、この美貌の元弁護士は必要?と思うほど、貴山の活躍が際立っていてヒロインの存在価値に薄さを感じた作品でした。


シリーズ化と映像化の予感がします。

先日amazonの大きな箱になにやら小さな箱が入れられて届きました。


amazonから商品を依頼したことのある人はご存知と思いますが、いいかげんにしていると依頼人の名前が印字されていないことが多く・・・


以前、身内を亡くされた知人に慰めになればとamazonから本を送ったところ、受け取った知人は身に覚えのないものとして怪しんだということがあったので以来注意を払っています。


今回も依頼主の名前がなく、かといって依頼した覚えもありません。


もしかして・・・と思い、写メを心当たりのlineに送ったところ次男から返信がありました。


お嫁さんのサオリちゃんとやったら面白かったので、と。



早速夕食後に夫と対戦。


陣地取りが得意な自称6段囲碁三昧の夫が難なく勝つと思いきや・・・



なんと私の三連勝(^.^)





さて本日は俵万智氏著『牧水の恋』のレビューを。 

「2018年没後90年を迎えた歌人・若山牧水。
その短歌は教科書にも取り上げられ、ひろく愛誦されている。

白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ
けふもまたこころの鉦をうち鳴しうち鳴しつつあくがれて行く
幾山河越えさりゆかば寂しさのはてなむ国ぞけふも旅ゆく

これらの名歌が生まれた背景には、小枝子という女性との痛切な恋があった。
早稲田大学の学生だった牧水が若き日をささげた恋人には、秘密があった。
彼女は実はすでに人妻で、郷里に二人の子どもまでいたのである。
恋の絶頂から疑惑、別れまでの秀歌を、高校時代から牧水の短歌に共感し、影響を受けてきた人気歌人が味わいつくす、スリリングな評伝文学。
第29回宮日出版文化賞特別大賞受賞作」


若山牧水といえば知る人ぞ知る・・・人間や自然への溢れる想いを歌い、日本の短歌史に偉大な足跡を残した国民的歌人・・・ついでに大酒のみ。


その名前を冠した若山牧水賞は1996年から始まり、昨年第23回目で穂村弘氏『水中翼船炎上中』が受賞されています。


歴代名だたる歌人の方々が受賞されている重みのある賞、ちなみに本書の著者・俵万智氏も『プーさんの鼻』で2006年第11回若山牧水賞を受賞されています。


ちなみに牧水の関連施設は2つて・・・故郷・宮崎県日向市にある「若山牧水記念文学館」と晩年の8年を過ごした静岡県沼津市にある「若山牧水記念館」。


日向市の「若山牧水記念文学館」の館長は歌人・伊藤一彦氏、津市の「若山牧水記念館」の現在の館長は牧水のお孫さんの榎本篁子氏。


どちらも機会あれば行ってみたいところ。



「恋は、いつ始まるのだろうか」という書き出しではじまる本書・・・すでに〈恋〉満載の予感がします。


本書は若山牧水と園田小枝子の出会いから恋の絶頂期を経て別れまでを描いた評伝。



すでにさまざまな評伝が世に出ているのに加え、旅や恋愛、酒すべてを歌に詠み続けた牧水ゆえに有名な存在として園田小枝子という名を知っている人は多いと思います。


その恋愛の絶頂期には「山を見よ山に日は照る海を見よ海に日は照るいざ唇を君」と歌った若き牧水の恋は次第に行き詰っていく様子が牧水の歌とともになぞられていて、ひとつの恋のはじまりとおわりに特化した設定の巧みさはさすが著者ならではと感服。


君がいふ恋のこころとわがおもふ恋のさかひの一すぢの河

こよひまた死ぬべきわれかぬれ髪のかげなる眸(まみ)の満干る海に

恋といふうるはしき名にみづからを欺くことにややつかれ来ぬ


早稲田の学生だった牧水21歳の出会いから5年にわたる狂おしい恋模様とその結末までの道すじに時折著者自身の恋の歌を取り混ぜて寄り添わせているところ、読者の興味を喚起する技が巧みです。



それにしても純粋な青年・牧水をして運命の女性となった小夜子の美しい女性ならではのずるさが見え隠れしてなんとも歯がゆい。

わが妻はつひにうるはし夏たてば白き衣きてやや痩せてけり

妻とも詠み信じきっていた愛しい人が実は人妻で2人の子持ち・・・なんともかんとも・・・現代なら裁判沙汰・・・週刊誌情報番組でどれだけ暴かれるか・・・。


誰でも知っている牧水の名歌といえば・・・

白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり

白鳥(しらとり)は哀しからずや海の青そらのあをにも染まずただよふ



一連の愛恋の歌を読むと、この2首を通してイメージしていた牧水とはかなりかけ離れていて、恋に狂う生身の牧水が描かれていて興味を喚起します。


青年期、とはいえ43歳という若さで世を去った牧水の青年期を貴志子と結婚するまでとすると、何と直情型かと思ってしまう・・・そして思ったことをすべて歌にしてしまう・・・ほとんど含みのない状態で。


それらの歌々にからめて著者ご自身の無意識に影響を受けた恋の歌々を並べているところ、かなり大胆な評伝といえるのではないでしょうか。


キーワードの「恋」を核として繰り広げられる著者と牧水の歌の比較分析も類を見ない評伝としてはおもしろいと思いますが、著者の文章は現代っ子と見紛うような軟質な感じを受けました。


はっきりいうとかなりくだけています。

それだけに読みやすいともいえるかもしれません。

日々媒体を通してさまざまなニュースに触れていると、なんだか心身が蝕まれてしまいそうになることもしばしば。


ハートウォーミングなニュースもありますが、こころを打ち砕くようなニュースがあまりに多くてニュース疲れしてしまいます。


今朝も朝食時テレビをつけると・・・


某タレントの浮気の謝罪文が読み上げられていて・・・あまりにも各方面の謝罪が多くて・・・「はて、どの?」という感じ。


こういうニュースは夫のもっとも嫌い、というか無関心なものなのですぐチャンネルを変えてしまって詳しくはわかりませんでしたが・・・。


そんな夫と心を合わせることができるのはお笑いと犬猫のyoutube。


どの犬や猫もなんともかわいらしくてついつい夢中になって観てしまいます。


ここのところ次男の愛犬コハルのフォトや動画にご無沙汰しているのでその埋め合わせのようにいくつかお気に入りにいれている見ず知らずの犬の動画を観たり・・・。

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きみはなぜ犬に生れてきたのかとまなざしのみの小春に問へり

ということで今日は犬にまつわる物語。




ポール・オースター氏著&柴田元幸氏訳『ティンブクトゥ』 


「ミスター・ボーンズは犬だ。
だが彼は知っていた。
主人のウィリーの命が長くないことを。
彼と別れてしまえば自分は独りぼっちになることを。
世界からウィリーを引き算したら、なにが残るというのだろう?
放浪の詩人を飼い主に持つ犬の視点から描かれる思い出の日々、捜し物の旅、新たな出会い、別れ。
詩人の言う「ティンブクトゥ」とは何なのか?
名手が紡ぐ、犬と飼い主の最高の物語」


久しぶりのポール・オースター。


これも次男の本棚から拝借した作品。



死期近きご主人である自称・吟遊詩人のウィリーとともにボルチモアの街なかを日がな一日歩く飼い犬のミスター・ボーンズ。


コリーとラブラドール、スパニエルのごった混ぜの犬。


道行く人が避けて通るような惨めで薄汚れた一人と一匹。



本書はこのミスター・ボーンズの視点で人間社会を描くことに終始しています。


物語の前半は飼い主ウィリーの惨めな人生がいろんな挿話を挟んで語られています。


聖夜に天啓によってファザー・クリスマスを名乗るようになって以来、膨大な詩を紡ぎ、放浪詩人として身過ぎをしているウィリーの傍らにはいつもミスター・ボーンズが寄り添っています。


不治の病に冒されて死を覚悟したウィリーは、今までの人生で唯一彼を認めてくれた高校時代の恩師に自作の詩の原稿を預かってもらい、あわよくば愛犬のミスター・ボーンズの新しい飼い主になってもらう、という心もとない望みをもってボルティモアを彷徨いますが、恩師の家に着く前に力尽きてしまいます。



ついにひとりぼっちになったミスター・ボーンズ。


「独りぼっちの犬なんて、死んだ犬とさして変わらない」


ミスター・ボーンズのつぶやきが胸に迫ります。


傍から見れば毀れた飼い主のウィリーにたいする絶対的な愛情を露にするミスター・ボーンズ。


新しく居心地のいい飼い主とねぐらを見つけるも、その飼い主はウィリーではない、ウィリーにたいする忠誠はミスター・ボーンズをしてせっかくの安住の地をも去らせてしまいます。


果ては夢の中でウィリーと交わした「ティンブクトゥ」でウィリーと再び共に過ごせることを信じて彷徨するミスター・ボーンズ。


タイトルの「ティンブクトゥ」とは西アフリカのマリ共和国にある都市。


貿易の中継都市として栄え、黄金郷と呼ばれていた桃源郷。



どうぞふたりが無事に「ティンブクトゥ」で出会えますように!


ただひたすらに元の飼い主を求めるミスター・ボーンズが愛しく切ない。


犬や猫はその飼い主がどんな性情や状況であろうと掛け値なしに信頼してくれ、その飼い主が嬉しいことが純粋に嬉しいと思う飾りにない純な心を持った生き物。


そこに強く惹きつけられます。


限りない欲望を持った人間に比べ、なんと彼らの欲求は慎ましいことでしょう。


食事と排泄と散歩と飼い主の愛情だけ。



「ティンブクトゥ」という桃源郷である来世でウィリーとともに過ごすことだけを求めるミスター・ボーンズの思いに胸が締めつけられた作品でした。

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細々と続けている水彩画。


熱心から程遠い生徒ですが、講師のお人柄がよくて何とか続けているというのが現状。



他の生徒さんたちはみんな熱心・・・私に比べれば。



先日は人物画だったのでそれぞれ好みのアングルにイーゼルをたててデッサンしました。


ラフに描いてバランスを講師に見てもらい、その後細かいところに焦点を絞ることを繰り返して2時間、彩色まで手が届かず、色塗りは帰ってからしました。



10分ポーズをとっては5分休みを繰り返すのですが、講師のママ友である素人のモデルさんにとっては大変だったろうなと想像します。


これは一週目に横顔のアングルで仕上げたもの。



二週目には対面で全体像をスケッチしていますが、まだ彩色していません。



下の絵は余暇に描いた14歳アスカの絵。



次男の結婚式の後のホテルのロビーで撮った写真から。


どちらも苦手な背景をいい加減に塗りつぶしただけの手慰み・・・笑ってください。





さて今回は感動作ということでしずかなブームを呼んでいるという作品。


小杉健治氏著『父からの手紙』 



「家族を捨て、阿久津伸吉は失踪した。
しかし、残された子供、麻美子と伸吾の元には、誕生日ごとに父からの手紙が届いた。
十年が経ち、結婚を控えた麻美子を不幸が襲う。
婚約者が死体で発見され、弟が容疑者として逮捕されたのだ。
姉弟の直面した危機に、隠された父の驚くべき真実が明かされてゆく。
完璧なミステリー仕立ての中に、人と人との強い絆を描く感動作」


氏の作品を調べてみると 『父と子の旅路』 『絆』を十年以上前にアップしていました。


『父と子の旅路』のレビューでも記していましたが、家族&事件を盛り込んで、父の子に対する深い愛情を描いた感動的なヒューマンサスペンスという小杉作品のテーマは本書でも健在です。


本書では2人の主人公・阿久津麻美子と秋山圭一の異なった2つのストーリーが交互に展開するため、中盤までは相互関係がまったくわからず興味を喚起するのに苦労しました。


ただ「涙なくしては読めない」というキャッチコピーに引っ張られて読んでいましたが、2人のそれぞれの経緯からお互いの接点までの過程が息切れしそうなくらい長い・・・。


やっと2人の現在が交差したかと思うや、ラストがこれまた短くて、著者が大急ぎで仕舞った感が強い作品でした。


が、しかしラストで不覚にも泣いてしまいました。

単純な私。


泣きはしましたが、阿久津麻美子の父の取った行動には納得できない・・・

これがその時点での最良の選択だったのか、という疑問・・・


家族に定かな理由も述べず、失踪という形で家族の前から姿を消した父、加えてその行動を美化するような毎年の手紙、一見美談と見紛うような行動が果たして残された家族のためになったのか。


こういった本筋の違和感だけでなく、ストーリー展開の途上で起こった殺人事件も必然性があるように思えず。


もう一人の主人公・秋山圭一が人生を犠牲にしてまで犯した殺人の必然性も釈然としない・・・なんだかストーリー自体が現実性が希薄だったところが残念でした。

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