VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2019年07月

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夫は寒がり

私は暑がり

体感温度がここまでというほど差があるのでなかなか折り合いのつけられない夏と冬。


いままさに激突の夏に突入。


寝室を同じくしているので困ってしまう。



ここに引っ越してベッドの位置を決めるとき、私の主張はなぜだか受け入れられず風通しのよい窓側が夫のベッドとなった6年前。



どうしても窓側にしたい何かが夫にあったのか・・・。

その横に入り口もあるので、出入りしやすいと思ったのか・・・。


よくわからないけど、窓の真上にあるエアコンの冷気の角度まで指摘して奥側のベッドが私に最適という。


結局風の通らない奥が私のベッド位置となりました。



世の中は強く主張するもの勝ち・・・結婚以来のわが家の図式も同じ。



まあいいやとついついのみ込んでしまう私を事なかれ主義と周りは言うけど・・・私は何でも平和におさめたい。



折衷案として最近ちょくちょく別の部屋に避難しています。







さて今回は寺田寅彦氏著『天災と日本人 寺田寅彦随筆選』のご紹介を少し。 


「地震列島日本に暮らす我々はいかに自然と向き合うべきか――。
災害に対する備えの大切さ、科学と政治の役割、日本人の自然観など、いまなお多くの示唆を与える寺田寅彦の名随筆を編んだ傑作選。
解説/編・山折哲雄」


私の中の寺田寅彦氏といえば・・・


熊本の第五高等学校生だったとき、英語教師として赴任した夏目漱石と出会い俳句を中心とする文学の師と仰ぎ、その後東京帝国大学生となって上京してからは漱石主宰の俳句結社の同人で、漱石の自宅で開かれていた「木曜会」の主力取り巻きメンバーの一人として生涯漱石を慕った門下生。


『吾輩は猫である』の水島寒月や『三四郎』の野々宮宗八のモデルともなった人として認識。


しかし・・・本職は著名な地震学者。


本書はそんな著者の本職からの真摯なアプローチ。


9篇からなる随筆ですが、どれも自然災害に関するもの。


関東大震災や室戸台風の甚大な被害を受けたのちの昭和8年から昭和10年にかけて発表されたもののようです。


随筆の腕もすばらしい。


その鋭い考察は、地震列島に生きる私たちへ、今なお新鮮な衝撃を与え続けている。日本固有の自然風土と科学技術のあり方を問う「日本人の自然観」、災害に対する備えの大切さを説く「天災と国防」、科学を政治の血肉にしなければ日本の発展はないと訴える「政治と科学」ほか、日本人への深い提言が詰まった傑作選



長い時を経て日本列島に築かれた文明の本質を自然科学と人文学の両面から明らかにした名著です。


「文明が発展すると過去の災害被害を忘れてしまう」

「自然は過去の習慣に忠実である。
地震や津波は新思想の流行等には一切構わず、頑固に、執念深くやってくるのである」

「科学の法則とは畢竟『自然の覚え書き』である。
自然ほど伝統に忠実なものはないのである」


当時でさえ江戸時代の地震の記憶を忘れ、海沿いに家を建ててしまったために甚大な被害を出した明治三陸地震を初め、関東大震災、昭和三陸地震を通してよりよい防災のあり方を指摘している本書。



文明が進むほど天災による被害は拡大する傾向があるということを踏まえて日ごろから備えをしっかりしなければならないと説く著者がもし福島第一原発での惨状を目にしていたらどのように思ったか・・・


人間の愚かさにきっと怒りを通り越して呆れておられることでしょう。



地形的にも日本は地震や火山の噴火、台風などの抗いようのない天災が周期的に起こることを前提として生きていかなくてはならないということを本書を通してあらためて思います。


「天災は忘れた頃にやってくる」


驚くほど現在の日本の現状にフィットする名著です。

一読を。


日曜日、投票に行ってきました。

その後総務省の発表によると、戦後二番目に低い投票率だったそうです。

50%に満たない投票率(ーー;)


グラフを見てみると、60代の投票率がいちばん高く、若年層全体としてはいずれの選挙でも他の年代と比べて低い水準だという。


労働力調査によると2018年現在で正規従業員はおよそ3500万人、非正規従業員は2120万人だそうです。


短歌の世界でも非正規を憂いて詠い続けて自死された萩原慎一郎さんのような存在もあり、そういった不本意な環境におられる若者たちは今の日本の現状をどのように思っているのだろうか。



低い投票率を通してそんなことを考えてしまいました。





本日は桂望実氏著『嫌な女』をご紹介します。 


「初対面の相手でも、たちまちするりとその懐に入ってしまう。
小谷夏子は男をその気にさせる天才だ。
彼女との未来を夢見た男は、いつの間にか自らお金を出してしまうのだ。
そんな生来の詐欺師を遠縁に持つ弁護士・石田徹子は、夏子がトラブルを起こすたび、解決に引っぱり出されるのだが…。
対照的な二人の女性の人生を鮮やかに描き出し、豊かな感動をよぶ傑作長編」


初めての作家さん。


古本屋のワゴンに並んでいて安価だったのでつい手に取った作品。


安直な感じのタイトルだったので躊躇しましたが、読み始めると引き寄せられて最後まで一気に読んでしまいました。


タイトルによって相当損をしていると思える作品。



「小説宝石」に連載されているときは「ずっとずっと向日葵」というタイトルだったようですが、これも何だか薄っぺらい感じ。



長編のあちこちに珠玉のような言葉が散りばめられていて、この世を穏やかに生きぬくために大切な心構えのようなものの学びがたくさんあって・・・


思いがけない掘り出しものでした。



あまりドラマを観ないので知りませんでしたが、黒木瞳主演でテレビドラマ化もしたようだし、黒木瞳初監督で映画化もしたようなので、みなさんご存知かもしれませんね。



主人公は遠縁の同年齢の二人の女性―ー弁護士・石田徹子と天性の詐欺師と紛う小谷夏子。



物語の冒頭の24歳から71歳までの40年以上という長い歳月の出来事が弁護士・石田徹子の目を通して語られるという設定。



一方の小谷夏子はその中で一度も現実には姿を現さず、徹子や周辺の関係者の話を通して見事な実像を浮かび上がらせているというもの。



巧みな構成についつい惹き込まれてしまう。


ところどころに散りばめられた人生訓。


「丸ごと受け止めておしまいなさい。
気に入らないことも、哀しいことも。
そうすれば、きっと生き易くなるわよ」


これは生真面目だった主人公・徹子に向けられた法律事務所の事務員みゆきの言葉。



これは弁護士・徹子の言葉。

「随分たくさんの人に会ってきましたけど、自分の人生のすべてに満足している方に、出会ったことがありません。
夏子さんが言うように、皆さん、思い通りにいかない人生を過ごしているんじゃないでしょうか。
ふと、こんなところで、なにしてるんだろうと、感じてしまう経験をもつ人も多いようです。
それでも、生きるんですよ。
寿命がくるまでは。
自分だけではなく、多かれ少なかれ、皆が抱えている感情だと思えば、少し気が楽になりませんか?」




このように主人公だけでなく脇を固めている登場人物たちの描き方も奥行きがあってすばらしい。


本書は生き方の対照的な2人の女性の一代記としても読めるし、時代と共に変化する詐欺のあり方、そして高齢者の人生の終い方、一生ついて回る孤独というものへの対処の仕方、友情、夫婦関係のあり方など、数え切れないほどの人生訓を内包していて考えさせられる一冊になりました。


ぜひどうぞ!

さびしがり屋で甘えん坊のコハルのために次男夫婦がついに妹分を飼ってあげたらしい。


その妹にしなだれかかっているコハルの動画が送られてきました。

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次男夫婦は日中は仕事でずっといないので、これでコハルもさびしくないかな。



何気なく通りかかったペットショップで生まれたてのコハルに会って試しに抱っこさせてもらったら腕の中で寝たという。

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当時独り暮らしの多忙サラリーマンだった次男は飼うことのハードルの高さを頭の隅に追いやって、あまりのかわいさについつい飼ってしまったという。


3度の離乳食が必要だった赤ちゃんコハルのために日中会社を抜け出して家に帰り食べさせてまた会社に戻ることを繰り返していたというのは後で聞いた話。


会社がある丸の内からアパートのある茗荷谷まで。



コハル会いたさのあまりアパートを訪れたら、所狭しと育児書ならぬ犬関連の本が積み上げられていました。



その後次男は伴侶も得て、宿替えもして・・・。



かくしてこの春コハルは無事に4歳になったのでした。



いまはお嫁ちゃんのサオリちゃんにいちばん懐いているようで、しかも妹まで来て・・・コハル、よかったね! とジジババは喜んでいます。





さて今回は石井遊佳氏著『百年泥』です。 

「私はチェンナイ生活三か月半にして、百年に一度の洪水に遭遇した。
橋の下に逆巻く川の流れの泥から百年の記憶が蘇る! 
かつて綴られなかった手紙、眺められなかった風景、聴かれなかった歌。
話されなかったことば、濡れなかった雨、ふれられなかった唇が、百年泥だ。
流れゆくのは――あったかもしれない人生、群れみだれる人びと……」


158回芥川賞受賞作。


「洪水の泥から百年の記憶が蘇る。
大阪生まれインド発、けったいな荒唐無稽 ――
魔術的でリアルな新文学」


日本で多重債務のため首が回らなくなり返済のため南インドのチェンナイまで流れ来てIT企業社員に日本語教育をすることになった女性の視点で語られた物語。


日本とインドとの文化の違いやインドの因習などがユーモラスなひとり語りで進められています。


赴任してほどなく100年に一度の洪水が襲い、アダイヤール川が氾濫して川底に沈んでいた百年分の泥が流出して、その泥の中から出てきたさまざまなものを通して自分が選ばなかった人生や果たせなかった夢、幼いころの母子の関係などをひきよせて物語を膨らませる技巧は好む好まないに関わらずすぐれた才能だと感服。



底知れぬ文明の底から抽出したこの世とあの世の入り混じったような混沌での著者のひとり語りはたわ言というにはあまりにも宗教的なものを孕んでいるようで、以前読んだ遠藤周作氏の『深い河』を思い出していました。


「私たちの人生は、…不特定多数の人生の貼りあわせ継ぎ合わせ、万障繰り合わせのうえにかろうじてなりたつもの」


不思議な読後感をもたらしてくれた作品でした。

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輪廻転生を信じている友がふたり。


そのうちのKさんは長い間二人三脚で仲睦まじく歩んでいた歯科医のご主人を亡くして4年。


孤独で切ない日々を経て少しずつ日常が戻ってきたというKさん。


Kさんがあの世に行った暁にはご主人に会えるの?と聞く私に「会うことはできないの」とKさん。

それは寂しいね~と私。


私はといえば死んだら土に還るだけだと思っています。



つい先ごろ輪廻転生を信じているもうひとりの友Sさんと話していたときのこと。


「Kさんは死んでも愛するご主人とは会えないんだって」という私に、Sさんは即座に「もちろん会えないわよ」という。


この世で慈しみあった夫婦は来世ではもう会うことはないという。


なぜなら修行は終わっているから・・・と。


仲が思わしくなかった夫婦は来世でももう一度修行が必要ということで夫婦になる可能性があるという・・・。


ピタゴラスのころからある輪廻転生の思想、さまざまな宗教の核になっているのは知っていますが、イマイチ入り込めない。



「おばさんは来世でも人間になるけどおじさんは豚だと思う・・・」

そういえば、以前、チベット仏教に傾倒している夫の甥が私に向ってさも喜ばしいことを告げるかのように断言した言葉を思い出します。


でも・・・もしも・・・来世があるとしてももう人間にはなりたくない・・・悲しみや苦しみの継続した感情を持ちたくない・・・できたら心ある動物愛好家に飼われる犬か猫になりたい・・・路傍の石でもいいけど・・・と今の時点では思っています。






宮部みゆき氏著『地下鉄の雨』 


「麻子は同じ職場で働いていた男と婚約をした。
しかし挙式二週間前に突如破談になった。
麻子は会社を辞め、ウエイトレスとして再び勤めはじめた。
その店に「あの女」がやって来た…。
この表題作「地下街の雨」はじめ「決して見えない」「ムクロバラ」「さよなら、キリハラさん」など七つの短篇。
どの作品も都会の片隅で夢を信じて生きる人たちを描く、愛と幻想のストーリー」


久しぶりの宮部作品。

7篇の短篇集です。

ホラーテイストの作品群。

ちょっと苦手な分野かな。


1994年が初版ということで内容的に少し古色然とした感じは否めないものの7篇ともそれぞれに独立したテーマを扱った力作です。


ある出来事が起こってもそれぞれ受け取り方によってはその出来事自体がまったくちがったもののように変貌してしまうという恐怖を内包したような作品が多々。


まったくもって心模様というものは恐ろしさを含んでいます。


ある事象に関してそれに関わりがあった人々の言動を追っていくうち、その言葉は徐々に徐々に変容して、結果的に収拾がつかなくなったり、はたまた人々の視点が多ければ多いほど、その事象に各角度から光が当たり、思わぬ真実が浮かび上がってくるなど・・・私たちの日常にも思い当たるふしがあるのではないでしょうか。


そんな小さな心理の綾のようなものを掬い取る技が秀逸。


一作ごとの終結なので細切れ時間にでもどうぞ。

洗濯を干すのにも気を遣う空模様。


漢方医によると湿邪体質といわれているので湿度は私にとって大敵・・・のせいか体が重い^^;


おまけに持病の治療薬を服用していて免疫を抑えているのでリンパ球がかなり低くてウイルスやカビや細菌にはめっぽう弱い・・・らしいのですが、そんなこと気にしていたら息苦しいので気にせず過ごしています。


処方箋を持ちてゆかんか明日へとわたしを繋ぐ〈虹いろ薬局〉



今日の夕ごはん・・・久しぶりに写真を撮ったので。

なすの揚げ浸し、もやしのナムル、焼アスパラの甘だれ、キーマカレー、野菜スープ 
キーマカレーだけ写真忘れました。


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さて今日は角田光代氏著『さがしもの』です。


「『その本を見つけてくれなけりゃ、死ぬに死ねないよ』
病床のおばあちゃんに頼まれた一冊を求め奔走した少女の日を描く「さがしもの」。
初めて売った古本と思わぬ再会を果たす「旅する本」。
持ち主不明の詩集に挟まれた別れの言葉「手紙」など九つの本の物語。
無限に広がる書物の宇宙で偶然出会ったことばの魔法はあなたの人生も動かし始める。
『この本が、世界に存在することに』改題」


先日古本市場でゲットした本のひとつ。


久しぶりの角田光代氏。


本にまつわる9篇の短篇が収録されています。


「おなかが空いたってまずしくたって人は本を必要とする」

「本は開きさえすれば、即座に読み手の手を取って別世界へと連れていってくれる」


〈テレビ〉というものが〈読書〉より大きな位置を占めているように思える昨今、上記の文言はその通りと断言できなくなりましたが、私にとっては言い得て妙という感じ。


本書の著者も幼いころから本のない世界を想像できないほど本に耽溺していたようです。


自分が古本屋に売った一冊の本と二度までも外国の見知らぬ地で再会する第一話をはじめとし、本を挟んで恋人との間の違和感を埋められず別れに発展したり、開くだけでどこへでも連れてってくれるものなんか、本しかないだろう」というミツザワ書店のおばあちゃんの話、そして「さがしもの」に出てくるおばあちゃんの「悪い出来事が起きるよりも、悪いことが起きるのではないかと思う考えの方が怖い。出来事より考えが怖い。だから悪い方へ考えないようにしよう。目先のことを一つずつ片付けながら」というセリフなど、どの短篇も本好きには共感満載の、または人生の深遠を静かに語りかけているような含蓄のある内容になっています。


人生においていろんな経験と共にさまざまな記憶が脳にインプットされていますが、喜びの記憶だけでなく悲しみの記憶だってまったく持たないより持っている方が人生を豊かにするという・・・生きていて受取るものにいらないものなんてないんだな~と思いながら・・・読了。

映画『新聞記者』を観ました。

中日新聞東京本社の社会部記者・望月衣塑子氏の著書『新聞記者』を原案とした映画。


望月氏といえば菅官房長官の記者会見においてさまざまな質問を執拗にした上政府にとって不適切質問をしたとして菅氏との間に軋轢を生じさせたことで一躍クローズアップされた女性記者。


主演は松坂桃季とシム・ウンギョン。a2a92e36.jpg


内閣官房VS女性記者。


韓国の女優さんということで言葉は大丈夫なのか、などと観る前は少し違和感を抱いていましたが、なかなかどうして日本の有名な女優さんより賢明なチョイスだったと思いました。

映画.comから借用

ちょっとセリフがスムーズではないところがあって日本の大手新聞記者としてはどうかなという違和感は残りましたが、化粧などの邪魔な装飾がなく素のままの真摯さが表れていてとても好感が持てました。


松坂桃季がすばらしかった。


外務省から内閣情報調査室へ出向している若手官僚の内なる正義と自分の立ち位置とのせめぎあいを全身で演じていました。


加計学園の問題、伊藤詩織さんレイプ事件揉み消しなど、権力者の友達であれば、犯罪行為も不問に付されるという、今の日本で実際に起きていることを下敷きにした物語。


国のためというよりひとりの指導者のためにわれわれ国民に向って世論操作や火消しすることに躍起になっている官僚のなかにいて正義をかざす者は自滅するように仕向けていく・・・巨大な権力の下ではどんなに足掻いても理不尽がまかり通るというのはいままで見過ぎるほど見てきましたが、この映画のラストもそんな切ない締めくくりに描かれています。


主役の二人が道路を挟んで向き合うラスト。


魂を抜かれたような松坂が声なき「ごめん」という口の動きを受けてシム・ウンギョンが叫ぼうとするラストで突然幕が下ります。


絵空事でない現実を突きつけられたような幕切れでした。



ただこの映画の核となる加計学園を模した大学新設計画に関する極秘情報問題ですが、その内容は加計学園問題をはるかに超えていて荒唐無稽とはいえないもののテーマとしては現実としてはどうかなというもの。


総理のお友達の学校が戦略特区の対象として特別に認可する便宜が図られたという事実がこの映画の中の計画と比べるとちょっとしたお遊びと思えるほど霞んでしまうのではないかという危惧を抱いてしまいました。



興味ある方はぜひ観ていただければと思います。







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さて今日は内館牧子氏著『すぐ死ぬんだから』を少し。 

「終活なんて一切しない。
それより今を楽しまなきゃ。
78歳の忍ハナは、60代まではまったく身の回りをかまわなかった。
だがある日、実年齢より上に見られて目が覚める。
「人は中身よりまず外見を磨かねば」と。
仲のいい夫と経営してきた酒屋は息子夫婦に譲っているが、問題は息子の嫁である。自分に手をかけず、貧乏くさくて人前に出せたものではない。
それだけが不満の幸せな老後だ。
ところが夫が倒れたことから、思いがけない裏を知ることになる―。
人生100年時代の新「終活」小説!」


年を取れば、誰だって退化する。鈍くなる。緩くなる。くどくなる。愚痴になる。淋しがる。同情を引きたがる。ケチになる。どうせ「すぐ死ぬんだから」となる。そのくせ「好奇心が強く生涯現役だ」と言いたがる・・・孫自慢、病気自慢、元気自慢。これが世の爺サン、婆サンの現実だ。
この現実を少しでも遠ざける気合と努力が、いい年の取り方につながる。間違いない。そう思っている私は、今年七十八歳になった。
六十代に入ったら、男も女も絶対に実年齢に見られてはならない。

こんな書き出しで始まる本書。


主人公の忍ハナ78歳。


夫・岩造とともに切り盛りしてきた小さな酒店を長男の重男に譲り悠々自適のマンション暮らし・・・という設定。


上述のような気合で日々を生きているハナ。


田辺聖子氏の「姥」シリーズの主人公・歌子を髣髴とさせるような・・・違うのは経済状態・・・かな?


スーパーやディスカウント店などの出現によって閉店を余儀なくされる店が後を絶たないという小売店である家業を夫婦で力を合わせてどうにか細々ながら続けていたという設定・・・なのにリタイア後の岩造ハナ夫婦の生活状況の優雅さにまず違和感を覚えました。


そのうえ外見がファッション誌のクルーの目を惹くほど美しいのに物言いが露骨できつい・・・江戸っ子という設定だからなのでしょうか。


それからそれから・・・岩造の死後突然あらわになったこと。


詳しく書きませんがこの設定に無理があるような。


著者の意図でわざとおもしろくした?というような。


ということで突っ込みどころ満載の作品でした。

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