VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2019年08月

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月に
2回地元の歌会に参加しています。

 

 

先生を含め14名という少人数。

 


前半は明治以降の歌人の歌の鑑賞、後半はそれぞれの歌友の提出歌を鑑賞、先生に添削を受けるという形式。

 

 

 

当地は「龍」という結社所属の方が大半でしたが、昨年代表の小見山輝氏が逝去されたのを機に「龍」を離れる人が続出。

 

 

先生もそれを機に「龍」を離れ、新たに「樹林」を立ち上げられました。

 

 


私自身は何かとしばりのある結社に所属するという選択肢はなく、ふらりとこのグループに入れていただいて、何の不便もなく勝手気ままに詠んでいたつもりでしたが、ここにきて自動的に「樹林」所属となりました。

 

 


先生の力強い指導の下、あれよという間に
31名の集団になった「樹林」、顔を合わせたことのないメンバーも参加されて結社の様式に近づいてきました。

 

 


というわけで年
3度の刊行となった歌誌「樹林」。

 

 


今日はそこに執筆した原稿を貼らせていただいてレビューの代わりとします。

 

 

 


31535946[1]宮崎望子氏著『おばさんの茂吉論』 

 

 

 

正直に言うと私はこの偉大な歌人・斎藤茂吉の歌を一握りほどしか知らない。 

 


また、自らを「おばさん」と称されている作者であるが、小高賢によって編纂された『現代歌人
百四十人』のなかのおひとりだという。 

 


このような歌人の、しかも茂吉論の鑑賞ということで緊張したが、
歌に不案内ではあるものの、以前ご子息たちの書かれた『楡家の人びと』や『茂吉の体臭』を読んだこともあり、先頃は梯久美子の『世紀のラブレター』で茂吉のふさ子への恋文のあまりの純な臆面のなさに赤面したばかりである。

 


ならば茂吉の私生活への単純な興味を軸に読んでみようと心を決めたのである。 

 

 


本書は「梁」に八年にわたって掲載された十七編のエッセイを一冊にまとめたものである。

 

 

「八年というのは、神様のようにいかめしい存在だった茂吉が、次第に、一見気むずかしいけれど根はやさしい伯父さんか何ぞのように思われてくる歳月だった」

 


あとがきではこのように簡素に記されているが、作者の八年をかけた茂吉への精緻なアプローチにはただただ感服するばかりであった。

 


十七冊の歌集、一万八千首近くの歌、克明な日記などの膨大な資料に加えて有名歌人らの茂吉論などにひたすら対う格闘の日々であったのは想像に難くないが、そういった重さをもひょいと跨いだようなウィットに富んだ文体にすっかり惹き込まれてしまった。

 

 


最終歌集『つきかげ』から逆順で読み進めた作者が「おばさん」を名乗った責任を以って鋭意探ったという『白桃』が私個人としても最も興味を惹かれる編であった。

 

 

輝子のスキャンダルが報じられてからの日記には茂吉の深い懊悩が綴られているという。

 


作者はその頃の歌を数首挙げ、熱愛の相手であったふさ子と比べようもない妻・輝子への茂吉の深い執着を指摘されている。

 


荷風を彷彿とさせる記録者としての茂吉なればこその日記と歌の摺り合わせである。

 

 


最後に私の中で特に異彩を放っている茂吉の一首を挙げてみたい。

 

とほき世のかりようびんがのわたくし児田螺はぬるきみづ恋ひにけり

 


この歌を目にしたとき、想像上の鳥である
迦陵頻伽と田螺を結びつける茂吉の途方もない発想の大胆さに驚いたものである。

 


田の底からいきなり天空まで飛躍してしまう茂吉はチョー翔んでいる人だ、とは作者の言。

 



このような軽妙な表現をするところも作者の文章に惹かれる所以である。

 

 

本書を通して歌人・茂吉の並外れた大きさには感嘆するばかりであったが、作者の人となりに魅せられた私はお住まいの霧島連峰の麓でユーモア溢れる四方山話に耳を傾けてみたいと夢想しているのである。

IMG_3700一昨日は夫の誕生日。

お互いの誕生日には朝から夜寝るまで相手の喜ぶことをするというのが夫がリタイアしてからの我が家の掟。

「おはよう」のあと朝食後、以前からヘッドホンで練習していた夫へのプレゼント曲を電子ピアノで弾きましたが、夫が横に立っているだけで1000hPaくらいの圧力を感じてボロボロな演奏・・・演奏というよりただの指押しという表現が似つかわしいような(ーー;)


もちろん誉め言葉はなく・・・

 

そのあと外出の予定あり・・・奉仕はしばらくお休み・・・ほっ。


 

夕食は数日前から予約しておいたお肉の専門店。      

 

ステーキ大好きですが、ほんの少しのグラムでいい夫。

 

100gの鹿児島黒毛和牛のサーロインの溶岩焼。

 

ほんとは80gでもいいくらいなんですけどね。

 

堪能してもらえてよかった!

 

「ありがとう! おいしかった!」


「どういたしまして(私が作ったんじゃないけどね)・・・

これで今年の誕生日の奉仕は終わりね」

 
「いやいや・・・まだ12時まで3時間あるから気を抜かないでな」


 という夫の言葉を無視して早々にベッドルームで読書にこもったのでした。

 

 


51D7nfyOi8L._SL500_[1]さて本日は森沢明夫氏著『たまちゃんのおつかい便』のレビューです。



移動販売で「買い物弱者」に元気を届けたい!!
心にエネルギーが満ちる、癒しの感動長編 
過疎化と高齢化が深刻な田舎町で「買い物弱者」を救うため、学を中退したたまちゃんは、移動販売の「おつかい便」をはじめる。
しかし、悩みやトラブルは尽きない。                              外国人の義母・シャーリーンとのいさかい、救いきれない独居老人、大切な人との別れ……。
それでも、誰かを応援し、誰かに支えられ、にっこり笑顔で進んでいく。
心があったまって、泣ける、お仕事成長小説

 

高齢者ドライバーの悲惨な事故が後を絶たない昨今。



では運転免許証を思い切って手放せばどうなるか・・・

 

子どもたちとの同居という形態が少なくなり、独り住まいの高齢者も少なくない中、電車やバスなど公共の交通網も行き届かない地区にいて、通院や買い物、習い事などという日常にたちまち不便を来たす・・・という懸念が運転を辞めるという英断を鈍らせる要因になっています。

 

恃みのバスも採算が取れない路線は廃止する傾向だし、だいたい足の悪い高齢者はローステップ以外の乗車口から上がることが困難な人も多く、そうなるとつい家に籠もりがちになり、寝たきり終末へまっしくらというステップ。

 

そして高齢者世代はタクシーがウルトラ贅沢だという感覚を持っている方が多い。

 

亡くなった母も足が悪くてもタクシーには乗らなかった人。

 

かくいう私も贅沢だという発想からなかなか抜け切れません。

 

私の住まいは市街地なのでまだいろんな手段がありますが、バスの便の悪い開拓地の団地住まいの友人は車がなくなったらという不安をいつも抱えています。

 

「買い物弱者」

 

この言葉がぴったりの状況がじわじわ広がっているのが現状。

 

中学時代に母を交通事故で亡くし、その後フィリピン人シャーリンと再婚した父を持つ主人公のたまちゃんこと葉山珠美。

 

近くに住む大好きな亡母方の祖母・静子ばあちゃんを通して高齢者の「買い物難民」の窮状を知っておつかい便の起業を思いつきます。

 

大学を中退して故郷に帰り、父やシャーリーン、幼馴染の同級生たちの助けを借りて、保冷車や材料を調達、父の知り合いの移動販売の先輩・古館に弟子入りしてノウハウを学び始めたおつかい便。

 

周りの高齢者たちにも受け入れられて。おつかい便も軌道に乗っていた矢先、静子ばあちゃんが急死します。

 

その知らせに動転し自損事故を起こし、大破してしまった販売車。

 

失意の底にいたたまちゃんに手をさしのべた師匠の古館のはからいのかっこよさには脱帽・・・これぞまさに「陰徳」っていうこと・・・読んでもらえばわかる言葉。

 


人はひとりでは生きていけない

 

支えたり支えられたりしながら生きていく人生。

 

森沢作品にはたいていいい人ばかりが登場しますが、本書でも悪意のある人は皆無。

 

特に静子ばあちゃんや父の人柄がすばらしい、亡くなった母も、そしてシャーリーンも。

 

「人生に『失敗』はない。

あるのは『成功』と『学び』だけ」

 

 

「人生っていうのは、たった一度っきりの命をかけた遊びだから、何でも好きなことやったもんの勝ちだ」

 

 

「人は人に喜ばれたときに一番いい気分になれる。

幸せの極意って、いつもいい気分でいること」

 


人は、人に「ありがとう」と言ってもらえたときにこそ、いちばんピュアな幸福感を味わえる

 

優しさのいっぱい詰まった言葉が散りばめられています。

 

 

V・A・C・A・T・I・O・N 楽しいな♪

 

青羽町の海沿いをコニー・フランシスの〈ヴァケイション〉が流れたらたまちゃんのおつかい便の合図。

 

 

私もたまちゃんから日用品を買って、付属の会話をうんと楽しんでみたい。

 

 

 

「自分に期待、人に感謝」

 

 

この言葉もしっかり受取りたい。

 

 

あとがきによると、三重県の紀北町で「移動販売」を起業し、集落の買い物弱者たちを救っているという東真央さんがモデルだそうです。

 

 

あったかい気持ちになることうけあいです。

 


ぜひどうぞ

IMG_3654残暑厳しい日々。

 

どうにか〈夏を乗りきる〉という言葉を身に染みて感じる昨今です。

 

この猛暑のなか、甲子園球児たちの健闘も終盤を迎えましたね。

 

地球温暖化のせいか、年々暑さ寒さが異常域に近づいている昨今、〈夏の甲子園〉も見直される時代に来ている、という記事が出ていました。

 

命あってのモノダネ・・・というわけでしょう。

 

 

ついでにいうと、熱中症で倒れる人が増加傾向にあるこの日本での来年のオリンピック、都内が救急車出動で右往左往になるという想像が杞憂に終わればいいのですが。

 

 

もうひとつ、真冬のセンター試験を含む受験日程もっどうにかならないか、など無責任な立場から物申したいことが多々あるシニア世代。

 

 

制度を見直す・・・ということの難しさを改めて感じるこの頃です。

 

 

憲法をあの手この手で変えようとしている時の政府、このような制度なら簡単に見直せると思うのですが。

 

 

 

さて繰り返しの再読になりますが八月には必読の書。

 

 

img20070807_1_p[1]大江健三郎氏著『ヒロシマ・ノート』 

 

広島の悲劇は過去のものではない。

一九六三年夏、現地を訪れた著者の見たものは、十数年後のある日突如として死の宣告をうける被爆者たちの“悲惨と威厳”に満ちた姿であり医師たちの献身であった。

著者と広島とのかかわりは深まり、その報告は人々の胸を打つ。

平和の思想の人間的基盤を明らかにし、現代という時代に対決する告発の書」

 

 

原爆投下後13年を経て昭和33年に書かれた本書はこれまで多くの再版を重ね、静かなロングセラーとして読み継がれています。



大江氏が本書を書いたときから時代は大きく移り変わってはいますが、当時広島を訪れた著者の激しい怒りを通して被爆者の苦しみが一直線に胸に突き刺さり、何度読んでも戦争という大罪への新たな怒りが沸々と湧いてきます。



本書に登場する被爆者の大半は行き場のない憤りを胸に抱きながら既に鬼籍に入られた人々であるということはまさに救いようもなく私の心に迫ってきます。

 


私たち読み手にとって本書に登場する被爆者の医療に携わった医師たちの献身は地獄におけるわずかな救いのような神々しさをも感じさせるものです。


反戦を主題にしたものが多い中、本書は大江氏が現地を訪れるたびに、実際に見聞きしたことのみを冷徹な目で見つめて書かれた記録の書です。



拙い私の書評など必要としないほど有名な書であり、みなさんも読まれていると思いますが、もう1度再読してみてはいかがでしょうか。

 

 

  八月の白き陽浴びて永遠の『ヒロシマノート』『ナガサキノート』

 

   黙祷と『ヒロシマ・ノート』の再読を捧げて炎暑の八月を終ふ

 

 

末尾に松井一実広島市長による令和元年の〈平和宣言〉を貼っておきます。

今世界では自国第一主義が台頭し、国家間の排他的、対立的な動きが緊張関係を高め、核兵器廃絶への動きも停滞しています。このような世界情勢を、皆さんはどう受け止めますか。二度の世界大戦を経験した私たちの先輩が、決して戦争を起こさない理想の世界を目指し、国際的な協調体制の構築を誓ったことを、私たちは今一度思い出し、人類の存続に向け、理想の世界を目指す必要があるのではないでしょうか。
特に、次代を担う戦争を知らない若い人にこのことを訴えたい。そして、そのためにも1945年8月6日を体験した被爆者の声を聴いてほしいのです。

当時5歳だった女性は、こんな歌を詠んでいます。
「おかっぱのから流るる血しぶきに 妹きて母はに」
また、「男女の区別さえ出来ない人々が、衣類は焼けただれて裸同然。髪の毛も無く、目玉は飛び出て、唇も耳も引きちぎられたような人、顔面の皮膚も垂れ下がり、全身、血まみれの人、人。」という惨状を18歳で体験した男性は、「絶対にあのようなことを後世の人たちに体験させてはならない。私たちのこの苦痛は、もう私たちだけでよい。」と訴えています。
生き延びたものの心身に深刻な傷を負い続ける被爆者のこうした訴えが皆さんに届いていますか。
「一人の人間の力は小さく弱くても、一人一人が平和を望むことで、戦争を起こそうとする力を食い止めることができると信じています。」という当時15歳だった女性の信条を単なる願いに終わらせてよいのでしょうか。

世界に目を向けると、一人の力は小さくても、多くの人の力が結集すれば願いが実現するという事例がたくさんあります。インドの独立は、その事例の一つであり、独立に貢献したガンジーは辛く厳しい体験を経て、こんな言葉を残しています。
「不寛容はそれ自体が暴力の一形態であり、真の民主的精神の成長を妨げるものです。」
現状に背を向けることなく、平和で持続可能な世界を実現していくためには、私たち一人一人が立場や主張の違いを互いに乗り越え、理想を目指し共に努力するという「寛容」の心を持たなければなりません。
そのためには、未来を担う若い人たちが、原爆や戦争を単なる過去の出来事と捉えず、また、被爆者や平和な世界を目指す人たちの声や努力を自らのものとして、たゆむことなく前進していくことが重要となります。

そして、世界中の為政者は、市民社会が目指す理想に向けて、共に前進しなければなりません。そのためにも被爆地を訪れ、被爆者の声を聴き、平和記念資料館、追悼平和祈念館で犠牲者や遺族一人一人の人生に向き合っていただきたい。
また、かつて核競争が激化し緊張状態が高まった際に、米ソの両核大国の間で「理性」の発露と対話によって、核軍縮にを切った勇気ある先輩がいたということを思い起こしていただきたい。
今、広島市は、約7,800の平和首長会議の加盟都市と一緒に、広く市民社会に「ヒロシマの心」を共有してもらうことにより、核廃絶に向かう為政者の行動を後押しする環境づくりに力を入れています。世界中の為政者には、核不拡散条約第6条に定められている核軍縮の誠実交渉義務を果たすとともに、核兵器のない世界への一里塚となる核兵器禁止条約の発効を求める市民社会の思いに応えていただきたい。

こうした中、日本政府には唯一の戦争被爆国として、核兵器禁止条約への署名・批准を求める被爆者の思いをしっかりと受け止めていただきたい。その上で、日本国憲法の平和主義を体現するためにも、核兵器のない世界の実現に更に一歩踏み込んでリーダーシップを発揮していただきたい。また、平均年齢が82歳を超えた被爆者を始め、心身に悪影響を及ぼす放射線により生活面で様々な苦しみを抱える多くの人々の苦悩に寄り添い、その支援策を充実するとともに、「黒い雨降雨地域」を拡大するよう強く求めます。

本日、被爆74周年の平和記念式典に当たり、原爆犠牲者の御霊に心から哀悼の誠を捧げるとともに、核兵器廃絶とその先にある世界恒久平和の実現に向け、被爆地長崎、そして思いを同じくする世界の人々と共に力を尽くすことを誓います。

中学から高校にかけて友人の家で生れた子ねこをもらって飼っていました。

ふーちゃんという雑種の雄。

外にはまったく出さなくて箱入り息子だったので人慣れができず、お客さんが来るとすぐ押入れに隠れていました。

ペットショップなどもなかった時代。

おしっこシートも猫砂などもなかったので、工事現場などから砂を少し拝借してはトイレを作っていました。

柱という柱は爪とぎでボロボロ、襖も障子も張り替えてもすぐ破られる。

でもかわいくてかわいくて・・・高校3年の冬に死んだときは受験勉強もまったく手につかず、どんな遠いところに旅立っていても迎えにいきたい気持ちでした。

 

その次に飼ったのは柴犬の雄。

子どもたちがまだ小さくて戸建てに住んでいたとき。

本名大王丸、通称だいちゃん。

姉のところで生れた3匹のうちの1匹。

性格が穏やかでおとなしく我慢強い・・・書きながら切なくて泣いてしまうほど。

その頃は外の犬小屋で飼っていて・・・フィラリアに侵されて・・・5歳で死んでしまいました。

私にとってだいちゃんの話題はご法度・・・自分を際限なく責めてしまう。

 

それからは各地を転々、ずっとペット禁止のマンション暮らしが続き、次男の飼った豆柴のメスに触れたのが久方ぶり。

春生れなので小春、穏やかでほとんど吠えることもなく、臆病で甘えん坊なはにかみ屋さんの4歳。

ときどき長距離移動で我が家に連れてきてくれるのが今の楽しみの一つです。

 

 


413-f2P4mKL._SL500_[1]さて本日は原田マハ氏著『一分間だけ』のご紹介です。 


ファッション雑誌編集者の藍は、ある日ゴールデンリトリーバーのリラを飼うことになった。                                               恋人と一緒に育てはじめたものの、仕事が生き甲斐の藍は、日々の忙しさに翻弄され、何を愛し何に愛されているかを次第に見失っていく……。             恋人が去り、残されたリラとの生活に苦痛を感じ始めた頃、リラが癌に侵されてしまう。                                                  愛犬との闘病生活のなかで「本当に大切なもの」に気づきはじめる藍。働く女性と愛犬のリアル・ラブストーリー

図書館で何気なく手に取った本。

こんな内容だったとは・・・切なくて泣いてしまいました。

 

仕事に情熱を注ぐキャリアウーマンの女性編集者

フリーのコピーライター浩介

そしてゴールデンリトリバーのリラ。

 

出版社に勤めるが雑誌の特集で行ったペットショップでたまたま殺処分される寸前のゴールデンレトリバーを引き取るところから物語が始まります。

 

藍とリラの出会いから最期の日までの物語。

 

犬を飼うということ。

 

犬にとって大切な排泄作業を伴う朝晩の散歩は絶対に欠かせない・・・悪天候であろうと飼い主の体調その他にどんな事情があっても・・・

 

仕事での残業や旅行をともなう長時間の留守など、仕事をしながら飼うことのハードルの高さがこれでもかと描かれていて胸が痛くなりました。

 

上を目指す仕事との両立がどんどん難しくなって、どんなにかわいく思っていても「リラさえいなければ」と一瞬思ってしまった藍。

 

残業で帰宅が深夜になった藍を待ちきれず粗相をしてしまったリラに怒りの感情を爆発させてしまった藍に対してもリラは一途な健気さで藍に向っていきます。

 

末期ガンで余命わずかと宣告されたリラを抱いて自分を責めながら途方に暮れる藍。

 

読んではいけない本を読んでしまった・・・後悔先に立たず。

 

リラと小春がダブってしまって切なくてたまらなかった。

 

散歩で共に歩いた道に咲く季節の花々、取るに足りない石ころやセミの抜け殻、雑草の匂い、リラが愛したもの、リラがいなかったら見えなかったもの。

失いかけて初めて気づく存在の重さ。

リラがいたからこそ知ることができた人々の温もり。

どんなに遅く帰ってきても「おかえり」を言うように待っていてくれたリラ。

 

本当に大切なものは失ってはじめて気づく・・・というか薄々は気づいていても現実の苦境が立ちはだかってなかなか素の気持ちになれないときが多々あるのも事実。

 

でもペットというより本当の家族。

 

いったん信じたら信じとおす心、忠誠の心。

 

人間が失ってしまったそれらを持っている犬。

 

安易な気持ちで飼って、そしていらなくなったから捨てる、なんてことを極力なくす啓蒙活動をしている動物愛護団体に敬意を表して今日のレビューを終わります。

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今年も日本にとって特別な月・8月が過ぎようとしています。

核兵器禁止条約が国連で採択されて2年。

唯一の被爆国である日本が不参加だったことはいまもなお受け入れ難い事実として語られています。

そのときの安倍首相の言葉・・・官僚が苦肉の策としてやっとまとめたような文言。 

                                        

「条約が目指す核廃絶というゴールはわが国も共有しているが、わが国の考え方とアプローチを異にしていることから、参加しないという立場に変わりはない・・・                                核保有国と非保有国の橋渡し役として国際社会の取り組みをリードし、2020年のNPT(=核拡散防止条約)の運用検討会議に向けた国際的な機運を高めていきたい」

先ごろはプーチン大統領がINF(=中距離核ミサイル)全廃条約履行を停止し、新型ミサイルの開発を進めるとの表明を受けてトランプ政権がロシアに対しINF全廃条約破棄を正式に通告

 

ますます不穏な状況になっています。

 

世界中のひとりひとり、もちろん国々のトップの方々もきっと平和な世界を望んでいるにちがいないと思うのに。

欲と意地の張り合い・・・けっして子どもたちに見せてはならないような大人同士の醜い交戦の姿。

 

今年も平和祈念式典で広島と長崎が核廃絶以外平和への道はありえない、と政府に批准を促したものの政府の反応はないも等しい状態。



「真摯に」「寄り添う」


これらの言葉が真の意味で国民の心にバトンされるようになりますように。  




私は辛うじて戦争を実体験していない世代ですが、戦争や被爆を実体験として語ることのできる人がどんどん少なくなっています。

「戦争の記憶は忘れ去るもの」ではなく「語り継がなければならないもの」という戦争体験者の方の投稿が昨日の新聞に寄せられていました。

2016年に被爆者の呼び掛けで始まった禁止条約への賛同を求める「ヒバクシャ国際署名」には今年4月現在、世界中から941万5千筆以上が寄せられているそうです

世界中から唯一の被爆国として見つめられている国民として恥じない選択をしなければと思います。

 
51cxM7vzHWL._SL500_[1]さて今回は相場英雄氏著『トップリーグ』です。


命を賭した記者、
永田町激震の特大スクープ!

「命の保証はないぞ」政界の深い闇に斬り込んだ記者の運命は

大和新聞の松岡直樹は、入社15年目にして政治部へ異動になり、官房長官番となった。

そしてまたたく間にトップリーグへ。

一方、松岡と同期入社だった酒井祐治は、現在大手出版社で週刊誌のエース記者として活躍している。

そんな酒井が「都内の埋立地で発見された一億五千万円」の真相を追ううちに、昭和史に残る一大疑獄事件が浮かび上がってきて

 

 

先日観た『新聞記者』をほうふつとさせるような内容。

 

田中角栄首相時代に政界を揺るがせた「ロッキード事件」をモチーフにしたと思える筋書き。

 

主人公は松岡と酒井という2人の記者。

 

共に大手新聞社の同僚記者だった2人。

 

新聞社の経済部から政治部に異動してすぐに官房長官に気に入られ現職の官房長官付となった松岡。

 

あるきっかけで新聞社を辞め週刊誌の記者となった酒井。

 

お台場で見つかった古い金庫から見つかった古い1億5千万円の札束を巡って2人の記者が再び接点を持ちます。

 

政界の裏金疑惑に命を賭して迫る酒井と、官房長官に暗に触るなといい含められる松岡。

 

映画『新聞記者』の原案作者である東京新聞記者・望月衣塑子と官房長官・菅義偉との丁々発止が話題になっていましたが、まさに菅義偉マスコミのコントロールの手法が描写されているよう。

 

タイトルの「トップリーグ」とは永田町の隠語で、与党幹部に食い込んだ一部の記者たちの名称。

 

松岡のトップリーグ入りの経緯もあまりに唐突でそこに違和感が残りましたが、興味深く読了。

 

社会派作家としての階段を一歩ずつ確実に上っている著者の着眼点に感服です。

先日スーパーに行ったらお菓子コーナーにこれIMG_3657

ひとつだけぽつんと置かれていました。

迷わず買って帰って味見・・・七味風味ののしするめのような感じ。

材料は鱈のようです。

ついつい手が出るくせになる味(^.^)

また見つけ次第買い置きしなくちゃ。

 

 

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さて今日は知念実希人氏著『ひとつむぎの手』のレビューを少し。


人として一番大切なものは何か。若き心臓外科医に課された困難を極めるミッション。

医療ミステリーの旗手が挑むヒューマンドラマ」 



著者について・・・


1978年沖縄生まれ

東京慈恵医科大学卒、日本内科学会認定医

2011年『レゾン・デートル』(のちに『誰がための刃』に改題)でばらのまち福山ミステリー文学新人賞受賞

2014年『仮面病棟』

2018年『崩れる脳を抱きしめて』が2018年本屋大賞ノミネート

2019年『ひとつむぎの手』が本屋大賞8位



初読みの作家さん。


主人公は純生会医科大学附属病院の心臓外科医局に入局して9年目の医師・平良祐介。


ここ数年、医局員の減少に悩まされ、少数の医師の肩に膨大な仕事量がのしかかるため、ハードワークに耐え切れずさらに医局員が去るという悪循環に陥っている心臓外科。



一流の心臓外科医になるため苛酷な職場で日夜をがむしゃらに耐え働いてきた主人公に教授から与えられたミッション。

 

それはこのブラックな職場に3名の研修医のうち最低2名を入局させるということ。

 

もし達成できたら見返りとして心臓外科手術が盛んな関連病院への出向、もし2名の入局が叶わなければ心臓手術のない沖縄の病院へ島流しという・・・ほのめかし。

 

一筋縄ではいかない個性豊かな新人類の3名の研修医に振り回される真面目で立ち回りの祐介。そのうち祐介の患者に対峙するときのゆるぎない誠実さに徐々に研修医たちの心が開き、良好な関係が築かれていく過程で、心臓外科のトップで日本有数の執刀医である赤石主任教授の地位を揺るがす怪文書が流れてきて・・・


怪文書の犯人探しというミステリー要素を加えて、物語は予定調和を少し外れて二転三転と展開。


あくまでも医師というものはどうあるべきか、ということを自問自答する力のある主人公・祐介のイメージを崩すことなくラストへ着地。


現実にこんな医師がいたら頼もしいな、と思わせる人物造形。


現役の医師ならではの目線からの作品。


海堂尊や日下部羊、箒木蓬生、南木佳士などとはちがったテイストの、というよりごくごく当たり前の医学界を描いているという印象の作家さん。


「患者のために的確な治療をするのが医者ですから、決して感情的になってはいけないんです。
僕が研修医だったときも、現場で何百人もの死を見ました。
救急外来では、一日に二、三人の心肺停止の方が運ばれてくることもありましたしね。
それだけ実際に死を目にしてきても、小説としての描き方は難しいですね・・・
担当医として、診断からずっと診てきた患者さんの死は特に忘れられないものがあります。
でも、悲しむのは家族の権利。
医師はその悲しみを飲み込むしかないんです。
一日一日を無駄にしてはいけない、と気づかされたのも、研修医時代です。
後悔のないよう、ダラダラ生きてはいけない。
たくさんの死を見たからこそ、そう学ばせていただきました」

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