VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2019年09月

gamazumi
一昨年あたりから「忖度」という言葉がある場所発信で飛び交って・・・

 


三省堂が毎年行っている「今年の新語」で
2017年の新語大賞にもなりましたね。

「忖度」自体は古くからある言葉で、元は「推量」するという意味だったのがいつ頃からか微妙に変わってきたそうです。

広辞苑では「他人の心中をおしはかること」。

一つ前のブログで取り上げた新明解国語辞典では「自分なりに考えて、他人の気持ちをおしはかること」。

顕著にクローズアップされたのは森友学園への国有地売却問題を巡っての籠池氏の日本外国特派員協会での会見だったような。

驚くべき値引き額で国有地を買い取れたことに関して尋ねられた籠池氏の返答。

「(役人が)忖度したということでしょう」

以降”sontaku”という言葉が世界共通語になったような。


振り返ってみるとあれ以来、わたしも日常でときどき使っています・・・ちょっとした意味を含ませて・・・。


我が家は夫への忖度なくしては平和は保たれない・・・夫もそう思っているかもしれないけれど。


「忖度」を「思いやり」という言葉に置き換えたら随分やさしい雰囲気になりますが、似ているようで似ていない両者。


前者には何か抑圧の匂いが漂っていると思うのはわたしだけでしょうか?

さて本日アップする作品も広義では似たような文言に関するもの。

 

 


「空気を読む」もやや「忖度」に近いかもしれませんね。


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鴻上尚史氏
『「空気」を読んでも従わない』 

「個性」が大事というけれど、集団の中であまり目立つと浮いてしまう、他人の視線を気にしながら、本当の自分は抑えつけていかないと……。

この社会はどうしてこんなに息苦しいのだろう。

もっと自分らしく、伸び伸びと生きていきたい!

そんな悩みをかかえるアナタにとっておきのアドバイス。

「空気」を読んでも従わない生き方のすすめ

 


著者について

1958年愛媛県生まれ、早稲田大学卒業、在学中に劇団「第三舞台」を旗揚げ

1994年『スナフキンの手紙』で岸田國士戯曲賞受賞

2010年『グローブ・ジャングル』で読売文学賞戯曲賞受賞


AERAに連載の「鴻上尚史のほがらか人生相談~『世間』を楽に生きる処方箋」
をときどき読んでしっかりした受けとめ方かつ軽妙な筆致でわかりやすく、しかも真摯に回答される氏の実直さを通してにわかファンになったわたしは図書館で中高生対象の本書を見つけてワクワク。

中高生向きに平易に書かれていながら核心を押さえた内容に共感部分満載。



「世間」と「社会」についての考察
がすばらしい。

 


70代なのにいまだ世間慣れしないわたしには学びがたくさん。

 

 

「自分の人生を決めるのは、自分等であって、他の人が評価するかどうかではない」


はい、わかってはいるんですけどね。

 

でも他人の評価も気になる・・・突きつめるとやはりいい人でいたいという自分自身のこだわりから離れられない自分がいる。

 

 

周りの空気に従いたくないときはその空気を変える勇気を持とう。

 


周りを変えられないなら自分自身が変わろう。

 

 

「ムラ」社会で生活してきた日本民族のわたしたちはムラから解放される勇気も持とう。

 

 

 

「たったひとつの世間だけでなく、複数の弱い世間にも属すこと。

いつも一緒にいるグループだけでなく、たまに会う人達との関係も作っておくこと」

 

 

窮屈さや生き辛さ、孤独感、疎外感を感じるときの原因や戦い方などの対処法を細かく噛み砕いて指摘してくれている書。

 

ジュニア新書というので小学校中学年~死ぬまで・・・幅広い年齢層で参考になりそうな良書です。

月に一度気楽に絵を描こうという会に参加しています。

メンバーは7、8人の気の置けない仲間たち。

モチーフは各自で持参して、水彩のひと、油彩のひと、パステルのひと、鉛筆画のひと・・・というふうに。

わたしはもっぱら水彩画。

今は休止状態ですが、3年ほど習っていたので画用紙や水彩道具があるのを利用して。

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おしゃべりしながら描くのか描きながらおしゃべりするのか・・・どちらが主軸かわからない6時間。


今日も機嫌よく遊んできました
(^.^)

 

 

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さて本日は夏石鈴子氏著『新解さんリターンズ』です。 

お待たせしました! 

『新解さんの読み方』第二弾が、書下ろしで登場です。

新解さん(『新明解国語辞典』)の読み方の伝道者・夏石鈴子が、改訂された第6版をさっそく熟読! 

新たにできた運用欄、美味へのこだわりなどに迫りつつ、人間臭い辞書の魅力をくまなく紹介します!




いまだに根強い人気を誇る『
新明解国語辞典』

 


実はわたしも大ファン。

 




その
新解さんの魅力を紐解いた第一弾『新解さんの謎』は著者・赤瀬川原平氏によるものでしたが、陰の功労者として登場していたSM嬢こと鈴木マキコ氏。

 

 

その鈴木マキコ氏によって上梓された第二弾『新解さんの読み方』は新明解国語辞典の第4版→第5版の変化について書かれたもの。

 

 

そして本書の『新解さんリターンズ』は鈴木マキコ氏こと夏石鈴子氏によって書かれた第5版→第6版の変化について。

 

 

かくもここまで、と思うほどに新解さんへの愛があふれた作品となっています。

 

 


5版から6版への変更点・・・消えた言葉や数え方などの変化など。

 

 

7万を超える辞書の中からこれらを拾う作業には舌を巻く思い、よほどの新解さんへの愛がなければできない作業。

 

 


ここまで多くの人々に、しかも長く愛される「
新解さん」の魅力を表現するのは至難の業ですが、奥ゆかしさを捨てた行動力、若干女性には厳しくも、こんな箇所でと思うようなところで大真面目の念押し、笑いを前面に打ち出さずとも大真面目ゆえに笑いを誘う・・・という点でしょうか。

 

 

一言でいえば「攻めの辞書」。

 

 

一般の常識的辞書では極力省くムダを前面に押し出し、果敢に説明、しかもその説明が正統派とは言い難い・・・つまり文科相を含む世間に忖度しない潔さが魅力。

 

 

辞書でありながら人間味あふれる芸術的な文言でわたしたちを魅了してやまない新解さんの隅々を楊枝で探って浮き彫りにしている、そんな作品がこれ!

 

ぜひ。

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わたし自身はアルコールは少量しか受けつけませんが、酒肴を作るのが好き。


 

亡くなった父がお酒呑みだったので毎夜食卓に並べられていた母の作る酒肴を見て育ったせいかもしれません。

 


わたしが父のために初めて作ったひと皿はいまでも覚えています。

 


たしか高校生くらいのとき。

 


「鱧の湯引き梅肉和え」

 


何ともしぶい・・・なんでそんなのを選んだのか・・・今となっては思い出せないけど。

 

 


その後結婚した夫もアルコールを欠かさない人だったのでご飯のお供というよりお酒のお供を作り続けて半世紀。

 

 

女性は餡子などの甘味が好きというのが世間の通例だと思いますが、わたしは若い頃より苦手。

 

 

今は勧められれば一個くらいは食べるようになったけど。

 

 


そういえば兄弟姉妹もみんなおまんじゅうを喜んで食べていた記憶がありません。

 

 

やはり育った環境によるもの??

 

 


甘辛両党だった夫はおまんじゅうなど大好きでしたが、わたしが食べないのでいただいた一箱は夫が休日にひとつ食べる以外ずっとなくならず、ついに処分するはめになるのが常でした。

 

 


その代わり大好きなのはイカの塩辛などのお酒のアテ系。IMG_3780

 

 

いつも常備してお茶のお供につまんでいるのは今も変わらず。

 

 


ということで先日娘から評判のイカの塩辛が送られてきました。

 

 



しばらく幸せな気分が続きそう
(^.^)

 

 

 

 




さて本日はかなり前の大作・・・ずっと以前読みましたが、花オクラさんが貸してくださったのを機に再読したもの。

 

 

ワイルド
ユン・チアン氏著『ワイルド・スワン』

 

15歳で著者の祖母は軍閥将軍の妾になる。

中国全土で軍閥が勢力をぶつけあう1924年のことであった。

続く満州国の成立。

直前に生まれた母は、新しい支配者日本の苛酷な占領政策を体験する。

戦後、夫とともに共産党で昇進する母。

そして中華人民共和国の成立後、反革命鎮圧運動の只中で著者は誕生する。中国で発禁処分となった衝撃的自伝!

 

日清戦争~日露戦争満州国中華人民共和国へと続く20世紀の激動の中国。

 

 

その時代を生きてきた祖母、母、著者三代の壮大な物語。

 

 

息苦しくなるほどの壮絶なノンフィクション。

 

 

人は生れる時代も国も親も選べない。

 

 

ただただ時の流れに翻弄されながら生きていくしかない不条理をこれでもかと突きつけられる作品でした。

 

 

祖母に課せられる纏足シーンからスタート。

 

 

纏足というのは教科書などで知っていましたが、ここまで苛酷とは!

 

 

男の愛玩物として愛でるために足の骨を折って足のサイズを小さくするという。

 

 

女性の地位の低さに驚くというより女性に地位などないに等しい扱いに言葉も見つからない。

 

 


共産主義の理想と現実の大きな裂け目で喘ぐ民衆の叫びのような物語。

 

 

15歳という若さで時の軍閥将軍の妾となった祖母。

 

 

権力者が変わるたびに時代の荒波に翻弄されながらも生き延びた祖母の時代から母の時代へと移り・・・

 

 

時の共産党政権下で著者の父と出会った母。

 

 

忠実な共産党員としての父母にも苦難が次々襲いかかります。

 

 

毛沢東の掲げる理想の思想・・・遂行するための革命のための粛清の数々。

 

 

その悪政の時代の只中にいて狂気も狂気とは思わぬほどに人々は洗脳されていく様子がつぶさに描かれていて身震いするほど。

 

 

つくづく国家というものの下では国民は無力であるということを今更ながら思い知った作品でした。 

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4日前がわたしの誕生日。


少し前の夫の誕生日に関するブログでわが家の誕生日の掟について書きましたが、わたしにとってもついに年に一度のパラダイスがやってきました
(^.^)

夫は今日がその日というのをいつ思い出すだろうかと思いながら朝食の用意をしているとあとから起きてきた夫の「おはよう」という普通の挨拶。


あ、まだ思い出してないなと思いながら、わたしも「おはよう」。


洗顔やトイレを済ませて食卓に着いた夫が、食後のぶどうを持ってきたわたしを見てやっと思い出したよう。

なんか威圧的な顔していたかしら?


「そうだった、そうだった、誕生日おめでとう」

「ありがとう」

というわけで、食後の片付けは夫にバトンタッチ。


朝食の支度をしてしまったわたしは何だかちょっぴり損した気分。

 
昼はそうめん、ラーメン、稲庭あったかうどんのうちから選ぶように言われて、選んだ稲庭あったかうどん・・・充実とは言いがたくてネギがパラパラとあるだけだったけど手作りのお出汁がおいしかった。


Sさん、今日は誕生日だから囲碁はお休みしてね」

「そうはいきません」

ということで労働を免れたとばかりにいそいそと出かけた夫。

 

夕方帰宅した夫は事前に検索していた居酒屋に行こうと提案・・・あくまでも手料理は省くということね・・・まあいいか、わたしも夫のバースデーは外食でごまかしたから。

 

ということでまたたく間にゴクラクの時間は過ぎ去り、特筆すべきは10分ほど肩もみしてくれたこと。

 

「午後の囲碁分の4時間を明日にまわしてもいいでしょうか?」

 

「それは無理です」

こうしてパラダイスの一日はあっという間に過ぎたのでした。

とはいえ感謝感謝!

 

 

418+Usysi2L._SL500_[1]さて本日は角田光代氏著『くまちゃん』のレビューを少し。  

風変わりなくまの絵柄の服に身を包む、芸術家気取りの英之。        

人生最大級の偶然に賭け、憧れのバンドマンに接近したゆりえ。        

舞台女優の夢を捨て、有望画家との結婚を狙う希麻子。           

ぱっとしない毎日が一変しそうな期待に、彼らはさっそく、身近な恋を整理しはじめるが……。
                               ふる/ふられる、でつながる男女の輪に、学生以上・社会人未満の揺れる心を映した共感度抜群の「ふられ」小説

 



七篇の連作短篇集。


一篇の登場人物が次の篇に、その中の登場人物がまた次の篇に・・・というように数珠繋ぎのような巧みさでバトンタッチ、だんだんに時間が経過するというもの。

その七篇ともすべて失恋の話。


中には自分から見限って離れていったヒロインもいて、外見には恋人を振ったかたちにはなっていても彼女の心の中では失恋したという痛手がぬぐい切れずにもやっているという心模様。


全篇を通して感じたこと・・・

今時の若い世代の恋愛ってなんだか荒っぽい感じ。


出逢ってお互いを手探り状態で知り合うという行程がとても短く端折られていて回り道は面倒とばかりにすぐ同棲へといってしまう。


いいのか悪いのかはそれぞれ意見が分かれそうだけど、その分受けた傷も浅くて済むのかもしれないなと思ったり。

それにしてもストーリーテラーという言葉がぴったりの著者。

 

 

2度目の結婚生活を送っていらっしゃる角田氏の過去の経験も大いに反映しているのかもしれないと思えるほどリアリティさが見事。

 

 

特に世の片隅で浮き草のようにふわふわ浮遊している若者を描いて秀逸。

 

 

それぞれの人物設定が見てきたように巧みで各章の登場人物に惹き込まれて読了。

 

 


すぐ忘れてしまいそうな内容だけど、寝る前のナイトキャップがわりにどうぞ。

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ある年のひな祭りの前、お雛様を飾りながら急に浮かんできた
1首を詠んでみたのをきっかけに短歌を始めて1ヶ月ほどたったころのこと。

 

結社の意味もわからず、ただやみくもに作ってもなぁという心もとなさがあったのでネット検索していたらフリーに添削指導をしてくださるという師のHPに行き着きました。

 

超結社という感じの教室には全国から多くの歌友の方々が集っていて和気藹々と師の学びを受けておられるようでした。

超がつく初心者のわたしでも受け入れてくださるだろうか、と恐る恐るメッセージと簡単なプロフィールを送ったところ、快く歌友の端に迎え入れてくださいました。


今から5年ほど前の僥倖。


短歌は一行に連ねて書くということも知らず、新仮名と旧仮名の違いもわからかったわたしに一から約束事や旧仮名を教えてくださり、曲がりなりに旧仮名でたどたどしくも詠めるようになったのはひとえにその師のお陰。

一点集中型のわたしはそれを機に師や他の歌人の歌集や解説書をやみくもに読んで、年齢的に遅い出発の遅れを取り戻そうと必死だった数年。

振り返ると何のために??と自分の意味不明の集中度に苦笑してしまいますが、飽きっぽいわたしが5年間続けてこられていることが不思議な現象でもあります。

師の教室でわたしにとって特に魅力的なのは師のコメント。

某国立大学の工学部の名誉教授でもあられる師の知識の広さが半端なく、わたしだけでなく他の歌友の方々へのコメントもわたしの学びの糧となっています。

さまざまな背景の歌友の方々が集まっている教室。

それぞれの背景を踏まえてあくまでもその心情に添うスタンスをもって接してくださる師の心の許容量の大きさにいつも感動してしまう。

先日もある歌友の方へのコメントが心に沁みました。

以前、師の政情へのコメントをブログにアップする許可をお願いしたとき、快く了解していただいたという経緯がありますが、今回は要約を記しておきます。



「宇宙開闢という奇蹟中の奇蹟と、それ以来の星や地球の生成、生命の誕生など無数のあり得ない奇蹟の累積の上に今のわたしたちの存在がある」というもの。


だから「いのちほど尊いものはありません」と続きます。




こういうコメントを読むとしみじみ今生きていることの奇蹟を感じるのです。

 

518Z-rIdKbL._SL500_[1]さて今回は田辺聖子氏著『楽老抄Ⅱ あめんぼに夕立』のご紹介です。  


老いは、嫌忌・排斥すべきものではなく、それの楽しみ、または楽しみかたを知る機縁になる。                                             老いればこその、人生の楽しみかたもきっとある。                     ただしいことはやめてたのしいことだけ、しようと思う―。

身近な俗事や世間のうわさ、とりとめもなき感慨を昭和党のみんなと酒を酌み交わしながら語り合う至福。

女のおっさん』『怪っ体な若者』『可愛げ等、ユーモアと飄々とした優しさがしみる極上エッセイ集」 








今年の
6月に91歳で旅立たれた著者。

 

 

本書は共棲みだった”カモカのおっちゃん”こと川野純夫氏を見送ったあと、中日新聞に3年間連載していたエッセイを一冊にまとめたもの。

 

 

気心の知れたご近所やら友人らの呑べえたちが夜な夜なおせいさんの居間に集まっては酒盛りしながら世情談義に花を咲かせていて楽しそう・・・参加したいな~と思わせるエッセイのてんこ盛り。

 

何といっても「老い」の捉え方が秀逸。

 

のっけからのけぞってしまう。

 

ある短編集の解説を担当されたわかぎゑふ氏につけられたあだ名が”女のおっさん”。

 


わかぎゑふ氏は中島らも氏亡きあとの
劇団リリパットアーミー座長であられる。



このわかぎ氏も長くけったいな人の代表格であるらも氏と劇団を共にしていて、いうなればけったいな人という印象。

そのわかぎ氏につけられた”女のおっさん”を当のおせいさんは大いに気に入ったという。

 

”女のおっさん”・・・これは、なろうと思って、なれるものではない・・・

人生を長く生き、そこばくの信条を懐抱しなければ”女のおっさん”になれない。

 

それは何か、というと、人間、何のために生きるかということなど、もはや考えたりしない、というもの。

 

〈ただしいこと〉はやめて〈たのしいこと〉だけ、しようと思う。

一字ちがいでえらいちがいだ。

 

嫌いなモノ・ヒトはなるべく避けるが、それを言挙げしない。

 

すれば角が立ち目立つ。

 

腹を立てるのも目立つから避ける

 

 

いまだ自分の存在について懊悩しているわたしはまだ青すぎて”女のおっさん”にはなれそうにないけど、ここ数年のうちに目指そうと思う。

 

本書のタイトルのつけかたも秀逸。

 


〈昭和党〉というあだ名の飲み友達との会話。

 

 

・・・色気があるねん”未亡人”には・・・後家よりも、はるかに男心をそそる夢があるねん。

”未亡人”いう言葉に漂う、そこはかとなきお色気と慕わしさ。

おせいみたいに“蛙の面に小便”というような厚かましいのは“後家”やろが何やろが関係ないわいや」

 

そこでおせいさん・・・

 

蛙の面に小便といかなくても、私、あめんぼに夕立、ぐらいかしら。

よってこのエッセーのタイトルはそれにきめることにする。

 

  

最初のさわりだけでもこれだけの噴火。

 

大阪弁の滋味がふんだん、そして語彙のなんとも豊富な文章。

 

「日本語論」での薀蓄にはうなずくこと多々。

 

全篇通してただようユーモア。

 

あとはどうぞ手にとって味わっていただければと思います。

gamazumi

マラソングランドチャンピオンシップ
MGCで来年の東京五輪選考がかかった男子マラソンレースが開催されました。

一方、同じく女子の選考レースもあって忙しい。

男子30名。


女子
10名。

 

 

大好きな箱根駅伝のメンバーがたくさん出ているので選手には顔なじみが多いこともあって、ときどきチャンネルを替えるもののほぼ男子に集中。

 

 

出だしからスパートをかけてぶっちぎりのトップを牽引していた設楽悠太。

 

 

箱根駅伝でも東洋大ツインズとして名を馳せていた設楽兄弟の弟の方。

 

 

話題になったのは昨年の東京マラソンで16年ぶりに日本新記録を樹立し日本実業団陸上連合から1億円の褒賞金を授与されたこと。


スポーツの中でも長距離マラソンはとても孤独な自己と戦うという極限のレース。

その地味なスポーツに巨額な褒賞金が与えられてランナーの夢も広がります。


そして今日の
参戦者ランナーのなかで設楽悠太と並んで注目されていた大迫傑。

彼も早稲田大学時代には全日本駅伝や箱根駅伝で区間賞を獲るなど早稲田大学を牽引していたおなじみの選手。

NIKEに入社後、社会人として参加した昨年10月のシカゴマラソンで3位フィニッシュ、東京マラソンで樹立した設楽の日本記録を更新し彼もまた1億円のボーナスをゲットした覇者。


事前に注目が集まった
2人の1億円ランナー。


結果は富士通所属・駒澤大学出身の
中村匠吾が2時間11分28秒で1位2位にはトヨタの服部悠馬、大迫傑は3位、設楽悠太は14位でした。

 

結果、東京五輪内定は中村匠吾と服部悠馬。



残る1名はこれからのレースの結果次第ということで目が離せない。


大迫傑の可能性も残っていて・・・。


女子も健闘していました!

当地岡山天満屋所属の前田穂南が1位。

日本郵政の鈴木亜由子が2位。

同じく天満屋所属の小原怜は惜しくも3位。

5度目の五輪出場を賭けていた注目のワコール福士加代子は7位でした。


当地の天満屋は過去にも五輪選手を輩出していて強いんですよ。


いやはや朝から応援にエネルギーを使いきってしまいました~。

 

 



51MFIfpyXOL._SL500_[1]さて本日は雫井
脩介氏著『望み』をご紹介します。  

 

東京のベッドタウンに住み、建築デザインの仕事をしている石川一登(いしかわかずと)と校正者の妻・貴代美(きよみ)。
二人は、高一の息子・規士(ただし)と中三の娘・雅(みやび)と共に、家族四人平和に暮らしていた。
規士が高校生になって初めての夏休み。友人も増え、無断外泊も度々するようになったが、二人は特別な注意を払っていなかった。
そんな夏休みが明けた9月のある週末。規士が2日経っても家に帰ってこず、連絡すら途絶えてしまった。
心配していた矢先、息子の友人が複数人に殺害されたニュースを見て、二人は胸騒ぎを覚える。
行方不明は三人。そのうち犯人だと見られる逃走中の少年は二人。息子は犯人なのか、それとも……。
息子の無実を望む一登と、犯人であっても生きていて欲しいと望む貴代美。揺れ動く父と母の思い――。
『火の粉』の不穏な空気感と『クローズド・ノート』の濃密な心理描写。
両方を兼ね備え、執筆時、著者が最も悩み苦しみ抜いた、渾身の力作

 

 

東京ベッドタウンに住むやや平均より上という感じの4人家族の物語。

 


建築事務所を個人で経営している父親・一登とフリーの校正者である母親・喜代美、そして高校
1年生の長男・規士と中学3年の長女・雅。

 

 

どこにでもある家族の風景がある殺人事件を発端に崩れる過程を描いています。

 

 

怪我が原因でサッカーをリタイヤしてから生活のリズムが崩れ、ときどき無断での外泊を繰り返していた規士が二日たっても帰宅しなかったことを発端に徐々に明るみに出てきた事件。

 

 

規士の行方不明中に発生した死体遺棄事件。

 

 

被害者は規士の仲間ということが判明してからの混乱する家族の心の揺れを巧みに描いています。

 

 

果たして息子・規士は殺害に関与した被疑者なのか、それとも被害者なのか。

 

 

たとえ犯人であってもただ生きていてほしいと願う母と、息子が加害者でないことをひたすら願う父。

 

 

父親の息子を思う心情の底に自己の保身を見てしまう母親。

 

 

一登と喜代美の間に埋めようがない溝がどんどん深まる様子が丹念に描かれています。

 

 


規士が一時期被疑者の様相を呈してくると同時に世間の風当たりが暴風雨のようになり、それに巻き込まれる一家。

 

 

ワイドショーなどでよく見る光景。

 

 

執拗なマスメディアの追求やネットの非情な書き込み・・・

 

 

この大作の大半が事件に付随する世間の反応や問題家族の崩れ行く様子、不安や恐怖が入り乱れる家族の心情に費やされていて、ここまで長編にすべきだったのかと疑問に思うほど。

 

 


著者のこの作品への思い入れの深さがそこかしこに感じられる作品になっています。

 

 


それに比べラストへの収束はあっけないほど。

 

 

規士の死体発見で第一の被害者だったことが判明しての収束。

 

 

一家の経済もろもろを担っている父という存在と掛け値なしのがむしゃらの子どもへの愛を持つ母との性差が見事に描かれた作品でした。

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