VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2019年10月

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晩秋の里のゆふぐれそこここに柿の実朱き(ともしび)となる


夫の転勤についてフン族の移動よろしく全国をウロウロしていた我が家。


子どもたちにも幾度となく転校を強いて・・・子どもの世界には親に言わなかった様々なことがあったと思いますが、とりあえず育ってよかった!


それにつれてわたし自身も定職に就くという選択肢がなかったので、塾や
添削員などと並行して、30数年続けていたのが英語の学習参考書&問題集の校正の仕事でした。


書店などに並ぶ大手出版社の校正を請け負う子会社の発注によって全国どこにいてもできる形式で内職として毎日毎日追い立てられるようにしていた校正。


内職・・・今風にいえばフリーランスの校正者。


阪神淡路大震災のときも数百枚のゲラを抱えての校正途中だったので自宅からすぐにゲラと財布と預金通帳を抱えて近くの小学校の校庭に避難したのでした。


当時は携帯電話もなかったので、学校前の公衆電話に殺到した被災者の長蛇の列に並んで朝いちばんに会社に電話したのを覚えています。


ゲラを校正途中で送り返した唯一の事例。

 

英語の学参の校正といっても、英語のスペルチェックだけではなく、参考書丸ごとなのでそれは気が抜けない仕事でした。


細かく言えば「。」や「、」、「?」などの句読点や疑問符でもフォントやポイントによって微妙な違いがあり、それを見つけて統一。


特に大変なのは出版社によって表記にそれぞれ好みがあること。


ベースは全国エリアの大手新聞社の表記でしたが、「こどもたち」でも「子どもたち」「子供たち」「子供達」などそれぞれの出版社表記に統一することも大仕事。


日本語の各辞書、広辞苑、そして英語辞典を引きまくりながらの作業。


〆切が迫ると、移動中の電車の中でも待ち合わせ場所でも、いつかは名古屋駅のコンコースの壁に座り込んでやっていたこともあります。


執筆者が書きなぐったような原稿を受け持つ第一校正は赤入れの宝庫のような感じですが、経験と共に後に任されていた最終校正でもけっこうな赤入れがあり、見つけたときの嬉しさは格別でした。

 


リタイアしてほぼ十年、もうどんな文章を見てもミス表記が独特の光を放って見えるということも次第になくなり・・・それどころか自分の書いている文章もものすごくいい加減になっているのが恥ずかしいくらいの昨今となりました
(ーー;)

 

こんなことを思い出したのは本日ご紹介する作品の執筆者のおひとりー校正者ーが仕事内容について言及されていた文を読んで懐かしくなったからでした。



 


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『本を贈る』
 


本は商品として工業的に生産、流通、消費されている。
しかし、それは同時に、宛先のある贈りものでもある。                 作家から取次、本屋まで、贈るように本をつくり、本を届ける10人の手による珠玉の小論集

 




若きブロ友であるやーちゃんさんお勧めの一冊。


図書館本として読まれたやーちゃんさんの「買ってそばに置きたい本」との言葉を見て、それではと早速買ったのでした。

やーちゃんのブログ →   



執筆者の
10人は編集者、装丁家、校正、印刷、製本、取次、営業、書店員、本屋、批評家。


一冊の本
を私たち読者の手に届けるためにこれだけ多くの人々が真摯に真向かっていることを思うとどんな一冊であろうと疎かにはできないと思います。


といいながら移動用の文庫本を読んだあと、降りた駅のゴミ箱に捨てたこともあること、すみませんでした。

 


目次


本は読者のもの
島田潤一郎(編集者)

女神はあなたを見ている 矢萩多聞(装丁家)
縁の下で 牟田都子(校正者)
藤原隆充(印刷)
本は特別なものじゃない 笠井瑠美子(製本)
気楽な裏方仕事 川人寧幸 (取次)
出版社の営業職であること 橋本亮二 (営業)
読者からの贈りもの 久禮亮太 (書店員)
移動する本屋 三田修平(本屋)
眠れる一冊の本 若松英輔 (批評家)



著者、編集、校正、装丁、印刷、製本、営業、取次、書店員、本屋。               書き手から売り手までの10の職種のそれぞれから選りすぐった、本を贈る「名手」たちによる書き下ろしエッセイ集ができあがりました。
類書はありますがインタビューものばかりですが、本書は本人のことばにこだわりました。                                                ほとんどの著者は執筆を本業していないどころか、得意でもありません。
       
だからこそ、心の声に向き合ってもらえるようにじっくり時間をかけて 執筆をしてもらいました。(版元から一言)



執筆者のトップバッターは編集者・島田潤一郎氏。

「ぼくは具体的な読者のために仕事をしたい。

マーケティングとかではなく、まだ見ぬ読者とかでもなく、いま生活をしている、都市の、山間の、ひとりの読者が何度も読み返してくれるような本をつくり続けたい・・・

かんたんに言葉にできることは話して伝える。

言葉に残したいときはメールで書く。

それよりも気持ちを伝えたいときは手紙を書く。

でも、もっともっと大きなものは、本という形をとおしてそのひとに手渡したい」

 

わたし自身も特定のひとに「本を贈る」ということをときどきしています。

自分が受け取ったその本のなかにあること丸ごと伝えたいと思う相手があるとき。

本のバトン・・・そのひとがわたしと同じような感性で受け取ることをまったく期待しないといえば嘘になりますが、その一部でも共有したいという思いはあります。

島田氏が書かれている、声よりメールより手紙より「もっともっと大きなもの」を本の中に見つけられたら最高の贈り物になると思いながら・・・。

 

元校正者のわたしにとってやはり興味深かったのは三番手に登場の校正者・牟田都子氏の項。

誤植を見つけることを「拾う」、誤植を見落とすことを「落とす」といいます。

校正者にとってけっしてやってはならないことは「落とす」こと。

そのためにはどんな文章でも必ず間違いがあるぞ、という意気込みと疑いの目でなぞることが要求されています。


それでも必ずといっていいほど「落として」しまう。


加えて辞書を引くという確認作業・・・牟田氏も辞書を引いて引いて引くという作業に言及されていて思わずうなずいてしまいました。

 

牟田氏の文章の中に岩波書店の初代校正課長を務め、「校正の神様」と呼ばれた西島麦南氏の言葉が紹介されていて興味深かったです。

「私のところにはたくさん校正の係がいますが、今でも私がいちばん辞書を多くひいているようです・・・自分は何も知らないが、ただ『知らないということを知っている』ということだけはわきまえているつもりなので」


余談ですが、わたしがリタイアしたのはあまりに辞書を引くという煩雑な行為に目も指も心も疲れ果てたのが大きな理由でした。

 

そして「出すぎた鉛筆」・・・これには校正と校閲との違いを叩き込まなければなりません。

現在、わたしは昔とった杵柄で所属するグループの歌誌の一部を校正していますが、ついつい「出すぎた赤」を入れがちになっては自分を諌めることしきり。

メンバーの方の書かれた文章を校閲したいという気持ちを抑えるのに苦労しています。


思わぬ校正の項で長くなってしまったので、そろそろ終わりたいと思いますが、
出版社と書店を繋ぐ「取次」という仕事について言及されている川人寧幸氏の仕事内容や書店員・久禮亮太氏による「スリップ」についてなど、今まで長く本を読んできて知らないこと満載の本書。

IMG_3901ちなみにスリップとは新刊書に必ず挟まれている二つ折の細長い伝票。

書店での会計の際、レジで店側が抜き取るものは「売上スリップ」と呼ばれているそうです。

「売上スリップ」の束は書店にとってさまざまなお客様情報を含む貴重な情報源となるそうです。

 

片面が「売上カード」、もう片面が「補充注文カード」、それぞれ売上を管理したり、出版社や取次に発注するためのもの

以前はスリップは書店が抜き取って手渡してくれていましたが、最近はつけたままの本も多くなって・・・わたしは栞代わりに使っていたこともあります。

↑これは夫が栞代わりに使っていたもの。

今では多くの
書店がPOSというデジタル管理システムを取り入れて売上げなどを管理しているので、売上スリップを回収する必要がなくなったそうです。

 


いままでは買ったと同時にゴミ箱行きだったスリップも時代の趨勢によって不要な存在になったのを知れば、何だか懐かしい・・・愛しい存在に思えてくるから不思議です。

 

本好きな方、ぜひ手にとって読んでほしい一冊です。

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          原発も基地もなき地に夕茜 このままにあれわが終ひの土地


『葉っぱのフレディ』の著者といえば、あぁってわかりやすいでしょうか・・・アメリカ合衆国の教育学者レオ・バスカリア氏の著書のひとつ『愛すること 愛されること』だったかに出ていた言葉。

心配しても明日の悲しみはなくならない

今日の力がなくなるだけ

その通りだと思いますが、悲惨な結果に終わったときに少しでも耐えるための予行演習のように私たちはまだ起こってもないことを煩ってしまいます。

 

煩った分だけ、明日の悲しみが少なくなるかのように。。

 

その一瞬一瞬だけを喜んだり、がっかりしたりしながら懸命に生きる動物たちを見習わなければならないと思うのはそんなときです。

 

公園の日だまりでのんびり寝ていたきじ猫を見てそんなことを思いました。

 

 

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さて本日は
原田マハ氏著『太陽の棘』のご紹介です。 


私は、出会ってしまった。

誇り高き画家たちと。

太陽の、息子たちと―。

終戦直後の沖縄。

ひとりの青年米軍医が迷い込んだのは、光に満ちた若き画家たちの「美術の楽園」だった。

奇跡の邂逅がもたらす、二枚の肖像画を巡る感動の物語


サンフランシスコ、ゴールデン・ゲート・ブリッジが正面に見えるクリニックの一室。

部屋の壁中に掛けられた静物画、人物画、風景画を眺めながらはるか昔の一時期の出来事を回想する84歳の老精神家医エドワード・ウィルソンの描写からこの物語が始まります。

60年も昔のこと。

軍医として戦後まもない沖縄の基地に赴任した24歳のエド。

太平洋戦争の跡がそこここに見られた荒土・沖縄・・・アメリカ軍に占領されたばかりの地。


エドや同僚たちがドライブ途中に偶然見つけた「
ニシムイ・アート・ヴィレッジ」


幼いころから絵心を持ち医師になるか画家になるかで迷ったこともあるエドが引き寄せられるように入っていったところで出会った沖縄の画家たちとの運命的な出会い。


焦土と化した敗戦の土地で、占領されてもなお誇りを失わず絵筆を持つことをやめなかった芸術家たちの純粋な情熱に心を動かされた主人公・エドを初めとする若き軍医たちとの短い間の互いの友情が描かれていて胸を打つ作品となっています。


どこまでも青い海が眩しくも美しい沖縄。

太平洋戦争では凄惨な犠牲を強いられ、日本が敗戦国となってからはアメリカ軍の占領地となり基地に張り巡らされた沖縄。


アメリカ占領から返還されて
47年という月日を経てもなお山のような問題点を抱えている沖縄を思うと深い痛みを感じます。



この物語は戦後すぐの沖縄であった実際の出来事を描いているそうです。


以下は出版社による本書に関する文章です。

太平洋戦争で地上戦が行われ、荒土と化した沖縄。

その那覇市首里に、ニシムイ(北の森の意、首里城の北に位置した)と呼ばれた小さな美術村がかつて存在しました。

そこでは、のちに沖縄画壇を代表することになる玉那覇正吉安次嶺金正安谷屋正義具志堅以徳といった画家たちが、アトリエ兼自宅の小屋を作り、肖像画や風景画などを売って生計を立てながら、同時に独自の創作活動をしました。

太陽の棘』は、その史実を基に、画家たちと交流を深めた若き軍医の目を通して、彼らとの美しき日々を描いた感動の長編です。

彼らは、いかに生き延び、美術に向き合い、取り組んだのか。

そして、大戦の傷跡のなか、日本とアメリカの狭間で揺れる沖縄。

また、困窮する生活と、創作活動の両立という困難。さまざまなモチーフが絡み合うそれらは、まさに沖縄の太陽のように身を焦がし、突き刺さる「棘」として、心を強く揺さぶります。


サンフランシスコ在住のスタインバーグ博士のもとに保存されているニシムイ美術村の画家たちの作品が里帰りし、沖縄県立博物館・美術館の展覧会に出品されるという紹介の番組を観た著者がすぐさま沖縄でその作品群を観たことからこの物語を書く決意に繋がったそうです。

展覧会のカタログの中で、スタインバーグ博士は、「私たちは、互いに、出会うなどとは夢にも思わなかった」と書いていた。                            しかし、沖縄の画家たちとの出会いは、彼の人生にまばゆい光を投げかけることとなった。  当時、食べていくのもせいいっぱいというような状況下で、博士とニシムイの画家たちは、アメリカ人と日本人、支配するものとされるもの、大きな隔たりを超えて交流をした。        

それはなぜか。両者のあいだには、アートがあったからだ。               アートには、国境などない。                            いかなる言葉も必要ない。                             1枚の絵があれば、それによって心を通わせることができる。               それこそが、アートの本質であり、すばらしさなのである。

沖縄や離島には何度か行ったことがありますが、ニシムイに行ってみたい・・・夢がひとつ増えました。

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ベランダの花オクラの花が終わってしまった・・・


 

晩夏から初秋にかけて随分食卓を賑わしてくれました。

 

酢の物、お浸し、サラダ、天ぷら・・・生ハムとチーズと巻いたり、パスタにも入れたり。

 

淡黄色の花びらが美しくてひと皿が引き立つ感じ。

 

アオイ科トロロアオイ属に分類されるオクラの仲間

 

別名はトロロアオイというそう。

 

オクラと同じネバネバとした食感があるのが特長・・・ルチンが豊富そう

 


元は友人の花オクラさんの畑が実家。

 

 

種を収穫したので来年を楽しみにしばらくお別れです。

 

 

 

 


さて本日は田辺聖子氏の「乃里子三部作」をまとめて。

IMG_3886田辺聖子氏著『言い寄る』『私的生活』『苺をつぶしながら』 



乃里子、31歳。フリーのデザイナー、画家。自由な一人暮らし。
金持ちの色男・剛、趣味人の渋い中年男・水野など、いい男たちに言い寄られ、恋も仕事も楽しんでいる。
しかし、痛いくらい愛してる五郎にだけは、どうしても言い寄れない…。(『言い寄る』)

財閥の息子の剛ちゃんと結婚した乃里子。
高台のマンションで何でも買える結婚生活は、しかし「私」の生きる場所ではないと気付いていく。(『私的生活』)

剛との結婚解消とともに中谷財閥からも解放されて、仕事も友情も取り戻した乃里子。
 一人暮らし以上の幸せってないんじゃない? 、すべての女性に捧げる最高傑作。(『苺をつぶしながら』)」

 




著者・田辺聖子氏をして
「私、この作品を書くために生まれてきたのかもしれへんわ」とまで言わしめた代表作


今でも密かなベストセラーとなっている氏の「乃里子シリーズ」第一作は
1973年「週刊大衆」の連載としてスタート、1982年第三作目が刊行。

 

随分昔に読んだ覚えがあるもののこのブログにアップした記憶がなくて、あらためて検索しましたがレビューを上げていませんでした。

 


短歌教室の大先輩のアンさんが最近読まれたというコメントを拝見して、三冊一気読み。

 

まとめて読んでこその味わい(^.^)

 

再読とはいえ、あらためて著者の眼力の凄さを実感しました。

 

やはりお聖さんはすごいな~!

 

今でこそ当たり前となっている女性の生き方。

 

女性の自立と性をこんなに感性豊かに描けるなんて・・・しかも1970年代後半に

 


フリーランス
デザイナーの乃里子がヒロインの三部作。

 

一作目は主人公の片思いと恋の駆け引き。

二作目は主人公の結婚生活。

三作目は主人公の離婚後の再びの自立。



やはり圧巻は二作目の結婚生活の始まりから終焉に至るまでの主人公の心の変遷。


日々の小さな小さな感情の行き違いの積み重ねから離婚に至るまでの主人公・乃里子の心の綾を描いて秀逸です。

 


今から
40年ほど前の30代の女性ってどうだったんだろう。

 

著者の言葉を借りればハイミスということになるだろうけど、乃里子にはまったく当てはまらないほど自由闊達な女性。

 

魅力的で金持ちの剛との結婚生活はそれなりにばら色のときめきもあったけれど、唯一自分を全開放できなかった乃里子の微妙な心の揺れが描かれています。

 

離婚というひとつの別れを通してより自由と自立のすばらしさを知った乃里子35歳のその後・・・40代、50代も知りたいと思わせる三部作でした。

 

第二作目『私的生活』の含蓄のある著者のあとがきの一部をご紹介して終わりとします。

私にとって男と女の関係は尽きぬ興味の源泉である。                     それも波瀾万丈の運命よりも、日常のただごとのうちに心がわりしてゆく、という、そのあたりのドラマが私の心を惹きつける・・・                                愛の生活、などという卑小なものは、小説にとりあげるに価(あたい)しない、という考え方もあることだろうと思う。                                       しかし、もと愛し合っていた、あるいはやさしくし合っていた男と女のあいだに、冷たい言葉がはじめて出たときの衝撃は、世界のどんな大事件にも匹敵する。                    もしまた、片方が夢にも思っていないとき、片方がそういう言葉で傷つけたとすれば、これは犯罪にひとしい。                                          しかも普通の犯罪とちがって、愛の問題におけるそれは、誰も裁くことができないから、むつかしい

映画「蜜蜂と遠雷」を観にいきました。   

 

原作は第156回直木賞14回本屋大賞ダブルで受賞された恩田陸氏のベストセラー。

 

原作をどう映像化しているのか、それと5人のコンテスタントの弾くピアノを黒子のピアニストがどのように弾いているのか聴きたくてわくわく。

 


映画は約2時間という時間的縛りの中まとめるのでかなり原作から離れる部分や、よりドラマティックな見せ場を作るために創作する部分もあったりで、映画と原作とは別物と受け取るべき、といわれています。

 


今回もちょっと作りすぎというような場面があったり、逆に省いている箇所もかなりありました。

 


◆養蜂家の父とともに各地を転々とし自宅にピアノを持たない少年・風間塵16歳。


◆かつて天才少女として国内外のジュニアコンクールを制覇しCDデビューもしながら13歳のときの母の突然の死去以来、長らくピアノが弾けなかった栄伝亜夜20歳。

◆音大出身だが今は楽器店勤務のサラリーマンでコンクール年齢制限ギリギリの高島明石28歳。

◆完璧な演奏技術と音楽性で優勝候補と目される名門ジュリアード音楽院のマサル・C・レヴィ=アナトール19歳。

 


原作で登場するピアニストたちの現実離れした人物造形を受け入れての映像なのでとても難しかったと思いますが、、それなりによくまとまっていたと思いました。

 


特に聴きたかったのがそれぞれのコンテスタントの「春と修羅」とカデンツァ、そして月の夜のピアノ工房での栄伝亜夜と風間塵の連弾。

 


「春と修羅」はコンテスタントたちの課題曲として登場する
映像上のオリジナル楽曲

 

作曲家・藤倉大氏が宮沢賢治の初めての詩集『春と修羅』からインスピレーションを得て作ったそう。

余談ですが、『春と修羅』の中には妹トシの臨終を題材とした有名な「永訣の朝があります。



課題曲「春と修羅」に戻って・・・それぞれの「春と修羅」もよかったですが、ソロのピアノ作品に入れ込まれたカデンツァがそれぞれすばらしく心を掴まれました。

 

 


また月の光が射し込む工房で、月にちなんだ曲をそれぞれ
2人のリードで演奏する場面が圧巻。

 

ドビュッシー「月の光」~アーレン「IT’S ONLY A PAPER MOON」~ベートーベン「月光」・・・まるで月のひかりが白鍵に零れているような演奏。


幼くして脚光を浴びたヒロイン栄伝亜夜のピアニストとしての挫折と、そして回帰までの歓びや哀しみが過去の映像を通してフラッシュバックのように挟まれていて上手い作りだなぁと思いました。

 




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さて本日はコロナブックス編集部著『作家の犬』のご紹介です。

犬はペットではなく、気持ちの通った友達であり、同志であり、兄弟、家族である。犬がいないと暮らせない作家たちの愛情あふれるエピソードがいっぱい。

特別付録・犬の名作ブックガイド

 

コロナブックス編の「作家」シリーズの犬編。

ほかに『作家の猫』、『作家のおやつ』、『作家の酒』、『作家の食卓』などがあります。

このブログでも『作家の酒』をアップしていますのでよかったらどうぞ。 



表紙に使われているのは中野孝次氏の愛犬ハラス。

『ハラスのいた日々』のハラス。


子どものない
中野夫婦のところにやってきた子犬と共に過ごした夫婦の情愛深い歳月を描いた随筆ですが、柴犬を飼ったことのある私は感慨をもって読んだ感動の書。


「私はこの文章が、犬を失った飼主の感傷以外の何物でもないことを承知している。
だが、それが最も愛した相手であったとき、その死に人と犬との差があろうかと開き直る気持ちも私にはある。
人は愛した者のためにしか悼むことはできはしない、とも思うのだ」

中野氏のハラスに対する深い慈しみが胸に迫ってきて泣いた作品。


犬というものはその言葉を持たない。

余計なことは言わないから犬に対しては人は無限の愛情を注ぐことができる。

無条件に、無警戒に、ただ愛することができる。

犬を飼うよろこびの最大のものは、そういう絶対的に愛することのできる相手がそこにいるということなのだ」(『老いきたる』より

 

表紙のハラスは中野夫妻のあふれる愛情をもらって満ち足りた笑みを浮かべているよう。

 



他にも文壇の大御所・菊池寛氏も犬好きのおひとり。

 

「私は、今グレイハウンドとマルチスと云ふ子犬を飼ってゐる。

両方とも温和しいが両方とも、行儀のわるいこと甚しい。

もう、万年筆を二三本噛み砕いた。

夜は、ともすれば、私の寝台へ侵入して来る。

身体が苦しいので目がさめると、大きい犬の身体が、私を圧迫してゐるので、しかしとても人なつこく、未だ曾て、人に対して怒つたりなぞしない」(「私の犬」より)とメロメロ。

 



愛犬家の中でも群を抜いて犬好きといわれた川端康成氏。

 

「たいていの犬の美しさは、犬が神経質であるといふ点によるところが多い。

けれども、人間の神経質と動物の神経質とはちがふのである。

動物の神経質といふものは、かがやく明るさの美しさなのである」(「わが犬の記」より)

 

 


柴犬がお気に入りだった池田満寿夫氏。

 

「私たちにとって犬たちは家族である。

自分の子供と同じである。

しかも犬たちは飼い主にとって永遠に子供なのだ・・・

そう、だからこそ犬たちがいとしいのだ、彼等は唯ひたすら私たちが帰ってくるのを待っている。

永遠に待ち続ける人生なのだ」(「しっぽのある天使 わが愛犬物語」より)

 

 


本書に登場する
25人の作家が飼い犬に対するとき、どの人も無防備な優しい顔になっていらっしゃるのがなんともほほえましい。

 


どの作家さんもわが犬がいちばん、という顔で愛犬とともに被写体となられているのも楽しい。

撮影が終わると犬に会いたさにすっとんで帰ってきた黒澤明監督、映画に対する妥協を許さぬ厳しさの微塵もない顔で愛犬が勝ち得たトロフィーの前で破顔している様子は子どものよう。

じっくり見ればどの作家の顔も愛犬と似ているような・・・そんな一冊、犬好きな方、どうぞ手にとってみてくださいね。

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今回も列島各地で甚大な被害をもたらして去っていった台風。

 

事前の情報などに備えてできる最大級の防御をしてもなお防ぎきれない台風のエネルギーに今後どのような対処をしていいか・・・途方に暮れるばかり。

 

千曲川、那珂川ははるか昔旅行で行ったことのあるところ、のどかな川辺の様子がフラッシュバックします。

 


以前、田園都市線の宮前平に住んでいたとき、買い物圏内だった二子玉川や毎年花火大会で訪れていた多摩川の惨状にも驚いています。

 


川の近くに住まれていてあれよあれよという間に増水、ついに決壊などの様子をつぶさに見ておられた方々の命の危機への切迫した恐怖はどんなものだったのか、と想像すると苦しくなります。

 


台風
19号による死者は63人にものぼっているという。

 


前日まで普通の日常を送られていたのに・・・あっという間に災害にのみ込まれた人々。

 


いまだに行方不明者
13人、一刻も早く救助されること、そしてこれ以上二次災害が起こらないことを強く願うばかりです。

 


63名の方々のご冥福を心よりお祈りいたします。

 

 

 

 


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さて本日は近藤史恵氏著『ホテル・ピーベリー』

のご紹介です。 

不祥事で若くして教師の職を追われ、抜け殻のようになっていた木崎淳平は、友人のすすめでハワイ島にやってきた。

宿泊先は友人と同じ「ホテル・ピーベリー」。

なぜか“滞在できるのは一度きり。

リピーターはなし”というルールがあるという。

日本人がオーナーで、妻の和美が、実質仕切っているらしい。

同じ便で来た若い女性も、先客の男性3人もみな、日本人の旅行者だった。

ある日、キラウェア火山を見に行った後に発熱した淳平は、和美と接近する。

世界の気候区のうち、存在しないのは2つだけというこの表情豊かな島で、まるで熱がいつまでも醒めないかのごとく、現実とも思えない事態が立て続けに起こる。

特異すぎる非日常。

愛情、苦しみ、喜び、嫉妬―人間味豊かな、活力ある感情を淳平はふたたび取り戻していくが…。

著者渾身の傑作ミステリー


過酷なロードレースを描いた著者の「サクリファイス」シリーズのファンなので、著者の名前に惹かれてつい手にとってしまった本。


他に東京下町の小さなフレンチレストランでの出来事を描いたものとか、探偵シリーズなど多岐にわたる分野で活躍されていてどれくらい引き出しがあるのだろう、と思わせる作家さん。

 

好き嫌いは別として本書もちょっと意表をつく内容。

 

こういうのも書くんだ、という意外性のある感じ。

 

ハワイ島にある小さな長期滞在ホテル・ピーベリー。

 


滞在は最大
3ヵ月ま
での一見客のみ、リピート客は受け入れないという風変わりなホテル。 

そこに傷心を抱えて日本からやって来た元小学校教諭の主人公・木崎淳平

ホテルの40代の女主人・和美に恋心を抱き次第に執着する木崎の目を通して滞在客の過去やホテルの暗部が明るみに出るというミステリー仕立てになっています。

 

ちょっと筋立てに無理矢理感があって最後まで感情移入できませんでしたが、おもしろい発想の物語ではありました。

25166001401[1]30年以上にわたってアフガニスタンで医療や灌漑、農業支援に取り組んでいらっしゃるNGOの「ペシャワール会」の現地代表の医師・中村哲氏がアフガニスタンの名誉市民権を授与されたという記事が出ていました。

誰もが押し寄せる所なら誰かが行く。
誰も行かない所でこそ、我々は必要とされる。

ペシャワール会は1983年9月、中村哲医師のパキスタンでの医療活動を支援する目的で結成された国際NGO(NPO)団体です。

またPMS(略: Peace (Japan) Medical Services)は平和医療団・日本 総院長の中村哲医師率いる現地事業体。

PMSは医療団体ですが、病気の背景には慢性の食糧不足と栄養失調があることから、沙漠化した農地の回復が急務だと判断し、今なお進行する大干ばつのなか灌漑水利事業に重きを置いて、現在はダラエヌール診療所、農業事業、灌漑事業、訓練所でのPMS方式取水技術の普及活動に
尽力していらっしゃいます。

わたしの最も尊敬するおひとり。

法人格を持たない任意団体のペシャワール会、税金控除の対象にはなりませんが、わたしも一般会員としてささやかな寄付させていただいています。

ペシャワールの山野に育つ一玉のスイカとなれかしわたしの募金

もし寄付をと思われる方がいらっしゃれば郵便局備え付けの払込取扱票をご利用いただき、備考欄に「ご寄付」「会員費」と記入して01790-7-6559加入者名:ペシャワール会]宛てにどうぞ

寄付の場合はいくらでもいいと思いますが、もし会員となられるようでしたら3000円以上、払込取扱票の通信欄に入会希望と記入します。


元々は緑豊かな大地を持っていたアフガニスタン、
2000年の大干ばつまでは穀物自給率93%だったそうです。

1979年の旧ソビエト軍の侵攻によるアフガン戦争、2001年の9.11テロ事件への欧米軍による報復戦争によって戦乱と干ばつの地となったアフガニスタン。

 

そんななか、中村氏は現地の人々と「緑の大地計画」を企図して1600本の井戸を掘り、更に独自の灌漑方式で長大な農業用水路を建設しました

 

砂漠化し荒廃した16000ha以上の土地を緑に甦らせたプロジェクトを推進していまもなお邁進していらっしゃいます。

 

わたしが詠んだ一玉のスイカは荒廃した荒地を苦労に苦労を重ねて耕し、スイカが生ったときの人々の喜びを知って詠んだもの。

 

それを市場に運んで収入を得たことの喜び。

 

貧しい農民の自立を第一義と考えて農業用水路の建設に取り組んでいらっしゃる中村氏率いる人々の労苦が実りあるものになってほしいと願って詠んだものです。

 

 


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さて今回は神田桂一氏&菊池良氏著『もし文豪たちがカップ焼きそばの作り方を書いたら』のレビューを少し。 




もしも村上春樹がカップ焼きそばの容器にある「作り方」を書いたら――
ツイッターで発信され、ネット上で大拡散されたあのネタが、太宰治、三島由紀夫、夏目漱石といった文豪から、星野源、小沢健二らミュージシャンまで、100パターンの文体にパワーアップして書籍化されました。
読めば爆笑必至の文体模倣100連発。
さらにイラストは、手塚治虫をはじめとした有名漫画家の模倣を得意とするマンガ家・田中圭一氏の描き下ろしです!

 



文豪や著名人など
100通りの文体でカップ焼きそばの作り方
を紹介した作品。

 

新聞で書評を見て以来興味を惹かれていましたが、実際読んでみると・・・


尾崎世界観による帯の文言「切実に馬鹿だから、なんかもう泣けてくる」の「泣けてくる」だけを削除したような内容。


パロディというよりはおふざけ駄文という感じ。


例えばタイトルを挙げただけでも・・・


村上春樹
1973年のカップ焼きそば

ドストエフスキー「カラマーゾフの湯切り」

大江健三郎「万延元年のカップ焼きそば」

週刊文春「カップ焼きそば、真昼間の”怪しい湯切り”撮った」

又吉直樹「火ップやきそ花」

谷崎潤一郎「痴人の焼きそば」

百田尚樹「カップ焼きそば飛んできたら俺はテロ組織作るよ」・・・



パロディスト代表の清水義範氏風か、はたまたわれらがユーモリスト・土屋賢二氏風かなとかなり期待して読みましたが、若者受けを狙った軽いノリのようなものの羅列。

 

着眼点は新鮮で面白いし、これだけの文豪その他のピックアップは生半可ではできない点で感服。

 

 

最後に歌に関したものをふたつ。

 

松尾芭蕉「麺の細道」

 

「キッチンや 薬缶飛びこむ 水の音。

熱湯を 集めて流し 湯切りかな。

閑さや 部屋にしみ入る 啜る音。

から容器 大食いどもが 夢の跡」


俵万智「カップ焼きそば記念日」

 

「『このかやくがいいね』と君が言ったから七月六日はカップ焼きそば記念日」

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