VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2019年11月

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届けたき想ひはわれに任せよと皇帝ダリア高空に咲く



 

長く貝絵をされている友人Aさんの作品を見せてもらいました。

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何年か前わたしの短歌が朝日歌壇に掲載されたとき記念にと拙歌を描いた貴重な貝絵をプレゼントしてくださったことがあります。

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はまぐりを代表とする二枚貝を美しく磨くことから始める貝絵の工程の大変さを知るとあだや疎かにできないとしみじみ思います。

それくらい大変な作業。

下地だけでも塗っては乾かし塗っては乾かしを繰り返す・・・

そしてやっと構図に移るそう。

平らな表面ではなく、ゆるくカーブしている面に緻密な絵柄や字を描くのは至難の業。

想像するだにため息が出ます。

わたしには絶対に無理(ーー;)

平安時代から始まった貝合わせという典雅な貴族の遊びのための道具立てが起源といわれているそうですが、日本人の根気と器用さがこのような芸術を支え続けているんですね。

写真の「さくら」は桜が大好きなわたしの友人SさんのためにAさんが描いてくださったもの。

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すてき桜の絵柄に桜に目がない友も大喜びです。

 

 

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さて今回は
篠田節子氏著『讃歌』のレビューを。  

 

テレビ制作会社で働く小野は、ある日耳にしたビオラ奏者柳原園子の演奏に魂を揺さぶられ、番組制作を決意する。

天才少女の栄光と挫折を追ったドキュメンタリーは好評を博し、園子も一躍スターになるが、経歴詐称疑惑が発覚して……。

感動と視聴率のはざまで揺れるテレビ制作現場の複雑な人間模様を描きながら、「人の心を打つ」とは一体どういうことなのかを問いかける、今こそ読みたい社会派小説







1990年
『絹の変容』で第3回小説すばる新人賞

1997年『ゴサインタン』で第10回山本周五郎賞

1997年『女たちのジハード』で第117回直木三十五賞

2009年『仮想儀礼』で第22回柴田錬三郎賞

2011年『スターバト・マーテル』で芸術選奨文部科学大臣賞

2015年『インドクリスタル』で第10回中央公論文芸賞

2019年『鏡の背面』で第53回吉川英治文学賞をそれぞれ受賞

著者の作品は社会的に問題になっているものにフォーカスしたものも多く、それぞれに異なった趣のある力作揃い。

 


本書は
2006年の作・・・チェロが趣味という著者ご自身の興味を土台にした作品といえます。

 


音楽に関する作品といえば本書に先がけて
1992年『マエストロ』、1996年『カノン』、1998年『ハルモニア』を上梓されていて、本書が4作目。


それらはヴァイオリニストやピアニストを主人公の物語でしたが、本書はヴィオリストが重要な役柄で登場。



かつてバイオリンの天才少女として権威ある賞を受賞したことのある
柳原園子の栄光~挫折~栄光~挫折という変遷と、その奥に潜む人間の業のようなものを描いています。  

 


先ごろブログでアップした同氏の
鏡の背面とある意味似通ったところのある作品。

 


日本人の気質というか、タピオカがブームになれば一億総出でタピオカ、『ボヘミアン・ラプソディ』がすばらしいといえばこぞって映画館に足を運ぶ・・・わたしもそのひとりですが・・・日本中を感動の渦に巻き込むのも速ければ、
SNSで誰かが投げかけた疑問に共鳴すれば、今度はとことん失墜するまで槍玉にあげる・・・

 


戦後日本中が一丸となって復興を果たしたよき気質もオセロをひっくり返すように一瞬にして反転すると怖い側面を持っています。

 


今から20
年ほど前にピアニスト・フジコ・ヘミングを紹介したドキュメンタリー映像「フジコ〜あるピアニストの軌跡〜」が反響を呼び、フジコブームが起こったことを覚えていらっしゃる方も多いと思います


その後、発売されたデビュー
CD『奇蹟のカンパネラ』は、発売後3ヶ月で30万枚のセールス
を記録したそうです。


〈ラ・カンパネラ〉が大好きなわたしはそのときの流行に乗ってコンサートに行ったのを覚えています。


力強さはあるもののミスタッチがかなりあり、ちょっと繊細さに欠ける演奏でしたが、ダイナミックな魅力がありました。



本書はマスメディアに乗って華々しくデビューした当時のフジコ・ヘミングを彷彿とさせる内容。


著者もきっと頭の隅に置いていたものを題材としてふくらませたのではないかと思える作品。


当時、みんながこぞって感動したフジコ・ヘミングの演奏は長い不遇という恵まれない時代を背景に多少色づけされたものも含めての感動だったかもしれません。

 

名演奏家が与えてくれる感動は、受け取る側のわたしたちの感性に負うところ大ですが、世間の評価は別として受け取るわたしたちが感動すればそれで終結するものであろうと思えます。

 

ゴッホの絵を観て基礎がまだ定まらない未熟な絵ととるか、荒々しい激情の迸りを感じる新鮮な絵ととるかは受け取る側の感性の問題だと思います。


そこには芸術的な基礎云々が必要なのか。 


本書の物語を牽引するもうひとりの主人公である
テレビ制作会社の小野がある日、業界でも定評のあるCD制作会社の社長・熊谷に誘われて小さな教会のコンサートに行くところからこの物語が始まります。



クラシック音楽に門外漢の小野がそこで演奏していたヴィオリスト・柳原園子のシューベルトの〈アルペジオーネソナタ〉に思いもかけず深く感動したことからこの物語が予想だにしない方向へと動き出すのです。



かつて学生音楽コンクールで優勝し、天才少女ヴァイオリニストの肩書きを貼られ周囲の期待を肩に背負い米国に音楽留学しながら、文化の違いや教師との軋轢を通して孤独を深めた結果の自殺未遂の果てに帰国、以後数十年苦しめられていた後遺症のため長く音楽から離れていた園子がある著名な老音楽家との奇跡的な出会いによってヴァイオリンからヴィオラに転向して小さな教会で音楽活動をスタートさせたという経緯。



園子の演奏に深い感動を覚えた小野は過去の彼女の経歴ににわかに興味を持ち、現実の彼女と対面してその純粋さにますます感動、彼女を主役にドキュメンタリー映画を制作したいという職業的な気持ちが高まります。

 

さまざまな苦労を乗り越えて世に出した結果・・・喝采と同じくらい、過去の園子の経歴詐称や演奏家としてのレベルの低さ、愛人問題などの真偽取り混ぜた噂が飛び交い、自分の目と耳で受け取った園子自身の像と紡ぐ音楽に対する虚像と実像の乖離の狭間で揺れる小野。

 

「園子の音楽には、心を揺さぶる圧倒的な力があった。

数々の試練を経て再生した魂が、他者の苦しみに、哀しみに、共感し、救いへと導く力。

あの中傷は、聴衆のこの力への畏れだったのではないか。

いったい音楽とは何か、何のためにあるのか」


嵐のような騒動のさなかの小野の述懐です。

 

自分の共鳴を信じ、世間からやらせと叩かれても園子を庇う小野の心情がよく表れています。

 


技術が芸術家としての許されるレベルまで達していなくても、聴衆のうちの何人かの感動が得られればそれがそれらの人々にとっての唯一無二の演奏や作品ではないか・・・わたし自身はそう思うのですが・・・。

 


言葉をかえれば、作品や演奏自体に〈ほんもの〉とか〈にせもの〉という区別はあるのだろうか・・・門外漢のわたしの疑問です。

 

 

ラストはとても重いものになっていますが、もし興味ある方は手に取って読んでいただければと思います。

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サンシュユにとびきり赤き実が生りて鳥が啄ばむ秋闌けにけり



自己流でピアノを初めてほぼ
一年。


飽きっぽいわたしとしてはよく続きました・・・


なにしろゼロからの出発でト音記号はなんとか読めるものの、ヘ音記号はさっぱりという無知・・・これで幼いころの娘の練習に付き添ってエラソーに叱っていたのだから恥ずかしい
(ーー;)


毎日短時間でも弾いていると音の良し悪しが多少なりともわかって・・・三点セット
11800円の電子ピアノの音があまりにも安っぽく感じられて・・・一年続いたご褒美として自分に少しグレードアップしたコルグの電子ピアノを買いました(^.^)

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コルグを選んだのは、電子ピアノの中でもピアノに近いタッチと音という評判から。


コルグには手が出ないほど高価なものからそれほどでもないものまであり、わたしが買ったのはそれほどでもない価格のもの。

 

前のものよりタッチが重くてよりピアノに近い感じ。


音も満足の域・・・毎日ヘッドホンをつけて自分だけの世界に浸っています。


初心者用の超簡単な曲もいくつかマスターして、密かな趣味の
No1に躍り出ています。

 

 



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さて本日は奥田英朗氏著『罪の轍』のご紹介です。

 


「昭和三十八年。                                         北海道礼文島で暮らす漁師手伝いの青年、宇野寛治は、窃盗事件の捜査から逃れるために身ひとつで東京に向かう。                              東京に行きさえすれば、明るい未来が待っていると信じていたのだ。         
一方、警視庁捜査一課強行班係に所属する刑事・落合昌夫は、南千住で起きた強盗殺人事件の捜査中に、子供たちから「莫迦」と呼ばれていた北国訛りの青年の噂を聞きつける―。                                         オリンピック開催に沸く世間に取り残された孤独な魂の彷徨を、緻密な心理描写と圧倒的なリアリティーで描く傑作ミステリ



UNIさんより回していただいていち早く読めた奥田氏の新刊。


奥田ファンが待ち構えていた作品。


ファンなら誰もご存知であろうと思われますが、出版社への持ち込みで日の目をみた『ウランバーナの森』がデビュー作。


今から約
20年前。


2002年
『邪魔』で4回大藪春彦賞

2004年『空中ブランコ』で131回直木賞

2007年『家日和20回柴田錬三郎賞

2009年『オリンピックの身代金43回吉川英治文学受賞


こうしてみると傾向のまったく異なるシリーズの代表作の受賞歴、やはりすごい!


わたしは『空中ブランコ』を代表する「精神科医・
伊良部シリーズ」や『家日和』の「平成家族シリーズ」の大ファンでもあります。

本書は『無理』『邪魔』『最悪』『オリンピックの身代金』『沈黙の街で』に属する犯罪小説かつ警察小説に分類されます

東京オリンピックの前年の時代風景を描いた『オリンピックの身代金』を彷彿とさせる内容になってます。

1963年の奥田氏といえばまだ生れて4年ほどの幼児。

高度成長期のあの混沌かつ猥雑な日本の表と裏の景色をかくも見事に再現するのにどれくらい下調べしたのか・・・気が遠くなるほどの調査の積み重ねだったことは想像に難くありません。

本書は『オリンピックの身代金』で得た膨大な知識を下敷きにできた新たな一作という位置づけができる作品。

 

舞台は東京。

 

1963年、4歳児が誘拐ののち殺害された日本中の注目を集めた吉展ちゃん事件をモチーフとした物語。

 


元時計商の強盗殺人事件に端を発し、男児誘拐
まで展開した事件を追う刑事たちの執念が描かれています。

 

一方、併走するのは北海道礼文島に住んでいた20歳の宇野寛治の生い立ちから逮捕されるまで。

 

幼少期に義父にやらされていた走行車への体当たりによって後天的に頭に障碍を持ち、世間から莫迦と侮られ、貧しさと道徳心の欠如ゆえに空き巣狙いの常習犯となっていた宇野寛治が追い立てられるように故郷を捨て東京にたどり着いたことから、心ならずも大きな犯罪を犯す過程を描いて秀逸。

 

 

本書の大きな読みどころの一つは宇野寛治というひとりの青年の、生れたときから運命が決められたような幸せから隔てられた生を内包して、それでも生きていかなければならない姿。

 

空き巣や賽銭泥棒などの小さな犯罪、誘拐のあと殺人という大きな犯罪に手を染めながら、犯罪という自覚すら持てない青年の哀れさに胸を衝かれます。

 

そして宇野を取り巻く多彩な人物造形や、東京オリンピック前の高度成長期真っ只中の時代背景の綿密な筆致も大きな読みどころの一つ。

 

 

唯一寛治に優しい手を伸ばしたチンピラの明夫とその姉ミキ子

 

彼らも山谷で暮らす帰化した朝鮮人として登場

 

加えて近くの元芝居小屋に住み着いている全学連の一派・山谷労働連合会の活動や何がなんでも労働者擁護の立場を振りかざす左派弁護士など、その時代ならではの雰囲気を醸し出していて興味深い。


一方大学出の若手刑事・落合を中心とした個性豊かな刑事たちの書き分けも見事。

 

現代の警察モノでも必ず言及される刑事同士の縄張り意識・・・今も綿々と続いている・・・は別として、当時の捜査の様子があまりにもアナログすぎて失笑を買ってしまうほど。

 

電話を逆探知する技術もなく、失態続きの穴だらけの捜査は喜劇かと見紛うほどですが、刑事たちは大真面目なんですよね。

 

この半世紀をかけての通信機器の発達には驚くばかりですが、逆に最近も小学生がスマホを通してSNSでの危険極まりない交流をやってしまった挙句の事件があったばかり。

 

文明の進化は底知れない闇への恐怖も含んでいることをしっかり把握していないと大変なことになる・・・核問題しかり・・・。

 

横道に反れましたが、久しぶりの読み応えのある作品でした。

 

 

最後にひとつ、犯人とされる宇野寛治がなぜ誘拐という大罪に突っ走ってしまったのか・・・そして自失とはいえなぜ吉夫ちゃんを殺害してしまったのか。

 

宇野寛治自身の視点があまりにも少なく、それゆえの唐突感がありその点に物足りなさを感じました。

 

脳に後遺症を持つ寛治がひとりで誘拐という策を企て実行したというのにも少なからず違和感も抱きました。

 

これらこの膨大な物語のなかの小さな瑕疵・・・わたしにとってだけかもしれませんが・・・自体を大きく凌駕した作品ではありました。

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卓球の仲間6人で忘年会を兼ねて天橋立観光&カニ一泊旅行に行ってきました。


メンバーの日ごろの行いがよかったのか、小春日和のお天気に恵まれた観光日和。

 

天橋立観光が初めての人が3人。

 

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わたしはといえば、半世紀ほど前、まだ1歳に満たなかった娘を抱っこして傘松公園から股のぞきした写真が残っています。



天橋立は
宮津湾と内海の阿蘇海を南北に隔て全長3.6キロメートル及ぶ湾口砂州

成立ちについては諸説あるようですが、2万年前に宮津湾が完全陸地化したのち、約78千年前に氷河期が終わって海面上昇が落ち着くなか当初水中堆積で発達が始まり、縄文時代の後氷期(完新世、約6千年前)に急速に成長し、2~3千年前に地震により大量に流出した土砂により海上に姿をみせ、有史時代に現在の姿にまで成長したとされています


神話の世界では
「丹後国風土記逸文」という書に詳しく書かれているそうですが、簡略が許されるなら、国を造ったイザナギが天に通うために造った梯子がいる間に倒れて現在の天橋立になったそう。
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道の両脇には約
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の松が植えられていて、松並木を挟んで約4キロの遊歩道が続いています。

天橋立は龍の形に例えられますが、頭から尻尾までの距離がこれです。

途中に昭和天皇行幸の歌碑、与謝野鉄幹・晶子夫妻の歌碑、与謝蕪村の句碑などがあり、ゆっくり左右の見どころを味わいながら歩けば40分から1時間、ちょうどいい散歩コースですが、時間の都合もあり今回は遊覧船を利用。

内海の阿蘇海を巡って頭⇔尻尾を往復する遊覧船で12分。

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尻尾の部分に上陸して、伊勢神宮に奉られる天照大神、豊受大神がこの地から伊勢に移されたという故事から元伊勢と呼ばれる古社元伊勢籠神社に参拝。
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ケーブルカーで傘松公園に行き、有名な股のぞきをしたり・・・。
IMG_3975賑やかな愉しい旅となりました。


 

 

 


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さて本日は五木寛之氏著『林住期』のご紹介を少し。 

 

林住期こそ人生のピークであるという考えは無謀だろうか。   私はそうは思わない。                       前半の五十年は、世のため人のために働いた。            五十歳から七十五歳までの二十五年間、後半生こそ人間が真に人間らしく、みずからの生き甲斐を求めて生きる季節ではないのか―。     林住期こそジャンプの季節、人生のクライマックスである。      古代インドの思想から、今後の日本人の生き方を説く、世代を超えて反響を呼んだベストセラー(「BOOK」データベースより)



今からほぼ
10年前の、著者70代後半の著書。

人生の分け方にはいろいろあるようですが、主に中国とインドのそれが有名ですね。

 

中国の五行思想では・・・

    青春:誕生~25歳頃まで

    朱夏25歳頃~60歳頃まで

    白秋60歳頃~75歳頃まで

    玄冬75歳頃~

 

古代インドは・・・

    学生期(がくしょうき):誕生~25

    家住期(かじゅうき)25歳頃~50歳

    林住期(りんじゅうき)50歳頃~75歳

   遊行期(ゆぎょうき)75歳頃~

 

本書ではこの「林住期」を取り上げています。

 

「学生期」や「家住期」に培った学校、職場、家庭などの人間関係のしがらみから解放されて、身辺を徐々にシンプルにして、他者のためでなく自分のために自分と対座して過ごす・・・いわば人生の実りの時期と位置づけています。

 

10年前の著書ゆえか、現在の人生構築を鑑みると50歳というのは早すぎる感はありますが、一挙に飛び越えることはできないことから、少しずつ心構えと具体的な準備に勤しんで迎えるべし、ということでしょう。

 

最も輝く人生の時期である「林住期」を迎えるために重要な健康について・・・うつ病への対処法や呼吸法についても言及していらっしゃいます。

 

現在のわたしはこの「林住期」の裾野にいますが、子育てや親の介護などもろもろの縛りから解放されてやっと手に入った自由をどのように扱うか、という命題に直面したとき、一夜にしてうまく扱えるわけではないことに気づきます。


「学生期」
「家住期」を土台として少しずつ少しずつ構築してこそ豊かな「林住期」が迎えられるというのは周囲を見ていての実感です。

ここには魔法の絨毯などはない。

発想を変えるだけで世界が変わる、などという提言もない。

地味で、つつましい日常の努力のつみかさねが重要なのだ。

そして大事なことは、人は努力しても必ずそれが酬われるとは限らない、と覚悟することだろう。

寿命には天命ということがある。

どんなに養生につとめても、天寿というものを変えることはできない。

人生は矛盾にみちている。

不条理なことが無数にある・・・

「苦」の世界のなかで、「歓び」を求める。

真の「生き甲斐」をさがす。

それを「林住期」の意味だと考える。

そのための準備が大切なのだ。

 

人生は苦渋に満ちている、というのは言いすぎだと思いますが、著者が言及されているように不条理に満ちあふれているというのは真実であろうと思われます。


不条理も条理も丸ごとこの世なり土手に赤白曼珠紗華の群


そんな中でも身の丈に合った生き甲斐や小さな歓びを見つけて一日を大切に過ごす。


わたしの「林住期」への日々の心構えはそんなところ・・・かな。


もっとも心構えであってなかなか実行は難しい日々であります。

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巣箱ではおしくらまんぢゆう鏡野のみつばち畑にもう冬が来て

 

いちめんにコスモスの咲く鏡野に〈霜降〉近き風の音を聴く

 

今年の夏ごろ出た有識者からなる金融庁の審議会からの報告書の内容に騒然としたことを覚えていらっしゃる方も多いでしょう。

ちまたでは未だに尾を曳いている話題。

「公的年金だけでは、老後のお金は2000万円足りない」

 

この「老後2000万円問題」は国会の場でも野党の詰め寄りの争点となりましたね。

 

報告書によると、総務省の家計調査では「夫65歳以上、妻60歳以上の無職の夫婦の世帯」の支出の平均は26万3718円、年金が大半を占める収入は20万9198円で、差額は約5万円。

 

この先20~30年生きるとすれば、収入と支出の差額は単純計算で計1300万~2000万円となるというもの

 

 

この報告書を巡って政府は「公的年金だけでは足りないかのような誤解、不安を与えた」といい、麻生氏が「受け取らない」という茶番のような異例の対応を取ったことでますます目を引くことになりましたね

 

平均的サラリーマンだった夫の年金も平均的なものですが、総務省の試算のように現在も年金だけでは支出が追いつかないというのが現状。

 

人生百年時代、リタイア後を心身健やかに過ごすには、心にも体にも適度な栄養が必要。

特段の贅沢をしなくてもお金はどんどんなくなります。

リタイアしたからといっても急に交際費が減るわけではなく、むしろ周りの友人たちとの関係の潤滑油としての出費は現役時代よりアップしているかもしれません。

自分たちの寿命がどれくらいか事前にわかれば逆算して消費することも可能かもしれませんが、神のみぞ知るという寿命ではどうすればいいか。

不安は激増するばかりです。

 

本日ご紹介する作品はそんな庶民の不安を反映したもの。

 

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垣谷美雨氏著『老後の資金がありません』

 

しっかり貯金して老後の備えは万全だったわが家に、突然金難がふりかかる!

後藤篤子は悩んでいた。

娘が派手婚を予定しており、なんと600万円もかかるという。

折も折、夫の父が亡くなり、葬式代と姑の生活費の負担が発生、さらには夫婦ともに職を失い、1200万円の老後資金はみるみる減ってゆく。

家族の諸事情に振り回されつつもやりくりする篤子の奮闘は報われるのか?

普通の主婦ががんばる傑作長編

 

本書の主人公銀行系のクレジット会社で事務職として働く後藤篤子53歳。

 


定年を
3年後に控えた
サラリーマンの夫と結婚の決まった28歳の娘、就職が決まった大学4年生の息子という家族構成の中、老後を踏まえて1200万円を貯め、3年後の夫の退職金の試算1000万円を当てにつましい生活をしています。

 

 

そんな中、娘の結婚式費用として500万円もの大金を負担することになったうえ、死亡した舅の葬式関連費用の出費が重なり、見る間に老後資金が300万円を切るという羽目に陥ってしまいます。

 


後藤家の不幸はそれでは終わらず・・・前後して夫婦でリストラ・・・

 

 

ここら辺りまではよく耳にする世間の話としての身につまされる内容でしたが、舅亡きあと仕送りの9万円を浮かせるために高額な老人施設にいた姑を引き取り同居を決行したあたりから、だんだんリアリティに欠けた展開になって・・・

 

 

老人レンタルビジネスあり、年金詐欺あり、家庭内DVあり、最近の話題を総取り込みという感じ。

 

 

さまざまに広げた話題をラストに向けて収束させる慌しい手際にも少し違和感を抱きましたが、ハッピーエンドの様相で終えたのはよかった!

 

 

最近はとみにハッピーエンドを求めるようになっているわたしにはまずまずの読後感でした(^.^)

 

 


定年までもう少し余裕のある
45歳~50歳前後の方々が読めば参考になるかもしれません。

 


ちなみに
50代夫婦で貯蓄なし世帯は30%弱というのが金融広報中央委員会よりの資料にあるそうです。

 


年金も満額もらえないという若い世代の方々の厳しい現状と将来が胸に刺さります。

秋晴れの11月10日、「おかやまマラソン2019」が開催されました。   

今年で5回目。IMG_3943


年々参加者が増加、今年は全国から
1万6320人のランナーが集まりました。

フルマラソン1万5016人、5,6キロのファンランに1304人がエントリー。

 

岡山県総合グラウンド内のシティライトスタジアムからスタートして岡南大橋を渡って戻ってくるコース。

この日は岡山市中で厳しい交通規制があり、車での移動はとても困難になります。

 

昨年のシティマラソンの日、次男の軽井沢での結婚式参列のため朝の新幹線を予約していましたが、自宅から駅までのタクシーの予約が困難を極めました。

前々日いくつかのタクシー会社に電話しましたが、すべて予約で詰まっていて、新幹線乗車時間よりかなり早くの早朝にやっと一台確保できたのでした。

 

さて、今年のフルマラソンは横浜から姪がエントリーしているので、夫とわたしはかなり力が入っていました~。


姪は高校時代は薙刀、大学時代はハンググライダーなどをやった体育会系ではあるものの、アラフィフということもありタイムを競うというより完走を目的にがんばっているそう・・・えらいなぁ。


昨年はニューヨークマラソンにも出場、完走したというかなりのマラソンフリーク。


ずっと以前の東京マラソンでは富士山を象ったコスチュームで走っていたような・・・。


姪曰く・・・目を引くコスチュームだと沿道の、特に子どもたちの声援をたくさんもらえてくじけそうになる気持ちを支えてもらえるそう。

 

で、今年は?_20191112_072821


夜リュックから出してきたのを見れば・・・


なんと忍者の黒装束一式 


ダンナにも内緒で
amazonで購入したそうです。


きっと息子にも呆れられていると思う。。。

 


ともかく私たちオジオバは早くからコースを把握、応援用に横断幕を作って、応援のやる気満々で当日を迎えました。

 

姪が靴紐に結びつけたチップからの情報をわたしのスマホに取り込んで、どの辺りを走っているかをフォローできるようにしていましたが、スマホに入ってくる地点があまりに大まかすぎて迷ってしまう・・・。

 

夫と姪の時速を計算しながら5キロ地点で待機していたものの逃してしまい残念(ーー;)

 

最後尾までフォローしたものの、見つけられなかったことを確認、すごすごといったん引き上げて・・・綿密に姪の走る速さや疲れ具合などを計算して20キロ地点へ車で移動。

 

待つこと、40分・・・ついに姪を発見・・・無事に声援を送ることができてほっ(^.^)

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制限時間約6時間というフルマラソンを無事完走。


沿道で多くの人々に心温まる声援を山ほどもらったそうで、姪に代わってお礼を言わせていただきます。


姪は備前焼のメダルを胸に岡山を後にしたのでした。


英子ちゃん、おめでとう!!


We’re proud of you ! !

 

 

 

 

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さて本日は桜木紫乃氏著『ブルース』をご紹介します。 

 

外道を生きる孤独な男か、それとも女たちの「夢の男」か――釧路ノワールの傑作、誕生。
没落した社長夫人が新聞の社告の欄に見た訃報、それはかつて焦がれた六本指の少年のものだった。                                       深い霧たちこめる北の街の「崖の下」で生まれた男が、自らの過剰を切り落とし、釧路の夜の支配者へのしあがる。                                男の名は影山博人。                                       苛烈な少年時代を経て成熟していった、謎めく「彼」をめぐる八人の女たちの物語
著者新境地の傑作。
釧路ノワール、誕生

 

じりと呼ばれている海霧に覆われた釧路を舞台に多くのヒロインを登場させてきた著者が珍しく主人公にひとりの男を選んだ物語。

 

昭和から平成にかけての釧路を舞台に、通称「崖の下」と呼ばれる下層の人々が住む長屋で私生児として大きくなった6本指の少年が土地の闇の実力者フィクサーとして成長していくまでの過程に関わった8人の女の語りで紡いだ連作短篇集となっています。

 

著者がインタビューに応じて本書について語っていらっしゃいます。

生きて死ぬ、その間に観たり感じたりすることを、切り取って書かせてもらっているだけ・・・釧路は一攫千金を狙う山師が多い街。                       パルプや炭鉱は3交代制だから、日中もてあましている男たちがいて、パチンコ屋も多いんです。皆で耕して収穫する、というやり方より、漁にでて沢山の魚を獲ってきて大金を懐にいれる感じが、この街に馴染んでいる。だから、のしていく人間に対して寛容だし、むき出しの野心にも好意的な雰囲気があると思います・・・                            釧路くらいのサイズの街だと、どのビルを誰から買った、誰を踏み台にして上がっていったというのが明らかですから、博人の周囲にはばくち的な空気もあったかもしれませんね。      人のものを削りながら生きていく男が、自分の過剰を切り落としたことをどう思ってきたのか、書いていて最後まで彼に対する興味が尽きなかったです

主人公・影山博人の心身の闇の描き方が何とも魅力的で惹き付けられる造形ではありましたが、博人と関わる8人の女それぞれの博人への傾倒の道筋の描写が省略されているせいか、いまひとつ女たちの共感部分がなく物足りなさを感じてしまいました。

ひとつひとつの物語が短すぎるということも一因。

それぞれの短篇の内容がりっぱに1篇の長編となりうる作品群でありました。

女性としてまっとうな危なげない人間性を持つ男性に惹かれるというのも

よくわかりますが、危険な匂いのする影のある男性に惹かれてしまうという

心理も理解できる・・・そんな一発触発を孕んだ男・ヒロトの魅力が際立った作品に仕上がっています。 

興味ある方はどうぞ。

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(はな)(ぎれ)ヒユウガミズキの淡き色 漱石全集書架に鎮もる

 

本棚の奥へ奥へと埋もれゆく『されど われらが日々ー』捨てられずゐる

 

透明の膜を纏ひて死者のこゑ聴きゐるやうに本を読むひと

 

 

芸術の秋、食欲の秋、運動の秋、そして読書の秋・・・ちょっと前向きに小さな何かにトライしてみようかな、などしみじみ思える季節になりました。


終戦まもない1947年、まだ戦火の傷痕がいたるところにあるなかで「読書の力によって、平和な文化国家を作ろう」という決意のもと、出版社・取次会社・店と公共図書館、そして新聞・放送のマスコミ機関も加わって1117日から開催されたのが「読書週間」のはじまり。

 

そのときの反響すばらしかったので翌年の第2回からは期間も1027日~119日(文化の日を中心にした2週間)と定められたそうです。

 

 

1947年、「読書週間」初回の標語は「楽しく読んで、明るく生きよう」

 

1959年、「みんなで本を よみましょう」

 

1975年、「本との出会い、ゆたかな時間」

 

1989年、「秋が好き。街が好き。本が好き」

 

1991年、「風もページをめくる秋」

 

こうして所々ピックアップしてみるとなかなかおもしろい。

 

復興が一段落して経済が安定する1989年あたりから少しずつ洗練された標語になって・・・

 

2001年「はじまりは1冊の本だった」や、2010年「気がつけば、もう降りる駅」なんてドラマを感じさせるような味わいのある標語。

 

 

そして今年は「おかえり、栞の場所で待ってるよ」

 

 

最近は経費的にスピン(栞紐)をつけない出版社も多いようですが、紙の栞を数枚待機させていて夜の読書に間に合わせたり・・・。

 

 

つづきが待ち遠しい本に巡りあうと、夜を待ちかねて「栞の場所」をひらくときの至福!

 

 

なにものにも代え難い喜びのひととき・・・これからもよき出会いがありますように。

 

 

 

 


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さて本日は
ヘザー・モリス氏著&金原瑞人氏訳&笹山裕子氏訳『アウシュビッツのタトゥー係Tattooist of Auschwitzのご紹介です。


生きること、愛すること。それこそが、抵抗。        
イギリスで130万部、全世界で300万部を突破したベストセラー、待望の邦訳。

第二次世界大戦下のアウシュヴィッツで、生き延びるため同胞に鑑識番号を刺青し名前を奪う役目を引き受けたユダヤ人の男が、ある日、その列に並んでいた女性に恋をした――
「必ず生きて、この地獄を出よう」と心を決め、あまりに残酷な状況下で自らもあらゆる非人間性に直面しながら、その中でささやかな人間らしさと尊厳を守り抜くために重ねた苦闘と愛と信念の物語。
実在の「タトゥー係」本人がこの世を去る間際に残した証言を小説化した本作は瞬く間に全世界的なヒットとなり、2019年8月現在、51の国・地域で刊行されている。
2020年には映像化も決定している


 

「人生を肯定してくれる小説。この作品のことを思うたびに涙が出て仕方がない」                    セイラ・ウィルソン『アマゾン・ブック・レビュー』

「息をのむほどつらい気持ちになり、言葉にできないほどの恐怖にのしかかられながら、愛の希望に高揚させられる小説」 
 ニューヨーク・ジャーナル・オブ・ブックス

「希望的観測を抜きにすれば、このような場所で始まった愛の物語がハッピーエンドを迎えるとはだれも思わないだろう                            
人間は巨大な悪だけではなく、偉大な愛を生むこともできるということを語るに足る物語」                                               ワシントン・インディペンデント・レビュー・オブ・ブックス

「アウシュヴィッツのタトゥー係が強制収容所で愛をみつけるおどろくべき物語……胸を打つ」                                             (『インディペンデント』紙

「貴重な歴史の記録。                                      
ホロコーストの恐怖を改めて思い出させると同時に、暗黒の時代にも失われることのなかった人間性の強さへの賛歌でもある」                       
『アイリッシュ・タイムズ』紙

「悲惨だが忘れることができない物語。                           
美しさと醜さ、生と死、人間性と非人間性……。                         
比類なき愛の比類なき物語」                                       
『ランカシャー・イヴニング・ポスト』

「この本は百年後も読み継がれているだろう。                       
それどころか、ベストセラーにランクインしたままかもしれない……。         
眠るのも忘れて読んでしまうような本。                            
その理由は続きが気になることだけではない」                         
ジェフリー・アーチャー(作家)

著者について

ニュージーランドの作家、脚本家。
オーストラリアに居住していた本書の主人公ラリ・ソコロフの独白を聞くようになり、一度は脚本として書こうとした彼の人生を小説にすることにして本書を書き上げる。

 


舞台は第
2次世界大戦中
ナチス・ドイツによる絶滅収容所アウシュヴィッツ


スロヴァキアから家畜運搬用の貨車で連れてこられ
被収容者の腕に鑑識番号を入れるタトゥー係になったユダヤ人ラリ。


連日被収容者の腕に鑑識番号を入れるラリの前に現れたギタ。


ひと目で恋に落ち、「必ず生きてこの地獄を出よう」という一念を支えに生き延びることを約束するふたり。

 

苛酷な収容所でタトゥー係としての特権を駆使して、あらん限りの知恵を以って外部の人間と裏取引を行い、宝石と交換した食料を仲間に分けたりと持ち前の知恵と臨機で脱出することに成功したラリ。

 

優しさと靭さ、そしてしたたかさこそ命を護ることができた因であろうと思えます。


奇跡的に生還した
2人のまわりで死んでいかざるを得なかった人々を含めこの地獄で起こった3年間の実態を後世に残したいというラリの強い希望によって実現した著者とのインタビュー。

このインタビューを元に綴られた本書はイギリスで130万部、世界で300万部のベストセラーとなったそうです。

 

主人公のみならず、ナチスによって犠牲になったがゆえに物言えぬすべての人々にもひとりひとりのかけがえのない物語があったことを想像せずにはいられない切ない作品でした。

 


戦争は普通の人々から正常な判断を奪い、そして狂気を生む行為です。


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