VINのらんどくダイアリー

ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2020年03月

志村けんさんが亡くなられましたね。

 

改めて新型コロナウイルスの恐ろしさを感じています。

 

ドリフターズ大好きだった世代。

 

また原田マハ氏原作の『キネマの神様』で菅田将暉さんとダブル主演が決まった矢先だったそう。

 

さぞかし味のあるゴウが見られるのではないかと楽しみにしていました。

 

ほんとうに残念です。

心からご冥福をお祈りいたします。

40億年前の生命の誕生の頃に出現したといわれるウイルス。

人間が素手で戦う喧嘩から始まり、どんどん武器を進化させてきたように、文明の発達とともに人間が強力な薬やワクチンを作るにしたがってその薬に耐性を持ったウイスルスが生まれ・・・という追いかけっこを繰り返してきた人類とウィルスの闘い。

人類の歴史はまさに感染症との闘いの歴史。

天然痘や狂犬病から始まって中世ヨーロッパで5000万人におよぶ死者を出したペスト、近年では西アフリカで発見されたエボラウイルス、中国が発生源のSARS、サウジアラビアで発見されたMERS

今回の新型コロナウイルスを抑え込むことができる新薬やワクチンができて一応の収束を見せても、またそれを上回る強力なウイルスが出現する可能性があります。

 

 

地球の様々な地域で戦争をしている場合ではないと思うのですけど。

平穏は有難い仮象」この世へのまなざし鋭き古井由吉


先日のブログで、今回の新型コロナに関連して過去のペスト渦を描いたカミュの作品をご紹介しましたが、今回も日本のある地域を襲った未知のウイルスとの未曾有の闘いを描いた作品のご紹介です。

 


2013年第11回『このミステリーがすごい!』大賞受賞作

 



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安生正氏著『生存者ゼロ』

 

北海道根室半島沖の北太平洋に浮かぶ石油掘削基地で、職員全員が無残な死体となって発見された。救助に向かった陸上自衛官三等陸佐の廻田と、感染症学者の富樫博士らは、政府から被害拡大を阻止するよう命じられた。北海道本島でも同様の事件が起こり、彼らはある法則を見出すが…。未曾有の危機に立ち向かう!壮大なスケールで「未知の恐怖」との闘いを描くパニック・スリラー



著者について

1958年京都市出身、東京都在住

京都大学大学院工学研究科卒。現在、建設会社勤務 (「BOOK著者紹介情報」より)

 

2013年刊行の作品ということですが、パニックの源こそ違っているもののまさに現在の日本の現状と酷似していてびっくり。

 

 

根室沖洋上プラットフォームに原因不明の感染症が発生、その場にいた全員が無残な死を遂げた衝撃的な場面から始まり、道東の小さな町から爆発的な勢いで広がっていく謎の劇症感染症。

 

そのプラットフォームに上官からの命令で最初に派遣された陸上自衛官三等陸佐・廻田が、天才細菌学者でありながら妻子を失った喪失感から麻薬中毒患者になった富樫とともに、未知のウイルスの謎に挑むというもの。

 

この未曾有のパニックの中、一貫して及び腰の時の首相・大河原との最初にパニックが発生した北海道知事・田代との駆け引きが一つの見どころ。

 

あくまでも田代に主導させてこのパニックを収めようとする首相。


「原因不明の感染症によって八万人が一晩で犠牲になったという事態の深刻さをご認識ください。

WHOや米国だけではない、韓国、ロシア、中国も事態を注視しています。

TR102の際はまだしも、川北のあと、事態を終息できなかった我が国に対して厳しい視線が注がれているはずです・・・

ここで新感染症の拡大を食い止めなければ日本は孤立し、見捨てられる。

そのために必要なのは田代知事ではなく、政府の判断と政府主導による対策の実行です」

 

「それはまずい。

事態への対処は自治体を主体とし、政府は支援する側に立つ。

これが私の意見だ。

どうかね田代知事」

 

「首相、お言葉ですが、我々には今回の事態に対処できる組織もノウハウもありません」

 

「田代知事、突発的な事態で充分な準備が整っていない事情は承知するが、知事を中心に、警察、自衛隊、医師会、保健所らが協力した災害対策、つまり地方自治体自らの責務で弾力的に実践できるシステムを早急に構築してもらいたい」

 

「僭越ですが、首相。

この問題への対処はぜひ、政府主導でお願いします」 (※青字が首相)

 

責任を逃れることに終始して終わった駆け引き・・・つい最近も目にしたようなデジャヴを感じてしまいました。

 

それからはジェットコースターのような展開で廻田と富樫が突き詰めていく謎の正体・・・途中からは美人の昆虫学者も加わって・・・ラストへとなだれ込んでいく。

 

人物造形に特異性を付加しすぎの感が否めないうえ、複雑な人間関係を盛り込みすぎという難がありましたが、ハリウッド映画さながらの疾走感は見事、感服しました。

新型コロナ渦の数年前に箱買いしていたマスクがだんだん残り少なくなってきました。

 

ほとんど効果なしといわれているものの、もし自分が罹患していたら周囲に対し飛沫を少しは防げるし、逆もあるのではと思いながらやはり外出時にはマスクが手離せません。

 

いろいろなサイトに作り方が出ているマスク。

 

立体マスクの型紙も作ったもののミシンを出す手間を省いて、ひとまずyoutubeで見た簡易マスクを作ってみました。

 


材料はクッキングペーパー、両面テープ、サージカルテープ、鼻のところに入れる針金用のもの、ストッキング。

 

糸も針も使わないので超簡単。

 

キッチンペーパーでOKのようですが、ちょっと薄いのでレンジにかけても外に水分が漏れないクッキングペーパーを使ってみました。

 

マスク型紙

耳にかけるゴムの代わりにストッキングを輪状に切って使用しましたが、これが最高、耳にやさしくフィットして掛けている感がないのでお勧めです(^^)/

マスクマスク
 
マスク

 

 

 

 



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さて本日は
工藤あゆみ氏著『はかれないものをはかる』です。 

 

自分の心と対話する49のことば
イタリアで話題の作品が、初の書籍化!
数字でははかれないけれど、確かに感じられる感情の温度、大切な人との距離、願いや希望の重み……。
はかれないものを "はかろう" とすることは、そこにある本質に少しだけ近づこうとすること。
人間や自分の過去を少し愛おしく感じられたり、肯定的な視点を得ることができるかも。
そんな「はかれないもの」を49の詩とユーモラスな絵で紡ぎます

著者について・・・

1980年岡山県生まれ

2010年イタリア国立カッラーラアカデミア美術大学絵画科卒業

2012年プレミオサンフェデーレ大賞、ボローニャ国際絵本原画展入賞

元気な日のサイズを測る、あなたの励ましの効力をはかる、本能と理性の温度差を計る、恋のにわか雨の雨量を測る…。数字では表せない感情や言葉、出来事の質や重みを、一行詩とユーモラスな絵で紡ぐ。本体は背表紙なし糸綴じ。【「TRC MARC」の商品解説】


47の「はかる」と1の「はかられる」と1の「はかれない」もの。

ちなみに「はかられる」ものは「僕の耐久性」と「はかれない」ものは「憧れと現実の差」

「はかる」に当てはまる漢字はいろいろ。

「測る」「計る」「量る」・・・「謀る」もありますが、ここでは上述の三つ。

最後に著者はこの作品がどのようにして生まれたかについて触れています。

『はかれないものをはかる』はヨハネの黙示録のある一節が私の目と心にとまり、思考をめぐらせて生まれました。

その一節は〝一人一人の心にある信心の深さや強さを注意してみなさい"というメッセージを含んでいるように感じ、数字では表せない感情や言葉、出来事の質や重みを”はかってみよう”と思いました。

私自身はこの試みによって人間や自分の過去を少し愛おしく感じられたり肯定的な視点を得ることができると感じています。

気が向いたときに気が向いたページをぽんと開いて、自分の心と対話する時の小さなおともになれば幸いです。

わたしが自分のこころと対話してみたいと思ったものは・・・

★心の扉の強度を測る・・・中

★心の闇の程度を測る・・・中

★あなたの励ましの効力をはかる・・・大

★思い出の重さを量る・・・大

★幸せを吸いこむ力を測る・・・大

★笑顔を守れる腕力の強さを測る・・・中

★本能と理性の温度差を計る・・・小

★過去のことは水に流すのに必要な水量を量る・・・大

★真実を見抜く視力を測る・・・中

★積み重ねたいいわけのもろさをはかる・・・中

★この闇を照らすのに十分な電球のW数を測る・・・中

★こころのもやもやを吹きとばす風速を測る・・・小

★世間の許容範囲に適した細さを測る・・・大

★弱い者の声を聞きとる耳の長さを測る・・・大

★憎しみをふりきるエネルギーを測る・・・小

★言うと言わないのの大きな差をはかる・・・大

★うまくかわしながら生きてゆく能力をはかる・・・中

一応大中小で表してみました(^^)

今もNY大学リハビリテーション研究所の壁に掛けられているという詩。

 

ある重病の名もない青年が詠んだものだそうです。


大きな事をなし遂げるために
力を与えてほしいと神に求めたのに
謙虚を学ぶようにと弱さを授かった

より偉大なことが出来るようにと健康を求めたのに
より良きことができるようにと病弱を与えられた

幸せになろうとして富を求めたのに
賢明であるようにと貧困を授かった

世の人の称賛を得ようとして成功を求めたのに
得意にならないようにと失敗を授かった

求めた物は一つとして与えられなかったが
願いはすべて聞き届けられた

神の意に添わぬ者であるにもかかわらず
心の中で言い表せないものは全て叶えられた
私はあらゆる人の中で最も豊かに祝福されていたのだ

 

初めてこの詩を目にしたとき、信仰の力のすごさに言葉を失いました。

 

わたしはといえば今も無信仰ですが、今までにクリスチャンになろうとしたことが2度あります。

 

一度目は学生時代。

 

プロテスタントの三浦綾子さんの生き方に感銘を受けてのめり込んだ時期があります。

 

聖書を読む会に何度か通いましたが、途中で挫折。

 

2度目は30代に入って電話相談のボランティアに関わるようになってから。

 

勉強会でお世話になっていたある大学のチャプレンに何度か手を引かれ教会に通いましたが、やはり挫折・・・挫折といっていいのか・・・理由はいろいろありますが、聖書の内容をどうしても受け入れることができなかったというのが主な理由。

 

 

新型コロナが猛威を振るっているイタリアで、危篤に陥った感染者らの臨終の際、祝福を与えた聖職者の方々が次々と命を落とされているというニュースが流れていました。

イタリア北部ロンバルディア州ベルガモ県の病院で息を引き取ったジュゼッペ・ベラルデッリ神父(72歳)もそのおひとり。

ご自分が重篤な病状になり、使用していた人工呼吸器を、自分よりも若い新型コロナ・ウイルス患者に譲って静かに息を引き取られたそうです。

 

確固たる信仰を持つということはこういうことなんだ、と深く心に刻まれた出来事の一つでした。

 





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さて今回は
藤堂志津子氏著『気ままな娘とわがままな母』のレビューを少し。



インテリアデザイナーの沙良、36歳は、母の駒子61歳とふたり暮らし。                「あなたが心配だから」という名目のもと、チャンスさえあれば、娘を支配したくてたまらない母。                                                善意がベースとわかってはいるものの、母の言葉に、嫉妬心やライバル心を感じることがある。                                            家賃はなし、家事もすべてお任せという夢のような環境と干渉を天秤にかける娘。             
結婚のこと、老後のこと、娘と母の思惑は錯綜する

 

少子化晩婚化の昨今、どこにでもいそうな母娘の物語。

主人公・沙良は37歳独身キャリアウーマン。

 

62歳の 駒子と実家で2人暮らしをしていて家事一切母任せ。

 

仕事にも恋愛にも干渉し支配したがる駒子に辟易しながらも駒子の示唆を受け容れる沙良

 

根底に流れる母娘の信頼関係を軸に日々の一コマ一コマが絶妙の母娘の会話を通して語られていてほほえましい内容。

 


私自身は母の立場ですが、うっとおしいだろうな、という娘の心情にも共感大。

 

いっぱしのサラリーウーマンの娘はわたしのことを世間知らずの箱入り主婦と思っているフシがあるのを日頃の言動の端々に感じられることがしばしばあって・・・

何をエラそうに・・・なんてちょっとムッとしたり"(-""-)"

過ぎし日を想へば温しおみやげがどんぐりでよかつた吾子の幼日


またいまは亡き母が元気だったころ、すでに大の大人であったわたしのことをまるで社会にデビューしていないおぼつかない子どものように心配していたのをやっかいに思ったことも数えきれないほど。

 

独立して久しい子どもたちとは離れて暮らしていますが、もし同居していたら身近に起きそうなことばかり、相手が息子では遠慮もあり、こうはいかないだろうなと思いながら興味深く読了。

 

気楽に読めた一冊でした(^^♪

ムスカリ

ほの淡き悲しみにゆく木下道こんなところにムスカリの花

岡山市に60代女性の新型コロナ罹患者が出たというニュース。

3月上旬に母娘で一週間のスペイン旅行をして帰った直後体調不良になり、帰国者感染者外来を受診して発症が確認されたという経緯だそうです。

世界的なパンデミックとなりWHOも宣言している昨今、ヨーロッパではイタリアに次いで患者数が多いスペインに旅行するとは・・・よほどニュースも新聞も見ないか、しごく楽観的な性格、それとも自分は絶対罹らないという根拠のない自信があったのか。

他の家族の方は止めなかったのか・・・など想像していますが、心情はわからない。

自分と同じ考え方が正しいとは限らないし、みんなちがってみんないい、というのはよく理解しているつもりですが、自分だけでなく他者にも及ぶ迷惑を考えながら行動しなければ、と自分にも言い聞かせる出来事でした。

 

さて今回はいま自分を含め世界中が陥っている新型コロナ騒動と似通った状況を描いていたのを思い出して再読した作品のご紹介です。

 

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アルベール・カミュ氏著『ペスト』
 

発表されるや爆発的な熱狂をもって迎えられた、『異邦人』に続くカミュの小説第二作。
アルジェリアのオラン市で、ある朝、医師のリウーは鼠の死体をいくつか発見する。ついで原因不明の熱病者が続出、ペストの発生である。外部と遮断された孤立状態のなかで、必死に「悪」と闘う市民たちの姿を年代記風に淡々と描くことで、人間性を蝕む「不条理」と直面した時に示される人間の諸相や、過ぎ去ったばかりの対ナチス闘争での体験を寓意的に描き込み圧倒的共感を呼んだ長編

本書「解説」より
ペストに襲われ、外部とまったく遮断された一都市のなかで悪疫と戦う市民たちの記録という体裁をとったこの物語において、ペストの害毒はあらゆる種類の人生の悪の象徴として感じとられることができる。                    死や病や苦痛など、人生の根源的な不条理をそれに置きかえてみることもできれば、人間内部の悪徳や弱さや、あるいは貧苦、戦争、全体主義などの政治悪の象徴をそこに見いだすこともできよう。                         たしかにこの作品はそういうふうに書かれており、そしてなによりも、終ったばかりの戦争のなまなましい体験が、読者にとってこの象徴をほとんど象徴に感じさせないほどの迫力あるものにし、それがこの作品の大きな成功の理由となったことは疑いがない。
――宮崎嶺雄(訳者)

1942年発表され世界を席巻した『異邦人』のあとの第2作目として1947年に刊行されたものです。

 

カミュがノーベル文学賞を受賞する十年前の作品。

カミュといえば人間にとって超越したもの、例えば神の存在やそれを支える大いなる伝承人などを否定し、人間社会で起こる病気や災害、戦争などから派生するあらゆる不条理というものを人間というものを通して徹底的に追及した作家といえるでしょう。

加えてあらゆるイデオロギーと闘い、実存主義、マルクス主義を否定し、サルトルと絶交したことでも有名です。

 

本書は実在の都市であるアルジェリアのオラン市を舞台に1940年代に起こった架空のペスト渦に陥った市民たちの右往左往を覚めた目でとらえた名著。

パニックやデマに振り回されて次第にエゴむき出しになっていく人々、大したことではないと自分に言い聞かせる人々、対してリウーを代表する、自分のできること、すべきことに向かい首尾一貫して冷静にペストと戦う医師や周辺の人々・・・

 

カミュはペストという人間社会の共通の敵を通して画一的でない人間の姿を徹底的に描いています。

まさに今世界中で、そして日本で起きている事態そのものといっても過言でない描写。

著者はところどころに自身の信念を織り込み登場人物のセリフを通して言わせています。

 

医師リウーは語ります。

 

「もし自分が全能の神というものを信じていたら、人々を治療することはやめて、そんな心配はそうなれば神に任せてしまうだろう」

 

「今度のことは、ヒロイズムなどという問題じゃないんです。これは誠実さの問題なんです。こんな考え方はあるいは笑われるかもしれませんが、しかしペストと戦う唯一の方法は、誠実さということです ・・・ 僕の場合には、つまり自分の職務を果すことだと心得ています」

 

いままさにこのような姿勢で新型コロナと対峙している医療関係者の方々がいらっしゃることを思わせるような言葉。

 

本書ではラストにこの物語の語り手が明らかにされるという手法。

 

普遍性のある作品として再び脚光を浴びつつあるようです。

 

よかったらどうぞ。

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(                        ゆったりと生きてゆかむか高空に祈りのかたちに咲く白木蓮


)

新型コロナの影響で外出もままならない日々。


少人数で週一やっている卓球はなんとか継続している状態です。

それぞれの予定がすべてキャンセルになった友人たちは口々に退屈を訴えていましたが、わたしは家にいてもいつも通り、けっこう時間を取られることが多い。

 

料理したり、ピアノを弾いたり、ブログを書いたり、短歌をしたり、縫い物をしたり。

 

 

読書はベッドで寝る前にしか読まないばかりか、テレビでドラマなどほとんど観ない毎日・・・なのに忙しい。

 

テレビを観るのは朝晩の食事のときのニュースが主。

 

番組表も見ないのでたまに観たい番組も夫に聞いてやっとわかる程度。

 

 

観たい番組は限られていて、マラソンや好きなお笑い芸人の漫才。

 

今はサンドウィッチマンと和牛とノンスタイルと東京03に、最近M-12位のかまいたちと3位になったペコパが加わりました(^^)

 

そんなテレビ事情の中、いまいちばん好きなのはBSで放映される空港ピアノ&駅ピアノ。

 

これはネットで放送日をチェックして必ず予約しているほど。

 

一昨日は「エストニア・タリン空港」が舞台の「エストニア・タリンVo1.1」。

 

空港や駅に置かれた一台のピアノ。

 

通りかかった人たちがちょっと立ち寄って自分の好きな曲や思い出の曲を弾いて立ち去るというもの。

 

ピアノ台に備えつけられたカメラに向かっそれぞれ語るピアノへの思いや人生が心に響く番組・・・いまいちばん好きなプログラムです。

 


今度の日曜日には「エストニア・タリン
Vo1.2」が放映される予定です。

 

音楽が好きな方、一度観てみてくださいね。

 

 

 

 

 

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さて今日は
堂場瞬一氏著『グレイ』のレビューを少し。

 

1983年東京。波田は、アルバイトで生活費を稼ぐ20歳の大学生。                    冷房もない部屋で食事や銭湯代に事欠く日々だ。                            夏休みも帰京せずにいいアルバイトはないかと探すうち、あるチラシを目に留め、日給1万円の街頭調査のバイトを見つける。                                            町行く人に声をかけ、アンケートを取り、そのデータをコンピュータに入力する仕事だ。要領のいい波田はすぐに業務になじんでいった。                                      意識調査を行うその研究所は羽振りがよく、予想外の大金を手にする。                  優秀さを買われ契約社員となった彼は、所長が正義のためという怪しい仕事に……。            バブル前夜、罠にはめられた青年が、正義も悪も踏み台にして孤独な闘いに挑む姿をリアルに描く。                                          警察小説の旗手が挑むピカレスク・ロマン」 


バブルの少し前の東京が舞台の、地方から上京してアルバイトに精を出す貧乏学生・波田を主人公の物語。

成長譚といったらいいか・・・普通の貧乏大学生が裏の世界に絡めとられ、そして自らその裏道への一歩を踏み出すまでが描かれています。

堂場作品には警察モノのほか、スポーツモノも多く、わたしは中でもマラソンや駅伝を描いた『チーム』や
ヒート』が大好き。

貧乏学生の波田が応募した街頭調査のアルバイト。

テレビなどで見かける著名な経済評論家・北川啓が主宰する「北川社会情報研究所」が親元ということに安心感を得て街頭調査に精を出したところ北川に見込まれ破格な待遇で学生の身ながら正社員並みに採用されます。

飛びぬけた才能もない波田をあの手この手で取り込もうとする北川サイドの行動自体が怪しさ満杯というところですが、お金に目がくらんで取り込まれた波田がある商事会社の動向を探るプロジェクトに参加したところで、拉致、監禁、逮捕というジェットコースターのような事態が展開。

特段の頭脳も才能もない一学生である波田の造形にまず違和感。

そこまでして波田を取り込む必然性のなさに次の違和感。

「ピカレスク・ロマン」と銘打っていますが、どこがロマン?

重ねて中途半端なピカレスク。

堂場作品としては★★というところ、残念な作品でした。

古井由吉氏が亡くなられましたね。

 

ずっと昔に『杳子・妻隠』を読んで以来、その静謐で美しい文章に心打たれていました。

 

文章の隅々にまで心を添わせ、美しさや優しさ、厳しさを言葉にして載せていくという職人のようであって、哲学者のような手法になまなかなレビューなど書けないと思えるほどの畏敬を感じたものでした。

 


実際に会った人は評して「狷介と柔和が不思議な按配で入り混じった人」と言われていましたが、わたしはつい最近観た装幀者・
菊地信義の仕事を追いかけたドキュメンタリー映画『つつんで、ひらいて』で幸運にも亡くなられる前の古井由吉氏にお目にかかれたのでした。

そこに登場されていた氏は温和な好々爺という感じ、とても親しみを持てて、映画でなかったら何度でも再生してみたいと思わせる温もりを感じました。

菊地氏の装幀による『楽天の日々』は諏訪敦によって描かれた古井由吉の肖像画が表紙を飾っていて柔和なお顔にインパクトがある装幀となっています。furui9784908059735[1]

百余りのエッセイをまとめたものだそう・・・。

恐怖が実相であり、平穏は有難い仮象にすぎない

こんな一文があるそうですが、いかにも「今」の日本の現状そのままの奥深さ。

 


また手に入れたいと思っています。

 

 

 

 


 

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さて本日は
森浩美氏著『ほのかなひかり』です。 

 

夫を事故で亡くした私は、小学生の息子をひとりで育てながら、傷心の日々を送っていた。                                               寂しく迎えたクリスマスイブの夜、解約せずにいた夫の携帯電話からメールが送られてきて…(「聖夜のメール」より)。                                不倫を疑う妻、若い部下の扱いに戸惑う中年部長、仕事に行き詰まったキャリアウーマン                                              どこにでもいる普通の人たちに起こった、8つの小さな奇跡。              日常の些細な出来事を丁寧に掬い取った、心あたたまる家族小説集

 


家族をテーマにした
ほのぼの短編集。

 

森氏の「家族シリーズ」、もう何冊読んだか思い出せないほど。

 

読むたびに感動するのですが・・・すぐ忘れる・・・わたしだけかもしれません( ;∀;)

 

でもやはり見つけるとつい手に取ってしまう。

 

一作一作が手ごろな短さで疲れの滓の溜まった夜中の読書にぴったりの内容なんです。

 

どれも既視感があるような・・・心の既視感という感じでしょうか。

 

今回は8篇の短篇。


タイトルが表すとおり、それぞれの悩みや葛藤を抱えながら日々を営んでいるそれぞれの家族の行く道にほんの
ちょっとしたやわらかなひかりが差すというもの。

 

『大切な家族や仲間が、そっと手を差し伸べてくれる・・』(帯より)

 

こころを開いていればきっと思わぬ人が一歩を踏み出す勇気を与えてくれる・・・きっとそんなことが現実になりそうな前向きな気持ちにさせてくれる作品です。

ゆく道に野の露ほどのほのあかりありてわたしのひと日もひかる

 

赦さることの多き日過ぎゆきのやさしさ指折り数へてをりぬ


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