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ご訪問ありがとうございます。 「一日一生」を銘にさまざまな人生を読書というツールを通して味わっていきたいと思っています。 響きこし言葉に貼れるさみどりの付箋そよぎて林となりぬ

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2020年06月

まだ油断ならないコロナ禍のなか、世の中が徐々に動き始めたのはいいけど、東京では見逃せない数値の罹患者。

 

比較にはなりませんが、当地でも1人。

 

 

経済を回すためにさまざまなお店も工夫を凝らして再開しているようですが、なかなか不安は去らない。

 

わたしはといえば、仲間との卓球も外食もスタート。

 

先日は久しぶりに友人とも旧交を温めました。

 

久しぶりなのでちょっとレベルアップしたフレンチのコースランチを奮発して、溜まっていた話・・・お互いの近況の報告、政治の話、音楽の話、社会貢献の話・・・これができる若い友、楽しく過ごしました・・・どちらかがコロナだったら確実に手渡しているけど。

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小屋を燃やす
南木佳士氏著『小屋を燃やす』

 

思い起こされる幼年時代、患者の最期を看取る医療と作家業の両立の無理からの発病…その日その日を生きのびるために、畔を歩き、四股を踏む。たぶん、答えはあらかじめからだのなかに用意されていたのだろう。南木物語の終章。信州の総合病院を定年退職した。同時代の男たちとイワナをつかみ獲り、小屋を造って集い、語り、そして燃す。生死のあわいをおだやかに見つめる連作短篇集―医師として生死を誠実に見守りつづけた著者にしか描きえぬ、幽明境を異にした者たちとの饗宴。充実の最新作品集(「BOOK」データベースより)

著者について

1951年群馬県に生まれる

現在、長野県佐久市に住む

1981年内科医として難民救援医療団に加わり、タイ・カンボジア国境に赴

1981年『破水』で第五十三回文學界新人賞受賞

1989年ダイヤモンドダストで第回芥川賞受賞

2008年『草すべり その他の短篇』で第三十六回泉鏡花文学賞芸術選奨文部科学大臣賞受賞


信州の佐久で長く医療に携わっておられた著者。

芥川賞を受賞される前後からパニック障害を発症、鬱病へと移行して長く付き合いながら内科医として働いておられました。

1995年刊行の『阿弥陀堂だより』をきっかけにファンとなり読み継いできました。

特に自然豊かな信州での日常を背景に繰り広げられるさまざまな患者や周りの人々との間で交わし合うゆっくりとした滋味のある会話や人生の機微を描いたエッセイを通して、その飾らない素朴な人間性に魅力を感じていました。

 

いころ母を亡くし婿であった父の元から離れて、姉と2人で貧しく厳しい祖母のもとで長じた著者。

本書は定年後の著者の日常を描いた最新版の短篇集。

「畔を歩く」「小屋を造る」「四股を踏む」「小屋を燃やす」の4篇が収録されています。

精神的に過酷だった仕事から解放されて大好きな自然に融け込み、山に生きる男たちとゆったりとした日々を慈しみながら共有する姿を通して自分の心身も浄化されるような内容です。

なんと豊かな日常!

いままで誠心誠意与えられた仕事に向き合い、常に様々な死と直面した著者に神ともいえる大いなる自然が「ごくろうさま」と与えてくれたような珠玉の時間。

仲間ともいえる素朴な山の老人たちと釣りをしたり、山に登ったり、集って酒を酌み交わしたり、料理をしたり・・・

力を合わせて小さな小屋を造ったとき5人いた仲間はやがて3人になり・・・

あの世へ旅立った2人の仲間を携帯電話で呼び出して酒を飲んだり・・・

 

こういう文章を読んでいると、生と死の境目のなんとおぼろなことか、と感じます。

 

そして6年後、仲間とともに造った小屋を生き残った仲間とともに解体して燃やす・・・幽玄の世界の出来事のよう。

 

永遠に少年のままの仲間たちがトム・ソーヤの冒険小屋のような基地を造って、あと処理もする・・・

男の子の世界っていいな~と思えるのはこんなときです。

アウシュヴィッツから生還されたユダヤ人精神医学者ヴィクトル・フランクルの著書『苦悩の存在論』にあった一文。

 

人間学がしてならないことは人間を中心におくこと、このことである。

 

人間が中心に地球を回しているようでいて、自立も自足もしていないという人間の存在・・・こういった人間をフランクルは「ホモ・パティエンス」と名づけています。

 

「苦悩する人間」という意味だそうです。

 

つねに外部の影響に晒されて、その都度知恵や工夫で免れてきていますが、また新しい危機に瀕するという巡り。

 

 

地震や風水害、そして突然の新型ウイルスの席巻に右往左往する私たちの姿はまさに「ホモ・パティエンス」。

人間の裡なる暗部を(うつ)しだす新型コロナといふは炙りゑ

 


先日ブログで取り上げた五木寛之氏の『大河の一滴』でも
人間の一生は本来苦しみの連続であるという示唆がありました。

 

いつも自分から自分が切り離せたらどんなに楽かなぁなどと夢想していますが、ひとりひとりのわれ勝ち・・・自分ファーストをやめたとき、もっと楽に生きられるのに、と思います。

 

自分という人間から抜けられない以上、せめて人間を含むあらゆる他者の存在を心に留めて過ごしたいなどと愚にもつかないことを考えながら・・・食べて、読んで、寝ています"(-""-)"

 

 

 

ラブレスさて本日は桜木紫乃氏著『ラブレス』です。 

謎の位牌を握りしめて、百合江は死の床についていた――。彼女の生涯はまさに波乱万丈だった。道東の開拓村で極貧の家に育ち、中学卒業と同時に奉公に出されるが、やがては旅芸人一座に飛び込んだ。一方、妹の里実は道東に残り、理容師の道を歩み始めた……。流転する百合江と堅実な妹の60年に及ぶ絆を軸にして、姉妹の母や娘たちを含む女三世代の凄絶な人生を描いた圧倒的長編小説

著者の真骨頂は短篇にあると常々思っていますが、本書は女三世代の壮大な長篇・・・その圧倒的な筆力には感服。

読み始めから複雑な人間関係の記述と唐突な時代背景の移り変わり、それにつれて人々の立ち位置も変わる・・・かなり絡み合った糸を整理しないと読み辛いという印象がありましたが、その山坂を越えると引き寄せられるように一気にラストへとなだれ込ませる構成力。

さすが桜木柴乃氏!

極貧の北海道開拓民を親に生まれた2人の姉妹の生涯を描いた大作。

人は生まれるとき親も時代も場所も選べない。

極貧の中に生を享けた人のどれくらいが自分の力でそこから抜け出せるのだろうか。

力を尽くしても尽くしても抜け出せず、または最初から抜け出すことを放擲して不運を自分に与えられた運命として生を閉じる人がほとんどのような気がします。

主人公はまさにそんなスタートから抜け出せず、さまざまな険しい人生を、それでもしたたかに生きてきたひとり。

その人生の折々に主人公が流浪してきた土地や人間関係をまるで映画のシーンのように立ち上げている本書。

描写力のすごさに圧倒されます。

読み終わってしばらく虚脱してしまいました。

 

なんとなまぬるいわたしの半生・・・あたたかい人々に囲まれて、それでも小さなことで悩んだり・・・甘えるな、と自分に言いたい。

 

そんなことを思わせる作品でした。

 

桜木柴乃ファンの方、ぜひどうぞ!

コロナ禍での自粛も少しずつ少しずつ解かれている当地。

 

自粛中うつ状態に陥っていたという人々もいたようですが、わたしは普段の生活とあまり変わらない・・・買い物に行く以外はピアノの練習をしたり、ブログを書いたり。

 

夫にいわせれば電話の時間もかなり。

 

転勤が多かったので各地にいる友人たちからかかってくる電話での状況報告おしゃべり会。

 

今日も午前と午後に2人から。

 

合間を縫って散歩、そして料理。

 

ipadでDelish KitchenやCookpadのレシピを参考に一品は新しい料理を作るということに決めて作ってきました。


新しいといっても手持ちの調味料に手持ちの材料。

 

冷蔵庫にあるもので代用したり。

 

とにかくカンタン、テキトー料理です。

 

おいしかったものは一巡回って再度作ってレシピに固定・・・

 

今日はそんな固定した一品。

 

「かんたん豆腐チヂミ」

 

◆水切りした固めの絹ごし豆腐一丁

◆カニカマ

◆みじん切りねぎ

◆いりごま

 

これを混ぜて塩コショウ、大さじ一杯程度の片栗粉を混ぜたものを平たくしてごま油&オリーブオイルを混ぜてひいたフライパンでカリっと焼くだけ。

 

できたてのあつあつをポン酢&からしでいただきます。

 

お酒の肴にもご飯のお供にもおいしい簡単一品。

豆腐ちじみ
今日の晩御飯
 

右下の一品は夫作。

 

ズッキーニとジャガイモの粉チーズ黒胡椒焼き。

 

ズッキーニのシーズンになるとよく作ります。

 

これもワインなどにぴったりな簡単料理です。

 

 

 

 

デトロイト
さて今回は
原田マハ氏著『デトロイト美術館の奇跡』のご紹介です。 

ピカソやゴッホ、マティスにモネ、そしてセザンヌ。市美術館の珠玉のコレクションに、売却の危機が訪れた。市の財政破綻のためだった。守るべきは市民の生活か、それとも市民の誇りか。全米で論争が過熱する中、一人の老人の情熱と一歩が大きなうねりを生み、世界の色を変えてゆく―。大切な友人や恋人、家族を想うように、アートを愛するすべての人へ贈る、実話を基に描かれた感動の物語(「BOOK」データベースより)

 

 

わたしが知っていたデトロイトといえば有名なミシガン大学が近くにあり、自動車産業で栄えている都市。

 

GMやフォードという大型の高級車を生産する自動車会社などが本拠を構える自動車の街デトロイト市

 

そのデトロイトが180億ドルの負債を抱え破綻したというニュースが多くの人々を驚かせたのが今から7年前。

 

米国の自治体の破綻としては過去最大規模だったよう

その莫大な借金返済のためゴッホやピカソなど多くの近代美術を収蔵するデトロイト美術館の6万点を超える収蔵作品売却を検討する会議が連邦裁判所で開催されたそうですが、その前後の出来事に材をとり、小説として肉付けしたのが本書です。

 

そういった意味で実話に基づくフィクションといえるでしょう。

 

デトロイト市の財政破綻によって、デトロイト美術館(以下DIA)の美術品の売却か、デトロイト市民の年金の減額か、という究極の選択に迫られるひとりの名もなきアフリカン・アメリカンの市民である老人のある行動をきっかけとして突破口が開かれ、市民にとって明るい方向に光が見えてきたラスト。

 

今から4年前、デトロイト美術館展が日本の各都市で開催され、わたしも大阪市美術館に観にいきました。

 

そのときのブログはこちら 

 

本書で物語の核になっている一枚の絵。

 

セザンヌの描いた「マダム・セザンヌ」。

 

わたしの記憶にも焼き付いている絵です。

 

マダム・セザンヌの名前はオルタンス。

 

貧しいお針子だったオルタンスと出会ったときセザンヌは故郷のプロヴァンスを離れ、パリで売れない絵を描いていました。

 

帽子の行商人から銀行を買収するまでに立身出世した父親は息子に法律家として将来立つことを望んでいましたが、セザンヌは父親の希望に背いて画家への夢捨てがたく中等学校時代からの親友ゾラの勧めでパリに移り絵に専念します。

 

息子の熱意に折れた父親からの仕送りによって生計を立てながらオルタンスとの間に一子をもうけるも父親に伝えられないままに売れない絵を描き続けていたセザンヌ。

 

その後幾多の変遷ののち故郷に帰って絵を描き続けるものの、やっと認められ始めたのは晩年になってからといいます。

 

絵の中のオルタンスはまだ比較的若い時代、きっと不本意なセザンヌの生活に添ってともに苦労が絶えなかったときではないか。

 

その表情からなんとなくそんなことが読み取れる一枚。

 

 

本書はその一枚の絵の中のオルタンスを友と慕い、毎日のようにDIAを訪れていた貧しい市民夫婦の物語が軸となっています。

 

「アートを愛する気持ちは、金持ちだろうが貧乏人だろうが、どんな肌の色だろうが、関係ない。

オルタンスは私らみんなの友だちなんだ」

 

アートが特別の美術愛好家のみならず市井に暮らす人々にとって心の安らぎを醸し出す大切なものである、ということをテーマにした本書。

 

ところどころに差し込まれたDIAをイメージさせる挿絵の効果はともかく、それらを含めて100ページあまりの薄い文庫。

 

「芸術新潮」の2016年版5月~8月号に掲載されたものだそうです。

 

きっと「デトロイト美術館展」日本巡回に先駆けてのいざないの目的のためのようなものだったのがわかる本書。


興味ある方はどうぞ。

はたはた

夏至近き梅雨の晴れ間のベランダにハタハタ干してキノコを干して


 

梅雨に入ったとたんに梅雨明けを待たれる気持ち。

 

中医学的にいうと湿邪という体質のわたしはなんとなく体が重く気怠い日々。

 

夏近くになると漢方医に清暑益気湯を処方されて飲んでいますが、エキス錠なのでいまいち効果のほどはわかりません。

 

真青なる空に積雲襲ひくる熱暑に負けじと服む益気湯

 

それにしても最近は様々な分野の医師が手軽にツムラのエキス錠を処方されているのを見てきましたが、患者さんの個々の体質を診ないでそんなに気軽に出していいのかな、と思うこともしばしば。

 

生薬ではなく顆粒の小パック入りなので大した害もないのだから気休め程度でいいのかもしれないけど。

 

問診、望診、聞診、切診を通して部位のみでなく丸ごとで判断する中医学。

 

切診には腹診、舌診、脈診などがあります。

 

問診のあとパソコンの画面を見つめるだけではとうてい下せない診断を総合的に判断する中医学診察方法。

 

過去に異常値を示していた炎症数値がある生薬で正常値になったことがあり、漢方薬がぴたり体質に合うと効果てきめんというのを身を以って経験しているわたし。

 

娘もストレス性の劇症アトピーをステロイドなしで漢方で治したこともあって百パーセント信奉者とはいえませんが、できたら化学薬品より漢方をチョイスしたいな、と思っている派。

 

漢方薬にも副作用はつきものではありますが、調整は化学薬品に比べてしやすい感があります。

 

とはいえ今は化学薬品の恩恵を受けている日々、ときどき補強程度にエキス錠を服用する程度。

 

梅雨をうまく乗り切って夏を乗り切って、やっと秋冬・・・でも今年はファッションのように秋冬の流行が予想されるコロナ禍、なんだか先行きの安堵感がないな~。

 

とはいえ生きなければならない・・・年々歳々乗り越えが億劫になってきます・・・これではいけないと思いながら。

 

 

さて本日はときどき読み返しては知識を入れる漢方に関する入門書のご紹介です。

 

 

わかる中医学
邱紅梅氏著『わかる中医学入門』
 

 

「日本で多くの臨床家に中医学を講義すると同時に臨床の指導にあたってきた著者が、その経験を十分に生かして書いた簡明な中医学入門書」

 

 

1995年刊行の古い書ではありますが、現在もロングランで読まれているようです。

 

あるSNSでお知り合いになった中医学の医師の方にご紹介された本書。

 

今から10年ほど前のこと。

 

以来、漢方とはなんたるか、という未知の分野を本書によって学んできました。

 

他にもいくつか漢方に関する本を読んできましたが、本書はわたしのような超初心者にとって基礎理論から実践までをわかりやすく、症別にかみ砕いて解説してくれている書。

 

自分の症というものを知ったのも本書を通してです。

 

日本に出回っている漢方薬のそれぞれの効用、どんな症の人に効くかなど具体的に書かれているのでとても参考になります。


漢方は自分とは縁がない、とはいえないほど、最近はどのかかりつけ医も気軽に保険適用で処方してくれる漢方薬。


ほんとうに自分に適しているかを知る足掛かりになるのではないでしょうか。

1後楽園
22後楽園
3後楽園
後楽園 烏城
後楽園 スワン

自粛中にやや習慣化した散歩。

 

昨日は後楽園のパーキングに車をとめて、園内には入らずぐるりを一周しました。

 

時間にして約1時間、ところどころの木陰にベンチもあり、おにぎりでも持っていって一休みするのもいいコース。

 

ウグイスの美しい声やタンチョウヅルのけたたましい鳴き声が聞こえたり、反対側に目を向けると旭川の水面が初夏の陽を反射してさざ波のようにキラキラしているのを眺めたり、川を隔ててすぐ近くに迫っている烏城を写真に収めたり・・・

 

駐車場代100円、歩数約5000歩の充実の散歩道でした。

 

 

 

 

眠れぬ
さて本日は
遠藤周作氏著『眠れぬ夜に読む本』のレビューを。 

人間の心の奥底は考えていた以上に深く、底知れず、混沌としていたことがわかり、またこの心の奥底と、いわゆる外見が荒唐無稽、非科学的に見えるものには密接な関係のあることを知った…。生命はどこから来たのか、難病に苦しむ人へ、人間は死んだらどうなるか、など人類普遍のテーマに興味深く平易に迫る名エッセイ(「BOOK」データベースより)

1986年「週刊宝石」に連載していエッセイ収録した一冊

当時60代だった狐狸庵先生の軽妙洒脱な魅力全開の読み物といったところ。

『沈黙』『深い河』『海と毒薬』などで取り上げられたずしりと重いテーマの書き手とは180度違った著者の面が見られるのも楽しみのひとつ。

短歌の先輩でもあるアンさんお勧めの一冊。

横道に逸れますが、著者のご母堂が当地のご出身、岡山県の土豪竹井党を遠祖に持つというのを何かのエッセイで読んだことがあります。

以来、著者はその遠祖の地である井原市美星町に「血の故郷」と題した石碑を建てているそうです。

美星町は公開天文台があるところとしても有名、一度星空を見にいこうと計画しています。

さて本書について

狐狸庵先生としての身過ぎ世過ぎが多くを占めていますが、今まで北杜夫氏や佐藤愛子氏などのエッセイなどを通してわたしが知っている著者の一面が浮き彫りにされている小品も多く、特にひとり息子であり現フジテレビ社長の龍之介氏の結婚式こぼれ話「仲人は慎重にえらべ」は爆笑モノ(^^)/

またユングの深層心理学や幽体離脱など心の奥底の混沌としたものに対して興味があったらしいことがうかがえる小品がいくつか。

出来事は偶然に生じたのではない。

出来事は次々と我々をかすめて通っていくのだが、それを見逃すか、つかまえるかで大きな違いがある



そういえば、シンクロニシティに関しての文章を読んだような記憶があります。

生育時の家族関係の葛藤、学業不振などによる将来への不安、病気の苦しみなど、あの洒脱なユーモア溢れる文章からは想像できない険しい人生を過ごしてこられたであろう著者のかわいらしい人間性が見られる作品です。

ベッドサイドでどうぞ。

ストロベリー

ストロベリームーンが見えるよ!」のこゑ届き七百キロを隔てて仰ぐ


横田滋氏が亡くなられたというニュース。

マスコミにも登場されなくなって数年たつのである程度現在の病状は想像していましたが、改めてその死を伝えられると悲しみが押し寄せてきます。

あの温和な表情に隠された深い絶望。

日銀のサラリーマンだった氏。

転勤先の新潟市で娘さんの突然の失踪という不幸に遭われたとき40代だったという。

わたしの友人であるGさんがご主人の転勤先の新潟市で横田早紀江氏と数年を絵画教室でともに学ばれていたときの出来事だったそうです。

最初は雲隠れのように忽然と姿を消しためぐみちゃんをみんなで手分けして捜していたそうですが、時の経過とともに拉致ということが判明してからのご夫妻の長い長い道のりはご存じの通りです。

拉致被害者家族会の初代代表として全国を講演活動していらっしゃった40年。

その活動は精力的でしたが、ご夫妻の40年は時が止まったままの哀しみの期間だったと思います。

わたしも友人を通して何度も署名したことがありますが、この理不尽に怒りを超えて絶望に近いものを抱えて動向を見つめていました。

せめて早紀江氏のご存命中にどうぞめぐみちゃんと会えますように。

国務大臣時代に拉致被害者の帰国に貢献したとして、それを武器に政治家としての階段を昇りつめたといわれている安倍首相。

そのときの帰国者である拉致被害者家族連絡会の元副代表・蓮池透氏が数年前出版された著書にそのときの裏事情が書かれていましたが、定かかどうかはわかりません。

その後の首相の対北朝鮮に対する姿勢は及び腰しかみえないのはわたしだけでしょうか?

政策のトップに立たれる方はまず、さまざまな事象が自分、もしくは最愛の人の身に起きたことという原点に返って想像力を働かせてほしいと思います。

 

さて今回は最近再び注目されている作品のレビューを少し。

昨日久しぶりに行った書店の店頭に山になって並んでいました。

大河の一滴
五木寛之氏著『大河の一滴』
 

なんとか前向きに生きたいと思う。しかし、プラス思考はそう続かない。頑張ることにはもう疲れてしまった―。そういう人々へむけて、著者は静かに語ろうとする。「いまこそ、人生は苦しみと絶望の連続だと、あきらめることからはじめよう」「傷みや苦痛を敵視して闘うのはよそう。ブッダも親鸞も、究極のマイナス思考から出発したのだ」と。この一冊をひもとくことで、すべての読者の心に真の勇気と生きる希望がわいてくる感動の大ロングセラー、ついに文庫で登場(「BOOK」データベースより)

 

20年以上前に書かれた本書。

 


静かなロングセラーを重ねていましたが、世界中を巻き込んでのパンデミックを通して、荒ぶる心を鎮める本書のような内容の作品が求められている昨今に再び注目されているようです。

 

わたしも久しぶりの再読。

 

ラジオ深夜便でも著者の訥々とした語り口に惹かれたリスナーは多かったと思いますが、本書も平易な文章で読みやすい内容になっています。

 

著者が信奉している親鸞が到達したという自然法爾の紹介からスタートしていますが、思ったほど宗教色の濃さが感じられないところが多くの読者を惹きつける要因になっていると思えます。

 

たちの生は大河の流れの一滴にすぎない。

無数の他の一滴たちとともに大きな流れをなして海へとくだっていく。

 

善人であれ悪人であれ、著名人であれ、名もなき人であれ、金持ちであれ、貧しい人であれ、すべての人間は海から生まれ、また死んで大河の一滴として海に還る・・・この持論を核に幼少時の過酷な体験を通して辿りついた無常論に言及したエッセイ集になっています。

 

人間の一生は本来苦しみの連続であるはっきりと覚悟すべきなのだ

 

なにも期待していないときこそ思いがけず他人から注がれる優しさや小さな思いやりが早天の慈雨として感じられるのだ

 

辛いときこそユーモアを持つ。

笑いは極限状態で人間の魂を支える大切なもの

 

シンプルに記せば、ネガティブ思考の薦めの書とでも表せるかと思います。

 

枕辺に置いておくと暗闇で喘ぐとき支えになるかもしれない一冊、よかったらどうぞ。

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